旅、放浪

      
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■2013/5/6 原点に還って・・・(1、新潟県放浪)

 今回の連休を利用して3泊4日で新潟県方面へ「放浪」してきました。まずはいつものように「なぜ新潟?」というあたりから。

■新幹線が出来る前に北陸へ行きたい

 本来であれば、今回の5月連休は「放浪しない」方向で考えていました。例年と比べるとまとまった休みがとれなかったこと(例年なら5,6日、今年は4日)、特にさしあたって行きたい場所が思いつかなかったこと、ここ数年「年2回泊りがけ放浪」してきたせいか、「放浪すること」に新鮮味を感じなくなってきたこと・・・。以上のような理由から「今回の5月は放浪しない」つもりだったんだけど・・・。

 ネット上で「北陸新幹線来年の春開通予定」との情報を見かけた。北陸は2009年に「放浪」して、その際は金沢、輪島、富山に宿泊した(こちら)。石川県=金沢や輪島は「もう十分」という感じ、一方で富山は「ほんのちょっと滞在した」だけだし、行ってみたいスポットもいっぱいあるので、「いずれまた」と思っていたもの。なので北陸地方自体は「いずれ行きたい」地域ではあった。だけど、新幹線が開通すると便利にはなる反面、街の様子が一変したり、新幹線が通らない街が寂れてしまったりというケースも多いのは事実。なので「新幹線が出来る前に=景色や環境が大きく変わる前に一度行っておきたい」と思った。

■日本海沿いに新潟県へ

 では、北陸のどこに行くのか? 先も述べたように石川県はもういいや、富山県はもっとゆっくり満喫したいけど、どちらかというと立山とか黒部とか、山岳方面に景色のよい場所が多い県。だけど5月上旬はまだ「雪山」のような状態なので「いい季節」でもない。まあ富山に行く時は、街中ではなくって山の方に行くだろうから、別に新幹線が開通してから行ったとしても環境が大きく変わることもないから、別の機会でもよかろう。

 じゃあ、北陸のどこにする? 石川県→富山県の先は新潟県。新潟県って1990年、学生時代に北海道放浪した際に(こちら)寝台特急・日本海で通り過ぎただけで、一度も訪れたことがない。特に観光地らしい観光地もない県ではあるけど「訪れたことがない」だけに興味が沸きはじめる。

 もちろん北九州からJRを使った場合の最短距離、時間が最もかからないのは「東海道新幹線で東京へ→上越新幹線に乗り換え」の経路。だけど「新幹線が出来る前に日本海側の在来線で北上したい」というのが、行き先を北陸に決めた理由なわけだから、敢えて「大阪まで新幹線→北陸本線の特急に乗り換えて日本海側を北上して新潟まで」という経路を選んだ。とはいえ、大阪から一気に新潟市内まで行く直通の特急は既に廃止になっているので、とりあえず初日は富山県からほんの少し新潟県に入ったところにある分岐駅・直江津のある上越市で一泊、2日目に新潟市に移動して2泊、帰りは新潟→直江津に戻って長野方面の電車に乗り換え、長野から特急で名古屋へ、そこから新幹線で帰宅、という計画を立てた。

 以前は「放浪するのは観光地めぐりのためではなく、知らない場所を訪れて現実を忘れるためだ」と述べたことがあります。2004年に最初の「四国放浪」した際がそうだったし(こちら)、リンク先の本文の中でもそんなことを書いています。にもかかわらず、最近は知らず知らずのうちに「観光地めぐり」していました。でも、上越市にも新潟市にも「これ」といった観光地はない。通り過ぎる街にもない。というわけで、久々に原点に還って「観光地に行かない放浪」になりそうです。「新幹線が出来たら環境が変わりそうな一帯」を走破して車窓を楽しみ、同時に沿線の街を訪れる、今回の放浪の最大の目的はそこにあった。

■2013/5/9 原点に還って・・・(2、新潟県放浪)

■変わり映えのしない車窓、激変した駅・・・変わらない味

 初日、小倉駅から新幹線で新大阪へ、新大阪から富山行きの北陸本線の特急「サンダーバード」に乗車。2009年の北陸放浪時も通り過ぎてきた北陸本線、過去ログでも述べたとおり単調な景色が広がるだけの車窓なので、やはり退屈して居眠りしていました。前日夜10時過ぎまで仕事だったので疲れていたし。

 富山駅に着いたのは昼の2時過ぎ。持っていた切符が富山までの乗車券と特急券だったので、一度下車して改札の外へ出た。だけど、北陸新幹線開業まであと1年足らずということもあってか、富山駅は大工事中。2009年に訪れた際は「昭和40年代のターミナル駅」といった感じの、悪く言えば古ぼけた感じの駅だったはずなのに、完全にとり壊されていて仮駅舎のような建物になっている。後1年後には、全国どこにでもあるような「近未来」のような駅に変わってしまうんだろうなあ。

 富山からこの日の宿泊地、上越市にある直江津駅まで移動するための特急の発車時間までまだ30分以上あるので、富山駅近辺で遅い昼食。確か前訪れた時は、駅の2階に食券制の白エビの丼や天ぷらを食べさせる店があって、そこで食事をしたもの。でも、もうかつての駅舎も取り壊されたし、なくなってるだろうな・・・、と思いきや、仮駅舎の向かいにある土産物屋やコンビニの入った建物の中で健在。ということで、思わず入店して前回と同じ「白エビの天丼」を食べた。富山はいずれまた、ゆっくり訪れたい場所。その頃には新駅も出来て新幹線も開通しているだろうけど、この店は変わらず営業していればいいな。その時はまた、必ず来店したいと思う。

■ターミナル駅、だけど市の中心ではない・・・

 約30分後、直江津方面へ向かう特急「はくたか」に乗車。おそらくこの特急は新幹線が出来たらなくなるんだろうなあ、九州新幹線開通とともになくなった「リレーつばめ」や「有明」のように・・・。大阪からずっと北上してきた北陸本線だけど、富山を過ぎると右手は立山連峰の山々、左手は富山湾と、ようやく車窓に変化が。このあたりからの車窓は悪くなかった。夕方4時前、直江津駅に到着したので下車した。地元の九州や関西と比べるとずいぶん肌寒いし、天気もどんより曇り空。だけど、雨が降っていないだけましか。

 直江津駅といえば、富山→金沢→関西方面へ続く北陸本線、長野方面へ続く路線、新潟方面へ続く路線と、大きな路線のいくつも交わるターミナル駅。小学生で鉄道ファンだった頃は、時刻表を眺めては「この駅って行ったことないし、どんなところか知らないけど、きっと大きくて賑わってる駅なんだろうな」と思っていたもの。だけど、実は新潟県南部の拠点都市、上越市の市街から大きく外れた寂しい港町にある駅。駅の周りは古びた住宅や個人商店が立ち並ぶ寂しい街。駅の大きさと周辺の景色のギャップに驚く。

 とりあえず周りを散策してみるけど「商店街」という看板とは裏腹に、昭和30年代くらいを思わせるような、木造の古びた個人店舗が並ぶだけ。大きな川が流れていたり、近くに佐渡に渡る航路の発着する港もあるようだけど人通りはほとんどない。ただ、その「古びた個人商店」の大半が、屋根の軒先が大きく歩道まで張り出した独特な形の建物ばかり。この地域独特の建築様式なのか・・・・。そのあたりがちょっと珍しく、目新しかった。撮影しようかとも思ったけど、こんな静かな通りで撮影なんてしたら不審者扱いされそうだったので(笑)止めた。

 夕方5時半過ぎになったのでホテルにチェックインしようと思い立つ。でも、その前に直江津駅で駅弁でも買おう。「地元の駅弁を買ってホテルの部屋で食べる」のも、最近の放浪の定番になっているし。だけど、駅弁を売っているのはどうも改札の中だけらしい。待合室の売店では扱っていない。じゃあ買えないじゃないか。というわけで、とりあえずホテルにチェックイン。直江津駅周辺には何もないので外食できそうなところもないし、店舗の閉店時間も早いので、とりあえずコンビニでビールや食べ物を買う。それを飲み食いしながら、この日の夜はホテルの部屋で過ごした。明日は上越市の中心地・高田駅の方に移動して周囲を散策しよう。

■2013/5/12 原点に還って・・・(3、新潟県放浪)

■高田公園と高田駅周辺の散策

 2日目、ホテルのバイキングで朝食。おかずの中に新潟県の郷土料理という「のっぺ」なる煮物があったのでいっぱいとって食べた。9時過ぎにチェックアウトして直江津駅に向かう。この日の予定は・・・、午前中は上越市の中心駅にあたる高田駅に移動、市の中心と城跡の公園でもある高田公園を散策、午後から特急列車で新潟駅まで移動、その後新潟市内の散策、というもの。とりあえず直江津駅から信越本線(長野方面)各駅停車で2駅先の高田駅まで移動する。乗車したのは各駅停車だったのに、なぜか国鉄時代の特急の車両が使われていたのは驚いた。

 10時過ぎに高田駅に到着。なるほど上越市の中心、市街地は直江津駅ではなく、この高田駅周辺らしい。駅前に大通りがあって商店街らしきものがある。駅前の大通りを直進、徒歩約20分で高田公園に到着した。

 「上杉謙信のお膝元」とあちこちに書かれてはいたけど、観光地らしい観光地の少ない上越市。そんな中でも「名所」として紹介されていた高田公園だけど、城本体はなくって堀や林が残っているだけ。まあ、全国どこにでもありがちな「城跡公園」という感じ。本来は「桜の名所」というのが売りのようで、既に桜は散った後だったから「ただの城跡公園」にしか映らなかったんだろう。なるほど、桜の木はいっぱいあるので、桜が咲く季節はキレイなんだろうな。

 周辺を散策してみる。家族連れなどで意外と賑わっている。おそらく観光客ではなく、地元の人たちじゃないかな。「普通の城跡公園」ではあるけど、雰囲気は悪くない。なにより、遠くに雪を被った山が見えるのが、なんとなくいい感じ。

 しばらく公園を散策した後、商店街の方へ歩いてみる。21世紀以降の地方都市にありがちな「昔は賑わっていたことを思わせる」ような商店街だけど、開いている店も多いし、BGMがかかっているし、雰囲気は明るい。これだったらむしろ初日のホテルは直江津駅ではなく、高田駅周辺で予約した方がよかったかも。

 12時過ぎ、直江津駅方面に戻る列車に乗車して再び直江津駅に戻った。

■まさかの「満席」で大幅予定変更

  新潟行きの特急「北越」の発車が12時半過ぎ。約1時間半でこの日の宿泊地・新潟に着く。ということで午後の予定は「新潟へ移動後、市内の散策」というもの。その後、3日目は「新潟周辺の街、長岡、村上、弥彦などにJRで移動して散策」、4日目=最終日は「在来線で再び直江津に戻り、長野方面の列車に乗り換え、長野から特急で名古屋へ、名古屋から新幹線で地元へ戻る」というのが当初の予定でした。つまり今回の「放浪」は「移動に時間をかける、移動自体を楽しむ」放浪。この日の昼まではその予定でした。

 昨日買えなかった直江津駅の名物駅弁「鱈めし」を購入してホームへ。連休ということもあり、自由席の乗り口の前には長い列。まあ予想はしていた。ところが、駅のアナウンスによると「今日は自由席は2両しかない(通常は3両)」、さらに「大変込み合っています」と。なぜ連休で混むことが分かっていて自由席を減らすんだ? 列車が到着して納得。どうやら1両丸ごとツアー客の「貸切」状態。にもかかわらず増発、増接もしない、何という不親切、理不尽、信じられん。とりあえず乗車したのはよいけど車両内の通路にすら入れず、デッキに立ちっぱなし状態。いや、これは苦痛。車掌に言って指定料金払って指定席に座らせてもらおうかとも思ったけど、車掌室にすら近づけない。1時間半も立ちっぱなし? しかもデッキに? とても「移動を楽しむ」雰囲気じゃない。もうたくさん!

 我慢できなかったので直江津の次の停車駅・柿崎駅で下車して、向かいのホームに停車していた各駅停車に乗り換える。特急料金を払っているので、特急に乗らないと金がもったいないけど、最早そんなことはどうでもいい。時間がかかっても、金がもったいなくっても、座ってゆったりした気分で移動したい。どうもこの各駅停車は長岡行きなので、長岡で乗り換えないと新潟まで行けない。時間は倍近くかかるだろうけど、それでも「デッキに立ちっぱなし」よりははるかにマシ。というわけで、せっかくの特急料金がもったいないけど、各駅停車を乗り継いで新潟まで移動することにした。

 各駅停車の車内は乗客はそこそこいるけど、すべての席が埋まるような状態でもなので、実にのんびりしてる。車窓を見ると線路スレスレのところに日本海。どこまでも続く日本海。実にいい景色。のんびりとした空気。さっきまでとは大違い。ようやくゆったりすることができた。

■放浪の目的も変更

 とはいえ、柏崎駅を過ぎると海も見えなくなり、車窓が単調になってきたので、ちょっと退屈に。そこで考え事。今回の放浪は「移動を楽しむ」ことが最大の目的だったけど「特急料金を無駄にしてしまった」ことで「JRでの移動」に嫌気がさしてきた。まして混雑するのが分かっていながら団体客優先で、自由席を減らすのは「不親切」「不快」極まりない。「移動」なんて楽しくもない。移動なんて時間と金の無駄。それに今日は新潟に着くのも遅くなるので「到着後の市内散策」の時間も大幅に減る。

 だったら残る今日の午後、3日目、最終日の4日目もすべて「新潟市内散策」にあてる。同時に最終日は、わざわざ時間をかけて在来線なんて使わずに上越新幹線→東海道山陽新幹線という、最も時間のかからないルートで帰る。そうすれば最終日にも新潟市内を散策する時間的余裕が出来る。もともと「知らない場所に行って、知らない場所を散策する」のが、私の「放浪」の原点だったはず。今回の放浪はその原点に返って「知らない街=新潟市をひたすら散策する放浪」にしてしまおう。

 やがて各駅停車の終着駅・長岡に着く。ところが、新潟方面の次の各駅停車の発車まで1時間近くもある。意外と不便なんだな。しかも長岡〜新潟って、勝手に「20分程度」と思ってたんだけど、実は1時間以上もかかるらしい。とりあえずホームのベンチに座って、本当は特急の車内で食べる予定だった直江津駅で購入した駅弁を食べる。

 約1時間後、新潟方面の列車が来たので乗車。新潟駅に着いたのは夕方4時過ぎ。予定よりも2時間も遅れての到着。いろいろあったので疲れてしまった。

■2013/5/15 原点に還って・・・(4、新潟県放浪)

■まずは市内を軽く散策

 新潟駅に到着したのは2日目の夕方4時前。さすがに人口80万以上、日本海側唯一の政令指定都市ということもあって「地方都市の駅前」というより「大都市の駅前」という感じでゴミゴミしていて、多くの人でごった返している。まずは駅最寄のホテルにチェックインして、部屋に荷物を置く。そして一休みした後、夕方4時半過ぎに外へ出る。まずは新潟の市街地を散策してみる。

 ホテルから徒歩5分ほどで高いタワー(レインボータワー)やバスセンター、イオンや伊勢丹などのあるショッピング・モールに出る。連休中ということで多くの家族連れや若い人たちで溢れ返っている。交通規制をしてイベントまでやってる様子だし。きっと、このあたりが市内で一番賑わっているところなのかな。出発前にネットで新潟市について調べた際「古町というところが市内で最も古い繁華街」だという情報を得ていたので、「このあたりが古町なのかな」と。

 さらにそこから大通りをまっすぐ進むと大きな川と、そこに架かる立派な橋が見えてきた。その川が信濃川で、橋が市のシンボル・萬代橋だということがすぐに分かった。何度か書いてきた通り、水周り=湖、大河、池、沼などのある風景が好きなので、私にとってはこれ以上ないほど「ツボ」なスポット。向こう岸に渡りきるまで5分近くもかかる大きな川、川岸には土手、いや最高。この日は5月にしては肌寒いので「このあたりでゆっくり過ごすのはまた明日」ということで、萬代橋を渡りきったところからさらに大通りをまっすぐ進む。

 やがて本町というところに出る。アーケードもあるけど、ここはむしろ「商店街」というより「市場」といったところか。さらにまっすぐ進むと、またアーケード街が。「あれ?」。どうやら古町ってのは、この辺りらしい。へえ、意外と駅前から離れてるんだなあ。徒歩で20分以上もかかった。しかし、高層ビルなどの新しい建物もある反面、元デパートらしき古びた建物があったり、商店街も連休中というのにシャッターが閉まった店があったりで、どこの街にもありがちな「古くからの商店街=衰退しつつある街」というイメージは否めない。とはいえ「一時期と比べれば」レベルだろう、まだまだ人通りもあるし、決して「シャッター街」という感じではない。むしろこういう街の方が個人的には好きかも。

 気がつけば駅から随分歩いてきた。時計を見ると夕方6時半過ぎ。市内の様子は大体分かった。明日は今日よりも天気はよさそう(予報は快晴)だし、大幅に予定変更して明日と明後日は「ひたすら市内の散策」と決めていたので、明日もっとゆっくり散策してみよう。ということで、いったん新潟駅まで戻って「鯛寿司」の駅弁を買ってホテルに帰った。しかし宿泊していたホテルのイベント会場で、なぜか「九州美味いもの市」をやっていたのは参った(笑)。なんで、わざわざ「日常を忘れる」ために遠方に来たのに「九州」なんだ?あと鯛寿司、旨いんだけど、ご飯が異常に酸っぱい。酢が利きすぎでは? 今回の放浪で食べた駅弁は直江津の鱈めしの勝ちといったところか。

■川祭り・・・・

 3日目、ホテルの朝食(和定食)をとった後、9時過ぎに外出。今日は1日中市内の散策。まずは徒歩15分ほどのところにある、佐渡島へ渡る航路の出ている港まで歩いてみる。今回、3泊4日しか出来なかったけど、もう1泊できたなら佐渡に渡ってみたかったんだけど、今回は港だけで我慢。その航路のターミナルの手前に超高層ビルがある。どうやら朱鷺メッセという建物らしく、展望台もある様子だけど、どうもこういう「超高層建築」とか「近未来的な建造物」には全く魅力を感じない私。とりあえず建物の中には入らず、横を流れる信濃川の河岸の土手に出る。やっぱり私は「巨大建造物より水周り」らしい。

 その川岸沿いをまっすぐ市街の方へ歩いていく。約10分程度で市街=萬代橋のあたりに戻ってきた。やっぱり、ゆっくりするならこのあたりかな。さて、川岸でゆっくりくつろごう。だけど、とてもゆっくり出来るような雰囲気ではない。家族連れや若い人たちでゴッタ返している。・・・・どうやら「川祭り」という、地元では「連休恒例」のイベントが行われているらしい。ただ、よく見るとイベントが行われているのはこちら側の岸=駅やバスセンター側の岸だけのようなので、萬代橋を渡って逆の岸に行く。するとジョギングしている地元の人やゴザを敷いて休んでいる年配の人がいたりで、向こう岸とは比べ物にならないほどのんびりしている。思わず木陰のベンチに座って、ぼんやり過ごす。

時計を見ると11時前。信濃川周辺にはもう一度、夕方=川祭りが終わった頃に戻ってこよう。というわけで川を後にして古町方面に向かって歩き出した。

■白山公園、ICカード、タレカツ丼

 昨日はほんのちょっとだけ散策した古町商店街、今日はアーケード街をずっと奥まで散策してみる。さすがに奥まで来ると閉店してる店も多くて、やはり寂しい。さらに奥まで歩くと古くからの個人の商店が多く並ぶ一角に出る。古い和菓子屋とか、歴史のある喫茶店とか。ちょっと寂しい雰囲気だけど懐かしい街並みで悪くない。20分ほど歩くと、白山神社なる神社に突き当たった。境内の周りは公園になっているようで、家族連れなどが遊んでいる。一部のガイドには有名な観光スポットとして紹介されていたけど、正直「全国どこにでもある神社と公園」という感じ。

 そういえば新潟の次の駅って、白山って駅だったよな、ひょっとすると近くかも。だったら白山駅から新潟駅まで一駅だけJRを使って戻ろうと思ったんだけど・・・・。気がつくと、白山駅とは逆方向に歩いてきたらしく、高校がいっぱいある一角に出てきた。これはいかん、戻れなくなるかも。ただ、よく見ると今歩いている道はバス通り、ということはバスに乗れば新潟駅に戻れるはず。バスの本数はとても多いようだし。ということでバスに乗る。実は私は通勤に西鉄バスを使っており、その関係で西鉄のICカード、NIMOCAを持ってるんだけど、どうやら新潟交通のバスはNIMOCAが使えるらしい。ということで、NIMOCAをタッチして下車。知らない街に来てバスに乗ると「料金がいくらかかるか?」が非常に気になるんだけど、それを気にしなくてよいというのは非常に便利。

 やがて新潟駅に着く。既に時間は昼の2時。レストラン街でちょっと遅い昼食。新潟名物という「タレカツ丼」を食べる。ソースをかけたカツよりも、私の口には合うかも。さて、午後はどこを散策しよう・・・・。

■2013/5/17 原点に還って・・・(5、新潟県放浪)

■西海岸公園、日本海タワー

 遅い昼食の後、再び新潟駅から古町方面に歩く。古町を通り過ぎると道が3つに分かれている。よく見ると「↑西海岸公園」と書かれた看板がある。へえ、しばらく歩くと海の見える公園のようなものがあるのか。ちょっと行ってみようか。というわけで、矢印の方向に向かって歩く。だんだん道幅が狭くなり、急坂もあったりする。その坂を登りつめたあたりに学校のグランドのようなものがあり、その脇を通り抜けると森が現れる。繁華街=古町から徒歩20分程度で、こんな場所に出てくるなんて。

 その森は小高い丘になっていて、その丘から下を見ると・・・・

写真では分かりにくいけど、丘を下ったところに海=日本海が。なかなかよい景色。丘を下っていくと海岸線に出る。海岸線をしばらく歩いてみる。天気は快晴ということもあり、釣りをしている人やジョギングをしている人も。

 さらに近辺を散策。水族館や神社もあるけど、同時に「この海岸で横田めぐみさんが拉致されました。情報をお持ちの方は連絡ください」の看板も。景色はいいけど、その看板を見るとちょっと複雑な気分に。さらに歩くと「↑日本海タワー」の看板も。へえ、タワーもあるのか。ということで、そちらに歩いてみる。

 すると、一際目立つ高い塔が現れる。どうやら展望台になっているらしい。とりあえず中に入ってみる。どうも上るのにお金がかかるらしい。引き返そうかとも思ったけど、観光客よりも職員の方が多いくらいなので、引き返してしまうと目立つので、とりあえず登ってみることにした。

 意外と歴史の感じられる建造物で、途中にエレベーターはあるものの、エレベーターを降りてしばらくらせん階段を登らないと上まで行けないし、その階段も狭苦しいし。展望台の中も、まるで昔=昭和40年代の喫茶店を思わせるような飲み物ばかりのメニューが用意されていたり、いまどき珍しい「360度回転する展望台」だったり、お金を入れると見ることの出来る双眼鏡があったり。本当に昭和40年代あたりに全国にあったような、実にレトロな展望台。しかも夕日や夜景を見せる展望台が多い中、閉館が夕方5時だったり・・・。「約25分で360度回転、新潟市内をぐるっと見渡せる」が「売り」のようだけど、私はその景色よりも、建物内部のレトロな雰囲気に惹かれた。市の中心に高層ビルや展望台がいっぱいある新潟市なので、おそらくここって「衰退しつつあるスポット」なんだろうけど、個人的にはこの雰囲気、好きでした。

 とりあえず「360度回転=約25分間」を展望台で過ごした後、日本海タワーを後にした。近くにバス停があったので再びバスに乗って市街に戻った。

■再び信濃川、萬代橋周辺でぼんやり過ごす

 バスを下車したのは本町のバス停。そこから萬代橋へ歩く。どうやら信濃川の川岸で行われていた「川祭り」は終わったらしく、祭りに参加した人たちが帰っていくところのよう。じゃあ、これから人気がなくなっていくところなのでちょうどよい。ということで、川岸のベンチに座ってぼんやり過ごす。

川祭りが終わって、ぼんやりと川岸で過ごす人たちや、片付けをするスタッフの人たち、記念撮影する観光客など、とてものんびりした雰囲気。地元にはこんな大河がないので、こういうスポットのある街って本当に羨ましい。決して信濃川って水がキレイということはないけど、それでもやっぱり、こんな景色のある街が羨ましい。いつまでも、こうしていたい。もう1泊できればいいんだけど、明日にはここを離れなきゃいけないんだなあ・・・・。

 やがて日が傾き、辺りを夕焼けが包む。その日没直前に撮影したのが↓

正直、私が直接目にした景色ほどきれいに見えないのが残念。次の瞬間、遠くのネオンに明かりが。時計は夕方6時半、急にあたりが肌寒くなったので川岸を後にした。

 夕食は新潟駅の土産物屋が集まったモールの中にある「へぎそば」の店でそばを食べる。「へぎそば」もまた、新潟の名物らしい。細いけど、ちょっと硬めで歯ごたえのある麺でした。夕食の後、ホテルに戻った。明日は最終日、当初は「ゆっくり在来線で移動して帰る」予定だったけど、上越新幹線→東海道新幹線乗り継ぎで帰る予定に変えたので、明日は昼の2時頃までは新潟市内でゆっくり出来そう。明日もまた、市内散策を楽しもう。

■2013/5/20 原点に還って・・・(最終回、新潟県放浪)

■再び信濃川の川岸へ

 最終日の4日目、ホテルの洋定食で朝食を済ませて9時過ぎにチェックアウト。新潟駅のコインロッカーに荷物を置いて信濃川の川岸に向かう。2日目に大幅に予定変更したとおり、この日は時間ギリギリまで新潟市内で過ごし、昼3時過ぎの上越新幹線で東京駅へ、そこから東海道新幹線に乗り換えて帰宅という予定。時間の許す限り新潟市内で過ごそうと。とはいえ、今更新しいスポットを発掘するには時間が足りないので、前日過ごした信濃川の川岸や古町周辺を、特に予定を決めずに散策しようと。

 ところがこの日も「川祭り」が行われていて、川岸は大勢の人でゴッタ返している。ということで昨日と同じ、川祭りの会場になっていない向こう岸=古町側の川岸にベンチでぼんやり過ごす。この日も「向こう岸」は人気も少なくって、のんびりした雰囲気。ベンチにぼんやり座って30分以上も過ごした。とはいえ、日差しが強くて暑い。のどが渇いたので飲み物でも買おうかと思ったけど、近くに自販機は見当たらない。本当は人ごみの中に行くのは嫌だけど、敢えて川祭りの会場のある向こう岸に行ってみることにした。あのあたりなら自販機くらい有りそうだし。

 萬代橋の向かい側にある別の橋の方に歩いて、その橋を渡って川祭りの行われている向こう岸へ。橋を渡りきったあたりにガラス張りのビルがある。どうやらテレビ局らしい。ようするにこの祭りって、このテレビ局が協賛しているイベントらしく、建物の周りには大変な人だかり。とりあえず自販機を見つけ飲み物を購入すると、すぐにその萬代橋の向かい側にある橋を渡って、さっきまでいたベンチのある場所に戻る。戻る途中に、向かいの橋の上から撮影したのが↓

再びさっきまでのベンチに座って、さらに30分ほどぼんやり過ごす。本当に「川のある景色」って大好き。いつまでもこうしていたい・・・。11時過ぎになってベンチから立ち上がって、古町方面へ歩き出した。

■レトロな地下街

 萬代橋から本町を通り抜け、再び古町へ。地元の人にとってはバスセンター周辺の方が新しくて便利な場所なんだろうけど、よそ者の私には古町周辺の雰囲気の方が好きかも。しかしよく見ると、新しい発見が。地下道の入り口のようなものがある。一体何のための地下道? とりあえず地下に伸びる階段を下りる。そこに現れたのは・・・。

 なんと、一昨日も昨日も気がつかなかったけど地下街らしい。へえ、アーケード街もあって、デパートもあって、地下街もあってって、古町ってバブルくらいまではかなり大規模な繁華街だったんだなあ。その地下街は西堀ローサというらしい。いかにも「バブル時代には栄えたんだろうなあ」という雰囲気。地下街をPRするポスターには、若いお姉ちゃんのモデルが使われていたり、一昔前のブティック風の店があったり。だけど今の若い人は当然、バスセンターの方のモールに行くんだろう、若い人の姿は少なく年配の人ばかり。歩いている人と地下街の雰囲気のギャップがかなり激しい。まあ、よく見ると年配の人向けの店との「入れ替え」の最中らしく、新しい店ほど年配の人をターゲットにした店が多い。ちゃんと客層の変化に合わせて生き残ろうという意欲は感じられるけど、連休中というのにのんびりした雰囲気なのが寂しい。若い女性向けの店の店員が必死に「いらっしゃいませ」と声を張り上げているのが逆に空しく感じられるけど「頑張って欲しいな」と。あと、歴史の感じられる中古CD店もあったけど「ロック気分」がほぼゼロに近い今の私、素通りしてしまった。一昔前の私なら、この店で1時間以上過ごしただろうけど。

 時計を見ると12時過ぎ。ということで古町を後にして、再び信濃川の萬代橋方面に向かって歩き出す。新潟市って、大都市で繁華街も賑わっていて、生活するには便利そうな街。一方で信濃川もあり、日本海も近くってで、自然も残っている街。どことなく大好きな札幌を髣髴とさせる街で、個人的には気に入った。だけど一方で「新潟といえばここ」という強烈に印象に残るスポットもない。だから、好感度は高い反面「もう一度来る機会があるか?」といわれれば「ちょっと微妙」「来る確立は低い」のは否めない。「気に入った」けど「もう来ることはないだろう街」ということで古町から信濃川方面に歩いていく時、何度も何度も名残惜しくって後ろを振り返りながら歩いた。

■慌てて乗り込んだ上越新幹線

 再び信濃川、萬代橋あたりに戻ってきた。時間があればまた川岸のベンチで時間を潰そうと思ってたんだけど、もう昼の1時前。時間がない。ということで、渡りきるのに5分近くかかる萬代橋を、ゆっくり10分近くかけて歩いて渡る。途中で立ち止まったり、振り返ったりしながら。振り返りながら撮影したのが↓

「気に入った」けど「もう来ることがなさそうな場所」、しっかり記憶に焼き付けた。さらに新潟駅までゆっくり歩く。本当に去るのは名残惜しい。

 駅に着いたのは昼の2時前。今日もレストラン街で「タレカツ丼」を食べる。そして店を後にして、上越新幹線の乗り場に向かう。連休後半ということもあり、東京へUターンする人たちでいっぱい。おいおい、これは早めにホームに行って並んどかないと自由席に座れそうもないぞ。というわけで、ゆっくりすることもなくホームに上がって列に加わる。臨時列車も出ていたので何とか座れそうで一安心。

 しかし上越新幹線の車両って全車2階建てらしい。かつて東海道新幹線に「グランドひかり」っていう2階建て車両があったけど、あれってグリーン車のみ2階だったので、2階に乗ったことは一度もない。ということで2階に乗ってみた。しかし始発の新潟でいきなり満員で通路やデッキにまで人が溢れる。しかも座席も狭苦しくって、乗り心地はよくない。昼の3時過ぎに新潟駅を発車。狭っ苦しくって人ごみだらけなので「新潟市から離れていく」なんて感慨に浸る余裕はなかった。その上、上越新幹線はトンネルが多くて車窓の眺めもよくない。東京までの2時間、身動きもとれず、全く楽しくない移動だった。

■慌しい乗り換え、帰宅

 夕方5時過ぎに東京駅に到着。東京はザ・フーの来日公演に行った2008年以来、約4年半ぶりになるけど、最早私には何の感慨もないし、改札から外に出る用事もないので、慌しく東海道新幹線の乗り場へ。東京から地方に離れて行く新幹線なので「Uターン・ラッシュ」とは逆方向ということもあり、大して混んでいなかった。とはいえ、今回は2日目の件以降、とても「列車での移動を楽しむ」気分にはなれなかったし、東海道新幹線は何度も乗っていて目新しいことなど何もないので、苦痛なだけの約5時間の移動だった。

■原点には戻ったけど・・・・

 というわけで、今回は「特に行きたいところもなかったけど、なんとなく決めた」行き先だったせいか、あまり印象に残らない「放浪」になってしまいました。しかも2日目に「特急列車で座れない→各駅停車に乗り換え」をしたことにより、「在来線での移動を楽しむ」という出発前の「放浪」の目的を断念して、原点に戻って「なんとなく知らない街に行ってぼんやり過ごす」ことを目的にした「放浪」に変更したりというアクシデントもあったし。ということで新潟市自体は気に入ったし、いいところだとは思ったけど、やはりあまり印象に残らない「放浪」になってしまいました。

 前回の「富士四湖放浪」は天気で大幅予定変更でちょっとだけ「放浪なんて止めてしまおうか」と思ったけど、残念ながらまたその気持ちが強くなってきました。「行きたい場所がある」なら別だけど、特にない時は無理に「放浪」しなくってもよかろうと。とにかく「移動=列車での移動」は、私にとって苦痛でしかなくなりつつあるし、以前と比べて「放浪」したからといって、気分転換にならないケースも増えてきたし。毎年5月と10月に「放浪」してきたけど、もしも10月になって特に行きたい場所がない場合は、もう無理に「放浪」するのは止めようかなと。

 とはいえ、新潟市は私が思った以上にいい街でした。もう一度訪れる可能性は低いけど、好感度はかなり高かったです。あと一泊くらいしたかったなあ。

■2013/7/17 誕生日&サイト開設記念日なんてどうでもいいけど・・・(下松、光日帰り放浪)

 まあ、実は今日は私の誕生日&ROCK 'N' ROLL PEOPLE開設記念日なんだけど、サイトに関しては特別な感慨もないし、誕生日に関しては40歳を過ぎた頃からどうでもよくなってきたし、誰に祝ってもらえるわけでもないので、どちらも「どうでもいい」し、特に語ることもないんですが。とはいえ、ここ何年か時々書いている通り、「変化のない毎日にうんざり」な状態なので、「たまにはちょっと変わったことでもしてみようかな」と思い、思わず休みをとって(代わりに昨日の祝日に出勤)しまいました。で、何をしたかというと・・・。

 実はこの「落書き帳」にはほとんど書かなかったけど、この4,5年は休みの日に「日帰り放浪」をよくしていました。ほとんど週末の2連休ってとれないけど、2連休がとれた場合はそのうちの1日は「日帰りできる」けど、「県外の知らない、行ったことのない街」になんとなく出かけていたもの。思いつきで列車(どんなに遠くてもほとんど各駅停車限定)に乗り、思いつきで知らない駅で降りて、周辺を散策する・・・。そんな「日帰り放浪」を2,3ヶ月に1回はしてきた。ところが最近は「2連休が以前にも増して少なくなった」こと、「なぜか2連休がとれた場合、大雨が降ったりで天気が悪くなる」せいで、気がつけばしばらくしてませんでした。おそらく、昨年の年末以来かも。というわけで、猛暑で大変だったけど「しばらくやってないから」ということで、思わず出かけてきました。目的地は漠然と「山口県方面」と決めて。

 山口県のJRって何度か書いてきたけど、在来線では山陽本線という「大動脈」が通っているにもかかわらず、新幹線開通以降は昼間の特急も急行も一切なくなって、遂に21世紀に入って寝台特急も姿を消したので、いまや「1時間に2往復の各駅停車が走っているだけ」という、まるでローカル線のような状態。しかも大きな街の駅もほとんど手が加えられていなくってで、良くも悪くも異常なほど「ローカル臭」「昭和臭」が漂っているので、意外と雰囲気的にも好きだったりする。というわけで、九州から下関へ、そこから山陽本線の各駅停車で延々進んでいく。相変わらず「取り残された」ような雰囲気。しかも平日なので空いてるし。短縮授業なのか、高校生は大勢いたけど、そんなにやかましくもないので苦痛でもないし。私の「生まれ故郷」の徳山駅で実に30分近くも停車した後、さらに広島県方面へ進んでいく。そういえば徳山と岩国の間に下松とか、光とかって街があるけど、一度も行ったことないよな。その先の柳井は岩国放浪時に寄ったけど(こちら)。

 というわけで、下松で下車してみる。「海の近くの静かな街」というイメージを勝手に持ってたんだけど、駅の前に大きな工場。工業の町なのか。駅周辺には商業施設的なものは一切なくって殺風景。でもまあ海の近い街だから、とりあえず海岸線の方へ行ってみよう。ということで海の方に向かったのはよかったけど。そこに現れたのは高く盛られた土。シャベルカーにダンプカー・・・。どうやら海岸線を掘り起こしてる様子。歩いている人も工事関係者ばかりだし。うーん、私のイメージした雰囲気とは違いすぎる。相変わらず熱さも厳しいし。春や秋なら「1時間以上は歩き回ってみる」ところだけど、そんなに歩けそうもない。ということで駅に引き返す。隣町の光市の表玄関、光駅は下松駅からたった一駅なので、再び列車に乗って光駅まで移動。

 今度は海岸線も近い。駅の近くに松林も見えるし。ということで、松林の方に向かって歩くと5分ちょっとで海岸線へ。いや、ここって海水浴場? 「海水浴しない」のに、この季節に海水浴場に行くのはちょっと。まして「ひとり」な上、「水に入らない」奴がいたら、単なる不審者みたいじゃないか(笑)。ということで、ここでも松林周辺を散策しただけで引き返す。しかし地元の高校生が放課後に水着を持って海水浴場に向かって歩いていたりで、こちらは「海の近くの静かな町」という感じで、雰囲気は悪くありませんでした。駅も木造の古びた渡線橋があったり、砂利が敷き詰められて木が植えられたホームなど、いかにもレトロな「昔の駅」な雰囲気でいい感じ。しかもそんなホームで列車を待つ高校生の集団。なんとなくタイムスリップしたような景色でした。どうもこの街は郊外に離島もあるみたいだし、もう少しゆっくり訪問してもいいかな。

 夕方になったので、とりあえず徳山駅まで引き返す。「生まれ故郷の駅」に久々に戻ってきた。2004年の年末に「ルーツを探る」ために32年ぶりに訪問した際(こちら)、あまりにも変わっていないことに驚かされた徳山駅と周辺の商店街だったわけだけど、一昨年の岩国放浪の際に寄った時、商店街が崩壊して、駅前の駅弁販売の会社が潰れていたことにショックを受けた。まあ、ありがちな「駅前の空洞化」ではあるけど。そして今回「ウルトラマン・ショー」(こちら)を屋上で見たり、食堂でいつも昼食を食べていたことが思い出深かった近鉄松下百貨店が閉店しているのを発見。商店街に食事が出来そうなレストランなどもあったはずなのに閉店。極めつけは「徳山駅は橋上駅に生まれ変わります」とある。そういえばさっき通った渡線橋、新しくなってたっけ。まあ「古びた駅だから建て直す」のは当然だとは思う。なにしろ、私が3歳の時に見た駅と全く同じなわけだし。だけど「なくなってしまう」と思うと寂しい。この「見慣れた徳山駅」を見れるのも今回が最後なんだろうな・・・・。だったら、あの2004年にも訪れた、駅の2階でくつろいでいこうか、と思ったんだど、よりによって「休館日」とのこと。うーん、最後だからこそ、あの2階からの景色=3歳の頃に見ていた景色をもう一度、見たかったのに。ここの景色も変わってしまう。駅が変わればバス乗り場も、商店街も変わってしまうんだろうな。だったらここにはもう二度と下車すまい。そう誓って、下関方面の列車に乗って、その場を立ち去った。

 ということで「異常なほど昔のまま変わってない」山口県の景色だけど、徳山だけじゃなく、新山口駅や下関駅も工事中のようで、今後、変わってしまうのかも。だったら今後、私は山口県を「日帰り放浪」の行き先には選ばなくなるかも。まあ、現地の人にとっては「変わる=便利になる」ことは悪いことではないんだろうけど。特に徳山駅には今後、二度と行くことはないかもしれません

■2013/10/21 島原への日帰り放浪

 10月は恒例の4,5泊の長期放浪を考えていて下調べなどもしていたんだけど、母の突然の入院もあって断念。ただ、10月に入って週末に2連休がとれるようになったし、私自身も家事に慣れてきたので、ようやく落ち着いてきました。というわけで「ちょっと日帰り放浪」でもしようかなと。

 決めた目的地は長崎県の島原市。長崎県は近い上に観光地も多いのに、なぜかずっと行ったことがなくって初訪問は2010年1月に長崎市にやはり日帰り放浪(こちら)した時がはじめて。同じ年の夏にも佐世保に日帰り放浪(こちら)したけどそれっきり。「近いわりに行ったことがなく、馴染みのない場所」なので、興味のあるスポット、街も多いわけで。ただ、正直言えば福岡県から長崎県に日帰りで訪問する人なんてほとんどいない。「ゆっくり訪問しよう」と思えば1泊するのが普通。なので、長崎市や佐世保の時と同様、随分駆け足になりました。

 まずは最寄り駅でJR九州が販売する「特急が超激安になる」往復割引切符「2枚きっぷ」を購入して博多駅まで特急で移動。博多で長崎行きの特急に乗り換える。長崎市への日帰り放浪した時と同様、相変わらず混んでいて、しかも酔っ払ったビジネスマンの集団が近くにいたので落ち着かない移動でした。ある意味、大騒ぎしたり泣き叫んだりしている小さな子供を連れた家族連れや、携帯で大声でしゃべる人以上にたちが悪い。しかし福岡県内は曇り空だったのに、佐賀県内に入ると小雨。長崎県内もところどころで雨が降っている状態。雨の中で傘を差して「知らない街に行って散策する」のは苦痛。島原市内は雨でなければいいんだけど・・・。

 やがて諫早駅に着いたので下車、そこで私鉄の島原鉄道に乗り換える。小学生で鉄道ファンだった頃、なぜか小倉駅から諫早までは国鉄、そこから島原鉄道に乗り入れて島原まで行く急行列車があった。九州で「私鉄に乗り入れる国鉄の列車」って珍しかったし、同級生が家族旅行でその列車を使って島原に行ったことを自慢しているのを聞いて羨ましく思ったりで、当時「行ってみたい」場所、「乗ってみたい」路線だったもの。その頃と変わらず、距離は長いのにディーゼルカーだけの素朴な鉄道で、鉄道ファンを卒業した私でも魅力の感じられる路線でした。車内で観光案内の放送も流れていたけど、沿線の諫早市の高校、島原市の高校、そして高校サッカーでお馴染みの国見高校の放送部員が担当していたのもなんとなく好感が持てました。

 諫早から約1時間で島原駅に到着。その頃にはうっすら晴れ間も。よし、散策できそうだ。この周辺の最大の観光地といえば、やっぱり雲仙になるんだろうけど、そんなところまで行っていたら日帰りできなくなるので、とりあえず市内を散策してみる。出発前に調べたら、島原城に武家屋敷、あとは鯉が泳ぐ水路のある通りなどが売りらしい。このあたりなら駅から徒歩圏内。ということで、散策してみる。駅から5分ほどで城に辿り着く。だけど、私には城ってどこも同じようにしか映らないので、周りをぐるっと散策しただけで、次に武家屋敷の方へ向かう。途中に島原商業高校もあるけど、そういえば国見高校の名監督だった小峯監督って、国見高校の前はここの監督で、そのころはここが全国大会の常連だっけ、などと考える。しかし「武家屋敷」と書いた看板の方に向かって歩いても、そこは住宅が密集した細い路地。ただの住宅街じゃないか。そんな中に、なぜか舗装されていない、ぬかるんだ路地がある。一応、その路地沿いに武家屋敷は確かにあるけど、ほんの3,4件だけ。あとは石垣や垣根だけが昔のままで、中はただの住宅。うーん、景観的にはちょっと微妙か。どうも「古い町並み」などはあちこちで見てきたので、それらと比較すると「これだけか」という印象でした。

 では「鯉の泳ぐ街」はどうだろう。小6の頃、山口線のSLに乗車したけど、その終着駅・津和野が同じように街中で鯉が泳いでいる街だったもの。街の至るところに水路があって、鯉が数百、数千匹泳いでいて、とても風情のある街だったっけ。きっとあんな感じなんだろうな、と思いきや・・・・。鯉が泳いでいるのは、2,3軒の家屋(店舗)の周りのほんの一角、しかも5,6匹だけ。いや、津和野に行ったことがなければ、これでも十分「風情のある風景」なのかもしれないけど、勝手に「津和野と同レベル」を想像していたので、ちょっとガッカリでした。じゃあ「観光スポット周り」はやめて、とりあえず「知らない街散策」だけでもということで、近くにあったアーケード街へ。まあ、今は「地方のアーケード街が衰退している」のは日本中どこへ行っても同じなので、シャッター街化していても特に驚きませんでした。だけど、実は島原って亡き父が若い頃(昭和30年代半ば頃)、社員旅行で行ったことがあったらしく、私が小学生の頃、先に述べたような理由で「俺も島原に行きたいから連れて行って」とねだった際、「城とキリシタン墓地しかないし、子供が遊ぶところや買い物するところもない田舎だから、お前が行っても楽しめん」と言っていたもの。でもこのアーケード街、今は寂れているかもしれないけど随分規模も大きいし、地方都市にしては立派なものなので「この今は閉まっている店が開いていて、人がいっぱい歩いている」様子を想像すると、言うほど「何もない街」でもなかったんじゃないかと。父の言葉のせいで勝手に持っていたイメージが払拭されました。

 さらにアーケードを抜けて延々歩き続ける。この街って、意外と高校生が多い。こういう地方都市って年配の人しか歩いていないのが普通なのに、やたら高校生の多い町という印象を持ちました。さらに島原鉄道の終着駅、島原外港駅まで出てみる。歩いてもたいした距離じゃない。その近くに熊本、大牟田、天草に向かうフェリーのターミナルがある。まさに「昭和の港」というイメージ。この辺の雰囲気は悪くない。「いっそ、船で大牟田まで出て、そっち方面で帰ろうか」とも思ったけど、諫早〜北九州の「2枚きっぷ」がもう1枚余ってるので、行きと同じ経路で帰らないと切符が無駄になるので断念。島原外港駅から島原駅まで出て、もう一度島原市街を散策した後、行きと同じ島原鉄道で諫早へ、そこから特急で博多へ、さらに別の特急に乗り換えて地元に帰ってきた。

 というわけで、珍しく「観光地への日帰り放浪」をしてきましたが、どうもいろんな観光地に行き過ぎたせいか「●●と比較すると・・・」というような見方しかできなくなっているようで。まあ、小学生の頃に「行きたいけど行けなかった」街なので、過剰に期待しまったからかもしれないけど、「思ったほどではなかった」というのも正直な感想です。武家屋敷も「鯉の泳ぐ街」も、こじんまりとしているというか。もう少し時間があって雲仙方面に行くことができれば、印象は大きく変わっていたかもしれません。しかし普賢岳の噴火は、火砕流で多くの犠牲を出した「悲惨な大災害」というイメージを持ってきました。髭を伸ばしっぱなしにしていた当時の町長の姿とか、「同僚が目の前で火砕流に飲み込まれた」と言っていた消防団の人とか、今でも忘れられません。にもかかわらず、今ではその「火山」や「噴火」を売り物にしたような宣伝文句で溢れていたのには驚愕でした。火山に顔のついたゆるキャラとか、「ジオパーク」だの「噴火まんじゅう」だの・・・。私には「悲惨な災害」のイメージが今でも強いので、ちょっと違和感を覚えました。地元の人はどう思っているのか、ちょっと気になるところです。

■2013/12/24 「ツルの街」(出水)への日帰り放浪

毎年年末年始になると休みの日が多くなる反面「年末年始独特の雰囲気に触れると気分が鬱になる」ので、この時期に「日帰り放浪」する習慣がついたこの数年。ただ、今年は慣れない「一人暮らし生活」のせいか、例年と比較すると「年末年始」を意識することもあまりない反面、年末年始に母が一時帰宅したら身の回りの世話をする等で時間が取れなくなるかもしれないので、「ゆっくりするなら今のうちに」という思いもありで。そんなこともあって、ちょっと「日帰り放浪」してきました。目的地はいろいろ考えた末、3年前の「鹿児島放浪」で訪れて以降、すっかり気に入った肥薩おれんじ鉄道の車窓=リアス式海岸をまた見に行きたい気分だったので、とりあえず「肥薩おれんじ鉄道沿線のどこか」と決める。ただ、沿線の大き目の街、阿久根はその鹿児島放浪時に下車して散策したし、水俣は2年前の年始に「日帰り放浪」した際に訪れたので、じゃあ、今回は鹿児島県最北の街・出水市にしようと思い立った。

 というわけで「日帰り放浪」すると決めた日の朝起きると曇り空。昨日は快晴だったのに。まあ北九州は曇りでも九州南部は天気がいいかもしれないし、雨が降ってないだけましか。よし「決行」しようと決めて起き上がったのはいいんだけど、目覚ましを間違って1時間遅くかけていたことに気づく。おいおい、同じ九州といっても新幹線も特急も使わずに移動するとなると4,5時間はかかる。今からだと昼の2時か3位頃にしか着かず、現地でほとんど時間が使えないかも。だけど、大晦日〜正月は母の世話もあるし、年明け早々からまた忙しくなるので「決行」するのは今日しかない。ということで、支度をして出かける。ところが、最寄り駅まで歩く途中で小雨が降り出す。まあ、「びしょ濡れになる」レベルじゃないので「傘はあまりささない」人ならささない程度だけど、「雨に濡れるのはほんのちょっとでも苦痛」な性格の私は、折りたたみをさして歩く。もう「寝過ごし」とあわせて、なんとなく嫌な予感。

 駅に着く。あとは北九州市内の最寄り駅からJR鹿児島本線の列車(快速と各駅停車のみ)で延々南下していく。途中久留米、大牟田、熊本で乗り換え、鹿児島本線と旧鹿児島本線の第三セクター路線、肥薩おれんじ鉄道の乗り継ぎ駅の八代に着いたのは昼の2時前。ちゃんと起きることができていれば、本当は出水に着くのが2時前だったのに・・・。しかし肥薩おれんじ鉄道、相変わらず「元鹿児島本線」の区間とは思えないほどのんびりした雰囲気。駅員(といっても近所のおばちゃん風)や乗務員も親切で、寝過ごして乗り過ごした地元の高校生に声をかけて起こしてあげて面倒をみてあげたりしてたし、「日本の地中海」と称されるリアス式海岸の海岸線ギリギリを走る車窓もいいし。いや、この路線「鉄道ファン」を30年以上前に卒業した私でも、素直に「好き」だと言えます。2010年の鹿児島放浪時は「せっかく景色がいいんだから、もっとアピールしなきゃ」と思ったものだけど、今では予約制の「おれんじ食堂」なる観光列車を走らせてる様子。本当に頑張って欲しいと思うし、私も今後、鹿児島方面に行く機会があったら、新幹線なんて絶対使わず、このルートを使いたいと思います。いや、時間に余裕のある人は絶対新幹線じゃなく、このルートを使うべき。天気は曇り空で、時々日差しがのぞくけど雨は降ってない。よし、これなら安心して「散策」できそう。

 約1時間半で出水に着く。時計は3時半過ぎ。本数が少ないせいもあって「1時間寝過ごし」で「到着が2時間遅れ」になってしまった。でも、出水市に関する知識は例によってない。下調べもしてない。さて、どこへ行く? まあ、出水市といえばツル(マナヅルやナベヅル)の飛来地で、冬は何千羽の鶴が来ることで有名。でも鶴の飛来地は当然、市の中心から車でも約1時間かかるほどの遠方。しかも交通機関もない。観光バスかタクシーしかないらしいけど、そんな金のかかるものを使ってまで「見たい」わけではないのでスルー。もうひとつ、大河ドラマ(見てないから知らん)の舞台になった大規模な「武家屋敷街」があるらしい。こちらは「駅から約1キロ」とある。到着が遅れたので、出水に滞在できるのは2時間弱しかない。徒歩30分弱か。時間的には手ごろかも。じゃあ、そっちに歩いていってみよう。ということで、駅からそちらの方へ歩き出す。

   

  駅前は空き地と駐車場と高層マンションばかりが目立つ。まあ「空洞化」して店や人が去って行った、ありがちな地方都市の駅前。だけど、立派な瓦屋根の木造の酒屋の姿が目を引く。古いホーロー看板も残ってるし。おそらく昔はこういう店舗がいっぱいだったんだろう。しかし、ほんの2、300メートル歩いたところで、空から雨粒が。まあ、まだ傘はいらんレベルだし、ということで歩いていたら、だんだん雨粒が大きくなる。おいおい、勘弁してくれよ。なんで人が「歩き出した」途端に降り出すんだよ! 折り畳み傘をさしたまま知らない街をブラブラ歩き回るなんて絶対嫌。そう思ったので、武家屋敷街へ行くことも断念。仕方なく駅周辺をちょっと散策するだけで引き返すことにした。

 というわけで、全然有名なスポットには寄れず。時々雨が降ったりやんだりするので、傘を閉じたりさしたりで落ち着かなかった。だけど、駅の近くに米ノ津川という大きな川が流れていて、この川の景色は「水周り好き」な私には「ツボ」だったので、その川の周辺で過ごす。と、よく見ると川岸で白いものが動いている。なんと「飛来地」以外の、こんな大きな道路と住宅街のある街中にまで鶴が来るらしい。その後も川の周辺で何羽も鶴を目撃した。いや「鶴のいる川」って「出水市ならでは」の景色。有名スポットには行けなかったけど、この景色を見ることが出来たのは収穫でした。よく見ると雲が切れて夕日が川面を照らしている。「いい景色」と思う反面、「なんでもっと早く晴れてくれなかったんだ」という怒りも。そろそろ夕方5時だし、引き返さないと今日中に帰れなくなる。

 駅に引き返し、列車の時間を見る。ああ、30分近く待たないと来ないらしい。列車を乗り継いで北上して、途中博多駅で夜の9時頃に下車して、駅のレストラン街で食事して帰る予定だったんだけど、これじゃあ途中下車なんかしてたら今日中に帰れなくなる。おそらく、上手く乗り継いでも地元に着くのは夜の11時半過ぎになる。というわけで夕食は我慢して、ひたすら列車で北上、地元に帰り着いたのは予想通り、夜の11時半でした。夕食は八代駅のコンビニで買ったパンだけ。帰り着いた時は腹が減ったし異常に寒いしで・・・。目覚ましのかけ間違いさえなければ予定通り行動できたのに。雨さえ降り出さなければ、もっと満喫できたのに。残念ながら「後悔」ばかりの日帰り放浪でした。

■2014/11/4 やっと実現した日帰り放浪(豊後竹田)

前も何回か述べたけど私は2連休があれば大抵、そのうちの1日は「日帰り放浪」に出かけます。他に用事があったり天気が悪ければ別ですが、2日連休自体が多くないので「せっかく2日も休めるんだからもったいない」気分になって…。だけど年明け以降、2連休がほとんどない。基本的に泊りがけの「放浪」は4,5月と10,11月なので、それ以外の月の2連休に「日帰り放浪」するのがいつものパターンなんだけど、なぜか今年は毎年必ずあるはずの7月の連休がなかった。6月は「ワールドカップ・モード」で寝不足気味、10月は「泊りがけ放浪」が台風で中止、台風通過後の連休で日帰り放浪を予定していたけど、まさかの母の急な入院、その後の連休も雨で中止…。というわけで今年に入って一度も「日帰り放浪」してませんでした。こんな年ははじめて。

 ところが11月上旬に2連休が。初日は雨だったけど2日目は雨が止んで晴天。よし、出かけよう、でもどこへ行く? とりあえず最寄り駅に行くと、ちょうど大分行きの特急がもうすぐ来る時間。大分県は有名な観光地が多くて隣の県であるにもかかわらず、逆に盲点になっていて、まだ行ったことのない街やスポットも多い。とりあえず大分県のどこへ行くかは決めず、往復割引特急券「2枚きっぷ」を買って大分行きの特急に乗車しました。では大分県のどこへ行く? 大分市、中津、宇佐、日田などは何度か「日帰り放浪」したのでもういいだろう。別府は小学校の修学旅行他、何度も行ったことがあるので「今更」という感じ。あと一昨年の年末に臼杵に日帰り放浪したっけ。その南の津久見や佐伯? うーん、ちょっと違った方角に行ってみたい。そういえば豊肥本線(大分→阿蘇→熊本)って、以前通り抜けたことはるけど、一度も途中で下車したことがない。豊肥本線沿いに竹田市って山に囲まれた街があったっけ。じゃあ、ちょっとそっちへ行ってみよう。特急に乗り込んだ後で散々考えて目的地は決まった。

 約1時間半で大分に到着。12時少し前。2年位前キレイな駅に生まれ変わった大分駅、過去に3回、新しくできた駅の飲食店で定食を食べようと思ったけど、いつもいつも「満席」で門前払いされたっけ。今日はどうかな。ちょうど昼食時だし。しかし今日も「満席」とある。まあ、しょうがないか。よく見ると豊肥本線の各駅停車の出発時間も迫っているようなので、とりあえずホームに上がった。あの店は帰り、夕食時に寄ることにしよう。しかしホームには20代前半くらいの若い人ばかり。大分市内から山の中に行く路線なのでちょっと意外。だけど、大分駅を出てすぐ「大分大学前」という駅がある。なるほど、大学があるのか。だから若い人ばかりなわけだ。ほとんどの若い人たちは大学前駅とその2,3駅先で降りて、あとは車内は静かになった。約1時間ちょっとで豊後竹田駅に着いたけど、ずっと渓谷や大きな川が見える、とてもよい車窓でした。天気もよかったし。

 全く知識がないまま豊後竹田駅で降りる。何があるのかは全く分からないけど駅の前に大きな川。「水周り好き」の私なので駅前に架かる橋を渡った後、川沿いをしばらく歩いてみた。山の中の川なので急流という感じ。全然観光スポットではないけど、私にはツボな景色でした。

 

 ただ、道路のあちこちにある観光地の案内板などを見る限り、この街の観光スポットはこの川沿いではなく、駅からまっすぐ進んだところのよう。じゃあ、ちょっと駅まで戻ってみよう。そして駅からまっすぐに伸びる道路沿いに歩いてみた。ああ、ここも「古い町並み」が売りらしい。城下町のようだし。

 「市街地」とは名ばかりの、ちょっと銀行や個人の店が何件かある通りを通り抜けると、細い路地に時代を感じさせる建物が軒を連ねる。武家屋敷もあり、古い神社もある、城跡の公園のようなものもある。今は「古い町並み」を観光の売りにしている街は無数にあるので、残念ながらそれほど珍しくはないかも。だけど決して竹田市って「有名な観光の町」というほどでもないので、観光客らしき人の姿は少なく、車の通りも少ないので静かで安心して散歩するかのようにゆったり歩ける。本当に山に囲まれた静かな街。特に「見どころがあった」というわけではないけど、時間がゆったりと流れているかのようで、のんびりと過ごすことが出来ました。

 2時間半ほど街中を歩き回った。久しぶりにゆったりした気分に。やっぱりたまにはこうして「放浪」しなきゃ。駅に引き返す。待合室の向こう側に「売店です」と書いた紙の貼り付けてある扉がある。簡素なお菓子やまんじゅうが並べてあるだけ。しかも「店番」しているのは猫。そういえばコンビニもスーパーも見かけなかったような…。なんというのんびりした街なんだろう。夕方の普通列車で大分駅に引き返した。気がつけば列車内で落ちていたらしい。いつの間にか外は真っ暗、あんなに静かだった車内は例によって大学生でいっぱいに。さっきまでとは別世界のよう。すぐに大分駅に到着した。

 さて、夕食は例の店へ。だけど、またしても「満席」と冷たく言われる。うーん、大分駅ってまだ完全に改装が終わってなくって、来年には新駅ビルが出来るとかで、そっちにはレストラン街もできるのかもしれないけど、県庁所在地の駅なのにファースト・フード以外の飲食店が3軒しかないのは不親切すぎる。一昨年から計5回、同じ店の前を通ったけど、いつも満席って一体・・・。新駅ビルがオープンするまでは大分駅で食事するのはやめよう。本当はゆっくり夕食をとって夜7時過ぎに特急で帰る予定だったけど予定変更。仕方なくパンを買って特急に乗車、すぐに地元に引き返してきた。

 知らない街で下車した場合「当たり」「はずれ」があるけど、今回は「当たり」でした。大分県って、近いからどうしてもノーマークになりがちだけど「当たり」が多い。今後もまた、思い付きでどこかへ行ってみたいです。でも「今度」っていつになるんだろう。実際「放浪ネタ」をここに書いたのって、去年の年末の「出水日帰り放浪」以来だったということに、ちょっと驚いた次第です。

■2015/1/1 2泊2日の「年末年始放浪」(1、尾道)

 先日から何度か書いてきたけど、ただですら気分が鬱になりがちな年末年始、しかも今年は4DKの家で一人で過ごさなければならない…。ということで、私の人生で初めてのことなんだけど、年越しを自宅以外で迎えるべく2泊の「放浪」に出かけていました。なぜ「2泊3日」ではないのかはいずれ分かります。まずはどこに行ってきたのか?からですが、広島県の尾道。

■なぜ尾道?

 まずは目的地を選んだ理由から。年末年始に人が殺到しそうな観光都市は避けたい。同時に「2泊」なので東日本などの遠方を避けたい。なおかつ「年越し」を過ごすわけだから、あんまり賑やかな大都市は避けたい(ますます気分が沈みそうだから)、一方で「地元の人しかいなくなる」ような人口の少ない町村は避けたい。つまり「近場」でなおかつ「静かで風情があるけど、賑やかでない場所」にしたいと。ということで福岡県の「隣近所の県」であれこれ考える。

 そこで思いつく。広島県や岡山県って新幹線で簡単に行ける反面、在来線の特急などもないので「近い」のに、あんまり馴染みがない。ちょっと前にケーブルテレビで原田知世主演の映画「時をかける少女」を見たけど、あの映画の舞台になった尾道って「古き良き昭和の雰囲気」を残した街だったよな。あと3,4年前に朝出勤するまでの間、家を出る時間を確認するためにつけっぱなしにしていたテレビで連続テレビ小説「てっぱん」ってのをやっていたけど、あれの舞台も尾道だっけ。前者は主に山の上まで立ち並ぶ古い住宅街、後者は海と離島を使ってたけど、どちらにしろ適度に鄙びていて「古き良き日本」という感じだし、だからといって極端に人口の少ない街でもない。距離的にも在来線でも新幹線でも行けそうな場所。こんな場所で「静かに」年末年始を迎えるのもいいかも。

 というわけで目的地を決めたのは12月20日過ぎ。奇跡的に宿泊施設の予約もできた。ただ12月20日過ぎに突然忙しくなったので、現地に関する下調べは出来ずじまい。ほとんど知識もないまま当日を迎えた。

■天気予報を気にして「早めの移動」

 天気予報によると初日の12/30は晴れだけど、12/31は徐々に天気が崩れて雨、1/1は寒くなって雪とある。はっきりいえば屋内の見どころなんてほとんどない街。天気が崩れたら現地で全く行動が出来なくなるかもしれない。当初は「在来線を乗り継いでゆっくり移動」することを計画していました。初日は夕方4時頃到着すればよかろうと。だけど、なるべく早めに現地に着いて初日のうちに山方面を廻ってしまおうと思い立つ。というわけで12/30に目が覚めるとすぐに準備をして最寄駅へ、小倉駅から新幹線に飛び乗った。

 しかし小倉→広島間って新幹線に乗ると片道7010円もかかるらしい。大分まで在来線特急で3710円。距離的にはそんなに変わらないイメージなのにこんなに高いとは。こんなに近いのに往復で14020円って、あんまりでしょう・・・。「往復1万円以上」って、とてもお手軽に行ける場所ではない。本当に本数少なめでもいいので在来線の特急か急行、走らせて欲しいんですけど。私が「近いのに、なぜかほとんど行ったことがない」理由が分かるというもの。ほんの40分ほどで広島駅に到着した。

■意外や意外、実は観光客だらけ

 本当は新尾道という新幹線のみの駅もあるけど、こだましか停まらないし街中からも遠いので敢えて広島から在来線に乗り換え。各駅停車に乗ったけど、意外と混んでる。まあ、近距離移動の人が多いだろうから広島から3〜5駅で空くと思いきや、意外と空かない。それどころか、途中駅から乗り込んでくる乗客の方が多いくらい。一体どこまで行くんだ?この人たち。乗車した普通列車は三原の一つ先、尾道の一つ前の糸崎という駅が終点。糸崎から先に向かう列車とすぐに接続していたので、向かいのホームで待っている列車に乗り換え。よく見るとほとんどの乗客が私と同じように乗り換えて来る。

 すると一緒に乗り換えて来た20代半ばくらいの女性二人連れが旅行のガイドブックを取り出して何やら話し始める。「もうすぐ着くね」「どこ行こうか」。表紙を見ると「倉敷・尾道」とある。へえ、この時期に観光に来る人なんているんだ。また幼児くらいの子供を連れた4人組の男女の一団も「着いたらすぐラーメン食べようか」とか話してる。きっと尾道ラーメンのことだろう。ああ、帰省客だとばかり思ってたこの人たちも実は観光客だったんだ。うーん・・・。

 私は「年の瀬に観光客が来るはずもない場所」だからこそ、目的地に尾道を選んだ。温泉地とか有名なスポットのある街でもないので「観光都市」というイメージは全くなかった。映画やドラマのロケ地として有名な程度だから「ロケ地巡り好き」な人くらいしかいないだろうと。またはしまなみ海道の入り口の街だから、サイクリングする人とか。だけどどうやら私の認識は間違っていたらしい。

 広島駅を出てからずっと山の中を走ってきた山陽本線だけど、糸崎を出てしばらくすると瀬戸内海が広がる。そして1駅で尾道駅到着。すると約半数の乗客が下車する。しかも観光ガイドやマップを手にしている。意外なほど観光客だらけ。しかも駅自体は昔ながらの「昭和の駅」っぽいけど駅前を見ると異常に広くてきれいに整備された道路、近未来を思わせるような建物、きれいに整備された港、ごった返す人の群れ・・・。人口からいって、以前四国放浪した際に訪れた丸亀や今治レベルの街のはずなのに、ずっと活気があるし都会的。「鄙びたレトロな街」のイメージを大きく覆された。

 しかし途中新幹線を使ったおかげで、時計を見るとまだ11時過ぎ。昼食にはまだ早いので、とりあえず「山方面」に行こう。確かアーケード街を延々20分近く歩いて抜けたら、千光寺という寺のある小高い山へ登るロープウェイ乗り場があるはず。というわけで商店街の方へ向って歩き出す。案の定、同じ列車から降りた多くの人もそちらの方へ向かっていく。

■2015/1/2 2泊2日の「年末年始放浪」(2、尾道)

■レトロなアーケード街を抜けるとロープウェイ乗り場

 尾道駅を下車した私は商店街の方に向かって歩き出す。明後日(1/1)から大雪になるとは思えないほど温かく、しかも晴れ上がっていて天気もよい。私同様多くの人たちが商店街方面に向かって歩いている。やがてアーケードが見えてくる。いかにも「昭和な」アーケード街という感じ。地方都市のアーケード街にしてはまだ開いている店も多くって、シャッター街化はしていない様子。ただ意外と「年末年始休業」とかで閉まっている店が目立つ。まだ30日なのにちょっと気が早すぎる。ガイドを片手にした人が有名店と思われる店舗の前や観光施設の前で立ち止まっているけど、そうした店や施設ですら休業しているのは一体…。あと「乳母車店」とか、銭湯を改装した土産物屋などユニークな店も多くて歩いていて飽きない。

 歩いて約20分でアーケード街を突き抜けた。突き抜けて山陽本線のガード下を潜ったところが、千光寺公園に登るロープウェイ乗り場。

■絶景の尾道水道

 ということで、まずはロープウェイで上まで登ってみることにした。片道券と往復券が売ってるけど、この街は「坂道の途中」に懐かしい街並みや古い寺院がいっぱいあるので「登りはロープウェイ、その後自分の足で散策しながらゆっくり下る」のが定番。なので私も片道券を購入した。実際、往復券を購入している人は皆無でした。ロープウェイはすし詰め(といっても定員は20名弱)状態、下を眺めながら登ると景色がよく見えるそうだけど、私の立っている場所から下を見ることはできませんでした。約3分で山頂到着。山頂には展望台とか、「恋人の聖地」と書かれた広場もある。道理でカップルが多いわけか。広場はスルーして展望台に登ってみる。

しかし展望台の上は狭いスペースにもかかわらず、記念撮影するカップルや家族連れだらけ。さっきの列車に乗っていた幼児を連れた4人組の姿も。みんな撮影だけしたらさっさと降りていくけど、入れ替わり立ち替わり・・・。ゆっくり景色を堪能できる雰囲気ではないので展望台を降りた。

 展望台の少し下に千光寺という寺院がある。その寺院まで下るルートとして「文学の小道」というちょっと険しい山道と、車も通れる舗装された道路があったので、敢えて舗装道路を下ってみた。ところどころで視界が開けて眼下に尾道水道という海が広がる。その海の向こうには向島(「てっぱん」の舞台)という島も見えるけど、島までの距離が異常に近くって間の海はちょっと幅の広い川くらいの狭さ。

この道は歩いている人も少なくって静かだったし、むしろ展望台から見た景色よりも美しく感じられました。「高台から見下ろした海岸の景色」って、日本中いろんなところに行ったけど、函館の函館山からの眺めと双璧と思えるほど美しく思えました。

■猫と狭い階段の街

 しばらく下ると千光寺という寺院に辿り着く。残念ながら私は寺院にはあまり興味がない。申し訳ないから軽く手を合わせて通り過ぎる。それよりも千光寺の前から尾道水道を見下ろした景色の方に改めて見惚れてしまいました。

 さらに千光寺から延々険しい階段を何段も下っていく。その途中にベンチのある広場があったので、そこでしばらく休むことにした。いや、ここからの景色もやっぱりいい。

よく見ると広場で猫が何匹も遊んでいる。そういえば野良猫の多い街だという話も聞いた。異常に馴れている様子で、観光客が近づいても全く逃げないし、写真撮影しても動じることすらない。動物嫌いの私だけど、思わず撮影。

 さらにその広場から階段を下ると三重塔が見えてきた。室町時代に出来たとかなんとか、ロープウェイのガイドが言ってたっけ。正直その三重塔自体よりも「三重塔のある風景」に心惹かれて思わず撮影。

なんか、景色に自然にマッチしている感じ。その三重塔の周りに狭苦しくって険しい階段があって、その階段の途中のやっと人が一人通れるくらいの細い路地に、カフェや美術館やオブジェが点在。ただここはあまりにも道が狭すぎて険しいのと、女性の団体客やカップルでごった返していたのでスルー、さらに下まで下っていく。

 よく見るともうほんの少し下に山陽本線の線路が見える。へえ、もうすぐ一番下なんだ。そんなことを思いながら下の景色を眺めつつ、ゆっくりと階段を下る。

本当にいい感じ。だけど周りに建っている家って、普通の住居のよう。私はそんな「一般家屋」や「生活道路」を撮影するは何となく気が引けるので特に撮影はしなかったけど、本当に時代の感じられる街並み。決して映画に詳しいわけではないけど、大林宣彦監督の「尾道3部作」が公開された1980年代に青春時代を送った世代なので、テレビなどでこの辺りの映画は普通に見てきた。なので「ああ、映画と同じだ」と。

 下に降りて時計を見ると昼の2時半過ぎ。本当にゆっくりと下りながら街を堪能した。じゃあ昼食にしようか、やっぱり尾道ラーメンか「尾道焼き」のお好み焼きかなと思いいつ商店街の方に戻ったけど…。やはり「年末年始休業」の店は多いし「準備中」(食材がなくなったら一旦夜まで店じまい?)の店も多いし・・・。仕方なく尾道駅に戻って駅のコンビニでパンを購入、待合室で遅い昼食をとった。ラーメンやお好み焼は夕食ということで…。

 昼食が終わったのが3時過ぎ。さて、じゃあ次は海方面を散策しようか…。

■2015/1/3 2泊2日の「年末年始放浪」(3、尾道)

■海岸線をフラフラ

 午後3時過ぎに遅い昼食が終わったところで再びアーケード街の方へ、ゆっくり歩いて20分でアーケードを突き抜ける。さっきは左に曲がってロープウェイ乗り場方面へ行ったけど、今度は右に曲がって海岸線の方へ出る。ここから海岸線に沿って尾道駅の方に向かって延々、歩行者と自転車しか通れない遊歩道のようなものがあるので、その道に沿ってゆっくりと駅方面に向かって歩き始めた。

 歩き始めてすぐに尾道渡船という、尾道水道の向こう側に見える向島までの渡船乗り場に辿り着く。やたら「『てっぱん』のロケ地」であることをアピールするような貼り紙がいっぱい。同時に「日本一短い渡船」ともある。実は北九州にも戸畑区と若松区の間にある洞海湾に、所要時間5分程度の短い若戸渡船があるけど、こっちは所要時間3分とあるし、目で見た限りでも若戸渡船よりもはるかに近く感じられる。

 さらに海岸線をゆっくり歩いていく。やはりこの辺りも地元の人よりも観光客の方が多い。海岸線に座ってくつろぐ家族連れやカップルでいっぱい。天気もよいし気温も高いので、非常にゆったりとした時間が流れていました。高台から見た尾道水道もよかったけど、海岸線から見る尾道水道も悪くない。

さらに歩いていくと今度は福本渡船という、やはり向島までの渡船がある。やがて駅が近づいてくると今度は舗装された遊歩道ではなく、板の敷き詰められたデッキのような遊歩道が続く。このあたりまで来ると観光客だけじゃなく、地元の人の「憩いの場」のような雰囲気。さらに進むと尾道駅まで戻ってきた。急いで歩けば20分程度だろうけど、40分くらいかけてゆっくり歩いてきた。

 駅前の海沿いに高層ビルが。しまなみ海道の離島への航路が出てる様子。以前四国放浪した際、今治からしまなみの離島へ行こうとしたけど断念したことがあった。天気次第では明日以降、離島方面に足を伸ばしてみようか。ということで下調べ。今治の「観光客に不親切で分かりにくい」ターミナルビルと違って非常に分かりやすく、なおかつ遠方から来た人を「迎える」空気があったので安心。だけどどうも「年末年始は本数を減らす」便が多いよう。まあ、明日以降様子を見て予定を決めよう。

 よく見るとこのターミナルからも向島行きの向島渡船なる渡船が出てる。なんと、3社も向島行きの渡船があるとは…。しかしこのご時世に共存共栄出来てるんだろうか? と余計な心配をしてしまった。向島も明日以降に訪れよう。

■早い飲食店の閉店に衝撃

 夕方4時過ぎたので、いったん宿泊先に行って荷物を置きちょっと部屋で休む。そして夕方5時半過ぎに再び外に出る。昼間に食べ損ねたお好み焼にしよう。宿泊先のすぐ近くに一軒発見。さすがに夜7時くらいまでは営業してるだろうからまた後で。しかしさっきまでと比較すると観光客の姿が減った。まあ、ここって有名な観光地の多い街ではないので倉敷や広島の宮島に観光に来た人が「ちょっと足を伸ばして」立ち寄る程度で、ここで宿泊する人は多くないのかも。まずは駅の横にある「福屋」という商業施設に入る。最近の地方の駅前にありがちな、閉店したデパートの建物を再利用した専門店街という感じ。地下に土産物屋や「デパ地下」のようなものがある。入院中の母への土産は明日以降にでもここで買おうか、というわけで少しだけ物色。

 そして夕方になってさっきとは少し違って見える海岸線の景色を満喫すべく海岸線を散策。さらにアーケード街と海岸線の間の路地も意外と趣がある。という感じで街をブラブラしていたら時計は夕方6時半。そろそろ夕食時だし、さて、さっきのお好み焼屋に戻るか…。

 ところが、なんと既に閉店。おいおい「夕食時」にさっさと店じまいする飲食店って一体…。仕方なく駅周辺の飲食店に行こうと思い立つも、大半は既に閉店。開いているのはミスドくらいってふざけんな! いや、よく見ると駅前の尾道ラーメンの店が開いているので「まあ、ここでいいか」ということで入店。

 私はラーメン愛好家でもないし「外食でラーメンを食べる」ことはまずないんだけど、やはり「名物」だから1回は食べておこうと。スープは醤油味だけど、意外と脂っこい。でも見た目は油が浮いているのにあっさり味。全然知識はないけど、これが尾道ラーメンの特徴らしい。

 店を出るとまだ夜7時過ぎ。地上波のテレビを見る習慣がなく、スマホも持っていないから外でネットもできない(「俺の性格だと外でネットするようになったら依存症になって破滅する」から持ちたくない)私には「長い夜」になる。こんな時はアルコールだな、というわけで駅で尾道らしいレモン味のスルメ、牡蠣を使った珍味とアルコール類を購入。「夜中に喉が渇いた時のため」にジュースか清涼飲料を、と思って物色していた時に、尾道名物でサイダーと緑茶を混ぜた「チャイダー」というのが目に入ったので購入してホテルに戻った。

 テレビで八重樫や井上のボクシングの試合をやっていたので、それを見ながら部屋で飲んだくれる。一つだけ失敗したのは、チャイダーを飲むには実は栓抜きがいるということ(笑)。今時の宿泊施設には栓抜きなんてない。ということで私がチャイダーを飲むことが出来たのは、帰宅した1/1のことでした。

■天気予報を気にして早めの行動

 翌12/31は朝7時に目が覚める。天気予報では午前中は晴れ、午後から急に天気が崩れて雨になるという。ついでに1/1は雪と。ということは、滞在中に間違いなく自由に外を散策できるのは今日の午前中しかない。前日に訪れた千光寺公園の高台だけは絶対、もう1回訪れたい。であれば、早めに行動しなければ。ということですぐにバイキング朝食を済ませ8時半前にはホテルを出た。

 しかし外に出ると前日と同じくらい晴れ上がっていて、しかも異常に気温も高い。本当に雨になるの? と疑いつつも、まずは昨日と同じようにアーケード街を抜けてロープウェイ乗り場へ行こうと思ったけど、もう少し行ったことのないところまで足を伸ばそうと海岸線を駅とは逆方向に歩いてみる。市役所や蔦の絡まる趣のある公会堂などもある。その後、多少山方面の普通の住宅街の坂を登ったり…。しかしどこを歩いても風情のある街だなあ。

 そして朝9時半過ぎにロープウェイ乗り場に向かい、前の日と同じように片道券を買って山頂に移動。展望台から前日は舗装道路を通って千光寺に降りたけど、今日は「文学の小道」という険しい山道から降りてみることにした。しかし途中に石碑等はあるけど、深い林の中の小さな道。なので視界が開ける場所が全くないので、下の景色を堪能することはできない。正直、石碑にも文学にも興味のない私のような者には、昨日の舗装道路を使って下りた方がはるかに見どころは多かったかなと。

 さらに千光寺から階段を下る。この辺りの眺めが昨日も一番気に入った。途中で知らない観光客の爺さんに「いい天気になりましたね」と声をかけられる。「そうですね」と答える私。もうすぐ天気が崩れるとは思えないほどの陽気。例の猫のいた広場のベンチでまたゆっくり過ごす。猫と戯れる家族連れ、カップル、若い女性の団体を尻目に、私はただベンチに座って眼下の景色を堪能していた。ところが、そんな私にすら猫が一匹、近づいて来る。追い払おうとわざと目を合わせたのに、全く動じることなく私の目の前に座って大あくび(笑)。いや、なんてのどかなんだろう。さらに三重塔の手前まで降りる。しかし↓この景色って…。

 

そういえばケーブルテレビで以前、小津安二郎監督の「東京物語」っていう昭和20年代の古い映画を見たけど、あの中で見た「カーブを描いて列車が尾道から離れていく」映像って、この辺りからのものでは? しかし戦後間もない頃の映画なのに、この景色の変わらなさは一体…。改めて感動してしまった。

 さらに階段を下っていく。昨日とは違うルートで下ったところ、なんと「階段の先が踏切」という、なんとも不思議な場所に出てきた。でもこの街は線路のすぐ近くにまで住宅や寺院が建っているので、意外と多く見られる景色。「東京物語」や大林監督の尾道三部作の中でもこんな景色、見たような気がする。でもこの「千光寺からの山下り」の途中の景色って、何度見てもいいし飽きない。明日も天気が崩れなければ、改めてまた訪れたいなあ。

 一番下まで下って時計を見るとまだ11時前。天気はまだ悪くないし、昼食にもまだ早い。さて、どうしよう・・・。

■2015/1/4 2泊2日の「年末年始放浪」(4、尾道)

■本土よりも近代的な向島

 駅の近くのお好み焼き店で「尾道焼き」を食べる。広島風のお好み焼同様、キャベツと焼きそばが山盛りだけど、中に砂肝が入っているのが尾道ならでは。はっきりいって「時間を見ていただけ」なので内容はあまり覚えてないけど「てっぱん」でもヒロインが焼いてた記憶がある。本当は有名店に行きたかったけど、例によって年末年始休業、私が入ったのはごく普通の店でした。

 その後、3つある渡船のうちひとつを使って向島まで行ってみることに。まずは駅前のターミナルから出ている向島渡船に乗ってみる。乗客は私を入れて5名程度、切符などはなくって船内で100円を支払う。しかしこの渡船の場合、他の2つの渡船と違ってまっすぐに向島に行くのではなく、海岸線を少し回り込むように進む。なので所要時間も3分以上かかったような気がする。やがて向島の港に到着した。

 この島に何があるのか全く知識がない。せいぜい「てっぱん」でヒロインの実家があった場所くらいしか。しかしいくら尾道市街からあまり離れていないとはいえ「離島」のはずなのに、全く離島っぽくない。四国放浪で訪れた離島や福岡市内にある志賀島の場合、道幅が狭くって古い木造家屋ばかりで、車も人も少なくって・・・。だけどこの島は道幅が異常に広くって、鉄筋コンクリートの建物ばかり。港からしばらく歩くと、車が多く行き交う大通りに出た。その通り沿いに歩いていくと、大きな駐車場完備の大型店舗がある。ほとんど「本土」と変わらない景色。いや、むしろ尾道市の場合は市街地が「懐かしい」感じの街並みなので、市街以上に近代的にすら見える。うーん、ここはあまり楽しいところがなさそう。

 約20分ほどその大通りを歩くと「←尾道渡船乗り場」と書かれた看板が。じゃあ、帰りは「てっぱん」のロケで使われたという尾道渡船に乗ることにしよう。乗り場には待合室らしきものがあるので入ろうとしたけど扉が開かない。よく見るとこれは待合室ではなく、大林宣彦監督の映画で使われたセットらしい(笑)。渡船乗り場から「本土」の方を見る。千光寺方面を向いて撮影したのが上、駅の方を向いて撮影したのが下↓

やがて船が来たので乗り込む。こちらはただ「まっすぐ」に進んでいくだけなので、所要時間は短い。しかしいつの間にやら曇り空。しかも肌寒くなってきた。どうやら本当に雨が降り出すのかも・・・。

■突風と雨で行動範囲狭まる

 再び「本土」に帰ってきた。さて、次はしまなみ海道の島にでも行こうか。というわけで尾道渡船の乗り場から駅方面に向かって海岸線を歩いていく。しかしますますあたりは暗くなっていく。しかもほんの10分ほど歩いたところで小雨も落ちてきた。大した雨ではないんだけど、海が近いせいか風が強くて歩きにくい。雨はだんだん強くなり、傘を差さないと歩けないレベルに。しかもそのさした傘が飛ばされるほどの突風。いや、もう無理に遠出はしない方がよかろう。今回もしまなみ海道方面の離島への訪問は見送り。まあ、いずれまた四国方面に「放浪」したいと思っているし、その時はこのしまなみ海道を通りたいと考えているので「また今度」ということで。

 突風の中で傘をさして動くのは嫌なので、とりあえず「乗り物で移動できる場所」に予定変更。ということで山陽本線の列車で一駅先の東尾道駅に出てみる。途中で例の「寺の石段や住宅街と隣接した踏切」や「東京物語で見た急カーブ」などもあるので、そんな車窓を堪能しようと。しかし東尾道駅で下車したのはいいけど、周辺は何もない。むしろ広い国道と郊外型の大型店の点在するありふれた「21世紀の街」で面白味はない。ついでに雨風も強いし。ということですぐにまた尾道駅に引き返す。

 次に「市内バスで行ける場所」に行ってみたい。尾道駅前のバスターミナルから適当に来たバスに乗って移動してみる。どうせ郊外に大きなモールか何かがあるだろうから、そうしたものが見えたら下車して寄って、帰ってくればいいやと。どうやらバスは海岸線を走る路線で、途中で造船所や、向島と繋がっている尾道大橋の下を通り過ぎる。しばらく進むとフジグラン(広島に本社があるスーパーが経営するモール)があったので下車して店に入ってみる。いかにも「地方のモール」という感じ。だけど地元の人が「大晦日の最後の買い物」をしているようで、そこそこ賑わっている。しばらく時間をつぶした後、再びバスで駅に戻る。せっかく「鄙びた街」に来たので、本当はこんなところに来るつもりはなかったんだけど。

■大晦日の夜なのに…

 帰りのバスは駅ではなく、敢えてアーケード街の近くで下車。既に夕方5時過ぎなので、これから夕食とか、駅の横の福屋の地下で土産物を物色したりして夜まで潰そう。ところが、アーケードの中の店の大半が店じまい。飲食店すら。しかも大晦日が書入れ時のはずの蕎麦屋まで(笑)。嘘でしょう・・・。普通、大晦日の夜って外で過ごす人が多いので、店も開いていて賑わっているものなのに人通りもない。アーケードの中に「0時の時報とともにアーケードに風船が舞う」なんて書いてあったけど、よく見ると天井から風船の入った網がいっぱい吊るされてる。ひょっとして、時報とともに紐を引くだけ?(笑) あまりにも素朴なイベント、思わず(いい意味で)苦笑いしてしまいました。どうも商店街の中で過ごすのは無理らしい。

 ということで駅前の福屋へ。今日の夕食は外食もできそうにないので、あのデパ地下っぽいところで食べ物を買って、あとは母への土産物でも探そう。ところが・・・。なんとまだ6時過ぎなのに既に閉店。おいおい・・・。しかも1/1も店休とのことで、ここで買い物することは叶わないらしい。私の当初の予定は「素朴な街で静かでゆっくりとした大晦日の夜を過ごす」というものだったけど、こんなにどこもここも閉店してるのであれば、むしろホテルの部屋でゆっくりした方が正解。雨も一時期ほど激しくなくなったけど、相変わらず降ったりやんだりだし。

 仕方なく昨日と同じ駅の売店で土産物を買う。明らかに福屋より商品が少なくって不満だけど仕方ない。さらにホテルの近所のコンビニでたっぷりとアルコール類や惣菜、つまみを買う。これじゃあいつもの大晦日と変わらんなあ。ホテルの部屋に戻る。内山高志、好きなのでボクシングの試合を見たいけど、広島にはテレ東系民放局がないことに気付く。音楽を蔑ろにする某歌合戦なんて論外。ということは見るテレビすらない。ということでi-Podで音楽をBGM代わりに流しながら買ったものを飲み食いしていたら、夜9時過ぎには落ちてしまいました。次に目が覚めた時は深夜2時過ぎ。まあ、あのカウントダウンってやつは「気分が鬱になる」ので、知らないうちに年が明けていたのはラッキーでした。

■大げさな天気予報に騙されて大急ぎで帰宅

 1/1朝7時過ぎ、窓に激しく打ち付ける風の音で目が覚める。恐る恐る外を見ると薄っすらと雪が積もっている。慌ててテレビをつけると広島ローカルの天気予報をやっている。「猛烈な突風を伴って吹雪く」「雷を伴って激しく降る」「暴風雪警報」。さらに「隣の山口県では明日にかけて記録的な大雪が予想される」。新幹線で帰るとなると山口県を通ることになる。今のところ運休などの情報はないけど「降り続く」とすれば動かなくなる恐れも。これは早く行動しなければ。というわけでこの日も8時前にバイキング朝食(一応雑煮付き)をとって8時半前にチェックアウトした。

 外に出ると相変わらず雪がちらつく。とりあえず今日は、どうしても初詣だけは済ませたい。初詣ってもう10年以上行ってないけど、私だけじゃなく母にも悪いことばかり起こるので、尾道市内の有名な神社にでも参りたいと思っていた。例によって今日もアーケードを突き抜けていく。そしてロープウェイ乗り場へ。ロープウェイ乗り場のすぐ横に「時をかける少女」のロケ地にもなった古い神社があるので、そこで初詣。その後自分の足で歩いて例の猫のいる広場まで登って、最後の「高台からの尾道水道」を見に行こうと思ったんだけど…。いや、足元が悪すぎる。雪は積もってないけど、急坂や階段がツルツルで非常に歩きにくい。若い女性の団体がキャーキャー声を挙げながら降りてくるけど、足元がツルツル滑っている。危険を感じたので断念。ここへはまたいずれ「しまなみ海道経由で四国放浪」するときに寄ることにしよう。そう思った私はロープウェイ乗り場を後にしてアーケード街に戻った。

 しばらく街を散策したけど、時々雪が降ったりやんだり。止んでいるので「さて、ちょっと海沿いを歩こうか」と思うと降り出す、その繰り返し。残念だけど、帰りの交通機関の心配もあるので引き返そう。ということで駅に戻り、朝10時過ぎの広島方面の列車に乗車した。うーん、本当は3日目の今日ももっともっといろんなところに行きたかったんだけど…。

 広島駅で在来線の各駅停車を下車。ちょうど昼時なので広島駅で昼食でもと思ったけど、駅ビルが「初売りは1/2」ということで大半の飲食店が閉まっているし、逆に開いている店は行列が出来ている。昼食をとることも諦め、とりあえず牡蠣飯の駅弁を買って新幹線に乗車した。しかし車窓から見る限り、山口県内はそんなに雪は深くない。定刻通りに運行しているし・・・。所々で晴れ間も。おいおい天気予報、ちょっと大袈裟すぎないか? こんなんだったら、もっと尾道市内でゆっくりすればよかった。帰宅したのはまだ昼の1時過ぎ。テレビをつけるとニュース速報が出ていて「広島県、山口県の大雪警報解除」との字幕が。どうやらあの後、天気は回復したらしい。改めて「もっとゆっくりすればよかったな」と後悔。

 ということで私にとってははじめて自宅以外で迎えた「年越し」でした。尾道は私の予想以上にいいところだったので満足しました。機会があればまた行きたい場所です。次は「ちゃんと店が開いてる」日に。一方で最終日、バタバタ帰ってきてしまったことに後悔。今後母が退院したら、泊りがけでの「放浪」は難しくなるし、泊りがけの「放浪」自体が一昨年5月の新潟以来になるので、この機会に行けたことは「よかったのかな」とは思っています。

■2015/3/16 山陽新幹線博多開業40年とは・・・

 先日新聞を読んでいたら3/10は山陽新幹線の岡山〜博多間開業から40周年だったんだとか。「へえ、もうそんなになるんだ」「俺も年をとるはずだな」と思わず感慨にふけってしまいました。

 山口県徳山市生まれの私が物心ついたのは1971,2年頃、2,3歳の頃だったことは、ここでも何度か述べました。当時住んでいた家の近くで高架の工事が行われていて、よく父や母から「この上をもうすぐ新幹線が通るんよ」「そしたら、爺ちゃんや婆ちゃんの家(つまり父と母の実家のある北九州市)にも簡単に行けるようになるんよ」などと聞かされていたもの。その頃は在来線の急行で長い時間(3時間弱ぐらいだろうけど、2,3歳の子供には我慢できないほどの長時間に感じられた)かかっていたので、何となく「すごいな」と思っていたものでした。

 だけど、新幹線の開通を待たずに父が地元の北九州に転勤に。そして北九州市に移った1975年にようやく開通。当時小1の私が「乗りたい」「どこか行きたい」とせがんでも、例によって父は「仕事が忙しい」と拒絶。そんな時母方の祖父が、母と私と妹のために、大阪までの切符を買ってくれました。大阪には母の姉(つまり叔母)が住んでいたので「これで大阪に行って泊まって来なさい」と。まだ開通したばかりなので、並ばないと切符がとれないほどだったのにわざわざ早朝から小倉駅のみどりの窓口に並んでくれて、しかも買ってくれたのはグリーン車。おかげで当時人気がありすぎてなかなか切符がとれない、しかも高価で手も出なかった、そんな夢のような乗り物に乗ることが出来ました。しかもグリーン車。グリーン車に乗ったのって、私の長い人生でもこれが最初で最後です。

 しかしワクワクしながら乗った新幹線だけど、乗ってすぐ退屈に。トンネルだらけで景色が見えない。「速い」といっても、乗っているだけでは実感が湧かない。当時の車両はトンネルに入るたびに壁がミシミシ音を立てて耳がツーンとなる。正直、期待外れでした。だけど次から次に来る車内販売にビックリ。徳山〜北九州の移動に使っていた在来線の急行でも弁当やお茶の販売はあったけど、アイスクリームに土産物まで。さらに当時の私がビックリしたのは「スープはいかかがですか」「ウイスキーの水割りはいかがですか」。今では姿を消したけど、当時の新幹線には食堂車があったので、こんなものまで販売していました。特にウイスキーの売り子は蝶ネクタイにタキシードの男性で、グラスとボトルをお盆の上に置いて通り過ぎる。なんか、このゴージャス感もまさに「夢の超特急」という感じ。その「別世界」のような空間に感動させられました。しかもグリーン車なのでシートもきれいだし、広々としていたし。

 とはいえ、やっぱり景色が単調で飽きてしまいました。当時は小倉〜新大阪間は3時間15分くらいだったそうです。当時の私は「退屈して長く感じた」けど、今の私にも「意外と時間がかかっていたんだな」と思えます。今では2時間ちょっとで着いてしまうので…。これが私にとっての「新幹線初乗車」でした。次に新幹線に乗車するのは小4の頃、つまり私が「鉄道ファン」まっただ中の頃になるけど、その「鉄道ファン」時代もなぜか新幹線に好感が持てなかったもの。それはやはり初乗車時に感じた「車窓が単調でつまらない」という第一印象のせいでしょう。とはいえ、当時の私には「大人になったら新幹線でやってみたいこと」が2つありました。それはあの車内販売のウイスキーを注文すること、そして食堂車で食事をすること。

 その後、1980年代末〜1990年代は受験、就職活動、転勤のための移動、出張、ライブ、法事で実家に帰る等のために、頻繁に新幹線を利用するようになりました。だけど1980年代に国鉄からJRに変わる頃にはウイスキー売りは姿を消したし、自分で稼いだお金で食事をできるようになった1990年代末には食堂車も姿を消した。なので、どちらの夢もかなわずじまいでした。今では確かに所要時間も短くなって便利にはなったけど、その分車内でゆったりとくつろぐことが出来なくなったし、車内の空気もセカセカして落ち着きがなくなったしで、とても「夢」の感じられる乗り物とは言えないような気もします。まあでも、今回のニュースを聞いて初乗車時の頃を思い出したし、同時にウイスキー売りや食堂車などに「別世界=夢の世界」を感じたことを懐かしく思ったりで、非常に感慨深かったのは事実です。

■2015/5/6 おれんじ鉄道4回目の訪問

 今回の連休は5連休がとれたにもかかわらず、母のこともあって宿泊を伴う「放浪」は最初から断念しました。ただ5日もあって、しかも特に予定がないとなるとダレてしまうので、気分転換とばかりに「日帰り放浪」してきました。

 つい先日、母がテレビで「のど自慢」を見ていたんですが、その時に熊本県の芦北町という聞いたことのない街が会場になっていました。「どこにあるんだろう?」とネットで調べてみるとどうも八代市の南側、つまり私の好きな肥薩おれんじ鉄道沿線らしい。前も何度か書いたけど、2010年GWの鹿児島放浪(こちら)で使用して海岸線の車窓に魅了されて以来、すっかりこの路線のファンになってしまった私なので「ああ、久しぶりにあのあたりへ行きたいな」と。同時にケーブルテレビで1970年に放映された「特別機動捜査隊」で熊本の日奈久温泉でロケが行われたストーリーが放映されているのも見ました。日奈久温泉もおれんじ鉄道沿線だよな。よし、出かけよう。というわけで2010年の鹿児島放浪、2011年1月の水俣への日帰り放浪(こちら)、そして2013年12月の出水日帰り放浪(こちら)に続いて3度目の肥薩おれんじ鉄道沿線への日帰り放浪にでかけました。

 今では九州新幹線が全開通してしまったので在来線のみで八代まで移動するには、北九州市内の最寄り駅〜博多間は特急があるけど、そこから先は快速か各駅停車で移動せざるを得ない。ということで朝8時半過ぎの特急に最寄駅から乗車して、何度も乗り継いで、おれんじ鉄道との接続駅である八代に着いたのは12時過ぎでした。

 そこからおれんじ鉄道の列車に乗車。さすがに連休中ということで、いつもよりも乗客は多い。だけど相変わらず車内はのんびりしているし、海岸線の景色は何度見ても素晴らしいし。最初に下車したのは芦北町の中心駅の佐敷駅。国鉄時代は特急の一部が停車していた駅のはずだけど、深く生い茂った樹木に覆われた木造の駅舎で、どう見てものどかな田舎の駅。だけど例によってこの街に何があるのか、ほとんど知識がない。とりあえず近くを散策してみる。海が近い街だけど、駅から海岸線までは何キロも離れている様子。近くに佐敷川という川が流れているけど、いかにも「海の近い河口」という感じで、川なのにカモメは飛んでるし、漁船も停泊しているし。「水回りウォッチャー」の私だけど、特別心を惹かれるような景色ではありませんでした。変わった形の橋が架かっていたり、国道も走っていて車の通りが多い割にはのどかな雰囲気ではあったけど、歩いている人よりも車の方が多いし。1時間ちょっと散策したけど「ありがちな田舎町」という感じで、のどかだけど特別珍しい街ではありませんでした。

 駅に引き返す。待合室にいろんなチラシが置いてあったけど、初訪問時に多く目にした「支援してください」というようなチラシは姿を消して、観光列車や割引切符のチラシばかり。おれんじ鉄道、以前よりは経営状態はよくなりつつあるのかな。観光にも力入れ始めてるようだし。そう思うと嬉しかっけど「乗り降り自由の1日フリー乗車券」のチラシを見たときは「ああ、買っとけばよかった」と後悔。いや、本当に割安で便利そうだし。やがて八代方面の列車が来たので乗車。次に八代の2駅前、日奈久温泉駅で下車した。やはり木造の歴史の感じられる駅舎、しかも駅前にレトロな円柱型の赤いポスト。出発前にちょっと見かけたネット上の情報によると、今では温泉地というより「懐かしい街並み」の方が売りなんだとか。

 ここは九州内では古くから知られる温泉地。亡き父が約半年間八代に出張していた際、よくここの温泉に入っていたという話は聞かされたし、お土産にいつもここの名物、日奈久ちくわを買ってきてくれてたっけ。とはいえ他の古い温泉地同様、客足が減って寂れつつある様子。1970年当初の「特別捜査機動隊」で見たにぎやかなできらびやかな雰囲気とは全く異なる。駅から約10分ちょっと歩くと温泉街が。車1台がやっと通れるくらいの裏路地に入っていくと、木造で歴史の感じられる温泉旅館がいっぱい。だけど半分近くが既に閉鎖されている。車で多くの人が向っていく先は「●●湯」と書かれた鉄筋コンクリート造りの立派で新しい建物ばかり。とはいえその路地一帯が懐かしい感じの旅館、店舗、標識で溢れているので、むしろ車ではなく歩いている私の方がより街の雰囲気を感じられたかも。竹細工の土産物屋の前に腰が曲がったお爺さんがいたので、温泉に入りに来た観光客かと思いきや、実は店の主人だったり、あちこちからちくわを焼く香ばしい匂いが漂っていたり…。まあ「懐かしい街並み」は、より規模の大きな尾道に年末年始に行ったばかりなので目新しさはなかったけど、「かつて栄えた温泉街」独特の雰囲気はありました。路地裏を2時間近く散策、一見普通の住宅街に見える場所にさえ、時代を感じさせる広告、ホーロー看板、白壁の建物、電柱、井戸、店舗跡などが点在していました。

 ちょっと海の方に向かって歩く。港の向こう側に行ける橋があったので、その橋を渡って向こう岸へ。そこから温泉地の方を向いて撮影したのが↓

いや「川」ではなく、間にあるのは海だけど、やっぱり私は「歴史的建造物」とかよりも「水回り」の景色の方が好きらしいです。

 駅に戻る。夕方4時過ぎ。なぜか駅員がいない。どうもこの駅は駅員がいるのは夕方4時までらしい。じゃあ今は無人駅なんだ。街の中にも駅にも俳句の書かれた木札がいっぱい点在してたけど、山頭火なる俳人の句らしい。文学音痴なので詳しくないけど、確か旅の俳人だった人で、福岡県にもゆかりのある人。この人は日奈久にもなんかゆかりがあるんだろう。多くの人がちくわを買っていたけど、あのころ父があんまり毎回買ってきてくれていたから好きだった反面「飽きてしまった」記憶があったので、敢えて買いませんでした。

 列車が来たので乗車。八代に戻る。その後JRで熊本駅まで出て、2011年1月に食べたのと同じ駅の中の店で同じ定食を食べる(詳細はこちら)。しかし駅が大改装中で、この店のあるレストラン街近くの改札口は閉鎖されているので前来た時と比較してずいぶん客も歩いている人も減ったような。ひょっとしてもうすぐこの建物もなくなるのか? この店もなくなるのか? そう思うと寂しく思えました。その後、再び列車を乗り継いで地元へ帰る。帰りは途中から荒尾発門司港行きの快速という、距離の長い列車に乗りっぱなしで地元に帰ってきたので、乗り換えも少なくって楽でした。

 1日だけの放浪だったし、下調べもしないままだったので「気分転換」とはいかなかったけど、久々にゆっくりと時間を過ごせた気はします。

■2015/6/4 鳥のさえずる和洋折衷の街への日帰り放浪(平戸日帰り放浪)

 6月は珍しく何度か「連休」のとれそうな月。昨年同様、7月以降は連休なんて皆無だろうけど・・・。「連休」となればやはり「放浪」したくなるのが常だけど、今や母のこともあるので泊りがけは無理。じゃあ、日帰りでどこかへ・・・。日帰りとなれば近県、山口県は頻繁に行ってる、大分県は昨年11月に竹田市に行った、熊本県は先日のおれんじ鉄道沿線への日帰り放浪で行ったばかり、じゃあ今度は長崎県かなあ。

 長崎県はずっと行ったことがなかったけど2010年1月に長崎市(こちら)、同年7月に佐世保(こちら)、そして2013年に島原(こちら)に「日帰り放浪」した。じゃあ、今度はどこへ・・・。そういえば父も母も私が生まれるよりも前、昭和30年代に社員旅行で平戸に行ったって話してたっけ。私も小4くらいの頃、ちょうど鉄道ファンだったので時刻表でいろいろ調べて夏休みに「連れて行ってくれ」とねだったことがあったような。あの頃は博多→唐津→伊万里を経て、平戸の入り口にあたる平戸口駅まで行く急行で移動して、平戸口からは船で平戸へ渡るのが一般的だったもの。だけど今では筑肥線は福岡市営地下鉄経由になったし、松浦線は第3セクターの松浦鉄道になったし、船は廃止されて平戸大橋を車や路線バスで渡るのが一般的になったしで様子が変わった。今の最短ルートは「特急で佐世保へ、佐世保から平戸大橋を通るバスで移動」らしい。

 ということでいつものようにJR九州の往復割引特急券「2枚きっぷ」を購入、特急で佐世保まで移動する。佐世保までは2010年に同じく特急で移動しているので、特に新しい発見はなし。佐世保駅で下車後、バスセンターに移動して平戸行きのバスに乗車した。高速バスのような立派なバスだし長距離なので「都市間移動」の路線と思いきや、一般の路線バスなので佐世保市内をクルクルと回るし、やたら停留所も多いし、地元の爺さんや婆さんが1,2個の停留所だけでひっきりなしに乗り降りするし・・・。佐世保市内を抜けると山を越えて佐々町、吉井町、江迎町といった小さな町をいくつも通り過ぎていく。佐々からは松浦鉄道とほぼ並走。沿線は山や川ばかり。いや「海の近く」というイメージだったのでちょっと意外でした。佐世保から約1時間で平戸口へ、そこから平戸大橋を渡ると、すぐにかつては平戸口との間の航路の出ていた港のある平戸桟橋に着いたので下車。実に佐世保から約1時間20分、予想以上に遠い道のりでした。

 しかし例によって下調べなど一切していない。平戸桟橋に観光案内所もあったので、軽くどんなスポットがあるのかチェック。うーん、島の割には意外と広くって桟橋のある市の中心からさらに1時間近くかかる生月地区ってところにもいろんなスポットがあるようだけど、そんなところに行くと日帰りできなくなるので、とりあえず市街地周辺の徒歩圏内のスポットだけ一周してみることにした。

 まずは海沿いの道を歩いていくとオランダ商館なる建物があったけど、正直言えば古ぼけた白い建物という感じで、決してキレイでもなかった。むしろそこから海の方を向いた景色の方がきれいに思えました。

 そこから別の道を通って桟橋の方に戻ってみる。白壁に茶色っぽい木造の歴史の感じられる同じような建物がいっぱい並んだ通り。よくある「古い街並み」だけど、どうもこれは商店街。そこを通り過ぎて再び海沿いの通りに出てしばらく歩くと城門と石造の橋が。まるで城の入り口のようだけど、実は市役所の入り口でした。そこから少し上を見ると城もあるけど、今日は暑くて日差しも強いのでそこまでは登りませんでした。その城の逆の方向の山の上を見ると、そちらには教会が見える。城よりも教会の方が長崎県らしいと思ったので敢えてそっちの方面に行ってみることにした。

 険しくて細い石段と坂が続く。なんとなく年末年始に訪れた尾道に似てるけど途中にあるのは寺院、古い家屋、古井戸など江戸時代を思わせるような建造物が多くてこのあたりも長崎県らしい。そして高台の上にあったのはザビエル記念教会という時代の感じられる教会。石段の途中には教会と寺院が連なって見えるという、まさに平戸ならではの場所も。しかし尾道同様、石段が険しくて歩きにくくって大変でした。さらに歩くと展望台のある公園も。だけど展望台に登ってみると真下に木が生い茂っていて下の景色がよく見えないという難点が(笑)。むしろ展望台の少し下から海を見下ろした景色や向こう岸の平戸城の方を向いた景色の方がはるかによかったです。真下の「古い街並みの商店街」のあたりも、上から見下ろした方がキレイに見えました。

そこでしばらく休んだ後、また足元の悪い石段を下っていきました。

 疲れたので平戸桟橋に戻る。平戸ちゃんぽんが名物らしいけど、この暑さでは食べるのは厳しいかも。今日は平日のせいか観光客がほとんどおらず、街が静かだったのは救いでした。とはいえ日帰りなのであまりゆっくりもできない。教会と城や寺院が共存する景色はイメージした通りでした。あと町中で鳥のさえずる声とウグイスの鳴き声が聞こえていて、静かで落ち着いた街というイメージでした。

 夕方になったので、さて佐世保まで戻るか。だけど同じルートで帰るのは面白くない。今度は平戸口駅まで出て、そこから松浦鉄道で戻ろう。平戸大橋を通って平戸口まで出るバス路線はいっぱいあるので、まずはバスで平戸口方面へ。かつて平戸までの航路の出ていた平戸口桟橋で下車してみる。しかしこちらは今や船はなくなって橋を利用する人ばかりになったことですっかり寂れて。そこから約徒歩10分程度で平戸口駅に着いたけど、途中の道も閉店して何年も経つような店舗や旅館ばかりで寂しい風景でした。平戸口駅もかつての「平戸への玄関口として多くの観光客でにぎわった駅」とは思えない寂しい駅で、私以外に利用客は1人しかいないし。やがて松浦鉄道の1両のワンマンのディーゼルカーが到着。乗客はたったの3人。やっぱり寂しい、と思いきや、次の駅から下校の高校生の大集団が。以降は終点の佐世保に着くまでの約1時間半、乗ってきては降りていく高校生ばかりで意外と慌ただしかったです。

 佐世保に着いたのは夕方6時過ぎ。少しは日が陰ってきた様子。2010年に佐世保を訪れた時は真夏で、ちゃんぽんとか、アゴダシ・ラーメンとか熱いものを食べられるような気候ではなかったので、今回こそは佐世保らしいものを食べよう。ということで駅の近くのちゃんぽん屋でちゃんぽんを食べる。長崎市のちゃんぽんに比べるとさっぱりして脂っこくないのが特徴のよう。夕食を終えたところで特急に乗車して地元へと戻りました。

 長崎県は「近いけど、ほとんど行ったことのない」県。また本来なら「1泊しないとゆっくり満喫できない」微妙な距離の場所でもある。だから今回で4回目の訪問だったけど、やっぱり駆け足で消化不良気味でした。だけど「ほとんど知識のない、知らない場所」そして「小学生の頃行きたかったのに行けなかった場所」にようやく行けたのは収穫でした。平日なので人出も少なくって、静かでゆったりできたのは何よりでした。

■2015/10/7 「山陰の小京都」への日帰り放浪(津和野日帰り放浪)

 10月に入って少し余裕が出来て土日連休がとれたので、先週土曜日に「日帰り放浪」に出かけてきました。行先は島根県「山陰の小京都」こと津和野町。8月に「日帰り放浪したけど寂しい気持ちだけが残った」としてどこに出かけたかは全く触れなかったけど、あの時行ったのは山口県の山陰方面。その時に「次はもう少し足を伸ばして津和野にでも」とずっと思っていたので・・・。

 だけど実は津和野って今回が初訪問ではありません。小学校6年の1980年4月「突然の転校」で落ち込み、新しい環境に慣れることが出来ずにいた私を喜ばせようと思ったのか、母が山口線のSLやまぐち号の切符をとってくれたことがありました。その時訪問して以来。といってもその頃は鉄道ファンで、あくまでも「SLに乗る」ことばかりに夢中で、終点の津和野で下車したのはよいけど、駅でくつろいだだけで街の中を散策したりはほとんどしませんでした。だから「いずれゆっくり訪問したい」と思っていました。

 例によって新幹線は使わず、在来線だけを使って新山口駅まで移動。しかし新山口駅で下車してビックリ。ちょうどこの日から在来線乗り場がリニューアル・オープンということで、駅の様子が全く変わっていました。この駅って過去に何度も下車して乗り換えのために利用しているのでちょっと戸惑ってしまいました。またゆるキャラが出てきたり、B級グルメを販売したりと様々なイベントが行われていて、いつも以上に混雑していました。正直「近代的な建造物」には全く興味がないので、すぐに山口線の特急「スーパーおき」の乗り場へと急ぎました。この特急は2009年4月の山陰放浪(こちら)の時にも利用したものです。あの時は4時間も乗車して松江まで移動したけど、今日の目的地の津和野は1時間で到着する。車窓を見ていると所々に「おかえり、山口線」「祝復活 SLやまぐち号」などと書いている。そういえば山口線って、数年前の水害でレールや鉄橋が流されてしばらく運休してたんだっけ。

 約1時間で津和野駅到着。駅はあの35年前とあまり変わらない。さて街を散策と思ったけど、ほとんど下調べなどしていない。観光用に整備されている道路の方に向かって歩いていくと、古い街並みの商店街が。まあ、全国至るところにあるありふれた古い街並みの光景かな。しばらく行くと団体の観光客の姿が増えてくる。そして「鯉の泳ぐ水路」が現れた。そういえば1980年にもここは見た覚えがある。しかし「水害の影響」とかで、あの頃と比べると水が濁って見えました。あと、近づいて携帯を向けただけでいっぱい集まってきて、口をパクパク。おいおい、俺は餌なんか持ってないぞ(笑)

 さらにその水路や古い武家屋敷のようなものがある通りの裏に川が流れている。津和野川という川らしい。そしてそこに津和野大橋という橋が架かっている。やっぱり「水周り好き」なので、こういう景色は私のツボ。ということで川の周辺を散策したり、しばらく座って休んだりしながら過ごした。

 さらに橋の向こう側を歩いていくと古い神社や参道のようなものもあった。それ以外の有名なスポットは郊外ばかりのよう。ということで再び津和野大橋の近くに戻ってくつろぐことにした。しばらくくつろいでいると、駅の方からSLの汽笛が聞こえる。どうやら津和野から新山口に戻るSLやまぐち号の発車時刻らしい。そして津和野川にかかる鉄橋にSLが近づいてきた。鉄橋を渡るSLを撮影したのが↓

 うーん、やっぱり携帯では臨場感のある写真は撮れませんでした。SLが出た後、街の中は15分くらいずっと煙っていました。しかもよく見るとさっきまでが嘘のように街の中から観光客の姿が消えて随分静かに。きっとこの街に観光で訪れる人ってSLで来る人が多いのかもしれません。あとSLが出たのが4時前、まだ日が照っていて暑かったのに、それから30分もしないうちに日が傾き、急に涼しくなったのも印象的でした。忙しく働いてるうちに気がつけばとっくに夏は終わって、10月になってるんだよなあ。

 私は夕方6時前の特急で津和野を離れたけど、それまでずっと人気が少なくなった川の周りや鯉のいる水路などでゆっくり過ごしました。ツアーなどで訪れる人は20分か30分程度でどんどん通り過ぎて次の場所へ移動するけど、私の「放浪」は同じ場所を何度も訪れたり、同じ場所で何時間も過ごしたりという気ままなもの。今は母のこともあるので「泊りがけ放浪」なんてできないけど、時間が許せば今後もこうした気ままな「日帰り放浪」に出かけたいものです。家に帰り着いたのは夜10時前、ラグビーの試合には間に合ったようだ・・・。

■2015/11/24 早すぎた? 紅葉スポット日帰り放浪 (耶馬溪日帰り放浪)

 この3日間は珍しく世間一般の人同様3連休がとれたので「日帰り放浪」してきました。11月中旬〜下旬といえば紅葉が見ごろな時期。ということで近隣の紅葉スポットをネットで調べていたところ大分県中津市の奥、耶馬溪にヒットしました。

 もう4,5年前になるけど行先を決めずに大分方面に「日帰り放浪」したことがありました。その際、北九州市からJRでほんの1時間程度の大分県の街、中津で途中下車しました。下調べもせずに下車した街で「なんか、有名なスポットあるのかな?」ということで駅周辺で観光パンフレットなどを見ていた時「耶馬溪」の文字が。どうすれば行けるのか?調べたんだけど、車やバイク、自転車で散策するのが基本のようで、公共交通機関は1,2時間に1本あるかないかの路線バスのみ。しかも私が中津駅に着いたのはちょうどバスが出た後で、次のバスまで2時間近く待たなければならなかったので結局行かずじまい。以来、ちょっと気になっていたスポットでした。というわけで今回はネットでしっかりバスの時間や運賃を下調べした上で出かけました。

 最寄駅から中津駅までは各駅停車を乗り継いでも1時間弱。実は最寄駅から博多までよりも近く、運賃も安い。なので「隣の県」なのに時間もかからず、あっという間に着いた感じでした。駅を降りてすぐにバス乗り場へ。今回はしっかり時間を調べてきたので、ちょうどよい時間のバスがある。というわけでほんの15分ほど待つと耶馬溪方面のバスが来たので乗車しました。市内を抜けてしばらく走ると右手に大きな川=山国川が現れる。そして川沿いを延々山方面に進んでいく。季節が季節だからでしょう、地元の人に混ざって観光に来たと思われる乗客も数名。関西弁の女性2人連れもいて、パンフレットを見ながら「ここ行こう」「ここで食事しよう」などと相談していたのが印象的でした。約30分で有名なスポット、青の洞門に着いたので下車。

「洞門」といっても中をバス通りでもある道路が通っている。だけど中は狭くなっているので、まるで工事現場のような片側交互通行になってる。歩道もあるので、その洞門の中を通り抜けてみる。当然歩道も狭くなってるので、前から人が歩いてくるとよけながら歩かないといけないし、立ち止まってしまうと後ろから歩いてくる大勢の観光客の邪魔になるのでなかなか立ち止まれないしで意外と落ち着かない。ただですら観光客が多いし。

やがて洞門を通り抜けると、山国川の河原に降りることが出来たり、川に橋が架かっていたりするスポットに出てきた。どうやら広い駐車場やドライブインのような休憩所があるらしい。当然バスではなく車やバイクで来る人が多いので、この辺りの方が人が多い。自家用の車やバイクだけでなく、佐賀県や長崎県、福岡県のバス会社の観光バスも多く止まっている。季節が季節だから団体客やツアー客も多いらしい。「水回り好き」な私なので「大きな川」「渓谷を流れる川」は好きだけど、人が多すぎて何となく落ち着かない。ましてなぜかカラスも多いし…。うーん、もう少し静かだったら最高のスポットなんだけどなあ。

 とりあえずもう昼過ぎなのでどこかで飯でも。というわけで「昭和なドライブイン」といった趣の、軽食コーナーと土産物屋が一緒になったようなレストハウスがあったので入ってみる。しかし「本日貸し切りのため満席」とある。よく見ると空きテーブルはいっぱいなのに、ことごとく「予約席」の張り紙が。いや、俺は食べるの早いし一人だから迷惑かけないから入れてくれないかなあ、と思ったけどそんなこと言いだせるわけもなく…。仕方なく腹を減らしたままその周辺をしばらく散策していました。

 バスを下車して1時間が経過した頃ふと思う。しかし紅葉ってどこにあるんだ? 近くの山は緑の葉か黄色の葉ばかり。そうか、もっと山奥まで行かないとまだ紅葉してないんだろう。そう思ったのでバス停に引き返す。しかしさらに奥まで行くバスは1時間近く待たないと来ないらしい。というわけでその後約1時間、腹を減らしたまま青の洞門周辺で過ごしました。

 約1時間後にバスが来たので乗車。さらに山奥に進んでいくけど、いや、やっぱり全く紅葉なんてない。ひょっとして今年は暑かったから遅れてる? きっとそうに違いない。その上、ここ数年各地で起こっている集中豪雨だけど、ここもその爪痕が残っているようで、あちこちで橋が壊れかかっていたり工事していたり。青の洞門から約20分ほどのバス停で降りて近くを散策したけど、やっぱり紅葉にはまだ早いらしい。そのバス停の近くも山国川の渓流が流れていてとても景色のいいところだったけど紅葉もなく、むしろ水害の爪痕の方が目立つ場所でした。

 あたりが薄暗くなってきたので中津駅方面行のバスで引き返す。大分交通バスの運転手、計3回乗ったけど全員比較的若い女性、なのに険しい山道を急ハンドルも急停車もなく難なく通り抜け、しかも質問攻めしていた観光客の爺さんにもきちんと対応していたのに感心しました。約1時間後、中津駅に戻る。せっかく中津に来たので、耶馬溪名物の蕎麦や中津名物の唐揚げでも食べたかったのに団体客のための予約のせいでそれも叶わず。駅周辺には飲食店もほとんどなかったので、仕方なく駅のコンビニで代わり映えのしないパンを買って「遅すぎる昼飯」にあり付けたのは5時過ぎでした。

 せっかくの紅葉を求めての日帰り放浪だったのに紅葉はなく、昼食にもあり付けませんでした。だけど「水周り好き」の私なので青の洞門駐車場回りの景色はツボだったし、キレイな場所だと思いました。ただバスの本数が少なすぎるのであまりゆっくりできなかったこと、もっと奥まで行きたかったけど行けなかったことは心残り。まあ、北九州から1時間ちょっと、意外なほど近い場所なので、また機会があれば今度はもっと奥=奥耶馬渓まで行ってみたいと思います。


      
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