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| うーん、適当な言葉がみつからなかったので変なタイトルになってしまいましたが、きっと分かって頂けますよね、ニュアンス的に。でも、ネット上ではこの辺のアーティストの話題って、ほとんど出てきませんよね。 特集した本も多いし、評価も、人気も高いはずなのに。 |
タイトルにある通り、ここではウォーホール周辺で活動していたドイツ人女優、ニコが加わっている。ただし彼女は「正式メンバー」でも「ゲスト」でもない。「共演盤」でもない。「なぜかそこにいる」といった、とても曖昧な立ち位置。いわばウォーホールに共演を強いられた格好だ。彼女が歌っているのは3,6,9.の3曲。耳にネバネバとまとわりつくような爬虫類系の歌声を聞かせる6.All Tomorrows Parties、 「美しい」と「怖い」の中間のような何ともいえない気分にさせられる9.I'll Be Your Mirrorあたりに彼女の個性がよく出ている。しかし「ものすごく個性的」なはずなのに「まるで存在していないよう」な、そんな「存在感があるのかないのか分からない」彼女の存在自体が恐ろしくすらある。まるで幽霊を見てしまったかのような、そんな気分。 それに彼女の存在はこのバンドにとってなんだったのか、未だに理解できずにいる。いや、こんな語り方しかできないとは恥ずかしいんだけど。他はすべてルー・リードがボーカル。これらは完全にヴェルヴェット・アンダーグランドというバンドの音。世間では「パンクの元祖」と呼ばれたり、 反道徳的、背徳的な歌詞が注目されたりするけど、意外と多彩な曲をやっている。1.Sunday Morningは実にメランコリックで美しい曲、お馴染みの2.I'm Waiting For The Manはバイセクシャルを題材にした歌詞ではあるけど、テレビ番組で流されたことからも分かる通り、「ポップ・ソング」として成り立つ佳曲、ドラッグの売人を歌った5.Run Run Runは 軽快なリズムのR&R、10.The Black Angel's Death Songはケイルの弾くビオラに合わせてリードが言葉をたたみかけるようなボーカルを聞かせる風変わりな曲、ドラッグ・ソングの7.Heroinや11.Eoropean Sonは粗削りでアバンギャルドな演奏が展開される、本来の彼らのイメージ通りの曲。ただし、いろんな曲をやっていてもサウンド、雰囲気は彼らならではの世界が貫かれている。全体に暗く、クールで、アバンギャルド。ケイルが弾くビオラの音、リード&モリスンによる線が細いのに、ノイズのような音を発するギター。 まさに彼らのしか生み得ないサウンドといってもよいだろう。サウンド面ではやはり、「ロックは全く知らなかった」という現代音楽をやりたくてニューヨークに渡ってきたイギリス人、ジョン・ケイルの存在が大きい。 だからといって、彼らが「どの音楽の影響も受けていない、突然変異的なバンド」という一部の意見には賛同できない。ルー・リードはストレートなR&R指向の人。また彼のクールな、それでいて唸るようなボーカル・スタイルは、同じニューヨーク・シーンの先輩、ディランの影響が強く窺える。リードのそうした比較的オーソドックスな音楽的資質に、ケイルのアバンギャルド感覚、そしてウォーホールのアート感覚が上手く溶け合って生まれたのが、 ここに聴ける「ヴェルヴェッツ・サウンド」なのではないだろうか。またSM、バイセクシャル、ドラッグ、暴力など「背徳的な歌詞」云々というけど、別に「メッセージを送る」とか、「世の中に衝撃を与える」とか、そんなことを狙ったのでもないだろう。ニューヨークという「何でもあり」な混沌とした街の裏通りや地下世界に存在する世界をありのままに歌っただけなんじゃないかと。別に「センセーショナルなことを歌おう」としたわけじゃなく、いわばニューヨークの裏町を撮った「短編記録映画」のようなもの。 ソロになってからのルー・リードも「ストーリー・テラー」的な歌詞を書き続けてる人だし、そのスタンスはヴェルヴェッツ時代から変わっていないのではないだろうか。 しかし、彼らの生み出したこの独特なサウンドと世界観のフォローワーが、ニューヨーク・パンク・シーンを、さらにはオルタナ・シーンを作っていくことは確かであり、 「ロック名盤の定番」としてこのアルバムがたびたび語られるのも頷ける。一方で、実はこのアルバムよりは、アートの色が薄れ、ロック色の濃くなる後の作品の方が私の趣味には合ってるかな、という気もしないでもない。 *アルバム好感度 80
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Disk-2:1.Hello I Love You、2.Roadhouse Blues、3.L.A. Woman、 4.Rider On The Storm、5.Touch Me、 6.Love Her Madly、7.The Unknown Soldier(名もなき兵士)、8.The End
世間でドアーズが語られる場合、どうしても「ドアーズ=ジム・モリスン」となる傾向がある。確かに彼がジミヘンやジャニス同様、60年代の終末とともに命を落とすという象徴的な最期を遂げたこともあるだろうけど、それ以上に彼の存在はあまりにも独特で強烈である。もともとは詩人志望だった人。 で、自分の詩を発表する「手段」として、ロック・バンドのボーカリストの道を選んだ。だから彼にとっては、「詩を発表することによって自己を表現する」ことこそが究極の目的である。「ロック・バンドで歌う」ことはそのための「手段」でしかない。こういうロック・ボーカリストは、おそらくロック史上他に例を見ないのではないだろうか。だからこそボーカルのスタイルも実に独特。 彼らの代表曲ともいえるDisk-1:2.Light My Fireを例にとっても分かるが、自己陶酔気味に歌っているかと思うと、突然叫び出したりもする。それは「歌う」というよりは、「自己を表現する」といった方がよいだろう。だからこそ誰にも真似できない、唯一無二のボーカル・スタイルとなっているんだろう。 歌詞の世界は難解なので私には分析不可能だが、どこか退廃的で「死」や「終末」を連想させるものが多い。そのわりには「破壊的」というよりは、なぜか美しさすら感じさせる。それは「退廃的」といっても、彼の歌詞が同時代のシスコ系サイケの人たちのように社会的なものでも、ヴェルヴェッツのような記録映画的で客観的なものでもない、あくまでもジムが自身の内面を歌ったものに過ぎないからだろう。 結局ボーカリストとしても、作詞家、いや詩人としてもモリスンは「自分自身を表現すること」に徹し切った人だった。それは映画「地獄の黙示録」で象徴的に使用されたDisk-2:8.The Endのような、長尺で幻覚的なナンバーに色濃く現れている。 だけど私は一方で、「ドアーズ=ジム・モリスン」だとは思わない。残る3人の存在も見逃してはならないからだ。彼らがジムの表現したかったことを理解できていたからこそ、その詞の世界にピッタリの、幻覚的で独創的な「ドアーズ・サウンド」を生み出すことに成功しているんだから。また、一方でジムのような「自己表現に徹し切る」ボーカリストのいるバンドとなると、 得てして難解になったり、単なる自己陶酔に終わったりで、「一部で熱狂的な支持を得る」ことはできても、商業的成功をもたらすことは少ない。ところが彼らはシングル・ヒットを連発したチャート・バンドとしても成功を収めている。それは他でもない、ジャズに造詣が深いレイ、ポップな曲を手がけ、一方でフラメンコやクラシックをも弾きこなすロビー、 この2人の貢献もあって、ブルースのDisk-2:2.Roadhouse Blues、フラメンコ風のギターも聴けるDisk-1:10.Spanish Caravan、ブラスやストリングスもフューチャーしたポップなDisk-2:5.Touch Meなど実に多彩で幅広い。しかもそれらを聴いても決して「無理して聞き手に媚びている」という感じはなく、 「ドアーズ・サウンド」として成り立っているし、ジムのキャラクターにもはまっている。幻覚的でアーティスティックな作風の一方で、こうしたチャート・バンドとしての側面もあった、それが彼らの特徴である。そのギャップがジムを苦しめ、ドラッグ漬けになってしまった理由でもあるのだが、聞き手にとってはそれもまた魅力であったことは否定できない。その後者の部分を担っていたのは他でもない、ジム以外の3人だった。3人は決して上手いプレイヤーではないが、ジムのバックを務めるメンバーは、彼らをおいて他にはいなかったといってもよい。そしてそれもまたドアーズの成功、そしてたびたび再評価の波が押し寄せる要因であると思う。決してジムの存在だけのせいではないはずだ。 結局言いたいことの半分も言えなかったけど、最後に2点。ベースレスのユニークな編成で、ライブなどではレイのキーボードが代行していること、個人的に一番好きな曲はデビュー曲Disk-1:1.Break On Throughであるということ、これだけは付け加えておきたい。しかしこのバンドのことはいくら語っても、語り尽せない。 *アルバム好感度 80
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今回挙げた3組は、いずれも「パンクの先祖」とされるバンドばかりだが、精神性とかは抜きに、純粋に音やイメージだけを見れば、このバンドが一番パンクに近いといえるかもしれない。全編フィードバックやディストーションのかかったメタリックなギターに支配されたバックの音といい、憎悪をむき出しにしたようなイギーのボーカルといい、まさにパンクそのもの。何よりも極端にブラック色の薄いメタリックな音は衝撃的ですらあるし、 近年の「ヘビメタ」よりも数段メタリックでヘビーにすら聞こえる。イギーによると、もともとはブルースやR&Bが好きだったが、「白人にはこういう音はやれない」と悟り、敢えてそれとは逆の音を生み出そうとした結果、こうしたサウンドが生まれたとのこと。ここでもいきなり後にパンクの連中に多くカバーされることになるラウドな1.1969、2.I Wanna Be Your Dogの2連発で始まる。ただしこの2曲、そのイメージに反して異様にテンポが遅い。 この遅さゆえの「重さ」は、実は後のパンクの連中とは正反対な部分であり、彼らの個性といえるかもしれない。3曲目には長尺な3.We Will Fallが登場、これは一転してプロデューサー、ジョン・ケイルのビオラをフューチャーした幻覚的なナンバーで、ほとんどヴェルヴェッツの世界。おそらくケイルが主導権を握っているものと思われるが、どこかドロドロしたような感覚があり、この辺はヴェルヴェッツにはなかった感覚である。 そしてストゥージズの、というよりイギーの代名詞といってもよい名曲4.No Funが登場、一部にはピストルズがオリジナルだと思ってる人もいるだろうけど、オリジナルはこっち。最初から終わりまで憎悪の塊のようなボーカルを聞かせるロットンと比較すると、イギーのボーカルはラウドな反面、ちょっとクールでもある。この辺はジム・モリスン・フォローワーのイギーならではかも。しかし後半、 フィードバック・ギターが炸裂しはじめると一転して叫びまくる。そのギターの音に乗せて延々シャウトし続ける部分は本当に素晴らしく、はじめて聴いた時は鳥肌が立ってしまったほど。正直、この辺の表現力の差もあって、私はロットンよりもイギーの方が勝っているように思われる。「ピストルズのバージョンの方が好き」という人が多いけど、私は断然ストゥージズ・バージョンの方を支持する。ただしこのアルバム、この曲までの並びは強烈で息が抜けないんだけど、 後半は若干弱いかなという印象。面白いのは幻覚的で静かなパートでスタート、イギーが途中で叫ぶと一気に転調するという、ドアーズのWhe The Music's Overをコンパクトにしたような7.Not Rightくらいかも。あとは最初の2曲のスタイルをなぞったような曲が並ぶ。まあ、デビュー以前の彼らは、ほとんどレパートリーがなく、このアルバムのレコーディング前に大急ぎで曲を書いたという事情もあるから致し方ないのかもしれないが。 それと各曲とも唐突にフェイドアウトしてしまう。これらが世間での評価が高くない要因なのかもしれないし、「ライブでの破天荒さをスタジオに持ち込めなかった」といわれる所以なのかもしれない。ライブでは当然ファイド・アウトはせず、延々イギーが叫んだり、ガラスの破片の上を転がりまわったりしていたんだろう。 だけど私の場合、「最初に買った輸入盤だから」ということもあるけど、それ以上に最初の4曲、いや4.No Fun1曲があるだけで大満足というもの。いや、この曲を聴いたことがないという人、この曲が「ピストルズのオリジナルだ」と思い込んでいる人、ストゥージズを知らない人、イギーといえばボウイ絡みの作品しか知らないという人、そんな人たちにもっともっと聴いて欲しい、そんな1枚である。一方で私も せめてこのバンドのあとの2枚のアルバムくらいは揃えたいと思う。 *アルバム好感度 90
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*:2002年3月31日UP
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