![]() トップ・ページに戻る |
![]() 前のページに戻る |
■2000/07/04 (火) 古田(ヤクルト)、五輪出場せず(プロ野球選手の五輪参加の是非) 世間では賛否両論のようですね。ただ、「五輪へのプロ参加」自体に関しては賛成が多数意見。
が、実は私はその少数意見の「プロ参加反対派」のひとりなんです。
「お前、アンチGじゃなかったか?」と言われそうだけど、理由は某オーナーとはちょっと違っています。
かつてオリンピックに、アメリカのMBAの選手が参加したバスケットのドリーム・チームが登場したことがありました。
でも、実は私はあれを見て、大変な違和感を覚えたものでした。オリンピックって「勝ちさえすればそれでよい」大会なのかな?
一流のプレイを見せればよい「だけ」のスポーツ・ショーだったかな?
こんなことを言うと、「甘い、これだから日本は勝てないんだ」とか、「時代錯誤だ」とか思われるかもしれません。
でも、単なる「スポーツショー」なら、別な大会を開いて行うことだって可能なはず。
オリンピックとは、スポーツそれ自体が「目的」の大会ではなく、スポーツを「手段」とした、
国際交流を「目的」とする大会のはずじゃないのかなあ。
つまり、「オリンピックの本来の意義を考えれば、プロを派遣するのは不自然では?」というのが、
私が反対する最大の理由なのです。もうひとつ、プロが参加するとアマ選手に割り当てられる出場枠が少なくなってしまう。
4年間、オリンピックを目標に頑張ってきたアマ選手から、その目標や夢を奪う権利が誰にあるというのか?
それに、万が一、五輪枠がすべてプロで占められるようになったら、
アマ野球、特に社会人野球の存在意義はどうなるんでしょう?
必要ないといっているも同じではないのか? メダルが欲しい、それは分かるけど、
その為にアマ選手を蔑ろにするような行為に
私は違和感を覚えずにいられないのです。こんなことをしてまで勝つ必要などあるのかなあ。
以上のような理由から、私は五輪へのプロ参加には否定的な立場をとっているのです。でも、プロとアマの交流は、
大いに行われるべきでしょう。先日、プロのコーチにアドバイスを貰った大学野球の監督が処分されました。
こういうくだらない枠を取り除くこと。
五輪参加云々よりも前に、解決すべきはこの辺の「プロアマの垣根」の方だと思うんだけどなあ。
えっ? じゃあサッカーの場合はどうなんだって? いや、プロアマの関係とか、
その辺の裏事情が全く違うから単純には比較できないな。
■2000/07/14 (金) 「夢のない球宴」(地に落ちたプロ野球オールスター戦) プロ野球のオールスター戦出場選手が決定しましたが、「夢の球宴」という言葉も
もはや死語になってしまったようです。
まずファン投票。相変わらずの組織票の横行。某Gの選手が7人。元木にレギュラーを奪われた二岡、
あの横浜・ローズを抑えて選出された仁志。納得いかん! もちろん、ファン投票は「人気投票」だから、
成績がよい人が必ず選ばれるという訳じゃないけど、こいつらに投票した奴にひとこと、
「あんたら、本当に野球を知ってるの?」。自分の好きなチームの選手以外は好きじゃないってことか?
ローズよりも仁志の方に魅力を感じるのか?レギュラー落ちした二岡があの舞台にふさわしいか?
もし本気でそう思ってるんなら、そういう人は実は野球ファンじゃないんだと思う。
私はネット上の日本プロ野球機構のサイトを使って投票したけど、アンチGという立場を超えて、
ちゃんと上原、江藤、松井には投票したけどな。しかし、パ・リーグのピッチャー、セカンド、外野(イチロー以外の2人)は、
「該当者なし」にしようかと思うほど不作で、その点でも「夢」が感じられなかったのも寂しかったです。
次に監督推薦。ダイエー・王監督は「疲れている」という理由からダイエーの中継ぎエース、篠原を選んでない。
「私の独断と偏見だ」だと? オール・スターってそんなものか? 「現時点でのリーグのベスト・メンバーで望む」のが
オールスター戦じゃないのか? 一体、オール・スター戦って、誰のためのもの? ファンのためのものじゃないのか?
ファンを無視してまで「独断と偏見」を通すというのはおごりじゃないのか?
何だか近年、私は野球界に対して怒ってばかり。それもこれも、人気にあぐらを掻いた「ファン無視」な姿勢のため。
オールスター戦の起源は、戦前の大リーグで、当時のコミッショナーに寄せられた
「ベーブ・ルースと何とか投手(別のリーグの名投手)の対決が見たい」という一人の少年が書いた手紙だった、
という話があります。その原点を忘れた「夢」のないオールスター戦。私は「テレビを見ない」ことで、抗議の意を表します。
というか、20年以上も野球に親しんできた私だけど、野球のことを考えたり、ここで語ったりするのも疲れてきたから、
当分は考えないことにします。
■2000/09/20 (水) 自分のために頑張れ!(五輪報道) 音楽ネタ関連のWeb界の方って、「オリンピックに興味がない」、果ては「嫌いだ」という方も多く、
ちょっと複雑な気分です。で、「オリンピックが嫌い」な人に、「なぜ嫌いなの?」と聞くと、
「見る人、報道する人が勝つことに執着し過ぎる」、「国の威信をかけてという姿勢がアレルギー」
という答えが多いよう。うん、分かる。私もその2つの傾向は好きじゃない。
私の場合はもともとスポーツ観戦が好きだから、その辺は意識しないかな。
もちろん、日本選手を応援するけど、「国のために頑張れ」なんて思わないしな。
2回連続銀の田村が金にこだわったのはまた話が違うからよいけど、
「●●選手は銀に終わりました」という報道も聞いてて気分がよくないですねえ。
確かに、一昔前のオリンピック選手って、「国のために頑張りました」という人が多かったですね。
でも、いつ頃からだろう、おそらく、ソウルの鈴木大地あたりからだと思うんだけど、
「国のために」という意識のあまりない選手が増えていて、これはよい傾向だと思います。
今回出場してる選手のうち、「国を背負って」なんて考えてる人は少なそう。
笑顔で「悔しい」を連発していた田島(寧子、「めっちゃ悔しい」)だけど、
そんな意識があったら、笑顔なんて見せないはずだし、
同じ水泳で銀メダルを獲得した中村(真衣)も、「金じゃなくって悔しくないですか?」と聞かれて、
「自分の力を出しきっての銀だから嬉しいです」とコメントしたけど、これだってその現われ。
なのに、報道ぶりは相変わらず極端な「頑張れ日本」調。この辺のズレが気になるし、
その報道ぶりのせいで、「アンチ・オリンピック」な人が増えてるとすれば、
ちょっと悲しいところです。
ということで、私は「国の威信にかけて頑張って欲しい」などとは思いません。
あくまでも「自分のために」頑張って欲しいなあ。「じゃあ、お前が日本選手を応援するのはおかしくないか?」と
いわれそうだけど、それは、「同じ国の人を応援する」という程度の感覚。
高校野球で地元校を応援するのと同じようなもの。ただそれだけです。
私はそんな感覚で気楽にオリンピックを楽しんでいるのです。
■2000/09/23 (土) PKとは難しいもの(五輪サッカー、PK戦で敗れる) 急遽休みになり、見れないと思っていた今日のサッカー、見ることができました。
「試合終了間際にPKで追いつかれたのが惜しい」「あれはファールじゃないだろう」
「今日の試合は本調子じゃなかった」「勝てた試合だった」・・・。
そんな声も聞こえてきそうだけど、15年以上サッカーを見てきた私には「よくぞここまで」の
想いの方が強いところです。ちょっとだけ悔しいけど・・・。
で、「中田、何でPK外すんだ」の声も聞こえてきそうだけど、これは酷な意見だと思います。
15年以上サッカーを見てきた私ですが、「大物選手ほどPKを外してしまう」
そんな光景を何度も目にしてきたから・・・。1986年、高校生の頃、眠い目をこすりながら見た
メキシコ・ワールドカップのブラジルvsフランス戦で、試合中にジーコが、
PK戦でソクラテス、プラティニがと、大スターが相次いで外した。
1994年のアメリカ大会決勝PK戦で、イタリアのバッジォが外した・・・。
その他にも、「大物選手ほど外す」光景はよく目にします。それなだけに、中田が外した瞬間、
「やっぱり」と思ってしまいました。「入れて当然」そう思われるからこそのプレッシャー。
当事者でないと分からないでしょう。ですので、このことを批判するのは「違う」と
私は思うのです。
今日勝っていれば、次負けても3位決定戦で銅の可能性が残ったわけで、
また、勝てた試合だった気もしないでもないのでちょっとだけ悔しく思うけど、
でも、以前は五輪出場すらできなかった日本、もし出ても1勝もできないだろうと思われた日本、
そんな時代を見てきた私にはむしろ、「よくここまで。それに、ワールド・カップや、
次の五輪へ向けての大きな収穫になった」という想いの方が強いのです。
(後記:これは放送終了直後のHotな気持ちの状態のまま書き、アップしたもの。実は翌日の新聞に
「ジーコもプラティニもPKを外したんだ」といった、ほぼ同内容のトルシエ監督のコメントが載っていましたが、
これを書いた時点では、私はそれを読んでいません。よって、内容が似ているのは偶然で、パクリではありません、念のため)
■2000/09/24 (日) 特別な星の下に生まれてきた人(高橋尚子、歴史的金メダル) 私は常々、マラソンの高橋尚子を見るたびに、そういう気持ちにさせられてきたわけですが、
今日の金メダルを見て、その想いをさらに、さらに、強くさせられました。何という素晴らしい選手なんだろう・・・。
世間では「金メダルの可能性90%」などと評されていた彼女。だけど私は、
かすかな不安を抱いていました。いつも独走だったから、誰かと競り合った時にどうなるんだろうか?
駆け引きに弱さがある可能性はないのか? だけど、今日のレースを見て、
それが余計な心配だったことが分かりました。3度のスパートのタイミングが絶妙で、
これまでは見せたことのなかったレース運びや駆け引きでの強さも感じられ、終わってみれば
全く危なげのない勝利でした。ここまでくると、負ける要素は全く感じられない。
強すぎる! 本当に驚きました。
だけど、さらに凄いと思うのは、あれだけのレースをやっておいて、明るい笑顔で
「楽しめました」と言ってしまえる点。マラソン選手といえば、悲壮感の漂う、哲学者のような人が多く、
苦しそうな顔、ゴール後倒れこむなど、「限界に挑戦」「根性」といった印象の強い競技でもあったわけで・・・。
そのイメージからは想像のつかない、あのあっけらかんとした態度や、無邪気で明るい笑顔を見ていると、
「とてつもない人だ」と思わずにはいられません。まさに、ジョン・レノンやポール・マッカートニーにも似た
「特別な星の下に生まれてきた人」なんだろうと思います。改めて、この人の凄さを思い知らされるとともに、
柔道やサッカーで感じた、モヤモヤした気持ちが吹き飛び、すがすがしい気分にさせられました。
本当に素晴らしい。心から「おめでとうございます」と言いたいところです。
しかし、「サングラスを捨てたのは勝負どころだと判断したから」だと誰もが思ったのに、
実は「知り合いがいたから、あげようと思って投げた」んだったというのはちょっと笑ったな(笑)
「カッコイイな」と思ったんだけど、真実は何とも普通で、この辺も彼女らしいな。
(後記:これは放送終了直後に書き、30分後にアップしたもの。よって、「知り合いというのは父親だった」等、
後から分かった事実が省かれていたり、「とっても楽しい、42キロでした」が正しかったりと、
コメントの引用がいい加減だったりしていますが、その辺はご了承ください。)
■2000/10/02 (月) 笑顔が最高!!(シドニー・オリンピック総括) 「プロフィール」のところに書いていますが、私は笑顔の女性が大好きです。
無表情で冷たそうな美人と、見た目は普通でも笑顔の似合う女性なら、私は後者をとります。
で、今回のオリンピック、私が一番印象に残ったのは笑顔の女子選手。
「女子選手が活躍したオリンピックだった」といわれていますが、
私の印象は少しばかりニュアンスが違っているわけです。
筆頭はいうまでもなく高橋尚子。レース直後の書き込み、クールを装って書いてる私ですが、
白状するとあの後数日、頭の中はあの笑顔一色でした。プロフィールの「好きなスポーツ選手」の欄に
彼女の名前を挙げてるし、98年のアジア大会のブレイク以降、常に追いかけてきたくらいだから・・・。
私がこの人にひかれたのは、その強さはもちろん、あの笑顔だったのです。
98年アジア大会、気温30度以上で棄権者続出の中の日本最高記録、
さらに、ゴール後の例の表情。「とてつもない人が現れた」と、以来注目してきたのです。
今回「時の人」となったことで、ちょっとだけ複雑。帰国後も忙しくて大変だろうし、心配ですが、
当分はゆっくり休んで、食べまくって欲しいものです(笑)(後記):ただし、プロ化には賛成できない。「競技を気持ちよく出来るため」の
プロ化なら私は大賛成なんだけど、「プロ化後に急にCM出演」ってのには呆れた。
私自身は競技一本にこだわる、真の意味の「プロ」であって欲しいと思ってます
それ以外だと競泳陣の笑顔もまた忘れられません。リレーの4人ももちろんですが、
最もひかれたのが中尾美樹。正直、ノーマークでした(笑)。はっきり言って、タイプです、
って不謹慎かな(笑)。(後記:確かに、不謹慎ですねえ:笑)
それから、例の「めちゃくちゃ悔しいです」の田島(寧子)の笑顔も、
違った意味でよかった。「夢はハリウッド女優」なんだとか(笑)。本当に笑わせてくれます。
シンクロ団体は美人揃いですが、VTRで見ただけだからコメントは控えておきましょう。
というわけで、青春ドラマのクサいセリフみたいですが、「涙より笑顔の方が魅力的」だと、
改めて思い知らされたのが今回のオリンピックでした。柔道の判定、サッカーや野球の敗退と、
悔しいこともあったけど、女子選手の笑顔がそうしたことを吹き飛ばしてくれました。
私にとっては、印象に残る部類のオリンピックになりそうです。
当初は「見れない」と書いたけど、注目していた種目の大半は休みの日だったし、
夜型生活のおかげで、午前中の種目は見れたし・・・。
でも、閉会式が終わると急に寂しい気持ちになるもの。今はまさにそんな気持ちです。
■2000/10/08 (日) 関係ないね(by柴田恭兵の真似をする田代まさし)(地元球団、ダイエー・ホークスへの屈折した思い) といっても、田代まさし隠し撮り事件ではなく(笑)、ダイエー優勝に関して。
(後記:2001年9月、私は関東から地元に帰りましたが、福岡県内のマスコミの「ダイエー偏向報道」を見るにつけ、ますます気持ちが離れています。 いまではひょっとすると「俺ってアンチ・ダイエーなのかも」と思えるほど。)
私は福岡出身だし、福岡にダイエー・ホークスという地元球団ができた時は本気で嬉しかったものだし、
勝率3割台の弱体チームでも応援し続けてきたし・・・。だから、昨年の初優勝時は
「よくぞここまで」と感慨深かったし、表のボードにも野球ネタを書きまくっていたものでした。
だけど、去年も心の底から喜んでいたわけじゃない。むしろ、長く離れている地元を近くに感じたい、
そっちの気持ちの方が強かったというのが正直なところでした。既に地元を離れて8年以上。
このチームへの思い入れもここ5年くらい、急速に薄れているのです。
思い入れが薄れるきっかけとなった出来事は、佐々木、村田らと、西武の秋山、渡辺智の
大型トレード。元オリックスの松永入団、西武・工藤の入団、元西武管理部長の根本氏の監督就任・・・。
一方で、山本和への戦力外通告、岸川がシーズン中に巨人へ・・・。チームの顔だった選手が去り、
根本氏、秋山、工藤といった「憎っくき西武」の選手が加わって、「さあ、応援しよう」という気には
素直になれませんでした。地元に住んでいたら、そんなことは考えないんでしょうけど、
地元を離れている私にとって佐々木、村田、山本らは、「地元」を感じる選手だったのです。
それがいなくなる、しかも、理不尽な形での放出に、このチームの「冷たさ」を感じました。
さらに、極めつけは功労者・工藤に対する理不尽な対応・・・。
一応今でもいちばん好きなチームであることは否定しませんけど、思い入れはそれほどでもないのです。
去年は「あのチームがよくぞここまで」の想いから、感慨の大きかった私ですが、
今年は感慨はありません。未だにオリンピックの感動の方が大きい状態だし・・・。
喜んでる地元ファンの気持ちに水を差すようなこと、本当はわざわざ書かなくってもよかったのかなとも思いますが、
昨年ボードで大騒ぎした手前、説明しておく必然性があるのではと思い、敢えて素直な想いを書かせていただきました。
■2000/10/30 (月) サッカー、アジア・カップに水を差す、低レベル報道 さっきまでサッカー、アジア・カップの決勝を見ていました。見事、日本の優勝。
五輪代表メンバー中心に、若いメンバーで固めた新生・日本代表は
本当に強くなった。特に五輪で負傷した楢崎に代わって久々にゴールを守った川口の、
アトランタ五輪以来といってもよい好セーブぶりが印象に残りました。数年前まで
「得点力不足」といわれていたのが嘘のように得点を重ねた西澤&高原の2トップ、
一躍リーダーとなった名波・・・。本当に素晴らしい優勝でした。
でも、私は放送中、終始モヤモヤした気持ちで中継を見ていたというのが正直なところ。
それは選手のせいではなく、TBSの報道ぶり。前半、自陣のゴール前で相手・サウジの選手を
倒してしまう反則。当然PK。しかし、PKを外してしまうサウジの選手。その瞬間、解説の金田は
「やったー」と絶叫。さらに、ハーフ・タイムにカメラが東京のスタジオに切り替わると、
アナウンサーと白石美帆(この娘、個人的にはお気に入りなんだけど「スーパー・サッカー」キャスター)が笑顔で、
「外してくれてありがとう」。なんという情けない!!! 「助かった」くらいならいいと思う。
私もそう思ったから・・・。でも、こういう表現って、相手に対する侮辱ではないんでしょうか?
レベルが低すぎる!
以前ここで、オリンピック・ネタの時、「アンチ・オリンピックな人が多いのは、
極端な国粋主義的報道のせいでは?」と書きましたが、今回もまた、それがモロに出てしまったようです。
10年以上前、こんなことがありました。女子ゴルフの大会で、岡本綾子とアメリカ人選手が、
息詰まる優勝争いをしていました。あるホールで、アメリカ人選手がボギーを叩いてしまった。
それを見たギャラリーのひとりが「ナイス・ボギー」と叫んだ。そっちを睨み付けるアメリカ人選手。
その時、岡本綾子は、「何でそんなこと言うんですか」と、涙を流して怒ったとか・・・。
当時、マスコミは「日本人は日本選手しか応援しない」などと批判、「レベルが低い」と
一斉に伝えていたものです。しかし、その土壌を作っているのは、実は日本のマスコミなのでは?
本当に恥ずかしい。いつまでこんなことを続けるんだろう。今回、誰も話題にしてないみたいですし、
「祝・優勝」一色のようですが、私にとってはなんとも後味が悪いところ。せっかくの優勝なのに、
それに水を差す情けない報道ぶりが本当に残念です。
■2000/11/09 (木) 戦力外通告(プロ野球選手の引退) 以前は毎年この時期になると、プロ野球選手の引退会見というのが行われていたものでした。
ところが近年、そうした光景にはあまりお目にかかれなくなりました。代わって新聞紙上に、
「戦力外通告」の文字が載らない日はないというほど、この言葉が定着しつつあります。
この言葉を見かけるようになったのは、この7年くらいのことではないでしょうか。
本人が自らに限界を感じて、本人の意思で引退するのではなく、球団側が本人の意思に関係なく、
一方的にクビを宣告する。もちろん、そういうケースは以前もあったけど、近年は
実績のある選手や、まだ十分やれそうな選手にまでこの宣告は容赦なく浴びせられる。
何とも非情な話です。
今季も阿波野、岡林といったかつてのスター選手が、この仕打ちにより本人の意思に関係なく
野球を辞めざるを得なくなりました。まあ、球団側からすれば、これらの選手には
過去の実績がある分、最近の働きに見合わない高い年俸を払っているわけだから、
「切りたい」と思うのはやむを得ないかもしれません。それに、FA制や年俸の高騰がある分、
その代わりに誰かを切らざるを得ないという事情もあるわけだし・・・。
だから「仕方のないこと」だというのは分かるけど・・・。
近年、40代の野球選手が激減、今年はゼロ、来年もひとりもいないはず。
三冠王の栄光をかなぐり捨て、45歳まで現役にこだわった野村克也のような選手がいないというのは、
何とも寂しいこと。そうした選手が現れないのは、決して近年の選手が軟弱だからなどではなく、
「戦力外通告」連発により、現役を続けたくっても、本人の意思に関係なく切られてしまう、
そんな風潮のせいではないでしょうか。FA制も、年俸の高騰もアメリカの「受け売り」。
だけど、アメリカには40過ぎまで現役の選手は多い。ということは、「受け売り」ではじまった
これらの風潮、実は日本では上手く機能していないということではないでしょうか。
某G一極集中化だけではなく、そうした弊害はこの「戦力外通告」にも及んでいるのではないか、
私はそう思えてなりません。もっともっと、かつてのような40代選手の活躍を見たいと思っているのは、
私だけではないと思うんですが・・・。
■2001/01/09 (火) 中高生の頃に見た高校サッカー 中高生の頃の私にとって正月から1月7日は、1年に1回の「サッカー・テレビ観戦」期間でした。
1月2日のログで述べている通り、元旦は天皇杯決勝、それが終われば今度は高校サッカー。
現在のようにJリーグというか、プロ・サッカーが日本にはなく、日本リーグも不人気で
ほとんど露出がなかったので、辛うじて見れるのは代表の試合のみ。そんな時代だったから、
これほどまとめてサッカーの見れるのは、本当にこの時期しかなかったのです。
でも、子供が「野球よりサッカーをやりたがる」ようになったのって、
決してJリーグ以降なんかじゃないんですよね。私が中学生の頃、昼休みにグランドでやるのは
野球じゃなくサッカー、クラス・マッチのメインもサッカー。
つまり「見るのは野球、やるのはサッカー」。だからやっぱり、この時期は同級生たちも
高校サッカーは見てたものです。特にみんながはまったのは中3の時。
あの年、私を含めてみんなが熱狂したのが清水東高校。
1年生の天才ストライカー武田(後にヴェルディ)、それに長谷川健太、大榎、堀池の
「清水三羽烏」(後にエスパルス)という超高校級の選手が揃ったスター軍団でした。
クラス・マッチの練習時に、「俺、武田」、「じゃあ、俺は大榎」なんて言ってた奴もいたもんでした(笑)。
懐かしいなあ。
だけど、あの頃って高校サッカーで活躍しても、行き先はテレビで露出がほとんどない日本リーグ。
というか、この頃は大学を経て日本リーグへというのが最も多い進路でしたが・・・。
代表の試合だって今と違って、私のようにサッカーをちゃんとチェックしている者以外、
見る機会はなかった。だから高校サッカーを見て「武田は凄い」「三羽烏は凄い」なんていっても、
私はともかく、4月頃にはみんな忘れてしまっている。そんな感じでした。
それって選手にとっても可哀相だなと。甲子園の高校野球に出てくる選手と違って目標がなさすぎだし・・・。
その点、Jリーグが開幕して以降の選手は幸せかな。高校を卒業以降、高校サッカーって
あんまり見なくなったけど、高校サッカーのニュースを目にするとその想いが強いです。
でも中学時代の同級生たちは「ドーハの悲劇」の時に日本代表として活躍していた
武田、堀池、長谷川健太を見て、あの頃のことを思い出したんだろうか。
きっと、覚えてなかったんだろうなあ。続きはこちら
![]() トップ・ページに戻る |
![]() 前のページに戻る |