テレビ、芸能

      
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■2000/07/05 (水) テレビドラマは見ない

 プロフィールのところにある通り、私は最近はテレビをほとんど見ません。特に最近のドラマは全くです。
そのドラマ、7月に入って続々と新番組に切り替わっているようです。でも、相変わらず関心が持てないなあ。

 といっても、昔からドラマが嫌いだったわけじゃない。高校生くらいの頃までは、ちゃんと見ていたはず。
それが80年代末、バブル期の頃から、急激に面白くなくなっていったのです。
浮世離れした贅沢な生活をする登場人物、いい男&いい女だけによる
カッコばかりの恋愛をテーマとした薄っぺらなストーリー。
当時学生で、自分に対するコンプレックスが強く、カッコばっかりな人に対する
引け目と反発心があった時代だったのも理由かもしれないけど・・・。90年代末頃から、若干路線は変わってきたけど、
でも、今もこの時代のドラマの雰囲気を継承したものが主流。これじゃあ関心も持てない。
また、1クール3ヶ月というのも私には駄目です。最近の人は飽きっぽいから、このペースがベストなのかもしれません。
でも私は「熱しやすく、冷めにくい」性格だし、感情移入して見るタイプだから、
あれだけ短いとのめり込みはじめた頃、感情移入しはじめた頃に終了・・・。これじゃあ、夢中になる暇もない。

 先日まで関東地方では昼間「北の国から」の再放送をやっていて、休みの日に何となく見ていました。
このドラマ、昔は好きだったわけじゃない。むしろ嫌いだったかも・・・。
でも、久々に見ていて思ったのは、「いろんな意味で重みがある」ということでした。
セリフ、ストーリーなどの細部にも「重み」があってリアルで、名もないような脇役からまでも、
とてつもない存在感と生命力が感じられる。だからこそ、見ていて感情移入するし、どんどん引き込まれていく。
ストーリーが薄っぺらで、登場人物もまるでクローンかコピー・ロボットのように生命力が感じられない
そんな近年のドラマとは比べようもありませんでした。「見ていて引き込まれ、感情移入してしまう」
久々にあの感覚を味わいました。このドラマ、決して好きじゃなかったはずなのに・・・。

 私がドラマに求めているのはこの感覚。でも、現代は何事も使い捨て、無感情、存在稀薄な時代だから、
そんなドラマは作られることもないし、需要もないのでしょう。
じゃあ、私がドラマにはまることは、もう二度とないのかも・・・。
 

■2000/08/04 (金) 荒野の果てに(「必殺」シリーズ)

 関東地方ではテレビ東京で昼の12時から「必殺仕掛人」の再放送をやってるようです。
この「必殺」シリーズって、時代劇にありがちな年寄り臭さがなく、また、勧善懲悪でもない、
海外のアクション・ドラマにも通じる、アウトローな雰囲気があって・・・。
そんなわけで、私は中学生くらいの頃から、このシリーズが大好きだったものです。

 ただ、私が中学生の頃にやっていたのは、藤田まこと主演の「仕事人」。
もちろん、私がこのシリーズにはまったきっかけは、この番組でしたが、
私がこのシリーズにより深くのめり込んだのは、その後、再放送で見た、
「仕置人」(藤田まこと&山崎努主演)などのこのシリーズ初期の作品。「仕事人」の頃って、
既に登場人物がより善人っぽくなっていて、「悪党を殺す残忍な悪党」という、このシリーズの持つ
本来のテーマがぼやけてたし、しかも、コミカルなシーンが多すぎて、初期のシリーズにある
「怖さ」や「重さ」が薄れていて・・・。だからこそ、より「怖さ」「重さ」のある、
初期の作品により強くひかれたという訳です。どことなく、「見てはいけない番組」
というような空気すら漂っている、そんな異端な番組、それがこのシリーズだったのです。
久々の再放送ということで何度か見たけど、やっぱりいいな。

 ちなみに、今再放送されている「仕掛人」は、記念すべきシリーズ第1作で、一応、池波正太郎の同名小説を
ドラマ化したものらしいです。これもまた、「悪人を殺す痛快さ」よりも、「掟に縛られて生きる男の生き様」を描いた、
重みのあるもの。まだ若々しい緒形拳がいい味を出していて、見ていて引き込まれていきます。
「悪人を殺すことは本当に正義か?」という、なかなか型破りなテーマを持ったドラマともいえ、
「時代劇なんて年寄り臭い」と思っている人にもぜひ見ていただきたい内容です。どうせならこの後も、
このシリーズの再放送を続けて欲しいものです。ただ、表現が過激な話も多いから、
全部再放送されるのは今じゃ無理かも・・・。そういえば名古屋では、「必殺」の再放送枠で、
突然「お邪魔女ドレミ」の再放送がはじまって、「必殺」ファンが激怒してるとか。
心中お察し致します(笑)。俺でも怒るな。

■2000/09/10 (日) なぜ東京でだけ受けない? 関西局制作の番組

 かつて上岡龍太郎が司会を務めていた「探偵ナイトスクープ」という番組は、
関西の朝日放送制作であるにもかかわらず、言わずと知れた高視聴率番組。
地元の関西では最高で40%の視聴率を達成、地元・福岡、かつて住んでいた長野県、
北海道でも20%近い視聴率を稼いでおり、最初は土曜の昼とか、深夜に放送されていたのに、
より見やすい11時台に移動するのが常。であるにもかかわらず、関東でのみ全く受けないそうで、
一時期日曜の昼に放送されていたけど、結局金曜日の深夜3時台に逆戻り。
この番組がなぜ関東でのみ受けないのか、これは私の長年の謎なのです。

 他にも、「紳助の人間曼荼羅」、「明石家電視台」など、関東でのみ受けない番組は数知れず。
本当に謎です。ただ、私が気がついたのは、これらの番組に共通するのは、
「視聴者参加型」であること、しかも、登場する素人と、出演タレントが
「同じ立場」に立って作られていることだと思います。東京キー局の作る番組というのは、
「視聴者参加型」は少なく、また、素人が登場する番組であっても、タレントがそうした素人を
「上から見下ろした」姿勢で作られているものが多いように思います。
ひょっとすると、関東ではそうした姿勢の番組でないと受けないということなのでしょうか?
まあ、「好きにしゃべらせても十分番組として成り立つ」だけのキャラを兼ね備えた素人が
関西の方が圧倒的に多いということの現われといえなくもないんだけど・・・。
でも、結論は出ないなあ。

 例えば、東京キー局の番組では、素人に突っ込まれると「うるさい、このド素人が!」などと
罵声を浴びせるさんまだけど、「明石家電視台」では、まるで友達のように気安く
観客と会話を交わしています。私はそんな、フレンドリーな雰囲気の、そして、
「主役はあくまでも素人で、タレントはその引き立て役」に徹している、そんな関西キー局制作の
番組が大好きです。もっといっぱい流して欲しいなあ。

■2000/12/29 (金) アンチ「国民的番組」(紅白&かくし芸)

 「紅白を見ないと年を越せない」、「かくし芸を見ないと1年がはじまらない」。
典型的な日本人なのか。でも、私はもう20年以上見ていません。

 私の紅白初体験は昭和52年か昭和53年頃。「活躍した人全員が出てくる」と聞いていたので、
楽しみでした。ところがニューミュージック系の人が登場しない。
ピンク・レディに新御三家、山口百恵など、大物だと思っていた人たちが
早い時間に、軽〜く扱われて登場。何で? 後半、「続々と大物登場」と司会者。
現れたのは名前だけ知ってる程度のジジイ、ババア(言葉が悪いですが、
小学生の頃の私の気持ちをそのまま書いたもの)。
退屈。眠い。これのどこが「国民的行事」なんだ?
昭和54年までは見ましたが、出し物や演技を見せる時間が長く、
歌をじっくり聴かせてくれない、どの歌手もよそよそしい顔をしていて、
伸び伸びと歌ってないということに、ガキながらも違和感を抱きました。
55年には民放で漫才ブームに伴う漫才番組をやっていたので、そっちを見て以降、
私は現在まで一度も一瞬もこの番組を見たことないのです。
宇多田ヒカルが「一度も見たことないし、レコーディングや作曲をしていた方がマシ」とコメントしていたのには拍手。
この番組が心底好きな日本人って実はそんなに多くなくって、
「長いものに巻かれる」気持ちで見てるんじゃないかなあ。

 「かくし芸」ですが、一度も見たことがないような気もします。
でも意識的に見なくなったきっかけは、小5くらいの頃、「かくし芸の舞台裏」というような番組を見て。
その中で「練習が厳しかった」とか、「プロデューサーに言われてやった」
とのコメントを聞いて、「どこがかくし芸やねん!」と思ってしまいました。
「かくし芸」って、自分たちでやることを決めて、自分たちで練習するもんじゃないの? 興ざめ。
テレビなんてそんなもん、分かってるけど、ああいうことは言わない方がいいだろうに。
以降、この番組を見ることはなくなったのです。

 とにかく私は「●●でなければ」「みんながやってるから」的な言い方が大嫌い。
私の場合、そういうことをいわれればいわれるほど、反発して遠ざけてしまうから。
この2つの番組を遠ざける本当の理由は内容もさることながら、
実はその辺の私の性格によるものが大きいのかもしれません。
今年も見ないし、これからも見ることはないでしょう。
(後記:「みんなが見てる」と言われるから「見たくなくなる」というのは事実。
でも私自身は「何でもかんでも多数派は嫌い」という人間でもありません。もしそうなら、ビートルズ・ファンになるはずはない。
ただし、「みんなが好きだから」という理由だけで何かを好きになることはなく、
ちゃんと自分の趣味に合ってるか、合ってないかを考えた上で、「好き、嫌い」を判断しているということです。
何にも考えずに「みんなが好きだから」という理由だけで「好き」という人も優柔不断でカッコ悪いけど、
「みんなが支持するものすべてに背を向ける」態度もまた「世間の評判」を気にしていることの表われであり、
主体性がなく、カッコ悪いと思うのです。)

■2001/01/20 (土) みなさん、テレビは見てますか?

  「あんまり見てない」という人が多いんじゃないでしょうか。
ネットをやってる人って「テレビは全く見ない」「ほとんど見ない」という方が
世間よりも多いように思います。もっとも、世間でも見ない人は増えていますけど。
この半年の間、リンク先の管理人で「テレビが壊れた」方が4人もいらしゃるんですが、
「まあいいか」ってんで4人ともすぐに買い直さなかったとか。その話を聞いてその想いを強くしました。

 私の場合、社会人になった頃からテレビを見る機会が激減しています。
「トレンディ・ドラマ」全盛の頃からドラマに関心がなくなったし、
バラエティも「お笑いものだか、真剣な対決ものだか分からない」中途半端なものとか、
「タレントのお遊び」を放送しているだけのものが増えて質が低下してきたしで、
報道番組とスポーツ中継以外見なくなって・・・。
今じゃあ毎週決まって見ている番組は皆無になってしまいました。
5,6年前まで深夜に意外な掘り出し物な番組があったけど、今や深夜枠もひどい状態。

 であるにもかかわらず、テレビをつけている時間は変わっていません。
独り暮らしをしていると音がしていないと心細いものです。音楽をかけてる時以外は
テレビをつけているわけです。でも全然集中して見てない。パソコンに向かっていたり
雑誌を読んでいたりで、テレビはつけているだけ。
だから「テレビが壊れてしまったら俺は困ることがあるだろうか?」と考えると、
意外と困らないかもと思ってしまいます。音がしないのは心細いけど、
そのうち慣れるだろうし。パソコンやCDプレイヤーが壊れた方がもっと困るんじゃないか。

 ということで「テレビは見ないってプロフィールに書いてるくせに、
落書き帳でタレントやCMネタが多いのはなぜ?」と思ってる方は多いでしょうけど、
つけっぱなしているから情報だけは入ってくるのです。
「テレビを見ない」と言っている方で、タレントの名前など知らない人っていますからね。
オフ会で会ったある人なんて広末涼子も、スマップも知らなかったし・・・(笑)
そういった人たちとは全然違うというわけ。それに私って意外とミーハーな面があるから
「世間の話についていけない」状態になるのは嫌なんだね。
もちろん無理して世間に合わせて関心を持とうとはしないけど、
何が話題になってるのかだけは一応知っておきたいって程度のレベルね。

■2002/03/02 (土) みなさん、テレビは見てますか?(2)

 昨年同じタイトルでこんなものを書いた私、去年の9月に実家に戻って以降の私は、
その頃とは違ったテレビへの接し方をしています。
「つけっぱなし」はやらなくなった。報道番組とスポーツ中継だけ。
あと、たまに昔の番組の再放送で見るくらい。

 ドラマについてはずっと前にこちらに書いた通り。
「ひどいな」と思えるのがバラエティ番組。昔は好きな分野だった。
でも今はお笑いタレントが司会の番組で、「笑い」で勝負してる番組って
一個もないよな。「挑戦」「対決」ばっかりで「笑わせて」くれないし、
「笑い」の題材も素人やゲストをからかってるだけだったり。
「芸」で笑いをとれよ。昔のドリフやたけし&さんま、
全盛期のダウンタウンみたいなのが見たいんだよ。
ああいう風に「笑い」を見せる番組がないのは腹立たしい。

 一方で「なんでもかんでもバラエティ化」も許せない。
事件・事故、政治、スポーツ、音楽ですら、「バラエティの題材」と化してる。
そんなものにエンターテイメントの要素を取り入れて「素材」として扱うんじゃない。
なぜ五輪速報までタレントが登場してドタバタしなきゃいけないんだ。
特に最悪だと思うのが「タレントが遊んでる」ところを垂れ流す番組。
タレントのカラオケ大会、タレントの宴会芸。
出演者は大喜び、大はしゃぎ、大笑い、でも全然楽しくない、笑えない。
楽しいのはアンタたちだけでしょ、何がそんなにおかしいの? 楽しいの?

 実は最近の多くの番組はそういう状態なんじゃないでしょうか。
作り手と出演者は楽しい、楽しんでる、でも見てる人は一歩下がって冷めて見てる。
そう、今のテレビを面白いと思ってる人は、実は「見流し派」なんじゃないでしょうか。
私のような「感情移入して見る」人でなく、「見流し派」がターゲット。
だから内容は濃くなくてもいい、その時だけ楽しい番組を流しておけば、そういう人は満足するから。
「テレビは見流すもの」、時代は変わったということでしょうか。
でもテレビって、「文化」じゃなかったのかな。
かつては「テレビ大好き」で、感情移入して見てた私なだけに、寂しく思えてなりません。
テレビ、私の中では既に終わったメディアなのかも。

■2002/04/02 (火) 元アンチNHK、今はNHKだけが頼り

 この2ヶ月ほどほとんど家におらず、ゆっくりする時間のなかった私。
でも目が覚めた時間とか、家を出るまでの時間潰しとかで、
たまにテレビをつけていました。その中で2つほど、印象に残った番組が。

 ひとつは引退した名古屋グランパス、元ユーゴ代表のサッカー選手、
ストイコビッチを追ったドキュメント。90年イタリアWカップでのブレイク、
内戦の影響で対外試合が禁止されると日本に渡り、グランパス入団、
日本のサッカーのレベル・アップに尽くし、ユーゴが国際舞台に戻された
1998年フランスWカップに出場・・・、という足跡を辿った良質な番組でした。
もうひとつは「世紀を刻んだ歌」なる番組の再放送で、プロテスト・フォークの名曲
「花はどこへ行ったの」を追ったドキュメンタリー。
作者・ピート・シーガーは、ショーロホフの小説の中に登場する
子守歌にインスパイアされて書いたんだとか、ドイツ人女優、マレーネ・ディートリッヒと
この曲の関わり、この曲をバックに五輪で演技した
フィギュア・スケートの元女王・カタリーナ・ビットが演技に込めた願いなど、
たった1曲をテーマに話を広げていく、その展開の素晴らしさ。
私自身はプロテスト・フォークが苦手で、この曲も好きじゃないはずなのに、
我を忘れて見入ってしまいました。じっくりと味わえる番組、
思わず引き込まれる番組。先日書いた通り、「見流し」タイプの番組が多い近年にあっては貴重でしたし、
個人的にも久々に心に残る番組となりました。

 そこで気がつく。この2つの番組、どちらもNHKのもの。
以前のように「じっくり見れる番組」というのは、もはやNHKにしかないということでしょうか。
民放が同じストイコビッチを題材にした番組を作ったとしたら、
珍プレーを集めて、面白おかしく演出する、そんな番組になっていたことは必至。
私が見たいのはそんな番組じゃないんだよ。たまには面白おかしいのもいいけど、
それだけじゃあつまらない。「年をとると、NHKの方が好きになる」とよく言います。
でもねえ、私の場合は「年をとったから」NHKの方がよくなった、というわけでもない。
NHKの「硬さ」は好きじゃない。でも民放が前以上に軽くなってしまった。
その「軽さ」はもっと嫌い。だから自然とNHKということになったのでしょう。
今後もああいう番組はいっぱい見たいなあ。今やNHKだけが頼りだから。

■2002/07/11 (木) 太陽にほえろ

 実は先月からはまってるものに、標題の番組の再放送があります。
ちょうど関東では「ジーパン編(松田優作)」の再放送をやってるそうですけど、
ここ福岡では「マカロニ編(萩原健一)」を朝やっていて、寝る前に毎日見ています。
というか、「プロフィール」のところにも書いている通り、私はこの番組は
幼少の頃から好きで見ていた「リアル・タイム・ファン」なんですけどね。
ただ、「マカロニ編」といえば最も初期、1972年放送だから、さすがに当時4歳だった私には、
リアル・タイムの記憶がほとんどないわけだから、逆に新鮮に映ります。

 じゃあ私がなぜこの番組が好きだったかというと、やはり亡き父が石原裕次郎のファンで、
物心ついた頃からこの番組を横で見てたということが大きいでしょう。
この番組の魅力は、考えられる「刑事もの」のすべての要素が詰まっていること。
その日によってストーリーのパターンが全く違っていて、ある時はアクションもの、
ある時は人情ドラマ、ある時は推理もの、ある時は庶民的なホーム・ドラマ風、
ある時はシリアスな社会派ドラマ風、ある時は青春ドラマ風といった感じ。
だから飽きないし、例えばアクションが売りのストーリーの日も、
「ああ、カッコよかったね」だけで終わるような、単なるアクションものには終わらない。
この奥の深さ。そして何といっても、個性的で魅力ある刑事たち。
まさに名作中の名作。今やってるマカロニ編も、もう30年も前の作品なのに、
全然色褪せて見えないし、今のどのドラマよりもリアルで完成度が高い。
登場人物の服装や風俗、町並みや車などには時代を感じるけど、それも「懐かしい」感じがしていいしね。

 しかし「ライフルが叫ぶ時」という話が飛ばされたのが悔しい。この話は
「ストーリーに問題あり」ということでリストから外され、再放送では「放送禁止」になっていることで、
ファンの間では有名。だけど実は何かの手違いで、12、3年前に福岡で放送されたことがあった。
その時見た限り、決して放送コードに触れるような部分とか、差別表現とか特になく、
むしろスリリングで大変面白い話だったのを覚えてる。この話がなぜ放送禁止なのか、
本当に不可解だし残念。とはいえ、当分は眠い目をこすりながら再放送を見る日が続きそうだ。

■2002/08/28 (水) みなさん、テレビは見ていますか?(3)

 同じタイトルで書くの3回目になります。1回目はまだ関東に住んでた去年の初め、
「基本的にじっくり見てない、独り暮らしだから何となくつけっぱなしてる」という内容。
2回目は実家に帰って来て間もない頃、「ほとんど見なくなった」とした。
ところが、ワールド・カップ終了後の私は、さらにテレビを見る時間が激減しています。

 今住んでる実家は築20年以上の古めの集合住宅。1軒につき3台までしかテレビが繋げません。
で、既にテレビ2台とビデオ1台でその枠は使い果たしている。
よって、私が独り暮らし時代に使っていたテレビは、見ることが出来ないのです。
とはいえ、2回目の「みなさん、テレビは見ていますか?」を書いた頃の私は、
居間を占領していたので、堂々と見ることが出来ていた。
ところが、「突然戻ってきた」私は家の中では弱い立場にある(笑)。
最近では昔の自分の部屋(今は物置同然)に追いやられてしまった。

 ということで、今の私はその物置同然の部屋で過ごすことが多いというわけ。
この部屋にはテレビはない。はっきりいって「自分が普段過ごす部屋」以外へ移動するというのは実に面倒。
まして「どうしても見たい」番組なんてほとんどない私だから、わざわざ居間まで行って
テレビをつけたいという気にはならない。ということで、ますますテレビを見る時間は減少中、
今では週トータルで3,4時間しかテレビは見てないと思う。

 でも寂しいとか思わないし、最初の「みなさん、テレビは見ていますか」を書いた
独り暮らしの頃のように、「世の中の流れを知っていないと乗り遅れる」なんて気持ちも
全くといってよいほどない。先日、あるサイトを見ていたら「あのCMがどうのこうの」と書いているのを目にした。
テレビを見る時間が激減している私は、そんなCMなど見たこともない。
以前なら「ああ、乗り遅れる」って焦っただろうけど、今じゃあ、そんな気分すら起こらない。
むしろ、ネット上で「あの番組はくだらん」などと毎日批判ばっかりしてる人を見て、
「何だ、結局見てるんじゃないか、怒るくらいなら見るなよ」と突っ込みたくなった。
とはいえ、根はテレビが大好きな私、私を「これは見なければ」と焦らせるような番組を作ってごらんよ、
各テレビ局のみなさん。

■2002/10/18 (金) 新宿に朝は来るけれど

 昨日の「太陽にほえろ」の再放送のタイトルです。ストーリーはこんな感じ。
「近いうちに東京に大地震が来る」という論文を書いた有名な学者が刺殺された。
犯人は夜の新宿で偶然出会って一夜を共にしたヒッピーの娘(若き桃井かおりが好演)。
「その時だけ楽しければいい」と刹那に生きるヒッピー娘と、地震の研究をすればするほど
「この世は長くない」と思い込んで絶望の中で生きる学者が意気投合。「この楽しい時は長くはないから」
という理由だけでその娘は学者を刺殺、その学者も無抵抗のうちに刺された・・・。
実にショッキング、かつ時代を象徴するようなストーリーだったわけです。

 これが制作されたのは昭和48年、1973年。当時の新宿は「フォーク・ゲリラ」など、
ヒッピーの溜まり場だったことは、音楽に詳しい方ならご存知の通り。と同時に、
昭和48年といえば、「ノストラダムスの大予言」が最初に話題になった年。
しかも「日本沈没」という映画が大ヒットしたり、石油ショックで資源不足になったりと、
「終末感」が漂っていた時代でもある。だから、そんな時代を象徴するようなストーリーだといえるわけです。

 ただ、私たちの世代も、同じように「終末感」を抱きながら生活していた時代はありました。
そう、1999年から2000年の、いわゆる世紀末の頃。決してみんながみんな、ノストラダムスを
信じていたわけじゃないのに、なぜか世の中の人の心の中に暗い影を落とし、
みんなが「終末感」を抱き、刹那に生きる、そんな空気が充満していたものでした。

 だけど、あの大予言は見事に外れ、今や21世紀も2年目に入った。「終末感」を抱きながら
生きている人なんてほとんどいないし、世の中からもそんな重苦しい空気は消えてしまった。
だけど、本当にそうなのか。ニュースを見る、新聞を読む。そんな時に飛び込んでくるニュースは、
どれもこれも世紀末の頃以上に、「終末」を感じさせる絶望的なものばかりではないか。
なのに、なぜかリアリティを感じないというのが正直なところだし、多くの人々も、
それらを見て危機感を抱く風でもない。でも、この風潮こそ実は、昭和48年頃や、
世紀末の頃以上に、「終末」っぽいという感じがしないでもない。うん、逆に怖い。
昨日の「太陽にほえろ」の再放送と、ニュース番組を見るにつけ、久々に「終末」について、
あれこれ考えてしまった私でした。


      
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