![]() トップ・ページに戻る |
![]() 前のページに戻る |
■2000/09/06 (水) 北海道好きの九州人(北海道が大好き) 私は仕事の都合で、いろんな場所を転々としてきました。そんな、かつて住んだ街の中で、
地元・北九州や福岡市の次に好きな場所は、札幌や函館といった北海道の街なのです。
最初に行ったのは大学3年の夏。自分の将来や現状に不安、不満が渦巻いて、とにかく
何もかも忘れてひとりで遠くへ行きたくなって・・・。海外へ行くのはなんとなく怖いし、
じゃあ、地元・九州から最も遠い北海道へ、と思い立ったのです。一人旅をするうちに、
なぜか不満は薄れ、不安も吹き飛び、自分の行く末に対する結論が見えたんです。
なぜなのかは分からないけど・・・。それ以来、私にとっはこの地は特別な場所となったのです。
その約5年後、今度は仕事の都合で北海道へ。生真面目で、一見朴訥でとっつきにくそうだけど、
でも、本当は他人を思いやる気持ちが日本中のどこの人よりも強い、そんな北海道の人たちの人柄に触れ、
ますますこの場所が好きになりました。冬は寒い上、道が凍りついて外出もままならない。
それなのに、この場所に住むことが苦にならず、むしろ、よい思い出ばかり。
北海道を離れなければいけなくなった時、新千歳空港で恥ずかしながら目が潤みそうになったものでした。
地元には長く帰っていないから地元も恋しい。それと同じくらい北海道も恋しい。
私にとっては学生時代、「人生のターニング・ポイント」になった場所であり、
「第2の故郷」でもあるのです。
■2000/10/25 (水) 新幹線も様変わり(4年ぶりに帰郷) 表のボードに書いたので、このサイトに常時アクセスされているみなさんはご存知のことと思いますが、
私、「ある用事」のため、22日から本日25日まで、4年ぶりに福岡県・北九州市に帰郷していました。
私は関東から帰郷する際はいつも新幹線を使うんです。しかし、考えてみれば、新幹線に乗るのも4年ぶり。
ということで、4年前と比較すると、いろんな変化があることに気がつきました。
まず、東京〜博多間直通の「のぞみ」が激増、一方で直通の「ひかり」が激減しているということ。
速い反面、割高な「のぞみ」は避けたいと思った私。東京〜博多間直通の「ひかり」を探したものの、
本数が少なすぎる。全く、割高な「のぞみ」を増やして、「ひかり」を減らすとは、
JRめ、上手い商売やってくれるよ!(笑)
もうひとつ、車内の風景の変化。新幹線に乗る場合、多くの人にとって、その長い乗車時間を
どう潰すかが最大の課題。私の場合も、東京から、博多の一つ手前の小倉まで、
約6時間を潰さなければならないんだから・・・。で、今回目についたのは、
やたら携帯電話(iモードでしょう)やモバイルをいじってる人。4年前には、
そんな人は皆無だったものです。それを見た時、改めてネットがいかに急速な勢いで普及したのか、
痛感させられてしまいました。本当に、この5年ほど、時代の流れが速くなっているような、
そんな気がするのは私だけではないでしょう。ちなみに、私は行きも帰りも爆睡状態。
特に行きは一睡もしていなかったこともあり、東京駅を出て、有楽町あたりの風景を見ているうちに落ち、
気がついた時は岡山でした(笑)。
■2000/10/26 (木) ドッグ・イヤーの福岡&北九州に寂しさ(4年ぶりの帰郷) タイトルの言葉、「ネットの世界は時間の流れが速く、まるで犬の一生のよう」という意味でよく使われています。
しかし、ドッグ・イヤーはネットだけじゃなく、現実の世界にも当てはまるのかも?
今回帰郷して北九州と福岡を目の当たりにして、そんな思いを抱き、また、とても寂しくなりました。
まず新幹線を降り、地元・北九州の小倉駅に降り立った私。しかし、小倉駅は大改装され、
全く別の建物と化していたのです。右も左も分からず、キョロキョロしつつ、在来線に乗り換え、
実家の最寄り駅へ。ところが、この駅も全く違う建物になっており、しかも、目の前に
巨大なショッピング・センターが・・・。私はかつて、この駅に降り立つといつも、
ホッとしたような気分になっていたものです。でも、改装されたその最寄り駅は私の目には
異様なものにしか見えず・・・。何だか寂しいし、変な気分だぞ。
翌日、福岡市に向かった私。時間があったので、福岡市の中心地、天神を歩いてみました。
しかし、私が地元を離れて以降、続々と新たな商業ビルや専門店街ができており、
その風景は様変わり。キャナルシティ、三越、馬鹿デカくなった西鉄福岡駅・・・。
おいおい、これは一体何なんだ?
ここまであちこち変わってしまったら、「久しぶりに帰ってきたぞ」とか、
「懐かしいなあ」といった気分は皆無。本当なら気持ちが安らぐはずの地元のはずなのに、
違和感と寂しさでいっぱいになり、逆に落ち着かないしで何となく疲れてしまった。
時代は移り変わるもの。どんなものだって変化するもの。まして今は時代の変わり目。
しかも福岡も、北九州も、「変化」の中にある街。変わることは当然でしょう。
それは分かってる。でも、いくらなんでも急激すぎる。私の思い続けた地元は、
今や私の思い出の中にしか存在しないのだろうか・・・。ドッグ・イヤーも困りもんだ。
ということで、この話は明日に続きます。
■2000/10/27 (金) 心の安らぐ場所はどこ?(4年ぶりの帰郷) では昨日の続き。帰郷ネタのわりには、沈み気味のトーンで申し訳ないです。
変わってしまった街を見てすっかり寂しくなった私。その私を更に寂しくさせたもの。
それは「福岡ダイエー・ホークス・フィーバー」。街中どこへ行っても「ホークス!ホークス!」、
テレビをつけても、新聞を読んでも「ホークス! ホークス!」、電車の中で雑談をしている人の話題も
「ホークス! ホークス!」、かつて野球音痴だった妹までが「ホークス! ホークス!」・・・。
おいおい、この騒ぎは一体何なんだ?
私のダイエー・ホークスへの想いは10月8日の「関係ないね」の中で述べた通り。関東でも今回のシリーズって、
「ON対決」のわりには盛り上がりは今一つらしい。それなのに、地元へ帰ると空気が一変してるんだから、
まるで外国へ来たような気分でした。おそらく私も、ずっと地元に住んでたらこうなってたんだろうけど・・・。
長く離れていると地元の人と価値観や意識がこんなにもズレてしまうのかと思うと、またしても何とも言えぬ
寂しさを感じてしまったのです。
また、高校時代の友人も、半数以上は既に地元にいないよう。なので、誰に会うでもない、会うこともない。
それと、地元の人と話していても、私の話す言葉からは訛りが消えてしまっている。考え事も、ひとりごとも
標準語になってしまった近年の私。スムーズに地元の言葉がしゃべれずに、ぎこちない話し方になる。それらのこともまた、
私を寂しくさせるのです。
街が変わってしまったこと、地元の人との価値観や意識のズレ・・・。4年も地元に帰ってなかったこともあり、
いつも「帰りたい、帰りたい」と願ってきた私。ところが、いざ帰ってみてもこんな状態。あの4年間抱き続けた
「望郷の念」は一体何だったんだろう? 長く地元を離れていれば、こうなるのって当たり前なのかなあ。
みんな同じなのかなあ。私はどこに住んでいても「俺は福岡、北九州の人間だ」という意識をいつも持ってきた。
それなだけに、ちょっとショックだった4年ぶりの帰郷でした。
■2001/06/03 (日) 気持ちがギスギスする時は放浪してみよう 今日、意味もなく遠出ました。目的もなく常磐線各駅停車の電車に乗った私。
関東以外の方はご存知ないでしょうが、常磐線各駅停車の電車は
都心に入ると地下鉄千代田線に乗り入れていまして、さらにそのまま乗ってると、
今度は小田急線に乗り入れて神奈川県方面に抜けていくんです。
普段はそんなとこまで行かないんですが、乗っているうちに
「遠出がしたい」と思い立った私は降りずに乗りっぱなし。
気がついたら終点、小田急線の相模大野駅。引き返すことも考えたんですが、
「こうなったら、もっと先まで行こう」とばかりに
さらに先まで行く小田急の電車に乗り換えてしまいました。
電車は関東とは思えない山の中を走り、気がついたら小田原駅。
もう少し行けば静岡県。遠くまで来てしまった。
行き当たりバッタリで辿り着いた小田原、知識なんて私にはない。
観光名所も知らない。なので特に観光するでもなく、
全く知らない小田原の街を約2時間、ブラブラ歩き回っていました。
東京から約2時間。関東とはいっても、もはや「首都圏」の面影はない。
日曜日の昼間だけど渋滞もない、人ごみもない、駅前の大通りものどかな雰囲気。
個人商店の集まる裏通りでは「北条祭」と称して、店の人が道端に商品を広げて売っている。
客も店の人も、気軽に言葉を交わす。ギスギスした顔なんてしていない。
首都圏では日曜日に出掛ければ、大変な人ごみで前に進めない、前も見えない。
「気分転換」「楽しみ」のつもりで出掛けても、逆に疲れるし、
イライラして気持ちが尖がってしまいがちです。事実、みんなギスギスした顔してる。
それに対して小田原駅周辺を歩いていると気持ちが和み、
暑くてたまらなかったのに、爽やかな気分になりました。
「日曜日に出掛ける」ことって、本来は楽しくって、気持ちの和むものではないでしょうか。
首都圏にいると忘れがちだけど、なんだか「休日の過ごし方の本来有るべき姿」を
見たような気分です。
結局、観光はしなかったし、街をブラブラしただけ。
でも、有意義な休日を過ごした、そんな気分になりました。
ここを見ている首都圏のみなさんも、休日に都心で猟盤するのも結構だけど(笑)、
たまには普段乗ってる電車の終点まで行ってみるとか、逆の電車に乗ってみるとかして、
知らない街で気持ちをリフレッシュさせてみるのもいいんじゃないでしょうか。
■2001/06/05 (火) 4人掛け座席の電車を見直そう ちょっと日曜の話に関連して。小田原まで来てしまった私は、
帰りはJRの東海道線で東京へと向かいました。東海道線の電車は、
首都圏ではめったに見かけなくなった4人掛け座席の車両。2人ずつ向かい合わせの、
膝がぶつかるような、例の懐かしいタイプです。首都圏にはほとんど走ってないし、
それ以外の地方でも減少傾向。久しぶりに乗ったので、なんとなく新鮮でした。
小田原から4人掛けの席を占領していた私、しばらく行くと次第に込んできて。
乗ってきたのは小学校3,4年の女の子7,8人と男の先生の団体。
私の座っていたところに、先生と生徒2人が座りました。
やはり賑やかなこと。普段の私だったら「うるさいなあ」と思ってたでしょうけど、
気持ちが軽やかになっていたおかげか腹も立たず、微笑ましく映りました。
その時、前に座っていた子が私の膝を誤って蹴ってしまいました。
「すみません」。私も少しもムッとせずに笑ってこれに応えました。普段の私なら
ムッとしていたことは間違いないでしょう。
そこで気がついたんです。この4人掛けの車両は、4人で同じスペースを
共有している。それゆえに、お互いに譲り合って、許し合う気持ちが
自然に芽生えるものなんだなと。私自身この女の子2人と先生と「同じ空間にいる」ことを意識していました。
それに対し、首都圏で走っている電車はどうでしょう。横向きの長い座席、
あのタイプに乗っている時、横の人、前の人と「同じスペースを共有している」という意識は
全く持てません。自分のいる場所だけが自分の「陣地」。だから、その「陣地」が侵されると
異様に腹が立つ。今話題の「車内トラブル」の原因は、実はこんなところにあるのではないでしょうか。
「迷惑をかける」側だけじゃなく、「かけられる」側も周りに対して攻撃的になってて、
些細なことでも「許してあげる」ことができなくなってる。
私自身も乗ってる時は、いつも気持ちがギスギスしていることに気がつくこともよくあります。
あの「横長の座席」は「人間を埋め込んで運搬している」ようなもの。
あれではみんな気持ちがギスギスして当たり前ではないでしょうか。
今必要なのは、あの「4人掛け車両」の見直しなんじゃないか、そんなことを思ってしまいました。
とはいえ、あれって多くの人が乗れないから、首都圏に走らせるのは難しいでしょうけど。
■2003/10/19 雲隠れ さて、14日以降ネット上に顔を出さなかった私ですが、実は「大型連休」を利用して、関東の方を「放浪」していました。「ネット休止宣言」した5月以降、「プライベートな生活」に全精力を傾け、なりふり構わず突っ走ってきたんですが、結局その私の頑張りも報われることはなかった。10月以降、「ネット本格復帰」を宣言して、ここにもしょっちゅう顔を出すようになったわけだけど、そんなわけで実は気分はとってもブルーで、沈み込んだ毎日だったというのが正直なところ。「これじゃあ、精神衛生上よくない」と思ったので、自発的に「大型連休」をとり、1人っきりになって、頭を冷やしたいと思い立ったというわけ。で、普通の人なら、「気分転換のため、放浪の旅に出る」といえば、ひなびた温泉とか、景色の奇麗な観光地とか、そういう静かな所に行くんだろうけど、何しろ「都会大好き、田舎は嫌い」で、「いつかは関東に戻りたい」思いを抱えたままこの2年間、生きて来た私だから、当然行き先は関東しか思い当たらず。そういうわけで、15日に出発、さっき帰って来たというわけです。そういえば、ネット上の知り合いで最近、同じような理由で、やっぱり自分の好きな場所を放浪して来たって日記に書いてる人もいたなあ、何たる偶然!
で、東京都内をあちこち歩き回って来たわけですが、感想。「全然久しぶりに来たって感じがしないぞ」。そう、本当に2年ぶり、しかも、あれだけ、戻りたくって仕方なかった場所。なのに、全然「久しぶりに来た=懐かしい」という感慨が湧かないのである。なぜだろう? きっと、理由は、2年経ったにもかかわらず、「何も変わらない」からではないだろうか。「何も変わらない」のは、単に「街の様子が」ってだけじゃない。私自身も、である。例えば、この2年間で、私を取り巻く環境や、私の精神状態が大きく変わり、しかも、「思い出せないほどいろんな体験をした」とすれば、この2年間は、「もの凄く長い年月」に感じられるはずだ。ジョージ・ハリスンがこんなことをコメントしていた。「ビートルズ時代は、1年の間にあまりにも大きな変化が起こったり、身の回りの環境も激変していたので、1年が10年にも、20年にも感じられた」、確かこんなニュアンスの言葉。そう、例え年月が短くても、その年月が「凝縮された、内容の濃い」年月だったとすれば、その年月は「もの凄く長い」と感じられるはず。だけど、同じ年月でも、「ほとんど何も起こらなかった」とすれば、逆に、もの凄く短く感じられるはずだ。そう、私のこの2年間は、その程度の2年間に過ぎなかったのである。だから、2年も来れなかった、本来なら懐かしくてしょうがないはずの場所、新宿、池袋、有楽町、御茶ノ水といった、私にとって思い入れの強い街ばかり徘徊してきたにもかかわらず、どこへ行っても、全然「久しぶりに来たぞ」という感慨は起こらなかった。あんなに「もう一度行きたい」と思い続けた場所なのに・・・。そのことはどうしようもなく寂しく感じられた。
とはいえ、今回久々にこれらの場所を徘徊して感じたこと。やはり私には、こういう場所で生きる方が性に合っている、ということ。「久々に人ごみ、都会に出て、圧倒されるんじゃないか?」という危惧があったんだけど、そんなことは全くなかった。必ず戻る、戻りたい。その気持ちを強くしたのは収穫なんだろうか・・・。
そう、それから、関東在住のネット上の知り合いのみなさんのうち、「関東に寄る機会があったら連絡下さい、会いましょう」って、常日頃から言ってくれてた人も何人かいたんだけど、今回は極秘のうちに行動したので、一切連絡しませんでした。いえ、今回の「放浪」の目的は、最初に書いた通り、「1人になりたい」からってのもあったもので。まあ、そういうわけですので、ご了承下さい。なお、当分このネタが続きます。
■2003/10/21 放浪先での音楽以外のネタ というわけで、この話題は今日で最後にするつもり
■ 新幹線事情も変化 低予算のため、行きは新幹線、帰りは深夜高速バスを利用して移動したわけですが、2年も乗らないうちに、新幹線にいくつか変化が。まず、「のぞみ」といえば以前は全車指定席だったはずですが、何時の間にか自由席が導入されている上、随分と安くなってる。反面、停車駅が増えている。ということは、「のぞみ」と「ひかり」の差はほとんどなくなっているわけで。いずれ「ひかり」はなくなる運命なんだなと予想され、だとすると寂しいかな。また、新幹線・品川駅が開業。ということで、今回は品川で下車したわけですが、いや、渋谷、新宿、池袋方面に行くには、東京で下車するよりも便利だから、品川駅に停車してくれるようになったのは、大変あり難いことだと思う。
■ 東京はマナー・アップ? 以前と比べると「電車の中での大声の携帯」とか、「ゴミ、特にタバコのぽい捨て」とか、「人ごみの中での歩きタバコ」とか、常識はずれなほどマナーの悪い人が随分減っている、という印象を受けた。私は何度もここで、その辺のマナーに関しては、「関東は無法地帯」と称してきたわけだけど、あの頃と比べると信じられない程よくなってる。と思ってよく見ると、道端のあちこちに「マナーから規則へ」といったような文句(うろ覚え)が書かれた看板が立っている。そうか「ポイ捨て、歩きタバコの禁止」は千代田区では条令化されたんだっけ。うーん、そういう「権力」「制限」「強制力」があってはじめて、改善されたということなのか。それって複雑な気分。正直、寂しいことだと思った。
■ 雨? 到着した初日の15日、テレビの天気予報がこんな事を言っていた。「明日の関東地方は、10月に入ってはじめて、1日中傘のいらない天気になりそうです」。えっ? いや、北九州じゃあ、10月に入ってほとんど雨なんて降ってないんだけど。通常天気ってのは、「西から東に向かって変わっていく」ものなんですよね。例えば今、九州に雨が降っているとしたら、それからしばらくして関西で降り出す。関西で降り出してしばらくしたら、名古屋で降り出す。また更にしばらくすると、関東で降り出す、といった具合に、どんどん西から東に移っていくもののはず。それなのに、なぜ九州ではこの数週間、全く雨なんて降ってないのに、関東ではほぼ毎日、「傘が必要な日」が続いていたんだろう? ちょっと不思議な気がした。実際、最終日の18日の土曜は、関東では雨だったんだけど、その前の数日のうちに、西日本で雨が降った形跡はなかったらしい。
■ 日本シリーズ やはり「西日本シリーズ」だからだろうか、関東では全く盛り上がってなかった。たまに出てくる話は、ほとんど阪神の話ばかり。おそらく、関東の人にとってダイエーなんて、「阪神の対戦相手」、それ以上でも、以下でもない、その程度の存在なんだろう。ところが、高速バスを降りて、ひとたび福岡県内に足を踏み入れれば、もう「ホークス、ホークス」と大騒ぎ。阪神の「は」の字も出てこない。うーん、これって本当に同じ国なのか? ってほど違う。とはいえ、私は別にどうでもいい、というか、今年のシリーズにはほとんど興味がないので、別にどうでもいいんだけど。とにかく、早く終わってくれないと、うるさくって落ち着かない。
■ 低予算につき、食費は節約 というわけで、今回の放浪中の食事は、コンビニのパン、または松屋などの安い店のみで済ませた。といっても、松屋はこっちにはほとんどないし、以前は贔屓にしてたカレー屋C&Cも当然こっちにはないから、こういう「懐かしい店」で食事をすることは、私にとっては久々に味わえる楽しみだったというわけ。ついでに、宿泊先の近所のコンビニ、「サンクス」も、実はこっちにはないから、「久々に利用した」ということになる。
■ ジジイにはなりたくない 地元では、私のファッション・センスは「年のわりに派手すぎる」とよく言われる。だけど、関東にいけば、とりたてて騒ぐほど「年のわりに派手」ということもない。実際、今回久々に関東に行ってみて気がついたことなんだけど、30代、40代の人のファッションや感覚が、地元の人と比較すると格段に若い。そう、こっちの30代、40代って、ファッションも感覚も、もろ「オヤジ、オバン」な人が多く、それが当たり前。だけど、関東の人は、とにかく年齢の割に若々しい。20代の若い人たちのファッションや感覚は、関東もこっちも大差ないんだけど、30代、40代を比較すると、決定的に違う。こっちなんて、無精ヒゲに寝癖頭、サンダル、ジャージなんて格好で平気で歩いてる同世代の人、いっぱいいるもんな。そんな人にお目にかかる機会は、関東ではまずない。というか、俺はそんな奴にはなりたくないし、それが当たり前な「地元の色」になんて、絶対に染まりたくないと思う。やはり私は、ここを出るべきなんじゃないか、そんな気持ちがまた強くなった。
■ 新幹線スピード・アップ
■2004/3/14 大阪での音楽以外のネタ(デヴィッド・ボウイ大阪公演のために大阪へ)
新幹線で地元から大阪まで移動したわけですが、なんと、小倉←→新大阪間は、「のぞみ」で2時間20分ほど。いやー、何時の間にやら速くなったもんだ。山陽新幹線開通時(昭和50年、1975年)にも実は新幹線で大阪まで行きましたけど、その時は4時間近くかかったはずだし、約10年前でも3時間近くかかってたはず。速くなって便利にはなった反面、「長旅したっていう実感が湧かない」ことに一抹の寂しさを感じた。本当に居眠りしてる間についてたって感じだもんなぁ。■ 今回は道に迷わず
ジョージのライブ・レビューなどに書いてる通り、私は大阪に行くとなぜかいつも道に迷う。梅田は複雑に入り組んだ地下街で方向感覚を失う、心斎橋→難波では、複雑に入り組んだ裏道やアーケードで方向感覚を失う。いや、それは俺が「田舎者だから」でも、「方向音痴だから」でもないんだよ。東京ではほとんど迷わないし。大阪って、地名を示す案内板や、街角に立ってる地図、案内図の数が圧倒的に少ない。東京、名古屋、横浜、札幌、福岡、これらの街で私が迷わないのは、そうしたものがいっぱいあるから。梅田はいくらか改善されてはいたけど、相変わらず分かり辛かったのは事実。だから迂闊にフラフラ歩けない。今回迷わなかったのも偶然でしかないし。■ 寝て起きただけ
私はライブに限らず、遠出して宿泊施設に泊まると、結構ゆったりくつろぐ方。「単に寝るだけ」って人が多いと思うけど、夜中までテレビを見てたりとかして過ごす。だけど、今回は朝まで働いて、ほとんど寝ずに出かけるという強行スケジュールだったので、ライブが終わってホテルに着いた途端に落ち、翌日も目が覚めたらすぐに支度をしてチェック・アウトした。とはいえ、今回泊まったところは、立地もよく、駅から近く、しかも一度も迷わずにつけるほど分かりやすかった。今後も同じとこを利用しようとは思うんだけど、次回、私が大阪に行くのは、果たしていつのことやら。■ 鳥谷?
大阪のスポーツ誌の一面は、すべて「鳥谷」でビックリ。おいおい、こっちでは鳥谷なんて全然話題になってないぞ。支度しながらつけていた、地元ローカル局制作のワイドショーでも終始、「鳥谷、鳥谷」って連呼してた。松井秀樹でも、松井稼頭夫でもなく、「鳥谷」なんだよね。ちょっとビックリ。福岡も毎日一面はホークスってのは珍しくないけど、「全紙揃って」って機会は、優勝したとか、そういう特別な時以外はない。大阪にタイガース、福岡にホークス、どちらも熱狂的で地元に根付いてるっていうイメージなのかもしれないけど、根付き方にはまだまだ格差があるんだなと思った。まあ、歴史が違うよな。■ 大阪ならではの光景
梅田のビル街を歩いていた時に見た光景。交差点で信号を待っていると、某運送会社(以下、A社とする)のセールス・ドライバーが、荷物を台車に載せて慌ただしく積み下ろし作業中。その前で私の他、数名のOLのお姉ちゃん、サラリーマン風のオッチャン、そして某運送業者(Aとは違う会社、以下、B社とする)のドライバーなどが信号待ちをしていた。その時、突風が吹いた。よく見ると作業をしていたA社のドライバーの持っていた荷物の間から伝票が飛んでいくのが見えた。真っ先に反応したのは、商売敵のはずのB社のドライバー。「おい、伝票飛んどるでー」。で、こう突っ込まれたA社のドライバーの反応はといえば・・・。一瞬、「ん?」と言ってB社のドライバーを睨んだんだけど、すぐに事の重大さに気がつき、「あっ、ホンマやー! こら、待てー!」と大声を上げて伝票を追いかけていった。それを見たOLのお姉ちゃんたちは大爆笑。しかも「なんや、あれ」と指を差して。・・・。
これって、絶対によその地方ではお目にかかれない光景だよな。関西以外の地方の人だったら、伝票が飛んでるのを見つけても、みんな見て見ぬふり。まして商売敵の会社のドライバーが教えるなんてことはないだろう。しかも、こんな恥ずかしい突っ込みを商売敵に受けたB社のドライバーも、こんな乗りのよい反応はしないはず。恥ずかしそうに無言で伝票を追いかける。しかも、周りに見つからないように、なるべく派手なリアクションは取らないはず、まして大声なんて上げないはず。更に言えば、その光景を見て、第三者のOLのお姉ちゃんたちが「指を差して笑う」なんてことは絶対にない。見て見ぬふりをして、心の中で笑う。それが当然のリアクションのはず。にもかかわらず、この乗りのよさ。ある意味「自分の感情に正直」な反応と言えるかもしれないけど、私には真似できない感覚でもある。この土地の特異な土地柄を強く感じる出来事だった。とはいえ、こんなにも本能に忠実に感情を表わせることは羨ましいことだと思った。思わず私も本能に任せて笑っていた。とはいえ、「周りの目が気になる」「他人には放っておいて欲しい」質の私なので、あんまりこういう環境で生活したいとは思わない。つまり住みたい場所ではないのは確かだ。愛すべき土地柄だとは思うけど。
■ 大阪も東京化?
一方で、今回は梅田と大阪城ホール以外、一切寄ってないんだけど、大阪も「東京化」しつつあるのかな、という感じがした。コテコテ感の強い関西弁はあまり若い人は使わないし、街並みも「大阪ならでは」な雰囲気が消えつつあるし、ヨドバシカメラ、松屋、吉野屋も本格進出していた。以前、「北九州も東京資本が」みたいなことを書いたけど、近年はその東京とは全く対極にあるはずの大阪にさえ、そうした波が押し寄せているのかな?ということを強く感じた。俺が学生の頃は、東京と大阪では、街並みも、空気感も、全く異なる、本当に異質な街だったはずなんだけど・・・。とはいえ、今回は梅田以上に「コテコテ感」の強い難波の方には行かなかったし、もともとオフィスが多くて「よそ者だらけ」な印象の強い梅田だけしか行かなかったから、そう感じただけかもしれないけど。■ 大阪の中古屋事情
翌日(12日)は宿泊していた梅田(大阪駅)近辺の中古屋をフラフラ。今回は道に迷いませんでした(笑)。事前に旭屋書店で「レコード・マップ」を立ち読みしたのがよかった。梅田には「梅田第1〜第4ビル」って、オフィスや店が大量に入った古いビルがあるんだけど、そのビルの地下にたくさん中古CD店があったので、それらを周っていた。いや、どこの店も規模的にも大き目だし、在庫も充実してるし、値段も手頃だしで、さすがに地元よりは数段よかった。ただ、全体にアメリカン・ルーツやブルース、さらにはジャズの強い店が多いのかな、という気がした。この辺は大阪の土地柄なんだろう、福岡も「ルーツ系が強い」というイメージはあるだろうけど、どちらかというとブリティッシュ・ビート、ブリティッシュ・ブルース経由だから、そんなに土着的で泥臭いものよりも、スタイリッシュなヤツの方が受けるんだけど、大阪の方はもっと土着的な感じ。もちろん、そういう音も嫌いじゃないけど、今現在の俺が、そういう音が「気分」じゃないこと、それと「今回は散財しない」という固い決心もあったので何も買わなかったけど。しかし俺が入店した瞬間、ラズベリーズのベストをかけた某店には一番親しみを感じた。この店は次回もまた、必ず寄りたいと思った。
■2004/7/29 ロック・オデッセイのための大阪行き というわけで、ライブの話はいずれアップするライブ・レポで。以下はそれ以外の大阪での話。
■ やはり暑かった
出発前に書いた通り、大阪の暑さって、地元の暑さとも、関東の暑さともまた異質の、「いやらしい暑さ」が特徴で、昔、真夏に大阪に行った時、気分が悪くなってしまったほどなので、そのことを思うと気分は鬱気味だったんですが。まあ、相変わらずの「いやらしい暑さ」で、本当に不快でした。イメージでは「九州の方が暑い」感じもするでしょうけど、体に感じる異様な「不快さ」を伴った暑さなんですよ、大阪の暑さって。この暑さは何度体験しても、やはり苦手でした。しかも終始どんより曇っていて、「今にも夕立がきそう」な天気(郊外では雷雨になったらしい)だったので、余計に蒸し暑くって不快で。
■ 今回は一度も道に迷わず
1991年のジョージの来日公演のレポにも、今年3月のデヴィッド・ボウイのレポにも書いたけど、私ってなぜか大阪に行くと、いつも道に迷うんです。決して「田舎者だから」ってわけでもないでしょう、東京ではほとんど迷ってないんだから。ところが、今回は一度も迷わず。というか、大阪って、4,5年に一度しか行かないのが普通なんだけど、今回は3月のデヴィッド・ボウイに続いての大阪ということで、「ついこの前来た」ってレベルだったので、記憶に新しかったってのもある。宿泊も同じホテルにしたし。次回行く時もきっと迷わない、とは思うんだけど。
■ 大阪ドーム
当然、大阪ドームに行ったのははじめて。しかし大阪ドームって、ごく普通の住宅だの学校だのある、本当に普通の、庶民的な街にあるのでビックリ。いや、もっと賑わってる街とか、「新都心」みたいな、お台場のような新たに作られた近代的な街とかにあるのかと思ってたから。しかも異様に大きくって、「大きすぎる」ことで有名な福岡ドームよりは小さいものの、東京ドームよりは明らかにデカい。正直、あの「売られていくチーム」に、この箱はデカすぎる、贅沢すぎると思ってしまった。ここが阪神の本拠地とかなら、「相応の大きさ」と思えるんだけど。しかし球場までの道端のあちこちに「合併反対」の横断幕があったのも印象に残った。
■ CD屋には寄らず
まあ、「これ以上の出費は避けたい」と思ったのが最大の理由だけど。だけど梅田と心斎橋のタワーには寄る(って、一応寄ってるんじゃないか)。といっても、頭っから「何も買わない」と決めて。私の目的はようやく発売になったTHE KIDS ARE ALRIGHTのDVDを見ること。ちゃんと目立つところに陳列され、しかもサンプルがオン・エアー中。いや、想像以上に音も絵もキレイになっていてビックリ。といってもプレイヤーを持ってないから、買っても仕方ないんだけど。でも、嬉しかったのは、梅田店に入った瞬間、BGMがザ・フーの5:15に変わったこと。店内モニターにはTHEN AND NOWのジャケットと、「家でもロック・オデッセイ」の文字が。いきなり前日の同曲の演奏を思い出して、店内でいきなり涙が出そうになった。しかし私が入って来てすぐにかかるとは、凄いタイミング。
■ 異様な人出
なんか、ロック・オデッセイの日って、ちょうど大阪市内の、どこぞの夏祭の日でもあったらしく、街は浴衣のお姉ちゃんで溢れていた。そういえばロック・オデッセイにも浴衣で来てる人は多かったし。というわけで、祭りと重なってしまった関係上か、異様に人が多かった。もちろん夏休み、しかも25日は日曜日ってのもあるだろうけど、それを考慮しても、やはり「多すぎる」ほどに多かった。関東の人の多さに慣れてる私から見てもそう感じるくらいだから、本当に「多かった」んだとは思う。実際、地元のビジネスマンの人が、「何でこんなに人、多いん」ってボヤいてたし。
■ 「ミナミ」方面にも行く
3月のボウイの時は、宿泊していた梅田近辺、つまり通称「キタ」だけで過ごしたわけだけど、今回はオデッセイ翌日の26日の昼間、難波方面、つまり「ミナミ」の方へも行ってみた。この辺は昔から何度も訪れているんだけど、異様に長く、しかも複雑に入り組んだアーケード街がメインのためか、いつ行っても道に迷うし、どこがどこだか分からずに、特にどこにも寄らず、楽しめないってのがいつものパターン。でも、今回は迷うことなく、普通に歩くことができた。いえ、この地区って確かに道が入り組んでて複雑で、分かりにくい街ではあるんだけど、基本的にはビジネスの街であって、「よそ者」が多いせいか、イメージ的には東京の都心に似た空気を持っている「キタ」と違って、活気があって、コテコテな空気がそこら中に溢れていて、庶民的でと、「大阪らしさ」の象徴のようなこの「ミナミ」に行ってこそ、はじめて「ああ、俺は大阪に来てるんだ」って気分になるから、基本的に好きなんです。実際、今回は26日の昼12時頃から17時頃までという長時間を、この付近をふらふら歩きまわって潰した。とはいっても、この日もとても平日の昼間とは思えない異様な人出、そしてもの凄く不快な暑さを伴ってて、決して「快適」ではなかったけど、でもそんな雰囲気もひっくるめて、この地区の魅力なのかなと思ったりして。日本中どこへ行っても不況とかで、「街に元気がない」のが常だけど、ここだけは何ともいえないパワーがみなぎっていて、「さすが大阪だな」と。
■ 頭を過ぎったこと
実は相互リンク先の管理人の方で、「生まれも育ちも関東だったけど、この4月に大阪に引っ越して、しかも完全に大阪に染まり、満喫している」という人がいる。その人の「隠し日記」の中で、よく大阪の街が語られている。当然、地元在住の人は「キタ」よりも「ミナミ」に遊びに行く機会は多いわけで、この地区の話はよく登場している。「心斎橋のタワーに行く」とか、「どこそこのスターバックスでくつろぐ」とかって感じで。で、実際にそうした場所にも今回、当然のように足を運んだ(別にスターバックスには入らないけど、前は普通に通るわけで)わけだけど、そんな時「ああ、ここがあの人がくつろいでる場所ね」などと考えたりもしていた。そんなことを思っていると、その人の日記も決して「ネット上の単なるテキスト」を超えて、生活感のあるリアルなものに映るわけで。
■ こんなところにも東京資本
以前、ここで「地元・北九州にも吉野屋だの、マツキヨだのができたし、福岡市にはヨドバシカメラやビックカメラまでもできたしで、東京資本がやたら流れ込んで来た。便利になるのは嬉しい反面、『地元らしさ』みたいなものがどんどん薄れていく」なんて書いたことがある。3月に大阪に行った時にも「梅田にすらヨドバシカメラがあり、吉野屋や松屋もできていてビックリ。大阪って、最も東京資本から縁遠い街だと思ってたのに」とも書いた。でも梅田=「キタ」の場合はもともと、「東京っぽい」地区だから、「まあ、そんなものか」とは思ったんだけど、なんと、今回、「ミナミ」に行ってビックリ。この最も「大阪らしい地区」にすら、ビックカメラがあり、しかも道頓堀川沿いという、その中でも特に「大阪を象徴する場所」ともいえそうなところに、よりによって松屋と吉野屋の看板が。この辺には少し興ざめ。別に大阪に進出するのは結構だし、地元の人にとっては「便利でよい」んだろうけど、正直、この風景の中にはそぐわない。いわば天橋立などの、景観が売りの観光地の中に、いきなり高層マンションを建ててしまうのと同じくらいの違和感がある。この辺には一抹の寂しさを感じた。
■ 懐かしく、切ない戎橋
前回大阪に行ったのは、今までも書いて来た通り、今年の3月のデヴィッド・ボウイのライブの時。じゃあ、その前は何時かというと、1998年8月の初頭。目的はオフ会。私がネットをはじめたのは1997年の暮れなので、事実上の私にとっての「ネット元年」ということになる。既にこのサイトはオープンしていたけど、まだ音楽ネタじゃない、ノンジャンルのボードの知り合いの方が圧倒的に多かった時代。そのオフ会も音楽ネタではないボードのオフ会。当時は関東在住、しかも最も貧困に喘いでいた時代、それでも「どうしてもみんなに会いたい」一心で大阪にまで行った。そのオフ会の待ち合わせ場所が、道頓堀川にかかる、あのお馴染みのグリコのマークの見える橋、戎橋の上だったんです。今回、6年ぶりに訪れた戎橋、みんなネット上から消えてしまって交流のある人は誰もいなくなってしまった今、ここに立つと、何ともいえない切ない気分になった・・・。あんなに賑やかだったのに、今は一人・・・。この話はいずれ、機会があればもっと踏み込んで。
![]() トップ・ページに戻る |
![]() 前のページに戻る |