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■2004/11/06 やっぱりプロ野球って、今年で終わりか? この1ヶ月、意外に盛り上がって好評だったパ・リーグのプレー・オフ、一方で盛り上がりに欠けて地味だった日本シリーズ、明るみに出た某有望学生選手への裏金工作、ダイエーと西武の経営危機による身売り話・・・などなどが噴出、そして遂に昨日、新規参入球団が楽天に決定、と、揺れに揺れていたプロ野球界。本当は何か起こるたびごとに、その都度ここでコメントしようかな、と思ってはいたんだけど、「もう終わった」観がやはり拭えなかったので、「そのうち、まとめて何か書けばいいや」くらいに思っていたというのが正直なところ。事実、よい話題、悪い話題、いろいろあったわけだけど、結局のところ、「じゃあ、来年以降、プロ野球の未来はパッと開けたのか?」といえば、私にはそんな風に思えず、むしろ「いろいろあったけど、結局何も変わってないんだよな」という想いは拭えない。
まずあのプレーオフ、本当に面白かったんだろうか? と思ってしまう。確かに「日本シリーズへ進むまでに、もうひと舞台」って発想は悪くないと思う。でも、「140試合戦ってきて、首位に立った」チームが「優勝チームになれない」制度って、あまりにも不自然ではないのか。よくお笑い系のテレビのクイズ番組で、こんな光景を目にすることがある。2時間スペシャルのクイズ番組、全部で20問出題される。で、最後の問題の前、19問目まで終わった時点で、2位に50点以上の大差をつけて、リードしている解答者がトップに立っていた。そこで司会者の非情なひとこと。「最後の問題に正解された方には100点さし上げます」。当然トップに立っていた解答者は怒る。「じゃあ、今までやってきた19問は何だったんだ!」。そう、要するに「最後の問題、たった1問正解した人が優勝者になる」ということ。本当にトップに立っていた人にとっては「今まで必死に稼いだ得点は全くの無意味」ということになる。まあ、この手のクイズ番組は、所詮は半分以上お笑いの要素のある番組だから、見ているものは怒っているトップの解答者を見て笑うことができる。だけど、スポーツの世界で、同様のことが行われる。これは全く笑えない。いや、理不尽極まりないルールだと言わざるを得ない。今年から導入されたプレー・オフ制度、「盛り上がったからいいじゃないか」と肯定的に見る向きが多いみたいだけど、私にはその手のクイズ番組と同じくらい、理不尽で非情な制度に見えてならない。結局、「140試合終了時点では2位」だったはずの西武がリーグ優勝、しかも日本一。私には「歪んだ制度」にしか見えず、とても気持ち悪い。「お前は福岡県民、だからダイエーを贔屓するんだろう」って声が聞こえてきそうだけど、昔から私を知る方ならご存知の通り、私は大のアンチ・ホークスです、年のため。決してダイエーを贔屓するあまりこんなことを言っているのではない。こんな歪んだ、欠陥商品のような、不正行為のような制度は見直すべきだ。同じ「日本シリーズ前のプレー・オフ」なら、同じくパ・リーグが70年代末〜80年代初頭に実施していた「2シーズン制」にして、前期、後期のそれぞれの優勝チーム同士のプレー・オフにした方がよいと思う。私はあのプレー・オフ、結構好きだったんだけどな。
あと、昨日決まった楽天の参入。多くの人がいう通り、私も後味の悪さを感じる。先に参入を表明したのはライブドア、先に仙台を本拠地にして東北全土をフォローする地元密着型球団にするといったのもライブドア。「プロ野球経営に参加したい」「東北を盛り上げたい」という熱意は、絶対ライブドアの方が上のはず。いや、むしろ楽天には、そういう熱意がほとんど感じられない。特に本拠地の件、最初は神戸だと言い、次に長野だと言っていた、そしてライブドアが仙台と表明した矢先、突然仙台だと言い出した。要するに「どこでもいいけど、ライバルに競り勝つために、とりあえず同じ土地を選んだ」ってのが見え見え。「地元密着型球団」を作ることは、とても難しい。地元の企業、地方公共団体、そして住民との間に、絶対的な信頼関係と、強い連携がなければ絶対に失敗する。もともと「西鉄ライオンズのお膝元」だった福岡に、ダイエーが本当に根付くまでだって、7,8年かかってるんだから。そんな大変な事業を「ライバルに競り勝つため」という理由だけで仙台を選んだ楽天に、果たして成し遂げることができるのか、果たして地元の人たちに快く受け入れてもらえるのか、甚だ疑問である。私が仙台市民なら、「あーあ、楽天に決まってしまったのか」と思うこと間違いなし。きっとそう思ってる市民の人は多いはず。そんな地元の人たちに受け入れてもらうこと、これって本当に、相当大変なことだと思うんだけど。まあでも、「新球団」には、それなりに期待はしてるんだけど、本当に「よっぽど頑張らないと大変なんだぞ。それだけの覚悟はあるんだろうな」と、悪態のひとつもつきたくなるというものである。
それに、結局は「既成の球団にとって、より都合のよい企業が選ばれた」と見ることもできるわけで、だとしたら、「楽天1社が入ったくらいでは、球界全体の体質までは変わらないんじゃないか」とも思える。来年以降も、某金満球団一極集中は変わらないし、「たかが選手」といった経営者たちの頭の構造も変わらないだろうし・・・。というわけで、「プレー・オフは面白かった、新規参入球団もある、選手会はオーナーたちと戦って勝利した。だから来年以降のプロ野球は大きく変わる」なんて楽観的なことは私にはとても言えない。単に「一部オーナーたちによる、強引な1リーグ制移行が阻止された」に過ぎず、決して好転したわけではなく、事態は去年の今頃と大して変わっていないということ。だから私はやっぱり、「プロ野球、もう終わりかな」という想いを拭い去ることができない。何よりも「12球団体制」は維持したとはいえ、一部オーナーたちのワガママによって、2リーグ分裂時に誕生した歴史のある球団がひとつ姿を消したんだということ、このことは忘れてはいけない。今年はなんでもプロ野球70周年だったそうだけど、私の中では「俺のプロ野球」とは違うプロ野球になるんだな、という想いが強い。
■2005/2/11 脱・スター軍団(2006ワールドカップ・サッカーアジア最終予選はじまる) 昨日(といっても、日付上は既に一昨日か)はサッカーのワールドカップ・アジア最終予選の初戦でもあった北朝鮮戦が行われて、巷でも話題沸騰だった模様。とはいえ、「謎めいた国の、謎めいたチームとの対戦」ということで、過剰なほどの話題先行だったという気もしないでもない。果たして相手が北朝鮮でなかったら、同じように盛り上がったのかな?というのも正直な気持ち。もちろん、「大事なワールドカップ最終予選の初戦だから」、それなりに盛り上がるのは当然なんだろうけど、なんか、「怖いもの見たさ」的な興味本位な人が過剰に騒いでいたような気がしないでもないわけで。
ちなみに、2月に入ってもやはり忙しくて目が回りそうなんだけど、試合当日の9日はラッキーにも急な休み。ということで、見ることができました。試合前、いろんな噂が飛び交ってた北朝鮮代表チーム、実際に見てみたら普通に強くて鍛えられているチームだったな、という印象。「感情を表に出すこともない」とか、「お互いに会話もない」とかいわれてたけど、全然そんなことはなく、ゴールを決めたときは折り重なって派手に喜んでいたし、試合後にも日本選手と握手を交わしていたし、別段妙なところもない、普通のサッカー・チームだったと思う。勝利への執念とか、執拗にボールを追う姿勢とか、むしろ泥臭いほど「ひたむきさ」の感じられるチームだった。とはいえ、その「勝利への執念」って、実はそんなに純粋なものではなく、噂が流れていたように、「負けた時に強制労働させられるのが嫌だから」とか、そういう動機からくるものである可能性もありそうだけど。でも、普通のチームだったのには安心した。いや、興味本位で見てた人たちはガッカリだったんだろうか。
とはいえ、私が今回の試合を見て感じたことは2点。1点目は「やはり最終予選は厳しいなあ」ということ。一部では「楽勝かも」といわれていたけど、あわや引き分けの危ない勝利。これは「日本が不甲斐なかった」ということでもなければ、「北朝鮮が意外と強かった」ということでもないと私は思う。ここまで来れば最早楽な試合など一試合もないんだな、ということを実感させられた。アメリカ大会の予選時の「ドーハの悲劇」、フランス大会予選時の大苦戦→監督交代で苦しんだ末の「ジョホールバルの奇跡」と、いつも最終予選は楽ではなかった。前回の日韓大会は開催国ということで予選免除されたわけで、久々にその予選の厳しさを思い知らされた。前回大会は予選免除→本選で決勝トーナメント進出を果たしたがために、選手はそうではないだろうけど、見ているファンの間に「予選くらい楽に突破できる」と楽観視しているような感もあるけど、きっとそのことを改めて実感した人も多かったんじゃないかと思う。
で、私の感じたことの2点目。「ジーコ・ジャパンも完全に脱・スター軍団化したな」ということ。ジーコが監督に就任した当初、「中田、中村、小野、稲本の黄金の中盤を据えて、史上最も豪華でハデハデしい布陣で望む」ことが最大の売りだった。やがて「海外組」という言葉も生まれ、「海外のクラブ所属の選手は、帰国すれば即レギュラーが約束される」という暗黙のルールも設定されていた。ところが、海外のクラブでは出場機会にすらめぐまれていない選手も多く、しかも強行スケジュールでコンディションの悪い選手もいたりで、「メンバーは豪華だけど、チームとして機能しない」状態が続き、いつしか批判が噴出していた。私も「個性重視のサッカー」は好きなので、当初は支持していたものの、「基本的には支持するが、修正も必要」という想いを強くし、ここでもそのことを訴えてきた。そして今回、遂に「国内組」だけのチーム構成となった。海外組は中村と高原のみ、しかも彼らはあくまでも途中交代要員に過ぎなかった。中村俊輔は所属クラブでも好調を維持していたにもかかわらず、あくまでも「控え」。これは当初のジーコの方針とは180度異なる。これで負けていれば「中村を使わないからだ」っていう批判が噴出していたかもしれない。かなり思いきった方針転換だった。でも、これが上手くいった。つまり「海外組重視の放棄」が上手くいったというわけで、これは大きな成果だろう。国内組だけの昨日のスタメン、サッカーに詳しくない人が見たら「キーパーの川口以外、知らない選手ばっかり」だった可能性もある。でもチーム・スポーツってものは、サッカーに限らず、「スターがいっぱいいれば機能する、勝てる」ってものではない。そのことを証明してくれた。その成果は大きい。とはいえ、いずれ今回呼ばれなかった「海外組」、中田、稲本、柳沢の他、故障中の小野などの力が必要になることもあるかもしれない。でも、今は現在のチームで機能しているわけだから、機能している限りは今のメンバーで望むのがベストだろう。本当にチーム・スポーツは、「スターを集めれば勝てる」ってものじゃないんだって。今年も私が見ないであろう、某プロスポーツの関係者はいい加減、そのことに気がつけよ。
■2005/5/9 地元密着(東北楽天ゴールデンイーグルス) プロ野球、今年も例によって全く見てないんだけど、楽天が案の定、負けまくってるようで。しかし勝率2割台って、私の長い野球観戦歴でも一度も見たことのない低い勝率。福岡にきたばかりで連日、ひどい負け方をし続けていたダイエー・ホークスですら、「勝率3割台って、打率じゃないんだから」なんて皮肉られていたもんだし、歴史的に見ても、「3年であっという間に消えてしまった幻のチーム」として近年話題の高橋ユニオンズだって、勝率は3割台だったはず。この負け方は相当ひどいといえる。でも、それで地元・仙台の人は見放してるのかなあと思いきや、「1年目だから」「せっかくの地元チームだから応援しなければ」って感じでとても暖かく応援を続けていると聞いて、感動するやら、我に返るやら。そう、福岡にきたばかりの頃のホークスも、こんなファンに支えられていたっけ。
それが今や「常勝・ホークス」と化し、地元のファンもマスコミも「勝って当たり前」「強くて当たり前」といわんばかりで、少し負けが込んだだけで、急激にテレビの視聴率が下がる。さらに今年から親会社になったソフトバンク、「世界一のチーム作り」に躍起になり、まるで某球団のように、金をかけたり、やたらやることは派手になった反面、肝心の「地元」をおろそかにし、ほったらかしにしているように見える。その分、今年は勝ち続けているにもかかわらず、地元ファンはどこか冷めているように見える。それはファンが先に述べた、仙台のような「初心」を忘れてしまったせいなのか、新親会社が地元を大事にしてないせいなのか、どちらなのか分からないけど、おそらく両方だろうな。前にも増して冷ややかな目でホークスを見ている私がいる。地元マスコミは楽天を馬鹿にしたようなコメントも多く流してるけど、むしろ今は楽天を見習って、初心を思い出すべき時ではないのかと言いたい。
■2005/6/5 私の中のヒーローが・・・(初代貴ノ花死去) 以前、私はこんなものを書いたことがある。そこで述べた通り、私はあの花田家の兄弟が大嫌いだった。そして、あの兄弟の出現によって、相撲への興味を失い、以降、全く見なくなってしまった。つまり私にとって、あの兄弟は「憎むべきもの」であり、その気持ちは今でも変わりはない。
つい先日、その「憎むべき兄弟」の父親にあたる、先代貴ノ花(実は父は「ノ」、息子は「乃」)、二子山親方が50代の若さで亡くなったとのニュースが世間を騒がせた。しかし、世間一般では「あの花田兄弟の父親、親方が・・・」という伝えられ方をしている。しかし私にとって、亡くなった先代貴ノ花、二子山親方は、「あの憎っくき兄弟の父親」というよりはむしろ、現役時代の「名大関」のイメージの方が強い。それなだけに、今回のニュースの伝えられ方には違和感を覚えずにはいられない。実はこの人、私にとっては、「あの憎っくき兄弟の父」である前に、「大好きな力士」でもあったのである。いや、単なる「大好きな力士」ではない。私が幼い頃、相撲に興味を持ち、見るようになったきっかけは、実は現役時代の彼の存在があったからに他ならないのである。
あれは確か幼稚園か、小学校1年の時だったと思う。近所の駄菓子屋で「プロ野球スナック」を買った時のことだ。私の目的は言うまでもなく、そのお菓子を食べることよりもむしろ、そのお菓子を買うとお店の人が渡してくれる「プロ野球カード」を手に入れることだった。ところがその日、店で貰ったカードを開封してみてびっくり、なぜか出て来たのは「プロ野球カード」ではなく、「大相撲カード」、そう、お店の人が間違って「プロ野球カード」ではなく、「大相撲カード」を私に渡してしまったのである。当時の私は相撲なんて全然見てなかったから、「なんや、これ」と激怒した。とはいえ、そこに写っている力士の写真、私のイメージする「典型的な相撲取りのイメージ」とはかけ離れたルックスをしている。全然「太って」は見えないし、顔も意外とカッコイイ。その姿を見て私は大好きなヒーローものの登場人物と同様の「カッコ良さ」を感じた。へえ、こんなカッコイイ相撲取りもいるんだ。父にそのカードを見せたら、そこに写っている相撲取りの名は「貴ノ花」って言うんだと教えてくれた。その数日後、私は今まで一度も見たことのなかった大相撲中継を見た。目的は他でもない、そのカードに写っている「カッコイイ相撲取り」=貴ノ花を見ることにあった。はじめて貴ノ花の動いている姿を見た。小さな体なのに、自分よりはるかに大きな相手に気後れすることもなく、真っ向からぶつかっていく。そして勝つ。その姿に完全に魅了されてしまった。ようするに、私は彼の姿に、ウルトラマンや仮面ライダーにも通じる、ヒーローと同様の「カッコ良さ」を感じたのだろう。以降、私は相撲を頻繁に見るようになった。贔屓はもちろん貴ノ花だった。そう、私が大相撲を好きになったのは、彼の存在があったからこそなのである。
しかし時代は北の湖全盛時代。結局、彼はその壁を打ち破れず、横綱に上がることなく、大関のまま現役を終えることになる。引退したのは私が中学1年の頃だったと思う。確かに横綱にはなれなかったがその間、一度も大関から陥落することはなかった。つまり随分長い年月、大関の地位を守り続けたということになる。その間、多くの新しい力士が登場、私も若三杉(後の2代目若乃花)や長岡(後の朝潮)、栃赤城、蔵間、若島津などに「浮気」した時期もあったけど、それでも貴ノ花はいつも、私の中で「原点」であり続け、気になる存在であった。それなだけに、当時は新鋭だった、しかもかつての貴ノ花を思わせる精悍なルックスの千代の富士に敗れて引退発表した時は、心にポッカリと穴が空いたような気分になった。その「原点」がいなくなった後も、相撲を見続けていたし、興味を失うこともなかった。
その「先代貴ノ花」がきっかけで相撲を見るようになった私が、その息子である「憎っくき兄弟」の出現がきっかけで、相撲への興味を失い、全く見ることがなくなったというのは、不思議な巡り合わせというよりも、なんとも皮肉なものを感じる。それなだけに、今回亡くなったのが、「私にとっての相撲観戦の原点でもあった、先代貴ノ花」だと思うと、どうしようもなく寂しく、悲しく思われるのに対し、「私の相撲への興味を失わせてくれた、あの憎っくき兄弟の父親でもあり、親かでもあった二子山親方」だと思うと、何とも気持ちが複雑になってしまう。ということもあって今回のニュース、その伝えられ方次第で、2通りの想いが胸を過ぎる、そんな何ともいえないニュースなのである。しかしやっぱり、「あの貴ノ花が・・・」と思うと、本当に悲しすぎるニュース。ジョージやジョー・ストラマー、いかりや氏の時同様、「私の中のヒーロー」のひとりがまた、逝ってしまったんだから・・・。
■2005/12/17 仰木彬氏死去 あまりに突然のことで驚いた。何といっても、北九州市内にある文武両道の名門校(高倉健、大江慎也の出身校でもある)東筑高校出身。実は西鉄ライオンズ黄金時代のメンバーの中では数少ない、福岡県出身者だった。ということで、私的には全然、生まれてすらなかったけど、仰木彬といえば、近鉄やオリックスの監督というより、「西鉄黄金期の7番、セカンド」「郷土の生んだ英雄のひとり」というイメージの方が強かった。もちろん、選手の自主性を重んじ、悪いところを矯正するよりも、長所を伸ばし、個性を重んじる選手育成術、そして「マジック」と呼ばれた、一見奇抜に見えて、実は計算高い采配は素晴らしいとは思う。実は彼の采配って、西鉄黄金時代の名将、三原脩氏の手法を踏襲したもの。 その分、「アンチ管理野球」的で、なおかつ、リアル・タイムで体験できなかった、三原マジックが現代に蘇ったかのようで、好感度はとても高かった。どんどん腐っていく近年の野球界、その中でまた、野球界は大事な人材を失ってしまった、ということだろう。この損失って、実はかなり大きいと思う。地元出身者だから贔屓するわけじゃないけど。
■2006/02/27 諸悪の根元は「メダル至上主義」にあり(トリノ冬季五輪総括) どうやらトリノ五輪の閉会式も終了したようで・・・。結局、今回は開幕がモロに入院の時期と重なったこと、生中継が時差の関係上、深夜ばかりだったことなど悪条件が重なり、ほとんど全く見ることができず、そのせいでほとんど関心を持てないままに終わってしまった。もちろん、冬季種目に苦手な「演技系種目」が多すぎることも原因だけど。で、朝からテレビの情報番組や新聞を見ると、「なぜ日本は惨敗したのか?」などということが大真面目に議論されている。さらにJOCの関係者が「このような結果になってしまい、国民の皆様に申し訳ない」などとお詫びしている映像も・・・。正直、「いつまでメダルに拘ってるんだ!」という想いは拭えないし、なぜ「国民の皆様に申し訳ない」のかもよく分からん。
私は以前、ソルトレイク・シティ五輪終了後にこんなものを書いたことがある。今回もまだ全く同じことを書かなきゃいけないのか、と思うと情けなくなるし、「こんなだから今回は五輪に興味を持てなかったんだな」ということがよく分かった。というか、「もう五輪なんて見たくねえよ」とすら思ってしまう。五輪といえば「メダル、メダル」「ガンバレ、ニッポン」、ああ、本当に嫌だ嫌だ。俺は純粋にスポーツ観戦をしたいだけなのに。
はっきりいいえば、今回、日本が「荒川の金メダルひとつだけに終わった=惨敗した」最大の理由、それはマスコミ、競技関係者が「メダル、メダル」と騒ぎ立て過ぎたことだと私は思ってる。マスコミや関係者が騒げば、一般人、特にオリンピックの時以外はスポーツに見向きもしない層の「にわか無責任ファン」どもは、「ああ、そうなんだ、この種目のこの選手はメダルをとるんだ」と思い込む。だけど、はっきりいえば、ソルトレイク後に私が書いた総括にある通り、ウインタースポーツの今の日本人選手の実力なんて、実はたかが知れてる。「上手くいけばメダルに届くかも」「運がよければメダルが取れるかも」「名前は通っているが、とっくに全盛期を過ぎている」レベルの選手が大半、そうした選手を「メダル間違いなし」とマスコミや関係者が持ち上げ、騒ぎたてる。そのことで「にわか無責任ファン」どもは、「ああ、そうなんだ」と信じ込み、過剰な期待をかける。しかも質が悪いのは、今回の参加選手の大会前のコメントを見ると、その「馬鹿騒ぎ」に自分の能力を見失い、「俺は強い」と思い上がってる節を垣間見える者もいたこと。誰とは言わないが「金しか狙わない」「当然メダルをとります」「みなさんを感動させます」などと大口を叩いてる選手ほど、「本当はあと一歩、実力がメダルにまで及んでいない」レベルの選手が多く、実際、五輪でも「惨敗」していた。
つまり、「周囲が騒ぐ→にわか無責任ファンが勝手に過大な期待をかける→本人すら舞い上がってしまう」、これが今回「惨敗」した選手に多く見られたパターンのように私には思える。ということは「惨敗」の最大の原因は「メダル、メダルと過剰に騒ぐ」ことにあるんじゃないのか。 JOCは今回の「惨敗」を受け、「国内選考を厳しくし、より勝てる選手団を作り上げていきたい」とのコメントも発表してる。こいつら、まだ分かってねえよ。このコメント通りに言葉を受け取ると、「今後はさらに徹底したメダル至上主義を貫いていく」という意味。これじゃあ、ますます選手は「メダルをとる」という「至上命令」のためにのみ動く集団になり、より「勘違い」して舞い上がった奴が増えていくのは目に見えてる。対策を打つとすればむしろ逆なんじゃないか。「メダルに固執せず、自分の実力を冷静に分析でき、大舞台で自分の実力を自然体で最大限に発揮できるだけの精神力を持った大人な選手を育成すること」、大事なのはそっちだろう。今回、唯一の金メダルを獲得した荒川静香がまさにこういう選手だった。というか、いつの時代も大舞台で勝者になったのは、そうした選手ではなかったのか。そのことにJOCが気がつかない限り、次回もまた同じ結果に終わって、私がまた、ここに同じような文章を書く羽目になることは目に見えている。私は「メダルをとる日本人」を見たいわけではない、世界最高峰の競技大会、そしてその競技大会で活躍する真に一流の選手の活躍を見て、感動したいだけである。それができないのならもう、五輪など見る気はしない。
■2006/03/13 ただひとりの「黄金世代」(マラソン弘山晴美) 福岡県って「マラソン、駅伝人気」が異様に高い土地柄。「福岡国際マラソン」って、今でこそごく普通の「国内のマラソン大会」になりさがってしまったけど、今のように世界中で国際大会や賞金レースが乱立するようになる前までは「オリンピック以外で、主だった世界の強豪の大半が顔を揃える世界で唯一の大会」だったし、メキシコ五輪銀メダリストの君原健二(北九州出身)の出身地だし・・・。そんな土地柄に育ったせいか、小学生の頃からマラソンはよく見ていました。よその地方の人は、そこまでマラソンを見る機会ってないそうで、ちょっとカルチャー・ショックですが、福岡県では今でも大きな大会の視聴率は20%前後を記録してる。実家の近くが「九州一周駅伝」や「朝日駅伝」のコースだったので、生の宗兄弟(私が見たのは茂か? 猛か?)を見て感動した経験もあったもんでした。
そんな私にとって、11月末〜3月半ばってのは、「毎週日曜日の昼間にテレビから目を離せない」期間。いうまでもなく、この時期は毎週のようにマラソンや駅伝の大会が開かれるから。ということで、いろんな大会を今シーズンも見てたんですが、意外と盛り上がらなかったシーズン。まあ、世界陸上も、オリンピックもない年だし、近年は世界中で大きな大会が増えたせいで、海外の有力選手がほとんど登場しなくなったから。なので、見てはいたけど、個人的には心に残る出来事は少なかったな、というのが正直な感想でした・・・先週までは。
とはいえ、そのシーズンの最後を飾る「名古屋国際女子マラソン」は、結構印象深い結果になりました。ご存知の通り、37歳の超ベテラン、弘山晴美が優勝。しかも超ハイペースでスタートから独走していた渋井陽子を、「あと1km」のところで逆転しての劇的な優勝。前半の渋井の独走を考えれば「まさか」な結果だったし、なにより弘山といえば「この大会を最後に引退か?」といわれていたくらいで、もう峠を過ぎた選手。それなだけに衝撃的だったし、しかも「初優勝」というのも実に意外でした。とはいえ、周囲の動きに動じることなく、自分のペースを守り通した、ベテランらしい冷静さが勝因といえるかもしれません。
37歳といえば、私と同い年、1968年(昭和43年)生まれ。実は女子陸上界では「黄金世代」といわれた世代。松野明美、鈴木博美(1997年世界陸上優勝)、真木和(1996年アトランタ五輪代表)と錚々たるメンバーが揃っていた。しかし一方で実は「悲劇の世代」でもあるんです。松野明美はバルセロナ五輪、鈴木博美はアトランタ五輪、そして弘山はシドニー五輪で代表になり損ねた、しかも物議を醸し出し、世間を騒がせる形で・・・。松野の大号泣記者会見なんて、未だに語り草だし。なので一部、詳しい人たちの間では、なにかと同情を買う世代だったのも事実なわけで・・・。それがきっかけでもないんだろうけど、意外に短命に終わった松野と鈴木、五輪に出場後、あっさり引退した真木。シドニー後に同様に潰れていても不思議でもなかった弘山が未だに現役で、しかも初優勝というのは、彼女自身にそれほど別に思い入れのない私でも、やはり感慨深くなる。本人は「今後のことは白紙」としてるけど、まだまだ現役でやって欲しいと思う。
しかし女子は高橋復活、弘山初優勝、駅伝で高校生が活躍するなど、相変わらず層が厚いんだけど、男子の方は福岡、東京、別府大分、びわ湖毎日と、いずれも日本選手が「惜しいところまでいきながら勝てない」という結果に終わって、相変わらず前途多難。「いいところまでいきながら勝てない」のは、どんな競技であれ、「弱さ」の現われ。ここに私が男子の大会について「すごい奴が現れた」とか、「日本大復活」とかの朗報を書けるのは、一体いつのことになるんだろう・・・。
■2006/03/21 みなさん、WBCは見ていましたか? さっき、WBCの決勝が終わりました。わざわざ書くまでもなく日本が優勝。おそらく当分はこの話題で持ち切りになることでしょう。
じゃあ私はこの大会を見ていたか? どういう風に受け止めていたか? というと・・・。「どうせ近年の野球を見限ったお前のことだから、見てなかったんだろう?」と思う方も多いでしょう。ところが、意外なことに・・・。アジア予選の段階では確かにそんな感じ。興味のない大会、というより「大会の意義すら意味不明な、全く無意味な大会」と思ってきました。この大会自体、メジャーリーグ主催、メジャーリーグ主導で行われる大会で、ようするにメジャーリーグのPRのために行われる怪しい大会。しかも結局日本は辞退者続出でベスト・メンバーに程遠い代表チームしか組めず、他の国も同じような感じで、アメリカに至っては、まるでオールスター戦のように「お祭り気分」で参加してる。これを「野球世界一を決める大会」といわれても、全くピンとこないし、感情移入もできない。第一、野球は世界のほんの一部でのみ行われているマイナーなスポーツだし、プロ・リーグがある国もアメリカ(カナダ、メキシコ含む)、日本、韓国、台湾くらいだから、「世界一を決める」といわれても重みがない・・・。というわけで、大会の存在意義自体が疑問で、なおかつ近年の日本プロ野球への絶望感も相俟って「俺には関係ない」と、そう思ってました。
ところが、一日中家にいて暇を持て余してる退院後の私、「暇つぶし」くらいの軽い気持ちで対アメリカ戦を見た。ところが例の「世紀の大誤審」。「所詮はメジャーリーグ=アメリカ主導の大会だから、やっぱりな」って、まだ冷めた目で見てました。ところが、監督や選手、特に普段は冷静なイチローが冷静に、だけど真剣に怒りの意を表している記者会見を見て、心を動かされた。「この人たち、真剣だ」。そして韓国戦での屈辱の敗戦→まさかのアメリカの敗戦で準決勝進出→準決勝で韓国に雪辱・・・、「暇つぶし」を口実にしつつ、本気で思わず見入ってしまった。本当にはじめは「暇つぶし、冷やかし」程度の気持ちだったはずだし、「大会の意義への疑問」もやはりあったけど、選手たちがあまりにも真剣だし、しかもあまりにも劇的な展開。「大会の意義」「近年のプロ野球への不信感」のことなんてそっちのけで、何時の間にか真剣に見てたというわけです。
開催意義云々という屁理屈よりも「何かに必死で取り組んでいる選手の真剣な姿」に引かれたというわけ。そう、ロック・ファンでスポーツ観戦が好きって人は意外と少ないし、アンチな人がむしろ多い中、私がスポーツ観戦が好きなのは、まさにそのことが要因だったはず。「先が読めない劇的な展開の連続」「真剣に勝負に取り組む人たちの姿の素晴らしさ」、だからこそ心底感動する。正直、こんなにピュアな気持ちで夢中になったスポーツ大会は、本当に久しぶりだった。そして今日、遂にキューバを破っての優勝。本当に、野球を見てこんなに熱狂したのって何10年ぶりだろう。本当に素晴らしいことだと思う。
とはいえ、「じゃあお前はこれからもプロ野球を見るのか?」と問われると、返答に困る。というか、答えはNoだ。このことによって、今の日本プロ野球界の腐った体質が変わるわけじゃない。問題点は何も変わらない。だから「じゃあ、これからは見よう」なんて短絡的な気分にはならない。「サッカーが好き」といいながら、代表の試合は見るのに、Jリーグは見ないなんて人もいるけど、それと似たようなもんなのか。いずれにしても「現状の日本プロ野球」はやっぱり、好きにはなれない。
いろいろ問題点はあるとはいえ、はじめて開かれたプロ全面参加の国際大会、とりあえず無事に第1回は終わった。今後の課題は、この大会をこれからも継続すること。あくまでも「メジャーリーグのPRのため」という不純な動機ではじまった大会なわけだけど、またしてもメジャーリーグの「もうやらないよ」のひとことでなくなってしまう、なんてことがないことを願う。とはいえ、開催の動機が動機なだけに、現状のままで継続するのではなく、一度大会をメジャーリーグの手元から引き離し、サッカーにおけるFIFAのような国際組織を作り、その組織の手で運営していくようにしなきゃあいけないと思う。まあ、難しいけど。そうすれば大会自体に重みと格式が出てくるだろうし、そのことで「あの舞台に立ちたい」選手も増えるだろうし・・。あとは選手の意識改革。日本も、アメリカも辞退者続出。これは「野球はまず国内リーグありき、国際大会に意味なし」と判断した選手が、まだまだ多かったということ。きちんとナショナル・チームを編成し、(韓国のように)計画性を持ってチーム作りをしていくことも必要となっていくだろう。・・・などなど課題は山積み、この辺を改革しつつ、「野球の世界大会」を維持していくことを望みたいと思う。
とはいえ、何度も繰り返すけど、自分たちのプライドをかなぐり捨てて、ひたすら勝利のためだけに真剣にプレーをしていた選手の姿には、心底感動させられた。久々に私自身も「なぜ俺はスポーツ観戦が好きになったのか?」を思い出した次第。本当にいいものを見せてもらった。
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