ブリティッシュ・インヴェイジョン

ビートルズの登場以降、イギリスでは多数のビート・バンドが登場。ひとつのムーブメントにまで発展した。ここでは毎回☆TAKEが最も好むこの時代のイギリスのアーティスト1組にスポットを当てて、独断と偏見で語っていく。

THE MOODY BLUES (EARLY YEARS)

ー知られざる初期の姿ー

60年代末、プログレ・バンドとして人気を博した彼ら。しかし、デビュー当初は全く異なるカラーの渋いR&Bバンドであった
      
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(1)初期ムーディーズの知られざる姿
 一般にムーディ・ブルースといえば67年、オーケストラをバックにしたクラシカルなアルバムDAYS OF FUTURE PASTを発表、元祖プログレ的なサウンドを構築したバンドとして知られている。だが、デビュー当初のムーディーズには ジャスティン・ヘイワード、ジョン・ロッジという2人の中心メンバーがおらず、サウンドも全く異なるR&Bバンドだったことは知られているようで意外と知られていない。また、知られていても無視される傾向にあるようだ。 確かに、サウンドが大きく違うから仕方のないことかもしれない。だけど「別のバンド」と考えて受け止めれば、きっと受け入れてもらえるだけのバンドだと思う。 また、この時代のリーダーは後にポール・マッカートニーのウイングスでポールの参謀役を務めるデニー・レインであったが、彼の存在、才能ももう少し正当に評価されてもよいように思う。ということで、今回は敢えてこの初期のムーディーズに スポットを当てて語ってみたい。プログレ時代の彼らには、あまり詳しくないので私が語るのは恐れ多いというのもあるから、その時代に関しては駆け足になることをあらかじめお断りしておきます。


(2)バーミンガムの「スーパー・バンド」
  ムーディ・ブルースを結成するデニー・レイン(vo,g)は1944年10月29日バーミンガム生まれで、本名はブライアン・ハインズ。最初に結成したバンドは62年結成のデニー&ザ・ディプロマッツ。このバンドには 後にムーヴ、ELOを結成するロイ・ウッド、ベヴ・ベヴァンも在籍、どんな音楽をやっていたのかちょっと興味深いところだが、このバンドはレコードを出すことなく解散している。その後、デニーは同じく バーミンガムのバンド、ジェリー・レヴェンジ&アヴェンジャーズ(ディプロマッツ解散後、ロイ・ウッドはこのバンドに移籍)にいたグレアム・エッジ(d:42年3月30日生)、巡業先のハンブルクでも人気を博していたクリュー・カッツの マイク・ピンダー(p:41年12月12日生)、レイ・トーマス(har,フルート,vo:42年12月29日生)、それにクリント・ワーウィック(b:40年6月25日生)というメンバーを集めてMBファイヴを結成。いわばバーミンガム・ローカルの「スーパー・バンド」だったわけである。バーミンガム・ローカルでの 人気をあっさり獲得してしまったムーディーズは64年、ロンドンに上京。すぐに有名なマーキー・クラブ出演を決め、レコード・デビューしたマンフレッド・マンの後釜を務めた。こうして、ロンドンでもすぐに注目を集めるようになった ムーディーズはすぐにデッカ・レコードとの契約が決定。あっという間にレコード・デビューを果たしたのである。


(3)R&Bバンドとしての短い全盛期
  64年9月、デニーとマイクの共作Lose Your Moneyでデビュー。鳴り物入りのデビューだったにもかかわらず、この曲はチャート・インすらせず、失敗に終わった。しかし、64年12月に発売されたセカンド・シングルでベッシー・バンクスのカバーGo Nowは全英No.1に輝き、 翌65年にはアメリカでも全米10位とヒットを記録。一瞬にしてトップ・バンドの仲間入りを果たした。彼らのサウンドの特徴は、他のビート・バンドと異なり、ギターではなく、マイクの弾くピアノを中心としたものである。そのピアノもR&Bを基調にしたものでありながら、モッズ的なものとも違う、 ちょっとジャズっぽいものである。そのピアノがバンド全体のカラーを決定している感が強いので、バンド自体のサウンドも派手さのない渋いものである。それはちょっと鼻にかかったようなデニーのボーカルにも顕著で、彼の声はちょっとブルージーな味を出している。とはいえ、際立ったスター・プレイヤーがいるわけでもないし、 リーダーのデニーも強力なリーダー・シップをとるタイプではないので、「スター不在」の感が否めないというのも事実ではある。

  翌65年、マネージャーにあのビートルズを手がける敏腕マネージャー、ブライアン・エプスタインが就任。65年のビートルズのアメリカ・ツアーの前座を務めるなどのチャンスを手に入れた。にもかかわらず、Go Nowに続く2枚のシングルI Don't Want To Go On Without You(君さえいれば)、From The Bottom Of My Heart(心の底から)の 2枚のシングルは中ヒットに終わり、アルバムTHE MAGNIFICENT MOODIESを発表するも、早くも下降線を辿りはじめた。66年に入ると活動もままならなくなって、遂に66年末、クリント・ワーウィック、そしてリーダーであったデニー・レインの二人が脱退してしまうのである。ということで、デビューからわずか2年にしてムーディーズは一つの時代に幕を下ろしてしまったのである。 デニーは才能のあるアーティストではあるが、強力なリーダー・シップに欠けていたこと、ちょっと渋すぎるサウンドのため、硬派なロック・ファンにも、ミーハーな少女ファンにも絶大な支持を得られなかったこと、そしてエプスタインと契約してしまったことがバンドの寿命を縮めてしまった理由のように思えてならない。特にエプスタインと契約したのは間違いだったのではないだろうか。彼は一人で多くのアーティストのマネージャーを務めていたが、 彼の頭の中にはビートルズのことしかなく、他のアーティストは「ついで」でしかない。だから、ムーディーズが彼らだけを手がけるマネージャーについていれば、もっと寿命は延びたのではないだろうか。その辺が悔やまれてならない。また、デニーはこの後、R&B的なサウンドから離れてウイングスに代表されるポップな方向に進んでいくわけで、ここで聴かれる R&Bは本当に彼のやりたい音楽だったのか、ちょっと疑問が残る。まあ、次第に興味がR&Bからポップに移ったとも考えられなくもないが、思わず色々想像してしまう。


(4)その後のムーディーズとデニー・レイン
   先に述べたように、以降のムーディーズに関して私はあまり詳しくないので、語ることを躊躇してしまうという想いもあり、敢えて駆け足でご紹介する。いきなりリーダーのデニーを含む2人のメンバーの脱退、エプスタインとの決別により、ムーディーズは解散の危機を迎えた。そこで新たなリーダー格としてソロ・シングルも出していたジャスティン・ヘイワード(vo,g:46年10月14日生)、 ムーディーズ加入前にマイク、レイが在籍していたエル・ライオット&レベルズのジョン・ロッジ(vo,b:45年7月20日生)の2人を迎えた。だが、新生ムーディーズの2枚のシングルも全くの不発で状況は好転しなかった。こうして、デッカからクビを宣告される一歩手前まできてしまった時、デッカが新たに発足させたハイ・ファイ機器の製作会社が開発した器材を確かめるためのクラシック系のバンドを求めていることを知った彼らは、 それまでの音楽性を捨てて、最後のチャンスのつもりでこれに挑戦することにした。ちょうどマイクがメロトロンを購入していたこともあり、これを試したいという想いもあったようだ。こうして、サウンドを180度変化させてクラシカルなサウンドに転身したムーディーズは67年、オーケストラをバックにした壮大でクラシカルなコンセプト・アルバムDAYS OF FUTURE PASTを発表。キング・クリムゾンがデビューする2年も前に発表された「元祖プログレ」とも呼べそうなこのアルバムは大変な反響を呼び、彼らのイメージ・チェンジは 見事に成功したのである。その後も次々に傑作コンセプト・アルバムを発表し続け、イギリスの国民的なバンドとして現在も活動中である。だけど、彼らは一部の熱狂的なプログレ・ファンに黙殺される傾向にあり、アルバム・セールスはキング・クリムゾン、ピンク・フロイドなどと比べても引けをとらないのに、 過小評価されてきたような気がする。その理由は、彼らが展開や構成で勝負する他のプログレ・バンドと違って、メロディを重視した作品を作り続けたせいではないだろうか。もともとヘイワードという人はビートルズ的なポップを得意としてきた人であり、ムーディーズがクラシカルにイメージ・チェンジ後も、そうした色が見え隠れするように思えるのだ。だけど、彼らの作るイギリス人らしいメロディを重視したサウンドは、プログレという枠の中だけでは語り尽くせないものであり、 もっと評価されてもよいように思われる。なお、現在はマイクは脱退しており、オリジナル・メンバーで残っているのはレイ・トーマスとグレアム・エッジのみである。

  一方、66年にムーディーズを離れたデニー・レインはデニー・レインズ・エレクトリック・ストリングス・バンドを結成。このバンドはポップとクラシックの融合を目指したもので、後に同郷のロイ・ウッドが結成するELOの手本になったといわれている。しかし、このバンドはSay You Don't Mind(未聴、ぜひ聴きたい!)のヒットを放つも、シングル2枚のみですぐに解散。69年には自身のバンド、ボールズ、さらには元クリームのジンジャー・ベイカー率いるエアフォースにも参加した。 そして71年、ソロ活動を開始しようとした矢先、旧友であるポール・マッカートニーに彼の新バンド、ウイングスへの参加要請があり、ウイングスに参加。以降、このメンバー・チェンジの激しかったウイングスに解散の80年まで在籍。ポールと共作したり、ボーカルをとったり、必要に応じて多くの楽器を担当するなど、事実上ポールの参謀役を務めた。ライブではムーディーズ時代のGo Nowをよく歌っていた。ウイングスでの彼の仕事ぶりを見ると、やはり彼はリーダーというよりも誰かをサポートした時にこそ、その実力を発揮できるタイプではないかと 思ってしまう。それほど彼の仕事は素晴らしいものであるが、ウイングスが「ポールのワンマン・バンド」とみなされたせいか、彼が賞賛されることが少ないようで、そのあたりが個人的には寂しいところだ。ウイングス解散後、何枚かのソロ・アルバムを出したが、内容は今一つで全くヒットしていない。一時期は金に困って、ウイングス時代にポールと共作した曲の版権をポールに売り渡してしまうなど、苦しい時期もあったようだ。しかし、この才能をこのまま埋もれさせておくのは あまりにももったいない。できることなら、もう一度ポールと組んで欲しい。ポールと組むのが無理なら、誰か大物と組んで欲しい。とにかく、誰かをサポートした時にこそ、光る人だから・・・。

  ということで、今回はめったに語られることのない、R&Bバンド時代のムーディーズと、デニー・レインという過小評価されているアーティストにスポットを当ててみた。プログレ時代のムーディーズについては、詳しい方が多いのでその辺はそうした方にお任せしたい。そのあたりを知りたい方は、下のHPを御参照下さい。


ごうきのホームページ

   当サイトと相互リンクして頂いているごうきさんのHPです。「ロックの部屋」の中に、詳しいアルバム・ガイドがありますので、プログレ期の彼らについてもっと詳しく知りたい方はこちらを御参照下さい。

(5)お勧めアルバム
 R&B時代のムーディーズの唯一のアルバムといえばTHE MAGNIFICENT MOODIESがあるが、CD時代になって、このアルバムにアルバム未収録のシングル曲をプラス、この時代の全テイクを聴くことのできるアルバムが発表されていた。国内盤は発売されたと思ったら、あっという間に廃盤になってしまったが、輸入盤では入手可能なのでここではそれをご紹介したい。

●THE MAGNIFICENT MOODIES +13

1.I'll Go Crazy、2.Something You Got、3.Go Now、 4.Can't Nobody Love You(愛はこれほど)、5.I Don't Mind、6.I've Got A Dream、7.Let Me Go、8.Stop、9.Thank You Baby、10.It's Ain't Necessarilly So、11.True Story、12.Bye Bye Bird、 13.Steal Your Heart Away、14.Lose Your Money [But Lose Your Mind]、15.It's Easy Child、16.I Don't Want To Go On Without You(君さえいれば)、17.Time Is On My Side、 18.From The Bottom Of My Heart [I Love You](心の底から)、19.And My Baby's Gone、20.Everyday、21.You Don't [All The Time]、22.This Is My House [But Nobody Calls]、 23.Life's Not Life、24.He Can Win、25.Boulevard De La Madelaine(マドレーヌの散歩道)

プロデューサー:デニー・コーデル

手持ちのCD:P25L-25026(ポリドール)
購入時期      1989年暮れ

  65年7月に発売されたR&Bバンド時代唯一のアルバムに、この時代のアルバム未収録の全シングル曲をプラスした企画盤。この1枚でデニー・レイン時代の全テイクを聴くことができるので、実にあり難い1枚である。ただし、国内盤は発売後1年と経たずに廃盤。残念でならない。ただし、輸入盤は現在も発売中なので入手は難しくない。

  まず1〜12が、デビュー・アルバムの全曲。ブラック・ミュージックのカバーとデニー、マイクの共作によるオリジナルが混在しているあたりは、他のブリティッシュ・ビート・バンドと同様である。カバーではジェイムス・ブラウンのI'll Go Crazy、I Don't Mind、クリス・ケナーの2Something You Got、ソニー・ボーイ・ウィリアムソンの12Bye Bye Bird あたりが目をひく。特にジェイムス・ブラウンの1I'll Go Crazyを、マイクの渋いピアノに乗せて、デニーがブルージーに歌ってるあたりが新鮮で、オリジナルのJBのソウルフルで熱い出来とは一味違っていて面白い。ソニー・ボーイ・ウィリアムソンの12Bye Bye Birdもハープに乗せてデニーが熱いボーカルを聴かせていてなかなかの出来だ。これらの曲は、マイクの後のクラシカルなメロトロンからは想像のつかない渋いピアノ、ウイングス時代にポップな曲を歌っていた姿からは想像のつかない、デニーのブルージーなボーカルが印象に残る。 また、R&Bのカバーである2Something You Gotのような曲で、レイがフルートを吹いているというのも異色。とはいえ、やはり注目はベッシー・バンクスのカバーで、大ヒットを記録した3Go Nowということになろう。デニーの熱唱が素晴らしく、後のウイングスのライブでもおなじみである。面白いのはブラック・ミュージックだけでなく、ジョージ・ガーシュウィン作の10It's Ain't Necessarilly Soや、クラシカルなムードのポップ・ナンバー4Can't Nobody Love Youのような 曲をカバーしていることである。R&Bバンドにしては珍しい選曲であるが、一方で、後のクラシカル路線の伏線のようにもとれる。特にデニーのクラシカルなアコースティック・ギターの印象的な4Can't Nobody Love Youのアダルトなムードにはちょっと驚かされる。Let Me Go 、Stop、Thank You Baby、True Storyの4曲はデニーとマイク手によるオリジナル。とはいえ、ブラック・ミュージックからの 影響が露骨で、今一つオリジナリティに欠けている。ということで、出来自体はカバー曲の方が数段上である。

  残るシングル曲だが、正直アルバム収録曲と比べると今一つ。特にシングルということもあってか、よりポップな路線を目指しているが、あまりうまくいっているとは思えない。目をひくのはストーンズもカバーしている17Time Is On My Sideということになろうが、ストーンズと比較すると分が悪いのは当然だが、まずまずの出来。 むしろ、注目はこのメンバーによる末期に発表された25Boulevard De La Madelaineあたりであろう。ブラック色が薄く、ちょっとクラシカルなポップであり、後のムーディーズのサウンドの変化を予感させるものがある。こうした曲を聴いていると、彼らは急にサウンドを変化させたように見えるが、実は潜在的にそうした側面を持っていたともとれる。 後のムーディーズだけじゃなく、脱退後のデニーも一貫してポップ畑を歩んだ人なので、本当に彼らのやりたかったサウンドはむしろこういう曲だったのかもしれないと思ってしまう。

  ということで、決して名盤とはいい難いが、初期の彼らを知るにはもってこいの1枚であるといえる。個人的なベスト・テイクは先に述べた1I'll Go Crazyと12Bye Bye Bird。有名な3Go Nowよりも、この2曲をもっと多くの人に聴いて欲しいと思う。

   アルバム好感度     80

                                                                   *:1998年12月29日UP


      
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