ブリティッシュ・インヴェイジョン

ビートルズの登場以降、イギリスでは多数のビート・バンドが登場。ひとつのムーブメントにまで発展した。ここでは毎回☆TAKEが最も好むこの時代のイギリスのアーティスト1組にスポットを当てて、独断と偏見で語っていく。

Gerry & The Pacemakers

ー最も初期のビートルズのライバルー

ビートルズ・ヒストリーにたびたび登場する彼ら。だけど、どれくらいのビートルズ・ファンが、彼らのことをきちんと知ってるんだろうか?
      
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(1)ビートルズ・ファンが見落としがちなビートルズのライバル
 ビートルズ・ファンのみなさんは、「コンプリート・ビートルズ」というヒストリーもののビデオをご覧になったことがあるだろうか? 「アンソロジー」が出るまでは、ビートルズのヒストリーものの決定版だったものだし、私も何度も見たものだ。 このビデオに登場して、カントリー・ソングの「ジャンバラヤ」をロックっぽくアレンジして歌ってみせるなど、ギターを片手に当時のリバプールのシーンを解説する男を覚えている人は多いと思う。あの男こそ、ジェリー&ザ・ペイスメイカーズのリーダーだった ジェリー・マースデンである。デビュー以前はビートルズや、リンゴの在籍していたローリー・ストーム&ザ・ハリケーンズと張り合い、後にエプスタインのマネージメント、マーティンのプロデュースでデビュー、 そのデビュー曲がビートルズが拒否した幻のデビュー曲How Do You Do It(恋のテクニック)だったこと・・・。ビートルズ・ファンにはお馴染みのエピソードだろう。

  だけど、ビートルズ・ファンの方で、このバンドがお好きな方、興味のある方ってどの程度いるんだろう。意外と話題にする人も少ないようだ。だけど、私にとってはFerry Cross The Mersey(マージー河のフェリー・ボート)は「最もリバプールを思わせる一曲」であり、 You'll Never Walk Aloneはサッカー・ファンにはお馴染みの曲だしと、決してロック色の薄いバンドだからといって、簡単に無視してよいバンドだとは思えないのである。以下に述べていくが、結構歴史的に重要と思われるエピソードをいっぱい持ったバンドなのである。


(2)いつも2番手?
  ジェリー・マースデン(vo,g)、本名ジェラルド・マースデンは1942年9月2日、リバプール生まれ。幼少の頃から父の弾くウクレレに合わせてカントリーなどを歌っていた彼は、14歳の時、スキッフルと出会いスキッフル・バンドを結成。その後、ブライアン・オハラ(後にフォアモスト)とデュオを組むなど、 いろんなバンドを転々とした後、59年に兄のフレディ・マースデン(d)、レス・チャドウィック(b)らとともに、自らがリーダーを務めるマーズ・バーズを結成した。この後すぐにジェリー&ザ・ペイスメイカーズと改名したバンドは、すぐに力をつけ、翌60年にはビートルズ(当時はシルバー・ビートルズ)が参加したことでも知られる ビリー・フューリーのバック・バンドを決める、「ラリー・パーンズ・オーディション」にも登場している。この時のシルバー・ビートルズは、スチュアート・サトクリフがベース、ドラマーも固定しておらず、まだ他の出演バンドにすら嘲笑されるほどの無名バンドだったが、ペイスメイカーズの方は既にトップ・バンドのひとつ。この時点では、 明らかに彼らの方が格上だったのである。ただ、この60年末にビートルズがハンブルクから帰国した時、一気に立場は逆転することになる。それでも以降、ビートルズの良きライバルとしていつも競い合う、そんな関係だったのである。もちろんビートルズ、リンゴのいたローリー・ストーム&ザ・ハリケーンズのメンバーとは親しかったということは言うまでもないだろう。

  翌61年、脱退したアーサー・マクマホンに代わって、アンダーテイカーズ(後にアップルからソロ・デビューするジャッキー・ロマックスのいたバンド)のレス・マグガイア(key)が加入、62年には「マージービート」誌の「バンド人気投票」では、ビートルズに次いで2位に入るなど快進撃を続けた。そして62年半ばにはブライアン・エプスタインとマネージメント契約を締結。 「ビートルズ一筋」だったはずのエプスタインがなぜ彼らと契約したのかはよく分からないが(「ビートルズのための資金稼ぎ」とか、「保険だった」という説もある)、彼らがエプスタインとのマネージメント契約第2号バンドとなり、その後に多くのアーティストが続くことを思うと、ちょっと興味深く思われる。また、エプスタインは一足先にレコーディング契約完了していたビートルズ同様、ジョージ・マーティンに強く売り込んだ。 マーティンは自分のパーロフォンではなく、同じEMI傘下のコロムビアに売り込んでレコーディング契約締結に成功した。つまり彼らは「マーティンのプロデュースでデビューした第2号バンド」でもあるわけである。リバプール・シーンにおいても2番手、エプスタインとの契約でも2番手、マーティンのプロデュースでも2番手。しかも、いつも先を行っていたのはビートルズ。 面白い反面、このバンドのポジションを物語っているような気もする。


(3)サッカー・ファンの愛唱歌、You'll Never Walk Alone
  63年1月、How Do You Do It(恋のテクニック)でデビュー。この曲はミッチ・マレイというライターの書いた曲で、ビートルズの幻のデビュー曲だったことでも有名。この曲をペイスメイカーズのデビュー曲にするように決めたのは、どうもエプスタインらしい。ということは、エプスタインはビートルズが「せっかく用意してくれた曲を蹴ってしまった」ことに負い目を感じ、 マーティンへの罪滅ぼしのつもりでこういう措置をとったのかもしれない。ただ、ビートルズのバージョンをお聴きになったことのある方ならお分かりだろうけど、確かにポップすぎて軽い曲だけど、「売れ線」の曲であることは事実。やはりといおうか、あっさりとチャートを上昇、デビュー曲でありながら、いきなり全英No1となった。このNo1もまた、ビートルズのPlease Please Meに続く、 2番目のリバプール・バンドによる全英No.1ソングとなったわけで、またしても2番手。しかも、「ビートルズが蹴った曲でデビュー」というあたりもまた、2番手っぽいといえなくもない。だけど、ビートルズのPlease Please Meはセカンド・シングル、彼らの方はデビュー曲だったということ、これは注目に値する。それにPlease Please Meの方は、一部のチャートでは2位止まりだったのに対し、How Do You Do Itは、主だったチャートのほとんどでNo.1に輝いたものである。しかも、まだビートルズ人気が社会現象化する前、「リバプール・サウンド」がもてはやされる前であったことは 評価してもよいのではないか。この後登場するリバプール勢は、Lennon-McCartneyソングでデビューしたりと、少なからず「ビートルズ人気」に便乗して登場したというイメージが強いが、彼らの場合はそうじゃなかったというわけだ。

  続いて63年6月には同じくミッチ・マレイ作のI Like Itがセカンド・シングルとして発売されると、これもまた全英No.1。これも軽快なポップ・ソングで、ロック色はほとんどない。だけど、ジェリーのもの憂げな鼻声、といってもジョン・レノンのように殺伐とはしていない上、ドスもきいていない声には、こういう曲がとてもよく似合う。そういう意味では、ミッチ・マレイの作品はビートルズではなく、 彼らにこそふさわしかったんじゃないか。アルバムではストレートなR&Rもやってるし、デビュー以前の彼らもきっと、R&Rをレパートリーにしていたはずである。ジェリーも「レイ・チャールズ、リトル・リチャード、ジェリー・リー・ルイスが好きだった」とコメントしているし・・・。だけどやっぱり、彼の声にはポップ・ソングが似合う。しかも、彼の声はどこか物悲しい分、能天気でアイドルっぽい感じにならないから、突き抜けた、お気軽な印象は受けないし、ちょっと大人のムードも漂う。 言いかえれば、同じポップ系といっても、デイヴ・クラーク・ファイヴやハーマンズ・ハーミッツのようなアメリカ色が薄く、むしろ陰のある、イギリス的な音が特徴ともいえる。 だけどこの路線は、マーティンやエプスタインがジェリーの資質を見抜いてのものなのか、それとも、マーティンやエプスタインの打ち出したイメージが偶然ジェリーの声と上手くマッチしていたというだけなのか、 その辺は定かじゃないけど、いずれにしろ、この路線がはまっているのは間違いない。また、サード・シングルとしてLennon-McCartney作品のHello Little Girl(ジョンの作品でビートルズ・バージョンはANTHOLOGY 1収録。後にフォアモストが発表)をレコーディングしたが、発表はしなかった。つまり彼らは、エプスタイン傘下のアーティストとしては珍しいLennon-McCartney作品を発表しなかったバンドでもあるのだ。

  63年10月には、サード・シングルYou'll Never Walk Aloneを発表。前の2曲から一転、ストリングスをフューチャーしたバラードで、ジェリーがもの憂げな声で切々と歌い上げている。 実はこの曲はミュージカル「回転木馬」で歌われていたスタンダード・ナンバー。 すると、この曲もまたNo.1。ビートルズも成し得なかった「デビューから3曲連続No1」を達成したのである。この曲で見逃せないのは、ストリングスの導入である。一般には「ビートルズのYesterdayは、ロックにストリングスを導入した革命的な曲である」と言われている。 でも、この曲はそれよりも約2年も早い63年の発表である。もちろん、同じストリングスを使った曲といっても、Yesterdayのような「ロックとクラシックの融合」といった、革命的な使われ方じゃなく、あくまでポピュラー系のボーカル・ナンバー風の使われ方をしているに過ぎない。だけど、「ロック・バンドのレコードにストリングスを入れる」というのは、当時としては冒険だったんじゃなかろうか。マーティンは、以前に作ったコメディのレコードなどで使った手法を用いただけだと言ってるけど、 純粋なロック出身のプロデューサーだったら絶対に思いつかなかった手法といえるだろう。そしてこの曲や、この後に続くペイスメイカーズの曲でストリングス導入が上手くいった、その自信があったからこそ、ポールにYesterdayにストリングスを入れようと提案できたんじゃなかろうか。そう思うとこの曲はビートルズ・ファンにとっても見逃せない曲ではなかろうかと思う。また、この曲はリバプールのサッカー・チーム、リバプールFCのサポーターズ・ソングとなり、ハーフ・タイムに大合唱が起こるようになる。 そうするうちに、イングランド代表チームの応援歌になり、さらには世界中のサッカー・ファンの愛唱歌となり現在に至っている。日本のどこかのチーム(浦和レッズだったかな?)のサポーターも、ハーフ・タイムによく歌っているとか・・・。世界中のサッカー・ファンは、ジェリー&ザ・ペイスメイカーズは知らなくっても、You'll Never Walk Aloneは知っていることだろう。


(4)永遠に歌い継がれる「究極のマージー・ビート」
   64年、さらには65年になるとビートルズのアメリカ進出により、イギリスのミュージック・シーンはビート・バンド一色となり、さらにそれらのバンドは相次いでアメリカ進出を果たすようになる。さすがにこの頃になると、ストーンズ、キンクス、アニマルズのような、よりロック色の濃いバンドが増えてきたこともあり、ペイスメイカーズの人気は若干落ち着いてきた。とはいえ、次第にジェリー単独、またはレス・チャドウィックとの共作によるオリジナル作品が中心となり、Don't Let The Sun Catch You Crying(太陽は涙がきらい)、Ferry Cross The Mersey(マージー河のフェリー・ボート)のような ストリングスを導入したバラードとI'm The OneやIt's Gonna Be Alrightのような軽快なポップ・ナンバーの2本立てでシングル・ヒットを連発した他、ビートルズ同様、主演映画Ferry Cross The Merseyが作られるなど、英米をはじめとした世界中で人気を博した。日本では、ジェリーが首の近くの高い位置にギターを抱えて歌うところから一部で「リバプールの田端義夫」といわれたらしい(笑)。個人的には先も述べたFerry Cross The Merseyにおける哀愁の漂うメロディとボーカルこそが「究極のマージー・ビート」だと思っている。つまり、私にとっての マージー・ビートとは、ビートルズじゃなく、ペイスメイカーズだと言っても過言じゃない。船の上でこの曲を歌う、映画からの映像を見たことがあるが、リバプールに行ったら私も船に乗り、船上でこの曲を聴いてみたいと常に思っている。Penny LaneStrawberry Fields Foreverじゃなく、この曲こそが究極のリバプールの御当地ソングだと私は思う。

  65年も末になると、フォーク・ロックの台頭など、ロックの激動期が到来した。この時期のイギリスでは、ポップ寄りのバンド、ソング・ライターのいないバンド、アイドル系のバンドは次々に失速、シーンから消えていった。彼らとて例外ではなかった。物悲しいバラードと軽快なポップ・ナンバーだけでは、この時代を乗り切ることはできなかったのである。ジェリーの声にはもともとハードな曲は似合わない。だから、もしも方向転換していたとしても結果は同じだっただろう。 だから、「時代に合わせることができなかった」のではなく、これが彼らの限界だったのかな、とも思う。66年にはプロデューサーがロン・リチャーズに交代、いくつかのヒットもあったが、結局67年早々に、ジェリーがミュージカルに出演することを理由に解散。以降、ジェリーはテレビ・タレントとして活動、子供向け番組の司会も務めたりした。音楽活動の方は、67年に何枚かのソロ・シングルを出した後は、73年にニュー・ペイスメイカーズを結成したり、ナツメロ・ショーに登場したりするくらいだった。

  そんな1985年、突然ジェリーは全英チャートに戻ってきた。ブラッフォード市立サッカー場の落成記念花火大会で、ポール・マッカートニー、デニー・レイン(ムーディ・ブルース→ウイングス)、トニー・ヒックス(ホリーズ)、コリン・ブランストーン(元ゾンビーズ)らの他、当日の観客を従えてザ・クラウド名義でYou'll Never Walk Aloneをレコーディングして発表したところ、突然全英No1となったのである。この歌がいかに多くのサッカー・ファンに愛されているかが分かるというものだ。さらに89年にはサッカー場で起こった暴動の見舞金を集める目的で ポール、ホリー・ジョンソン(フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド)らとともにFerry Cross The Merseyをレコーディング、チャリティ・シングルとして発売したところ、これもまた全英No1。日本人には分かりづらいが、やはりペイスメイカーズ・ナンバーは、イギリス人にとって、「歌い継がれてきた名曲」だということの証明ともいえよう。

  いつもビートルズの後を追いかけてきたバンド。「ロック時代」に対応できなかったバンド。だけど、You'll Never Walk AloneやFerry Cross The Merseyはイギリスでは永遠に歌い継がれていくことだろう。また、ジェリーはこんなコメントも残している。「ある時、エプスタインが『いつもビートルズにかかりっきりだから、君たちに大したことができなくって申し訳ない』っていうんだ。だから僕はこう答えた『いいんだ、君はビートルズのことだけ考えてろよ』」。これが本当だとしたら、ジェリー自身は「2番手であること」を 決して嫌がっておらず、むしろビートルズが成功することを願い、祝福していたということなのだろうか。人がよすぎる(笑)。でも一方で、「ビートルズ以外のリバプールのバンドが生き残れなかったのは、イギリスの音楽産業をロンドンが牛耳っていて、我々を潰そうと企てたせいだ」というコメントもあり、意外と自信家、プライドの高さも持ちあわせているよう。結構掴み所のない人かも・・・(笑)。でも、「プライドが高いくて偏屈なわりにはお人好し」というのは、ジョンやポールにも共通するものがあり、ひょっとするとこれが典型的なリバプール人の人柄なのかもしれない。 コメントを聞いていると、ビートルズのメンバー以上に、故郷・リバプールを意識しているのがよく分かる。だからこそ生まれた「究極のマージー・ビート」。永遠に歌い継がれていくだろう。


(5)お勧めアルバム
 ブリティッシュ・ビート時代のバンドのうち、彼らのようなシングル中心のバンドの場合、ベスト盤や編集盤は乱立状態。ところが、彼らの場合、意外と国内盤は多くない。そんな中で決定版ともいえそうなのは、 やはりAt Abbey Roadシリーズのこれだろう。

●GERRY & THE PACEMAKERS AT ABBEY ROAD 1963-1966

1.How Do You Do It(恋のテクニック)、2.Away From You、3.I Like It、4.You'll Never Walk Alone、5.Chills、6.A Shot Of Rhythm And Blues、7.Hello Little Girl、 8.Summertime、9.Slow Down、10.I'm The One、11.You've Got What I Like、12.Don't Let The Sun Catch You Crying(太陽は涙がきらい)、 13.Show Me That You Care、14.It's Gonna Be Alright、15.It's Just Because、16.Ferry Cross The Mersey(マージ河のフェリー・ボート)、17.I'll Wait For You、 18.Why Oh Why、19.I'll Be There、20.Reelin' And Rockin'、21.Whole Lotta Shakin' Going On、22.Rip It Up、23.You Win Again、24.I'll Be Me、25.Walk Hand In Hand、 26.La La La、27.Girl On A Swing、28.Big Bright Green Pleasure Machine

手持ちのCD:TOCP-50425(東芝EMI)

購入時期      1998年秋
  1998年、アビー・ロード・スタジオの100周年を記念して登場したAt Abbey Roadシリーズのひとつ。他にもマンフレッド・マン、ホリーズ他、多くのタイトルが発売されており、ブリティッシュ・ビート・ファンにとっては見逃せないところ。ペイスメイカーズに関しては、国内盤のベストCDがほとんど出ていなかったこともあり、このシリーズにペイスメイカーズ編が登場したのは実に嬉しいことだった。 このシリーズの他のアーティストのもの同様、ベスト選曲にレア・テイクをプラスした、実に嬉しい内容となっている。

  本文にもある通り、このバンドの特徴は4You'll Never Walk Alone、12Don't Let The Sun Catch You Crying、16Ferry Cross The Merseyのようなストリングスの入ったバラードと、3I Like It、10I'm The One、14It's Gonna Be Alrightといった軽快なポップ・ナンバーにある。 これらが一番ジェリーの声に合っているのはいうまでもないが、ジェリー作のオリジナルで、初期ビートルズにも似たR&Rナンバー18Why Oh Why、ちょっとイージー・リスニング調の、ボビー・ダーリンのカバー、19I'll Be There、解散間際の最後のヒット曲で、トラディッショナル・フォーク風の味わい深い27Girl On A Swingもなかなかの出来。また、ビートルズ・ファンには、1How Do You Do Itはもちろん、 ビートルズもレコーディングしている9Slow Down(ラリー・ウィリアムズのカバー)や6A Shot Of Rhythm And Blues(アーサー・アレキサンダーのカバー)、ジョンがソロでレコーディングした22Rip It Up(リトル・リチャードのカバー)も注目かもしれない。シングルではポップとバラード中心だったものの、アルバムにはチャック・ベリーの20Reelin' And Rockin'、ジェリー・リー・ルイスの21Whole Lotta Shakin' Goin' OnなどのR&Rのカバーを収録、 これらを聴いていると、「ビートルズのライバル」としてデビュー以前に張り合っていた頃の彼らが目に浮かぶよう。同じR&Rをやっても、どこかジェントルで、物悲しい感じがするのがこのバンドらしいところといえるだろう。そして、ビートルズ・ファンも注目のレア・テイクが、本文でも述べた幻のサード・シングルで、ジョンの作品をレコーディングした7Hello Little Girl。結局、フォアモストがレコーディングして発表したわけだけど、この曲はどう聴いてもジェリー向き。 フォアモストのテイクよりは数段出来がよいし、「デッカ・オーディション」のビートルズ・バージョンとだってひけをとらないと思う。まあ、ジェリーとフォアモストのマイク・ミルワードでは、ボーカリストとしての実力差があり過ぎるので当然ともいえるが・・・。これをボツにしたというのは、もったいないなあ。また、3I Like Itは、歌詞を忘れて笑い出して演奏をやめてしまうテイクと公式テイクのメドレーになっており、どことなくビートルズのANTHOLOGY風で面白い。

  このように、シングル・ヒットあり、アルバムでしか聴けないR&Rもあり、ビートルズ絡みのレア・テイクもありと、決定版のような内容。初心者からマニア、ビートルズ・ファンまで、幅広く楽しめること間違いなしだ。今後、ハンブルクでのライブなど、初期のライブものの発掘も望みたい。

   アルバム好感度     80

                                                        *:2000年8月20日UP


      
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