MY CD COLLECTION

毎回1つのテーマに絞って私の手持ちのCDをご紹介、個人的な思い入れなどを語っていくコーナーです

      
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第7回:ポール・マッカートニー・コンプレックス
  「コンプレックス」ってのは、ちょっと言葉が悪いか。洋の東西を問わず「ビートルズ・フォローワー」と呼ばれるアーティストは数知れず。でも、その「ビートルズ・フォローワー」というレッテルを貼られたアーティストをいざ聴いてみると、 「ビートルズ・フォローワー」というよりも「ポール・マッカートニー・フォローワー」といった方が適当な人が大多数のようです。つまり、ビートルズの「ポップ性」だけを取り出し、それをフォローしたり、その部分だけに影響を受けている、そんな人が多いかと。 事実、ジョン的な攻撃性とか、初期のロックン・ロールな面などをフォローしたアーティストは異常に少ないようです。まあ、「スタイルよりもキャラ&カリスマ性」のジョンをフォローするより、「作品で勝負」のポールの方がフォローしやすいのは分かりますけど・・・。

  で、ここではそんなポールの「ポップ性」に強い影響を受けたアーティスト、中でも「ヒット・メーカー」な側面により強い影響を受けているアーティストを、このコンテンツではじめて「洋の東西を問わず」にセレクトしてみました。ところが、セレクトしたメンバーを見ると、 まさに「フォローワー」というよりも、「ポール・コンプレックス」と呼んだ方がふさわしいような、そんな人たちばかりとなっていました。そこで急遽タイトルを「コンプレックス」にしたんですが、決して私はマイナスな意味でこの言葉を使っているのではないということをあらかじめご了承ください。 思い入れの差こそあれ、それぞれに好感を持っているアーティストばかりなんだから・・・。


52ND STREET(ニューヨーク52番街)/ BILLY JOEL
収録曲
1.Big Shot、2.Honesty、3.My Life、 4.Zanzibar、5.Stiletto(恋の切れ味)、 6.Rosalinda's Eyes(ロザリンダの瞳)、7.Half A Mile Away(自由への半マイル)、8.Until The Night、9.52nd Street(ニューヨーク52番街)       

      

      

 

 
発売1978年
プロデューサーフィル・ラモーン
参加ミュージシャンリチャード・カナータ(sax,key)、リバティ・デヴィート(d)、ダグ・ステグメイヤー(b)、スティーヴ・カーン(lead・g)、ピーター・セテラ(bvo:3)、フレディ・ハバート(トランペット:4)、エリック・ゲイル(g:7)、デヴィッド・スピノザ(g:2)、ヒュー・マクラッケン(g:6,8)、トニー・デイカス(bvo:3)、ラルフ・マクドナルド(per:6,7)、レイ・シンプソン(bvo:6)、フランク・フロイド(bvo:6)他
手持ちのCDSRCS-9090(ソニー)
購入1996年頃(?)

 「ニューヨーカーの心を歌うピアノ詩人」として独自の道を歩み続ける大物の彼を、今さら「フォローワー」とか、「コンプレックス」といった枠にはめて語るのはナンセンスかもしれない。でも私が世の「ポール・フォローワー」の中で、最もポールに近い資質を感じるのは実は彼だったりする。 以前私は、有名アーティストがビートルズへの思いを語ったインタビューを集めた本、「ビートルズを抱きしめたい」というのを読んだことがあるが、中でも最も熱いコメントを寄せていたのがビリー。エド・サリヴァン・ショウを見て、それまで熱心に勉強してきたクラシック・ピアノをあっさり辞めてロックにのめり込んだとか、 ジョンがダコタ・アパートに住んでいた頃、偶然近所に住んでいて何度か声をかけようとしたけどできなかったとか(実はジョンもビリーに声をかけようとしたけど、かけられなかったらしい)、ジョンが亡くなった日、泣きながらバイクを飛ばした話とか・・・。他にも旧ソ連でのライブ盤KOHUEPT(87年)でのBack In The USSRのカバー、ジョンを意識したようなシリアスなメッセージ・ソングばかりのアルバムTHE NYRON CURTAIN(82年)を発表したりとか、 その影響は計り知れない。だけど、THE NYRON CURTAINがあるとはいえ、彼はやはりポール・フォローワー。本人の意識はともかく、「ロッカー」というよりもポップ・シンガーのイメージが強いし、メロディを重視した作風が特徴だし・・・。そして何よりも、ボーカルのスタイルがポールに酷似している。とにかく、ポール特有のイントネーションや歌い回しなど、 細かいところまでもが似ているんだから驚く。「好きだから」気がついたら似ていた、そんなところなんだろう。

  で、このアルバムは78年発表の彼の代表作。前作THE STRANGERで大ブレイクを果たした彼がそのサウンドを踏襲し、さらに完成の域にまで高めたアルバムである。いかにもニューヨーカーらしい洗練された都会的な雰囲気が支配、その点では最もビリーらしいアルバムといっても過言ではないだろう。特にポールっぽさを感じるのがシカゴのピーター・セテラとドニー・デイカスがバック・ボーカルで参加した3.My Life。 そのポップなメロディはもちろんだが、やはり「ポールっぽさ」を感じるのはボーカル。全編ポール風のイントネーションで歌い通しているし、1コーラス目と2コーラス目でI still belong, don't get me wrongの歌い回しを変えている点などにそれが表れている。「1コーラス目はさらっと、2コーラス目ではシャウト交じりに歌う」というのはポールがよくやる。 そのスタイルは2.Honestyのhardly ever heardのフレーズの歌い回しでも聴くことができる。この曲もまた、ポールを思わせるピアノ・バラード。日本では彼の代表曲となっているが、意外にもこれは日本のみのヒットらしい。他にも、このアルバムで唯一ロックン・ローラーしているナンバー1Big Shot、 間奏でジャージーに転調、フレディ・ハバートによるトランペットが炸裂する4Zanzibar、ポールのアルバムPIPES OF PEACEあたりに通じる作風の、洗練されたメロディアス・ナンバー6Rosalinda's Eyes、ブラス・セクションをフューチャーしたファンキーな7Half A Mile Away、ストリングスをフューチャーした重厚な8Until The Nightなど、テンションの高い曲が並んでいる。

  だけど、確かに似てる部分は多く、影響も大きいが、彼は単なる「ポール・フォローワー」なんかじゃない。このアルバムには、全体に都会人にだけしか出せない洗練された空気が漂っている。ポップでありながら、ジャズ寄りで、洒落た感覚がある。これはリバプールというイギリスの田舎町出身のポールには出し得ない感覚だ。そしてその都会的な味わいこそが彼の個性になっており、それが単なるフォローワーに終わらず、 大物として活躍を続けることができる理由であろう。だけど、彼自身はTHE STRANGERとこのアルバムで出来上がった「都会人の心を歌う大人のシンガー」(日本では一時期、AOR扱いもされたらしいが、それは的外れ)というイメージを嫌い、そのイメージを壊すことに躍起になった。事実、次作GRASS HOUSES(80年)では全編シンプルなR&R、THE NYRON CURTAIN(82年)ではアメリカ社会の歪みを歌ったメッセージ・ソング、AN INNOCENT MAN(83年)では一転、全編オールディーズ風の明るいポップスをと、 アルバム1枚ごとにコロコロとスタイルを変えてみせた。そうすることで成功を収めてきたし、常に前向きに活動をしてきたわけだけど、結局彼の基本はTHE STRANGERとこのアルバムで築き上げた路線だった。つまり、「ニューヨーカー的な洗練された感覚に、ポール的なポップ・センスを融合」したサウンド。それこそが彼の持ち味であり、彼の魅力である。 1999年「ロックン・ロールの殿堂」のコンサートでビリーはポールとともにレイ・チャールズのWhat'd I Sayを演奏している。その姿をビデオで見たが、「憧れの人」との初共演に心底幸せそうな顔をしていた彼の姿が印象的だった。そして、2人が交互に歌っているのを聴き、ボーカル・スタイルが似ていることを再認識するに至った。

   アルバム好感度     80


BEST FEATURING ERIC CARMEN / RASPBERRIES
収録曲
1.Go All The Way、2.Tonight、3.Ecstasy(君に首ったけ)、 4.I Wanna Be With You(明日を生きよう)、5.I Can Remember、 6.Overnight Sensation [ Hit Record ]、7.Let's Pretend、8.Drivin' Around、9.Starting Over、10.Don't Want To Say Goodbye(さよならだけは言わないで)       

      

 

 
発売1976年
メンバーエリック・カルメン(vo,g,key)
ウォーリー・ブライソン(lead・g)
デイヴ・スモーリー(b:1〜5,7,8,10)
ジム・ボンファンティ(d:1〜5,7,8,10)
スコット・マッコール(b:6,9)
マイケル・マクブリッジ(d:6,9)
手持ちのCDCP21-6059(東芝EMI)
購入1991年

  デビュー当初日本では「木苺の香りとともに」とのキャッチ・コピーで紹介されたという軟弱なエピソードとバンド名、エリック・カルメンなる、フラメンコでも踊り出しそうなリーダーの名前。ロックのディスコグラフィ本でそれらのエピソードを読んだ私は、思わず聴かず嫌いしてしまいそうになった。 だけどザ・フーを思わせるシャープなギター・サウンドと、それとは不釣り合いな甘く切ないメロディが上手く融合した1.Go All The Wayを偶然ラジオで聴いた私は、この1曲だけですっかりこのバンドの魅力に取り付かれてしまった。ハードなイントロとエリックのシャウト→歌がはじまると一転、甘く切ないメロディ→サビでは再びシャウト。 何というツボを心得た作品なんだろう。そのメロディ・ラインの美しさはポール・マッカートニーそのもの。ついでに言えば、シャウトしまくったり、ファルセットも交えて甘いボーカルを聞かせたりと、パートによって全く違ったボーカルを聞かせるエリックのボーカル・スタイルもまたポールを思わせるものがあった。ポップなのに、躍動感溢れるサウンドは初期ビートルズ風。 私がはまらないはずはないというもの。すぐにベスト盤を購入した。

  ラズベリーズの母体は60年代半ば、ウォーリー・ブライソンが結成したザ・クワイア。アメリカのカルトなポップ・バンドで、私も偶然オムニバスで聴いたことがある。そこにライバル・バンドだったサイラス・エリーのリーダー、エリック・カルメンが加わって誕生したのがこのラズベリーズ。デビューは72年で、74年のメンバー・チェンジを挟んで75年に解散。 実に短い活動期間だったが、この間4枚のアルバムを残している。先に述べた1.Go All The Way、そして同路線の4.I Wanna Be With Youという2曲が代表曲で、今でも「パワー・ポップ・クラシック」として知られている。次によく知られている曲は7.Let's Pretendということになろう。 全編ファルセットで歌われるセンチメンタルな曲だが、途中で一転、シャウトする部分もあり、「一聴すると軟弱っぽい曲でも、突然シャウトする」というボーカルは、まさにポールを思わせるものがある。9.Starting Overはウイングスやポールのソロ時代を思わせるピアノ・バラード、8.Drivin' Aroundは ビーチボーイズを思わせる歌詞とメロディを持った作品。まさに「パワー・ポップの王道」といえそうな作品が揃っているが、一方で2.Tonight、3.Ecstasyはアグレッシブでハード・エッジなナンバー、5.I Can Remember、6.Overnight Sensation、 10.Don't Want To Say Goodbyeは分厚いストリングスをフューチャーした重厚な大作。どうもこの手のストリングスを使った曲は、今一つ馴染めない。これはアレンジャーのせいだろうけど、どことなくイージー・リスニング系ボーカル・ナンバーっぽい仕上がりなのが好感の持てない理由だろうか。エリックがクラシック畑出身だからこの手の作品が登場するのは 当然なんだろうけど・・・。

  ということで、キャッチ・コピーが軟弱だった故に、ロック・ファンには無視されてきた彼らだが、意外とアグレッシブなサウンドの曲も多く、初期ビートルズのお好きな方なら、はまること間違いなしだろう。まあ、近年では「パワー・ポップの元祖」という形で、再評価されつつあるようだが・・・。なお、「ポール・マッカートニー・コンプレックス」という点からいけば、 エリックのソロの方がより色濃く出ている気はするけど、私個人はよりバンド・サウンドの濃厚なラズベリーズの方が好きだ。でも、エリックのソロの代表曲All By Myselfは壮大なピアノ・バラードで、これがまたポールの作るバラードにソックリ。CMなどでもよく使われているが、はじめて聴いた時私はってきりポールのソロか、ビートルズ後期の曲かと勘違いしたほどだ。 この曲も必聴。ただ、私は彼のソロは持ってない。All By Myselfの入ったオムニバスは持ってるけど・・・。最後に、エリックは2000年に行われたリンゴ・スター&Hisオール・スター・バンドのツアーのメンバーに加わっていたとのことだ。

   アルバム好感度     90


BIG ARTIST BEST COLLECTION / TULIP
収録曲
1.魔法の黄色い靴、2.心の旅、3.夢中さ君に、 4.銀の指輪、5.青春の影、 6.ぼくがつくった愛のうた、7.私のアイドル、8.サボテンの花、9.悲しきレイン・トレイン、10.Shooting Star 、11.風見鶏、12.風のメロディ、13.ブルー・スカイ、14.博多っ子純情、15.虹とスニーカーの頃、16.ふたりがつくった風景 、17.生まれる星、18.I Dream       

      

 

 
発売1989年
メンバー財津和夫(vo,g,key)
姫野達也(vo,g,key)
安部俊幸(lead・g)
上田雅利(d)
吉田彰(b)
宮城伸一郎(b)他
手持ちのCDCT25-9049(東芝EMI)
購入1996年頃?

  突然ですが私は福岡出身。その私が言うのもなんだが、「九州男児」という言葉は嘘っぱちだ!! 九州の男は古風で無骨で、男臭い。そんなの大嘘だ。表面的にはそうかもしれない。でも、じっくり付き合ってみれば軟弱で頼りなく、内気で口下手な奴が多い。で、 そうした面を隠したいがために、わざと男っぽく振る舞おうとする、また口下手故に、無骨で無口に見られてしまう。九州男の本質とは、実はそんなものなのだ。何を隠そう、私自身がそんな男だし。私は彼らの曲を聴くと、いつもそんな典型的な「九州の男」を感じる。 彼らの作品に登場する男は、総じて頼りなくって甘ったれ。サウンドもどこか野暮ったくって素朴。ライバルと目されたオフコース(小田和正)の、洗練された透明感のある作風とは全く逆である。世間一般では「九州のビートルズ」などと例えられる彼らだが、私自身には全くそうは思えない。それは「九州臭さ」がプンプン臭ってるからに他ならない。 また、財津和夫の作風は、ビートルズのポップな部分「のみ」に影響を受けており、ロックな要素や感覚はゼロ。彼の「ロックというのはよく分からない」なんて発言もあったらしい。 むしろ、当時の「四畳半フォーク」的な感覚の方が強い。つまり、サウンド的には「四畳半フォーク+ポールのポップ・センス」というのがこのバンドの本質だと思っている。 やはりこのグループは「九州のビートルズ」なんかじゃない。

  などといろいろ語ってしまった私だが、私自身は彼らには詳しくない。ビートルズ経由で聴きはじめたわけでも、洋楽のロック経由で聴きはじめたわけでもない。ビートルズに目覚める以前、邦楽のヒット・チャートものを聴いていた時期に15.「虹とスニーカーの頃」がヒットしたり、幼少の頃に2.「心の旅」を聴いたことがあったり、それが原体験。 で、96年頃に、その頃の邦楽を懐かしみたくって買ったのがこのベストだったというわけ。だから、ビートルズや他の洋楽のロック、RCなどの邦楽ロックを聴くのとは全く違う感覚で聴いている。でも、こうして改めて聴いてみると、かつては感じなかった「ビートルズっぽさ」、「ポールっぽさ」を感じる部分も確かにある。思いっきり初期ビートルズしている3.「夢中さ君に」はもちろん、 5.「青春の影」のピアノの旋律、4.「金の指輪」や6.「ぼくがつくった愛のうた」のポップ・センスにそれが顕著。ただし、洋楽と違って歌詞がダイレクトに伝わってくるので、8.「サボテンの花」などの歌詞を見るとどうしても「四畳半フォーク」「九州臭さ」が拭えなくなってしまう。 また10.以降の曲ではアレンジが凝ってきたりして、九州人っぽい野暮ったさや、ポールっぽさ、つまり彼ららしさが薄らいでいくような気がする。よって、私自身はこの10.以降の曲はあまり好きじゃないし、めったに聴かないというのも偽らざる事実だ。

  ということで私自身が同郷人であること、ビートルズのロック的な部分に最もひかれるファンということもあって、どうしても彼らを「ビートルズ・フォローワー」と見ることはできない。だけど、財津和夫がポールのポップな部分に「のみ」強い影響を受けていることは理解できる。それに、ピアノのヘタウマな旋律やストリングスの入ってくるタイミングなど、あまりにも細かい部分でポールっぽさを感じることができ、それゆえに 「フォローワー」というより「コンプレックス」という言葉が似合うように思われる。そのこだわりぶりは並みじゃない。それに、70年代後半から80年代初頭にかけての「ニューミュージック」の王道は、実は「ポール的なポップ+日本的感覚」だったわけで、それを考えると彼らが日本のミュージック・シーンに与えた影響も大きい。 でも、どうしても「九州臭さ」の方をより強く感じてしまうんだよなあ。九州人にしか分からないだろうけど。

   アルバム好感度     60

                                                                   *:2001年1月14日UP


      
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