旅、放浪

      
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■2010/4/29 「九州完全制覇」(鹿児島県放浪:1)

 「連休に入る前の方が割安で人出も少ないだろう」ということで、先日まで2泊3日で「放浪」してきました。行き先は鹿児島。なぜ今、鹿児島だったかというと・・・。

 先日書いた通り、1月に長崎に「日帰り放浪」してきたけど、これで九州7県のうち、まだ一度も行ったことがない県は鹿児島県だけになった。なので1月に長崎に行った際、残る鹿児島県には早めに行ってみたいと思っていた。それが理由の一つ目。

 もうひとつ。以前から書いている通り、小学生頃、ほんの一時期鉄道ファンだったことがあるせいか、今でも「鉄道での長旅」が意外と好きだったりする。だけど一方で、全国各地に新幹線が出来たり、在来線も施設が新しくなって快適で速くなった反面、あっという間に着いてしまうから味気ない、面白くないと感じられることが多くなってきた。そんな中、地元の新聞やニュースでは「九州新幹線の開通まであと1年」と盛んに報じられている。今は山陽新幹線は博多まで、九州新幹線は熊本の八代〜鹿児島のみが部分開業、その間の博多〜八代間が工事中で、開業するのも間近ということ。新幹線が開通すれば、私の感覚では「放浪する楽しみが半減してしまう」という思いが強い。なので「開通する前に行っておきたい」という思いもあった。それが2つ目の理由。

 以上の理由から、今回は3月中旬には「4月になって仕事が落ち着いた頃に鹿児島放浪する」と決めていた。とはいえ、今年は意外と4月になっても忙しく、時間が限られていた。なので、いつものように「気分をリフレッシュする」までには至らない、ちょっと時間に追われる「放浪」だった。

■出発からイレギュラー

 初日は新幹線を一切使わず、在来線のみで地元の北九州から鹿児島市まで移動する計画。「八代まで在来線、そこから先は新幹線」というのが普通だけど、私は敢えて新幹線を避けた。私が鉄道ファンだった小学校4,5年の頃、同級生に同じ趣味を持った友人がいて、そいつが夏休みに「各駅停車だけを使って地元の北九州から鹿児島まで行った」ことを私に自慢げに話した。当時の私は「俺もいずれは同じことをやってみたい」と思った。もちろん、今の私はそこまでのマニアではないので、間違っても「各駅停車だけで」なんて疲れるし、ダレるしで、とても出来ないから八代までは特急を使った。とはいえ、九州新幹線が全開通してしまえば、その特急も確実に廃止になる。そうなれば「在来線だけで鹿児島まで行く」ことは、絶対に出来なくなる。なので「今しか出来ない」というわけで在来線だけでの移動を決めた。

 ところが、自宅の最寄り駅に着いた途端「車両故障の為にダイヤが乱れている」とのアナウンス。博多で乗り換える予定の特急に間に合うんだろうか・・・。不安を抱えつつ、6分遅れで到着した博多行きの特急に乗車した。ところが、ダイヤが乱れていたせいで、自由席はかなり混んでいて座れない。地元の最寄り駅〜博多間の約40分間立ちっぱなし。いきなり疲れてしまった。

 博多駅で八代まで乗車予定の「リレーつばめ」なる特急に乗り込むも、こちらも自由席が満員。「これ以上立ちっぱなしは嫌だ」と思ったので乗車を断念。30分後に一本後の「リレーつばめ」があるようなので、一本後の列車に乗車するよう予定を変更した。

 一本後の特急の方はかなり空いていて楽に座れたし、ガラガラで静か。一本遅らせて正解だった。車両もとても綺麗で新幹線のよう。車窓はあまり変化がなくって退屈だったけど・・・。とはいえ、既に「開業まであと1年」ということもあり、途中の停車駅はどこも工事中だったり、以前より綺麗で大きくなっていたりする。幼少の頃、地元の駅を通過する西鹿児島行きの特急を眺めては「あれに乗ったら、九州のずっと南に行けるんだな」などと思いを馳せていたものだけど、もうすぐこの鹿児島本線を南下する特急列車も姿を消すのかと思うと寂しくも思われた。新八代駅で特急列車を下車、鹿児島本線の特急列車に乗車するのは最初で最後になるだろう。

■美しい海、車窓

 新八代〜八代の一駅を普通列車で移動する。実はここから先、八代〜川内(せんだい)は新幹線開業時にJRから第3セクターの肥薩おれんじ鉄道に身売りされてしまった区間。新幹線開業前は、鹿児島本線といえば、九州の最北にあたる北九州市の門司港駅〜鹿児島市内の西鹿児島までの区間だった。それが八代〜鹿児島中央(西鹿児島より改名)に新幹線が開業した際に、門司港〜八代と川内〜鹿児島中央だけがJR鹿児島本線本線となり、その間の八代〜川内間は、言葉は悪いけど「切り捨てられた」様な格好になって、第三セクターの会社によって運営されているというわけ。

 というわけで「在来線だけで移動する」となれば、この区間は肥薩おれんじ鉄道に乗車しなければならない。いくら第3セクターといっても、元九州の大動脈だった路線の一部だから、そんなに寂れてはいないだろうと思ってたんだけど・・・。列車はなぜか1両のワンマン運転のディーゼルカー、1時間に1本の運行、乗車したのはいいけど、乗っているのは地元のかなり年配の人ばかり。沿線も随分寂しい、民家もほとんどないような地区。あの小学生時代の友人も当時「八代から先は同じ路線とは思えないくらいローカル線っぽい」とは言っていたけど、まさかここまでとは。

 とはいえ車窓は素晴らしい。熊本県の八代〜水俣の間は、ずっと海岸線ギリギリのところに線路が引かれているので、まるで海の中を走っているかのよう。海岸線も断崖絶壁や岩場ばかり。「海岸線の美しい車窓」というと、昨年春の山陰放浪時の車窓が今でも記憶に新しいけど、私が今まで見た中でも1,2を争うほど素晴らしい眺めだった。

 気がつけば乗っているのは私と、ビジネスマンの2人連れの3人だけになっていた。この2人も鹿児島県最初の大きな駅、出水で降りてしまった。入れ替わりに新幹線を下車して乗り換えてきたと思われる乗客や地元の高校生が数名乗ってくる。更に海岸線を走っていくと、新幹線開通前は特急も停車していたにもかかわらず、なぜか新幹線開通時に新幹線の停車駅にならなかった阿久根に着いた。私は「1時間程度寄り道」とばかりに阿久根駅で下車した。八代〜川内の間では比較的大きな街で、特急も停車していた出水や水俣は今では新幹線も停車するけど、ここはなぜか新幹線が通ってすらいない。それに加えて最近は市長のことも話題だし、ちょっと気になるので寄ってみたというわけ。

■頑張って欲しい街、会社

 ところが、一緒に下車したのは地元の高校生2名のみ。駅前にも「商店街」という看板はあり、歩道の上の屋根にも商店の名前の入った看板や街灯はあるのに、店舗らしき建物すらない。つまり「シャッターが閉まった店舗だけが並んでいる=シャッター街」どころか、既に建物すら取り壊されているのに看板だけが残っている。あまりにも寂しい光景。街中に「うに祭り開催中」の旗や昇りはあるけど、その「祭り」をやっている様子すらない。よく考えれば昼飯がまだだから、ちょっと食べてみたいと思ったのに。歩いているのも中高生と年配の人ばかり。新幹線が開通して人が来なくなったから人がいなくなったのか、人がいないから新幹線が来なかったのかは定かじゃないけど、想像以上に寂れた街なので驚いてしまった。

 とはいえ、駅から海岸線も近い。近くに島もあって、渡船も出ている様子。とにかく天気がよいので、太陽の光があったって海がキラキラしていて美しい。さっきの車窓から見た海といい、この景色は捨てがたいものがある。八代〜鹿児島中央間の新幹線は距離的に近い山の中のルートをとっているので、この景色を拝むことは出来ないはず。肥薩おれんじ鉄道といい、この阿久根の街といい、新幹線では絶対に得られない、この海や景色を売りにすれば、上手く再建できるんじゃないかと思う。もちろん素人考えに過ぎないけど私は新幹線ではなく、このルートを使って移動したおかげで、この景色を拝むことが出来、安らいだ気持ちになったというのは紛れもない事実なんだから。

 約1時間後、次の列車が来る時間になったので阿久根駅に戻る。夕方4時過ぎだったので高校生がいっぱい。1両編成の列車は高校生だらけ。川内までは座ることが出来なかった。だけど、阿久根駅を出ると、またも海岸線を走る。この区間の車窓は、熊本県内の車窓に輪をかけて素晴らしいものがあった。肥薩おれんじ鉄道、「急ぐ人は新幹線を、ゆっくり景色を楽しみたい人はこちらのルートを」ということで売り込んでいけば、絶対利用者は増えるんじゃないかと思う。トロッコ列車を走らせるとか。この会社には心から「頑張って欲しい」「存続させて欲しい」と思っている。

 川内駅に着く。ここから先はまたJR鹿児島本線になる。普通列車で約1時間、鹿児島中央駅に着いた。既に夕方6時過ぎ。あたりは薄暗くなっていた。

■2010/5/2 「九州完全制覇」(鹿児島県放浪:2)

■珍しく道に迷う

 鹿児島中央駅に到着したのは夕方6時半過ぎ。(1)で書いた通り、博多〜八代間の特急を当初の予定よりも一本遅らせた分、到着が30分以上遅れてしまった。宿泊場所は1ヶ月前から予約していた、鹿児島市最大の繁華街・天文館にあるビジネスホテル。ここで2泊予約をとっている。半年前の金沢や富山で宿泊した際、繁華街ではなく、駅前のホテルを利用したために不便な想いをしたので、今回は敢えて繁華街のホテルを予約していたというわけ。鹿児島中央駅から天文館までは路面電車で約5分。最近は、放浪先の有名な駅弁を買ってホテルで食べるのが恒例になっているので、駅構内で「黒豚丼」なる弁当と、さつま揚げの詰め合わせを購入後、路面電車に乗り込んだ。この街の主な移動手段は路面電車、どこまで乗っても一律160円ってのは少し高いかなあ、あと異常に混雑していて車内が殺伐としていたので、あまりのんびりした雰囲気ではなかった。

 天文館の電停で降りると、週末の夜ということもあって、多くの人でごったがえしている。ここから歩いて7,8分、大きな通り、大きな交差点、有名な神社も近くにあるホテルなので、迷わずに行けると思っていた。ところが・・・。当初予定していたのよりも到着が遅れたため、既に夜7時過ぎで辺りが暗くて、交差点の名前の入った看板がよく見えない。しかも地図で見た時「大きな道路が交差している交差点」だと思っていた場所が、実はアーケード2本が交差する交差点だったりで、私のイメージしていた風景と全く違っていた。さらに辺りが暗いので「有名な神社」もよく見えず、気がつけば通り過ぎてしまっていた。初めての場所でも、めったに道に迷わないはずの私が「このままもう着かないのでは?」と不安を覚え、思わず派出所に駆け込もうと思ったほどだった。

 昨年5月に新しい携帯を買ったものの、相変わらず多くの機能を使いこなせていない私。だけどそこで思い出す。「そういえば、この携帯ってGPS機能がついていたっけ」。携帯で現在位置を確認する。なんだ、かなり行き過ぎてしまっているんだ。とりあえず降りた電停まで引き返す。そこでもう一度、現在位置を確認しつつ歩いていくと、7,8分で無事にホテルに到着した。いや、一時はどうなるかと思った。一旦荷物を置いて、近くのコンビニに飲み物を買い出しに行った。やっと部屋に戻って時計を見ると、もう夜8時半過ぎ。出発前の予定では、夜7時には着いていたはずなのに・・・。すっかり疲れていたのか、弁当やさつま揚げを食べながらビールを飲んでいたら、夜10時前には落ちてしまっていた。

■寂れてしまった憧れのリゾート地

 2日目、7時ごろ目が覚める。ホテルの無料朝食をとった後、8時半過ぎには路面電車に乗って鹿児島中央駅に移動した。この日の午前中は、鹿児島市の南、薩摩半島にある指宿を訪れる予定を立てていた。指宿といえば、南国情緒溢れるリゾート地として栄えていた場所。私が小学生、鉄道ファンだった頃によく購入していた交通公社の時刻表に、なぜか毎回、指宿のリゾートホテルの全面広告が載っていて、その印象が強く残っていた。なので「ちょっと足を伸ばして」と思っていたわけ。鹿児島市から指宿へは、鹿児島中央駅からJR指宿枕崎線という路線を利用して移動。9時過ぎの快速列車に乗り込む。なぜか乗っているのは大学生、高校生ばかり。後で知ったことだけど、沿線には地元の大学、高校が多く、しかも鹿児島市のベッドタウンと化しているので、通勤、通学路線と化しているらしい。勝手に「観光路線」と思い込んでいたので、随分イメージと違っていた。

 とはいえ、鹿児島市の郊外に向かって30分くらい進んでいくと、一駅ごとに段々乗客が減っていく。やがて車内がガラガラになる。住宅街ばかりだった車窓も、鹿児島湾沿いの海岸線に出てくる。このあたりも前日の肥薩おれんじ鉄道同様、海岸線ギリギリのところを走っているので、なかなか良い眺め。しかも遠くにには桜島も見える。このあたりの眺めはなかなか良い。鹿児島中央駅から約40分ちょっとで指宿駅に着いた。

 駅を降りると、駅前にはフェニックスなどの熱帯の木がいっぱい立っていて、確かに南国のリゾート地の雰囲気。だけど、駅前にはバスセンターや商店街はあるものの、人通りは異常に少ない。歩いているのも観光客ではなく、地元の年配の人ばかり。駅周辺を歩き回ったけど、歩いている人はほとんどいなかった。海沿いの道に出てみたけど、遥か向こうの方にホテルやクルーザーの姿がある、確かに以前ほどではないにしろ、今でもリゾート地、観光地として機能はしているようだけど、人が集まる場所は駅からは少し離れているのかもしれない。その分、JRや駅を利用する人より、車を利用する人の方が多いだろうから、駅周辺は寂しい風景になっているんだろう。あのホテルの広告とは大分イメージが違った。

 「丸1日指宿で過ごす」のであれば、もう少しゆっくりできるけど、午後からは鹿児島市内をゆっくり回りたい。なので、指宿で何時間も過ごすことはできない。1時間程度駅の周辺を歩き回ったところで、引き返すしかなかった。とはいえ、ここは鹿児島市よりも南。私にとっては「過去に訪れた場所のうち最南端の場所」となった。再び約1時間かけて鹿児島市内に戻る。やはり指宿で乗り込んだ時は空いていたのに、市内に近づくにつれて学生でいっぱいになっていった。

■2010/5/3 「九州完全制覇」(鹿児島県放浪:3)

■桜島上陸

 2日目の午後は桜島へ。指宿から鹿児島中央駅へ戻った後、路面電車に乗り換える。桜島までのフェリーが出航している鹿児島港の最寄電停、桜島桟橋通りで下車した。地元のニュースによると、3月頃から桜島はずっと小さな噴火を繰り返していて、連日市内には火山灰が降っているという。ただ、私の滞在中は爆発音が聞こえることもなく、灰が降ることもなくで、特に異変はなかった。そのせいか「市内のどこにいても見える、目立つ」とされる桜島だけど、滞在期間中、意識的にそちらの方を見たり、見上げたりしない限りは、その存在を忘れてしまうほどだった。

 電停で降りてフェリーの出ている港まで歩くと、写真などでお馴染みのあの姿が大きく見えてくる。噴火まではしていないけど、うっすらと煙が立ち上がっている。フェリーで15分、片道150円。あまり下調べをせずに訪れたのでほとんど知識はなかったんだけど、意外なほど近く、しかも安い。24時間運行で15分に一本と、本数も多い。島内から鹿児島市内の高校に通っていると思われる、下校途中の高校生や、宅急便のトラックまで乗り込んでくる。市内に住む人にとって、私のようなよそ者が意識する以上に桜島って「近い存在」なのかもしれない。

 フェリーに乗り込む。観光客や地元の高校生ら、数名の乗客が乗ってるだけなので「ゆっくりデッキで過ごそうかな」と思っていたら、小さなバッジをつけた一団がやってきた。どうやら、旅行会社のツアーの一団らしい。私が「放浪」していて、最も出会いたくない人たち。せっかくデッキでゆっくり過ごそうと思っていたのに、団体でデッキのベンチを占領し、デジカメや携帯を持ち出して撮影をはじめる。私や他の客を押しのけて・・・。大声でしゃべり、なぜかビールを空けて飲み始める。すっかり気分をぶち壊された。「到着まで動かないで」という船内のアナウンスを無視するように、到着前にバスに戻ってしまったあたりも・・・。一方で「あんな慌しいスケジュールで行動して、本当に楽しいのか?」という想いも湧いてきた。所要時間15分。あっさりと桜島に到着した。

■桜島港周辺を散策

 到着したのはよいけど「島内のどこに何があるのか?」知らない。いつものように下調べはしていなかったもので。バス路線があって、バスで島内を回ることは出来るらしい。ただ、到着した時間が悪かったのか、30分以上待たないとバスは来ない。「しばらくバスを待とうか」と思ったんだけど、観光客を捕まえようと待ち構えたタクシーの運転手が「客引き」をやっている。そのひとりが近づいてきたので「捕まっちゃあいけない」と思い、その場を立ち去った。島内の観光マップの看板があったので、それを見る。展望台とか、もっと火口に近づけるスポットもあるようだけど、徒歩で行けるような距離ではない。とりあえず、港の周りを徘徊してみることにした。

 近くに国民宿舎、釣り場、足湯がある。そのあたりでまったりと過ごしている人が多数。遠方からの観光客だけでなく、週末ということもあって鹿児島市内から遊びに来たと思われる人たちもいっぱいいる。足湯の点在している場所の奥に「遊歩道」というものがあったので、ちょっと歩いてみることにした。海岸線に沿って、砂利道のような遊歩道が続いているけど、砂利のように見えるものは真っ黒、つまり火山灰。どんどん奥に進んでいくと、あたりは溶岩がむき出しになっている断崖が延々続いている。どこまで行っても、海と溶岩しか見えない。歩いている人もほとんどいないので、「自然の中に取り残された」ような気分になった。約2キロほど歩いたところで疲れてしまったので、足湯のあった場所まで引き返す。あの、バスで乗りつけてきたツアー客は「桜島の中はバスで通り過ぎるだけ」なんだろうし、多くの観光客もそうなんだろうと思う。それに対して私は1時間ちょっと、港の周りを歩いただけ。でも、おそらく溶岩がむき出しになった遊歩道を自分で歩き、ゆっくり時間を過ごした私の方が「桜島ならでは」の雰囲気を味わい、満喫できたんじゃないかと勝手に思った。これが「観光旅行」ではない、「放浪」の醍醐味だと思う。

 再び港に戻ってフェリーに乗って市内に引き返す。今度はツアー客もおらず、ちょっと静かな船内だった。

■南九州一の繁華街?

 時計を見ると夕方4時だけど、よく考えれば昼食がまだだった。腹が減ったので鹿児島中央駅に戻って、駅ビルのレストラン街で食事でもということで、路面電車で鹿児島中央駅へ。「鹿児島らしい食べ物といえば・・・」ということで探すも、とにかく「黒豚」関連の店ばかり。そんな中、黒豚丼とか、豚骨丼などのメニューのある洋食屋に入って、豚骨丼を注文。「丼」といっても、「オムライス風のご飯の上に、骨のついた分厚い肉が載っている」という和洋折衷の面白いメニュー。分厚いのに、口に入れると溶けてしまうほど柔らかい肉の舌触りがよかった。

 電車に乗り、ホテルのある繁華街・天文館に戻る。夕方5時過ぎ〜夜8時ごろまで、その鹿児島市最大の繁華街、天文館を歩き回って過ごした。入り組んだ何本ものアーケード街が交差する、意外と広くて賑わった繁華街だった。若い人も、年配の人も、家族連れも、地元の人も、観光客も、本当に様々な人でごった返している。近年は「古くからのアーケード街はシャッター街になって、火が消えたようになっている」ケースが多いんだけど、ここは多くの人で賑わっていて、きらびやかで、それでいてとても活気がある。少なくとも、私の地元・北九州の小倉の繁華街よりも、ずっと活気はあると思った。人口は熊本市の方が多いようだけど「繁華街の活気」だけなら熊本よりも上かな、というのが個人的感想。だけど、ひとたび裏通りに行くとシャッターが閉まっている店も目に付くし、空き地や駐車場(元店舗があったことが予想できる)も目に付く。地元の老舗のデパート、山形屋は店舗を縮小したと思われる「売り場改装に関するお知らせ」の看板もあった。確かにまだまだ「賑わっている」ようには見えるけど、これでも「数年前と比べると衰退している」んだろう。後で知ったことだけど、老舗のデパートや映画館が潰れて、客足も鈍りつつあるそうだ。それを思うと「あと数年後には、ここもシャッター街になるのかな」と寂しく思われた。とはいえ「若い人がまだまだいっぱいいる」ことは、せめてもの救いだと思う。

 夜8時過ぎにコンビニでビールと簡単なつまみを買ってホテルに戻った。丸一日、鹿児島市とその周辺地域で過ごしたけど、予想していた以上に人が多くて賑わっている街、しかも天気がよくって暑かった。

■2010/5/4 「九州完全制覇」(鹿児島県放浪:4)

■大ハンヤ祭り?

 3日目。最終日だから「帰る日」。寄り道するとか、朝すぐに帰るか夕方までどこかを回って帰るかとか、どの経路を使って帰るかとか、全く予定を決めていない。とりあえずホテルの無料朝食を食べて、朝の9時ごろにホテルをチェックアウトする。「すぐに帰ってしまうのはもったいないから、どこか寄り道して午後から帰ろう」「寄り道するといっても、霧島とか、大隈半島とか、鹿児島市以外の鹿児島県のスポットに寄るには、もう一泊しないと厳しいから市内をもう一回、ブラブラするくらいしかないか」、そんなことを考えながら歩く。

 すると、ホテルから天文館の電停に抜けるアーケード街や、近くの大きな公園が異様に賑わっている。若い人ばかりだし、チラシや団扇を通行人に配っている。その一枚を受け取る。「大ハンヤ祭り???」。私は全く知らなかったんだけど、鹿児島県の奄美が出所の「ハンヤ節」を、北海道のよさこいソーラン踊りのように現代風にアレンジした「大ハンヤ祭り」が、1年に1回、鹿児島市で行われているらしい。しかも、鹿児島県内だけでなく、全国からいろんなチームが集まってきている。どうも、その開催期間だったようで、天文館のあちこちに舞台が出来ていて、いろんなチームが踊っている。前日から「天文館って、若い人が多くて活気があって、シャッター街とは程遠い繁華街だなあ」と感心していたんだけど、この祭りの影響もあったのかも。「徐々にシャッター街化しつつある」ことを後から知ったけど、滞在中は全然そんな風に思えなかった。事実、歩いている人の言葉を聞くと独特のイントネーションの鹿児島弁の人よりも、博多弁や関西弁の人の方が多かった。若い人の参加できるイベントを開催して、街を盛り上げようとしている姿勢には好感が持てた。

 11時頃まで天文館で過ごした後、路面電車で鹿児島中央駅に向かう。駅ビルのレストラン街にある、名物・黒豚蕎麦の店で昼食をとろうと思ったんだけど、その「ハンヤ祭り」のせいか、行列が出来ていたので入るのを断念。黒豚トンカツの店でトンカツ定食を食べた。もちろん美味かったけど、よその土地でも食べられるトンカツではなく、よそでは絶対に味わえない黒豚蕎麦を食べてみたかった。

■もはや列車での長旅はキツい?

 昼食を終えたところで、いよいよ鹿児島を離れる。とはいえ、どの経路で帰るか。行きと同じ、在来線だけで熊本、博多経由で帰るのは面白みがない。でも、新幹線を使って八代まで出て、そこから在来線というのは、もっと面白くない。そこで宮崎、大分を通り抜ける日豊線経由で帰ろうと思い立つ。この経路、北九州の小倉〜宮崎は、かつて宮崎の親戚の家を訪れた際に利用したが、もう既に20年近くも前のこと。宮崎〜鹿児島間は一度も使ったことがないので、敢えて知らない経路を使うことにした。

 しかし鹿児島〜宮崎間の特急は車両も古くて汚く、単線で行き違いの待ち合わせばかりだし、乗り心地が悪い。鹿児島市を離れていく際に、車窓に海に浮かぶ桜島が見えて、その景色だけは見ごたえがあったけど。宮崎からは大分、小倉経由の特急に乗り換えたけど、こちらは小倉まで4時間以上もかかって、大分まではスピードも遅くて乗り心地が悪いにもかかわらず、車内販売すらなかったりと快適に過ごせなかった。

 かつては「鉄道ファンは卒業したけど、今でも列車での長時間移動が好き」と公言してはばからなかった私。だけど、一昨年の北海道、昨年春の山陰、昨年秋の北陸と「放浪」を重ねるごとに、列車での長時間移動が苦痛に感じられるようになってきた。「日本中どこに行っても同じような景色ばかり」「スピードが速すぎて味気ない」ということで、「以前と比べるとつまらなくなっている」ことは承知の上だけど、「つまらない」を通り越して「疲れる」ようになってきた。往路のように「頻繁に乗り換える」「何度も下車する」移動は苦痛じゃないけど、3時間以上同じ列車に乗り続けると疲れるし飽きる。宮崎から約4時間半で実家の最寄り駅に着く。普段なら「ああ、俺の放浪も終わってしまった」と寂しくなるんだけど、今回は「ああ、やっと着いた」と安堵してしまった。

■新幹線開通前に九州完全制覇

 「鉄道で九州を一周したい」、小学生の頃、鉄道マニアだった私の「夢」のひとつだった。今の私は生粋の鉄道ファンではないけど、この数年、鉄道を使った「放浪」を続けていたせいか、その頃の気持ちを思い出す機会が多くなっている。ちなみに「一周」というのは「北九州から鹿児島本線経由(博多、熊本経由)で鹿児島へ、鹿児島から日豊本線経由(宮崎、大分経由)で北九州へ」という意味だった。新幹線開業まであと1年、新幹線が開業してしまえば叶わなくなってしまう。「ブルートレインで東京に行く」という、あの頃の「夢」のひとつを廃止前に実現したわけだから、「もうひとつの夢も叶えておきたい」という想いもあった。

  これであの頃の「夢」のうち、特に叶えたかった「夢」のふたつを叶えてしまった。しかも新幹線開通ラッシュで、私が小学生の頃に親しんでいた「国鉄」の雰囲気がどんどん薄らいで消えていく。なので、この数年は「鉄道マニアだった頃の自分」の気持ちに少しだけ返っていたけど、その気持ちはこれで消えてしまいそう。今後は「鉄道での長旅」を楽しむことも少なくなっていくだろうし、「放浪」に鉄道を使用することに対する拘りも薄らいでいくと思われる。そういう意味では「鉄道マニアだった頃の自分」は、今後は過去のものになっていくだろう。

 また、6年前の四国放浪以降、「放浪」の際「一度も行ったことのない都道府県に行く」ことを第一に考えて目的地を決めてきた。九州に限っていえば、長崎県と鹿児島県が未知の県だったわけだけど、これで九州は完全制覇した。一方で「一度行ったけど、まだきちんと満喫していない場所」も多いのが事実。四国ももう一回行ってみたいし、昨年中途半端な訪問に終わった富山、その先の新潟も気になるし、中学の修学旅行で中途半端に、駆け足で通り過ぎただけだった京都や奈良も気になるし、かつて住んでいたのに、半島の奥までは足を踏み入れなかった千葉県も気になるし・・・。最も身近なはずの九州を完全制覇したことだし、今後は「行ったことがある、ない」に拘らず「気分」に任せて、行き先を決めていきたいと思う。

 鹿児島の印象は「思った以上に賑わっていて、活気のある街」でした。意外と派手な人、若い人も多いし、海が近くて眺めもいいし、同じ九州といっても、最も北に位置する福岡県とは随分雰囲気も違ったし。それなりに楽しめました。

■2010/5/31 近くて遠い、広島日帰り放浪

 昨日は広島まで日帰りで「放浪」してきました。5月に入って気持ちが沈みがちなことに加えて、先日の「ライブ行かなかった事件」のダメージが尾を引いているので気分転換したいという想いで・・・。

 地元・北九州から広島までは、新幹線を使えば40分程度しかかからない。1月に「日帰り放浪」した長崎よりはずっと近い。だけど新幹線を使うと、乗車券だけで片道3000円以上、しかも新幹線の特急料金は割高なので、自由席を利用してもプラス3000円以上もとられる。近いにもかかわらず、新幹線で往復すると1万円以上もかかるから、たいした用事もないのに気軽に「放浪」できる場所ではない。なので、在来線だけを乗り継いで往復するという方法を選択したのはよいけど、山陽本線には特急も、急行もないし山口県〜広島県には快速すらないので、各駅停車を使わざるを得ない。何時間くらいかかるのかは分からないけど、時間などを調べずに、とりあえず出発した。

 北九州から下関に出て、山陽本線の各駅停車に乗り換える。約1時間半で私の出生の場所・徳山に着いたのでちょっとだけ下車。6年ほど前、3歳の頃のかすかな記憶を頼りに訪問したことがある街。そのときのことは「自分のルーツを求めて」のタイトルでここに書いた(詳細はこちら)。そちらにも書いたけど「生まれた家のあたりは激変、街中はほとんど変わっていない」状態だったけど、あれから6年もたっているので生まれた家の周りは更に変化していたし、街の中は以前より寂しくなってシャッター街化していたし、駅周辺も「再開発の予定がある」との張り紙もある。ひょっとすると、この風景を目に出来るのは今回が最後になるかもしれないと思った私は、携帯のカメラで街の中や駅周辺を撮影した。「観光地の写真を撮る」のは個人的には好きではないけど、最近は「馴染みのある風景が失われていく」のを目の当たりにすることが多いので、それを記録しておきたい想いが湧いてきている。しかし何の変哲もない街の風景を撮影していた私の姿は、周囲の人には「変な人」に映ったに違いない。ただですら歩いている人も少ないので、きっと目立ったことだろう。

 約1時間半ほど徳山で過ごした後、駅に戻って広島方面の電車に下車。徳山〜広島間の在来線に乗車するのは、一昨年の寝台列車で東京を訪れた際に続いて2回目。だけど前回は夜9時〜10時ごろに通り過ぎたし、停車駅も少なかったから途中の風景に触れるのは事実上はじめて。瀬戸内海沿いを走っていたり、私は知らなかったけど、柳井市の沖には大島という島があって橋がかかっていたりで、寂れている反面、景色は良い。広島に近づくにつれて、観光客や地元の高校生が多く乗車してきて、段々車内が混雑し始める。そして広島に着いたのはもう夕方6時前だった。途中の徳山で1時間半ほど時間を潰したとはいえ、朝の10時過ぎに家を出たわけで、さすがに各駅停車のみだと時間もかかるし、大変疲れてしまった。

 駅から外に出る。広島市を訪れるのは中学1年の頃、亡き父が突然「平和教育」と言い出して、原爆資料館や原爆ドームに連れて来られたことがあるけど、それ以来。街の中心までは路面電車を使わないと出ることが出来ない。既に夕方6時だし、翌日は仕事だから「今日中に帰る」ことを考えれば、もうそんなにゆっくりするだけの時間的ゆとりはない。なので、駅周辺を少し散策して帰ろうと考える。駅ビルの中の飲食店街でとりあえず食事。さすがに広島風お好み焼きの店だらけ。しかし、どこもここも混んでいるし、行列の出来ている店も多数。「食事するのに並ぶ」のは絶対嫌な私なので、とりあえず行列の出来ていない店に入って食べた。

 しかし、せっかく訪れた、めったに来ることの出来ない街なのに、ほとんど散策することなく、もう引き返さなければならないとは。とはいえ、在来線だけを使って引き返していたら時間もかかるし、下手すれば夜中にしか帰り着けない。しょうがないので帰りは新幹線を使うことにした。しかし、やっぱり高い!! 乗車券3600円ちょっと、特急券が3200円、合わせて7000円近くもかかる。確かに新幹線は「速くて便利」かもしれない。「乗っていて味気ない」のは事実だけど、「速く帰る」には最適。でも、この料金の高さも私が新幹線が嫌いな理由。もしも広島〜小倉(北九州市の代表駅)の在来線の特急があったとしたら、乗車券3600円プラス特急料金は2000円ちょっとで済むはず。それを考えると「新幹線が出来たら特急や急行はすべて廃止にする」ことに対して、「本当にこれでいいのか」という疑問を改めて感じた。結局、わずか40分で地元に帰りついたので、夜9時過ぎには自宅に着いていたけど、行き、帰りの交通費だけで1万円以上、やけに高くいた「日帰り放浪」だった。後に残ったのは「高くついた」というダメージばかりだった。

■2010/6/6 志賀島へ日帰り放浪

 相変わらず気持ちは沈みがちで、「ライブ行かなかった」ショックが尾を引いているので、昨日もまた「日帰り放浪」してきました。行き先は福岡市内にある志賀島。といっても、福岡県以外の人にはあまり馴染みがないでしょうけど、「島」でありながら、砂地で本土と陸続きになっているという全国的にも珍しい場所。と、言葉で説明するのも難しいので、地図のリンクを張っておきます(こちらです)。

 まずはJR鹿児島本線で自宅の最寄り駅から香椎駅へ、そこから香椎線というローカル線に乗り換える。この香椎線の終着駅、西戸崎から数キロ先に、志賀島に通じている海の中の一本道があり、この道を通ると志賀島に渡ることができる。しかし香椎線、ローカル路線でワンマン運転にもかかわらず、沿線に海の中道海浜公園があるので意外と混んでいる。とはいえ、混んでいたのは海の中道駅まで。その一駅先が終着の西戸崎だけど、西戸崎駅に着く頃には乗客はまばらになっていた。西戸崎駅で下車したのはよいけど、とても福岡市内とは思えないほど寂しい場所。近くに海の中道海浜公園や、さらには志賀島などの行楽地があるわりにはひっそりとしてる。事前の下調べでは、駅前のバス停から西鉄バスに乗れば、先に述べた島に通じる海の中の一本道を通って志賀島まで行くことができるはず。しかし、バス停の時刻表を見ると1時間に1,2本しかない。しかも、私がバス停に着いた時には「ちょうど行ったばかり、次のバスは40分後」というタイミングの悪さ。こんな何もない場所で40分以上も過ごすのは厳しいなあ・・・・。と思っていたら、「渡船乗り場」の看板が。どうやら「博多埠頭(福岡市街)→西戸崎→志賀島」間の渡船があるらしい。渡船乗り場に行って時間を確認すると、20分後に志賀島行きの渡船が来る。そこで予定変更。西戸崎→志賀島間は渡船を使うことにした。

 6月に入って急激に日差しも強くて天気がよくなった。なので、船での移動は実に心地よい。約20分程度で志賀島に着いた。しかし下船したのはよいけど、ほとんど下調べはしていない。島の中に何があるのか、島内を移動するのにどれくらい時間がかかるのか等・・・。一応、島をぐるっと一周できる循環道路がある。この道路を一周すれば、沿岸を一周して元の渡船乗り場まで戻ってこれる。なので、車やバイクで訪れる人にとっては絶好のドライブ、ツーリング・コースでもある。私は長い距離を歩くことには慣れているから、途中で休みながら歩けば、歩けないこともなさそうだ。だけど・・・。歩き出したのはよいけど、この循環道路は国道でバス通りでもあるんだけど、道幅が異常に狭く、歩道や路肩もほとんどないし、信号機もない。つまり、いくら「本土と陸続き」といっても、やっぱり島は島。普通車が2台、やっとのことですれ違うことが出来る程度の狭い道。この国道以外の道は、車すら通れないほどの路地しかない。そんな狭い道をスピードを緩めることなく、車がひっきりなしに通り過ぎる。大半が福岡市内や、各地からリゾートに来た人たちの車。危なくって、安心して歩けたものじゃない。渡船乗り場から1キロちょっと歩いたところで、この国道は更に道幅が狭くなり、歩道も路肩もなく、自分の歩いているすぐ横が、ガードレールもない海岸線・・・、そんな場所に出てきた。それでもスピードを緩めずに通り過ぎる車・・・。恐怖を感じたので「これ以上歩くのは厳しい」と思い、引き返した。

 道幅が狭く、海と山に囲まれていて、潮の香りや焼きサザエの香りの漂う、なんとも風情のある場所。本土と陸続きになっているのに「離島」に来たような気分に浸れるのも貴重だと思う。なのに「細い道をひっきりなしに走り去る車」のせいで興ざめしてしまった。おそらく、地元の人も迷惑してるんじゃないだろうか。リゾートに訪れる人は地元の人のことも考慮して、車を使用するのは避けるべきだ。渡船でも簡単に福岡市内から行くことができるし、バス路線だってあるんだから。「どこに行くにも車」って人が多いけど、もっと考えて欲しいと思う。まあ、バイクでツーリングするにはちょうど良い感じはするけど。

 結局私が過ごしたのは、渡船乗り場の周囲1キロ四方程度の場所まで。中央にそびえる山の向こうにも、いろいろ見所があったようだけど、とてもそちらまでは足を延ばせなかった。帰りは渡船乗り場から「海の中の一本道=志賀島大橋」を通って西戸崎駅まで出るバスに乗る。しかしその「海の中の一本道=志賀島大橋」は、かつては砂地で、満潮の時は海に沈んでいて、引き潮の時だけ陸続きになっていたとか。その砂地のあたりで、まだ季節的に気が早すぎる気がするけど、バーベキューをしている家族連れの姿も。まだ6月だけど快晴で暑い一日だったけど、ちょっと早い夏の気分に浸った1日になった。6月末からは忙しくなり、週休2日は難しくなるから、その前にゆったり出来てよかったと思う。

■2010/7/19 佐世保への日帰り放浪

 久々の連休、しかも梅雨が明けて夏らしい天気になったので、ちょっと日帰り「放浪」してきました。行き先は長崎県の佐世保。今年の1月に一度も足を踏み入れたことのなかった長崎県の長崎市に日帰り「放浪」したけど、長崎県って狭いわりには観光地として有名な地域があちこちに散らばっている。また、まだ着工はしてないけど、いずれは新幹線が出来てしまう可能性もあるので、そうなれば便利になる反面、味気ない上に料金がかかる移動しか出来なくなってしまうので、そうなる前になるべく県内のいろんな場所を訪問しておきたいという気持ちもある。で、今回選んだのは、長崎県第2の都市である佐世保。

 今回も長崎に行った時と同様、JR九州の格安往復特急券「2枚きっぷ」を購入して在来線特急を使用。九州以外の人は知らないと思うけど、同じ長崎県でも長崎市と佐世保は全然方角が違う。長崎市は長崎本線、佐世保は佐世保線の終着駅になる。よって、今回は博多で佐世保線の特急に乗り換えた。途中の佐賀県の肥前山口という駅までは長崎に行った時と同じ経路。そこから別々の方向に分かれているわけだけど、海岸線できれいな車窓だった長崎本線と違い、佐世保線はもっと内陸の方を走っている。陶芸で有名な佐賀県の有田が古い町並みだったことを除けば、車窓は単調で面白くなかった。なのでi-Podでぼんやりと音楽を聴いて過ごしていた。博多から約1時間半、長崎よりは大分近かったけど車窓が単調で退屈した分、ちょっと長く感じられた。

 佐世保駅に降りたのはよいけど下調べはしていない。駅の観光案内などを見る限り、ハウステンボスと九十九島以外には有名なスポットはなさそう。テーマパークは大の苦手なのでハウステンボスはパス、九十九島に行ってみることにした。西海パールシーリゾートなる、水族館や港などのあるスポットから九十九島の島巡りのできる遊覧船が出ているようなので、そこまで移動しようと移動手段を調べる。西肥バスと市営バスの2社のバスがあるけど、どうやら市営バスに乗ればいいらしい。バスに乗って移動するけど、なぜか街中を通り過ぎたあと、いきなり山の方に登っていく。どうも山の上の方が住宅密集地になっているようで、峠や曲がりくねった道など、いかにも山道のような道路だけど、あたり一面に住宅がいっぱい。途中で地元の年寄りがどんどん下車して行った。その後、山を下っていくと海沿いに出る。どうも、遠回りするバスに乗ってしまったようで・・・。でも、だからこそ街の様子がよく分かった。しかしそのパールシーリゾート近くで大渋滞。運転手がマイクが入っているのに「ここからいつも時間がかかる」だの「車で来なきゃいいのに」だのぼやいていたので、乗客も思わず苦笑。駅や街中からシャトルバスも出ているという。なのに、無理して車で来る必然性なんかあるのか、みんなが無理するからこんなになるんだろう。「どこに行くにも車」という人たちに対してまたしても疑問を感じた。

 しかしパールシーリゾート、梅雨が明けて夏らしい気候になったせいか、異常に混んでいる。佐世保市や長崎市の人口を考えればビックリするくらいの人出。遊覧船乗り場に着いたのが昼の12時半頃だったので1時の船に間に合うだろうと思ったのに、「もう売り切れです」。諦めて2時の船のチケットを購入。時間まであたりを散策してみた。海沿いに建物が建っていて、クルーザーやシーカヤックをやっている人もいっぱいで、いかにもリゾート地という感じ。やがて船の時間になったので乗り込んだのはよかったけど、船室は4人がけの座席が中心。家族連れが多いので、ひとりでそれを占領する気にはなれず。ひとりがけの席は埋まってる。異常に暑いので冷房の効いた船室で過ごしたかったんだけど、諦めて甲板に出る。眩しいのでグラサンをかけて、手すりにもたれかかっていた。まあ、確かに日差しが強くって眩しいけど、海の上なので思ったほど暑くはなかったし、航行中も景色がよく見えたので、これでよかったのかもしれない。多くの島が点在していて、景色は確かに悪くなかったけど、先週までの大雨の影響か、海の水が緑色っぽく濁っていて思ったほどきれいには見えなかったのは残念。同じ島が点在している場所なら瀬戸内海の方がキレイかな。ただ、約1時間ほど甲板で過ごしたけど、思ったほど暑さも感じず、心地よい時間を過ごすことができた。

 船を下りて色々調べたところ、九十九島を山の上から見ることの出来る展望台が周辺にあるらしい。ただ、どこも交通機関でいけそうな感じではないので断念。また、何か佐世保ならではのものを食べたいと思ったけど、あご(トビウオ)ラーメンにあごうどん。いや、この猛暑の中ではちょっと・・・。刺身も暑い時期には食べたくないし。結局ハンバーガーくらいか。ということで、パールシーリゾート内にあるハンバーガ屋でハンバーガーを買って食べた。マクドナルドやロッテリアのように「レンジで暖めた」ものではなく、注文を受けたところで作り始めるところ、具だけじゃなくパンにも焦げ目がついているところ、マヨネーズに酸味が効いているところが「他と違う」感じ。やがて佐世保駅行きのバスが来たので、バスに乗って引き上げたけど、今度は山の方に行かずに海沿いを走る。そうすると行きの半分くらいの時間で駅に着いた。

 駅に着いたのは夕方だったけど、さすがに暑さのせいで疲れていたし、アーケード街(意外にもシャッター街化はしておらず、賑わっている)にも特にゆっくり出来そうな場所もなかったので、夜の8時過ぎの特急で引き返した。帰りの列車の中で、腕がヒリヒリするのに気がついた。さすがに1時間も甲板にいたせいで、思いっきり日に焼けたらしい。しかしこんなに日焼けしたのって何年ぶりだろう・・・。

■2010/10/13 イレギュラー続きの2回目の「四国放浪」(1)

 実は本日まで4泊5日で四国を「放浪」してきました。

■なぜ今、四国?

 はじめて四国を「放浪」したのはもう6年も前のこと、3泊4日で高知市と松山市で宿泊しました。その時がはじめての四国訪問だったわけだけど、ひとくちに四国といっても広いので「いずれ、また」と常に思っていました。今年の7月頃、You Tubeを見ていたら、鉄道マニアが撮影したと思われる「岡山駅四国方面ホームで流れる『瀬戸の花嫁』の列車接近を告げるメロディ」の動画を発見、「そういえばJR四国ではこの曲が流れていたな」と懐かしい気分に。久しぶりに聴いてみたいなあ。同時に同じYou Tubeで、1970年代に撮影されたと思われる、小柳ルミ子出演の「瀬戸の花嫁」のプロモ・ビデオも偶然目にした。どうもロケ地は香川県沖、瀬戸内海にある女木島という小さな島らしい。へえ、キレイな場所だなあ。そして更に同時期に、この「落書き帳」にも書いた通り、長崎県佐世保へ「日帰り放浪」に行ったわけだけど、九十九島で船の上からの「島巡り」を体験。うーん、同じ島巡りといっても、瀬戸内海の方が、きっともっとキレイなんじゃないかなと。というわけで「瀬戸内海の島巡りをしてみたい」と思い立ったのが、「四国放浪」のきっかけでした。

■二転、三転する計画

 とはいえ、私には離島に関する知識はほとんどない。なので、ネットであれこれ調べる。大きく分ければ、香川県と岡山県の間の離島、そして広島県と愛媛県の間、いわゆる「しまなみ海道」周辺の離島の2箇所。「どちらに重点を置くか?」を考えた場合、今回のきっかけはあくまでも「香川県沖の島の景色に心引かれた」ことだったので、高松2泊、しまなみ海道の拠点、愛媛の今治1泊。あとはせっかく四国に行くんだから、欲張ってもう一箇所くらい寄ってみたい。ということで、高知県の四万十川にも行こうと考えて予定を立て始めたんだけど・・・。

 なにしろ、四万十川周辺は交通の便がよくないので「ちょっと寄ってみる」感覚で訪問するのは無理。この地区だけで3泊くらいしなければ訪問できそうもない。ということで断念、また今度。その後、前回四国訪問の際に通り過ぎ、あまりの景色のよさに心を奪われた吉野川沿いの大歩危峡にきちんと訪問してみようかなということで予定を立てる。ところが、この地区には格安の宿泊施設がない。しかも、ここを訪問すると今治と方向が全然違うので、かなり駆け足になる。ということで断念、また今度。結局、出発1週間前に予定を決定、「最初に高松に2泊して香川県沖の島を廻る。その後、丸亀に移動して1泊、丸亀市沖の塩飽諸島へ、更に今治へ移動して1泊、しまなみ海道沿いの島を訪問しながら本州に帰って、そこから新幹線で帰宅」。・・・という予定を立てたのはいいけど、ただ「予定を立てただけ」。本当に実現可能なのか、船はどれくらい出ているのかなどの下調べもないまま、出発直前になってしまった。

■悪天候で更なる予定変更で混乱

 初日、地元・北九州を出発するその日、外を見ると今にも雨が降りそうな空模様。香川県の天気予報もこの日は昼過ぎから雨。さらに翌日は一日中雨で、所により強く降る・・・。あの例のプロモ・ビデオで見たような明るい日差しが降り注ぐ穏やかな海や自然を見たくって選んだ場所なわけだから、雨どころか、曇っていたとしても私としては「ぶち壊し」。困ったなあ、止めようかな。ただ、休みをとり、宿泊場所も確保しているので、行かないわけにはいかない。

 とりあえず予定通り出発、まずは新幹線で岡山へ、そこから瀬戸大橋経由、高松行きの快速列車に乗る。まだ雨は降ってないけど雲行きは怪しい。瀬戸大橋から見える海も、瀬戸内海特有の穏やかな海ではない。高松駅に着くと、まずは駅ビル2階のうどん屋でうどんを食べて、それから高松港のフェリー乗り場へ。

 ところが、異常なほどの賑わい。主に20代くらいの若い人たちで駅や港がごった返している。あちこちに旗が立っていたり、横断幕が架かっていたり。全然知らなかったんだけど、実は7月〜10月末にかけて、香川県沖の離島で「瀬戸内国際芸術祭」なるイベントが行われていて、全国から人が押しかけて大盛況なんだとか。島の廃屋などを利用したオブジェやアート作品を国内外のアーティストが手がけていて、いくつもの島を巡りながらこれらを観覧するというイベントらしい。いや、俺はとんでもないところへ来てしまったようで・・・。私はただ「島巡りしたい」だけのつもりで訪問したのに・・・。これではどこへいっても人だらけで、離島ならではのんびりした雰囲気は味わえそうもない。そのあたりは残念だし、誤算だった。

 しかも、港に向かって歩き始めた途端、雨が落ちてきた。とうとう降り出してきた。この瞬間、私は初日に島巡りすることは諦めた。しかしまだ昼過ぎ、どうやって時間を潰せばいいのやら・・・。

■2010/10/14 イレギュラー続きの2回目の「四国放浪」(2)

■頑張って欲しい宇高航路

 高松に着いたものの、生憎の雨、何とか時間を潰さねば、ということで高松港周辺を歩いていたら「宇高フェリー」の看板が目に入った。まだ瀬戸大橋が開通する前、本州から四国に移動する手段のメインといえば、岡山県の宇野から高松を結んでいた、国鉄が運営する宇高連絡船だった。瀬戸大橋開通後、宇高連絡船は廃止になったわけだけど、今でも宇野と高松を結ぶ航路は細々とだけど実は残っている。四国フェリーと宇高国道フェリー、この2社の航路がある。「どちらかに乗って、岡山の宇野まで行ってみようかな」と思い立つ。駅から近いのは四国フェリー乗り場だけど、敢えて駅から遠い、宇高国道フェリーの乗り場へ行ってみた。

 切符売りに入ってビックリ、待合所にいるのはトラックやダンプのドライバーらしき人だけ。一般の乗用車のドライバーは全くいないし、車ではない、純粋な旅客者は私を含めて5人しかいない。「2社とも廃止の危機」とは聞いていたけど、まさかここまでとは。だけど、切符売場の窓口の人や売店の人、船に乗り込んだ時に「いらっしゃいませ」と笑顔で出迎えてくれた船員の方、船内の売店のオバちゃん・・・。従業員がみんな、とても良心的。船内の施設もスロット・マシンが置いてあったり、座席は古くて硬いしで、どことなく「30年前の船」のようなレトロな雰囲気だけど、のどかでいい感じ。天気が悪いので、瀬戸内海ならではの穏やかできれいな海、連なる島々、行き交う多くの船、そうした景色を楽しむことが出来なかったのは残念だけど、のどかでゆったりとした、船旅ならでの雰囲気を満喫することが出来た。約1時間で岡山県の宇野港に着く。約1時間、片道390円は意外と安い。せかせかしていていつも混雑している瀬戸大橋線の電車での移動とは一味違う、こんな本州と四国の間の移動も悪くないと思った。

 とはいえ、宇野港に着いても、岡山駅までさらにJRで1時間もかかる。しかも瀬戸大橋開通後、宇野〜岡山間の電車は1時間に1本程度に激減している。それを考えれば、いくら「ゆったりした移動が楽しめる」といっても、瀬戸大橋線に乗客を持っていかれて苦しくなるのも致し方ないのかな、という気もする。だけど、個人的にはこんなゆったりした船旅も悪くないなと感じたし、従業員の方の対応も良くって好感が持てた。「苦しいだろうけど頑張って欲しいな」と心の底から思う。

 その後、宇野駅から列車を乗り継ぎ、今度は瀬戸大橋線を使って再び高松駅に戻った。その頃には雨は更に強くなり、折り畳み傘だけでは濡れてしまうほど激しくなっていた。

■我が物顔の自転車にカルチャー・ショック?

 高松駅に戻ったのは夕方5時前。予約したホテルは高松市最大の繁華街、瓦町のホテル。瓦町へは琴平電鉄という私鉄で2駅。そこからホテルに向かって歩き出す。どうやら駅前のアーケード街を通り過ぎないとホテルに着かないらしい。大きな荷物を持ってアーケード街を歩く。

 すると、いきなり自転車が猛スピードで追い越していった。おいおい、アーケード街で自転車を乗り回すとはマナーの悪い奴だなあ。だけど周囲を見ると、歩いている人より自転車で通り過ぎる人の方が圧倒的に多い。日本では「アーケードの中は自転車通行禁止」とか、「アーケードでは降りて、押しながら歩くこと」という街が圧倒的に多いし、私もそれが常識だと思っている。違反者には罰則を設けている街もある。でも、ここでは違うらしい。むしろ自転車が中心のよう。出張と思われる関西弁のビジネスマンの集団が真後ろを歩いていて、何やら話している。「高松のアーケード街は日本一長くて、全長5キロ近くもある」「だから自転車で通るのが常識になっている」「文化の違いやなあ」。なるほど、納得。事実、アーケード街の中のあちこちに貸自転車屋があったり、「駐輪場はこちらです」と書かれた看板があったりする。「所変われば・・・」とかってよく言うけど、ちょっとカルチャーショックだった。

 「放浪先の駅で駅弁を買ってホテルで食べる」のが最近の恒例行事になっているので、この日は高松駅で「あなごめし」を買って瓦町まで移動していた。雨が降って鬱陶しいし、夜7時半からサッカーの日本vsアルゼンチン戦があるからそれを見たいし・・・。というわけで初日は早々にホテルへ向かった。

■激しい雨で大幅日程変更、虚しく過ごした2日目

 2日目は激しい雨音で目を覚ます。地面に激しく叩きつけるほどの大雨。ああ、今日も島巡りは出来ない。高松に宿泊するのは今日で最後になるのに・・・。とはいえ、今回最も訪問したかった場所は高松市沖の女木島と男木島、この2箇所を訪問せずに帰ることは絶対に出来ない。この2ヶ所は3日以降の予定を大幅に変更してでも必ず行こうと決める。明日こそ・・・。

 とはいえ、じゃあこの丸1日大雨と思われる2日目をどう過ごすか・・・。適当に、思いつきでJRや琴平電鉄、バスなどに乗って、適当な駅や停留所で下車して、ブラブラ過ごそう。というわけで、JR高松駅に行くと、琴平行きの電車が間もなく発車と言っていたので、その電車で琴平まで行って下車。琴平は金比羅山の入り口で有名な町で、観光客がいっぱいいた。だけどまさか雨の中、700段の石段を登るのは嫌なので、参道付近をうろついただけで引き返し、今度は琴平電鉄の琴平駅から高松に引き返す。次に琴平電鉄で、これまた観光地の屋島の入り口、屋島駅で下車。だけどケーブルカーも廃止になってしまって寂れてしまっているし、雨の中、山に登るのも嫌なので、今度はJRの屋島駅まで歩いて、JRで高松に引き返す・・・。

 無駄な時間、無駄なお金を使っているように思えるかもしれないけど、「目的もなく知らない場所を徘徊する」ことが意外と私は嫌いではないし、むしろ「観光地を慌しく回る」よりも、こういうのんびりした「放浪」が好きだったりする。このほうがよっぽど街の様子がよく分かるし、変な表現だけど「無理なく知らない街に溶け込んでいく」様な気分になる。そのことによって、日常を忘れることが出来る。こういう気分を得たいから私は「放浪」しているといってもよいかもしれない。

■明日は晴れる・・・・

 気がつくと夕方4時半。このままホテルに戻るのもよいけど、少しだけ明日の下見をしておこうと、高松港にある総合案内所、サンポートへ向かう。ところが、港付近を歩いていると、雨がいつの間にかやんでいたことに気がつく。しかも海のほうを見ると、空が明るくなりはじめている。ああ、徐々にだけど天気が良くなりはじめているんだな。明日は晴れるだろう、よかったよかった。

 天気が良くなりつつあったので、前日に続いて宇高航路でまた宇野の方に行き、瀬戸大橋経由で引き返す、昨日と同じ「放浪」をしようと思い立つ。時間的に考えて「サンセット・クルーズ」になりそうだし。というわけで、この日は敢えて昨日の国道フェリーではなく、もう一社の四国フェリーの方に乗船する。やはり乗客が少なく寂しいけど、こちらも雰囲気は悪くない。こっちの会社にも頑張って欲しいと思った。だけど、この日は日の入りが早く、乗船してすぐに辺りが暗くなってしまったので、全然「サンセット・クルーズ」にならなかったのが残念。宇野港に着いた頃には真っ暗、そこから瀬戸大橋線の電車で引き返し、高松駅に着いた頃には夜8時半を回っていた。サンポートのレストラン街のうどん屋でうどんを食べて、瓦町のホテルに戻ったときには10時を過ぎていた。徐々に天気が良くなっているので明日は晴れてくれるだろう。そうすれば念願の「島巡り」が出来る・・・。

■2010/10/17 イレギュラー続きの2回目の「四国放浪」(3)

■3日目は素晴らしい快晴、だけど想像を絶する人、人・・・・

 3日目、目が覚めてカーテンを開けると、前日までの雨が嘘のような快晴。やった、今日こそ待望の島巡りが出来る! 当初は高松港から行ける島は初日、2日目に廻り、3日目は丸亀市に移動、丸亀市内から船の出ている塩飽諸島を廻る予定だった。だけど、今回の「放浪」で最も行きたかったのは高松沖の女木島と男木島。だから塩飽諸島行きを断念してでも、今日は女木島と男木島に行くと決めていた。2泊した高松のホテルをチェックアウト、高松港に向かう。

 ところが、高松港のターミナル、サンポートに着いてビックリ。(1)でも書いた通り、「瀬戸内国際芸術祭」の真っ最中ということで大変な人ごみ。拡声器を持った警備員が走り回る、どの島へ向かう船の切符売り場も長蛇の列。「行列に加わるのは死ぬほど嫌」な性格なので、普段の私なら「やめた」となったかもしれない。でも(1)でも書いた「瀬戸の花嫁」のプロモビデオを見て以来、行きたくて仕方がなかった場所。高松港→女木島→男木島と航行しているフェリーがあるので、その切符売り場前の列に加わった。しかし切符が買えるまで20分以上かかってしまった。しかも船着場にも長蛇の列。やっと船に乗れたのはよいけど、甲板や通路、階段にまで人が溢れ返っている。450人乗りらしいけど、並んでいる全員が乗ることが出来ず、「積み残し」状態のまま、高松港を出航した。

 私は船室に入ることができなかったので、甲板に突っ立っていた。晴れていて、10月とは思えないほどの暑さ。だけど波が穏やかで潮風が心地よい。しかも点在する島々・・・。まさに私が「見たくて仕方なかった」瀬戸内海の景色が目の前に広がっていた。約20分程度で「鬼が島」こと女木島に着いた。

■「あの光景」がまさに目の前に(女木島)

 女木島は「桃太郎の鬼が島」として有名な島。島のあちこちに鬼の石像や人形が点在しているし、もともと観光客の多い島らしい。また、高松市内から近いこともあって(船の中で聞いた高松市民と思われる人の会話より)高松市の人にとっては「手頃な行楽地」「学校の遠足の定番」でもあるらしい。そのせいか、人口200人程度の小さな、ひなびた島のわりには大きくて立派な観光案内所があり港も近代的。船から降りた人は「鬼の住んでいた洞窟」行き送迎バス乗り場へ急ぐ列、芸術祭の作品を見るために集落の方へ向かう列に分かれている。私はどちらにも加わらなかった。「洞窟」は島内の最も高い山の頂上付近にある。事前に調べた情報では、「徒歩30分程度で頂上」「頂上には展望台がある」ということだったので、歩いてみることにした。

 車が通行できる道はその送迎バスが走る登山道のみ、それ以外の道路は舗装されているけど、自転車やバイクですれ違えるか、すれ違えないか程度の細い路地しかない。港から住宅街を抜けると、バスが走る山道に出る。決して急ではないけど、ダラダラとした坂道。高く積み上げられた石垣や段々畑がいかにも瀬戸内海の島らしい。やがてその道路は山の中、林の中へ。だけど、暑い上に日差しが強すぎる。しかもダラダラ続く坂は想像以上にキツい。15分程度歩いたところであえなくギブアップ(笑)。「この後、男木島にも行かなきゃいけない」ことを考えれば、あまりゆっくりもしてられない。よって、下山して一旦港に引き返すことにした。だけど、登りつめたところから後ろを振り返ると、眼下にはにはキラキラ輝く瀬戸内海。あのプロモで見たのと同じ海が広がっていた。

 下山した後、港付近を散策。近くには砂浜のきれいな海水浴場がある。民宿や海の家があり、松林やキャンプ場も。昭和40,50年代風のレトロな海水浴場。さらに歩いていくと、家の前に高く積み上げられた石垣。「オーテ」っていうらしいけど、思わず「ここは本当に日本か?」と思ってしまう。同時に、そういえばここって、あのプロモで小柳ルミ子が漁師のオッサンに話しかけていた、あの場所では? 港周辺の景色は近代的になっているけど、石垣の感じが全く一緒だし・・・。こうして、プロモで見かけたのと同じ光景に感動。ちょっと近代的になっているとはいえ、のどかで穏やかな景色は変わらない。

 やがて「そろそろ男木島へ移動しよう」というわけで切符売り場に向かう。切符を売っていたのは、明らかに地元の普通のオバちゃんと中学生か高校生くらいの女の子。こんなところも「のどかでいいな」と。だけどこの2人、船が入ってきたら大きな声を出して走り回り、乗船する客を誘導するなど本当に元気が良くって感心してしまった。

■芸術祭のギャラリーとは逆方向に歩いてみた(男木島)

 女木島から10分程度で隣にある男木島に着く。こちらの島は石垣をどんどん積み上げ、「上へ上へ」という感じで集落が広がっていったため、ちょっと変わった地形の島。平地は港周辺のみ、あとは険しい坂道ばかり、しかもこちらは人がひとり通るのがやっとのような細い路地ばかりが入り組んでいる。よって、車の姿なんて全く見当たらない。まあ、車なんて使えないだろう。また、芸術祭ということで大勢の人が押し寄せているけど人口170人程度、普段は静かで、あまりよそから訪れる人もいない場所らしい。まずは港で降りて住宅街を歩いてみたけど本当に坂道だらけだし、人がやっと一人通れるような路地ばかり、そんなところを大勢の芸術作品目当ての人が歩いてるんだから、住んでいる人はどう思ってるのかな?などと考えてしまった。

 次に「島のこちら側には作品はありません」と書かれている方に進んで行く。実はそちら方面に30分程度歩いたところに、100年近く前に建てられた古い灯台がある。なので、そちらの方へ行ってみようと思ったわけ。急な坂道を上がっていくと住宅街があり、更に上っていくと畑の中を通り過ぎる。歩き始めて5分程度で息が上がってしまう、それほど険しい坂道。登りつめた後は、いきなり山の中に入っていく。その、野生動物でも出てきそうな山の中を延々歩き続ける。途中で数名の人とすれ違ったけど、明らかに芸術祭に来た人たちとは違う、山登りかハイキングをするようないでたちの人ばかり。

 約30分、ようやく灯台に着く。「喜びも悲しみも幾年月」なる、佐田啓次(中井貴一の父で、昭和20年代の映画スター)主演の古い映画のロケ地だったんだとか。芸術祭の大騒ぎが嘘のように静か。もちろん何人かの観光客はいたけど、騒いでる奴なんて誰もいない。目の前には瀬戸内海が広がっているしで、とても心地よい。そこで20分程度過ごした後、引き返す。途中で「展望台」とか「ジイの石」とかっていう「見所」に向かう分かれ道もあったけど、恐ろしくなるほど道が険しすぎるし、山深い方向に続いていたので、「俺の体力では無理だろう」と断念、港へと戻っていった。港に戻る途中、眼下を見るとキレイな瀬戸内海が・・・。瀬戸内海って、本当にキレイすぎる・・・・。女木島、男木島どちらもよかったけど、「どちらかを選べ」といわれたら、よりひなびた雰囲気だった男木島のの方がよかった、と答えるかもしれない。

■美しすぎる夕日

 港に戻って時計を見ると3時半。もう少しゆっくりしたいのはやまやまだけど、今日の宿泊地は丸亀。移動しなきゃいけない。しかももの凄い人ごみだから「積み残し」になんてされたら大変。早めに高松港に戻った方が賢明だろうと切符を買って、船の乗り場の行列に加わる。ダイヤも大幅に乱れているようで、20分以上遅れて入港。入港すると、さっきまで近くの売店で焼きそばを焼いていたオッサンが飛び出してきて人ごみの整理。女木島同様、素朴でなんかいいなあ。私は敢えてイスには座らず甲板に立って、海や島などの景色を眺めていた。しかし途中、女木島に寄ったんだけど、港から海水浴場まで何百メートルも行列が続いていて、大量の「積み残し」が出ていた。あの人たち、無事に帰れたのかな?

 やがて高松港が近づいてくる。ああ、俺の船旅ももう終わりなのか、と思うと急に寂しくなった。しかし予定変更してまで訪問してよかったと心から思った。女木島、男木島、私の期待の数十倍、いや、数百倍いいところだった。欲を言えば「芸術祭」と重ならなかったら、もっと静かに過ごせただろうに・・・。ただ、芸術祭に来ていた人たちも、もちろん芸術鑑賞も楽しんだだろうけど、同時に島の景色や空気も純粋に楽しんでいる人が多かったように見える。意外とこんなイベントも悪くないんじゃないかな。高松港に着く頃、私の乗っていた甲板の前方から夕日が。まさに夕日を真正面から浴びながら高松港に入港した。私はグラサンをかけていたからそうでもなかったけど、周りの人たちも眩しいにもかかわらず、ずっと夕日のほうを見ていたのが印象に残った。

 高松港に着くと、私は足早に高松駅に向かって歩く。高松駅で今日の夕飯、「たこめし」の駅弁を買うとJRの電車でこの日の宿泊地、丸亀へ向かった。

■2010/10/18 イレギュラー続きの2回目の「四国放浪」(4)

■コンビニもない?城下町

 3日目の夕方6時過ぎに丸亀駅到着。予約してあったホテルは駅の前だからすぐに分かった。だけど・・・。まだ夜7時前にもかかわらず、駅前は閑散としている。ただ、ここは「一泊するだけ」の街なので、別に気にせずにホテルの部屋に荷物を置いた後、「コンビニに買出しにでも行くか」とばかりに外に出た。

 ところが、コンビニが見当たらない。どんな田舎町でも「駅前には最低一軒はコンビニがある」のが常識だと私は思っていた。まして丸亀駅、人口10万人規模の街の、市の玄関に当たる駅だから周辺はコンビニだらけ、飲食店だらけだと思っていたのに・・・・。結局、周辺を歩き回ってやっとコンビニをみつけたのは、ホテルから外に出て約30分後。嘘だろう・・・。想像以上の不便さにビックリした。でもまあ「今日は一日中歩き回って疲れたや」ということですぐに就寝した。

 4日目、目が覚める。しかし初日、2日目の悪天候の為に大幅予定変更したので、この日はどこに行くのか全く決めていなかった。当初は3日目に丸亀沖の塩飽諸島へ、4日目は丸亀市内をまわった後、昼過ぎに今治市に移動の予定だったけど・・・。とりあえず午前中は市内を散策してみることにした。丸亀城という立派な城があって、駅前に「ようこそ城下町へ」などと書いているわりには人通りもなく寂しい。大規模なアーケード街があるものの、見事なほどのシャッター街。なぜか1階にバスターミナルがあり、裏に荷物の搬入口まである、異様なほど大きなパチンコ屋がメインストリートにある。きっと元はデパートで、このデパートとアーケード街が賑わってたんだろうなあ・・・。などと思うと、最近どこに行っても見かける光景とはいえ、ちょっと寂しくなってしまった。郊外の大型店出店も原因だろうだけど、隣の坂出市が瀬戸大橋を降りて最初の四国の街になったこともあって、あっちに持っていかれたことも影響してるのかも。しかしこんな寂しい気分にさせられるんなら、もっと早起きして丸亀港から船で塩飽諸島に行った方がよかったかも・・・。

 昼過ぎ、香川県内の大きな駅の中に必ずあるウイリーウインキーというパン屋が気になっていたので、そこでパンを購入後、松山行きの特急列車に乗車し、丸亀駅を後にした。

■巨大な廃ビル、今治港

 特急に乗車して1時間30分ほどで今治駅到着。4日目の宿泊先の街でもあるし、5日目、最終日の「島巡り」の玄関口の街でもある。(1)で述べたとおり、愛媛県今治市と広島県尾道市の間の海にも無数の島がある。かつてはその島への主な足は、今治港からの船だった。今では「しまなみ海道」という、瀬戸内海の島を経由しながら今治から尾道を結ぶ橋が完成。車で、自転車で、路線バスでこの橋を通って行くのが主流になっている。特にサイクリング好きの人に好評なんだとか。反面、今でも船も多数残っているので、船やバスを乗り継いで島を回りながら向こう岸の街、尾道に抜けるのが最終日、5日目の予定。ただ、無数にバスや船が出ているので現地での下調べも必要だろうと、早めに今治入りしたというわけ。

 早速、駅から外に出る。しかし立派でキレイな駅と対照的に、駅前は随分寂しい。まあ、しまなみ海道を通る車や自転車の方が今はメインだろうから、人通りが少ないのは致し方ないだろう。そんなことを考えつつ、今治港のほうへ向かって歩く。しかし・・・。道路は整備されていて道幅が広いけど、そのわりに車もほとんど走っていない。大きな交差点の信号を渡っていても、信号待ちしている車は2,3台。にもかかわらず、まだ道路の拡張工事中・・・。実はしまなみ海道って、車の通行量が当初見込んだほど多くないんじゃないか? 見込みが外れて、広げた道路が無駄になっているんじゃないかと推測できる。

 さらにメインストリートに廃ビルが立ち並ぶ。デパートの跡? 何年も放置されたままのよう。遠くからでも見える「ショッパー」という看板の目立つ、巨大なビルも近くで見ると実は廃ビル。街の中心の異常な寂れようにビックリ。しまなみ海道を通り抜けた人たちが寄ったりもしないのか? 立地は申し分ないのに。それに対して市役所だけは近代的で立派なのも奇妙。徒歩10分ちょっとで今治港に着く。古いけど、随分大きくて立派なターミナルビルが見える。あの中に「どの船に乗ればどこの島にいけるのか?」とか、各航路やバスの詳細な時刻とか、各島の観光案内とか・・・、そんな情報が簡単に手に入る「総合案内所」のようなものがあるに違いない。

 ところが、7,8階建てに見える建物のうち、まともに機能してるのは1階のみ、上の方は廃墟同然。1階に窓口と待合室のようなものがあったので入ってみる。ところが、窓口は閉まった状態で無人。おそらく、閉鎖されて5年以上たってるのかなという感じ。待合室を見るも、地元の女子高校生がひとりベンチに座って居眠りしているいるだけで、他には誰もいない。中も昼間だというのに薄暗く、不気味ですらある。航路図や時刻表はないかとウロウロキョロキョロ探したけど、ここはあくまでも、ある船会社の運営する2,3の航路の案内図と切符の自販機があるのみ。ちょっと歩いて別の部屋に入ると、そこは別の船会社の運営する2,3の航路の利用者のための待合室。つまり、船会社ごとの待合室や案内所はあるが、「どこの島に行くにはどこの会社の、どこの路線に乗ればよいのか?」といった、今治港全体の様子の分かる総合案内所のようなものが全くない。簡単な案内図があったけど、あんなので分かる奴なんていないだろう。普段から利用している人ならまだしも、私のような、よそ者に対して不親切でまるで突き放されたような気分。

 どの船会社も「しまなみ海道開通後、バスや車に利用者を奪われて厳しい」とよく聞く。私は「島を回るならのんびりした船旅をしたい」と思ったし、同じように考えて今治港を訪れる人は絶対にいるはず。そういう人たちに対して不親切、それでいて「利用者を奪われて」云々って、そんなの当たり前でしょ。薄暗くて薄気味悪いターミナルビルを放置しているのも異様。いっそぶっ壊して小さな小屋のような建物にした方が見栄えがよい。初日、2日目に乗った宇高フェリーには「頑張って欲しいな」と思ったものだけど、今治港に対しては逆に不信感が募った。その不親切さに苛立ちを感じた私は「船は使わん」とばかりに、今治港を後にした。

■気分を鬱にさせられた街

 今治港を後にした私は、駅前のバスターミナルに向かって歩き出す。どうやら今治港から駅前に抜けるアーケード街があるようなので、そちらを通ることにした。やはりといおうかシャッター街。郊外に大型店があって客を奪われているようなので致し方ないとは思う。だけど、「客がいない」だけならまだしも、店の人に覇気がなく、通り自体に活気がない。暗くて重苦しくて、歩いていて気持ちが沈む。同じシャッター通りでも、丸亀はこんな空気じゃなかったのに・・・。

 ある店の前で足を止める。覗いてみようか。ところが店内にいたオヤジと目が合ったんだけど、その瞬間、そのオヤジが外に飛び出てきて、いきなりシャッターを閉めはじめた。私に気がついてないフリをして。えっ? まだ夕方4時なのに・・・。まあ「今日は4時に閉める」って決めてたのかもしれないけど、仮にも、以前は人が集まったであろう元観光地で商売をしている者が、入ろうとしている客がいると気がついていながら故意に店を閉めて知らん顔って・・・。信じられん。こんな「お客をもてなす」気持ちのない店がある、しかも活気も覇気もなく、重く沈んだ空気の商店街なんて、そりゃ誰も来なくなるに決まってる。ここが寂れてるのって、決して「郊外に大型店が出店したから」ではないと思う。

 私は「放浪」していろんな街を訪れた。「大好きになった街」もあれば、「好きじゃなかった」街もある。でもそれは私個人の感想レベルに過ぎない。そこが好きな人だっている、住んでいる人だっている、土地柄の違いだってある。だから「好きになれなかった街」であっても批判的なことを書くことは好まない。でも、申し訳ないけど私、この街は好きになれません。というより、気分を暗くさせられました。港も商店街も寂れてしまっているけど、よそから来た人に対して親切だったり、良心的だったり、活気があったり、ユニークな試みに感心させられたり、景色がよかったりすれば、それだけで「頑張って欲しいな」と思うし、好感も持っただろうと思います。だけど「不自然に広い道路と近代的な市役所が奇妙な景観」「活気も活力もなく、暗く沈んだ空気の商店街」「よそから来た人を不親切に突き放す今治港や商店街の店舗のオヤジ」「荒廃したまま放置された港のターミナルビルやデパート跡の廃ビル」・・・。一体どこに好感を持てというんですか? 

 気分転換のために放浪しているのに、気分はすっかり鬱になってしまった。しまなみ海道への島巡りも、すっかり行く気が失せてしまった。しまなみの島には何の悪感情もないのに、玄関口の街に抱いてしまった不信感、こんな気持ちのまま出発は出来ない。いずれ、機会があれば尾道の方から訪問したいと思う。とにかく、ここまで「嫌な気持ち」にさせられた街ははじめてです。

■最終日はやっぱり「あの場所」へ

 もう嫌だ、この街を一刻も早く出たい。でも、今日はこの街のホテルを予約している。今からキャンセルするとたっぷりキャンセル料をとられるから、ここに宿泊せざるを得ない。とりあえず今日はここで一泊して、早朝に早々にどこかよそに行ってしまいたい。駅で「たいめし」の駅弁を買う。「大」と「小」があり、「小が欲しい」欲しいと言ったら、「売り切れ」。でも、店番の人がすぐに電話で「小」を取り寄せてくれた。その売店の方の親切さに触れたことだけが、唯一の救いかもしれない。

 ホテルにチェックインしたのは夕方5時過ぎ。もうたくさんなので、今日は一歩も外に出たくない。でも明日は最終日になる。この欝な気分を癒して帰りたい。そのためにはどこへ行こう・・・。

 そこで思い立つ。そうだ、高松へ戻ろう。高松へ戻って、もう一度、男木島、女木島で気持ちを癒して帰りたい。高松へ戻ってそこから帰宅するとなると、当初の予定の倍以上のお金がかかる。でも、構わない。翌朝6時50分発の特急に乗れば、9時前には高松に戻れる。そう決めた私は今日のいやな気分を忘れるためにビールを飲み干して、早々に就寝した。

■2010/10/20 イレギュラー続きの2回目の「四国放浪」(5)

■早朝の特急で再び高松へ

 5日目、朝5時過ぎに起床。とにかく早くこの街を出て高松に向かいたい。ということで身支度をして、6時過ぎにホテルをチェックアウト。まだ朝食の準備も出来ていない時間帯だったので、フロントの人も慌てている様子だった。すぐにホテルを後にして今治駅へ向かう。朝食用に駅の売店でパンを数個買って6時50分発車の特急に乗り込む。今まで訪れた中で最も嫌な気持ちにさせられた街からようやく出て行ける・・・。気持ちが少し晴れたような気がした。もう二度とここを訪れることはないだろう・・・。

 早朝の特急列車、乗っているのはおそらく出張と思われるビジネスマンが中心。だけど、なぜか停車駅が昼間の特急より多い。どうやら通勤に使っている人も多いよう。1駅、2駅の短い区間で降りていく人もいる。しかしなぜか高校生まで・・・。特急券持ってるのか? にもかかわらず、JR四国の車掌って、全然検札に来ないのが不思議。JR九州でも、JR北海道でも、西日本でも東海でも必ず検札に来るのに・・・。ちょっと奇妙に思えた。しかし、早起きしてきたので眠い。停車駅が多い上、カーテンを閉めていても眩しい朝日が差し込んでくるので、結局ウトウトした程度だった。

 高松駅に着いたのは朝の9時前。平日ということもあってビジネスマンが多かったものの、相変わらず「瀬戸内国際芸術祭」に向かう人の波も。私もその人の波と同じく、高松港へと向かって歩き出した。

■再び鬼が島へ、素晴らしい眺めの展望台

 4日目のところに書いた通り、高松に戻ってきたのは、もう一度、男木島、女木島を訪問するため。正直、3日目にここを訪れた際は、丸亀までの移動時間や「積み残し」されないことを意識して、ちょっと早めに行動したので、「もっとゆっくりしたい」気持ちを残したままだった。それに「一度訪れて気に入った場所にもう一度訪問することで、沈んでしまった気持ちを癒して帰りたい」気持ちもあった。高松沖には他にも、直島、豊島、大島、そしてちょっと大きな小豆島だってあるので、そっちに行くという選択肢もあったけど、敢えて同じ場所を選んだ。

 切符売り場、そして乗船口の行列は相変わらず。ただ、3日目(実は日曜日だった)と違って平日ということもあり、大分人出は少ないよう。あと、先日は若い女性のグループや学生が多かったのに対し、年配の団体がいっぱいで、ちょっと様子が違う。2回目なので迷ったりすることなく、手早く切符を買い、船に乗り込んだ。この日もとても天気はよい。

 20分ほどで女木島へ上陸。前回は「鬼の洞窟」の入り口まで歩こうとして途中で力尽きたので、今日は送迎バスに乗ることにした。しかしここもオバちゃんの団体客(笑)。「バス、お金取るの?」などと文句を言ったり、席を確保するために荷物を座席に置いたり。全く、こいつら・・・・。でも、隣の席に20代前半のキレイなお姉ちゃんが座ったので、ラッキーだった(笑)。前回、私が歩くのを断念して引き返した地点も通り過ぎたけど、どうやらあの地点でも頂上までの道のりのうち、ほんの3分の1程度の場所だったらしい。前回、歩こうとしたのは無謀だったんだな。

 20分程度で洞窟に着く。しかし洞窟に入るのにお金がいるらしい。うーん、洞窟に入るのはやめよう。ただ、近くに山頂の展望台がある。ここは「ぐるっと四方、瀬戸内海を見渡せる」絶景ポイントとしてネットでも紹介されていた。どれ、登ってみよう。しかし、急で険しい石段を登らなければならず、ちょっと怖い。だけど・・・。頂上まで登って本当によかった。息を呑むばかりの素晴らしい眺め・・・・。そういえば例の「瀬戸の花嫁」のプロモの最後の方で小柳ルミ子が海を見下ろしてる場所って、ここのはず。しかし、ここにも例のオバちゃんの団体がいて大騒ぎしていたので、「ゆっくり浸る」ことが出来なかったのは残念(笑)。しかしこの景色を見て、前日の嫌な気持ちはすっかり消えてしまった。

 その後、送迎バスで下山。下山後は3日目も訪れた海水浴場の砂浜の石段に座ってぼんやり過ごした。本当に気持ちよく、ゆったりとした時間を過ごすことができた。昼の12時過ぎの船で次の目的地、男木島に向かった。

■細い路地と急坂の男木島

 約20分で男木島に到着。前回は住宅街と逆方向、山の向こう側にある灯台まで歩いたわけだけど、今回は「国際芸術祭」の作品が点在している住宅街の方を歩いてみることにした。まずは港からずっと登りつめた山頂に鳥居が見える。山頂に神社があると聞いたので、そこまで歩いてみる。しかしこの島は港の前がすぐに急な坂道。平地が全くなく、車どころか、バイクも、自転車も通らないような細い道ばかり。ほんの少し坂道を登って下を見下ろすと、いきなり瀬戸内海が広がる。そんな「何気ない風景」までもが美しい。やっぱりこの島、私は大好きだ。やがて山頂に登りつめる。確かに神社があるけど、どうやら安産の神様らしい。せっかくだから参拝しようと思ってたんだけど「俺には縁がないし」ということで、軽くお辞儀をしただけで下山した。

 でも、この島の地形って、本当に面白い。日本中どこに行っても車だらけで、特に21世紀以降は車社会が加速している。にもかかわらず、ここで車を使用するのは絶対無理。3日目にここを訪れた際、船を待つ行列の中で疲れきっていた家族連れに地元の人が気を遣ってか、何か話しかけていたので、思わず聞き入っていた。島の生活について話してたんだけど、「この急坂のせいで、高松市内の大型家電を買っても、港までしか運んでくれない」とか、「人がどんどん出て行くので、すっかり過疎化していて廃墟だらけ」とか、そんなことを言っていた。住んでいる人にとっては「この地形のせいで大変」なんだろうから、住むわけではなく、ちょっと訪れただけのよそ者が無責任なことは言えないけど、「車が来ない」こともまた、のどかで、心癒される独特の空気が漂っている理由なのかもしれない。そう思うとちょっと複雑ではあるけど、私はこの島のその空気が大好きでした。

 港に戻って高松行きの船の切符を買う。切符売り場の隣で、地元のオバちゃんが、おそらく手作りだと思われる「たこめし」を売っている。「ここで食べる?」「はい、ありがとう」と笑顔で手渡してくれた。水とお盆を添えて。その場で食べ終わると私も、「ありがとう」と声をかけて、そのお盆とコップを返却した。

 船に乗り込み、男木島を後にする。あの、独特の地形の島が段々遠くなっていく。とても名残惜しかった。もう一度ここを訪れることがあるかどうか、と聞かれれば、時間や距離を考えれば微妙かも。ただ、天候の関係で予定変更して行けなかった場所があったり、嫌な気分になって行くことを断念した場所もありと、本当に変更だらけだった今回の放浪だけど、女木島、男木島を訪れることが出来ただけで、私は大満足。中でも男木島、過去にいろんなところを訪問したけど、その中でもトップクラスの、「永遠に忘れえぬ場所」になると思う。

■四国を去る、3回目もそう遠くない将来に・・・

 高松港に着いたのは昼の3時過ぎ。「瀬戸内国際芸術祭」なるものが行われていたせいで、「のんびりムード」とは無縁な島巡りだったけど、私自身はその芸術祭には目もくれずに行動したので、あまり気にはならなかった。しかし「展示物はアートとしてはいまひとつ」という声もネット上にはあるけど、「過疎化した島の活性化」とか、「島の人たちや自然と触れ合うきっかけ」にはなると思うし、試みとしては悪くないと思う。

 高松駅で軽く「最後の讃岐うどん」を食べる。さて、帰るか。JRの瀬戸大橋線→新幹線で帰るのがいちばん早道。だけど私は敢えて、宇高フェリーにもう一度乗りたかったので、宇高フェリー→JR宇野線→新幹線というルートで帰ろう考えて、四国フェリーの乗り場へ。ところが、ちょうど出航したばかり。次の船は約1時間後。うーん、明日から仕事なので早く帰りたい。ということで、この経路はやはり断念。結局、無難な瀬戸大橋線→新幹線で帰ることを選んだ。

 もう、何10回も聞いた、駅に流れる「瀬戸の花嫁」のメロディで快速マリンライナーが入線してくる。このメロディも聞き納めか・・・。いや、四国にはまだまだ訪れたい場所がいっぱいある。四万十川、吉野川流域の大歩危峡、そして今回断念した丸亀沖の塩飽諸島・・・。2回目の訪問で、北海道ほどではないにしろ、四国が前以上に大好きになった。ちょっと嫌な思いをした街もあるけど、それは置いといて・・・。きっと近いうちにまた来る・・・。次は必ず、宇高航路で来るので、それまでは頑張って欲しいなあ・・・。瀬戸大橋を渡っていく列車から車窓を眺めながら、そんなことを考えていた。

■2010/10/22 イレギュラー続きの2回目の「四国放浪」(総括)

 (1)にも書いた通り、毎年恒例の放浪の行き先を四国に決めたのは7月初旬。その時点では具体的に四国の何処とは決めていなかったけど、7月の佐世保日帰り放浪で九十九島島巡りをしたことと、ちょうど同時期にYou Tubeで「瀬戸の花嫁」のプロモを偶然見たことで、「瀬戸内海の島巡り」をメインにすることに決めた。普段の宿泊を伴う放浪の予定って、1ヶ月前にたてることが多いので、今回は異例なほど早くから計画をたてはじめたことになる。そのわりには出発まで予定が二転、三転。もともと私自身が離島に対する知識が乏しかったので調べるだけで大変で、同時に新しい情報が入るたびに何度も予定を変えたことがその理由。しかも今回は初日、2日目の悪天候で大幅に予定を変更したので、現地でまた予定が二転、三転してしまった。時間があれば高松沖にある直島や豊島に行くことも考えていたし、天候がよければ丸亀沖にある塩飽諸島の本島(私は好きではないが映画「セカチュー」のロケ地)と広島にも行く予定だったし、三豊市沖にあって、最近はリゾート地としても注目されている粟島にも余裕があれば行きたい思っていた。そして今治市であんな気持ちにならなければ、「しまなみ海道」沿いの島も訪れる予定だった。それだけ多くの離島に行くはずが、実際に行ったのは男木島と女木島の2箇所だけになってしまいました。

 だけど、じゃあ消化不良か、物足りなかったかというと、全くそんなことはない。なにより、この2つの離島、私の想像をはるかに上回るほどいい場所だったし、大変気に入りました。だから、当初の予定と比べると全然、思うように動けなかったにもかかわらず、大満足の「放浪」になりました。

 そこで思う。ここ3年ほどの私は、「放浪」の際に、欲張っていろんなところを回ろうとし過ぎていたんじゃないか。例えば昨年の北陸放浪も、金沢2泊、輪島1泊、富山1泊。だけど最後に宿泊した富山は、「ほんのちょっと立ち寄っただけ」に終わった。輪島も事実上、24時間も滞在していなかったので、「ちょっと通り過ぎた」だけになってしまった。新聞広告によくある、ハードスケジュール過ぎるパック旅行ほどではないにしろ、これでは全然、現地でゆっくり出来ない。特に「観光旅行ではなく、気分転換のために放浪している」私、だったら、あちこち目まぐるしく動き回るよりも、ゆっくり、ゆったり過ごさなければ意味はない。今回、雨のせいで初日、2日目に高松市内とその周辺地域で「時間つぶし」せざるを得なくなったけど、逆にとてもゆっくり過ごすことができた。また「島巡り」も、「絶対に行きたかった離島」、女木島と男木島だけしか行かなかったおかげで、その2箇所だけでゆったり過ごすことができた。あの後、他の島を回っていたら、きっと慌しくて、後から思い出した時に、「どの島がどんな感じだったか?」覚えていなかったかもしれない。今回もどうせなら、高松で4泊して、もっとゆっくり過ごしたかったとすら思っているほどだ。今後、3泊、4泊の放浪をする際は、腰を落ち着けて1ヶ所で3泊、4泊した方がよいかも。

 あと、私って、何でこうも間が悪いんだろう・・・。今回、「瀬戸内国際芸術祭」のことは全く知らなかった。もしも知っていたら、「瀬戸内海の島巡りは断念、また今度」とばかりに見送って、目的地を変えていたと思う。思えば、今年4月の鹿児島放浪も「ハンヤ祭り」と重なり、昨年4月の山陰放浪も松江市の城祭りと重なってしまった。でも、「どこへ行きたいか?」はやはり「気分」なわけで、「気分」になっている場所に行かないと意味がない。だからまあ、「どうしようもなかった」わけだけど、どうして私の「気分」は、イベントと重なってしまうのか・・・(笑)。今回行った女木島、男木島も、普段はここまで人が多い場所でもないらしい。女木島の方は、洞窟とか、海水浴場とかあるので、「観光」ともではいかなくとも、高松市内の人が気軽に来ることのできる行楽地ではあるけど、男木島の方は、外から訪れる人はあまり多くないらしいし。なので、「もっと静かな時に来たかった」想いもある。

 ということで、あれほどあちこち行くはずが、たった2ヶ所しか行けなったということになるけど、今思えば2ヶ所しか行けなかったことが、結果的にはよかったと思う。おかげで、ゆっくり出来た。今後は欲張らず、今回のようにゆっくりできるような予定を立てて「放浪」しようと思う。今まで「放浪」した中でも、特に心に残る「放浪」になると思います。

 なお、今回初めて写真をアップしています。昨年春に新携帯を購入していますが、その携帯のカメラで私が撮影したものです。実は春の鹿児島放浪時にも桜島を撮影したけど、自分でも情けなくなるような出来だったのでボツにしました。今回はその時よりは多少マシだったので、敢えてアップしてみた次第です。とはいえ、芸術的才能ゼロ、絵心ゼロ、写真を撮影した経験もほとんどない。まして携帯のカメラ機能なんて、まともに使ったことがない。そんなど素人の私が撮影したので、私の見た景色の素晴らしさがあまり伝わらないのが残念。私の見た景色は、この写真の数百倍、美しかったのに・・・。

■2011/1/3 熊本県へ日帰り放浪

 実は昨日、熊本県方面を「日帰り放浪」してきました。九州内では昨年からずっと「九州新幹線がもうすぐ開業」ということで大騒ぎ。今は山陽新幹線が博多まで、そして九州新幹線は熊本県の八代〜鹿児島間が部分開業。残る博多〜八代間がずっと工事中だったんですが昨年工事が完了、いよいよ今年の3月に開業することに。地元のニュースでも、街中でも、開業を歓迎するような報道、看板や広告を多く目にします。もちろん便利になる、九州の最南端まで新幹線が繋がることは全く悪いことではないでしょう。でも一方で、新幹線開業とともに寂れてしまう地域もあるわけで・・・。例えば昨年4月の「鹿児島放浪」の途中で訪れた阿久根市のように「新幹線が通らなかった」「停車しなかった」「既存の在来線特急がなくなった」「在来線が第三セクターになった」ために外から人が来なくなってしまう街、地域もある。東北新幹線や長野新幹線開業時に、同様の「被害」を被った街や地域も多数あるそうで。「新幹線が開通しても在来線の本数を減らしたり、特急を減らしたり、第三セクターにしたりせずに共存共栄を考える」ことをJRが行えば、こんな弊害は起こらないはずなんですが・・・。

 また、以前も述べた通り「鉄道でぼんやり長旅をする」という形での放浪を好む私にとっては、新幹線はあまり好きではないし、まして料金が思いっきり高くなる分、困ってしまうというのもホンネ。もちろん「早く移動したい」という用途で使用することを考えれば便利だし助かるし、そういう時は使用するけど「放浪」する分にはちょっと・・・。九州新幹線開業は3月、私は3月まで異常に忙しくなるので「熊本県方面に放浪するなら今」というわけで、熊本県方面に放浪に出たわけです。

 まずは異常に料金が割引になる往復特急乗車券、「2枚きっぷ」を購入。在来線の特急に乗る。しかし北九州〜博多間の特急は通路にまで人が溢れ出すほどの「すし詰め」状態。どうも帰省のUターンの人や、福岡市内の大型店の初売りに行く人たちのせいのよう。約40分ちょっとの間、まるで関東のラッシュ時のような車内で立ちっぱなし。これじゃあ、普通列車や快速を使った方がよかったかも。

 博多からは「リレーつばめ」という特急列車に乗る。私が地元を離れた1990年代初頭に門司港(北九州市内)〜西鹿児島(現鹿児島中央)に登場した「つばめ」、「往年の特急の名前が復活」と大騒ぎされたし、私が大好きだった柴田恭兵主演の鉄道警察隊のドラマ「風の刑事、東京発」でも、「つばめ」が紹介されていたもの。今では博多〜八代間のみで「新幹線への繋ぎ」という意味だろうけど、「リレーつばめ」の名前で運行中。昨年4月の鹿児島放浪の際にも、この区間は同じ特急を使ったもの。個室まである豪華な車両で、登場した際も派手に宣伝していたもの。テレビ番組出まで登場したくらいだから「JR九州自慢の車両」だったはず。でも、あと2ヶ月弱で役目を終える・・・。「新幹線、新幹線」大騒ぎだけど、「こんなに豪華なのにもったいないな」「消えていくものには冷たいもんだな」との想いも・・・。別に私は「たびたび利用した」訳ではないし、別に鉄道ファンでもないので「寂しい」とかはないけど、やっぱり気分は複雑。

 で、熊本で下車後は、4月と同様に八代まで出た後、「肥薩おれんじ鉄道」へ。熊本県に来たとなると、あの時見た車窓=美しいリアス式海岸を見たいと思ったもので。海岸線の美しさは季節が違っても相変わらず。「日本の地中海」と呼ばれるという話もあるけど、新幹線で移動する人が増えて、この景色を目に出来る人が激減していることを思うと、改めて「もったいない」と思った。あの放浪時に乗車した際は平日の昼間で、車内は閑散としていたけど、さすがに正月2日の昼間ということで意外と混んでいる。とはいえ、採算的には苦しいと聞く。改めてこの会社には頑張って欲しいと思ったし、私はきっと、またこの車窓を眺めるためにここを訪れたいと思った。例え新幹線が開業しても、私はこのルートを使うと思う。今回は一度も訪れたことのない街、水俣で下車。予想以上に静かで何もない街だったけど、駅周辺を1時間ちょっと散策後、再びおれんじ鉄道で八代へ、そこから熊本駅へと戻った。

 ちょうど夕食時だったので、熊本駅のレストラン街で食事。「火の国定食」なるものを注文。辛子蓮根、馬刺し、だご汁(白味噌の団子汁)などの「熊本ならでは」の食材とご飯からなる定食で、オカズが多くてすっかり腹が太ってしまった。時計を見ると夜7時。早く引き返さないと日帰り出来なくなる。熊本市内も散策したかったけど時間はなさそう。実は過去2回ほど「日帰り放浪」で訪れている場所だし「また、いずれ」ということで。再び「リレーつばめ」に乗車。どうしても「もうすぐなくなってしまう」という複雑な気分になる。今、乗車している人たちの中で、一体何人くらいの人が、そのことを意識してるんだろう・・・。まあ、幸いにも鹿児島本線、小倉〜熊本間の特急は、新幹線開業後も残ることになったというけど、この「リレーつばめ」は確実になくなるわけだし。それに、新幹線開業前に博多以南のJRに乗車するのはこれが最後になりそう。博多以南に関しては、別に何度も利用したわけではないから特別感慨があるはずじないに、やはり多少、感傷的になってしまった日帰り放浪でした。

■2011/5/5 岩国までの「小放浪」(1)

 実は一昨日から1泊2日で山口県の岩国まで「小放浪」に行ってきました。

 本当は4月末〜5月上旬のどこかで、3泊か4拍くらいの本格的な「放浪」を考えていました。最初に計画を立てたのは2月下旬、当初考えていた目的地は青森→函館。「新幹線が青森まで開通する」とのニュースを聞いて、「考えてみれば、青森って学生時代に北海道放浪した際に通り過ぎただけだったな」というわけで計画してたんですが・・・。3月に大震災が起こったことで、東日本行きは断念。さらに先日書いたとおり、ちょうどこの頃からテレビの購入も考えるようになったので、「出費を抑えよう」ということで1泊程度の近場への「小放浪」に変更。「じゃあ、目的地はどこにする?」ということで何箇所かの候補地を選んだ。長崎県の島原、平戸、熊本県の人吉、等・・・。そんな中からなぜ岩国を選んだのかというと・・・。

■いわくつきの場所

 実は岩国は私にとって「いわくつきの場所」。まず中学3年の奈良、京都への修学旅行の際のこと。往路、つまり小倉駅から京都駅まで乗車した新幹線が、なぜか新岩国駅に急停車。「ひかり」だから通過するはずの駅なのに・・・。「架線事故が起こった」「復旧のメドがたたない」とかで、この駅で3時間以上も停車していた。本来の停車駅ではないからドアも開かずで、まさに「閉じ込められた」状態。おかげでスケジュールも大きく変わってしまい、2日目以降の予定がやたらハードになって、大変疲れてしまったものでした。今でも新幹線で新岩国駅を通りかかるたびに、あの頃のことを思い出してしまいます。

 

 そしてもうひとつ。確か5年位前のこと。広島まで新幹線を使わずに、各駅停車だけで「日帰り放浪」しようとしたことがありました。朝から地元の北九州から列車を乗り継いで、昼の3時過ぎに岩国駅のひとつ前の小さな田舎の駅、南岩国駅に辿り着きました。あと一駅で岩国、そこから1時間程度で広島、ああ、長かったけどやっと目的地に辿り着ける・・・。そう思った矢先に車内放送が。「只今、信号が赤ですので、しばらく停車します、原因は分かり次第お伝えします」。それからしばらくして「大竹駅(広島県内)で貨物列車が脱線しています。復旧のメドは全く立ちません」。その日は日帰り予定だったし、翌日は仕事だったし、「今日中に帰れるのか?」とても不安になりました。せめてもう一駅先の岩国駅で停まっていれば、市の中心駅だからバスか何かに乗り換えて、新幹線しか停車しない新岩国駅まで移動して、新幹線で帰宅することも可能なのに・・・。たった一駅先に行けば「帰れる」メドもたつのに・・・。約3時間後に「とりあえず一駅先の岩国駅まで運転します、そこから先は運休します」とのアナウンスが。そこから先に移動する手段がなくって困っている人もいたようだけど、私は「ああ、これで今日中に帰れる」とホッとしたものでした。その日は結局、広島までは行けなかったけど、岩国駅で下車してバスに乗り換え、新岩国駅までバスで移動、新幹線で無事に帰宅してきました。

 ただ、そのバスで岩国駅から新岩国駅まで移動する途中、錦帯橋他、観光地を通り過ぎたんだけど、意外と景色のいい街だなと関心。いずれはゆっくり訪問したいな、と思っていたものでした。というわけで、2度も「足止め」を食らったいわくつきの街だけど、それなだけに「気になる街」でもありました。そんなこんなで、今回、目的地としてこの街を選びました。

■各駅停車の長い旅

 今回は1泊の放浪だから、新幹線を使って時間を使わず早く移動することも考えたけど、やはりテレビを買った際の出費が痛いので、「お金を使わない」方法を選択、在来線を使って移動することにした。だけど以前、広島日帰り放浪の際にも書いたとおり(こちら)、山陽本線は今では特急や急行はもちろん、快速すらなく、各駅停車が1時間に2本しか走っておらず、ほとんどローカル線状態。しかも下関から乗った列車、徳山までの長距離列車にもかかわらず2両編成。おいおい、いくら寂れた路線とはいえ、大型連休期間中で普段より混み合う事が分かっているのに、なぜこんなに短い編成? JR西日本って、山陰放浪の時も感じたけど、サービスが悪くて融通が利かなさ過ぎ。おかげで下関から乗車後、1時間以上も座れない状態。初っ端からいきなり疲れてしまった。昼前に終点の徳山に着いたので、いったん改札の外に出る。

 

 前も書いたとおり、私の「本当の故郷」でもある街だけど、相変わらず。まあ、去年の広島日帰り放浪時も訪れているので、あまり変化はない。どこかで昼食にでもしようかと思ったけど、駅前の吉野家くらいしか飲食店がないので、コンビニでパンを買って駅の待合室で食べた。

■「徒歩で20分」は意外と辛い

 徳山からは山陽本線ではなく、岩徳線に乗車する。山陽本線は海沿いを通って徳山から岩国に伸びているけど、こっちの路線は山の中を通る路線で本数も1時間に1,2本。ただ、この路線を使った理由は別に「変わったルートを使おう」と思ったからではなく、岩国の2駅前に川西という駅があり、ここから徒歩20分程度で錦帯橋に行ける、という情報をネットで得ていたため。まあ、普通の人は錦帯橋に行くには岩国駅で下車してバスに乗り換えるけど、敢えて「歩いてみようかな」と思ったわけ。とはいえ、岩徳線って、超ローカル路線。無人駅だらけ、1両のワンマン運転、沿線も山の中ばかり・・・。徳山から乗車した乗客の大半が5,6先の駅で降りてしまい、以降は数名の乗客だけ。実に寂しい路線でした。

 1時間少しで川西駅に着く。一緒に降りたのは地元の高校生と初老の女性だけ。そこそこ住宅があって、大きな道路が通ってはいるけど、随分寂しいところ。「錦帯橋 1km」と書いた看板があるので、そちらの方に向かって歩いていくけど、歩いている人なんて皆無。ただ、大きな看板がずっと立っていたので、道に迷うことなく錦帯橋に辿り着くことができた。

■2011/5/6 岩国までの「小放浪」(2)

■歩き疲れたので「また明日」

 川西駅から歩いて20分程度でお馴染みの錦帯橋の姿が見えた。だけど、敢えて錦帯橋の方ではなく、ちょっと外れた路地の方に入ってみた。普通の住宅街かと思いきや、意外と歴史を感じさせる懐かしい街並み。どうも近くにある神社に抜ける参道らしい。有名なスポットでも何でもないけど、意外といい雰囲気でした。

 そこからしばらく歩くと、錦帯橋のバスセンターに着く。そして目の前には錦帯橋が。しかし今にも雨が落ちてきそうな曇り空。その上、ちょっと肌寒い。さらに付近の土産物屋や商店の大半は夕方5時閉店らしい。時計を見るともう夕方4時過ぎ、どことなく店じまいの準備をしているように見える。それに長い距離を歩いてきたので疲れた・・・。岩国の主だったスポットは、ほとんどが錦帯橋周辺に集中しているから、すべて廻ってもそんなに時間のかかるものでもない。というわけで、今日はちょっと周りを散策して「下見」だけして、明日改めて訪問しようと決めた。

 というわけで、バスセンターからバスで岩国駅まで移動。本数が少ないせいもあって異常に混んでいたのでまた疲れてしまった。20分程度で岩国駅に着く。駅の近くの予約していたホテルにチェックイン。普通のビジネス・ホテルなのに家族連ればかり。さすが連休だなあ。

■テレビでインターネット?

 チェックインした後、一旦外に出る。新幹線は山奥にある新岩国駅に停車するので、岩国駅は在来線のみだし、寝台列車の廃止で最早各駅停車しか来ない駅。とはいえ、元々の市街地にあるので、駅周辺にはアーケードや商店がある。廃ビルや空き店舗もあるけど、まだシャッター街とまではいっておらず、そこそこ人通りもある。歩いている人は「〜じゃ」「〜じゃけ」と、広島弁っぽい話し方。まあ、山口県といっても隣は広島県、広島市まで1時間程度だから、むしろ広島寄りの土地柄なのかも。少し散策した後、夕食用に駅で「岩国寿司」の弁当を購入する。散し寿司風の、ちょっと珍しい押し寿司で名物らしい。それとビールやつまみを買い込んでホテルに戻った。

 しかしホテルに戻って驚いたのは、なんと、テレビでインターネットができるということ。いや、「パソコンを持ち込めばインターネットが出来るホテル」とか「パソコンを設置しているホテル」は過去にも見たことあるけど、テレビでインターネットが出来るホテルははじめて。私は「放浪先ではインターネットしない」ポリシーなんだけど、一方で「現地に着いて現地のことをネットで調べたい」気分になることも多かった。だけど今まではそれは出来なかったわけで・・・。今回も「明日はどこへ行こう、どうしよう?」と思っていたところだったのでちょうどよかった。おかげで2日目の予定を再度たてることができた。

■快晴、再び錦帯橋へ

 翌朝、起きると外は快晴。ゆっくり訪問するのを2日目に伸ばしてよかった。ホテルの朝食バイキング、意外とボリュームがあった。特に名物れんこんコロッケがあったので、思わず4つも食べてしまった(笑)。

 ホテルをチェックアウトして駅前のバスセンターへ。そこから再び錦帯橋方面へ向かうバスに乗る。今日もバスは満員だったけど、途中で座ることが出来た。20分程度で昨日と同じ、錦帯橋のバスセンターに着いた。よく見ると橋を渡るのに300円かかるらしい。「金のかかる観光スポットはスルーする」ポリシーだけど、ここは300円払うことにした。だけどまずは錦帯橋を渡らずに、錦帯橋の隣にあるバスも通れる大きな橋を渡って向こう岸に。その橋の上から錦帯橋を撮った写真が↓。うーん、あんまり上手く撮れてないか・・・。

 向こう岸に着くと神社や庭園、江戸時代に建てられた邸宅などがあるので散策。山のてっぺんに岩国城があり、そこまではロープーウェイがある。乗ろうか、と思ったんだけど行列が出来ていて40分待ちとあったのでスルー。うーん、城はともかく、山頂からの眺めがよいと聞いていたので、それだけは見てみたかったんだけど。それにしても、昨日が嘘のように人出が多い。気候のせいか、時間帯のせいか・・・。

 やがて錦帯橋の方に戻る。道路から川岸に降りて散策。橋の下から見ると、実に立派な造りでビックリ。とはいえ、昭和20年代に台風による大水で流されたり、平成13年に改築されたりと何度も復元工事されているとのこと。それを思うと「感動も薄いかな」という気もしなくはないけど、一方でその復元、改築の際にも当時の技法、手法で工事されているのそうなので、「あの時代によくこんな独特の技法で、独特な形の橋を建造したものだ」と感心させられる。その後、300円払って橋を渡ってみた。しかし人が多すぎて立ち止まることも出来ないほどだったし、歩きにくいので足元が気になったしで・・・。「通るよりは遠くで見た方が堪能できるスポットだな」と感じた。

 300円で往復できるので、もう一度向こう岸に戻る。そして向こう岸からもう一度、向かいにある道路のある橋を渡ってバスセンター側に戻った。バスセンター側の河原に降りて写したのが↓。こっちの岸は駐車場や貸し切りバスの駐車スペースの近くのせいか、人がいっぱい。

■まだ昼間、どこ行こう?

 時計を見ると昼の1時前。まだ時間は早いけど、もうここは十分満喫した。昼食をとろうかと思ったけど、こういう有名なスポットは割高だし、まして家族連れやカップルばかりで、一人で気軽に入れそうな店もないので、駅まで戻ることにした。再びバスで岩国駅へ。岩国駅にある食堂で岩国寿司とうどんのセットを食べた。やはり食事の際は観光スポットじゃない方が落ち着いて食事が出来る。

 でもまだ1時半、このまままっすぐ帰るのももったいない。観光ツアー客の場合、岩国の錦帯橋と広島の宮島や、柳井の周防大島をセットで観光するのが定番らしいけど・・・。前日、ネットで近辺のスポットを検索した際に気になったのが柳井。周防大島も数年前から気になっているけど、もう1泊くらいしないと廻れそうもない。柳井市内だけだったら駅で下車してすぐだし、帰りのルートの途中なのでまわり道にもならないし。山陽本線の電車に乗車して柳井に向かった。

■2011/5/9 岩国までの「小放浪」(3)

■白壁の街?

 JRで30分ほどで柳井駅に着く。柳井は元々港町として栄えた海沿いの街だけど、新幹線も高速道路も内陸、山の中を通っているので、今ではとり残されてしまったような街。逆に考えれば「静かでひなびた街」でもあるので、ちょっと寄ってみようかなと思い立ったというわけ。前日にホテルのインターネットで少し下調べをしたんだけど、江戸時代の町並みがそのまま残っている「白壁の街」が有名らしい。駅から歩いてすぐのようだし。というわけで駅で下車後、そちらの方に向かって歩いてみた。

 歩いて10分ちょっと進むと川があって、その川を渡ると白壁の建物が見えてきた。ああ、このあたりか。しばらく散策してみる。「古い町並み」は高山、松本、金沢等、いろいろ見てきたけど、白壁の建物で統一された町並みははじめて見た。だけど、ほんの5分ちょっと歩くと・・・、あれ、もう終わり? 気がつけば普通の住宅街に出ていた。いや、雰囲気は悪くないけど、ほんの5分ちょっとで通り過ぎてしまえるほどの狭い区域。しかも、すぐ隣が普通の住宅街。なんか「とってつけたように整備されているスポット」と映った。まあ、最近は日本中、そんな観光スポットが多いのは事実だけど、あまりにあっという間だったのでビックリした。うーん、本当は夕方までここで時間を潰すつもりで寄ったんだけど、これじゃあ1時間もあれば十分じゃないか。

 その後、市内を散策。人通りもなく静かな街でした。駅の裏の方には大型店舗がいっぱいあったけど、よそから来たものがわざわざ寄るような珍しい店でもないし。夕方4時過ぎまで柳井で過ごした。うーん、まだ時間が余っている。それにどこで夕飯を食べればいいのか・・・。もう1箇所、どこか寄ってみることにした。

■不自然に近代化した街

 柳井駅から下関方面の列車に乗る。どこで降りようか、夕飯が食べられるような駅で降りたい、そういえば徳山と新山口の間に、防府って街があったよな。あの街、大して人口も多くなくって、新幹線も停まらないのに、駅が近代的で、駅前に近代的で巨大なビルが建っていたよなあ。だったら意外と食事できそうな店がいっぱいあるだろう・・・。そう思ったので、防府駅で降りてみた。

 駅に着いたのが夕方5時半過ぎ、山口県には珍しい超近代的な駅、駅前には大型商業施設(イオン)、駅の逆の方には近代的なビル(市の施設と専門店街が入った建物)、にもかかわらず駅前は閑散としている。連休の夕方5時過ぎだというのに・・・。とりあえずその専門店街の入っているビルに向かう。1階はレストラン街らしい。ところが開いている店はほんの数件のみ。それ以外は「店休日」と書かれた店、「テナント募集」と書かれた空き店舗、薄暗くて中に瓦礫が積み上げられた廃墟・・・。ここってどう見てもまだオープンして5年前後しかたっていないほど新しい建物。にもかかわらずもう廃ビル?結局、食事の出来そうな店は見当たらなかった。

 この街って、近代化させようと張り切ってお金をかけて駅をキレイにして、駅前に大きな建物を建てたんだろう。でも、10年もせずにこの寂れようは一体・・・。「無理に近代化させようとした結果、街が逆に衰退してしまった」というケース、全国的にもいくつかあるらしい。地元の北九州でも以前は副都心だった黒崎が同じような形で衰退してしまったし・・・。第一、山口県内でも下関、周南(徳山)、岩国、宇部、山口よりも人口が少なく、観光スポットがあるわけでもなく、交通の要所になっているわけでもなく、人が集まってくる街でもないのに、何でこんな無理に近代化してしまったのやら・・・。「偶然立ち寄った街」に過ぎないけど、ちょっと複雑な気持ちになった。

■1泊くらいでは気分転換できず

 じゃあ、どこで夕飯を食べればいいんだ? ということで考える。防府の3駅先が新幹線も停車する大きな駅、新山口。そこまで行けば駅に食堂くらいあるだろう。というわけで新山口駅まで移動。下車したのは夜7時半過ぎ。ところが、駅のレストランや立ち食いうどん屋は夜7時半閉店。よって、もうオーダーストップしている。おいおい、いくらなんでも早すぎるだろう! 新幹線も停車する駅なんだから9時過ぎまで開けとくのが当たり前だろう、まして連休中なんだし。本当にJR西日本、融通利かなさ過ぎ。とりあえず駅の外に食堂があったので、ようやく夕食を済ませることが出来た。夕食を済ませた後は列車を乗り継いで、夜10時過ぎに帰宅した。

 今回は1泊のみの「小放浪」だったので、「日帰り放浪」と気分的には変わらず、気分転換とはいかなかったし、「日常を忘れる」ことも出来ませんでした。とはいえ、ずっと気になっていた場所に行くことが出来たし、2日目の帰りは思いつきでいろんなところに寄ってきたしで、そこそこ満足でした。

■2011/10/30 無計画滋賀放浪(1)

 2泊3日で滋賀県を「放浪」してきました。急に決めたのでほとんど無計画、本当の意味での「放浪」になりました。とはいえ、実は最初は一応計画があって、それが流れたために「無計画」になったんですが・・・。

■当初の予定は「修学旅行やり直し」

 中学時代の修学旅行の行き先は京都、奈良2泊3日でした。とはいえ、今思い出してもほとんど印象に残っていません。理由はいくつかある。ひとつ目は以前も書いたとおり、初日、新幹線が止まってしまって、予定が大きく変わってしまったこと。ふたつ目、奈良公園、東大寺(大仏)、春日大社などの奈良市内の観光地周りが異常なほどの駆け足だったこと。事実、当日のガイドが「こんなに駆け足は無理」と引率の教師に文句を言って口論になっていたくらいだし。「立ち止まらないで」「走って」「もう行きますよ」とガイドに声をかけられて「ただ疲れただけ」だったもの。三つ目、京都観光コースに関して「有名な寺を廻るコースか、京都太秦映画村で自由行動か、どちらかを選べ」といわれて多数決をとったところ「自由行動」という言葉につられて全員一致で映画村に決まり、京都らしい寺や神社をほとんど廻らなかったこと。なので私の中で「京都らしい場所なんて行った覚えがない」状態。4つ目、初日の予定変更、2日目の駆け足過ぎる奈良観光、そして初日の夜の夜更かしがたたって寝不足で異常に疲れてしまい、「疲れた」「帰りたい」ばかりで楽しめなかったこと・・・。以上のような要素が重なったせいで「確か修学旅行って、奈良や京都に行ったはずなのに全然覚えてない」状態に。しかも自力で行ったわけではないので、具体的にどこをどう廻ったのかの記憶も全くない・・・・。

 そんなわけで「奈良と京都をもう一度、自分で下調べしてきちんと訪問したい」と思った。10月はまとまった休みがとれそうなので、4泊5日くらいでゆっくり。そうだ、ついでに滋賀県にも足を伸ばそう。以前から書いている通り、川や湖、池や沼などの「水周りウォッチャー」の私なので、毎年「びわ湖毎日マラソン」のテレビ中継を見て、コースにもなっている琵琶湖や瀬田川の景色に興味を引かれているし・・・。というわけで10月上旬、4泊の予定で大津、奈良、京都を廻る「放浪」の予定を立て、宿泊施設もネットで予約していた・・・。

■突然の予定変更で「無計画放浪」に

 ところが、その5日連休をとる予定だった日のうち、2日ほど休みがとれない状態に。というわけで中止して無期限延期。そして「ここなら大丈夫だろう」と思われた10月中旬に改めてちょっと妥協して「大津と奈良で宿泊する3泊4日の放浪」の予定を立直した。どうしても4泊5日は難しかったので、京都は「また次回」ということで。ところが、またしても断念。今度は仕事の関係ではなく、長期予報を見ると「関西地区は大雨」の予報だったので。さすがに雨の中、歩き回るのがメインの「放浪」は厳しいなと。というわけで、またしてもキャンセル。しかしこうなるともう、4泊5日も3泊4日も厳しい。10月下旬に2泊3日なら行けそうだけど、ただそうなるとさらに大幅な予定変更が必要だし・・・。

 そこでふと考える。いや、俺って寺や神社や仏像に興味なんてあったっけ? しかもどこも高い入場料がかかる。私の「放浪」って観光地周りじゃなく、ただ「知らない場所をフラフラ彷徨う」というスタイルだったはず。なぜ京都、奈良なんていう典型的な観光地巡りに拘るんだ? そう思ったら原点だったはずの「京都、奈良=修学旅行やり直し」の計画は断念。「琵琶湖周辺とびわ湖マラソンのコースを無計画に彷徨う」放浪に大きく方針を転換した。よって「大津市内に2泊して、あちこち歩き回る」ことにした。びわ湖マラソンのコースにいちばん近くて便利なのは東海道線の石山駅のようなので、その周辺で宿泊施設を探すも既に予約がいっぱい。諦めて隣の駅、瀬田駅近くの宿泊施設を予約した。「宿泊施設だけ決める、あとは行き当たりばったり、下調べ一切なし」って、ああ、いかにも俺らしい放浪じゃないか。

■2011/11/3 無計画滋賀放浪(2)

■遠い、遠い南郷洗堰

 初日、新幹線で小倉駅から京都駅へ、そこから在来線に乗り換えて大津市内に移動。しかし京都駅から大津駅って10分程度で着いてしまう。「隣同士の都道府県の県庁所在地」にしては異常に近くて驚いた。だけど私が下車したのは大津駅の2つ先の石山駅。先日も書いたとおり、本当はこの駅の周辺で宿泊するつもりだったんだけど・・・。そこから京阪電車に乗り換えて2駅先の終着駅、石山寺駅で下車した。といっても、別に寺院には興味がないので、石山寺に行きたかったのではなく・・・。駅を降りると目の前に瀬田川が流れていて、その瀬田川沿いを山の方に向かう道路がある。その道路は延々続く一本道(後で調べたら国道422号線とのこと)で、ここが「びわ湖毎日マラソン」のコースになっている。なので、この道を川沿いに街の外れにある南郷洗堰(詳細はこちら)までを歩いてみたいと思った。地図で見ると徒歩1時間近くはかかりそうな長い道のり。疲れたら途中で休んだり、バス(本数多い)に乗る等してでも、南郷洗堰まで行ってみようと・・・。

 しかし天気がよくって、10月にしては暑い。しかも平日の昼間、石山寺周辺は観光客がいたけど、しばらく歩くと公共施設ばかりの場所に出るので、車の通行量は多い反面、歩いている人はほとんどいなくなる。さらに15分ほど川沿いを歩くと道幅も狭くなり、片側一斜線で歩きにくくなってくる。反面、昔からの住宅街と思われる場所に出るので、人通りは多くなる。そんな川沿いの道を40分程度歩いたところで、洗堰に着いた。この川沿いの道や洗堰は、テレビのマラソン中継で何度も見てきたので、はじめて訪れたにもかかわらず「見慣れた風景」といったところ。テレビで見て「いいところだなあ」と思っていた場所に実際に行けたということ、それだけで満足した。別に有名な観光スポットじゃないし、よそから訪れる人なんてほとんどいないであろう場所、しかも地元の人にとっては何の変哲もない場所なのかもしれない。事実、釣りをしている地元の人、洗堰の近くの公園でくつろいでいる地元の年配の人や子供の姿はあったけど、よそからきたと思われるような人の姿は全くなかった。だけど、こういう「何の変哲もない場所」の方が、よっぽど観光地なんかよりも魅力を感じるし、まして「水周りマニア」の私にとっては、この上ないほど「いい景色」でした。

 とはいえ、また歩いて同じ道を引き返すのはさすがに辛い。なので、帰りはバスに乗ってJR石山駅へ出る。その後、石山駅から一駅先の瀬田駅まで移動して、宿泊先にチェックインした。

■興ざめな大津港の夜景

 瀬田の宿泊施設にチェックインしたのが夕方5時。もう外は薄暗くなっていた。とりあえず「市街地まで行って、夕食でも」と思い立つ。大津の市街地といえば、やっぱりJR大津駅周辺なんだろうな。ということでJRで大津駅へ。ところが大津駅周辺って、とても県庁所在地の玄関口の駅とは思えないほど寂しい。店とか飲食店とかほとんどない。近くに京阪電車の浜大津駅という駅もあるようなので、そちらに歩いてみる。近くに琵琶湖があって、大津港がある。そこに「湖の駅」なるものがあったので、そこに入ってみた。そしてその窓から琵琶湖の方を見る・・・。

 しかし、そこに広がっていた光景は・・・。なぜか真っ暗な夜の湖のはずなのに、異常に明るい。なんと湖の中にイルミネーションや噴水が。それにこの「湖の駅」をはじめとする湖岸に建っている建物も異常に大きな超近代的なビルばかり。「人工的」「コンクリートの塊」そんなイメージで私には「キレイ」「素晴らしい」とは全く思えなかった。こういうのを見て「キレイ」と思う人もいるのかもしれないけど、私はむしろ、昼間に見た洗堰や瀬田川のような素朴な景色にこそ心を引かれる。熱心にイルミネーションを撮影している人もいたけど、どうしてもこの景色は好きになれなかったので「湖の駅」の中を散策した後、京阪の浜大津駅から京阪電車に乗って京阪の石山駅に移動した。

 石山駅周辺は狭い道が入り組んで個人の商店が立ち並ぶ、まるで昭和30年代の街のような素朴で庶民的な町。そこにあった「宮本むなし」なる定食屋に入る。後で知ったことだけどこの店って関西や名古屋にしかないそうだけど、有名なチェーン店とのこと。味はいまひとつだけど、おかずのボリュームが凄くて、それでいて安くて、ご飯のおかわり自由。私も一人暮らしをしていた頃、「味に関しては贅沢は言わないけど、安くて腹いっぱい食べることが出来る店があればなあ」と思っていたもの。そんな人には最適だろうと。ようやく夕食にありついたところでJRで瀬田駅へ、宿泊先に戻り、この日は早く就寝した。

■2011/11/6 無計画滋賀放浪(3)

■瀬田川沿岸でゆったり過ごす

 2日目、この日も朝から快晴で天気予報でも一日中晴れとのこと。ホテルで無料朝食をとった後、朝9時半過ぎにホテルを出る。「無計画」な放浪ではあるけど、この日の午前中は昨日と同じ瀬田川沿い、といってもより琵琶湖寄り、市街地近くにある瀬田の唐橋(詳細はこちら)と、その周辺を訪れようと決めていた。瀬田駅からJRで石山駅へ、瀬田の唐橋はそこから歩いて15分ほどなので石山駅を降りた後、瀬田川の方へ向かって歩いた。

 

 しばらく歩くと大きな橋が見えたけど、それは唐橋ではなく国道1号線らしい。さらに川沿いに歩いて10分ほどで唐橋につく。といっても、リンク先にあるような歴史や伝統の感じられるような橋でもない。コンクリート製だし、橋の上も交通量の多い大きな通り(こちらも国道らしい)。まあ、観光目的に来た人だったら「がっかり」なスポットかもしれないけど「水周り=大きな川や湖のある景色」が好きな私にとっては「素晴らしい景色」。そういえば1990年代半ばまでは「びわ湖毎日マラソン」もこの橋の上を通っていたっけ。いつの間にかコースが変わって、この橋は通らなくなったけど。事実、橋を渡った向こう岸(夕照の道)の風景、昔は中継でよく見た風景だし。

 橋を渡りきったところで、川岸に降りてみる。川岸は遊歩道が整備されていて公園もある。子供を連れの母親が子供を遊ばせていたり、犬の散歩をさせている人がいたり、ウォーキングしている年配の方がいたり、ジョギングしてる人がいたり・・・。まさに「市民の憩いの場」という感じ。一方で川の方を見るとボートでいっぱい。地元の大学や高校、社会人のボート部にとっては「練習場」になっているらしい。ボートの横をメガホンを持って自転車に乗った監督が怒鳴っていたり、女子マネージャーが一生懸命に声をかけたり・・・。私の地元には「大きな川」は全くないので、実に新鮮な風景。地元の人にとっては「日常のありふれた景色」に過ぎないんだろうけど。ああ、この感じ、いいなあ。「水周り」の景色が好きな私にとっては最高に素晴らしい光景。約2時間ほど、川岸を歩き回ってより上流や下流へ行ったり、疲れたら川岸にあるベンチで休んだりしながら過ごした。天気もいいし、本当にのんびりとした時間を過ごすことができた。もしも時間があれば、明日もここを訪れたいなと。

■琵琶湖の見える景色を求めて

 午後からは琵琶湖の沿岸で景色がよくって、ゆっくり出来そうなところで過ごそうと思い立つ。だけど「無計画」だったから、さて、どこからの琵琶湖の眺めがいちばんよいのか、全く分らない。今から調べるのも難しいので、とにかく行動しよう。JRの路線図を見ると、東海道線はほぼ琵琶湖に沿って走ってる。ということは、適当な駅で手当たり次第に下車していけば、「琵琶湖がきれいに見えるスポット」に辿り着けるだろう。昨日の夜訪れた大津港は「がっかり」だったからパス。ということで、石山駅からJR東海道線に乗って北上してみることにした。

 最初に降りたのは守山駅。しかし駅にあった市内の地図を見ると、駅から琵琶湖の沿岸まで行くにはバスで30分近くかかるらしい。駅の周辺はそこそこ栄えた町だけど、特に特徴のない街。なので駅に戻ってさらに電車で北上。次に降りたのは近江八幡駅。「古い町並み」で有名な観光の街(らしい)だけど、個人的には「古い町並み」のある街はここ数年何箇所も訪れているので、特に興味は惹かれず。この街も琵琶湖沿岸までは遠い。駅から20分以上歩いてみたけど、まるで着く気配もなかった。結局疲れて断念、駅に引き返し、電車に乗ってさらに北上。次に着いたのは彦根駅。彦根城で有名な街だという知識はあったけど、やはりここも琵琶湖までは遠い。ただ、彦根城は駅から歩いて10分程度のようなので「ちょっと行ってみるか」と歩いてみる。駅から城までの道路はさすがに整備されていてキレイ。城の周辺も観光客だらけ。残念ながら(別に興味はないが:笑)「ひこにゃん」には会えなかったけど。例によって入場料が必要なようなので、堀のあたりまで行って引き返してきたけど、まあ、街の雰囲気はよく分った。

 時計を見るともう4時過ぎ。最近は日没が早いので、あと一箇所くらいしか訪問できそうにないなあ。しかも未だに「琵琶湖沿岸」には辿り着けず。駅に戻り、JRでさらに北上。琵琶湖の最北端の街、長浜駅で下車する。おお、ここは車窓からも琵琶湖が見えるし、駅から徒歩10分で長浜港に辿り着けると案内板にもある。そこで長浜港まで歩いてみる。沿岸に出て琵琶湖の方を見る。大津港のような「コンクリート・ジャングル」ではない分、眺めは悪くない。だけど琵琶湖って大きすぎるんだろう、「湖の風景」というよりは「湾岸=海沿いの風景」のように見える。以前訪れた宍道湖のような「湖ならではの景色」という感じじゃないし、博多湾や北九州市にある洞海湾の風景とダブって見えるほど。なので、私の求めていた「地元では見ることの出来ない、大きな川や湖ならではの景色」とはイメージが違っていた。しかも夕方5時のチャイムが鳴り響く。既にあたりは暗くなってきた。午後からいろんな街を訪れたのに、求めていたような景色には巡り合うことは出来ずじまい。下調べをしていればこうはならなかったのかもしれないけど、「上手くいかないこともある」のが無計画放浪の常。それはそれで仕方ないなと。長浜駅に戻り、大津方面の電車に乗車した。

■「どこからでも琵琶湖が見える」はとんでもない誤解

 「滋賀県=県内のどこにいても琵琶湖が見える」、どうやら私は誤解していたらしい。もちろん、沿岸まで遠い街もあるけど、少なくともJR東海道線沿いのどの駅でも下車して数10分も歩けば琵琶湖沿岸に出ることが出来ると思っていた。それなだけに、こんなにあちこちで下車したのに琵琶湖沿岸にようやく出ることが出来たのは最北端の長浜だったというのは、本当に意外でした。あと、宿泊したホテルの最寄り駅の瀬田駅、何度も下車した石山駅、そしてこの日の午後に下車した守山駅、近江八幡駅、彦根駅、長浜駅、異常なほどソックリ。ホームを降りると橋があって、橋を上がったところが改札口、改札を抜けたら階段を下りて外に出なければいけないところとか、なぜか駅前にHEIWADO、もしくはAL PLAZAなる大型スーパーがあるところとか・・・。後で思い出しても、どこがどこだったかよく思い出せないほど。「どこに行っても同じ景色」ってのも、なんか味気ないなと感じた。あと、なんで滋賀県の駅の前には「格安JRチケットの自販機」があるんだろう。よその地域では見られない光景なので「何?」と思ってしまいました。

 長浜駅からJRで大津方面へ。途中の草津駅で下車してみる。確か滋賀県内でいちばん駅が大きくて栄えているのは草津駅だと聞いたことがある。夕食をとるのにちょうどよかろうと。確かに駅前はデパートが何軒もあって、明らかに県内の他の駅前以上に栄えている。だけど、飲食店は多くない。「長崎ちゃんぽん」に「とんこつラーメン」って、おいおい、何で九州人の俺が滋賀県でそんなもの食べなきゃいかんのだ(笑)? ええい、めんどくさいなあ、ということで前日と同じ、石山駅まで行き、駅前の「宮本むなし」で定食を食べた。さすがに放浪したら「地元ならでは」のものが食べたいんだけど、滋賀県って意外と飲食店が多くない。まあ、もともと観光で訪れる人が少ない場所だから仕方ないか。しかしやっぱり瀬田駅じゃなく、石山駅周辺に宿泊したかったなあ・・・。

■2011/11/7 無計画滋賀放浪(4)

■瀬田川へ、再び

 3日目、目が覚めて外を見ると地面が濡れている。夜の間に雨が降ったらしい。まあ、天気予報でもこの日は雨だとは聞いていたので覚悟はしていた。ただ「時間ごとの予報」では「午前中は曇り、昼過ぎから雨」ということだったので、「午前中にもう一度、瀬田川の唐橋付近に行き、午後からは雨が降り出しそうだから、大津港の湖の駅で食事したり、買い物したりして過ごす」と計画していたんだけど・・・。前日と同じように8時過ぎにホテルの無料朝食をとった後、9時半頃にチェックアウトした。

 外に出ると雨は降っていない様子。なので予定通り瀬田駅から石山駅まで一駅JRで移動、石山駅で下車して瀬田の唐橋方面に歩いてみる。今にも降り出しそうな曇り空だけど、前日と同じように川岸を歩き回ったり、疲れたらベンチに座ったりして過ごす。いや「水周り好き」の私にとっては、これ以上ないいい景色。興味のない人にとっては「珍しくもない風景」なのかもしれないけど・・・。しばらく歩いていたら小雨が降り出した。持っていた折り畳み傘を開く。ああ、そろそろ引き上げた方がいいか。もう少し、ゆっくりしたかったんだけど・・・。

 瀬田川を後にした私は、JR石山駅でも京阪の石山駅でもなく、実は唐橋に最も近い駅に当たる京阪の唐橋前駅に向かう。いつの間にか雨はやんでいた。結局、午前中は小雨が降ったりやんだりで、天気は大崩れしなかった。

■天候を気にしつつ、湖岸の西側を北上

 唐橋前駅から浜大津方面の京阪電車に乗車する。昨日のJR東海道線が琵琶湖の東側を北上するように走っているのに対し、京阪電車は西側の沿岸を北上するように走っている。同時にJR湖西線も西側の沿岸沿いを走っている。なので、今日は西側を北上してみようと思ったわけ。京阪電車に乗って最初に下車したのは皇子山駅。「びわ湖毎日マラソン」のスタート、ゴール地点になっている皇子山陸上競技場がある場所。琵琶湖の沿岸も比較的近くに見えるので、そちらの方に向かって歩く。ところが、沿岸にあったのは競艇場。しかも大きなイベントやってるらしく、競艇に行く人の波。いや、私が思っていたのとやけに違う環境なので、再び皇子山駅に戻って京阪電車でさらに北上。

 次に下車したのは終着駅の坂本。比叡山の最寄り駅のようだけど、実は中学の修学旅行で比叡山延暦寺は訪問済み。恐ろしい坊さんの説教を聴いた記憶しかないので、下車後、比叡山の方には向かわず、山を下って逆の琵琶湖沿岸の方に向かって歩く。坂道の途中はちょっと古い町並みだった。坂道を下り終わると、そこにはJR湖西線の比叡山坂本駅が。その駅の地図を見ると、琵琶湖沿岸まで歩いて20分以上かかりそう。相変わらず雨が降ったりやんだりなので、今日は歩く気がしない。なのでJR湖西線に乗車してさらに北上してみる。

 大津市の最北端にあたる堅田駅で下車してみた。ここは琵琶湖沿岸まで比較的近いらしい。歩いてみようかな、と思ったんだけど、ここで雨が強くなりはじめた。「雨が強くなったら引き返す」つもりだったので、これ以上の「無計画放浪」は断念。JRで大津まで引き返した。

■なぜに混雑? 新大阪駅と山陽新幹線

 予定通り、JR大津駅→大津港の湖の駅に引き返して昼食。あとは「帰る」だけ。往路は京都駅で新幹線を降りたけど、新幹線の自由席、特に「のぞみ」は混雑するからいっそ新大阪まで出て、そこから新大阪始発の「ひかり」でまったり、ゆっくり、のんびり帰った方がいいか。ということでJRの新快速で新大阪へ向かう。

 ところが、新大阪駅で降りてビックリ。新幹線乗り場、まるで東京都内のラッシュ時の山手線の乗り場のような混雑ぶり。しかも予定通り「のぞみ」ではなく、のんびり「ひかり」で帰ろうと思ったのに、こちらも座れずに立ちっぱなしの人が出るほど混んでいる・・・。以前は新幹線って、結構のんびり、ゆったり過ごせる空間だったはずなのに、いつの間にこんなになってしまったのやら・・・。「早すぎて味気ない」、その上ゆっくりくつろげないのなら、正直、もうあまり使いたくないなあ・・・。後で分ったことだけど、実はこの日は「大阪マラソン」なる、「東京マラソン」の二番煎じのような何万人もが参加した市民マラソンが開かれたんだとか。その影響もあったんだろう。

 瀬田川沿いのスポット、洗堰、唐橋などでゆったり、まったり過ごせたのはよかったけど、結局、琵琶湖の方は全然堪能できず、あちこちの駅で下車して歩き回ったわりには、本来の「目的」を達することが出来ませんでした。「ちゃんと計画を立てて、下調べしておけばこうはならなかっただろうな」と思う反面、「無計画放浪って、こんなもんだもんな」という想いもあり。「無計画」ってのは、あえて私が選択した「やり方」だったので「まあ、仕方ないだろうな」と思える。それよりも「出来れば2泊3日ではなく、3泊4日か、4泊5日で行きたかったな」という気持ちの方が強いです。


      
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