自分の話

      
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■2000/07/10 (月) Forever Young(若く見られる?)

 もうすぐ32歳を迎える私ですが、どうも30前後の頃から精神的に若返ってるような気がします。
パソコンはじめたのも29歳の頃、ネットはじめたのもそう。以前は「自分の未開の分野」に関心を持つことも、
挑戦しようという気力も起きなかったのに、この年にして、まるで20歳前後の若者のように好奇心が芽生えはじめたのです。
「あんなこともやってみたい」、「こんなことにも挑戦したい」。今はそんな気持ちでいっぱいなんです。

 そのせいでしょうか、私は自分を「オヤジ」だと思ったことが全くありません。
気持ちは昔のまま、というよりも、昔よりずっと若くなっているし・・・。
初対面の人や、知り合ったばかりの人に年齢を言うと「えっ? 本当に30過ぎてるんですか?」と
言われることも多くなっています。20代半ばの頃は逆に、「まだ20代なんて信じられない」と言われていたのだから全く対照的です。
これはルックス的にどうのこうのというよりも、やはり、精神的に若くなっているということの現われかも・・・。
それなだけに、同世代、または私より若い世代の人が「俺はもう若くない」とか、「俺はオヤジだ」などと言ってるのを見ると、
「何言ってやがるんだ」と突っ込みを入れたくなります。「俺はオヤジだ」と思えば思うほど、
本当に精神的に「オヤジ化」してしまうもの。好奇心もなくなり、頑固になって・・・。
だからこそ、そんな人たちには「自分のことをオヤジなんて言うなよ」と言いたくなるのです。

 だけど、「オヤジ化する」ことと「落ち着いた大人になる」ことは別。「若く」はありたいけど、「幼く」はありたくない。
残念ながら、私は精神的に若返っていると思う反面、どうも「幼さ」も残っているような傾向があるようです。
だから、もうすぐ32だし、この辺は克服して、「若さを保った落ち着いた大人」でありたいと思っています。
それが私の思う「理想の三十路像」なんだけど・・・。

■2000/07/17 (月) 月食と夜更かし(小学生の頃の話)

  昨日は何100年かぶりの皆既月食の日だったようですね。私は月食と聞くと、
小学校3,4年頃、部分月食を見るために夜更かしをした日のことを思い出します。

 当時の私は毎日9時就寝。土曜日と「ベストテン」のある木曜日のみ10時就寝という、
今の子供からは想像のできないような生活を送っていました。この日の月食は10時頃にはじまり、
12時頃に欠け方が最大になるというものだったと思います。だけど実は私自身は
「月食を見る」ことよりも、「夜更かしする」ことに異様な興奮を覚えていました。

 その日は金曜日、父とテレビを見つつ、30分に1回くらい外に行くという形で観測していました。
普段はオープニングだけ見て寝ていた「祭りばやしがきこえる」なる、
萩原健一&いしだあゆみ(後に結婚→離婚)主演のドラマ、
和田アキ子の「ゴッド姉ちゃん」で有名だった(でも知らなかった)「噂のチャンネル」。
毎日9時に寝ている私にとっては何もかもが新鮮で、テレビから流れてくるものがすべて
「大人の番組」「大人のCM」に見えて・・・。11時になると「スポーツ・ニュース」がはじまり、
普段はテレビではお目にかかれないパ・リーグの結果、はじめて動く姿を見るリー兄弟に驚いたり・・・。
さらに、普段は「クイズダービー」でしか見たことのない
「インチキ・オヤジ」(笑:いうまでもなく大橋巨泉。当時の私にはそう見えた)が司会をする
ハデハデしい番組・・・(11P.M.だけど、当時は知らなかった)。まさに「大人の番組」といった感じで、
大変なカルチャー・ショックでした。結局、12時を過ぎた頃に耐えられなくなって就寝。その日、私の印象に残ったのは、
決して月食ではなく、「大人の時間のテレビ番組」の方でした。

 だけど、たかが12時まで起きていただけなのに、ものすごく時間が長く感じられたこと、
ものすごく遅くまで起きていたような気がしたこと、今思うと不思議な反面、
あんな気持ちになっていた頃が懐かしく思われます。ちなみに、母が毎日10時就寝のせいか、
その後も夜更かしは許されず、中学時代は10時就寝、高校2年くらいまで11時就寝だった私。
「夜更かしは特別なこと」という感覚は、この後もずっと続いていくのです。

■2000/08/27 (日) 夏休みの宿題を大慌てでかたずける磯野カツオ(夏休みの宿題)

 夏休みの終わりが近づくと、必ず見られる光景です(笑)。でも、私の場合、
「31日が近づいて、大慌てで宿題を仕上げた」という経験は、ほとんどありません。
うちは両親ともに北九州市出身だったから、泊りがけで「田舎へ帰る」ということもなく、
また、父は一年中ほとんど休みなく働いていたから、家族で旅行に行ったということもない。
つまり、夏休みの間中、家にいるのが普通だったわけだから、そうなると自然とやることがないから、
「宿題でもやるか」ということになって・・・。途中で出かけたりとかしたら、
その日を境に急にだらけて、例えば、「夏休みの友」や日記が8月上旬くらいでストップ、
なんてことになるんだろうけど・・・。

 ただ、一度だけ大慌てで仕上げたことがありました。小6の時、「1日漢字200字」という宿題があったんですが、
8月上旬で挫折してしまいました。というのも、実は私、字がかなり汚いんです。で、7月31日の登校日に、
「あんまり汚い字だと、全部書き直しさせるよ」と、担任に脅されてしまったのです。
ただですら、字が汚いことを自覚していたのに、いきなりこういう脅しをかけられ、すっかりビビッてしまい、
8月に入って挫折した、というわけです。で、31日が迫り、「とにかく仕上げなければ」と思った私。
分かってて放置していたので、自業自得ですが、31日の朝から、夜中の1時まで、ほとんど休まずに書き続け、
ようやく完成させました。急がなければいけない、だけど、「書き直させられてはいけない」と思ったから、
丁寧に書かなければいけない、本当に大変な作業でした。あの時、はじめてカツオの気持ちが分かったものでした(笑)

 でも、宿題を溜めたのは、後にも先にも、あの時だけ。今頃焦ってるみなさん、
やらなければいけないことは先にかたずけておかないと駄目だよ(笑)。
といっても、ここを小、中、高校生が見てる訳ないか。

■2000/08/28 (月) 出身小学校を持たない寂しさ(転校)

 昨日に続いて小学校の話。実は私、小5から小6に上がる時に市内の別の区に引っ越しています。
つまり、小学校最後の学年になる6年の時のみ、別の小学校で過ごしたということです。
1年から5年までを過ごした、慣れ親しんだ小学校を離れ、最後の1年のみ別の学校で過ごすというのは、
何とも妙な気持ちだったものです。事実、あまり思い入れのない、
たった1年だけを過ごした小学校の卒業アルバムが手元にあり、
5年間過ごした思い出深い小学校の卒業アルバムが手元にない・・・。
このことは私をさらに寂しい気持ちにさせます。

 逆に見れば、たった1年間を過ごした学校の卒業者名簿に名前があり、
5年間過ごした小学校の名簿に名前が載ってないという訳で、やっぱり変な気分です。
あの、5年間を過ごした学校の卒業アルバムに名前も写真も載ってないということは、
当時の同級生は私のことなど全然覚えていないかも。反面、たった1年を過ごした小学校の
卒業アルバムに載っている私の写真や名前を見て、「こいつ、誰だっけ?」と思ってる奴も多いんだろうな。
私の出身小学校って一体どこなんだろう、時々そんなことを考えてしまうことがあります。
それと、6年に上がる時に、しかもよその区に転校してしまった関係上、私には
「幼なじみ」と呼べるような人もいなかった。ただですら寂しがり屋な私だけに、
そのことを思うと、遠い昔のことであるにもかかわらず、寂しくなってしまうのです。
あのままあそこにいたら、私は全然違う生活を送っていたのかも・・・。

 ちなみに、出身中学校も統合に伴って消滅。これもまた、寂しい。

■2000/10/19 (木) 最も古い、自分自身の記憶

 1年半ほど前、ソネットの「にぎやかパーティー・ルーム」という、ノンジャンルのボードに書いたネタですが、
表のボードに似たような話題が登場したので、敢えてもう一度書いてみたくなりました。
みなさんにとって、「最古の、自分自身の記憶」っていつ頃なんでしょうか?
一般的には、「5,6歳の頃のことは覚えているけど、それ以前は全く」というのが普通のようです。

 ところが、私の場合、2,3歳の頃の記憶(1970、71年頃)も、結構鮮明に残っているんです。
私は3歳の時、山口県・徳山市から北九州市に引っ越しています。ところが、私には
徳山市の記憶もちゃんと残ってます。当時の家の住所も、母が「迷子になった時にすぐに答えられるように」と
繰り返し復唱させていたおかげか、未だに覚えてるし、当時乗っていたバスのバス停の名前も、
順番通りに言える・・・。テレビで見た札幌オリンピックのことも・・・。
自分でも不思議なんですけどね。

 で、極めつけの記憶。ある日、田園風景の中で乳母車に乗っている私。
手には新聞の折り込み広告を握り締めている。強く照り付けてくる日差しに目を細める。
でも、母は「天気いいね」と話しかける。「おい、眩しいよ」心の中で叫ぶ私。
駆け寄ってきて話しかける2人の従兄弟・・・。
ただ、これは自分の中でも、「あれは現実の記憶なのか、それとも夢なのか」
はっきりと整理がついていません。だけど、アルバムを見て愕然。
乳母車に乗り、例の広告を握り締めた私と、それを囲む2人の従兄弟の写真が残っているのです!
ということは、あれは現実なのか。だとすれば、これが私にとっての「最古の、自分自身の記憶」ということに
なるわけで・・・。本当に、不思議な話です。

■2000/11/17 (金) ロン毛は似合わない

  おそらく、音楽Web界のみなさんの中には、「ロン毛」の方って結構いらっしゃるんでしょうね。
ちなみに私は、あまり長く伸ばしたことないし、耳に被さってくるほどの長さになる前に切る、
という習慣がついています。つまり、「ロン毛」どころか、初期ビートルズ・レベルまでも
伸ばさないということです。

 実は私には「天パー(天然パーマ)」という難点があります。天パーって、結構うらやましがられるんですが、
何かと悩みが多いのです。中学、高校では、頭髪検査のたびに偏見を持って見られるし、
「くせ毛届け」なるものを、親の印鑑と署名入りで提出させられるという、「人権侵害」気味の仕打ちも受けたし・・・。
また、髪の手入れが苦手なのに、乾燥した日は癖がつく、湿度の高い日はベタっとなる、すぐに変な癖がつく・・・。
それなだけに、あまり長くするとただですら手入れが大変なのに、余計に手入れが難しくなる。
それに、天パー故に、長く伸ばしてもサラサラにはならず、頭の上にものが積もっていくような伸び方をする。
これでは「ロン毛にしたい」などとはあまり思わないという訳です。

 また、今でこそ165センチ、60キロという体型だけど、かつては90キロ近くあったんです。
その体型だとただですら汚く見えるのに、髪を必要以上に伸ばしたりしたら余計に汚く見えてしまう。
これも「ロン毛」にしたことのない理由のひとつです。といっても、実は学生時代に一度だけ
耳が隠れるくらいまで伸ばしたことがあります。ついでに、口髭まで生やして・・・。
当然意識したのはロック・ミュージシャン。だけど、その体型故に、どう見ても
ロック・ミュージシャンというより、悪役プロレスラーにしか見えず・・・(笑)
その時、「二度と髪は伸ばさない」と心に誓ったのです。今は普通の体型になったし、
以前ほど汚くは見えないとは思うんだけど、やっぱり勇気がないのです。

■2000/11/22 (水) 近視とは煩わしいもの

 プロフィールにある通り、私はかなりの近視で、メガネなしでは生活できません。
だけど、小中学生の頃は、いつも両目とも1.5。何の問題もありませんでした。

 異変が起こったのは高校2年頃。前から3,4列目の席に座っていても、
黒板の字がよく見えない。どうしたんだろう。視力は0.8にまで下落。
大学に入った頃には、一番前にいても見えない。駅の料金表も読めない。
バスの前方の行き先案内表示板も見えない。
テレビもよく見えない。映画の字幕スーパーも読めない。
自然に目付きも悪くなり、知らない人に怖がられる・・・。
おかしいなあ。別に勉強のし過ぎじゃないし、テレビの見過ぎでもない。
ゲームもやらない。なぜだか分からないけど、急に悪くなったのです。
でも、頑なにメガネはかけませんでした。理由は何度も書いた通り、
当時は太っていたから。「眼鏡をかけた肥満男」といえば、大橋巨泉に秋元康、
「お笑いマンガ道場」の富永一朗先生・・・。カッコ悪すぎ。いやだー!!(笑)
そう思うと、絶対にかけたくなかったというわけです。

 車の免許を取る時、買わざるを得なくなってとりあえず買うだけは買った。
だけど、普段は不便なのを分かっていても敢えてかけず・・・。
社会人になった当初、上司に「目付きが悪い」といわれてしまったので、
結局、仕事中のみ、かけるようになった。つまり、かけたり、外したりしながら
生活をしていたわけですが、こうなると余計に外して過ごす時に感じる「見えづらさ」が
増長されてしまうわけで・・・。結局、5年ほど前からは外して生活することが一切できなくなったのです。

 今は痩せたから以前ほど「カッコ悪い」という気持ちは強くないけど、
やっぱりメガネは好きじゃない。プライベートではなるべく度付きのグラサンをかけるようにしてるけど、
場所柄をわきまえないと怖がられるし、夜は使えない・・・(笑)。
コンタクトに変えようかとも思うけど、目を傷つけそうで怖い、金がかかる、
病院で見てもらうのが面倒で踏み切れない。本当に近視になんてなるもんじゃないな。

■2000/11/26 (日) 結婚とはそんなに大事なのか?

 先日の木村拓哉と工藤静香の結婚のニュース、報道番組でまで派手に取り上げられていましたが、
私には「芸能人の結婚って、そんなに大事なニュースか?」という疑問が拭い去れないところ。
ファンの人が騒ぐのは当然でしょうけど、国を挙げてこんなことで騒ぐなんて、
なんておめでたい国なんだと呆れ返ってしまった。私は2人とも全然好きじゃないし、
もともと自分の好きな芸能人や有名人ならともかく、そうじゃない人の交際も、結婚も
「そんなの、ニュースじゃないでしょ」と思うくちなので、「まあ、好きにやってよ」というのが
今回のニュースの感想です。

 で、話はちょっと変わりますが、日本って、何で「既婚者は未婚者よりも上」という
見方をする傾向があるんでしょうか? 私と同世代の人で、結婚してない人って
意外と少なくはないし、昔ほど結婚にこだわらない人も増えているはずなのに・・・。
私は同世代の既婚者よりも低く扱われ、時には、まるで一人前ではないかのような、
そんな言い方をもされる。ひどい場合には、「女に興味がないの?」とまで言われる有り様。
私は別に無理してまで結婚したいという欲求はないし、もしも一生できないなら、それでもいいと思ってます。
まあ、相手がいないからそう思うのかもしれないけど・・・(笑)
でも、だからといって、低く見られるいわれなんてない。既婚者であることって、
そんなに凄いことなんでしょうか? 「無理してまでしたくない」と思っているにもかかわらず、
既婚者の方に対して、強い劣等感や、場合によっては、ひがみすら感じてしまうことが多いんですが、
それもこれも、そうした扱いのせい。何とかならんもんか!

 うーん、木村&工藤の話とは、全然関係ない方向にいってしまったな(笑)。
でも、どちらも、私に「結婚とはそんなに大事なのか?」と思わせる出来事でした。

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