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■2011/10/25 兇悪の・・・、相模警察(初見、刑事ドラマ編) ケーブルテレビで懐かしい番組を見ることが出来る環境になって早4年以上。最初は「何十年ぶりに再会できた」とか、「一度見てみたいと思っていた番組をようやく見ることが出来た」とか毎日感動してたものだけど、近年は食傷気味。「またこの番組かよ、何度リピートしてるんだ?」な状態も多く、見たことのない番組と出会う機会もめっきり少なくなりました。
ところがそんな中「はじめて見ることが出来た」番組も増えてきました。ということでそんな「初見」な「刑事ドラマ編」。
非情のライセンス3
私にとっては「明智小五郎役の人」のイメージの強い故・天知茂。その天知茂にとっては明智小五郎シリーズと並ぶ代表作だったのが「非情のライセンス」。小学校3,4年の頃、深夜(夜10時だけど、小学生にとっては深夜)にそんな刑事ドラマをやっていて、亡き父がよく見ていたのは知っていた。夕方にも再放送をやっていたけど、なんとなく暗くて重苦しい感じで「怖い」「大人向き」と映ったので、一度も見たことはありませんでした。高校生くらいになった頃に何度か「見てみたい」と思ったけど、当時はとっくに放送も終わっていて、再放送されることもなかったので、一度も見たことのない番組でした。そのシリーズ3作目がケーブルテレビで視聴できるファミリー劇場で放送開始、ようやく見ることが出来ました。
悪く言えば「暗い」「重苦しい」、小学生の目に「怖い」と映ったのもうなずける。警視庁の特捜部なる特殊セクションの刑事・会田。はぐれ者だらけの特捜部の中でさえ命令無視の単独行動ばかり。暴力、脅迫まがいの違法捜査気味の暴走を繰り返す、ヤバくて危なすぎる刑事。しかもクールで無表情で冷徹。まるで「巨悪を暴くためなら周囲の誰が傷つこうとかまわない」かのような非情な言動の数々。だけど口には出さないが、事件の巻き沿いになった(というより、彼のせいで巻き沿いになるケースが多い)人(特に女性)への優しさも見せたりする。
そんな、明智小五郎をもっとワイルドで冷徹にしたような、会田刑事=天知茂のニヒルなキャラが番組の特徴。他の刑事番組なら「巨悪」に対して「なんて奴だ、許せない」などと露骨に怒りをあらわにして熱くなる、そんな「熱い」刑事が活躍するケースが多いけど、あくまでもクールに、冷徹に、それでいて激しい怒りをぶつける・・・。こんなキャラが演じられる人は、この人以外にはあり得ない。そして事件の巻き添えになった不幸な人=主に女性に対しても、笑顔で優しく接したりはしない。無表情でクールに振る舞い、多くを語らない。今、現実の世界で同じように振舞っても、いまどきの女性にはその裏にある優しさは伝わらないだろうなあ。今では「ツンデレ」とかいうらしいけど、そんな安っぽい言い方は嫌だし、「媚を売るかのように表面上だけべたべた優しくする」人よりも実は優しいんだと思うんだけど・・・。個人的には会田刑事、明智小五郎以上に感情移入できるキャラクターだし、番組のカラーも唯一無二。10代や20代のときに見てもこのよさは分らなかったかも。この年になって「初見」なのは正解だと思う。
俺たちの勲章
1975年(昭和50年)に放送された、松田優作&中村雅俊主演のコンビもの刑事ドラマ。実は以前「見たいけど、見たことがない」と書いたことがあります(こちら)。リンク先にも書いているけど、なぜか再放送されない番組でした。「太陽にほえろ」を降板したばかりの松田優作、「われら青春」が終了したばかりの中村雅俊を使って、その2つの番組のプロデューサーだった岡田晋吉氏が企画したもの。時期的に言っても2人ともブレイク直後、しかも刑事役が似合う2人だから「きっと面白いに違いない」と。それがケーブルテレビで視聴できるチャンネルNECOで放送開始。私にとっては「待望の」番組でした。
舞台は横浜、短気で暴力的な中野(松田優作)と温厚で人のよい五十嵐(中村雅俊)という性格の全く異なる2人の若手刑事が反発しあいながらも協力して事件を解決・・・、って、まるで「あぶない刑事」? と思いきや、いや、この番組の雰囲気、どこかで見たことがある。バンド(トランザム)の演奏するインスト・ナンバーに横浜の町を歩く2人の映像が重なるオープニング、舞台が横浜、出張(ロケ)のためによその土地に出かけることが多い、「どちらが囮になるか」で2人が賭けをする・・・・、これって実は1985年、私が高校生の時に見ていた「誇りの報酬」って刑事ドラマと全く同じ。「あぶない刑事」の」前番組で、中村雅俊と根津甚八のコンビの刑事もの。そうか、あの「誇りの報酬」って、この「俺たちの勲章」のオマージュだったんだ、と今更気がつきました。
とはいえ、「誇りの報酬」はバブル期だったので、ちょっとコミカルな話も多かったのに対して、こっちは70年代半ば、石油ショックに学生運動の終焉、「日本沈没ブーム」と、どこか暗く沈んだ、空虚な空気だった時代。そのせいか、救いのない結末の話が多い。例えば、2人が地方に出張してきて事件に首を突っ込んだ結果、社会的弱者の起こした同情の余地のある犯罪が暴かれ、「町の実力者」の悪事は暴かれることなく終わる(4話:刑事くずれ)、重傷を負って病院に運ばれてきた強盗を注射を使って殺害し、金を奪った看護婦の犯罪を暴いたが、実は実家に足を悪くして働けなくなった兄がいて、その兄のために金を作ろうとしていたことが発覚する(11話:鞄を持った女)、とか・・・。極めつけは警察内部の「悪事」を知る男を護送中、その男を消そうとする組織に中野と五十嵐も命を狙われる12話:海を撃った日。2人はその男の命を守ってやることが出来ず、警察内部の「悪事」も闇の中・・・・。事件が解決しないままとか、事件が解決しても誰も救われないとか、実に後味の悪い話が多い。
当初は「2人がジョークを飛ばしながら、カッコよく事件を解決するドラマ」をイメージしていたから、ちょっとイメージとは違っていました。でも、この「後味の悪さ」や「空虚感」って、萩原健一の「傷だらけの天使」にも共通する、この時代ならではの空気。刑事ドラマというより、この時代ならではの「青春ドラマ」なんだろうと思う。それに「暴力的で短気」=松田優作、「お人よしで人情に厚い」=中村雅俊って、後のイメージどおりの役を演じているから2人ともとてもはまっている。そして多彩な、彼らと同世代のゲスト、水谷豊、関根恵子、金沢碧、五十嵐淳子(この番組が中村雅俊との出会いらしい)もよいし、個人的には昔住んでいた場所(木更津、松本)や放浪した場所(鹿児島、横浜)などの当時の景色を拝めるのも楽しみ。なぜか2人の出演ドラマを語る際に無視されることが多いけど、私は2人の代表作といっても過言じゃないと思う。
■2011/12/26 怪奇な一家(怪奇大作戦、寺内貫太郎一家) 寺内貫太郎一家
このドラマに関してはプロデューサーの久世光彦氏が亡くなった時に地上波で「追悼特番」ということで第1回と最終回のみが再放送されたのを見た時が(詳細はこちら)「初見」でした。なので、厳密には「初見」とはいえないかもしれないけど、全話を視聴したのは初になる。
まあ、感想としては、そのリンク先に書いた5年前の感想のまま。なので、ここで改めて述べる必要はないかなと。「お約束」のシーンは楽しいし笑えるし「おかしいけど、感動させられたり、暖かい気持ちにさせられたり」の古き良きホームドラマといったストーリー展開が懐かしいなとか、樹木希林は面白いなとか、梶芽衣子キレイだなとか、伴淳三郎味があって渋いなとか、浅田美代子可愛すぎるだろうとか・・・。なので「お約束」で「予想通り」な展開にもかかわらず、楽しめたし面白かった。
反面、違和感も。寺内貫太郎、いくら「乱暴で頑固な親父」といっても、毎回毎回暴力振るいすぎ。確かに昔気質のオヤジって、すぐに手が出るものかもしれないけど、しょっちゅうおかみさん(加藤治子)まで殴る(「ぶつ」ではなく)し、実の親のはずの婆さん(樹木希林)にまで暴力を振るう。時にはよその人まで。ちょっとやりすぎだろう。しかも、いつもおかみさんを呼ぶ時は「おい」とぶっきらぼうに吐き捨てるだけ。うちの亡き父も粗暴だったけど、いくらなんでもひど過ぎ。後から実は優しいところを見せて、毎回丸く収まってハッピーエンドになるけど、私の心はなぜか晴れない。貫太郎は暴力を詫びたりしないので後味が悪い。その辺が唯一、残念に思われるところ。
怪奇大作戦
円谷プロ制作の特撮ドラマ。ウルトラマン(昭和41年)→ウルトラセブン(昭和42年)の後を受けて昭和43年に放送されたものらしいけど、昭和43年生まれで当時0歳の私がリアルタイムで見ることが出来るわけもなく・・・(笑)。しかもウルトラマンやウルトラセブンと違って、あまり再放送される機会もなかったので、実は今回が初見。「科学で解決できない怪事件の謎を暴くSRIという組織の活躍を描いたドラマ」で、「子供向けであるにもかかわらず、社会の歪や警鐘を描いた重厚なドラマ」だという知識もあったし、一部で高く評価されているので期待して見た。
「科学で解決できない事件」というと、超常現象をイメージしがち。確かに雪女だの、吸血鬼だの、いかにもな話もある。一方で戦時中に胎内被曝した妹を救うために人体実験を行って連続殺人犯になってしまう兄の話とか、理由もなく殺人を繰り返す男の話(しかも理由が分らないまま終わる)とか、孤独な老人の悲劇を描いた話とか、悪くいえば暗くて重苦しい。これが「ウルトラセブン」の後番組で、子供向けの時間に放映されていたとは信じ難いものが。だけど、今では規制が多く手がけないであろう社会の「影」というか「闇」というか、そうしたものを描いた内容は確かに見応えがある。
個人的には、ノスタルジックでのどかな村が近代化の波に飲み込まれて消えていく(最後は自然災害で消滅してしまう・・・)悲劇を描いた12話「霧の童話」がベスト。特に村ののどかな自然や景色、そしてSRIの三沢と現地の少年の交流をしっかり描いて見るものを惹きつけておいての「村の消滅」、しかも開発のせいではなく、自然災害でというのがあまりにも悲しい。最終1個前の「京都買います」という、古都・京都に押し寄せる近代化に警鐘を鳴らした話が世間一般では傑作といわれているようだけど、私はストーリーよりも、仏像を愛してしまった悲しい女を演じた斉藤チヤ子という女優の美しさばかりに気をとられてしまって・・・(笑)。いや、今は絶対にいないタイプの美人だなと。それに普段は冷静なSRIの牧が、この女に心を奪われてしまうくだりにも違和感があるし。
SRIのメンバーで中心になるのは勝呂誉演じる三沢と怪優・岸田森演じる牧の2人。人のよい生真面目な好青年といった感じの三沢と、冷静で頭脳派、時には冷徹ですらある科学者の牧の対比がいい感じ。素直に感情移入できるのは三沢だけど、冷徹すぎるが故に時にはちょっと怖くて怪しい牧の存在感が凄い。いや、岸田森って他には絶対にいないタイプの個性派俳優。私が中学生くらいの頃、80年代前半に若くして急逝したのが惜しい。
■2012/1/3 和製ヘップバーン2(芦川いづみ) 以前、こんなもの(こちら)を書いて「往年の日活全盛期の女優・芦川いづみに一目ぼれしてしまった」と述べました。ケーブルテレビでは、あれからもよく往年の日活全盛時の映画を放映しているので、この人の出演作はしっかりチェックして見てきました。
霧笛が俺を呼んでいる
デビューして数年でゴーカートの事故で急逝した「和製ジェームス・ディーン」こと赤木圭一郎主演映画。芦川いづみはその相手役を務める。久しぶりに航海から帰って来た船乗りの主人公が友人に会いに行ったところ、その友人は急死していた。その友人の恋人(芦川)や友人の妹(新人の吉永小百合)の協力を仰ぎつつ、友人の死の真相究明に乗り出す・・・。というのが大雑把なストーリー。当時の日活らしい、日本なのにどこの国だか分からない無国籍なアクション映画で、ストーリー自体はどうということもない。だけど赤木圭一郎という人、亡き父(日活映画好きだった)からいろいろ話は聞いていたけど、この時代の人とは思えないほどカッコよくって洗練されたルックス。今出てきても人気が出そうなほど。この人と比べれば、石原裕次郎も小林旭もオッサン臭く見える。ちょっと憂いを含んだ表情など「和製ジェームス・ディーン」の評価も頷けるものが。単に「若くして亡くなった」という理由だけでそう呼ばれてるんじゃないんだなと。
そして死んだ恋人のことを思いつつも、赤木圭一郎演じる主人公にも心を奪われていく、そんな女性を演じている芦川いづみ。役柄上、ずっと悲しそうな表情をしているので、あまり彼女のよさは発揮されていないように思える。まあ、この映画はあくまでも「赤木圭一郎のための映画」だから引き立て役に徹してる感も否めない。だけど、もしも彼が生きていたら、これ以降もずっと、彼の相手役は彼女が務めていたのかな、という気もする。石原裕次郎の相手役も似合ってるけど、どうしても北原三枝→浅丘ルリ子のイメージが強いし。
若草物語
長女:芦川いづみ、次女:浅丘ルリ子、三女:吉永小百合、四女:和泉雅子という、日活の看板女優4人による四姉妹の物語。といっても「世界の名作」として知られる小説や洋画とは一切関係なし。2人の男を二股かけているにもかかわらず、「二股かけている」「周りの人を傷つけている」自覚のない次女、その次女のせいで好きな男が自分に振り向いてもらえずに心を痛めて無責任な行動ばかり起こす三女・・・。こんな性格の女ども、いくら顔が浅丘ルリ子や吉永小百合でも絶対に仲良くなりたくない(笑)。しかし2人とも、よくこんな役引き受けたなと。そういう、見ていてもイライラさせられるだけの映画。
お目当ての長女を演じる芦川いづみだけど、姉妹の中で唯一の既婚者なので出番も少ないし、ストーリーにもほとんど絡まない。この時期既に29歳だったとはいえ既婚者、しかも世帯じみた、悪く言えばオバさんっぽい役をやらされているのが悲しい。ルックス的には決して劣化してないので尚更。ストーリーももちろんだけど、芦川いづみの出番が少ないという点でもガッカリ。豪華な四姉妹だったから期待してたのに・・・。
青い山脈(1963年版)
戦後間もない頃に公開された同名映画のリメイク版。オリジナルの原節子主演の映画は以前、やはりケーブルテレビで視聴して、感想を書いた(こちら)。オリジナル版で原節子が演じていた女子高の教師役が芦川いづみ、男子生徒との「恋愛騒ぎ」を起こす女子学生の役を吉永小百合が演じていて、クレジット上は吉永小百合が主演扱いになっているけど、どう見ても事実上の主役は芦川いづみの方。
旧作の方では「昭和24年、戦争が終わって価値観が大きく変化していく過程の時代」の女学校が舞台だったけど、こちらは映画が公開された昭和38年の女子高が舞台。だけど戦後の混乱期ならともかく、昭和38年の時点で、たかが「男子学生と親しくした」とか「ラブレターをもらった」とか言うだけで大騒ぎになるというあたりに違和感。どうせリメイクするんだったら、やはり舞台を戦後間もない頃に設定した方がよかったんじゃないかと思う。無理矢理映画公開当時の時代(その時点での現代)を舞台にしたせいで、旧作にあった切迫感がなくって、単なる娯楽映画に終わって、深みがなくなってるのが残念。普段はアクション映画で悪役を演じていた二谷英明が芦川いづみ演じる教師に思いを寄せるちょっと頼りない校医、高橋英樹が二枚目とは程遠い、コミカルな学生役だったりと意外な人の意外な演技を見ることが出来るのが収穫といえば収穫か。
とはいえ、芦川いづみの教師役は素晴らしい。美人で賢く、自分の意思をしっかり持った芯が強い、だけど清楚で可愛らしい一面も持つ、そんな女性を完璧に演じきっている。正直、この役はオリジナルの原節子よりもはまっていると思う。主演扱いになっているのは当時絶頂期に入っていたはずの吉永小百合。今では「往年の清純派女優の代名詞」のようになっている吉永小百合も、その「清純可憐さ」では芦川いづみの前では全く霞んで見える。まあ、映画の出来自体はともかく、芦川いづみの魅力的な島崎先生を見ることが出来ただけでも収穫。
あいつと私
クレジット上は主演:石原裕次郎だけど、事実上の主役は芦川いづみ。2人が大学生カップルを演じた青春映画。「1」でも書いたけど、「石原裕次郎にいちばんお似合いなのは芦川いづみ」と信じて疑わないので、大いに期待して見た。
昭和36年の映画なので「大学生」といっても随分イメージと違う。安保反対運動に巻き込まれたり、今からすれば信じられないほどプラトニックな恋愛観が「常識」のようにして描かれていたりとか。描きようによっては、当時としては斬新なくらいセクシャルなエピソードや黒川(裕次郎)の暗い生い立ちなども出てくるけど、敢えてそうした部分深くは踏み込まず、さらっと描いているので、全然いやらしくも暗くも感じない。むしろ開けっぴろげでちょっと粗暴だけど、実は不幸な生い立ちゆえに繊細な一面を持つ裕次郎演じる黒川、清純で明るく生真面目、それでいて芯が強くてしっかり者の芦川演じる浅田けい子、この2人が最高にはまり役で、しかも実に爽やか。まさに「理想的なカップル」そのもの。なので、時代を感じさせるエピソードや暗いエピソードも出てくるのに、ひたすら爽やかに感じられる。こんな大学生活もいいなと。
しかしここでの芦川いづみ、とにかく「カワイイ」。自分が知らない、黒川(裕次郎)の話を後から聞かされた際に、「あなたのすることは私がいちばん最初に知っておきたいの」ふてくされたような表情で、だけど甘えて言い放つ台詞に私はすっかりやられました。その後、ちょっと照れくさそうに逃げてしまうあたりも。思わず昇天「ああ、俺もこんな風に言われたい」(笑)。こんな風に言われたら、思いっきり抱きしめてしまうだろうなあ・・・。突然、「今決めた、婚約する」と言われて、嬉しいくせに膨れっ面する表情もカワイイ。細かい仕草も、表情も、すべて最高。「この世のものとは思えないほど美しい芦川いづみ」は今まで多くの映画で見てきたけど、こんなにも「身近で可愛らしい芦川いづみ」ははじめて。「こんな彼女が欲しいなあ」と。
あともうひとつ発見。今までの映画は、全体に体の線が出ないような服装が多かったんだけど、この映画では雨の中、薄いシャツ一枚で外に飛び出すシーンがある。シャツが体にピッタリくっついているのを見てはじめて気がついた。「ひょっとして、芦川いづみって隠れ巨乳?」。細身で華奢だから、今まで全く気がつかなかった。これもまた、思わぬ収穫でした。いずれにしても、この映画では今まで見ることの出来なかった新しい魅力(「巨乳」の件じゃなく、「可愛らしさ」という点)を発見できたのが収穫。今まで見た彼女の出演作の中でも特に気に入った一本になりました。
・・・そういえば「1」で書いた通り、リアル・タイムで彼女を知っている人って、もう50代後半以上の人しかいないはず。にもかかわらずDVDが売れているとか、地上波テレビの「昭和の大スター」を取り上げる番組で彼女が紹介されたとも聞く。私のように、後追いで「恋焦がれてしまった」人もきっと、多いんだろうなと思います。
■2012/1/14 大場十一に憧れた高校3年生(雑居時代) つい先日まで、ケーブルテレビで石立鉄男主演のドラマ「雑居時代」が放映されていたので視聴していました。2007年、ケーブルテレビに加入したばかりの頃もやはりこのドラマが放映されていて、しかも放映中に石立鉄男が急逝してしまったので、その際にも一度、このドラマについて触れたことがありました(こちら)。個人的には歴代のホームドラマの中ではダントツで好きなドラマ、石立鉄男主演ドラマの中でも最も好きなドラマ、そして高校生の頃にちょっと影響を受けた、とても思い入れのあるドラマ。何度見てもよいなと。石立鉄男演じる貧乏なカメラマン、大場十一が、父親(大坂志郎)と5人姉妹(富士真奈美、大原麗子、川口晶、山口いづみ、杉田かおる)からなる栗山ファミリーと一軒の家で同居することになって・・・、というストーリー。栗山家6人の家族の絆、大場とその師匠の山岳写真家・稲葉(川崎敬三)の絆、そして最初は対立することの多かった大場と栗山家の人たちとの絆・・・。そんな人と人との絆を描いたホームドラマ。センセーショナルな事件は起こらないけど、見ていてちょっと暖かい気持ちになれるというか、ほのかな感動を呼ぶというか・・・。なのにコメディでもあるので、ジメジメしていなくって楽しい。派手さはないけど「ジワジワ来るドラマ」という感じ。いや、本当に大好きです。
このドラマが放映されたのは昭和48〜49年、私が幼稚園児の時でした。一応リアル・タイムでも見たことはあるけど、オープニングのアニメとテーマ曲を覚えている程度。その後も何度か再放送されていたけど、私が本気ではまったのは1986年、高校3年の頃に夕方4時からの再放送で見た時。最初は「えらく古いドラマだな」「そういえば昔、見たことあったような気がするけど覚えてないな、ちょっと見てみるか」くらいの軽い気持ちで見始めました。1986年といえばバブル初期。そろそろ浮かれた、カッコばっかりのドラマが増え始めた時期。人と人との絆とか、がさつでぶっきらぼうな大場のようなキャラとか、家族を描いたドラマとかって、あまりお目にかかれなくなった頃。それなだけに私の目には新鮮に映ったし「バブル乗り」のドラマについていけなかった私には「こういうドラマっていいな」と思えたし・・・。というわけで、一気にはまってしまいました。
中でもドラマの中心になるのは、石立鉄男演じる大場と、栗山家の次女で、亡き母親の代わりに家事をこなす大原麗子演じる栗山夏代の恋愛。実はお互い惹かれ合っているのに、がさつでぶっきらぼうで口の悪い大場、優しくて面倒見がよい反面、男勝りで姉御肌の夏代、顔を合わせればいつも口喧嘩。だけど、いざという時はお互いを思いやり、心を通わせる・・・。そんな2人の関係を見て「いいな」と。あまりにもストレートに「愛してる」「好きです」などという台詞を吐くドラマ、甘ったるいほどにベタベタ優しい態度を見せる男がモテまくるドラマなどを見ると「嘘臭い」「こんなの、本当の優しさじゃない」と思っていたし、馬鹿らしいと思っていた。だから、この2人のような関係に憧れた。決して甘い言葉を吐いたりはしない、そしてルックス的にも決して二枚目とはいえない大場十一のような男に憧れた。いや、もっとカッコいいキャラクターにも憧れはしたけど、非現実的だから「自分があんな風になれそう」な気がしない。でも、大場十一みたいにならなれるかもしれないと・・・。特に好きなのが最終回のやりとり。いつものように口喧嘩になった時、大場が夏代に言う。「強情だな。他の女と全く違う・・・。(急に表情を変えて)でも、そこがいいところだけどな」。ああ、こんなこと言ってみたいなと。とにかく、このドラマの最もよいところは、こういう2人の絡み。台詞や表情でお互いの「想い」が思いっきり伝わってくる。私の中でこのドラマは「生涯で特に好きなドラマ・ベスト10」を選べば必ず上位に入ってくること間違いなしです。しかし今見ると、大場=石立鉄男も夏代=大原麗子も故人だということを思うと、見ていて少し切なくなってしまいます。
話はガラッと変わって・・・。高3の頃、同じクラスに片思いな同級生の女子がいました。当時の私が、比較的心を許していろいろ話していた数少ない女子の同級生でした。というか、私ではなく、彼女の方から私に絡んでくることが多かったんだけど・・・・。でも、実は彼女には年上の彼氏がいたことを私は知っていた。でも、思いは募るばかり。「いっそ、絡まない方が諦められるから、突き放してしまおうか」と思うんだけど、私が彼女に絡まなくっても、彼女の方から私に話しかけてくるので、それも出来ず、逆に思いは募るばかり。なので、ある時からわざと突き放すような話し方をするようになった。まあ、彼女に「彼氏がいる」という事実に苛立っていたのもあるけど。その時に私が参考にしたのが「雑居時代」の大場十一。わざとぶっきらぼうに、憎まれ口を叩いてみた。「うるせーよ、関係ないだろう」「お前がどうしようが、俺には関係ないけどな」。それでも彼女はいつも笑っていた。そんな或る日「明日私、就職試験を受けに行くんよ」と言われた。思わず「ああそう、俺には関係ねーよ」。・・・彼女は本気で怒ってしまった。というより、とても悲しそうにしていた。フォローしようとしたけど、もう遅かった。以来、一度も口を利かないまま、卒業してしまった。卒業以降も一度も彼女にに会うこともなかった。本当は「頑張って、●●さんなら絶対大丈夫」って言いたかったのに。当時18歳の高校生、大場十一のような大人の男ではなかった私、「憧れのキャラ」の真似をしたのはよかったけど、所詮真似は真似。あの時の私には大場のような優しさや人を思いやる気持ちはなかった。当時の私には「ぶっきらぼうな態度の裏にある彼の優しさ」までは理解できてなかったのかもしれない。彼女のことはおそらく、一生忘れないと思うし、このドラマを見るたびにあの時のことを思い出すだろう。
■2012/4/23 ゆうひが丘の・・・熱中時代 ゆうひが丘の総理大臣
リアル・タイム放映は1978〜1979年だから小学校4年〜5年頃、当時も見ていた記憶はあるけど、あんまり鮮明には覚えていない。むしろ1986年頃、高校3年の頃に夕方の再放送で見た記憶の方が鮮明。中村雅俊が型破りな高校教師を演じた青春ドラマ。今回はその1986年の再放送以来、約25年ぶりの視聴になりました。高校生の頃再放送で見た時は、ちょうど70年代の青春ドラマがパロディや笑いのネタにされはじめた時代だったので「あり得ない」「クサすぎる」「時代遅れ」「古臭い」と思っていたもの。でも、一方で自分もリアルに高校生だったので「こんな高校生活なら楽しいだろうな」「こんな理解のある先生がいればいいのに」という想いもありで、馬鹿にしつつも、ちょっと楽しんで見てたものでした。
だけど、久々に見ると違った印象も。リアル・タイム放映時の1978〜1979年といえば、70年代も末期。実は青春ドラマなんて時代遅れになっていたもの。事実、1979年といえば「金八」も始まった年なわけだし。だから中村雅俊演じる「総理」こと大岩先生も、70年代前半の全盛期の青春ドラマの先生のように「努力」とか「根性」とか暑苦しいことは言わないし、説教したり、絶叫したりもしない。ほとんど生徒の兄貴分といった感じでさりげなく、生徒の心を掴んで、悩みや問題を解決していく感じ。その分、全盛期の青春ドラマと比べると地味な印象。だけど、後輩教師に神田正輝、先輩に由利徹、名古屋章、イヤミな生活指導教師に小松政夫、嫌なキャラの教頭に宍戸錠、下宿先の食堂のオバサンに樹木希林、その娘に岡田奈々、マドンナ的な先生に由美かおるなど個性の強い登場人物も多く、それぞれのキャラクターがメインのエピソードも多くて、単純な学園ものに終わってないのもよい。地味だけど、気がつくと思わずのめりこんで見てしまう、そんな感じ。
あと、高3の再放送を見た時は優等生・岡田役の斉藤とも子(今でもサスペンスなどで見かける)と、藤谷美和子をリーダーとする女子の劣等性軍団のひとり北川真弓役の北村優子(若くして結婚、引退したらしい、もったいない)の2人が好きだったけど、今見ると歌手としても当時全盛期だった岡田奈々の美少女っぷりにビックリ。まあ「夜のヒットスタジオ」の再放送などでもそれは感じていたけど、この時代のこの人の美しさは異常。一方で由美かおるのマドンナ的な女教師役はちょっと無理があるかなと(笑)。どう見ても「総理」よりもはるかに年増に見えてしまうし・・・。
熱中時代
1978〜1979年に放映されていた、水谷豊演じる小学校の新米教師・北野広大を描いたドラマ。北野先生が受け持つのは3年生、私はちょうど小4の頃に放映されたので、ただひたすら「こんな先生がいたらいいなあ」という憧れの眼差しで見ていたもの。視聴率40%超えの「お化け番組」だったし、小学生にも人気があったこともあり、その後も夏休み、冬休みのたびに何度も再放送されていたものでした。リアルに小学生だったので、生徒役の子役と同じ目線で北野先生を見て、しかも慕っていたものでした。優しくて、生徒を絶対に頭ごなしに怒らない、いつも子供のために一生懸命・・・。ということもあり、リアル・タイムではかなり夢中になり、影響を受けたドラマでした。でも、意外にも最後に見たのは中学生くらいの頃。それ以降は一度も再放送ですらいていなかったので、今回が約30年ぶりの視聴になりました。
だけど40代の私が見ても、当然あの頃と同じような気持ちになれるはずもなく・・・。ワガママなことを言って問題を起こす子役を見ると「勝手なガキだな」と思ってしまうし、優しすぎる北野先生を見ると「甘やかすなよ」と思ってしまうし・・・。あの頃は、ワガママな子供を見て「そうそう、気持ちは分かるよ」と思っていたし、優しすぎる北野先生を見て「さすが北野先生、よく分かってる」と思っていたものなのに。残念ながら今の私には、あの頃と同じような気持ちで見ることは出来ないようです。大好きだったドラマだからこそ、あの頃と同じように楽しんで見たかったんだけど。
とはいえ、一方で北野先生や周囲の先生たちの恋愛関係のエピソードとか、コミカルでテンポのよい会話とか、教育について論じる北野先生と校長先生(船越英二)とか、このあたりは小学生の頃は「添え物」程度にしか感じていなかったものだけど、今見ると共感できたり、考えさせられたり。また違った楽しみ方が出来るのも事実で、決して「今見ると退屈」とかってことはない。単純な「先生と生徒の触れ合いを描いただけのドラマ」に終わっていないあたりも、当時人気があった理由なんだろうなと。しかし多くの人にとっては、船越英二演じる天城校長って「綺麗事過ぎる」と映ったのかもしれないけど、私の小学校1〜4年の頃の校長も、キャラは違うけど、同様の立派な人でした(こちら)。その人のこともちょっと思い出してしまいました。
■2012/4/29 太陽がくれた季節(飛び出せ青春) 1972〜1973(昭和47〜48)年に放映された、日テレ制作の青春ドラマの代表作。日テレはまだモノクロだった1965年以降、何作も「青春ドラマ」を制作してきたわけだけど、その中で最も人気があったのがこれ。「どこの高校でも受け入れてくれないクズ」(穂積隆信演じる教頭がドラマ内で連呼)が集まる高校、太陽学園に赴任してきた村野武範扮する型破りな英語教師、「ビギン」こと河野武が熱血指導で様々な問題を解決していく・・・、という、まさに「典型的な青春ドラマ」。先日の「ゆうひが丘の総理大臣」のところでも述べたとおり、私が高校生だった1985〜1986(昭和60〜61)年頃、夕方によく青春ドラマの再放送をやっており、大半のドラマはこの「再放送枠」で見ることが出来ました。森田健作の「おれは男だ」とか、「飛び出せ青春」の続編として制作された、新人の中村雅俊が主演を務めた「われら青春」とか・・・。だけど、なぜかこの最も人気があって「青春ドラマの代表作」だったはずの「飛び出せ青春」は再放送されず。なので、今回が初めての視聴になります。
今も述べたとおり、このドラマの続編にあたる「われら青春」は高校生の頃に見ていたし、ヒップアップとか、デビュー当初のとんねるずとか、コント赤信号とか、1980年代のお笑いの連中がパロディにしていたので、内容は大体想像していた通り。だけど「われら青春」の沖田先生(中村雅俊)ほどクサい台詞を連発(例「あの夕陽を見ろ」)したり、大袈裟に叫びまくったりもしない。青春ドラマに登場する先生といえば根性論と精神論の押し売り、説教くさい、すぐ怒鳴る、叫ぶ・・・、というイメージだけど、いつもそうとは限らない。例えば、試験でカンニングする生徒(無名時代の水谷豊!!)がいても敢えて咎めず、「カンニングしたい奴は勝手にやれ」とカンニングを奨励すらする。そうすることで「カンニングの卑劣さ」を生徒自身に気づかせる・・・、とか。青春ドラマの教師といえば「お前は卑怯なことをやったんだ」などと怒鳴りつけながら殴る、そんなイメージだけど、いつもいつも「根性論と精神論」ばかりじゃないあたりに斬新さを感じました。その分、他の青春ドラマと比べると「クサい」「強引」「あり得ない」と思える話ばかりじゃない。
とはいえ、一方でやはり「いかにも青春ドラマ」な精神論と根性論の押し付けのような話もあるのは事実。河野先生は劣等性の集まりで、弱体チームのサッカー部の顧問も務めるわけだけど、覇気のない試合で大敗したからといって、特訓を強要する話もあった。もちろん運動部なので「特訓」も必要だろうけど、「足腰が痛い」「熱がある(実は仮病だけど)」という生徒に無理矢理うさぎ跳びさせるのはどうなのかと。それを「男の意地」と言い張るのは納得できないものが。体調が悪い時に無茶な特訓をすると、故障して選手生命を縮めてしまう恐れだってあるのに。あと、生徒の恋愛に口を出す話もどうか。いや、恋愛に関する悩みの相談に乗るとかってのなら「よくある話」だけど、お互い素直になれずにいる2人(高木と生田みどり)に無理矢理告白させて、くっ付けてしまうってのは何となく違和感あり。
・・・という感じで、純粋に「いい話だな」「なるほど」と感心したり、感動したりする話もある一方で「やりすぎ」「納得いかん」と思える話もありで、「面白い回」と「納得いかない回=面白くない回」の落差が大き過ぎ。ただ、まだ15話までしか見てない(全43話)けど、「面白い」と思えた回の方が多いのは事実。「われら青春」は高校生の頃、見ていて恥ずかしくなったものだけど、これはその「恥ずかしさ」がなくって、純粋に「よく出来たドラマ」だと思う。脚本がいいのももちろんだろうけど、村野武範が中村雅俊ほど暑苦しくないこと、生徒役に個性的な人が多いこともその要因かと。
当時「夜明けの停車場」なる曲が大ヒットしたせいで13話にして途中降板してしまったけど、「高校5年生」でサッカー部キャプテンの高木役の石橋正次ははまり役。「ハゲで小柄な悪役オヤジ」のイメージの強い人だけど、「夜明けの刑事」やこのドラマの頃のこの人はカッコいい。その高木を影から支える生田みどり役の大田黒久美・・・。この人、私が小学生くらいの頃に結婚→引退した人なので全く知らなかったけど、昭和40年代末に中高生だった人たちの間では今でも根強い人気のある人らしい。ネット上を見るとファンサイトまであるし。私は今回、はじめてこの人の出演したドラマを見たわけだけど、なるほど人気があるのも頷ける。めちゃくちゃ美人ってわけじゃないけど清楚で、控えめで、癒されるキャラで、それでいて芯の強いしっかりもの。もし私が高校生だったら「彼女にしたい」と思ってしまうかも。石橋正次演じる高木が出ないと、この人の出番もないので今後はほとんど登場しないんだろうな、ちょっと残念。しかしこの2人もだけど、ケバい女生徒=森下真樹役の青木久美(個人的には「太陽にほえろ」ジーパン編のお茶酌みの「久美ちゃん」でお馴染み)といい、高木のライバルでサッカー部員の片桐役の剛たつひとといい、どう見ても高校生に見えないのもちょっと残念(笑)。
あと、青春ドラマに付きもののマドンナ的な女性教師=本倉先生役は酒井和歌子。どうも私の世代だと「料理番組の司会者」「サスペンスで命を狙われて怯えたり、泣き叫んだりしていたオバさん」というイメージしかなかったんだけど、70年代は清純派女優として人気のあった人。いや、確かにキレイ。それに、気が強くて生真面目なのですぐに河野と言い争いになるけど、実は密かに惹かれていて、いざという時は河野をサポートする・・・、まあ、青春ドラマに必ずいる女性教師の典型みたいな役を演じているけど、これははまり役。「われら青春」の島田陽子は「冷たすぎる」感じがしたし、「ゆうひが丘」の由美かおるは「年増すぎ」「華がない」感じがしてあまり好きじゃなかった、というか、今ひとつ役にはまってなかったように見えたけど、ここでの本倉先生=酒井和歌子はキレイで、それでいて凛々しくってで最高に素晴らしい。
・・・といったように、主役の村野武範以外のキャラも個性があって、魅力を発揮しているあたりも、どうしても「強引で古臭い」イメージの拭えない典型的な青春ドラマのはずなのに、思わず夢中になってしまう理由かも。まだ15話までしか見ていないので先は長い。今後も面白い話もあれば、違和感のある話もあるだろうけど、余計なことは考えずに楽しんで視聴できたらいいなと思います。
最後に、このドラマのテーマ曲は青い三角定規の「太陽がくれた季節」。12話で太陽学園に音楽を担当する教育実習生が来て、授業でフォークや流行歌を歌わせて問題になる、というエピソードがありました。教頭曰く「教科書に載っている歌を歌わせなさい、流行歌などもっての他」と。実習生と一緒に本物の青い三角定規も登場して、授業で「太陽がくれた季節」を歌っていました。それが「問題」と。実は私が中学生の頃、だから1981〜1983年頃だけど、音楽の教科書にその「太陽がくれた季節」が載っていて歌わされたものでした。発表当時は「問題」「もっての他」だった歌が、わずか10年足らずで「教科書に載っている歌」になるとは。そういえば中学時代の音楽の先生、なぜか教科書に載っている歌だけじゃなく、70年代のフォークの楽譜を持ってきて私たちに歌わせていたけど、ひょっとして、このドラマを見て教師を志した? 年齢的にもちょうどそれくらいだったし。
■2012/6/25 ウルトラマンといえば「帰ってきた」 前から述べてきたとおり私は2,3歳の頃の記憶が鮮明に残っています。過去ログ集の中でいえば「こちら」とか「こちら」で述べてますけど。2、3歳の頃の私は、父の仕事の関係で山口県の徳山市(現・周南市)に住んでいました。当時、母はバスに乗って駅前まで行って、駅前のスーパーや商店街で毎日買い物をしており、私もそれについて行っていたものでした。高価な買い物をする際は、徳山駅周辺に今もある近鉄松下百貨店に行っていましたが、当時の松下百貨店の屋上には遊園地にあるような乗り物やゲームがあり、私はそこで遊ぶのが楽しみだったものです。そんなある日「今日も遊ぶぞ」と楽しみにして屋上に行ったのに、なぜかロープが張られていて小さなステージが。今日は汽車に乗れないらしい、ガッカリ。と思っていると、どこからともなく怪獣の吠え声が。そして現れた怪獣。思わず「怖い」というようなことを言った覚えがあります。しばらくすると赤と白の妙なデザインの男(?)が現れ、怪獣を倒すとどこかへ消えて行った・・・。実はこの日は「ウルトラマン・ショー」が行われていたらしい。当時の私はテレビでヒーローものを見る習慣がなかったので、ウルトラマンなんて全く知らなかった。なので「一体、何が起こったんだ?」状態だったんだけど「怖い怪獣をやっつけてくれた」その男に心を動かされました。当時の私には「ショー」という認識もなかったから、怪獣がデパートを襲ってきて、それをウルトラマンが退治してくれたと本気で信じていたし。母があの男はウルトラマンといい、テレビでもやっていると教えてくれた。当時の私は3歳、昭和46年、まさに「帰ってきたウルトラマン」が放映されていたので以降、私は夢中で「帰ってきたウルトラマン」を見るようになりました。
つまり、私にとって「はじめて見た特撮ヒーローもの」、さらに「はじめて見たウルトラ・シリーズ」が「帰ってきたウルトラマン」だったということ。なので、今でも「ウルトラ・シリーズ」でいちばん思い入れが強いのは「帰ってきたウルトラマン」。初代の「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」の方がより大人の鑑賞に絶え得るとか、より完成度が高いとか言われているけど、「クオリティ云々」抜きに、やはり思い入れは強い。オープニングのテーマ曲を聴くと今でも気持ちが高揚してしまうし、気がつけば一緒に口ずさんでしまう。
その後、小学校5年の頃、昭和54年頃、なぜか「ウルトラマン・リバイバル・ブーム」が起こって、ウルトラ・シリーズの再放送が頻繁に流れるようになりました。3歳の時は、ストーリーを理解することは全く出来てなかったし、単純に「ヒーローが怪獣を倒す」シーンだけに夢中になっていたけど、小5になっていたので、ストーリーもちゃんと理解できる状態で見たのはこの時がはじめてだったと思います。頻繁に再放送されていた初代の「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」と比べると、はっきり言って弱い(笑)。すぐにピンチになるし、一度は怪獣に負けてしまい、2回目でやっと倒すこともある。だけどその分「どうすれば倒せるんだ?」と悩んだり、葛藤したり、特訓したりのドラマがあって、それが特徴になってる。ウルトラマンに変身する郷秀樹(団次朗)、当時モデルだったこともあって異常にカッコいい。「カッコいい男になりたい」年頃だったので、郷秀樹に憧れた。同時に郷秀樹の彼女、坂田アキ(榊原るみ)もカワイイし「将来、あんな彼女が欲しいな」と思ったもの。私にとって郷とアキは「憧れのカップル」そのものでした。
とはいえ、意外とストーリーが暗い。後の「エース」や「タロウ」に通じるような、子供向けの話や強引で無理矢理なストーリーもある反面、「怪獣は倒したけど、何となく後味が悪い」話も。初代やセブンにもジャミラとか、ノンマルトとか、後味の悪い話はあるけど、それともちょっと違う。映像や描写が陰気臭くて不気味。比較的有名な「怪獣使いと少年」(差別をテーマにした話という声もあるけど、それならもう少し救いのある終わり方になるのが普通)もそうだけど、言葉を発せない子供(実は正体は宇宙人)を郷が殴って、隊長(根上淳)他MATの隊員や子供たちに批判される「天使と悪魔の間に」なんて映像もストーリーも不気味ですらあるし。
極めつけは「榊原るみが他のドラマへの出演が決まったので降板させるために作られた」という「ウルトラマン夕陽に死す」。アキの兄(岸田森)と、なんとアキまでもが宇宙人に惨殺される。それも宇宙人の運転する車に引きずられて。いや、子供向け番組で番組の事実上の「ヒロイン」が殺されるってあんまりだろう。例えば「乗り物や建物が爆発して爆死」とか、苦しんでいる顔が全く見えない形で死ぬって番組なら他にもあったけど、ここまで痛めつけられて悶え苦しんでいるシーンが延々続くのは異常。さすがに目を背けてしまった。なんでこんな酷い映像、描写にしなきゃいけないんだ!!確か夕食時だったけど、私はすっかり食欲がなくなってしまった。ちなみにこの話、その後(帰ってきた)ウルトラマンも宇宙人に倒されてしまうんだけど、そこに初代ウルトラマンとウルトラセブンが颯爽と登場して(帰ってきた)ウルトラマンを助ける、という展開に。そして郷は坂田家から別の家に移り住むんだけど、隣の女子大生、ルミ子といい仲に・・・。当時の同級生たちは「初代とセブンが登場したところで興奮した」と言ってたけど、私は「なんでもっと早く助けに来ないんだ?」「坂田兄弟も生き返らせてあげればいいのに」と思ったもの。同時に、すぐに他の女に乗り換える郷にも幻滅したし。そんなこんなで、小5の時にショックを受けて以降、この「帰ってきたウルトラマン」は、思い入れが強い反面、何となく「見るのが怖い」と思っていたのも正直なところでした。
そして今、ケーブルテレビで久々に「帰ってきたウルトラマン」を見ています。やはりテーマ曲を聴くと高揚するし、思わず歌ってしまうし、あのデパートの屋上を思い出すしで、他のウルトラ・シリーズとは違った気持ちで見てしまいます。榊原るみ、今見ても十分カワイイし。反面、やはり独特の陰気臭さが。むしろこの年になって見た方がその不気味さ、陰気臭さがダイレクトに伝わってくる。とはいえ、あのトラウマ・ストーリーの「ウルトラマン夕陽に死す」だけは「二度と見たくない」と思ったので、敢えて見ませんでした。しかしこのストーリーを境に、急激に暗さがなくなり、子供向けのストーリーが多くなるってことに今回視聴してはじめて気がついた。さすがに各方面からクレームでもきたんだろうか? とはいえ、ストーリーが暗かろうが、すぐ苦戦して強くなかろうと、私にとって「ウルトラマン」といえば「帰ってきたウルトラマン」。デパートの屋上で出会って以来41年、それは永遠に変わらないでしょう。
■2012/7/10 北野広大・・・80キロ 熱中時代、先生編2
超高視聴率を記録した水谷豊主演の「先生もの」ドラマの続編。その「1」の方もケーブルテレビで放映されて、以前感想を書きました。そちらの方にも書いたとおり、リアル・タイムで見ていた小学生の頃「1」の方は本当に大好きだったもの。だけど「2」の方はリアル・タイム視聴時は「1と比べると面白くない」と感じたもの。そのせいか思い入れはあまりなくって、再放送されてもほとんど見ることもなかった。で、今回、約30年ぶりに見てみたけど・・・。
感想はやっぱり同じ。「1」と比べるとちょっと・・・。まず「1」の最終回で「北野先生(水谷豊)は北海道で牧場を営む兄が大怪我をして牧場を仕切る人がいなくなったので、牧場で働くため教師を辞めて帰郷した」はずだったのに「実は兄の怪我はすぐに治った」とか、天城校長(船越英二)は「甲府の小学校で残りの教師人生を過ごす」として転任したはずなのに「廃校になってしまったので、元の若葉台小学校の校長に戻った」とか、なんとなく強引。急遽続編を作ることになったので、こういう設定にしたんだろうけど「じゃあ、あの1の最終回の涙の別れは一体なんだったの?」となるわけで、何となく納得いかない。校長と一緒に甲府に行った小糸先生(志穂美悦子)や、校長が去った後の「先生下宿」を仕切っていたはずの八代先生(山口崇)はどこに行ったの? というあたりも納得いかないし。
そして元の小学校に復帰した北野先生、2年生の担任になるんだけど、その今の受け持ちクラスよりも「1」の頃の教え子、元3年4組、今5年4組の生徒の方に思い入れがある様子。今の担任(山口いずみ)を押しのけて出しゃばるし。そしてそれ以上に北野先生が可愛がって肩入れするのが礼文島から連れて来た、両親のいない子供、みね子。いくら「可哀想だから」といっても、引き取るってのは「やりすぎ」。それに自分の受け持ち生徒以上に肩入れするのも納得いかない。あと「1」の頃は、子供には優しく、大人に対しても偉ぶらず、いつも謙虚な北野先生だったのに、時には他の教師やPTAと激しく議論して突っかかったりもする。「もう新人教師じゃないので、以前より自信をつけたせい」と見ることも出来るけど、以前の北野先生のキャラと比べるとギスギスして見える。純粋な新作ドラマとして見れば「よく出来たドラマ」といえるけど、あの超名作ドラマの続編として見ると「1」よりも劣って見える。リアル・タイム視聴時は小学校6年になっていたので「優しすぎる先生なんて綺麗事」と映ってはまらなかったけど、大人になって見ても、やはり名作の「1」と比較するとパワーダウンして見えるし、粗が目立つというのが正直な感想でした。
池中玄太80キロ II
リアル・タイムで視聴したのは中学1年の時、その後も80年代末くらいまではよく夕方の再放送枠で放映されていたので、比較的何度も見てきたドラマ。西田敏行扮するカメラマン・池中玄太が、亡くなった妻の連れ子(娘ばかり3人)の子育てに奔走する・・・、というホームドラマ。リアル・タイム視聴時は自分自身が中学生だったということもあり「いくら優しいといっても、こんな短気でがさつで押し付けがましい父親は嫌だな」という感じで、あくまでも「子供目線」で見ていたものでした。一方で職場ではいつも編集長(長門裕之)や同僚のヒデ(三浦洋一)と激しく怒鳴り合って喧嘩していて「怖いな」「乱暴で嫌だな」と思っていたもの。でも、笑えるシーンも多いし、なぜか見終わってホッとしたような気持ちにもなれるので、よく見ていたドラマでもありました。今回、約20年ぶりの視聴だけど・・・。
やはり40代、今の「大人目線」で見ると、ちょっと違った見方も。残念ながら私は独身で子供もいないので「父親目線」で子供たちを見ることは出来ない。だからやっぱり「優しいのは分かるけど、ウザい父親」にしか映らない。だけど、職場の人間関係がいい。子供心には「汚い言葉で罵り合っている」としか見えなかった編集長やヒデとの口喧嘩、確かに言葉は汚い。「このスットコドッコイ(死語だな:笑)」「この古ダヌキ」等。だけど、実は相手のことを真剣に心配したり、思いやったりするからこその口論。お互いのことを思いやり、信頼しているからこそ真剣になる。そう、この激しい口論は優しさと思いやりの裏返し。なんであの頃の私には、そのことが分からなかったんだろう。いや、この3人の関係、凄くいいな、羨ましいなと。
道北放浪ネタの中でもちょっと触れたけど(こちらの中の「嬉しく、寂しい札幌の夜」)、札幌にいた頃の職場の人間関係が最高によかったと書いた。実は当時の上司や同僚との関係がこんな感じだった。激しい言葉で自分の意見を述べ、ぶつかり合う。時には罵り合ったこともあった。だけどお互いに信頼関係があったし、お互いを気遣っていたので間違っても気まずくなることはなかった。むしろ、いつもお互い言いたいことを言い合えるからこそ、よい関係を築くことが出来ていた。それと同じ。まさにそんな感じのこの3人の関係が、とても羨ましく感じられる。同時に、あの頃が懐かしく思われる。それに引き換え、今の職場の人間関係は・・・・以下自粛(笑)。
というわけで、今回視聴して最も惹かれたのは、この3人の人間関係や会話でした。しかしこの頃(1980年代)の長門裕之「口は悪いが実は優しい上司」の役が多い。「私鉄沿線97分署」の課長、「特捜最前線」の準レギュラー、蒲生警視等。中でもこの編集長役は最高のはまり役だと思う。あと坂口良子、当時中学生の私には「可愛いオバサン」と映っていたけど、今見ると20代後半とは思えないほど童顔で、そのくせちょっと気が強そうで生意気で、最高に可愛い。それと長女役の杉田かおる、リアル・タイムでは「ただのブス」と思っていたけど、「しっかり者の長女」役がはまってるし、時々なぜか可愛く見える瞬間も。当時のこの人って本当は悪かったらしいけど(本人談)、それを全く感じさせないのはやっぱり、演技が上手いのか?
■2012/8/27 東京への憧れ、大人への憧れ(君の瞳をタイホする) ケーブルテレビで視聴できるチャンネル、フジテレビTwoで、1988年に放映されたドラマ「君の瞳をタイホする」が放映されていたので約17,8年ぶりに視聴していました。リアル・タイム放映は1998年の1月〜3月。今ではいわゆる「月9」ドラマの元祖、フジテレビ制作のトレンディ・ドラマの元祖のように言われるドラマだけど、始まった当初は「新しい刑事ドラマがはじまるらしい」ということで、見はじめたんだったと思います。
といっても実態は渋谷の道玄坂という、当時最もおしゃれなだった街の警察署の刑事たち、陣内孝則演じる沢田刑事、三上博史演じる田島刑事、柳葉敏郎演じる土門刑事が恋愛だの、合コンだのに(悪く言えば)現を抜かす姿を描いたドラマ。その恋愛も、遊びも、やたらオシャレで豪華で現実離れしたもの。事件は起こるけど「仕事」は二の次、添え物程度。まあ、後の「月9」「トレンディ・ドラマ」の定番になるスタイルではあるけど、こういうドラマは初めてだったので当時としては画期的だったし、新鮮に映りました。同時に、元々2枚目半なキャラの陣内が主演のせいか、後のトレンディ・ドラマにありがちな「カッコつけすぎで鼻につく」ところがあまりなく間抜けで笑える部分も多くあったので、むしろ私はそのコミカルな部分に惹かれて夢中になっていたように思います。特に汚いアパートでしょぼくれた生活をしているシーンとか(土門の豪邸との対比がまた笑える)、アドリブと思われるジョークとか(キャビアを「フィッシュ・チルドレン」とか、レッド・ツェッペリンに引っ掛けて「レッド・ツベルクリン」とか)には思いっきりはまったものでした。
私にとって1987年4月〜1988年3月といえば、浪人して予備校に通っていた「勉強一筋」の1年間。まして1月〜3月といえば大学入試の時期。一方でビートルズに目覚め「ロック・ファン歴」の始まった年。なので「テレビどころじゃない」1年だったし、テレビもそんなに多くは見てないけど、そんな中にあって数少ない、毎週欠かさず見ていた番組でした。そう、私にとって「受験勉強一本槍」「ロック気分元年」な中にあって、唯一夢中で見た番組でもありました。ただ、今思えば後に大の「アンチ月9」「アンチ・トレンディ・ドラマ」になる私なのに、なぜこのドラマに夢中になったんだろう?と疑問に思っていたのも事実。久々に見て「どこに惹かれたのか?」思い出したような気がします。
この番組のスタートは1988年1月の第一月曜日。最終回は3月の最後の月曜日。その間の私は1月に志望校決定と出願、共通1次試験受験、2月には地元の私立と東京の私立の入試(この番組の第6話は、東京のホテルで受験前日に見たので記憶が鮮明)、3月には公立2次試験、そして合格発表・・・・。まさに受験生にとっては激動の時期。当然「自分はどうなってしまうんだろう」という不安もあったけど、むしろ「やるだけのことはやった、全滅は絶対ない、どこかに合格できる」という自信があった。その分、受験生で浪人生であるにもかかわらず「自分の未来は明るい」と信じて疑わなかった。バブル全盛期だったので「いい大学にいけば、いい会社に入って一生平穏な生活が送れる」とみんなが信じていた時代。だから「俺も大学に入れば卒業後はいい会社に入れる。いい会社に入れば贅沢で豪華で楽しいアフター5が待っている」と信じ込んでいた。このドラマの3人の刑事と同じように、仕事が終われば気の合う仲間とオシャレなカフェバーに飲みに行き、いい洋服を着て街を闊歩して、合コンだ、恋愛だの話に花を咲かせて・・・。ホンキで信じていました。つまりこのドラマの3人の刑事たちの生活は、当時の私にとって憧れでした。今見ると「仕事よりも遊びと恋愛にばっかり夢中な軽薄な連中」に映るんだけど、まあ日本が最も浮かれてた時代だし、当時はそんなに違和感もなかった。
もうひとつ。何度も述べてきたけど、私は高校生の頃から「東京への憧れ」のような気持ちも持っていました。といっても、純粋な憧れではないけど・・・(こちら)。というのも東京出身、いや関東出身の人は分らないでしょうけど、日本って何でも東京中心。東京にいないと最新の流行ものの品物が手に入らない、東京でしかやってないテレビやラジオもある、東京にいないと出来ない、見ることが出来ない、体験できないことが多い。今はそうでもないけど1980年代まではそうした「格差」は確かに残ってた。だから「何でもかんでも東京かよ」という怒りと、それと相反する憧れのような気持ちを持っていました。まだ十代だから流行に敏感だったし。「いつかは東京に住みたい」本気で考えていました。
そしてこのドラマの舞台は東京、それも当時流行の最先端だった渋谷の道玄坂。このドラマでは、わざと有名なスポットや当時流行だったスポットばかりでロケしていたので、その景色を見るだけで「いいなあ」と思って。そこを闊歩する3人の刑事。つまり憧れの東京の、しかも最先端の街への憧れ、それもまたこの番組にはまった原因かもしれません。結局、私がはじめて渋谷を訪れたのは1990年。このドラマの頃と比較すると若者といってもビジネスマンやOLじゃなく、高校生などもっと低年齢の人たちの溜まり場になっていて、「オシャレ」というより「幼稚な街」「ゴミゴミして治安が悪くてゴミだらけの汚い街」になってしまっていました。最もよかった頃の渋谷に一度も行くことなく終わったのは残念に思います。
このドラマで感じた「大人への憧れ」なんて1991年に就職活動を始める頃には崩壊、「非現実的で有り得ない世界」「社会人は仕事が第一」ということに気がついた。「東京への憧れ」も1992年に実際に関東に赴任して「どこに住んでいてもよいところ、悪いところ両方ある」ことに気がついた。なので19歳、浪人時代に見なかったらこんなにはまらなかったかもしれない。あの頃の私の「気分」にたまたまピッタリだったのかなと。恋愛も「ナンパの延長」みたいな感じでドライで軽すぎて深みがないので、恋愛ドラマとして楽しむのも今となっては厳しい。でも、コメディとしては今見ても十分楽しめる。何より陣内、三上、柳葉の3人の息がピッタリで。後にこのドラマの教師編として制作されたのが「愛しあってるかい」だけど三上が降板して元バービーボーイズの近藤に代わってたのが残念。やはりこの3人が一番しっくり来るかなと。というわけで、このドラマを今見ても当時のような「東京への憧れ」や「大人への憧れ」は感じられないし、薄っぺらい恋愛観にも違和感があるけど、コメディとしては面白いドラマでした。
■2013/1/2 「あの頃の地元」の姿が幻に・・・ (「大都会PART II ・北九州コネクション) ついに今日、ディスクが読みとれなくなったブルーレイ・レコーダが完全に「寿命」になりました。ディスクは読みとれない反面、内蔵のHDDには、録画したものの、まだ未見な番組がいくつか残っていたので、それらを見るために処分せずにいました。で、そのHDDに録画した番組を見てたんですが、今日遂にそれすら見れなくなってしまって・・・。実はその「HDDに残っていた未見な番組」のうち、どうしても見たかったのが1977〜78年に日本テレビで放映されていた、石原プロ制作の刑事ドラマ「大都会パートII」の最終回1話前、51話にあたる「北九州コネクション」というエピソードでした。
「大都会」自体、後に石原プロがテレ朝に移って「西部警察」を制作、放映するようになって以降、なぜか「封印」されて、再放送すらほとんどなかった番組。一応1986年頃、私が高校生の頃までは再放送されていて何度か見たことがあるけど、1990年代以降はおそらく一度も再放送すらされていなかったはず。それが久々にケーブルテレビで視聴できる「チャンネル銀河」で昨年の夏頃に放映されていたので、とりあえず全話録画して1話ずつ大事に見ていたわけですが、よりによって20話くらい見たところでブルーレイ・レコーダが故障。その後、HDDだけは無事だったので騙し騙し見てきたわけですが、遂に31話まで見終わったところで完全に寿命に。せっかくの「幻の番組」を久々に見ていたのに、最後まで見ることが出来なかったことも悔しいけど、それ以上に悔しいのは・・・。
最終回の1話前、「北九州コネクション」は、地元・北九州でロケが行われた話。忘れもしない小学校2年か3年のときだったと思います。「石原裕次郎が、渡哲也が、松田優作が地元に来る」ってんで結構大騒ぎでした。しかも当時私が住んでいた校区内でも撮影が行われたので、学校でも話題に。近所のおばちゃんは見に行って「渡哲也がかっこよかった」とかって話してたし。中でも強烈に覚えているのが・・・。同級生に家が乾物屋をやっている奴がいました。地元の市場の中の、ほんの小さな店でしたけど。そいつがある日、学校で自慢話。「昨日、石原裕次郎がうちの店に来て、明太子を買っていったんよ」と。まあ、ロケの合間にちょっと寄って行っただけなんだろうけど、でもみんなうらやましがっていました。さらに後日「石原裕次郎から感謝状が来た」と自慢。しかもその手紙を学校にまで持ってきて見せびらかすもんだから、ここまでくればもう逆にみんな「自慢するな」と。私もそんなことを言った覚えがあります。
その後、その「北九州コネクション」、本放送時にも見た記憶があります。松田優作らが小倉の繁華街で犯人と格闘したり、路面電車をジャックした犯人をパトカーで追いかけたりとか、北九州の景色が多く使われていたのも覚えています。当時の校区内の景色は、聞き込みをしているだけの、ほんの数秒しか使われていなくってガッカリしたことも。その後、1986年頃、私が高校生の頃の再放送時は、この「北九州コネクション」放送の日には家におらず、見ることは出来ませんでした。なので、見たのは本放送時の1978年、小3の時が最後なので久々に見てみたいと楽しみにしていました。なんといっても、今では路面電車もなくなり、街のあちこちすっかり豹変して、別の街のように変わってしまって何の思い入れも持てない北九州市。私の中での北九州=1975〜1986年頃の路面電車のある景色なわけで、その姿がもう一度見れる。それなだけに、もう一度見れる日を心待ちにしていたのに・・・。
よりによって、もう二度と見ることが出来ないかもしれない「幻の番組」を録画した時期が「ブルーレイ・レコーダの寿命」と重なってしまうなんて。改めて「修理に5万円かかる」という、理不尽な返答をしたメーカーに対する怒りが再燃してしまいました。もっと安く修理してくれれば、こんなことにはならなかったのに。重い「封印」を解いて、ようやく放送してくれた番組、もう一度放映される可能性は低いかもしれないけど、私としてはもう一度、放映されることを祈ります。
最後に余談。1990年代に私は仕事の関係で地元を離れ、ほとんど帰ってくることも出来なかったわけですが、1996年頃に地元に帰ってきた際、駅や繁華街にやたら目立つある明太子屋の大きな看板が乱立しているのに気がつきました。そこには「石原裕次郎が愛した味」とある。さらに店の名前を見て思わず絶句。なんと、あの「小さな町の乾物屋」に過ぎなかった店の名前が。単純に店、いや会社が異常に大きくなっていることに驚いたこともあるけど、それ以上に「あの時のエピソード」を「売り」にしていることの方が「驚き」でした。本当に「何気ない会話」だったし、当時は「ただそれだけのことでしょ」くらいにしか思っていなかったので。今でもあの看板を見るたびに、あの時のことを思い出します。
■2013/1/6 テキサスは死なず(太陽にほえろ、テキサス編、テキサス、ボン編) 2010年に書いたとおり、ファミリー劇場で「太陽にほえろ」の第1回から全話放送が続いてます。それぞれ「マカロニ編」と「ジーパン編」に関しては、終了時に「ベスト・エピソード10」を選んで語ったりもしました。このたび、ジーパン殉職後に1年続いた「テキサス編」と、さらにその後、若手2人体制になって1年続いた「テキサス&ボン編」をすべて見終わったので、ちょっとまとめようかなと。
ちなみに「テキサス(演:勝野洋)編」が放送されたのは昭和49年秋からの1年間、「テキサス&ボン(演:宮内淳)編」は昭和50年秋からの1年間。私にとっては幼稚園年長組〜小学校2年の2年間になります。よって、マカロニ編やジーパン編を見ていた頃よりは、リアル・タイム視聴時にも多少は意味を理解して見ることができるようになっていました。特に全身に銃弾を受けて倒れるという、衝撃的なテキサスの殉職シーンにはショックを受けた覚えが。マカロニやジーパンと比較すると、強烈な個性がなくって「爽やか青年」風の2人にはあまり魅力は感じなかったものの、その後も頻繁に再放送されていたので、ほとんどの話は小4〜中学生頃に見た覚えがあります。一方で平成に入った頃からは、マカロニ編やジーパン編やと比較すると再放送も少なく、今回が約20年ぶり(最後に見たのは1990年頃の福岡ローカルのTVQでの再放送)に視聴したことになります。
とはいえ、先に述べたとおり、小4〜中学生頃に何度も見たためか、意外と覚えている話が多かったです。また、マカロニ編やジーパン編のように「若手刑事の強烈な個性を押し出した」作品が減った代わりに、脚本やストーリーの内容重視なエピソードが多くなったという印象。その分、センセーショナルで強烈なインパクトの感じられる話は減った一方、「駄作」「凡作」が少なく、全話が「傑作」「佳作」という感じ。まさに番組の「安定期」といったところかも。というわけで、今回はこの約2年間のベスト・エピソード10です。
1.1発で射殺せよ (173話)
ゴリさん主演。これはジーパン編の「燃える男たち」と同等といってもよいほどの傑作。ダイナマイトを持った凶悪犯が人質をとって篭城。上層部から射殺命令が出る。その重い任務を背負わされたのは、射撃の名手のゴリさん。「人が死ぬのは怖い」という婚約者の言葉、飲み屋で言葉を交わした戦争帰りの男性から聞いた「人を殺す任務を負わされた葛藤に苦しんだ」話・・・。現場に向かう途中、産気づいた妊婦を助ける。人の命を奪いに行く途中で、人の命を救う皮肉・・・。さまざまな葛藤が渦巻く中、任務を全うしようとするゴリさん。「出来ることなら撃たせたくない」一心で拡声器を使って必死の説得を試みる山さん、ゴリさんが撃つ前に取り押さえようと犯人に接近するテキサスとボン。苦渋の想いで命令を下すボス。さまざまな人の想い、言葉・・・。最後はゴリさんが撃つ瞬間にテキサスとボンが飛びかかる→銃弾は肩に命中して、射殺せずに逮捕に至るけど、この番組のテーマ「命の重さ」を描いた重厚で緊張感溢れる名作でした。
2.逆転(163話)
この時期、山さん主演の「対決もの」「取り調べもの」の名作が多いけど、これはそんな中でも最高傑作。容疑者は大ベテランの辣腕刑事(演:西村晃)。刑事で、しかも大ベテランゆえに、さすがの山さんも苦戦。腹の探りあい、裏のかき合い。「裏をかく」尋問をすれば、相手はさらに「裏の裏をかく」。さらにその「裏の裏の裏」・・・。取調室の中でのやり取りだけで淡々と進行するのに、この緊張感。脚本のすばらしさはもちろんだけど、露口茂と西村晃、2人の個性派俳優、怪優のぶつかり合い。大傑作です。
3.1枚の名刺 (115話)
殿下主演作。殺人現場に殿下の名刺が残されていた。殺人に刑事の名刺が利用されたということで、殿下は謹慎。他のメンバーで殿下が過去に名刺を渡したすべての人を洗っていく・・・。この話は「犯人は誰か?」とか、「犯人を逮捕する」という部分はメインじゃなくって、「殿下に名刺を貰った人々=殿下が世話をした人たち」を調べることで、「殿下の人柄」を浮き彫りにした話といってもよい。落ち込んでいた時に殿下に励まされたおかげで、念願の新幹線乗務がかなったという列車の車内販売員の若い女性、殿下に仕事の世話をして貰ったという、殺人犯の息子・・・。そうした小さなエピソードの連続。「弱い人や女性に優しい殿下」というキャラクターが確立されたのはこの話からではないかと。
4. 虫けら(113話)
テキサス登場編の次の話でテキサス主演作。殺人事件の目撃者の浮浪者の老人(演:加藤嘉)。頑固で偏屈な性格ゆえに、証言を拒む。テキサスは心を開かせるために、老人と同居して証言を引き出そうとする・・・。はじめは老人を蔑んでいたものの、徐々に惹かれていき、最後には生き別れになった家族探しまで引き受ける。まさにまっすぐで、一本気な爽やかで誠実な青年といった、テキサスのキャラクターが描かれています。マカロニやジーパンにはなかった個性。実は視聴率が上がりはじめたのはこの頃らしいけど、まあ「誰にでも支持され、受け入れられる」キャラだとは思う。
5.愛 (187話)
とはいえ、私はテキサスって、ボンが加入して「ボンの先輩」になってからの方がよいキャラクターになったと思います。この話がまさにそう。テキサス&ボンのダブル主演作。強盗事件が起こる。犯人は真面目な医大生。動機は、不治の病で余命いくばくもない彼女(演:竹下景子)をウイーン旅行に連れて行きたい、というもの。テキサスとボンは逃亡した犯人が現れるのを待つために彼女に接近して張り込む。そのうち、2人とも彼女の健気さに惹かれ、心を奪われていく・・・。「若手刑事が容疑者や、容疑者の関係者に惹かれていく」話って刑事ドラマの定番。だけど「不治の病」故に、「願いを叶えさせてあげたい」という葛藤もあって悩む2人。こんなところからも、この2人の誠実さ、普通の青年っぽさがうまく描かれている佳作。
6.ある殺人 (195話)
これも「山さん対決もの」。小さな過失致死事件の容疑者の職場に現れ、尋問する山さん。時効まであと7時間。山さんは実は過失致死ではなく、殺人では?と疑っていた。小さな証拠を突きつけて尋問する山さん。それをかわす容疑者。残り時間後わずかな中で展開されるやりとり・・・。この時期の「対決もの」の中では、対決する相手の俳優が比較的地味(演:下元勉)なせいか「名作」といわれることは少ないけど、地味ながら緊張感あり(時間が限られているというシチュエーションが大きい)、山さんの執念も感じられるしで、個人的には大滝秀治と対決した「金庫破り」や岸田森と対決した「切札」よりも好きな作品です。
7.海に消えたか三億円 (177話)
テキサス主演。当時「三億円事件」をテーマにした映画やドラマが多く作られたけど、これもその「三億円事件」をモチーフにした話。実在の事件や出来事を扱った(モチーフにしてるだけとはいえ)話って、この番組にしては異色。犯人グループは金が欲しくて盗んだわけではなかったので、時効がきたら金を返すつもりでいた。だけど、いざ時効が迫ると「金が欲しくなった」者もいて仲間割れ、テキサスは「金を返すつもりでいた」犯人の一人、木島(演:大和田信也)に感情移入するも、彼が犯人グループのひとりを撃とうとした為、やむなく射殺してしまう。三億円の現金も消えてしまう・・・。マカロニ期やジーパン期にはあったけど、この時期にあっては後味が悪くって重苦しい、ちょっと異色な作品。
8.死ぬな、テキサス (167話)
テキサス赴任1年目の、テキサス主演作。マカロニもジーパンも赴任1年目で殉職したことから、心配する先輩たち。そんな心配をよそに、ひとり暴走するテキサス。だけど、犯人(演:黒部進)に追い詰められ命を落としそうになる。「死の恐怖を味わう」という点では、ジーパン編の「恐怖の瞬間」に通じる話だけど、同時にこの後、ボンにも同様の作品が作られたり、先輩たちが過剰に心配することになる「1年目のジンクス」に触れられているあたりにも注目。リアル・タイムで視聴したときは、タイトルといい途中までの展開といい、「ひょっとしてテキサスって今日で死ぬのかな」と本気で思ったことも覚えています。だけどこの「1年目のジンクス」に触れられたのって、おそらくロッキーあたりが最後だったような気が。できれば番組終了まで続けて欲しかったと思います。
9.情報 (212話)
ボン主演作。強盗事件解決のため、山さんお抱えのタレ込み屋を総動員して情報を集める山さんとボン。そのタレ込み屋のガセネタに騙されて奔走するボン。最後は人相が悪くて暴力的なタレ込み屋・有田(演:石橋蓮司)の情報で事件は解決する。しかし石橋蓮司の他、江幡高志、谷村昌彦、西田健といった「小悪党」役でおなじみの灰汁の強い、個性派俳優を総動員して「タレ込み屋」役にしているのが面白い。今回はこの個性派俳優たちが主役。それに振り回されるボン。内容云々じゃなく、純粋に楽しい話でした。
10.わかれ (150話)
殿下主演作。殿下の彼女(真野響子)は、殿下が他の女性と喫茶店で談笑しているのを見て不安になり、その女性の後をつける。実はその女性は事件の関係者で、殿下の彼女はその女性が殺害されるところを目撃してしまい、事件に巻き込まれてしまう。事件は殿下が犯人を逮捕することで解決するけど、殿下は「彼女を事件に巻き込んでしまった」ことを悔やんで、彼女に「別れ」を告げる。彼女の方も「殿下を信じることが出来なかった」事を悔やんで、「別れ」を告げる・・・。「お互いのことを想っているからこそ身を引く」という、なんとも悲しすぎる「別れ」。刑事ドラマというよりも、悲恋ものドラマのよう。
・・・マカロニ編、ジーパン編がそれぞれ1年だったのに対し、この時期は「2年」なので、10話選ぶのは厳しいです。しかも先に述べたように、この時期からはすべてが傑作か佳作なわけで・・・。20年ぶりに視聴しましたが、この時期は派手さはないけど、面白い話が多かったです。
■2013/1/14 みなさん、テレビは見ていますか?(4) 同じタイトルで書くのは4回目、しかも前回の(3)を書いたのが2002年8月だから、約10年半ぶりに書くことになります。ちなみに1回目は2001年1月、まだ柏市で一人暮らしをしていた頃、2回目は2002年3月、実家に帰ってきて約半年、ようやく落ち着いてきた頃、3回目は2002年の8月でした。もともとはテレビは好きだったけど1990年代半ば頃から見たい番組がどんどん激減して、(1)を2001年1月に書いた頃には既に「見たくてテレビをつける」ことはほとんどなくなって「ただつけっぱなしにしている」「世の中の流れや流行を把握しておくことだけを目的につけている」状態に。そして実家に帰ってきて以降は(2)や(3)で触れているとおり、自分のテレビがなかったので(その後2006年頃に購入)、「つけっぱなし」にすることもなくなり、世の中の流行などに無関心になったので、見なくっても何も気にならなくなり始めたと。そして2007年にケーブル・テレビが見れる環境になってからは、昔のドラマなどをケーブルテレビで見るためにテレビをつけている時間が長くなって、地上波のテレビをつけるのはスポーツ中継くらいになりました。
とはいえ、年末年始は各ケーブルテレビ局はどこのチャンネルも通常の番組の放送がなくって「一挙放送」ばかり。はっきりいえば、同じ番組ばかり何時間も見るのは苦手だし、既に一度放送された番組ばかりだしで、個人的には「一挙放送」は好きじゃない。おかげで年末年始はケーブルテレビでも見たいものが何もなくなってしまって。スポーツ三昧の時期でもあるけど、今では天皇杯サッカー以外は見たいとも思えず。ということになれば「しょうがないから地上波の番組でも見ようか」と思ったんだけど・・・・。
いや、相変わらず見たい番組がなさすぎ。まあ、年末年始の特番が面白くないのは、私がテレビに夢中だった1970〜1980年代も同じだったけど、いや、ここまでとは。まず「5時間、6時間の長すぎる番組が多い」のが苦痛。中には有名スポーツ選手などが登場する番組もあったので「ちょっと見てみようかな」と思ったんだけど、これだけ長いと「お目当て」の選手が出るまで待ち長すぎる。しかもCMに入る前に「この後はいよいよ●●の登場です」というから「CM明けにすぐ出てくるだろう」と思って待っていたのに出てこず。しかもまた次のCMに入る。その時にも「いよいよ●●の登場です」と言いながら登場せず。そして今度こそいよいよ登場か、と思いきや、登場する寸前にまたCM。CM明けにやっと登場。だけど、すぐに再現VTRが流れる。そしてVTR終了後にまたCM。CM明けにやっとそのコーナーがはじまる。最初に「この後すぐ」と言った後、結局1時間以上も待たなきゃいけない。いや、これって詐欺でしょ?
あと、こういうパターンもある。CMに入る前に再現VTRが流れる。そしてその「核心」に行き着く前に「その驚くべき真実とは」「その真実はCMの後」とナレーションが入って、いきなりCMに入る。ようやくCMが明けて、その「真実」が明らかになると思いきや、なぜかCMに入る前の再現VTRがもう一度流れる。そしてようやく「真実」が明らかになる。「CMの後すぐ」と言いながら「真実」が明らかになるのはCMが明けて3分近くたった後。単なる時間の無駄遣い。はっきり言います。私は今述べてきた「この後すぐ詐欺」(勝手にネーミングしました:笑)は、生理的に受け付けません。見ていてイライラするとか、腹が立つとか、じれったいとかじゃなく、小馬鹿にされているようで非常に不愉快です。こういう番組はどんなに内容が面白くっても、絶対に見たくありません。
それともうひとつ気になるのが「VTRを見ながら異常に大勢のタレント(「雛壇タレント」というとか?)がギャーギャー騒いでいるだけの番組」が異常に多いこと。「健康や医学に関する雑学や知識を紹介する番組」であっても、VTRの内容よりも騒いでるタレントの方が目立ったりで、何の番組だかさっぱり分からない。「タレントやスポーツ選手の意外な素顔に迫る」番組であっても、やはり同じでVTRを見ながら騒いでるタレントばかりが目立ち、肝心のVTRの内容は印象に残らない。「歴史上の人物に迫る」番組も、「家族ものの感動ドキュメント」でもやはり同じ。何でこんなにワンパターンな番組しか作れないの? もっとシンプルに、VTRを見せていろんなエピソードを紹介するだけの番組の方がよっぽど見やすいし分かりやすくないですか?医学や雑学、歴史ものだったら、再現VTRとあとは専門家の話だけでも、番組として成立しませんか? とにかく「面白いものがないなあ」ということでリモコンでザッピングして見ると、どこのチャンネルに合わせても、同じようなノリ=馬鹿騒ぎ、同じような絵=VTRと雛壇に並ぶタレントばかりで、実にワンパターン。「もういいや」となって、テレビを消してしまいます。
最後にひとつ。以前も書いたけど「すごい」って流行ってるんですか? おいしい食べ物を食べても「すごい」、きれいな景色を見ても「すごい」、珍しいエピソードを聞いても「すごい」、スポーツ選手のスーパープレイを見ても「すごい」、とにかく何を見ても、聞いても「すごい」しか言えないって、言葉を知らないのか、それとも感受性が鈍いのか、仕方なく反応しているのか。非常に聞き苦しいです。「すごい」って言っていれば仕事になる、お金が貰えるって、非常に羨ましい。それなら俺にも言えるので、ぜひテレビで使ってください(笑)。
といっても、いまどきの地上波のテレビを見ている人って実は少数派。1990年代くらいまでは「テレビを見ないと流行遅れになる」とみんなが思っていたし、だからこそ、2001年頃の私は「見るものがなくってもテレビをつけっぱなしにしていた」わけだけど、最早そんな必要もなさそう。「テレビが流行を作る」とか「テレビが流行の最先端」なんて時代はとっくに終わってる。テレビの中で「今、大人気の・・・」と紹介されているものは、単に「テレビが好きな、ごく少数の人の間で大人気」に過ぎないと思ってるし。情報はネットでも入るし、いや、むしろネットの方が情報が早いくらいだし。まして「俺の欲しいのは情報やエピソード、知識だけ」なわけで、セットで「VTRを見ながら騒いでいるタレント」の醜態を見せられるくらいなら、最早地上波のテレビなんて要りません。本当にスポーツ中継だけあれば十分。でも、そのスポーツ中継にも「馬鹿騒ぎタレント」がセットでついてくるのもウザいけど、まあ、そういう時間はテレビを消してしまえばいいわけだし。
■2013/1/16 みなさん、テレビは見ていますか?(4) ・・・その後 ネットのニュースを見ていた時に発見したネタ。先日NHKで放送された、ダイオウイカの生態を追ったドキュメンタリーが、なんと視聴率16.8%を記録したとか。今では視聴率2桁の番組も多くない時代。だから、これって「高視聴率」の部類に入るはず。しかも高視聴率を記録した番組が「大物タレントが主演した話題のドラマ」とか、「有名お笑いタレントが司会を勤めるテレビ局一押しのバラエティ」でもなく、悪く言えば「地味でお硬いドキュメンタリー番組」だったというあたりが驚き。テレビ局が必死に宣伝して、煽って、今流行の言葉を使えば「ごり押し」して、「意地でも数字をとってやろう」と意気込んだ番組の大半がコケる中、「派手な演出もなく、ただ珍しい生き物の姿を淡々と追っただけ」の番組が高視聴率を記録するという事実・・・。
実は昨日私が書いた「みなさん、テレビは見ていますか?(4)」の中で述べた、今のテレビに対する失望、絶望って、決して少数意見じゃないんだなと再確認。こういうシンプルで、オーソドックスで地味なドキュメンタリーが受けるっていることは、多くの人が「番組の中身より、タレントの馬鹿騒ぎばかり見せられる」ことにうんざりしてるということの現われでは? もっとシンプルで「内容で勝負」する番組を求めているのでは? もしも「カメラは見た、ダイオウイカの驚くべき真実が今明らかに!!!」なんてわざとらしいタイトルの番組で、司会はお笑いタレントと馬鹿な女子アナ、後ろには大勢の「雛壇タレント」が並んで、好き勝手にギャーギャー騒ぎまくって、「驚くべき真実はこの後すぐ」などと、いつものように「この後すぐ詐欺」な演出を施す、何を見ても「すごい」しか言わない出演者、そんな「いつものパターン」で番組が作られていたら、どんなにダイオウイカが珍しくっても、こんな高視聴率は上げられなかったんじゃないでしょうか。
おそらく番組制作に携わっている人は、過剰な演出や馬鹿騒ぎの番組を作ることを批判されたら「お硬い番組は需要がない、数字がとれない、だから親しみやすいようにするためには、ああいう演出が必要なんだ」と言い訳してきたでしょう、今までは。でも今回、こういうシンプルで地味なドキュメンタリーが、どこぞの局が派手に煽って宣伝していた新ドラマや、年末年始の特番よりもはるかに数字がとれたわけで、最早そうした言い訳は通じないはず。それでもなお、同様の番組がなくならないとしたら、最早テレビは視聴者のためにあるメディアではなくなってしまったということでしょう。だったら私は、今後も「見ない」という選択肢をとります。「嫌なら見るな」と暴言を吐いたテレビ局やタレントもいたし。今回の番組、興味がなかったので私は見なかったけど(小学生くらいの頃に見たら感動してたかも)、シンプルなドキュメンタリー・タッチの番組は、今でも結構好きです。スポーツものとか、音楽ものとか。でも、今ではそういう番組ですら「VTRを見ながらの馬鹿騒ぎ」が伴うものが多いので、かなり番組を選んで見なければいけないというのも事実。今回のことを教訓に、どの局もこういうシンプルな番組制作に戻って欲しいけど、あまり期待は出来ないだろうなあ。
■2013/2/10 歌謡ポップス・チャンネル(レッツゴーヤング) 実は今月から私の加入しているケーブル・テレビで、CS系の「歌謡ポップス・チャンネル」なる局が視聴可能になりました。一昨年までフジテレビ・チャンネルで「夜のヒットスタジオ」をやっていて結構毎週楽しみに見ていたのに、突然の放送休止。当初は「休止」という発表だったのに再開される様子もなし。なので「70年代、80年代の懐かしい邦楽=歌謡曲やニューミュージック」の番組をいっぱいやってくれそうなチャンネルを見ることが出来るようになるということで、心待ちにしていたんだけど・・・。
いざ始まってみると、むしろ「演歌チャンネル」といった内容で、演歌の番組が大半。あとは「懐かしい曲をバックに、海外や国内の景色の映像が流れるだけ」という、まるでNHKの深夜の「試験放送」のような番組が流れるだけ。なんだ、全然見るものがないじゃないか。そんな中、唯一「おお、これは」と思ったのが1970年代〜1980年代にNHKで日曜の夕方6時から放送されていた番組「レッツゴー・ヤング」。私はピンクレディーが司会をしていた1978年頃から見はじめて「アイドル歌手乱立」でなんとなく流行りもの邦楽に飽きはじめた1983年頃まで、ほぼ毎週見ていたもの。この番組の再放送、以前はNHKのBSではよくやってたらしいけど、その頃は見ることの出来ない環境だったので、本当に久しぶりに見るし懐かしい。これは今後、欠かさず見るしかなかろう。
ということで今日、放送されていたので見てみたんだけど、なんと今日の放送分は1977年、キャンディーズが司会をしていた頃のもの。さっき述べたとおり、私はピンクレディーが司会になった1978年からしか見てないので、この時代のものは完全に初見。デビュー前の歌手を寄せ集めた番組内ユニット、サンデーズに、後に司会者になる太川陽介やデビュー直後の狩人がいて、まだ発売されたばかりの「ルイルイ」や「あずさ2号」を歌っていたりで、なかなか貴重。特に「ルイルイ」のバックで踊っている狩人って、イメージとのギャップもありで(笑)。そしてキャンディーズは民放の番組同様、漫談のようなコーナーを持っていたり、洋楽カバーをそつなくこなしていたり(スティーヴィー・ワンダーの「愛するデューク」のカバーは絶品)で「さすが」という感じ。歌でも、トークでも楽しませてくれる、やっぱりこの人たちは素晴らしいエンターティナーだったんだなと改めて思う。ゲストは、あいざき進也とか、ずうとるびとか、浅野ゆう子とか、B級(歌手としては)な人ばかりだけど、その分はじめて聴く曲ばかりで新鮮。しかし最後の都倉俊一が受け持つ「ショー・コーナー」では、そうしたゲストも違和感なく洋楽カバー(ポール・アンカ特集)を歌いこなしているのに少し驚き。いや、1980年代デビューのアイドル歌手になると、こういうカバー曲を上手く歌える人は少なかったもの。それなだけに1970年代の歌手の方がレベルは上だなと。
というわけで、見たことのなかったこの時代のこの番組、十分楽しめました。ただ、なんと言っても私がこの番組を最も夢中になって見ていたのは松田聖子&田原俊彦がサンデーズにいた1980年、2人が司会を務めた1981年。そのあたりの放送分が今後、放送されるといいなと思います。日曜日の夕方、「明日からまた学校かあ」と憂鬱な気分の中、ほんの少しだけ「楽しい気分」にしてくれる、当時の私にとってはそんな番組でした。フジテレビ・チャンネルの「夜ヒット」のように、「休止」にならないことを祈ります。
■2013/2/18 さらば橘警部&「特捜」全話放映熱望!! 新聞を読んでいたら、物故者欄に「俳優:本郷功次郎」とあった。はて誰だっけ? なんとなく聞き覚えのある名前だけど・・・、あ、そうか「特捜最前線」の橘警部役の人だ・・・。気がつくのが遅れたのは他でもない、私は「特捜最前線」以外でこの人を見たことは、なぜか一度もありませんでした。決して他の映画やドラマに出ていなかったわけでもないのに。だから「本郷功次郎」と言われても誰だか分からず、むしろ「橘警部」と言われないと認識できないレベルだったということ。正直「特捜」以外では全く馴染みのなかった人だけど、またしても「特捜」のメンバーが亡くなってしまったという事実は、実に寂しいことです。
「特捜最前線」は、リアル・タイム放映時は水曜の夜10時からの放送だったということもあって、いくら刑事ドラマ好きの私と言えども、ほとんど見ることが出来ず。リアル・タイムで見始めたのは「11時まで起きている」事が許されるようになった1984年、高1の頃でした。最初は「他の刑事ドラマと比べると地味で暗い」「事件が解決しても後味の悪い話が多い」「オッサンくさい刑事ばっかり」だと思っていたけど、徐々にその重厚な世界にはまっていきました。見始めたのが比較的遅かったので、リアル・タイムではあまり見れなかったけど、再放送があれば必ず見ていたし、私にとっても「太陽にほえろ」の次に好きな刑事ドラマの地位を不動にしました。
そしてケーブルテレビに加入した2007年当初、ファミリー劇場というチャンネルでは土曜日は「刑事(デカ)劇場」ということで、夜は刑事ドラマ三昧。「太陽にほえろ」「Gメン75」、そして「特捜最前線」。まあ「西部警察」もやってたけど、個人的には趣味に合わないので「関係ない」けど、私の中で「3大刑事ドラマ」と信じてやまない3番組が放送されていたので、毎週土曜日が楽しみで仕方なかったもの。そこで約10年ぶりに「特捜」と再会したわけですが・・・。
いや、自分が「オッサン」になり、しかも「軽薄で無機質でドライ過ぎる21世紀」にうんざりしているせいか、この「暗くて地味でジメジメしていて、だけどじわじわ心に染みてくる」ようなこのドラマの世界観が新鮮で懐かしく思えたし、共感できたし。ある意味、ケーブルテレビが視聴できるようになって、最も再評価したのは「特捜」だったかも。いや、この番組の本当の「よさ」を理解したのは、実はこの2007年に「刑事劇場」枠で視聴した時だったのかもしれません。だけど、ようやく見ることが出来るようになり、はまり始めてしばらくしたところで最終回。ああ、もう終わりか、もっと見たい、また第1回から放送してくれないかな・・・、そう思って待ち続けること約5年、いまだに第1回からの放映開始が実現しないのが残念です。
同時にリアル・タイムでは「オッサンばかり」と思っていた刑事たちだけど、この年になって見ると全員人間臭くて魅力的。特に「ただの小太りのオッサン」にしか思えなかった橘警部の渋みは、この年になったから気がついたという感じ。重厚で頼り甲斐がある、それでいて人間臭い。橘警部主演作というだけで楽しみにして見てきたし、実際「はずれ」もない。そうやってようやく魅力に気がついただけに、今回の逝去は寂しく思われます。
そんな中、ファミリー劇場がなぜか「特捜」の再放送を始めた様子。「何事?」と思っていたところ、どうやらこの番組のメインの脚本家のひとりだった「長坂秀佳セレクション」という企画。つまり長坂氏が脚本を手がけた回のうち、何作かをピックアップして放映するだけらしい。だけど「過激派や爆弾魔との戦い」「刑事の暗い生い立ち」とか、過剰にセンセーショナル過ぎる傾向にある「長坂脚本」のエピソードは、個人的にはあんまり趣味じゃない。「特捜」の特徴は「貧乏や不幸な生い立ちゆえに追い込まれた人の悲劇」とか、そうした「人情もの」「人間ドラマ」的なストーリーにあると思ってるし、個人的にはそうした「地味だけど心に染みる」話の方が好きなので、今回のセレクト作品は私が見たい話じゃない。やはりもう一度、第1回からの放映を望みます。
■2013/3/30 サヨナラ杏子さん、アッコさん(坂口良子死去) 仕事場での休憩時間は会社のパソコンでネットを見て過ごすことが多いんですが、なんとなくニュース・サイトを見ていたら「坂口良子急逝」の文字が。ここ10年ほど地上波のテレビはほとんど見ていないけど、芸能界デビューした娘と一緒にテレビに出まくっているとか、プロゴルファー「尾崎三兄弟」の次男、尾崎健夫と再婚したとかってニュースは聞いていた。だから、見てはいないけど「近年も第一線で活躍中」と思っていただけにビックリ。それにまだ若いのに。
ケーブル・テレビで昔のドラマ、特に1970〜1980年代のドラマを見ていると、頻繁に登場する「お馴染みの顔」。特に最近まで見ていた「池中玄太80キロ」のヒロイン=アッコと、今も放映中で毎週見ている刑事ドラマ「私鉄沿線97分署」の本多杏子刑事のイメージが私の中では強い。リアルタイムでこれらのドラマを見ていた頃の私は中高生だったけど、当時の私の目には「オバサンなのに、童顔で見た目が可愛らしい人」と映っていた。いや、当時20代半ばだった彼女を「オバサン」呼ばわりは今思えば失礼だけど、中高生の頃の私にとっては「はるかに年上」だったから。そう「年上だけど、ビックリするほどカワイイ」と。それでいて「男勝りだけど、優しい」そんなアッコや本多杏子刑事は「憧れのお姉さん」そのものでした。
だけど40代になった今、ケーブルテレビで「池中玄太」や「97分署」に登場する彼女を見ると、今の私よりはるかに年下なせいか、ひたすら「カワイイ」と映る。当時は「勝気すぎる」と映った「気の強い」キャラクターも微笑ましく、可愛らしく見える。リアルタイムで見ていたときは「カワイイ年上の憧れのお姉さん」に、年上になった今の私の目には「彼女にしたいほどカワイイ女性」に映る。とにかく、今も昔も見方こそ違え、私にとっては「最高に可愛らしい女性」の代名詞といってもよいかもしれません。
今、ケーブルテレビで視聴できるチャンネル、ファミリー劇場で「私鉄沿線97分署」が放映されている。実は今放映されているのがちょうど、彼女が演じる本多杏子刑事が、亡き父(元巡査)を殺して逃亡した犯人を追い詰めるエピソードの前後編のあたり。そしてもうすぐ「本庁へ栄転」という形で番組を降板する回が放映される。最後の出勤の日、全員が帰宅した後の署に残って、同僚刑事の机の花瓶に花を刺しながら、本田刑事が涙を流しながらひとりひとりに別れを告げるシーンがとても印象的に残っています。そして個人的に好きだった本田刑事が「去っていく」ことに、当時の私は寂しさを感じたものでした。今の私は、あの時と同じ気持ち。近年の地上波のテレビは見ていないので、最近のテレビ出演時の印象は私には全くない。最近の姿もよく知らない。私にとって彼女は、20代半ばの頃の、あの、カワイイけどカッコいい本多杏子刑事であり、「アッコ」。あの頃憧れた、あの「年上なのに、可愛らしいお姉さん」のイメージのまま。それが、こんなに早く、本当にいなくなってしまった。やはり寂しさを感じずにいられません。
■2013/4/21 今更ながらのGTO 以前述べたとおり1980年代末、バブル全盛の頃からテレビ・ドラマといえばトレンディ・ドラマが主流になり、ほとんどドラマを見なくなりました。とにかく、安っぽくって薄っぺらい恋愛ドラマばかり、軽薄で深みもない、カッコばかりで内容がなくって、出演する俳優も「いい男」「いい女」だけど演技力もない連中ばかり・・・。特にフジテレビの「月9」的なノリがどうしても肌に合わなくって「ドラマ」というだけで遠ざけ、激しく嫌悪していたもの。おそらく、1988年以降で毎週欠かさず見たドラマって、せいぜい年に1,2本程度だったように思います。バブルがはじけて世の中が不安定になり始めた1990年代の後半あたりからは、ユニークなテーマのドラマも増えて、決して「トレンディ」ばかりではなかったけど、リンク先にもあるように、基本路線は80年代前半のドラマとは明らかに違う「バブル以降」「トレンディ・ドラマ以降」のノリ、手法で作られたものばかりだったので、やっぱり「ドラマ」というだけで遠ざけてきたものでした。
とはいえ、中には「面白そうだな」と思えるものもいくつかあったのは事実。特に1990年代後半以降は、トレンディ・ドラマ=恋愛一本槍が飽きられたせいか、ちょっと「捻り」のあるテーマを扱ったものも増えたし。実はそんな中で「気になっていたけど、遠ざけてしまって」見ていなかったドラマのひとつが1998年に制作された、反町隆史主演の「GTO」。本放送時はまだ私が「モテる男」への嫉妬心が強くって、当時若い女性に異常人気だった反町が主演ということで、「どうせこいつがいいカッコするだけのドラマだろう」と思っていたのであまり興味がなかった。同時に夜型生活をしていた頃だったので、放送される時間に家にいなかったし。そんなことも重なって全く見なかった。だけどそれから約1,2年後、日曜日(休み)の夜7時半という家にいる時間に同じ「GTO」のアニメ版が放送されていて、それを偶然見て「意外と面白いな」と思ったこともあり、「ああ、ドラマ版も機会があれば見たいな」と思ってたんだけど、再放送される機会もなく・・・。ところが、先日からケーブルテレビで視聴できる「フジテレビTWO」というチャンネルでドラマ版が放映されていたので、はじめて視聴しました。
いや「何を今更」だけどこれ、滅茶苦茶面白いじゃないですか。本当に「何を今更」だけど。まあ、アニメ版を見たときから今までにないほどの型破りな教師が活躍する、そのストーリーや設定が面白いと思ったけど反面、ノリがギャグ・マンガっぽくって、ちょっと子供っぽく感じられたので「これをドラマ化するのは無理だろう」「大人っぽいイメージの反町や松嶋菜々子で再現するのは無理だろう」と思ったのも事実。だけど、アニメとは別物の「大人の鑑賞に耐えうるドラマ」に仕上がってるのが凄い。原作の鬼塚や、ヒロインの冬月先生のキャラが完全に「当時の反町隆史」「当時の松嶋菜々子」のキャラそのままになってるけど、おかげで「ギャグマンガを無理矢理ドラマにした」ような内容になってない。当時私は2人を「カッコだけ」ルックスだけ」の人気先行タレントと思ってたけど、いや、非常にはまっててよい。まあ、当時から松嶋菜々子は「キレイなお姉さん」のCMなどを見て「カワイイ」と思ってたけど、反町隆史も同性から見てもカッコイイ。トレンディ・ドラマで人気の俳優って同性から見ると「チャラチャラしていいカッコしー」な奴が多くてムカつく奴ばかりだったけど、彼の場合は70年代の俳優同様、ギラギラしてて男臭くていい感じ。その分、アニメの鬼塚のような「チャラい」感じではないけど、個人的にはこっちの方が好感が持てる。もちろん、原作のギャグ的な部分=笑える要素もあるけど、むしろ感動できたり共感できたりの部分もあって、ちゃんとドラマに仕上がってるのは脚本のよさもあるのかも。とにかく、今更ながらはまりました。たった12話なのが惜しい。1年くらい続けて欲しいくらいです。
ケーブル・テレビでは、やっぱり70年代〜80年代前半の、もともと好きだった、思い入れのあったドラマを中心に見ているけど、「リアル・タイムではスルーした」80年代末〜90年代のドラマもたまにはいいなと。とはいえ、やっぱり「薄っぺらい恋愛」をテーマにしたチャラいドラマは見たくもないので、選んで見ることにします。「今のドラマはつまらん」という先入観で見過ごしてしまったドラマが結構あるような気がします。でも、だからといっても2000年以降のドラマは、見たいとは思いません。全部とは言わないけど、どこぞの某大手事務所のタレントばかりが主役、昔のドラマやマンガのドラマ化ばかり、陳腐すぎる脚本、「お遊戯」のような陳腐な演技力の俳優ばかり・・・、最早「ドラマ」とすら呼びたくないレベル。「今のドラマは見ない」、このポリシーは変わらないと思います。
■2013/7/21 スコッチ野郎(太陽にほえろ、スコッチ編とその後) ファミリー劇場で第1回からずっと放映されている「太陽にほえろ」ですが、1月に「テキサス編、テキサス&ボン編」のまとめみたいなものを書きました。その後、スコッチ編が放映され、6月からはいよいよロッキー登場。約14年続いた番組に登場した全刑事の中でも、最も好きだったのがスコッチ(演:沖雅也)でした。チームワーク重視の七曲署捜査一係にあっては異色のクールな一匹狼でいつも単独捜査。犯人には冷徹で非情、でも実はナイーブな一面を持つ・・・。リアルタイム放映時、小学校2年だった私には「無表情で冷たく、この番組のほかの刑事と全く違う」と思った一方、「ガッチャマン」のコンドルのジョーや「グレートマジンガー」の剣哲也のようなクールで気障なキャラが好きだったので、それに共通するものを感じて「カッコイイ」と思ったものでした。その後、小学校高学年、確か5,6年の頃に再放送で改めて見た時、いつも黒ずくめのファッションとか、その言動にも強く惹かれ、私の中で「カッコイイ男の見本」のような存在になりました。まあ、おかげで「わざと人を引き離す」「いつも斜に構える」ような言動が多くなって、人付き合いが下手になったのはマイナスでしたが。
そんな「スコッチ編」の放送を見たのは、おそらく高校生くらいの頃が最後だったんじゃないかと思います。演じた沖雅也が、ああいう悲劇的な最期を遂げたせいか、人気キャラのわりには再放送されたり語られたりする機会も少ないから。そのわりにちゃんとストーリーを覚えている話が多かったのは、その思い入れの強さゆえかも。というわけで今回、約30年ぶりに視聴した「スコッチ編」(1976年9月〜1977年3月)、登場してたった半年で転勤って思ったよりも短くてビックリ。その後任のロッキーが赴任するまでの約半年「一人足りない=6人体制」(1977年4月〜1977年6月)に。というわけで、恒例のこの「スコッチ編」「6人体制編」の間のベスト・エピソード10を。
1.スコッチ刑事登場(217話)
正直「登場編」と「殉職編」の話って、個人的にはあまり好きじゃないし、思い入れの強い話はほとんどないけどこれは別格。リアル・タイムで受けた「今までの刑事と全く違う」というインパクトは忘れられない。先輩のアドバイスは聞かない、自分の勘だけを信じて一人で突っ走る、事件が解決したらさっさと一人で現場を去っていく・・・。その存在自体が衝撃でした。それは今回視聴時も変わりませんでした。特に前任者が「誠実な好青年」のテキサスだっただけに尚更。
2.殿下とスコッチ(218話)
そのスコッチが正反対なキャラ、温厚な性格でチームワークを最も重視する殿下(小野寺昭)と組んで捜査。張り込み中、スコッチが勝手に現場を離れてしまい、その間に犯人が現れたため仕方なく一人で突っ込む殿下。それを責めるスコッチ。だけど殿下はスコッチが「戻ってこなかったこと」を一切責めない。その後、スコッチは犯人を単独で追い詰め、踏み込もうとするも足を撃たれてしまう。そこに必死の形相で飛び込んできてスコッチを助け、犯人を逮捕したのは普段は温厚な殿下だった・・・。好対照な2人だけど、その対比がいい感じ。実はよいコンビだなと。また、2人の間で揺れ動くボンも、いかにも若手という感じでいい。
3.刑事失格(221話)
これもスコッチ主演作。オープニングで犯人(といっても、まだ参考人レベル:演:長塚京三)を車で追跡、追い詰めていきなり発砲という衝撃的なシーンで始まる。スコッチは「容疑者が拳銃を出そうとしたから撃った」と主張するも、容疑者は「拳銃なんか持ってない」と主張。一緒にいたボンも「見ていない」と。「犯人と断定できない相手にいきなり発砲した」ということで大問題になる・・・。この最初のシーンのインパクトが強くてリアル・タイム視聴時から記憶に残っていたもの。スコッチを慕うボンはスコッチを信じて、犯人の容疑を固めるべく捜査に乗り出す。「仲間を信じない」スコッチがボンには心を開いていく過程と、スコッチを救おうとするボンの一途さがいい感じ。
4.すれ違った女(242話)
これもスコッチ主演作。銀行強盗発生。犯人は女性? スコッチは、事件直後に現場近くですれ違った女(演:篠ひろ子)に直感で疑惑を持つ・・・。スコッチは女に接近、言葉巧みに自白させようとする。女もスコッチの尋問を言葉巧みにかわしていく。推理小説マニア、ゲーム感覚で犯罪を犯した女と、「君は犯人だと信じている」とストレートに尋問するスコッチ・・・。どちらかというとスコッチ主演作はアクション色の強い話が多いけど、まるで古畑任三郎を思わせるようなエピソード。こういう話が似合いそうな刑事って、この番組ではスコッチくらいかも。
5.さらばスコッチ(244話)
スコッチが「転勤」という形で番組を去るエピソード。ヤクザの幹部を殺して逃走した犯人はバーテンの少年。その少年をかつて補導したことのある原町署の少年課の北島刑事(演:夏純子)が捜査協力に乗り出してくる。実は北島刑事はかつてのスコッチの婚約者だった・・・。「犯人を憎むのではなく、信じてあげたい」という北島刑事、だけど北島刑事は犯人に射殺されてしまう。敵をとるべく犯人を追い詰めるスコッチ、だけど「信じてあげて」という北島刑事の言葉を忠実に守って、強行せずに説得して犯人を逮捕する。スコッチは優しさを取り戻し立ち直る、だけど転勤していく。「転勤」という降板は珍しかったけど、いい「去り方」だったと思う。3年後、また「転勤」という形で復帰することになるけど、復帰後はキャラが少し変わるので、ここまでが「私の憧れたスコッチ」といってもよいかも。
6.ジュンの復讐(220話)
ボン主演作、というより、この時期準レギュラー化していた警察犬ジュンのエピソード。かつてテキサスと組んで事件を解決した話が2話あったけど、この「警察犬もの」は小学生でも分かりやすかったので、リアル・タイム視聴時から意外と好きだったもの。特にこの話は印象に残っている。ボンが事件解決のためにジュンを一係に連れてくるが、ジュンはテキサスになついていたので、テキサスを必死に探す。そこで「テキサスは死んだ」ことを分からせるために、ボンはテキサスの遺影の飾ってある所長室に連れて行く。そして「テキサスが死んだ」ことを理解して、目を潤ませるジュン・・・。このシーンは当時も強烈に印象に残っていました。しかも、ボンとジュンが追い詰め逮捕したのは、テキサスを殺した組織の黒幕。犬って好きじゃないけど、この話はやっぱり何度見ても感動できる。
7.家出(247話)
殿下主演。なぜかこの時期って「都会の孤独」を描いた話が多いけど、これもそんな中のひとつ。家出して東京に出てきた孤独な男がひったくり犯の疑いをかけられて逃亡、篭城する。その男の無実を証明するため、殿下は捜査に乗り出す。「友達もいない、同居人もいないのに、歯ブラシも湯飲みも茶碗も2人分用意する」「理由もなく孤独に耐えかねて死にたくなって人生相談=命の電話に電話してしまう」そんな男の孤独で寂しい描写が悲しい。その男の話し相手、理解者にになろうとする殿下・・・。一人暮らしをしていた頃、「孤独」を感じることも多かったので、なんとなく身につまされる。
8.辞表(251話)
ボン主演。ボンが強盗事件の参考人に事情聴取中、参考人が逃走、工事現場に逃げ込み転落死してしまう。参考人の妹(麻丘めぐみ)はアリバイがあることを証言、無罪を主張する。無罪の男を追い詰め、殺してしまった。ボンは辞表を出す・・・。だけど実はその男が犯行に関わっていたことが発覚、男の妹は共犯者たちに拉致される。ボンは妹を救うため、必死に犯人を追う・・・。若手刑事の挫折と成長を描いた話って、この番組の定番。この後、後輩のロッキーが登場、「先輩」になっていく、そんなボンの成長を描いた話といってよいかも。
9.あせり(223話)
ボン主演作。刑事になって1年。「1年目のジンクス」(マカロニ、ジーパンがちょうど1年目に殉職)を心配する先輩たち、そんな心配も知らず「1年たっても成長していない」と思い込み、焦りを感じるボン。ひとりで犯人を追い、暴走する。そんなボンを殴り、激しく叱責したのは、普段は温厚な殿下だった・・・・。定番の「1年目のジンクス」話。
10.本日多忙(255話)
大きな事件がひとつも起こらないという、異色作中の異色作。看板落下→長さん負傷。「事件の可能性もあるかも」ということで捜査に乗り出したところ、電話ボックスでの置き引き騒ぎに巻き込まれる殿下、捨て子を保護する山さん、薬中患者の銃乱射、チンピラの喧嘩等、次々に起こる小さな事件・・・。そんな事件に振り回され奔走する刑事たち・・・。そんな「忙しすぎる一係の1日」を描いた話。まあ、こんなのもありかなと。リアル・タイムで見たときは、子供に振り回される山さんを笑ったりして、ただただおかしい話と思ったものだけど、「忙しく働いて、でも何かがよくなったわけでもない、無駄の連続」、でもそれが「警察の仕事」ってこと、描きたかったのはそういうことなんだろうなと。しかし一方で「捜査課」の刑事なんだから、チンピラの喧嘩や捨て子の保護なんて、派出所の警官にでも任せればいいじゃないか、という突っ込みも入れたくなる。
山さん、ゴリさん、長さん主演の話が一つも入らなかったのは意外。この時期もテキサス編、テキサス&ボン編同様、地味ながら脚本のよい話が多いので駄作が少なく、完成度の高い話が多いです。一方でこの後、ロッキー登場。リアル・タイム視聴時は「何でこんな髭もじゃのむさ苦しい男が新人なんだ?」と違和感をを感じたもの。だけど、しばらくメンバー入れ替わりもなく「安定期」に入っていく。この「ボン&ロッキー期」を見るのは、小学校6年くらい以来かも。
■2013/7/28 念願の「大都会」 1月にこんなもの(こちら)を書きましたが、石原プロによって長く封印されていて、再放送すらされることのなかった刑事ドラマ「大都会」シリーズが「チャンネル銀河」というCS局で放映されました。1月には「パート2全話を録画していたのに、ブルーレイ・レコーダが壊れてしまって見ることが出来なかった」と書いているけど、その後、再度チャンネル銀河で放映されたので、奇跡的に見ることが出来ました。チャンネル銀河には感謝!!!このシリーズは倉本聰がメインの脚本家を務めた第1シリーズ「大都会 闘いの日々」(1976年)、松田優作がメンバーに加わってアクション色が強くなった「PART II」(1977〜1978年)、アクションというより最早「バイオレンス」と言った方がよいほど過激な「PART III」(1978〜1979年)の3つのシリーズがあり、このたび3つとも放映されたけど、「録り溜め」しておいて少しずつ視聴しているので、今はまだPART IIまでしか見終わってません。
■大都会 闘いの日々
リアル・タイム放映時はまだ小学校2年だったので9時には寝ており、全く見てません。亡き父は見てたみたいだけど。その後も再放送で見たことも全くなく、今回が実は初視聴でした。どうしても「大都会」というと「アクションもの」のイメージが強いけど、これは倉本聰がメインのライターを務めているためか、よく言えば重厚、悪く言えば暗くて重苦しい話が多く、しかもアクション・シーンは皆無に近い。まあ、事前にそういう話だという情報はネットなどで知っていたので、人情ものとか、悲しい犯罪者の話とか、事件が解決しても被害者は不幸になってしまう後味の悪い話とかの多い「特捜最前線」みたいな番組かと思いきや・・・。
いや、予想以上に重苦しく、後味が悪い話だらけ。渡哲也演じる黒岩刑事は、暴力団捜査専門の警視庁捜査四課の平刑事。なので、扱う事件は暴力団関係の事件。上司の深町課長(演:佐藤慶)、課長代理(演:玉川伊佐夫)、係長(演:中条静夫)はみんな「暴力団を潰すためなら手段を選ばない」一方で「警察の威信を守ることには執着する」人たちばかり。なので事件の関係者が不幸になる、危険が及ぶ、巻き込まれることが分かっていても「組を潰す」「威信を守る」ことを優先して弱者を守ることはいつも後回し。そのため最後には被害者や証人が命を落としたり、不幸になったり。また、四課の検挙率を上げるため、よその所轄や部署を欺いたり裏切ったり。黒岩のかつての上司で恩人の大阪府警の刑事(演:藤岡琢也)すら騙し、黒岩との関係を壊してしまったことも。普通の刑事ドラマの主役であれば、そんな上司に逆らったり、反論したり、時には命令を無視して被害者や証人を守ろうとしたり、かつての上司との義理を守ろうとするけど、黒岩はそんなことはしない。いや、一応矛盾を感じたり葛藤したりする様子は描かれているけど、それを実行して「逆らう」ことはせずに踏みとどまる。刑事はヒーローじゃない、所詮組織の一員だから上司の命令は絶対。逆らいたくっても逆らうことが出来ないということ。まあ、リアルで現実的といえばそれまでだけど。
同時に石原裕次郎が事件記者の役で登場。各新聞社の事件記者が集まる記者クラブの様子もリアルに描かれていて、記者役も宍戸錠、柳生博、寺尾聰、平泉征、新人の神田正輝など豪華メンバー。石原裕次郎演じる「バクさん」以外は、「特ダネ記事」「スクープ記事」のためには手段を選ばず、強引な取材のために被害者や関係者を傷つけてしまったり、不幸にしてしまったり、新たな事件が起こってしまったり・・・。刑事ドラマは数多いけど、ここまでマスコミだけでなく、警察を「悪」のように描いたドラマは今まで見たことがない。「特捜」も確かに、被害者や事件関係者が不幸になっていくのをどうすることも出来ないという後味の悪い話は多いけど、刑事たちはそうした人たちを「温かく見守る」眼を持っているけど、この番組に登場する刑事にはそれがない。黒岩刑事は一応、そうした気持ちは持っているけど、彼は無表情でクールのなので、それが伝わりにくい。そんなこんなで疲れた日や、嫌なことがあった日に帰宅して見ていると、逆に疲れが増して気持ちが暗くなっていくので「日を選んで見なければ鬱になってしまう」番組といえるかも。
そんな中、黒岩刑事の妹・恵子(演:仁科明子)の健気さ、可愛さは救い。だけど、この恵子も実は「黒岩を逆恨みしたヤクザに乱暴された」という哀しい過去を持つ女性。それでも健気に明るく生きていく、そんな彼女は非常に魅力的に映る。神田正輝演じる新人事件記者との恋愛も微笑ましかったけど、最後は破局・・・。やっぱり、どこまでも暗く重苦しいドラマ。「よく出来ている」「傑作」とは思うけど、ここまで重苦しいと繰り返し見たい気持ちにはなれないかも・・・。
■大都会 PART II
リンク先にも書いたけど小学校2〜3年、就寝時間が9時半になった頃に放映されていたので、リアル・タイムでは途中まで見て寝ていた記憶あり。その後「闘いの日々」と違って、昭和63年頃までは頻繁に夕方に再放送されていたので、その頃に見た記憶もあります。ただ、平成に入る頃に石原プロが「封印」してしまったので、今回約25年ぶりに視聴しました。しかも「全話視聴」したのははじめてかも。
ここでようやくお馴染みの「アクション刑事ドラマ」になるわけだけど、まだPART IIIのように「バイオレンス」な描写も少ないし、後の「西部警察」(←個人的には嫌い)のように「子供騙し」な感じもない。同じ名前ながらほぼ別人といってもよい黒岩部長刑事(演:渡哲也)率いる「黒岩軍団」が事件を解決していくという、このシリーズでは一番オーソドックスな内容。とはいえ、全部で50話以上もあるので、前半と後半では若干雰囲気が違う。20話位までは、まだ「闘いの日々」を引きずっているのか、後味の悪い話や警察の捜査のせいで不幸になったり、新たな事件が起こったり、どことなく理不尽な描写も多い。昭和60年頃、高校2年の時に再放送で見てトラウマになった19話の「別件逮捕」がその際たるもの。何もしていないのに職務質問されて、「前科がある」というだけで無理矢理に警察に連行された男が脱走、拳銃強奪、篭城と罪を重ねていく。その男を何とか救おうとする黒岩だけど、上層部や黒岩の部下までもが男を凶悪犯とみなして、どんどん追い詰めていく・・・。「普通に生活していても、いつ犯罪者扱いされて追い詰められるか分からない」「そんな時、警察は味方してくれない、信じてくれない」、恐ろしいなと。
だけど後半になるにつれて、そうした「後味の悪さ」が消えていく。寡黙だけどリーダーシップがあり、部下思いで犯罪者には冷酷なこのPART IIの黒岩は、渡哲也が演じたキャラの中で最も魅力的。また刑事一人ひとりの個性もしっかり描かれるようになる。「俺たちの勲章」の中野刑事を髣髴とさせるバイオレンスで短気なキャラの一方で、後の「探偵物語」の工藤を思わせるジョーク(アドリブらしい)を飛ばしながら捜査にあたる「軽さ」も持ち合わせた徳吉刑事は、松田優作が演じた刑事役の中でも最も人気があるらしいけど、なんとなく頷けるものが。特に黒岩とのコンビネーションは絶妙で、2人の連携で事件を解決したシーンも非常に多い。ただ、黒岩の部下だけど先輩で大ベテランの老刑事・丸山(丸さん)を演じた高品格が個人的には好き。「味のあるベテラン刑事」という点では「特捜」の船村刑事(演:大滝秀治)と双璧かも。高校生の頃、みんな再放送を見ていたものだけど、クラスで丸さんの口調を真似して「黒さん」(黒岩を呼ぶときにこう言っていた)なんて言うのが流行ったっけ。1990年代に入って、缶コーヒー(JIVEだったかな)のCMで刑事役で登場、あの独特の口調で「あら挽きネルドリップ方式」ってしゃべってたのを聞いて感動したのも思い出深い。
同時にアクション一辺倒じゃなくって重厚な推理ものとか、オカルトっぽい話とか、石原裕次郎が医者を演じていることもあって医療問題や命の重さを訴えた話もあったり。当時は刑事ドラマが最も多かった時代で、まさに乱立状態だったけど、そうしたいろんな刑事ドラマの「いいところ」のほとんどが詰まったドラマ。楽しめる話あり、考えさせられる話あり、感動させられる話あり・・・。久々に見たけど「刑事ドラマ史に残る傑作」のひとつかも。全話見終わったけど、また第一話から見たくなってしまいます。
ちなみにまだPART IIIは最終話まで見ていないので、そのうちまた。あとリンク先に1月に書いたPART IIの「北九州コネクション」の感想はまた別枠で。
■2013/8/12 「あの頃の地元」の姿遂に・・・ 今年の1月に「『あの頃の地元』の姿が幻に」というタイトルで、刑事ドラマ「大都会PART II」の最終回1話前の「北九州コネクション」というエピソードについて書きました。小学生の頃、近くでロケがあったこと、その際石原裕次郎が立ち寄った同級生の乾物屋の話、録画したけどブルーレイ・レコーダ故障のせいで見ることが出来なかったことなど・・・。だけど先日述べたように、もう一度チャンネル銀河で再放送されたので、ようやく見ることが出来ました。名作、傑作の多い「大都会PART II」の中にあっては特別面白いストーリーでもないんだけど、今では見ることの出来ない、私がかつて慣れ親しんだ30年以上前の北九州市の姿が見れただけで大満足でした。
冒頭、いきなり洞海湾にかかる吊り橋、若戸大橋にエレベーターで昇って、歩道から男が突き落とされるシーンから始まる。この若戸大橋、かつては車道と歩道があって、歩道にはエレベーターを使って上がることができていた。中学時代に遠足で歩いて渡ったし、小学生の頃は祖母の見舞いに行くため、家族で渡った覚えもある。でも1980年代半ば、私が高校生の頃に「渋滞解消のため」ということで歩道はなくなり自動車専用になったので、今では歩いて渡ることは絶対に出来ない。そしてその突き落とされた男が収容された病院は、若戸大橋の見える総合病院。ここって一時期母が入院していた病院で、2,3回見舞いに行った覚えがある。だけど、この病院も今では全く違うところに移転してるし・・・・。このあたりはどちらも懐かしい景色。
そしてクライマックスは、刑事に追い詰められた犯人は路面電車に飛び乗って、電車をジャックする。路面電車や路面電車のある街の景色自体も懐かしいけど、犯人が路面電車に乗り込む電停は小倉北区の室町。今はリバーウォークという大型商業施設がある場所だけど、かつては勝山公園という「街の中に自然が残っている憩いの場」があったもの。この公園から神社や小倉城も見える、この景色が私は好きだったし、小倉の街で遊び疲れたら、ちょっと休んでいた場所。小学生の頃は母や祖父(小倉在住だった)と、高校生の頃は友人と、学生時代はひとりで・・・。リバーウォークが出来た時、その「憩いの場」を奪われ、城下町なのに街の中から城が見えなくなることに大変な違和感を感じたもの。だから、この景色は涙が出そうなほど懐かしかった。そして電車の後を走って追跡する黒岩(演:渡哲也)や徳吉(演:松田優作)、電車は小倉北区いちばんの繁華街・魚町を通過、地元の老舗デパートの井筒屋や平和通の景色はあまり変わらない。そして電車に徳吉刑事と上条刑事(演:峰竜太)が追いついて飛び乗り、犯人を逮捕するけど、ちょうど今は亡き祖父の家があったあたり・・・・。もう、この電車のある景色、二度と見ることの出来ない町並み・・・、懐かしく思う一方「もうこの景色は映像でしか見ることが出来ないんだ」と思うと物悲しくなってしまった。もう一度、あの景色を直接見たい、行きたいのに・・・。
一方で私が小学校5年まで住んでいた校区内の映像は、聞き込みをしているほんの短いシーンだけ。だけど、元遊郭の建物を前に神刑事(演:神田正輝)が「変わった建物が多いですね」と言い、それに対して丸さん(演:高品格)が元遊郭であることを説明していたので、それなりに印象に残るシーンになってると思う。とはいえ、実はこれらの建物も今は取り壊されてしまった。改めて北九州って、再開発を行って景色が大きく変わったけど、それによって「失ったもの」の方が多いんじゃないかという気がする。実際、今では「古工場巡り」を趣味にする人が多いらしいけど、明治時代に創設された製鉄所の多くの施設を壊してしまったので、そうした人たちを集めることも出来ない。「環境に優しい乗り物」として世界的に再評価されているという路面電車を廃止にして、すっかり車社会の街になってしまったけど、それで「環境未来都市」を名乗るのは矛盾しているし非常に恥ずかしい。城下町なのに、城の姿を隠してしまったのも正気の沙汰じゃない。確かに「空気の汚れた工場の街」という、暗くてダーティーなイメージを払拭したかったのは理解できるけど、「変えちゃいけなかった」ところまで変えてしまって、多くのものを失った。私の目にはよっぽど、北九州コネクションの頃の北九州市の方が魅力も活気もあるように映る。
■2013/8/22 昔「絶対に会いに行けない」、今「会いに行ける」(アイドル今昔) 2月にこんなもの(こちら)を書きました。ケーブルテレビで「歌謡ポップチャンネル」なるCS局が視聴可能になり、1970〜1980年代にNHKで放映されていたアイドル系音楽番組「レッツゴーヤング」が放映されているのでよく見ていると。2月に書いたログでは、私がリアル・タイムでは見たことのなかった、キャンディーズが司会していた1977年頃の放送分が放映されていると書きましたが、その後は主に1981〜1985年頃、つまり80年代アイドル全盛の頃の放送分ばかりが放映されています。
リアルタイムでは松田聖子や河合奈保子、柏原芳恵ら1980年デビュー組はともかく、1982年デビュー組(中森明菜、小泉今日子、松本伊代、堀ちえみ、石川秀美、早見優ら)が出てきた頃から「歌が下手でルックスばかりな人が多くて軽くなった」と思えて、「音楽」「歌」としては全く評価していなかったもの。「あんなの音楽、歌じゃない」とか言って・・・。だけど当時中学生だったので「嫌い」「歌が下手」とか言いながらも、全く無関心だったわけでもありませんでした。多くの同世代の人のようにアイドル雑誌を買ったり、ポスターを貼ったり、レコードを借りたり(「買う」という人は稀でした)したことはなかったけど、テレビではよく見ていたし。だからこの時代のアイドル歌手って、売れた人だけじゃなくって、デビュー時に騒がれたけど売れなった人や、歌手としては売れず、女優や声優として後に成功した人などのことも比較的よく覚えています。それなだけに、この「レッツゴーヤング」の再放送を見ていると、あの頃=中学生や高校生の頃に気持ちが戻ってしまうし、有名な人はともかく、「ああ、こんな人もいたなあ」とか、「ああ、こんな歌もあったなあ」ととても懐かしくなってしまいます。何より日曜日の夕方の6時の放送、「ああ、明日からまた学校か」とちょっと鬱な気分になりそうな時間に、ほんのちょっとだけ現実を忘れさせてくれる、そんな夢のような時間をくれた番組でした。
今思えば、あの頃のアイドルって「現実を忘れさせてくれる、別世界の人たち」「自分の住んでいる世界と別世界にいる、憧れの存在」だったもの。「あの人がカワイイ」「あの人がタイプ」なんてみんな言ってたけど、間違っても「彼女にしたい」なんて思えない。そんなこと恐れ多くてとても考えられない。「会いに行く」絶対に考えられない。「絶対に会えるはずもない」存在。いや、それどころか、あの人たちが(以下、下品かもしれないが:笑)卑猥な話をしたり、オナラをしたり、トイレに行ったり、セックスしたりするはずがない。実際の私生活はともかく、少なくともテレビなどで見る限り全く想像できない。本当に「別世界に住む、夢の世界の人たち」「憧れ」「理想像」、それが「アイドル」でした。
ところが今売れているアイドルは「会いに行けるアイドル」や「今会えるアイドル」。大人数なので一人ひとりの個性が弱いせいもあるけど、あの頃のように「別世界に住む人たち」という感じはしない。それに、この人たちなら別に卑猥な話をしたり、オナラをしたり、トイレに行ったり、セックスしたりしても違和感がないし驚かない。「近くにいた」としても何の違和感もないような人ばかり。全然「普通」に見える。あと、夏休みのせいか、通勤時の交通機関などで小学生の集団に会うことが多いけど、先日、乗り物の中で小学校4,5年くらいの女子の集団が、あるアイドルグループの名前を挙げて「歌がバカらしい」「振り付けがしょうもない」などと嘲笑しているのを聞いた。あの頃のアイドルは、小学校4,5年くらいの女子から見れば「憧れ」の存在だったものなのに、今では「嘲笑」の対象にされるらしい。「あんなの私でも出来る」と。しかもニュースなどを見ていると「過疎化が進む街の町おこしの一環として、ご当地アイドル・グループを結成」とか「大学生がサークル活動の一環でアイドル・グループを結成」とか、そんな話題をあちこちで聞く。随分アイドルって簡単でお手軽になったんだなあ。それって、最早既に「アイドル=偶像=憧れの対象」という概念から大きく外れてるような気が・・・。アイドルって「誰でも簡単になれる」ものになったらしい。うーん、以前「俺のロックと違う」なんて言葉を吐いた愚か者がいたけど「俺のアイドルと違う」という違和感が・・・。
でもまあ、言葉の意味って時代とともに変化するもの。70,80年代のアイドルは「絶対に会いに行けない異次元に住む、憧れの存在」だったのが、現代では「会いに行ける、誰でもなれるもの」になったということ。なので、私は間違っても「昔の方がよかった」「今のアイドルは駄目」なんて言うつもりはありません。第一、最近のアイドルのことなんてよく知らない。「よく知らないものを批判しちゃいけない」というのが私のポリシーなので、批判するつもりはひとかけらもない。ただ、私の世代が「アイドル」と聞いて連想するものと、今の10代、20代の人が「アイドル」と聞いて連想するものは、似て非なるものなんだろうな。まあ、私にとっては永遠に「憧れの存在=アイドル」であることに変わりはありません。
■2013/9/8 僕らも戦う君と一緒に(グレート・マジンガー) 9月からケーブルテレビのオプション・チャンネル(有料)のひとつ、東映チャンネルを申し込んだので視聴可能になりました。オプション・チャンネルはやはりお金がかかるし金額も高いので、あまり申し込みたくはなかったんだけど、9月から東映チャンネルで「特捜最前線」が全話ではないけど、1話から何話かずつ放送されることが決まったので「これは見なければ」ということで申し込んだというわけ。ただ、そのお目当ての「特捜」はまだ9月下旬からの放送なのではじまっていないんだけど、一方で他にも「おお、これは懐かしい」「昔好きだったなあ」「何十年も見てなかったなあ」という番組が目白押し。そんな番組のひとつが「グレートマジンガー」。
まあ、私と同世代の人なら知らない人はいない有名なロボット・アニメだけど、リアル・タイムで見たのは昭和49〜50年、私が幼稚園の年長組〜小学校1年の頃。当時の私は実写特撮ヒーローものやヒーローもののアニメ(当時私は「戦いもの」と呼んでた)にドップリだったし、そうしたヒーローに憧れたり、影響を受けたりしてたけど、その中でも最も好きだったのが実は「マジンガーZ」と、その続編として登場した「グレートマジンガー」でした。もちろん1作前の「マジンガーZ」も好きだったけど、最終回で新しい敵に一方的にやられて大破、そこに颯爽と現れて、あのマジンガーZが全く敵わなかった敵を瞬殺したグレートマジンガーは、それ以上にカッコよく、無敵で完全無欠のヒーローに映ったものでした。そしてそのグレートマジンガーを操縦するのは、ちょっとクールで気障な剣鉄也。もともとこういうクール・キャラが好きだったので、一瞬にして「憧れのキャラ」になりました。敵も2つの軍団(暗黒大将軍とアルゴス長官)に分かれていて対立していたり、暗黒大将軍の下にはさらに7人の将軍がいたりと、敵のキャラの多彩さにも魅力を感じていたもの。当時「好きな番組は?」と聞かれれば、真っ先に「グレートマジンガー」と答えていたものでした。リアル・タイム=幼稚園年長組〜小1の頃は、ひたすら夢中で見ていたものです。
だけど、小学校3年くらいになって再放送で見た時、ちょっと違うイメージが。その後、多くのロボット・アニメが制作されたけど、こんなに敵に苦戦したり(1回目は苦戦して撤退→2回目に勝利のパターンが多い)、相手の攻撃に破壊される(足が吹っ飛ぶ、手が折れる、腹に穴が開く)ロボットって他にはない。いや「マジンガーZ」の最終回で見た圧倒的な強さのせいで「ひたすら強いグレートマジンガー」「完全無欠のヒーローの剣鉄也」というイメージを持っていたけど、意外と毎回苦戦して破壊され、傷つく。いや、ひょっとして実はグレートマジンガーって強くないんじゃないか。だけど一方で、苦戦して敗退して、時には悩んだり、苦しんだりしても必ず克服して立ち上がって、もう一度敵に立ち向かっていく。そして2回目はあまり苦戦せずに勝つ。そんなグレートマジンガーや剣鉄也を見て「苦しんでも立ち上がって立ち向かっていく」、そんな姿勢を学んだような気がしました。やはり小3、少しだけ成長していたその頃の私にとっても、グレートマジンガーや剣鉄也は「ヒーロー」「憧れの存在」でした。
でもこのアニメって、大人気番組だったわりには昭和53,4年ごろを最後に全く再放送されませんでした。まあ、その後多くのロボット・アニメが作られたし、もっと大人向けのSFアニメが受けたりしたせいもあるんだろうけど。なので、今回の視聴が実に35,6年ぶりということになります。まあ、すっかり40代になってしまった今の私には、グレートマジンガーも剣鉄也も「ヒーロー」「憧れの存在」には映らないのが悲しいところ。だけど、勇気づけられた、影響を受けた、あの頃の気持ちを少しだけ思い出してしまいました。何よりも今、異常に忙しくって逃げ出してしまいたくなることもある生活だけど、そんな私も「くじけちゃいけない」「逃げずに戦わなきゃいけない」と久々に勇気づけられたような気分になりました。
それから、このアニメのオープニングとエンディングの歌、当時の私の愛唱歌でした。表題はエンディング・テーマ曲の一説ですが、このフレーズが好きで毎日毎日、口ずさんでいたものです。というわけで、久々に視聴したせいか、道を歩いていた時、無意識にこのフレーズを歌ってしまった(もちろん小声でですが)自分に気がついてハッとしてしまいました。幸い周りには誰も歩いていなかったので、聴かれずに済みましたが(笑)
■2013/10/9 実は昔もあった「会いに行ける」(アイドル今昔2) 先日、例によって仕事中の休憩時間にネットを見ていたら、私が先日書いた昔「絶対会いに行けない」、今「会いに行ける」にそっくりな文章を発見しました。ニュース・サイトの記事なので、当然プロの記者の人が書いた文章のようでしたけど「昔はアイドルといえば憧れの対象だったのに、今は身近で親しみやすいものになった」というような内容でした。昔、表のサイトを頻繁に更新していた頃の私なら「俺のサイトを見てパクりやがった」なんて大真面目に思ったところだけど、今ではこんな過疎化したサイトの、しかも誰も注目していないであろう「落書き帳」なんてパクろうと思う奴なんていないだろうと思えるので、むしろ「同じように感じていたのは俺だけじゃないんだな」と安心してしまいました。だけど、一方で・・・。
最近、ファミリー劇場というチャンネルで1980年代に日本テレビで放送されていた「ザ・トップテン→歌のトップテン(途中で番組名変更)」が放映されていてよく見ています。歌謡ポップス・チャンネルでやっている「レッツゴー・ヤング」の場合、1984,5年頃までの分しか放映されていないけど、こちらの「トップテン」は、その後の1986,7年頃の放送分まで放映されています。1986年といえば、私が高校3年の頃。以前書いたこちらの中でも触れたけど1986年の日本のヒット・チャートって、「おニャン子もの」一色になってしまって「最早音楽とか、歌とか言えるレベルじゃない」と感じるようになって、テレビの歌番組をほとんど見なくなった頃。ラジオでニューミュージック系の人の曲は聴いていたけど、アイドルものの歌への興味はほとんどなくなってしまっていたもの。そして1987年は「ビートルズに目覚めた」年。なので、これら1986,7年頃の「トップテン」を見ても、「こんな曲、あったっけ?」なものもいくつかある。それに、1985年以前のヒット曲と比較すると、明らかにクオリティが落ちているように思える。別に「おニャン子系」の人だけじゃなく、この時代にデビューした人たちって、それ以前にデビューした人たちと比較して「オーラがない」「別世界の人な感じがしない」ように感じられます。
でも、正直言えば、当時高3だった私が「おニャン子なんて全く興味がない」「見たことも、聴いたこともなかった」というと、決してそういうわけではありませんでした。福岡県では「夕やけニャンニャン」の放送開始は、既におニャン子がデビューして売れてしばらくたった後、1986年3月頃だったと記憶しています。同年2月の修学旅行(長野のスキー場)の際、「福岡ではやってないけど、こっちでは見れるぞ」ってんで、部屋に集まってテレビを見ていたのをはっきり覚えているし、それから約1ヵ月後に福岡ではじまった、確かそうだったかと。なので「遅れてはじまった」分、私は「あいつらは東京ローカル・タレントに過ぎない」と受け止めていたし「素人臭いし、歌はカラオケ・レベルだし、こんなのが『プロの歌手』に混じって歌番組に出るのはおかしい」と思っていたので、当初は毛嫌いしていました。
だけど、なんだかんだ言っても高校3年、「同世代の女の子」が気にならないわけはない。番組自体は「くだらん」と思いつつも、やっぱり見ていました(笑)。「毎回欠かさず」とか「楽しみにして」とか「速攻で毎日帰宅して」とかってレベルじゃなく、「家にいて見ることが出来る日は見る」レベルに過ぎなかったけど。そしてそのうち、やっぱり「お気に入りのメンバー」ってのも何人か出来てきた(高井麻巳子=現秋元夫人、永田ルリ子他)。番組の中で流れるメンバーのソロやグループの歌も、毎日のように聴くので覚えた。なので「全く興味がなかった」とは言えない。
だけど彼女たちは、間違ってもホンモノのプロのアイドル、例えば同時代の1985,6年頃人気のあった中森明菜、小泉今日子、南野陽子、斉藤由貴のような人たちとは別世界の人たちだと感じていました。あくまでも「夕やけニャンニャン」という番組内ユニット、課外授業か部活動のようなノリで番組に参加している素人集団。自分たちと大差ない人たち。そして彼女たちの出しているレコード=歌は、プロのアイドル歌手の出すレコード=作品ではなくって、キャラクター商品、番組のイメージ・ソングかBGMのようなもの。だから、彼女たちを「プロの歌手」と同列に扱うことに違和感があったし、歌番組に登場したり、ヒットチャートに顔を出したりすることに嫌悪感を感じていたというのが正直なところでした。「嫌い」と公言していた理由はそこにあるので、別に「キャラクター商品」「番組内BGM」としては馴染み深いものでした。なので、「嫌い」を公言していたわりには1986,7年放送分の「トップテン」で彼女たちの歌を聴き、彼女たちが歌っている姿を見ると、高校3年の頃を思い出して感傷的になってしまいました。「プロの歌手の歌」と違って、解散後、彼女たちの歌を見聞きする機会ってなかったので余計でした。特に解散後、再結成などにも一切参加せず、自分の過去の映像を流すことを許可しない永田ルリ子の歌っている姿を久しぶりに見ることが出来たのは収穫でした。
そこで思う。ああ、今のアイドルの先祖って、キャンディーズやピンクレディ、松田聖子や中森明菜ではなく、おニャン子なんじゃないか。「プロフェッショナルで憧れの対象」ではなく、「身近で自分たちと大差のない人たち」、まさに現代のアイドル像そのまま。それを思えば「会いに行ける」とか「今会える」に対して、否定することはやっぱり間違いなんじゃないか。まして今のグループの方がっよっぽど、あの人たちよりはプロ意識も高いわけだし。とはいえ、やっぱり私にとっては「アイドル=憧れの対象」。第一、私はおニャン子を「アイドル」と思ったことは一度もなかったし。
■2013/10/23 さらば平日昼間の風物詩(「笑っていいとも」終了) 小6〜中2くらいの頃、1980〜1982年頃、中間試験や期末試験や短縮授業で昼までで帰宅できる日や、祝日や代休で平日休みの日、さらに夏休み、冬休み、春休みなどは、昼の12時からテレビで「笑ってる場合ですよ」を見るのが楽しみでした。B&Bが司会、ザ・ぼんち、ツービート、のりお・よしおら当時の漫才ブームの連中が出演するバラエティ。「昼間に家にいることが出来る」こと自体がレアでめったに見ることが出来なかった分、余計に楽しみだったものです。そんな「笑ってる場合ですよ」が終わったのは、確か中2(1982年)の秋だったと思います。次はどんな番組がはじまるんだろう。楽しみにしてテレビ欄を見ると「笑っていいとも」とある。だけど、テレビ欄には出演者等の詳しいことが一切載っていなかったので、どんな番組か全く分からず。その後、番組開始から2週間くらい経った時「昼間に家にいる」日がやってきました。何かの代休だったと思うけど。「どんな番組なんだろう」「きっと、漫才師の誰かが司会する、似たような番組だろう。だったらきっと面白かろう」、期待を胸にチャンネルを合わせた・・・。
すると、3人組の男が踊りながら歌っている(初代青年隊)、その後ろから色眼鏡をかけて髪をキッチリ分けた、胡散臭い男が出てきた。テロップには「森田一義」とある。こいつ誰? 別にタモリを知らなかったわけではないけど、他の番組のような黒いサングラスではないし、ファッションもラフだし、テロップは「タモリ」じゃなく「森田一義」だし。いや、それ以上に「昼間の番組にタモリが出るわけがないし、ましてあの人気番組の後番組の司会をタモリのようなマニアックでアングラなタレントが勤めるはずはない」と思ったので、「なんとなくタモリに似てるけど、まさかねえ」という気持ちの方が強かったし。結局、この日の放送を見終わっても「あの司会者がタモリ」という確信は持てないままでした。だけど、翌日学校に行くと「なんでタモリなん?」「どうせすぐ終わるよ、タモリなんかじゃあ」とみんながしゃべっていたので「ああ、やっぱり俺は見間違ったわけじゃなく、あれはタモリだったんだ」と気がつきました。いや、それほど「昼間からタモリ」「若者向け番組でタモリ」というのは、当時としては「冒険」だったし、意外だったということです。
その後、試験で丸1週間昼までの授業が続いた時、やっときちんと腰を落ち着けて見ることが出来ました。いや、意外と面白いじゃないか。当時はタモリらしい「アングラ」なネタが多かったけど、そこが新鮮だったし。放送禁止スレスレのメンバーの揃う「病気の水曜日」(たこ八郎、大屋政子、高田純次)とか、奇抜な仮装をして時事ネタや流行ものをタモリならではの視点でバッサリ切り捨てる「オジサンは怒ってるんだぞ」などは、当時流行の「ひょうきん族」や「欽ちゃん番組」にはない笑いで斬新だったし好きでした。一方で、タモリが二日酔いで満足に司会進行が出来なかったりとか、素人参加コーナーでは、素人が突然、リハーサルと違う放送禁止寸前のネタを披露して会場がパニックになったり、なぜかタモリが素人参加コーナーに出てきた女の子を気に入って、翌週から何週か連続してその娘が出てきたり、「テレホンショッキング」でも、友達に電話しても出演を断られてなかなか次の日の出演者が決まらず、放送終了直前にやっと決まったりとか、あるゲストが友達の家に電話したはずが、番号を間違ってただの素人の家に繋がってしまい、翌日はその素人が「テレホンショッキング」に出演したりといった、「生放送ならではのハプニング」が楽しめるのもこの番組の面白さでした。なので、この番組の醍醐味はまだ「やらせ」のなかった頃の「テレホンショッキング」と、「何をやるか分からない」素人が次々に登場する素人参加コーナーにあったと思います。
その後人気番組、おばけ番組になって1985年頃からは、さんま、鶴太郎、のりおといった「ひょうきん族」のメンバーがレギュラーとして登場するようになり、初期の「タモリ色」というか、アングラな要素が薄れて華やかになっていったのは少し残念に思いました。いや、タモリ=「いいとも」と「ひょうきん」の世界は、全く別世界だと思ったいたし、「それぞれに面白い」と思っていたので・・・。だけどタモリとさんまのフリートークは「台本なし」なので話が意外な方向に展開したりで、やはり「生放送ならでは」の楽しみはありました。まあ「異種格闘技」のようなものと思えば、これも楽しかったし。さらにその後、関西ローカル・タレントだった鶴瓶、「欽ちゃんファミリー」の関根勤、さらにダウンタウン、ウッチャンナンチャンといった若い世代も加わって、ますます「異種格闘技化」していくわけで、このあたりまでは本当に面白かったと思うし、楽しみにしてみていた覚えがあります。
それが1990年代半ば、突然ジャニーズのタレントが登場、さらにプロデューサーが「横沢ファミリー」以外の人になり、「なんか違うな」と。素人参加コーナーが減って、生放送ならではのハプニングやアドリブも少なくなって・・・。みんな他の出演者の話は聞かず、自分の言いたいことだけをしゃべっていて、何のまとまりもなくうるさいだけ。タモリならではの毒の感じられるコーナーや企画はひとつもない。さんまや所ジョージなどの常連が辞めて「お笑い番組」の要素が希薄に。そのあたりから「平日の昼間に家にいるときはなんとなくつけているけど、別に面白いとは思わない」「見たくて見てるわけじゃなく、見流しているだけ」に。そして私が「地上波テレビ離れ」した1999年頃を最後に、一度も見ていません。というわけで私の中では「1990年代半ばで既に終わってしまった番組」というのが正直なところなので、「遂に『いいとも』が終わる」と言われても、特別感慨はないのは事実。個人差はあるだろうけど、私の中では「病気の水曜日と『おじさんは怒ってるんだぞ』」の1982,3年頃、「タモリ、さんまのフリートークと所ジョージのナンセンス・ネタ(トイレ掃除用たわしを観客の頭に乗せて『あなたはだんだん気分が悪くなる』とか)炸裂」の1985,6年頃、「関根&ダウンタウンの月曜、鶴瓶&ウンナンの木曜日に夢中」だった1988年頃、この3つの時代が「黄金期」だったと思っています。
最近は見てないけど、最早あの頃とは別の番組と言ってもよいほど変わっているだろうし、本当に今は何の思い入れもありませんし、「終わるから」といって急に見始めることもする気はありません。ジャニーズとか「自称・芸人」とか、全然興味ないし。だけど「中高生の頃、夏休みや春休みに夢中で見た」「短縮授業の日、息を切らして家に帰って昼食をとりながら夢中で見ていた」「高校生の頃、『お前はどう見てもオッサンにしか見えないから年齢あてコンテストに出てみろ』と薦められてちょっとその気になったこと」「それよりも素人芸のコーナー(桂文珍司会ののど自慢だったかと)に出て目立ちたかったこと」「はじめて上京して新宿駅で下車した時、アルタ前に大勢の人がたかっている景色を見て『テレビと同じだ』と思ったこと」「就職したての頃、いつも社員食堂でこの番組がついていたこと」「放浪先の駅の待合室でこの番組が流れていたこと」「入院して闘病していた頃、隣のベッドのオッサンが毎日この番組をつけていたこと」・・・などなどを思う時「いつの時代にも平日の昼間に当たり前にように流れていた」ことを思い知らされました。それを思うと「平日の昼間の風物詩」だったのかなという思いもありで、大袈裟かもしれないけど「ひとつの文化の終わり」なのかなと。
■2013/10/28 狂った犯罪者と狂った刑事達(大都会PART III) 以前述べたとおり、長く封印されていた刑事ドラマ「大都会」の3部作がケーブルテレビで視聴できる「チャンネル銀河」で放送されていたので、録画してゆっくり1話ずつ見てきました。「闘いの日々」とPART IIは既に見終わって、既に感想などを書きました。そしてつい先日、PART IIIを全話視聴し終わりました。
ちなみにPART IIIのリアルタイムでの放送は1978〜1979年、私が小4、小5の頃でした。この頃には「ザ・ベストテンのある木曜日と、休み前日の土曜日は10時就寝、それ以外は夜9時半就寝」になっていたので、この番組(放送は火曜日)は「半分見て寝ていた」覚えがあります。刑事ドラマ好きの父は夢中になっていましたが、私はこの番組、好きになれませんでした。街中で犯人が拳銃乱射、刑事もそれに応戦して街中で銃撃戦を繰り広げる、犯人に自白させるために見ていて目を覆いたくなるくらい残忍な拷問、怪我して入院している犯人から情報を聞き出すために面会謝絶と止める医者を振り切って病室に入って拷問・・・・。「いくら犯罪者が悪いといっても、これは駄目だろう」「犯人より刑事のほうがはるかに『悪い奴』に思える」、そんなこんなで好きになれなかったものでした。
その後「闘いの日々」やPART IIに比べると頻繁に再放送されていて、確か高校生の頃(1984年頃?)、夕方の再放送で改めて全話視聴しました。小学生の頃に見た時以上の「違和感」と「これはないだろう」の連続。トラウマになりそうなシーンもいっぱい。とにかく、犯人がこれ以上ないほど凶悪、いや、本当に正気の沙汰じゃない。「車で逃走中の犯人が、テニス・スクール帰りの無関係の市民を人質にする。追ってくるパトカー、それを振り切るために犯人はその市民の一人を道路に放り出して銃撃、パトカーは追跡を諦める。もちろん人質は即死」「銀行強盗が銀行の警備員の体に時限爆弾を巻きつけて金を出すように要求。警備員は街中で爆発するのを避けるために『みなさん、爆発します、逃げてください』と叫びながら空き地に向かって走る。空き地に着いたところで時限爆弾が爆発、警備員爆死、後に残ったのは警備員の帽子だけ」「自動車教習所のバスの運転手に恨みのある犯人が教習所のバスをジャック、バスの中で機関銃を乱射、運転手だけではなく教習生も皆殺しに」「事件の捜査を止めさせる為に、無関係の散髪屋にバズーカ砲を打ち込む」・・・・。
でも「正気の沙汰じゃない」のは刑事の方も同じ。「取調室で拷問されて『人権蹂躙だ』という犯人に対して『お前らに人権なんてない』」「『吐かないと撃ち殺すぞ』と脅す刑事に『そんなことしたらお前も犯罪者だ』と返す犯人、だけどそれに対して『正当防衛だったと言えば問題にはならない』という刑事」「スーパーに逃げ込んだ犯人を追跡する刑事、それでもかまわずスーパーの中で拳銃を乱射する刑事、逃げ惑う買い物客を『どけ』と言って払いのける」・・・。1984年頃といえば、同じ石原プロの制作した「西部警察」が放送されていて、あれも「滅茶苦茶」だと思っていたけど、あちらは「爆破、破壊のシーンだけを華々しく見せる番組」に過ぎない(私の個人的感想です)けど、こっちは「華々しい」というよりも「狂気」のようなものを感じたものでした。しかも最後は犯人を射殺、何事もなかったかのように無表情でタバコを吸いながら去っていく黒岩(演:渡哲也)、バックに流れる渡哲也の歌う「日暮れ坂」、どこまでもドライで冷徹。「恐ろしいドラマ」と思っていたものでした。
そして今回約25,6年ぶりに見てみました。いや「城西署の黒岩軍団」という設定はPARTIIと同じだし、メンバーが一部入れ替わっている(松田優作がいなくなり、寺尾聡と星正人加入)けど、それ以外の顔ぶれもほとんど同じ。だけど明らかに違う。PART IIではどんな凶悪事件が起こっても「人質の安全が第一」「犯人逮捕が刑事の仕事」と言っていた黒岩と部下の刑事たちが、ここでは「事件を解決すること(例え犯人を殺してでも)」を第一に考えているような言動が目立つし、残忍な事件現場を見ても「殺された人への哀れみ」はひとかけらもなく「犯人と犯罪への憎悪」を露にする。「犯人」とか「容疑者」とか言わず、「敵」というのも印象的。なのでPART IIとは別の世界、黒岩も別人と考えた方がいいんだろうなと。
でも、今見ると小学生や中高生の頃に見たのとはちょっと違う感想も。黒岩は無表情で無口なので「部下にも犯罪者にも冷酷」な男だと思っていたもの。事件と無関係なのに殺されてしまった市民の死体を見る時の「無表情」、事件解決のために利用された部下(星正人演じる虎田刑事)に罵られ、詰め寄られた時の「無表情」、「可哀想な理由で犯罪を犯してしまった男を射殺した時の「無表情」・・・、これら全部が「冷たい」わけではなくって、「怒り」だったり、「哀れみ」だったりする。それを思うとこのPART IIIの黒岩は、決して冷徹なだけの刑事ではないんだなと感じました。
黒岩以外のメンバーも微妙にキャラが変わってるよう。「ちょっと頼りない」男だった坊さんこと大内刑事(演:小野武彦)が自らが犯人の標的になったりの男気のあるキャラに変化していて好感度アップ。一方で「古風で猪突猛進な九州男児(嫌いな言葉だけど)」だった弁慶こと宮本刑事(演:苅谷俊介)が、単なるガラが悪く暴力的なチンピラみたいなキャラになっていて、見ていてイライラする。こちらは大きく好感度が下がりました。あと「味のあるベテラン」だった丸さんこと丸山刑事(演:高品格)が、黒岩不在時にはリーダーシップも発揮する、ちょっと武闘派な爺さんに。主演作も2話もあって、犯人役のガッツ石松と殴り合いを演じる(実は高品格も元ボクサーらしい)シーンもリアルでカッコよかった。個人的にはPART IIIの丸さんが一番好きかも。
あと、主に30話くらいまでは、アクション一辺倒じゃない。暴走族に絡まれた普通のサラリーマン(実は射撃が趣味)が、恐怖のあまり暴走族を撃ち殺してしまい、そこからどんどん凶悪犯罪者に転落してしまう話(4話)とか、古典的な義理人情の世界に生きるヤクザの悲哀と黒岩との対決を描いた(15話)とかは、PART IIでも通じそうな話。黒岩軍団を追い回す記者(金沢碧)が準レギュラーで、黒岩とお互いに利用しあったりとか。30話あたりから「バイオレンスとアクション」一辺倒になって、私がトラウマになった世界になっていくけど、時々思い出したようにサスペンス調の話があったり、社会派なストーリーがあったりするので、中高生の頃よりは多少印象はよくなったように思います。その後、この世界から「狂気」を消して、アクションの派手さだけを強調したのが「西部警察」だったんだろうけど、私はあちらは今も昔も馴染めません。それに多少はPART IIIも「見直した」部分はあったけど、やはり「PART IIが一番よかった」というのが「大都会シリーズ」をすべて見終わった感想です。でも、次はいつ見られるか分からないわけで、久々に見ることが出来ただけでも収穫でした。
■2013/11/4 七人の刑事 TBSチャンネルで約1年半、1978年版の「七人の刑事」が放映されていたので視聴してきました。「七人の刑事」といえば、テレビ創世記の昭和36年〜昭和44年に放映されていた、「特別機動捜査隊」と並ぶ刑事ドラマの元祖のような番組。刑事ドラマ・ファンだった亡き父が刑事ドラマに夢中になったきっかけは、この2つの番組だったとよく言っていたものでした。この元祖、昭和36年版の「七人の刑事」は、1,2話を除いてVTRが現存しないとか。その後、1978年(昭和53年)から約1年半、リメイク版の「七人の刑事」が「太陽にほえろ」の裏、金曜の夜8時に放映されていました。とはいえ、リアル・タイムでは父も私も「太陽にほえろ」の方を夢中で見ていたので、普段は見なかったし、私も一度も見てません。父が一回だけ「試しに見てみたけど、昔と全然違って面白くなかった」と言っていたし、ちょうどボン&ロッキー期で全盛期、安定期だった「太陽にほえろ」に押されて低視聴率に終わった記憶もあります。一方でTBSは「かつての人気番組を復活させた」「どうしても『太陽』に勝ちたい」気持ちが強かったのか、「ザ・ベストテン」との連動企画をやったり「8時だよ全員集合」の刑事もののコントの中で「七人の刑事」のテーマ曲をBGMで使ったりで、必死に宣伝していたことも記憶にあります。とはいえ、視聴率的には「失敗」だったせいか、その後再放送されることも、語られることもなく・・・。なので、今回が私にとっては初視聴でした。
「8時だよ全員集合」の刑事ものコントでお馴染みの、低音のハミングだけからなる渋いテーマ曲や、「昭和36年版」のオリジナルの頃からのメンバーの沢田警部(演:芦田伸介)と南警部補(演:佐藤英夫=救心のオッサン)といった地味なオッサン中心のメンバーは、見る前にイメージしていた通り。「古い刑事ドラマ=地味で渋い」という勝手なイメージを持っていたけど、まさにその通りでした。おそらく「昭和36年版」もこういうカラーだったんだろうなと。だけど、それ以外の「昭和36年版」メンバーは、その頃最も若い刑事役だった(らしい)久保田部長刑事(演:天田敏明)のみ。つまりオリジナル・メンバーは3人しかいない。そして新米若手刑事、東大出のエリート岩下刑事(演:中島久之)と、テッズ・ファッションでバイクを乗り回す北川刑事(演:三浦洋一)の2名がいる。そしてこの2人のうち、周囲のベテラン刑事と対立したり、一人で突っ走ってしまいがちな北川を中心にした話、「若手刑事の成長物語」風な話が多いのが目立つ。それと、必要ないところで長いカーチェイス・シーンが入ったり。でも、これじゃあほとんど裏番組の「太陽にほえろ」と変わらないじゃないか。それから、沢田研二や郷ひろみのような、当時売れっ子だった人を犯人役として登場させたり、ビートルズ・ナンバーをBGMとして使ったり、当時人気のあったブルートレインを登場させたり、挙句の果てには「ザ・ベストテンの司会者・久米宏に殺人容疑がかかる」(もちろん久米宏が実名で登場)もろ番組宣伝を兼ねたような話があったり・・・。こういう「企画もの」っぽい話は、内容が薄くなってしまうことも多くて逆効果。まあ、郷ひろみが「理由もなく殺人を繰り返す」殺人鬼を演じた回は、内容的にもよかったけど。正直「太陽にほえろにどうしても勝ちたい」と焦ってたのかな、と思ってしまいます。
だけど一方で(見たことがないけどイメージ的に)「昭和36年版」を思わせるような地味だけど重厚なエピソードもある。特に印象に残ったのは、ただですら後味が悪くて哀しい事件だったのに、最後にさらに追い討ちをかけるような「どんでん返し」でさらに気持ちが落ち込みそうになる「倉田平三巡査の夏」と、家庭内暴力に悩む父親と母親がやむなく息子を殺してしまうという救いようのない事件を扱った「三人家族」。特に中盤、全69話中20話〜40話くらいに「地味だけど重厚な傑作」が時々あって見応えがありました。まあ「特捜最前線」にありそうな話といえばそれまでだけど、「特捜」とはまた違う、沢田警部と南警部補のよさが出ていると思います。なので逆に言えば、変に裏番組を意識したりせず、ずっとこの路線でいけば「特捜」並みの名作ドラマになっていただろうにと残念に思います。というか、どうせリメイク版を作るのなら「太陽」の裏ではなく、もっと別の時間にやればよかっただろうに、そうすれば過剰に「太陽」を意識せずに済んだだろうに・・・。とはいえ、渋いベテランの沢田、南、若手の岩下と北川、その間の世代の久保田、姫田(演:中山仁)、佐々木(樋浦勉)というメンバー構成は、世代、キャラともバランスもとれていてよい感じ。あと、北川刑事のキャラは、裏のドラマの若手刑事と被るけど、悪くないかなと。
だけど43話でオリジナル・メンバーの南が転勤(同時に佐々木が殉職)したあたりを境に、さらに番組のカラーが軽くなっていく。テーマ曲も例のハミングではなくなったし。このあたりからは「普通の特徴のない刑事ドラマになってしまった」という感じ。企画ものもなくなったけど、一方で重厚で救いようのないエピソードもなくなってしまう。なにより、それまでNo3だった久保田が沢田の参謀格=南の代役になっていくけど、ちょっと荷が重い。若手の北川や岩下を押さえつける時の口調がキツくて「感じが悪い」「冷たい」印象を持ってしまう。むしろ2人に兄貴分的接し方をする姫田の好感度が上がった。一方、新しく加わった立岡刑事(演:輪島功一)は台詞は棒読みだけど、「輪島功一そのまま」のようなキャラで、これはこれで味があっていいんだけど、岩下や北川よりも若い中野刑事(演:宅麻伸)は、ほとんどパシリのレベルで活躍の場がない。なので「七人のバランス」も崩れてしまっているのが残念。
というわけで、初視聴だったけど「企画もの」「裏を意識しすぎ」な話もある反面、地味だけど重厚な「特捜」を思わせるような話もあるし、「七人」のバランスもよいので43話までは「悪くないかな」という印象。だけど、メンバー変更後の44話以降は「特徴のない普通の刑事ドラマ」という感じ。本当に過剰に裏番組を意識しなければ、もっといいものになっていたかも。まあ、亡き父(1話しか見てないけど)に言わせれば「昔のと全然違う」という話だったので、いつの時代も「リメイクは外れてしまう」というものなんでしょうか。しかし「特別機動捜査隊」の方は、途中の100話程度が抜けているとはいえ、現存するVTRが残っているおかげで、今でも東映チャンネルで見ることが出来るけど、こちらは「残っていない」というのが重ね重ね残念に思われます。
■2013/11/18 はだかの・・・代表取締役(はだかの刑事、代表取締役刑事) ケーブルテレビで視聴できるファミリー劇場で、私にとっては「初見」になる刑事ドラマが2本、放映されています。どちらもリアル・タイム放映時は視聴率も振るわず、ネット上で見ることの出来る刑事ドラマ関連のサイトでの評価も芳しくないんだけど・・・。
はだかの刑事
リアルタイム放映は1993年、日本テレビ金曜夜8時、つまり「太陽にほえろ」以来の日テレの看板ともいえる「刑事ドラマ枠」。人気の高かった「刑事貴族」シリーズを終わらせてまではじまった番組でした。1993年といえば社会人2年目。社会人1年目だった1992年4月に関東ではじめてのひとり暮らしをはじめて、テレビを見る時間もどんどん減っていた時期。「刑事貴族」は初回からずっと好きで見ていたし、家にいない時は録画してまで見ていたのに突然終了。当時私が嫌っていた「はぐれ刑事純情派」(今も好きではない)路線の「地味な中年平刑事の活躍を描いた人情刑事もの」との触れ込みでこの番組がはじまった時は「なんで?」という感じで一切見ませんでした。「刑事貴族」では宮本課長を演じ、同時に当時多くのドラマで管理職クラスの役ばかりやっていた松方弘樹が「うだつの上がらない万年平刑事」ってのも違和感があったし、「いくら『はぐれ』が人気があるからといって、同じことやらなくってもいいのに」と思ったし、「こんなんなら刑事貴族シリーズをメンバーを入れ替えて続ければいいのに」と思ったし・・・。事実「刑事貴族」を見ていたアクションもの刑事ドラマが好きな人が見るはずもなく、低視聴率に終わって約半年で終了。刑事ドラマ関連のサイトでも酷評されてる様子。でも、ケーブル局で再放送が始まったので「ちょっと見てみるか」ということで、はじめて視聴してみました。
最初の9話くらいまでは銃撃戦もない、アクションもない、本当に「はぐれ刑事」そのままの世界。世良公則演じる本山刑事ら他のメンバーが走り回って捜査する中、単独行動で全く別角度から事件を追いかけたり、影からそっとフォローしたりする矢口刑事(演:松方弘樹)。脚本や監督は「刑事貴族」などでお馴染みの人たちなので、決してストーリー自体は面白くないわけではないし、酷評されるような出来でもないと思う。でも、やっぱり松方弘樹にこういう役は似合わない。貫禄がありすぎるし、眼光鋭いし、全然「万年平刑事」には見えない。そして本人の役作りなのかもしれないけど、わざとのらりくらりとした、素の松方弘樹のようなしゃべり方をするんだけど、逆にそれが時としてイラッとさせられたり。ところが10話位から早くも最初のテコ入れが。始まった頃は敢えて避けてきたと思われる銃撃戦やアクション・シーンが増える。その分「殉職せずに生き残り、少し年をとったボギー刑事(「太陽にほえろ」で世良公則が演じた)」のようなキャラの本山刑事の活躍が目立ち始める。矢口刑事のキャラも若干変化。のらりくらりとしたしゃべり方を止めて、ドスの利いたしゃべり方になったり、普段は温厚な人情派だけど、凶悪犯に尋問する際は怒鳴りつけたりもする。この辺の松方&世良は悪くないと思う。そして初期の頃は少年課だった新堂刑事(演:七瀬なつみ)も捜査課へ。この頃の七瀬なつみって映画では「濡れ場女優」だったけど、ドラマでは可愛らしい役ばかり演じていて個人的に好きだったもの。この新堂刑事も嫌いじゃない。いや、最初からこの路線でいけばよかったのでは? この時期のこの番組は、文句なく面白いと思う。ただ「視聴率が振るわず、路線を変えた」ことは、当然リアル・タイムではマイナスに映っただろうし、初期の「徹底したアクション排除の人情路線」を放棄した分、「特徴のないただの刑事ドラマ」になった感は否めないかも。でも、個人的にはこの中盤、10話〜19話が一番面白く感じられました。
ところが、20話でまたも2度目のテコ入れ。木下刑事(演:室井滋)がまさかの殉職、代わって加入したのが布施博演じる三沢刑事。「万年平刑事」のはずの矢口が課長代理に昇進。オープニングで爆破、パトカー暴走など「人情もの」路線を完全に捨てて、アクション刑事ドラマに。「刑事貴族」ファンにいわせれば「ここでやっと面白くなった」ということになるらしいけど、私は違和感。課長代理=管理職になった矢口刑事は「刑事貴族」の宮本課長そのものだし、三沢刑事は「刑事貴族」の泉刑事そのもの。もう、別番組になってしまったようで・・・。本山と三沢が同年代なので2人がコンビのように絡む話もあり、この辺は「あぶない刑事」などの「コンビもの刑事ドラマ」っぽくって悪くないけど、これだったら「刑事貴族4」とでもタイトルを変えて「本城(水谷豊)が転勤、代わって本山(世良)が加入、泉(布施)が復帰」でもいいわけで・・・。
なので、個人的には「第2期」の路線が一番面白いとは思います。とはいえ、脚本がしっかりしている分、第1期や第3期も決して言われるほど醜いとも思いません。「刑事貴族」云々、「はぐれ」云々思わなければ、ごく普通に楽しめる刑事ドラマなんじゃないかと。でも、1990年代初頭のバブル期を思うと、何度路線を変えても視聴率が上がらなかったのは仕方ないかなという気もします。
代表取締役刑事
石原プロ制作の刑事ドラマで、1990〜1991年日曜日の夜8時テレ朝系、つまり「西部警察」の時間に放映されていたもの。リアル・タイム放映時の私は就職活動、「ロック気分全開」の頃だったし、「石原プロ=西部警察」のイメージが強かったので敢えて見なかった覚えがあります。その「西部警察」も嫌いだったけど、その後石原裕次郎亡き後に制作された「ゴリラ」なる刑事ドラマが「西部警察」以上に子供騙し(個人的感想)に映ったので「もういいよ」という感じで。ところがこれも実は「はぐれ刑事純情派」を意識したような、人情もの刑事ドラマ。後からそれを知ったけど、積極的に見ようとはしなかった記憶があります。なので、今回が初視聴になります。
舘ひろし演じる兵頭係長を中心とした、東京下町の辰巳署防犯課の刑事の活躍を描いた人情もの。しかし舘ひろしが「下町の人情派刑事」なんて似合わんなあと思いきや、彼自身はちょっと影があって、ちょっとハードボイルドな「いつもの舘ひろし」という感じ。だけど「あぶない刑事」のような気障でオシャレな感じではなく、生活感もあるし人間味もある。「舘ひろしが演じた刑事では『刑事貴族』の牧刑事が一番カッコイイし似合う」と思ってきたけど、「兵頭の方がいいな」と。下町とか「人情捜査」と、彼のハードボイルドのアンバランスが意外と悪くない。だけど反面、兵頭のキャラが強すぎて部下たち(川野太郎、池田聡、高松英郎ら)があまり目立たないのが難点かも。せめてあと一人、舘ひろしと同等に渡り合えるような部下役の俳優がいれば、という気もします。
一方、まるで「西部警察」の石原裕次郎が演じた課長(嫌いなドラマなので役名は知らない)のように「遠くから刑事たちを見守る」「兵頭のよき相談相手」的な橘課長を演じる渡哲也もいい感じ。どうせ「西部警察」好きな人は「大門と比べると老けてしまった」なんて思うんだろうけど、個人的には「私鉄沿線97分署」で彼が演じた榊検視官が好きだったので、その榊を彷彿とさせるような渋く、温かみのあるキャラクターは好感度が高い。この頃の渡哲也、いい年のとり方をして、いい感じでイメージチェンジできたんじゃないかなと。
というわけで「石原プロ=アクション」を求める人には「肩透かし」「地味すぎて面白くない」となるんだろうけど、個人的には悪くないと思う。やっぱり「はだかの刑事」同様、ちょっと「はぐれ」を意識しすぎかなと思うけど、その「はぐれ刑事」的な人情路線の中に、本来はアンバランスなはずの「いつもの舘ひろし」をはめ込んだ手法はユニークだと思うし、この番組にしかない独特な個性がある。まあ、時代はバブル期だったので地味な刑事ものは受け入れられず、「西部警察」路線を好む人たちからは酷評されてるようだけど、個人的には嫌いじゃないです。
■2013/12/23 地球の緑の若葉のために・・・(グレンダイザー、ゲッターロボ) 「特捜最前線」見たさにケーブルテレビのオプション・チャンネル「東映チャンネル」に加入、約35,6年ぶりに幼少の頃大好きだったロボット・アニメ「グレートマジンガー」を見た感想をここに書いたのが9月。その後「グレートマジンガー」は10月に最終回が放映されて終了。その後に放映されているのが「UFOロボ・グレンダイザー」。リアル・タイムでも「グレートマジンガー」の後番組だったので、その頃もやはり夢中になって見ていた番組でした。ただ、これもやはり昭和53,4年頃を最後にほとんど再放送されていなかったので、実に35,6年ぶりに視聴しています。
当時小1だった私は「マジンガーZの主役だった兜甲児が帰ってくる」という宣伝文句につられて見始めたけど、その兜甲児は主人公の引き立て役に過ぎず、すぐにやられてしまう自作のUFOに乗っていて、好サポートすることもあれば、ただの足手まといになってしまうこともある。「かつてのヒーロー」なのに、情けない役回りになっているあたりにガッカリしたもの。だけど「マジンガー・シリーズ」と同じ「世界」ということになるので、「いずれマジンガーZが復活するかも」「グレートマジンガーも戻ってくるかも」と期待して見ていたけど、それも叶わなかったのは残念でした。だけど「普段は亀のようにUFOの中に収まっていて、戦う時だけ飛び出していく」独特なロボットの形状には魅力を感じたし、そのUFO=スペイザー付きの超合金(当時流行った玩具)がどうしても欲しくって、親にねだって小1の時のクリスマス・プレゼントとして買ってもらったことも思い出深いところ。特に今の季節(まさにタイムリー)になると、あの日のことをはっきり思い出します。路面電車に乗って当時の北九州の第2の繁華街、黒崎の井筒屋(地元の老舗デパート)の玩具売り場に行ったら「グレンダイザー」のテーマ曲がエンドレスで流れていて、お目当てのスペイザー付きの超合金が陳列されていて・・・。それを大事に抱えて帰りの路面電車に乗っていたこと・・・・。本当に鮮明に覚えています。
だけど一方で、当時はそのグレンダイザーに乗る宇門大介=デューク・フリードがあまり好きではなかったものでした。マジンガーZの兜甲児やグレートマジンガーの剣鉄也のように、血気盛んなキャラじゃない。極端な言い方をすれば、2人とも「好戦的」なところがあって、子供心にはそうしたところがカッコイイと映っていたけど、彼の場合はその逆。実は彼は、ベガ星連合軍という侵略者の宇宙人に滅ぼされた平和的な星、フリード星の元王子。故郷の星が滅ぼされた後、グレンダイザーに乗って逃走中に地球に不時着。地球を第2の故郷として平和に生きていこうとした矢先、その地球にもまたベガ星連合軍が攻めてくる。「もう戦うのは嫌」だけど「地球を守りたい」、その一心からグレンダイザーでベガ星連合軍と戦う。なので、あくまでも「第2の故郷の地球を守りたい」という思いで戦っているので、むしろ平和を願っている。その分、子供心には「軟弱」に映ったのかも。特にロボット・アニメ史上でも最も好戦的で戦闘的な剣鉄也の後に見ると余計にギャップを感じるし。だけど今の私の目には、それ故に好感が持てる。なにより、普段は牧場で働く「自然と緑を愛する男」なんて、当時のヒーローものやロボットものにはなかったキャラクター。敵であっても改心したり、傷ついたりした者に対しては優しく接したりもする。もしもリアル・タイムの私が小学校高学年だったら理解できたかもしれないし、共感できたかもしれないけど、低学年の私には「甘い」「軟弱」に映ってしまいました。今見ると兜甲児や剣鉄也よりもはるかに人間的に思えるけど・・・。
あともうひとつ、実は最近同じ東映チャンネルで「ゲッターロボ」もはじまりました。こちらは私が幼稚園年長組〜小2の頃に放映されていたロボット・アニメで、やはりこちらも35,6年ぶりの視聴になります。リアル・タイム視聴時は「3台のマシンに3人が乗り込んで、3通りの組み合わせで3つのロボットになる」ところにのみ魅力を感じていたもの。だけど、こちらは3人の操縦者(リョウ、ハヤト、ムサシ)それぞれにドラマがあったり、敵の恐竜帝国の兵士にもドラマがあったりで、ただただ「戦闘」だけを見せるのではなくって、様々な人間ドラマが展開されるのが見所。「マジンガー・シリーズ」と人気を2分していたロボット・アニメだったけど、リアル・タイムでは「断然マジンガー・シリーズの方が好き」で「ゲッターロボは、合体の組み合わせで3つのロボットになる斬新さはあるけど、武器も少なくって戦闘シーンは今ひとつ」と思っていたもの。だけど、今の私の目で見れば、ストーリー自体は「ゲッターロボ」の方がはるかに上かも。
いずれにしてもこの2本、今回が35,6年ぶりの視聴。私の世代だと、最もヒーローものに夢中になる幼稚園児〜小学校低学年の頃に放映されていたのが「マジンガー・シリーズ」と「ゲッターロボ」。「コンバトラーV→ボルテスV」の頃には小3,4だったので、もう少し冷めた目で見ていたし、「ガンダム」の頃にはロボット・アニメから卒業していた。なので、私の中で「ロボット・アニメの王道」といえばこのあたりなわけで、でも再放送もほとんどなかったので、本当に久しぶりに見ているし、懐かしく思われます。同時に今の季節ならジャンボマシンダーに超合金などの、クリスマス・プレゼントに買ってもらった玩具も思い出すし・・・。
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