A HARD DAY'S NIGHT / THE BEATLES

      
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収録曲
1.I'll Cry Instead
2.A Hard Day's Night
3.I Should Have Known Better
4.I Wanna Be Your Man
5.Don't Bother Me
6.All My Loving
7.If I Fell
8.Can't Buy Me Love
9.And I Love Her
10.I'm Happy Just To Dance With You
11.Can't Buy Me Love
12.Tell Me Why
13.If I Fell
14.I Should Have Known Better
15.She Loves You
16.A Hard Day's Night
 

 

 

 

 

      
公開1964年
ザ・ビートルズジョン・レノン
ポール・マッカートニー
ジョージ・ハリスン
リンゴ・スター
キャストビクター・スピネッティ(TV局ディレクター)、ウィルフリッド・ブランベル(ポールの祖父:ジョン・マッカートニー)、ノーマン・ロッシントン(ノーム)、ジョン・ジャンキン(シェイク)、パティ・ボイド(女学生)他
監督リチャード・レスター
手持ちのVTVAVJ-428(ビデオアーツ)
購入時期1995年


解説
 1964年公開のビートルズ初主演映画。アメリカ進出→世界進出を果たした直後のビートルズが、間髪入れずに主演映画を制作。まさに「世界的ビートルズ人気」を決定付けた映画となった。

  当時の「アイドル映画」というのは、陳腐で能天気で中身のないストーリーで「単にアイドルが出演しているだけで、特に意味はない」ものが一般的だった。しかし、「ありきたりな映画なら出たくない」という4人の主張やスタッフの綿密な計算もあって、 今までにない斬新な映画となった。ビートルズが演じるのはビートルズ自身。しかも描かれているのは「ビートルズのある2日間」。つまり「フィクションでありながらノンフィクションにも見える、ドキュメントにも見える」という何ともユニークなもの。 ビートルズはビートルズとして登場、ビートルズとして語り、行動する。架空のテレビ番組のステージでライブまでやる。さらに曲が流れ、そのバックで4人が飛んだり跳ねたりという映像は、 ビデオ・クリップの元祖のよう。大きな事件は起こらない、淡々とビートルズの「架空の2日間」を追ってるだけ。そんな中にも随所にイギリス人らしいユーモアが溢れていて、「よく見るとコメディかも」という作りにもなっている。

  だけど淡々と「ビートルズのある架空の2日間」を描いた結果、逆に「生身のビートルズの魅力」を描き切ることに成功しているんだから凄い。他人を演じるのではなく、自分たち自身を演じ、自分たちとして動き、しゃべり、いつものように振る舞ったからこそ、 「そのままのビートルズ」を伝えることに成功しているといえるだろう。フィクションだけど、素顔のビートルズの姿を捉えたドキュメントのようなもの。まさにリチャード・レスターとプロデューサーのウォルター・シェンソンの「アイデアの勝利」といってよい。 「現実か非現実か分からない」ように見せているのは、既にカラー映画全盛だったにもかかわらず、敢えて全編モノクロにしたこともまた要因といえよう。だけど一方で、実はアドリブはほとんどなく、ビートルズ自身も脚本通りに演じたとのこと。 「普段のビートルズそのもの」に見える、そして大半がアドリブにも見える、さらに脚本がなく、勝手に4人がしゃべっているところを撮ってるだけにも見えるのに。実は脚本はリバプール出身のアラン・オーエンという人。もともと「リバプール的感覚」を持った人だったわけだし、 しかも数日ビートルズと行動を共にして4人を観察、4人の特徴やキャラクター、口調などを頭の中にインプットした上で脚本を手がけたというのだから恐れ入る。ジョンは「皮肉屋で反抗的なリーダー」、ポールは「しっかりしてるけどお調子者なアイドル」、ジョージは「最年少でおとなしく無邪気だけど芯が強い」、リンゴは「とぼけた味のあるキャラ」と、 それぞれの現実の個性を、若干大袈裟に強調して描いているのも効果的だ。映画が斬新なものに仕上がり、成功を収めたのはアイデアもさることながら、オーエンの功績も見逃せないところだろう。

  ということで映画は大成功。アイドル映画には冷ややかなはずのお堅い映画評論家も大絶賛した。まだビートルズをレコードでしか知らなかったイギリス、アメリカ、フランス、スウェーデンなど以外のファンにとっては、はじめて見る本格的な動くビートルズになったわけで、 まさに「ビートルズ人気」を決定付けた映画にもなった。何しろ、世界中でスクリーンに向かって少女ファンが叫び続けたり、挙げ句にはスクリーンに殺到するファンまで現れるという前代未聞の事件まで起こってしまったほどなんだから。


暫く経って気がついたこの映画のとてつもない魅力
 実は私の場合、この映画より先に2作目のHELP!の方を見てしまった。1987年夏、ビートルズにはまるあまり、「なんでもいいから動いてるビートルズが見たい」と思ってビデオを探した。その時店頭で見つけたのがHELP!の方。その店には本当に欲しかったA HARD DAY'S NIGHTの方はたまたま置いてなかった。 「何でもいいから動いてるビートルズ」と思った私は予定変更、すぐにHELP!を買った。A HARD DAY'S NIGHTの方は、確か1988年か89年頃に「ビートルズ復活祭」というイベントではじめて見たんだったと思う。ただ、最初に見た時はあんまりピンとこなかった。HELP!の方はストーリーが現実離れしてる分、「作り物」と割り切って見ることができた。 純粋にコメディとして楽しめる。でも、こっちはそうはいかない。大事件が起こったりはしないし、淡々と話が進行する。純粋な「ドラマ」「フィクション」として見た結果、そう思ってしまったのである。 それと先に述べたような、リアル・タイムのファンが感じたであろう「今までのアイドル映画にはない斬新なスタイル」という点にも、それほどピンとこなかった。というのも、私が青春時代を過ごした1980年代の日本はアイドル映画乱立時代。 たのきん映画、シブがき隊の映画、チェッカーズ、光ゲンジ、おニャン子映画(全部は見てないし、劇場で見たのはひとつもない、念のため)・・・。これらはすべてA HARD DAY'S NIGHTと同様の手法がとられている。これらを先に見た私には、この映画の手法は別に斬新にも見えない、目新しさもない。「本人として出演」「自分たちの日常を描く」ものも実際多かった。特におニャン子のやつって「もうすぐ本番なのにひとりメンバーが足りない→なんとか間に合ってステージで歌って感動のエンディング」って展開自体も同じだったもんな、パクリやん(笑)。 だからこの映画の手法を「斬新」とは思えなかったのである。もちろん、「ああ、これらの映画の元祖はビートルズ映画だったんだ」という発見はあったけど。今の若い人にはモー娘。の映画を引き合いに出せば分かってもらえるかな。

  だけどその後、手持ちのHELP!のビデオを見直してみた。すると前とは違った印象が。つまりHELP!のストーリーは思いっきり現実離れしてる。その分、4人の発する言葉、動きが「自然」ではない。というか、明らかな「演技」。つまりライブやテレビ番組で見る「いつものビートルズ」とは全く違って見えた。 一方で、A HARD DAY'S NIGHTの中のビートルズを思い出す。あの映画の中のビートルズは、ライブやテレビのビートルズと全く一緒。つまり「自然なビートルズ」「いつものビートルズ」なんだと。いや、ライブやテレビで見る以上に、この映画でのビートルズは生き生きとしている。「画面を見ている」はずなのに、画面から飛び出さんばかりの勢い。 「スクリーンに殺到するファンまで現れた」のは、この映画の中の4人が画面から飛び出さんほどに生き生きとしていたからではないだろうか。 しかも「自然」な分、4人を身近に感じてしまう。「芸能人」には全く見えない、単なる街の悪ガキのよう。まるで「ずっと昔からの友達」であるかのようですらある。リアルで見たという鮎川誠氏もそんなこと言ってたっけ。エルヴィスの映画を見ると、エルヴィスは「雲の上の人」に見える。それとは正反対。事実私はこの映画を見た後、64年頃のビートルズと談笑する夢を見た。しかも最後には、映画の中のテレビ局のディレクターやマネージャー・ノームのように、ジョンに辛辣な言葉を浴びせられてからかわれてしまったし(笑)。 こんな夢を見てしまうあたり、私はビートルズを「超人的な人たち」「歴史上の人物」ではなく、「身近で親しみやすい人たち」と捉えていたということだろうし、それはこの映画がもたらしたと考えて間違いないだろう。

  つまり、この映画の素晴らしさは4人の生き生きとした姿を映像の中に封じ込めることに成功していること、そして自分自身を演じることで「自然なビートルズ」の姿を見ることができ、身近に感じられることの2点。 そうか、この映画のよいところはそこにあるんだと、暫く経ってから気がついた。 大抵の人は「A HARD DAY'S NIGHTの方がHELP!より面白い」「この映画をはじめて見た時から気に入った」というけど、私はそのことがすぐには分からなかった。「そのままのビートルズが一番魅力的」。そんなことは分かってるくせに、なぜなんだろう。私は「ビートルズ映画」で、「演技するビートルズ」「スター然としたストーリー」を求めてしまったんだろうな。

  ただ、まだビートルズのライブ映像を見ることにはウブだった当時の私、演奏シーンは最初に見た時から全部好きだった。口パクだとか、そんなことは全然関係なくって、とにかくビートルズが動いていればそれでよかった。でも、今考えるとCan't Buy Me Loveのシーンなんて、「演奏シーンが一切ないイメージ映像」なわけで、これって「元祖ビデオ・クリップ」なんじゃなかろうか。一応「演奏シーンの一切ないクリップの元祖」は ザ・フーのHappy Jackだといわれてるけど、あれは「ビートルズ映画」のこういう手法を真似たもののようにも思えるし。

  ちなみに、手持ちのビデオは1995年発売分。前に述べた通り、はじめて映画を見たのは1988年か89年頃。その後90年か91年にも同じ「ビートルズ復活祭」で見た覚えがある。純粋に楽しめたのは、その2回目に見た時からだった。だけど、90年代初頭にビデオが一旦廃盤になってしまったので、ビデオを買いたくても買えなくなってしまった。この時期「アンソロジーに備えて」という名目で、 アップルが既発のビートルズの映像をすべて封印してしまったためだ。その「アンソロジー・プロジェクト」が一段落した頃にこの映画のビデオも再発され、私はその時に購入した次第。このビデオ、「復活祭」で見た時とは日本語字幕が全く違っているので、ちょっと印象の違うシーンも多いけど、それはこの後詳しく述べていく。嬉しいのは再発に際して、1982年に再上映された時の「予告編映像」、映画公開時のリチャード・レスター監督のインタビュー、 そして映画公開と同時期に行われた「シルバー・ハート賞」の授与式の映像がボーナス映像として収録されていること。特に感動したのは「シルバー・ハート賞」。イギリスのお偉いさんが参列したお堅い授与式なんだけど、そこでジョンお得意のブラック・ジョーク炸裂。真顔で「パープル・ハートをどうもありがとう」。「シルバー」と「パープル」の色をわざと間違えた単純な「ボケ」と思いきや、実はパープル・ハートとは、 当時モッズの間で流行していたドラッグの名前。政治家などのお偉いさんの集まる席で、よくもまあこんなブラッキーなジョークを・・・。有名な発言ではないけど、「宝石ジャラジャラ」発言に通じる、ジョンらしい、そして勢いに乗っていた時期のビートルズらしい映像だと思う。直後の「シルバーだろう!」というリンゴの突っ込みも絶妙の間。日本の下手な漫才師よりもよっぽど息が合っている(笑)。


ハプニングが生んだ、歴史的オープニング・シーン
 手持ちのビデオではI'll Cry Insteadの映像からスタートするが、これは1982年の再上映時に制作されたもの。映画のシーンや未公開映像の写真で構成されていて「予告編」風の構成。曲も切り貼りによって長くなっている。

  その直後、A Hard Day's Nightの衝撃的なイントロが流れ、駅のホームでファンに追いかけられるジョン、ジョージ、リンゴの映像が登場する。そう、これこそが映画本編のオープニング。で、直後ジョージが転倒、それに巻き込まれてリンゴも転倒し、あわやファンにもみくちゃにされそうに・・・。 だけど、実は台本には「ジョージ転倒」などという演出はなかったらしい。もちろんジョージのアドリブでもない。つまりジョージは「勢いあまって本当に転んでしまった」、そう、ハプニングなのである。事実ジョンは驚いて後ろを振り返り「なにやってんだよ」とばかりのニヤけた顔(ライナーに「心配そうな顔」とあるが、全然そうは見えないぞ、ジョンの性格を考えろって)。起き上がったジョージも照れくさそうにジョンに話し掛けている。 しかしこのハプニングのおかげで、衝撃的なオープニングがさらに衝撃的になってるんだから面白い。だからリチャード・レスターも敢えてNGにしなかったんだろう。駅の構内を逃げ回る3人、それを半狂乱で追いかけるファンの大集団。このファンはもちろんエキストラだけど、実は本当のビートルズ・ファンなので本気で追いかけまわしてきたそうだし、 撮影は統制がとれずに困難を極めたらしい。でも、だからこそリアルな映像に仕上がってる。ただひとりポールは付けひげで変装しており、この騒ぎに巻き込まれることなく列車に乗り込んでいる。ロード・マネージャーのシェイクが三角パックの牛乳を開けられずに苦戦してる映像も面白い。曲が終わると同時に全員が無事に列車に乗り込み、 悲鳴を上げるホームのファンに4人は手を振る。

  列車に乗り込んだ4人は向かい合わせの6人がけの席につく。まるで個室のように扉までついてる。イギリスの列車ってこういう作りになってるのかなどと注目してしまうのは、小学生の頃鉄道ファンだった私ならではか(笑)。ポールの隣になぜか無表情な爺さんがひとり。ジョンが代表して聞く。「そいつ誰?」。ポールが答える「僕の爺さん」。これは手持ちのビデオの字幕。でもよく英語のセリフを聞いて欲しい、ポールはJohn McCartneyと言ってる。 かつて「復活祭」で見た映像の字幕では「僕の爺さんで、ジョン・マッカートニー」になっていた。うーん、これは字幕でもちゃんと訳して欲しかったなあ。せっかくのネタが台無しだよ。そう、この爺さんの名前は「ジョン・マッカートニー」なんです(笑)。はじめて見た時は「復活祭」の会場で声をあげて笑ってしまった。この爺さんが大変な「問題児」であることをジョンに告げるポール。しかしこの爺さんが 全編を通じていい味を発揮する。というか、この俳優がいい。普通にいるだけでなぜか笑える。ちょっと映画系サイトで調べたら、なんとこの人、この映画の頃はまだ52、3歳だったらしい!! どう見ても70くらいにしか見えんが・・・。

  そこにマネージャーのシェイクが登場、彼も爺さんを見てポールに聞く。「あれ、そいつ誰?」。そこで全く同じやりとりが展開される。コメディにはありがちな展開。このシェイクは「マネージャー」といっても、 この後登場するノームのアシスタントといった趣。現実のビートルズに置き換えるとマル・エヴァンスといったところか。さらにノームが登場「今日は騒ぎを起こすな」などと、 厳しい口調で捲くし立て「聞いてるのか、レノン君」と問うノームに対しジョンは言う。「うるさいな、なあジョージ」。ジョージも「うるさいよ」。ここで口うるさいノームと、自由奔放で問題児のジョンが対立しているということを見ている者に印象づける。きっと脚本家アラン・オーエンはビートルズに密着している中で、ジョンとエプスタイン(以下、「エピー」と書かせて頂く)がたびたびぶつかっている様を見て、それをそのまま描きたかったんだろう。ノームの威圧的な物言いはエピーそのものだし、ノームのモデルは間違いなくエピーだろう。 だけど注目して欲しいのは、字幕で「うるさい」と訳されている単語はswine。これはリバプール弁で「豚野郎」といった意味。リバプール出身のオーエンがわざと使ったのか、4人が使ってるのを聞いて脚本に採り入れたのか。以前上映された時はストレートに「豚野郎」と訳されていたらしいけど、日本語にし辛い言葉、でもこの映画の重要なキーワードでもある。話を聞いている間、ジョンがコーラの栓を鼻で抜こうとしてるのも見逃しちゃあいけない。さらに爺さんの方を見てノームが何か言おうとした瞬間、4人が口を揃えてノームの言いたいことを先に言ってしまう。「そいつ誰?」。この辺もコメディらしさを感じる。

  ノームとシェイクは食堂車へ、ポールの爺さんも「お供する」といって席を立つ。それと入れ替わりに4人の席にやってくるのが初老の紳士。このシーンを語る人は少ないけど、私はこの映画の「隠れテーマ」が隠されているかなり重要なシーンと考えている。後で詳しく語るのでここではあんまり触れないけど、紳士は4人に化け物でも見るような冷ややかな視線を送る。窓の開閉を巡って意見がぶつかり、 リンゴのつけたラジオを「うるさい」と咎める。「君らのために戦争をしたとは」と罵る。「現代(60年代)の若者代表」のビートルズと、旧態依然とした典型的イギリス人を対立させることで「新世代と旧世代のギャップ」を面白おかしく描いたシーン・・・。以下は後ほど。さらに面白いのは嫌気がさして席を立ったはずの4人が、 しばらくするとなぜか列車の外を走りながら「おじちゃん、ボール返して」などと叫んでいる。「なんだか分からないけど変」、いかにもイギリス人らしいシュールなユーモアだけど、やっぱりよく分からん(笑)


親近感を覚えるリンゴの台詞と、やっぱりカワイイぞ、パティ
席を立った4人が食堂車に行くと、ノームとシェイクが何やら口論。「揉め事を起こす名人」の爺さんの策略に引っかかったらしい。そこに制服を着た女子学生2人が現れる。「カワイイ、ナンパ開始」とジョン。ジョンとジョージにからかわれながらもポールが声をかける。しかしまたも爺さんの邪魔が。 「護送中の囚人だから口を利くな」。「囚人?」と怖がって2人は逃げてしまう。ここで注目は2人のうち、奥に座ってる方、一際目を引くルックスの女性、彼女が後にジョージのカミさんになる、そしてその後クラプトンに「寝取られて」しまうパティ・ボイドである。セリフはその「囚人?」のたったひとことだけ。 だけど、この後のシーンではもっと多くの女子学生とともに画面に登場するが、そこでも彼女の存在は際立ってる。はじめてこの映画を見た時の私は、この女子学生がパティだなんて全然知らなかったにもかかわらず、釘付けになってしまった。いや、ジョージが彼女に入れあげたのも分かる。「内気そう」というイメージの強いジョージだけど、 初めて会って一目ぼれしてしまったジョージは、撮影の合間に猛アタックして口説いたというエピソードも残っている。ただ、後年のパティは「作りもののような美人」になるけど、この頃のパティは「カワイイ」という感じ。まだ垢抜けた感じじゃない。でも、逆にそこがいいな。

  ただ列車の中で私が一番好きなのは、ジョージとリンゴがデッキで立ち話しているシーン。リンゴは言う。「爺さんは僕を嫌ってる、僕がチビだからだ」。何ともイジけたセリフ。でも、コンプレックスが強くて、自分のルックスについてボヤいてしまうことの多い私には、なんとなく共感できるセリフだ。 「劣等感の塊だな」などと言いつつも慰めるジョージ。現実の世界でもリンゴが困ったりした時に、真っ先にリンゴの見方をしたのはジョージだったらしいし、この辺も脚本家のオーエンの観察眼の勝利といったところか。LET IT BEのOctpus's Gardenのシーンでも、リンゴを庇ったのはジョージだった。さらに列車の中を2人が歩いていると、高貴そうな女性がリンゴに手招きする。 「のったら?」というジョージに「やめとくよ、どうせふられるだけさ、荒れてドラムを壊すだけだから」。うーん、いいなあ。凄く共感できる。私もそうやって「乗らない」ことは多いから。それにリンゴらしくっていい。

  その頃、爺さんが行方不明に。探し回るジョンとポールはまたも例の女子学生の席へ、囚人をネタにしたブラッキーなジョークを言い出すジョンがいい。やっと爺さんを見つけたところ、なんと車内に居合わせた女性と婚約したと言い出す始末。騒ぎばかり起こす爺さんは遂に檻に入れられてしまう。 「孫が爺さんを閉じ込めるとは」とボヤく爺さんを見て、4人も檻の中へ入りトランプをはじめる。イギリスの列車って「ペット用の檻」なんてあるのかな。リンゴが「リバプール流の切り方」といってトランプを切ってるけど、全然切れてないところとか、ジョンが「イカサマ」をやってるところとか、結構細かいネタも多いのでよく見てみよう。 そこで演奏をはじめる。曲はI Should Have Known Better。なぜかポールも歌ってるし、ジョンはハーモニカに専念してるしで、実際の演奏とは違ってるけど、どことなく後のビデオ・クリップみたいでいい。檻の周りにはまたさっきの女子学生たちがいるけど、ここでもポールの横で変な棒につかまって立ってるパティが一番目立っている。でも、なぜか終始大笑いしてる。誰かが映ってないところで何かやってたのかも。

  目的地の駅に着くと、やはりそこもファンの大集団が。列車を降りるとホームを走り抜け、「おとり」の車を素通りして、移動用の車に飛び乗る。コミカルなシーンに見えるが、これは実際にビートルズが使った「脱出の手口」のひとつだったらしい。ジョンは「(女の子の)波に飲み込まれたい、ダメ?」などとノームに言ってるけど、 そろそろ実際のジョンはこういう騒ぎに嫌気がさしはじめていた頃ではないかな。


シャンペンとバカラの夕べ?
シーンは変わってホテルの一室。ポールとジョージが鼻をネタにリンゴをからかってる。2人はあくまでも冗談で言ってるのに、爺さんは追い討ちをかけるような言い方をし、リンゴは落ち込んだ様子。その直後、シェイクがジョン、ポール、ジョージのところにファン・レターの山を持ってくる。「僕には?」というリンゴにジョンは1通だけ手渡す。ああ、たった1通、と思いきや、 シェイクが抱え切れないほどのリンゴ宛てのファン・レターを持ってくる。映画公開時、「リンゴには1通だけ」というところで観客から溜息が漏れ、後で大量の手紙の山がリンゴに手渡されると一斉に拍手が起こる、という現象が世界中で巻き起こったらしい。リンゴに渡されたレターの中に、なぜか「シャンペンとバカラの夕べ」なるカジノの招待状が。「行くなよ」とノーム。「賭博場だ、金と女の誘惑だらけ、食事はチキンサンドとキャビア、ムカつくね」などと言いつつ、 その招待状を取り上げて自分の懐へしまう爺さん。ノームは4人にレターすべてに返事を書くように命じて部屋を出る。しかしジョンが先導して4人でどこかへ出かけてしまう。ひとり部屋に残った爺さん。そこへホテルマンが入ってきて部屋をかたずけはじめる。タキシードを着たホテルマンを見てニヤリとする爺さん・・・。

  4人の脱走先のダンスホール。ジョンとポールは座って他の客と談笑、ジョージとリンゴは踊りまくっている。BGMはI Wanna Be Your Man、Don't Bother Me、All My Loving。大袈裟な動きでコミカルに踊るリンゴ、照れくさそうな笑顔であまり体を動かさないスマートなダンスのジョージと、それぞれのキャラがよく出ている。途中でホテルマンから借りたタキシードを着てカジノに出かけた爺さんの映像が挿入される。 結局ノームとシェイクにみつかってしまい、4人はホテルに連れ戻される。場面は変わってホテルの部屋、誰もいなくなったビートルズの部屋では、服を爺さんに貸し、下着姿になってしまったホテルマンが新聞を読んでくつろいでいる。4人が戻ってきたところで、慌ててクローゼットに隠れる。クローゼットを開けて上着を入れようとしたリンゴがそれを発見、「誰かクローゼットに男を入れた?」。「いいや」とジョージ。リンゴの「いるよ」の言葉に、 ジョージもクローゼットを開ける。「ホントだ、いるよ」。ジョンは「そうかい」とだけ答えて、顔色ひとつ変えない。ここで考える。これが日本のお笑い番組だったら、クローゼットの男を見つけた瞬間「ワァー」と大袈裟に驚いたり、「お前誰やねん」と突っ込んだりする。だけど、リンゴとジョージの演技は実に淡々としていて無表情。でも、逆にその淡々とした感じが最高におかしい。特にジョージがクローゼットを開けた時、 ホテルマンはとても慌ててるのに、ジョージは何事もなかったかのようにわざわざ扉を閉め、その後で「ホントだ」だから・・・。モンティ・パイソンやミスター・ビーンに顕著なように、派手にボケたり、大袈裟に突っ込んだりしないで、「無表情に、淡々と」なのがイギリス流のコメディ。日本的な笑い、そして日本以上に大袈裟でドタバタしたアメリカ的な笑いに慣らされてる私たちにとっては、とても新鮮に思える。

  そのホテルマンの話で、はじめて爺さんがカジノに行ったことを知って急行。でも、「連れ戻さなきゃ」って感じじゃなく、ポールは「乱交パーティーだ」なんて言ってる。一方、カジノの映像。ここで爺さんは「アイルランドの貴族」と名乗っている様子。でも、以前復活祭で見た時の字幕は「ジョン・マッカートニー卿」となってた。どうもこっちが正しいらしい。 しかし自分をSirと名乗るとはとんでもないジジイだ(笑)。ノームを先頭にカジノに入ろうとするが止められる。そこで「後ろと一緒だ」とノームが4人を指差すと「失礼しました」。いわゆる「顔パス」ってやつ。こんなところまで現実通りに再現してるんだから凄いシナリオだ。結局爺さんは4人に連れられて帰っていく。ダンスホールにカジノと飛びまわったこの夜のビートルズ。 でも、当時のビートルズは移動先のホテルの一夜をこんな風に過ごせることなどなかったんだろうなあ。

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