私はこんな番組を見てきた

 何度かここに書いてきた通り、この数ヶ月は「昔のテレビ・ネタ」のサイトをいっぱい見てきました。その結果、当時の番組表などの情報を入手できました。そこで月2回ずつくらいのペースで 「この年のこの曜日のこの時間帯はこれを見ていた」ということを書き出してみたいと思います。幻のサイトTELEVISION PEOPLEでやる予定だった企画でもあります。(2003年1月25日第1回の前書きより)

なお、この「過去ログ傑作集」アップ時に、一部文章を書き加えているログもあります。また、番組名の後の★の数は、「当時はまっていた度」を、☆の数は、「今もう一度見てみたい度」(☆なしは「別に今は見たくないな」な番組)を表わしています

      
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■2004-12-07 私はこんな番組は見なかった(1)

大分前になりますけど、私は以前ここで、「私はこんな番組を見てきた」ってのを書いたことがありました。今は過去ログ傑作集の中にあるので、知らない方はそれをご覧頂くとして・・・。

 で、同世代の方で、このシリーズを見て、「えっ? ☆TAKEって俺と同世代なのに、なんでこの番組が載ってないの?」って、思う方もいるんじゃないでしょうか。同世代の人なら、当然見ていたであろう番組のうち、いくつかの人気番組が抜け落ちています。理由は様々。「世間では人気があったけど、俺は好きじゃなかった」「興味はあったけど、裏番組の関係で見れなかった」「実は福岡では流れていなかった」「実は本放送時、その番組は知らなかった」・・・。まあ、いろんなケースがあります。

 で、ここでは、数回に分けて「私はこんな番組は見なかった」をお送りします。毎回、理由別に分けて番組を挙げ、「なぜ見てなかったのか?」を解説していきます。ですが、誤解して欲しくないのは、ここで私の述べることは、私自身の「好き、嫌い」であり、決して番組や出演者を批判する意図で書いているものではないということ、そのあたりはご理解下さい。

■ 大河ドラマ

 本編で何度か書いている通り、私の亡き父は「俺はこれを見るために生きている」と公言してはばからないほどの大河好きでした。裏番組を見ようとすると強引にチャンネルを変えられる。時には、ぶっ叩かれたことも。ということになれば当然、私には「憎っくき大河」という感情が芽生えるというもの。小5の頃までは、家に1台しかテレビがなかったから、見たくなくっても見ざるを得なかった。でも、私は反発して、テレビに背を向けて遊んでいたもの。だから当然、見たことはない。以降、成長してからも、よい感情が抱けない。実は私、歴史には興味があるから、「大河」の枠の中で放送されなければ、「見てみようかな」と思えるものもあったけど、やっぱり「大河」と聞いただけで拒否反応。この数年は「大河も変わった」っていわれるような内容の番組が放送されてるけど、やっぱり「大河」と聞いただけで・・・。

■ 朝の連続テレビ小説

 うーん、なんか某局にケンカ売ってるみたいですが(笑)、これも見たことない。毎日毎朝放送、しかも続きものだから、一度見逃すとわけが分からない、それが一番大きいかも。あと「おしん」、どうしても好きになれなかったし、あの頃、「これを見なきゃ日本人じゃない」みたいな乗りがあって、それが嫌で嫌で仕方なかった。以降の同枠のドラマには、決してそんな空気は漂っていないし、中には「面白そうだな」とか、「主演の女優がいいな」とかの理由から、「見てみたい」と思えるものもあったけど、やっぱり、あの頃のあの「見ない奴は日本人じゃない」というイメージが邪魔して、「連続テレビ小説だから」という理由だけで遠ざけてしまう。

■ 機動戦士ガンダム

 同世代の人で、これにはまらなかった人というのも珍しいんじゃないか。一応夢中になってた同級生に勧められて何回か見たけど、面白いとは思わなかった。私は幼い頃、「マジンガーZ」「ゲッターロボ」「コンバトラーV」などの、ロボット・アニメ全盛時の一連の作品に夢中になった世代。そして小学校高学年の頃には松本零士のSFアニメに夢中になった。つまり、私の中で「ロボットもの」といえば往年の作品、宇宙戦争ものといえば松本作品、その両方の要素を持ちながらも、どちらにも全く似てない、独自色を打ち出したこの作品、私の目には「異端=邪道」に映った。いや、「そこがいい」ってのは分かる、でも「あれこそ究極」と思って夢中になってきた私からすると、やっぱり「煮えきれない」ものがある。何より、以前も述べた通り、私は「銀河鉄道999」で、「生涯最高のアニメ作品」との出会いを果たし、「アニメからの卒業」を果たしてしまったんだから。

■ キャプテン翼

 私のサッカー観戦歴は、中学生の頃から。で、このアニメがはじまったのは、サッカー観戦をはじめて数年が経った頃。でも、何度か見て「これはサッカーを正しく伝えていないアニメだ」と思った。スポ根を通り過ぎた世代の私からすれば「ボールは友達」と笑顔で言い切る主人公に違和感を覚えたこと、そして「組織プレー重視」で、「ひとりだけ目立った選手がいてもチームは強くならない」というサッカーという競技において、スタンド・プレーばかり、いつも得点するのは主人公だけ、という「超個人主義」な描かれ方が気に食わなかった。「こんなの、本当のサッカーじゃない」。いつも画面の前で怒鳴っていたものだ。あと、「将来はブラジルに行く」「ワールド・カップに出る」と言い張る主人公のセリフに、「今の日本じゃ絶対あり得ない」という想いもあった。でも、この辺は今、海外で活躍する選手が続出、しかも日本はワールド・カップ出場、現実になっているのは驚き。

■ Dr.スランプ

どうも食事中に「食欲をなくす」ような言葉、描写を目にするのが昔から嫌いな私、夕食時にウンコを棒に突き刺して走り回る主人公を見るのが苦痛で苦痛で・・・・(笑)

■ 不良少女と呼ばれて、スチュワーデス物語他

 大袈裟なセリフとあり得ないストーリーで「クサい」ドラマを多く手がけた大映テレビの一連の名作。「スクール・ウォーズ」とか、それなりに夢中になってみたものもあるけど、基本的には好きじゃないノリのドラマが多かったというのが正直なところ。特にこの2作品、主人公の「略奪愛」を美化してるところが嫌だった。俺には岡田奈々や片平なぎさが「嫌な女」どころか、「可愛そうな女」と映った。「見てない」というわりになんで知ってるのか?って言われそうだけど、一応妹が見てたので、同じ部屋(居間)で過ごしている時は、嫌でも目に耳に、入って来るわけで・・・。あと、山口百恵の「赤いシリーズ」は、小学生の頃の放送ということで、私はよく知りません。同級生の女の子達はよく見てたみたいですけど。

■ 太陽にほえろ2→ジャングル

 実は「太陽」終了後、裕次郎降板→奈良岡朋子が新係長ということで、「2」が約半年放送されていたことは、意外と知られてない。でも、「もういいでしょう」って想いが強くて見なかった。オリジナル・メンバーがひとりもいない「太陽」なんて・・・。そしてさらに半年後、「ジャングル」なる刑事ドラマがはじまったけど、大所帯で誰が主役だかはっきりしなかったこと、1話完結ではなく、続きものだったことが気に入らなかったことにより、何度か見た後、見るのをやめた。これが「太陽」の後番組でなければ、それなりに見たかもしれないけど、どうしても「太陽」と比較してしまうから。

■ パンチDEデート、プロポーズ大作戦他

 どうも桂三枝、やすし&きよしって、子供の頃は(「嫌い」というよりは)苦手だった。「なぜ?」といわれても理由は上手く説明できないけど。漫才ブームの頃、若手に混ざってこの3人もよく出てたけど、その頃もやっぱり、この3人の面白さはよく分からなかった。やすし&きよしの本当の面白さが分かりはじめたちょうどその頃、コンビ解散。よって、この3人司会の番組にはほとんど縁がなかった。

■ 天才たけしの元気が出るテレビ、風雲たけし城、平成教育委員会

 全盛時のたけし、私にとっては「今まで見た中で最も面白い、最強のお笑いタレント」なんだけど、前者2つの番組は好きではなかった。理由は簡単、たけしが出ている必然性がほとんど感じられなかったから。たけしはVTRを見ながら、ああだ、こうだ言ってるだけだし。最後のやつは純粋にクイズ番組としてみればいいのかもしれないけど、あまり好きではなかった。どことなく「答えられない人」を見下ろしたような姿勢で番組が作られているような錯覚(おそらく私の錯覚だろう)を感じたもので。

■ ねるとん紅鯨団

 「ふられた人が可哀相」「振った女が許せない」って気持ちしか芽生えず、見てて悲しくなるので、とても見ていられなかった。上岡竜太郎や和田アキ子がやっていた「ラブ・アタック」みたいに、そこに「笑い」の要素があればいいんだけど。

■ クイズ面白ゼミナール

 司会の鈴木健二アナ、「気配りのススメ」なんて本を出してたけど、その中で「左利きは悪」と決めつけるような一節を書いていた(左利きの人を「正しく箸を持てない人」と同類と見なして「行儀が悪い」「しつけられていない」としていた)。それを見て激怒、「この男にこそ気配りが必要なんじゃないか?」という思いが芽生え、激しく彼を嫌った。この番組を見ただけで怒りが込み上げてくるので、当然見る気がしなかった。後に紅白での暴走が批判されて失脚、「こんな人だとは思わなかった」って声が大勢だったけど、私には「やっと世の中の人も気がついたか」と映った。

■ 知ってるつもり

 「偉人伝」みたいな番組や記事って、私は結構好き。でも、なんでもかんでも「泣かせる話」に持っていく手法って嫌い。ほとんど毎回、最後の「成功を収めた人だけど、実は悲しい一生だった」っていう締め方がどうにも鼻について仕方がなかった。ジョン・レノン(最後はともかく)やリンダ・マッカートニーが「悲しい一生」だったなんて俺には思えんのだけど。関口宏司会の番組って、どうもこういうのが多い。基本的に癖がなく、好感度の高い司会者らしいけど、「お涙頂戴」「決め付け口調」「一般人と距離を置くような姿勢」が目立って私はどうも駄目。事実「100人に聞きました」も見てなかった。

■ イカすバンド天国

 バンド・ブームに火をつけた番組。しかし放送開始がちょうど、私がビートルズ→洋楽ロックに夢中になりはじめた頃。よって、「邦楽のロックなんて」って否定的な気持ちが芽生えた時期。時々は凄いバンドも出て来たらしいけど、頭っから拒否反応、「ブームに踊らされた幼稚なロックもどきばかり」ってんで遠ざけてしまった。後から見ると、結構面白いのもいたみたいなんだけど。

■ トゥナイト

 深夜番組の定番。だけど、中高生になっても、あまり夜更かしできなかったので、この番組の全盛期を全く知らない。夜更かしできるようになってからも、晩年とはいえ「11P.M.」やその後番組の「EX TV」の方が好きだったこともあり、ほとんど見たことがない。

■ はぐれ刑事純情派、さすらい刑事旅情編、はみだし刑事情熱系

 水曜9時のテレ朝刑事もの枠、確かに今では数少ない「古き、よき刑事もの」の雰囲気を残してるのは、この枠だけかもしれない。でも藤田まことの「はぐれ」は、「人情」ばかりを前面に押し出すのが「押し付けがましい」「オッサンくさい」感じがして、はじまった当初からどうも受け付けない。宇津井健&故・三浦洋一の「さすらい」は、はじまった当初は好きだったけど、段々後半、話が軽くなったのが駄目だった。初期の重苦しい頃の方が好き。「はみだし」は、柴田恭兵の、往年のキザでダンディなイメージとは程遠い、説教くさくてオッサンくさいキャラが「ああ、年取ったなあ」って悲しくて、どうも駄目だった。

■2004-12-12 私はこんな番組は見なかった(2)

■ ウィークエンダー

 私と同世代の人が「土曜日の夜に、親の目を盗んでみていた」とよく話題にする番組。いわゆる「三面記事」を再現VTRを交えて紹介する番組で、その再現VTRがエロかったことで有名。だけど「10時就寝ですら、もの凄い夜更かし」だった私にとって、この番組の流れる10時ってのは、休みの前日の土曜日とはいえ、「真夜中」。あと、父はこの番組を見ていたようだけど、おそらく私に見せたくなかったのだろう、10時になると「寝ろ!」と言われていた(笑)。というわけで、一度も目にすることはなかった。

■ 噂のチャンネル

 和田アキ子の「ゴッド姉ちゃん」で有名な、金曜10時のバラエティ番組。この番組からは、せんだみつお、タモリ、所ジョージ、あのねのね、プロレスラーのデストロイヤー(タレントとして)などがブレイクしたことでも有名。父は好きでよく見ていたようだし、同級生でも「夜更かし派」の連中はよく見てたみたいだけど、私は見たことはない。とはいえ、実は「月食を観測することを理由に夜更かし」した夜(こちらを参照)に一度だけ見てるけど。

■ 暗闇仕留人

 「必殺シリーズ」に関しては、リアル・タイムで見ることのできなかった大半の番組は、実は福岡では昭和50年代後半〜60年代初頭にかけて、地道に再放送をやっていたので、ほとんどを見ることができた。だけど、実はこの、中村主水(藤田まこと)シリーズ第2作のこの作品だけは、なぜか再放送されず。石坂浩二演じるインテリ殺し屋が登場したり、三島ゆり子が流行語を生んだり、西崎みどりの歌う主題歌が大ヒットしたりと、話題に事欠かない番組だったにもかかわらず。ということで、この番組は「必殺フリーク」の私が再放送ですら一度も見たことのない、数少ない番組。(後にホームドラマ・チャンネルで全話視聴)

■ 大都会1

 松田優作が登場したPART2、寺尾聡らが登場して「バイオレンスの極致」ともいえる内容となったPART3は、リアル・タイムでも、再放送でも見たことがあるけど、なぜかシリーズ第1作は一度も見たことがない。渡哲也演じる「黒岩」が主役という点では、2や3とも被ってるけど、脚本を倉本聡が手がけるなど、重苦しい人情ものだったというからほとんど別の番組のようだったという。「西部警察」以降、「大都会」シリーズは石原プロによって「封印」され、今では再放送すら不可能との噂。二度と見ることができないんだろうか?(後にチャンネル銀河で全話視聴)

■ 時間ですよ(堺正章版の方)&寺内貫太郎一家

 リアル・タイムでも、再放送でも、なぜか1回も見たことのない番組。「時間ですよ」の方は、確か本放送時は私は幼稚園児。何度かつけたことはあるんだけど、「こんないやらしいものは見ては駄目」といわれ、父にチャンネルを変えられた記憶あり。銭湯の裸のお姉ちゃんが「教育上悪い」と思ったんだろう。どうもうちの父親は、こういう件に関して古風で頭の固い人だったようで・・・。後者は高校の文化祭の劇で、パロディをやったことあり。しかし、ホンモノのこのドラマを全く知らなかったのは、どうも私くらいだったようで。(後にともにTBSチャンネルで全話視聴)

■ 飛び出せ青春

 日曜夜8時の、日テレ「青春ドラマ」枠で放送された、村野武範が熱血教師に扮した人気ドラマ。「日曜8時といえば大河」な我が家で、これをリアル・タイムで目にすることは、当然一度もなかった。その後、私が高校生の頃、福岡で一連の青春ドラマのほとんどが再放送され、その中で森田健作の「俺は男だ」も、中村雅俊の「われら青春」も見ることができたけど、なんと、この一番人気のあったはずのドラマが飛ばされた。青い三角定規の歌う「太陽がくれた季節」も有名だし、生徒役の俳優も豪華、いわば「青春ものの頂点」なのに放送されなかったのは不思議。ということで、一度も見たことがない。(後に日テレプラスで全話視聴)

■ 俺たちの勲章

 松田優作&中村雅俊によるコンビ刑事もの。リアル・タイムでも、再放送でも見たことがない。というか、なぜか再放送されない。(後にチャンネルNECOで全話視聴)

■ カルトQ

 90年代初頭に人気のあったフジテレビの深夜番組。実は当時、福岡では放送されていなかった。噂には聞いていて、「面白そうだな」「なぜこっちではやってくれないんだ?」って常に不満だった。とはいえ、「全く見たことない」わけではなく、1990年にポールの来日公演のために上京した時、1回だけ見ることができた。あの頃の関東の深夜枠って、本当に面白かった。1992年に関東に引っ越した頃には、既に大半の人気番組は終わり、最盛期のパワーが失われていたのは残念だった。

■ 19XX

 これもフジテレビ深夜番組全盛期の番組。毎日「今日は1970年」とか、ある年にスポットを当て、その年のヒット曲をBGMとして流し、その年の世相を物語るようなVTRを流すだけ、というシンプルな番組。でも、シンプル故に斬新で面白かった。というか、こんな番組があることすら当時は知らなかったんだけど、1991年に就職活動で上京した時、深夜に何気なくテレビをつけていたらこの番組がはじまって、「面白い企画だなあ」と感心した。見たのはその1回のみ。1971年の特集だったと思う。「来週も見たい」「毎回見たい」と思ったけど、それが私の見た最初で最後になった。

■ オールナイト・フジ

 80年代を通じて意外と長く放送されていた、フジテレビ土曜の深夜番組。「女子大生ブーム」を起こし、なおかつこの番組のレギュラーの現役女子大生たちは、当時のフジテレビの他の番組にも出まくっていた。でも、福岡では一度も放送されることはなかった。隣の大分では放送されていたらしいけど。よって、フジテレビの多くの番組に出てくる彼女たちを見るたびに、「こっちではやってないから分からないんだよ」って感じでイライラさせられっぱなし。「やっぱり、東京に住まなきゃお話にならない」って気分を強くさせられたものだった。ちなみに、ポールの来日やら、就職活動やらで1990年代初頭に何度も上京した私だけど、当時はとっくにブームが去っていて、この番組をやっていたのか、もう終わっていたのかも知らない。というわけで、一度も見ることなく終わった。

■ ゲバゲバ90分

 私の場合、「私はこんな番組を見てきた」をご覧いただければお分かりの通り、結構幼い頃からテレビを見ていて、しかもそれらの記憶がかなり鮮明。よって、意外と40歳くらいの人とも昔のテレビの話を対等にすることができる。でも、実はこの番組は「境界線」。実は見ていたはず、記憶の片隅にあの「ゲバゲバ」ってジングルがあるし、左朴全の歌の記憶もかすかにあるけど、「見ていた」って胸を張って言えるほど鮮明な記憶がない。つまり「見ていたのか、見ていなかったのか、はっきりしない番組」なんです。この番組のギャグのセンスとか、結構好きなんだけど。だから「ちゃんと分かる状態で体験したかった」って想いは強い。

■ 鉄腕アトム、ジャングル大帝他

 再放送、本放送を通じて、「私はこんな番組を見てきた」をご覧いただければお分かりの通り、なぜか夢中になって見た記憶がないのが、巨匠・手塚治虫のアニメ。確かに再放送で何度か見たけど、実は「大好き」っていえる作品はひとつもなかったりする。それは自分でも不思議に思う。


      
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