(1)特定の歌手、アーティストのファンだったことはほとんどなく(その場合は言及します)、あくまでも「曲が好きかどうか」でその曲の「好き、嫌い」を判断することが多かった
(2)なので「曲が好き=その曲を歌っている歌手が好き」とは必ずしも言い切れません
(3)レコードを買ったことはほとんどなく(特筆したもの以外は買ってない)、ほとんどがエアチェックで聴いていた
(4)今現在は手元に音源がある曲はほとんどない、「今聴いた印象」ってのは、ラジオなどで聴いた印象
(5)あくまでも「リアル・タイムで好きだった曲」のみ。後年になって聴き直して再評価した曲、後年になって出会って好きになった曲(例:ルースターズ)は一切含まれません。
(6)逆に「当時は好きだったけど今はそうでもない」ものも含まれています
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■2006/05/04 7:1982年編 昭和57年、中2。「黄金世代」と呼ばれる新人アイドル(シブがき隊、中森明菜、小泉今日子他)大量デビューの年。一気にチャートはアイドル一色になって、その分「流行りの邦楽が好き=ミーハー」とみなされることが多くなり、個人的にも、この辺の歌を聴くこと自体が気恥ずかしく思えはじめました。ということで、「ベストテン」も見てはいたし、エアチェックもしてたけど、以前と比べると「惰性」でやってたような感じに。なにより「アイドルの歌」ってもの自体に、なんとなく嫌悪感も感じはじめて。もちろん、多感な年頃の男子だったから(笑)、「この娘がカワイイ」みたいな感じで、アイドルに接する機会はあったけど、「好きなアイドル=歌も好き」とは言い切れなくなった。事実、いちばん好きな「82年組」は実は石川秀美だったけど、彼女の曲で好きな曲って実はない。つまり「好きな歌」と「好きなアイドル」の間に大きなギャップが生じたということ。なのでこれ以降、「好きな歌」として挙げているアイドル系の歌であっても、「歌ってる人も好き」ではないケースが大半になります。その辺はあらかじめご了承ください。では最初に、ベスト3。
完全無欠のロックンローラー(アラジン)
なんとこれ、「ポプコン」の優勝曲。「ポプコンも権威が薄れたなあ」と思ったもの。ロックン・ローラーの生態を、面白おかしく茶化したようなコミック・ソング。曲もロックン・ロールというよりは、民謡=秋田音頭の変奏曲。リーダーの高原は別にロックン・ローラーでも、ミュージシャンでもなく、単純に「芸能界でデビューしたかった」だけ、そのための手段として、この曲を作ったというんだから「なるほど」ってとこ。当時は横浜銀蝿が人気があって、周囲の連中はみんな「カッコイイ」って言ってたんだけど、個人的にはむしろ彼らはコミカルな存在に映っていた。なので、そうしたものを茶化した彼らの姿勢は、逆に納得できたものでした。ちなみにリーダーの高原は、今は関西や名古屋でローカル・タレントをやってるらしく、そういう点では彼の最初の目的は達成できたのかも。
すみれSepember Love(一風堂)
カネボウの秋のCMキャンペーン・ソング。当時はシンセや打ち込みなどのテクノロジーが導入されているというだけで「テクノ」扱いされてた時代。どうしてもそういう音に馴染めず、シンセの音がするだけで耳をふさいできた私だったんだけど、この曲が「はじめて好きになったテクノ」になった。実はシンセの音がするだけで、全然テクノじゃないんだけど(笑)。ただ、最初に偏見がなくなった曲という点で結構重要。ちょっと怪しいムードだけど、曲自体はポップで、秋らしい物悲しさもあって悪くない。それと同時に、メンバーがイギリスで活動、しかもジャパンのメンバーと一緒に・・・、なんてエピソードからして新しい存在に映ったし、しかもリーダーの土屋昌巳は当時としては珍しかった化粧をしてるし、かなり謎めいた人たちに見えたもの。そういう点では「元祖ヴィジュアル系」か? 後にシャズナがカバーしてたけど、この曲の妖しいムードのみを必要以上に誇張したカバーで全く感心できなかった。やっぱりオリジナルの方がいい。
バカンスはいつも雨(杉真理)
「雨」は「レイン」と読む。1982年組新人アイドル堀ちえみ出演のグリコ・チョコレート「セシル」のCMソング。彼女は「全然カワいくない」と思ってたから(笑)、特に思い入れはなかったけど「赤い傘をさしてセーラー服姿で駅前にたたずむ」映像とこの曲の歌詞がこれ以上ないほどあっていて、むしろバックに流れてたこの曲の方に強くひかれたというわけ。軽快なリズム、哀愁漂うメロディ、曲をリードする物悲しいハーモニカの旋律、12弦ギターによる歌うようなギター・ソロ・・・。今思えば思いっきりビートルズ風、もっと具体的に言えばI Should Have Known Betterソックリ。当時は純粋に「いい曲」と思ったけど、今思えば「ビートリーな音」との出会いだったのかもしれません。ちなみに杉真理という人は、大瀧詠一の「ナイアガラ」などにも関わった、「ポップ職人」気質のシンガー・ソングライター。悪かろうはずもないわけで・・・。
では、残る17曲。
君は天然色(大瀧詠一)
いうまでもない、大瀧詠一一世一代の名盤LONG VACATIONからのシングル・カット。チャートでは20位前後までしか上がってないけど、目薬「Vロート」のCMソングだったので馴染み深かった。「なんだ、このきらびやかなサウンドは!」とビックリしたもの。今聴いても全然色褪せてない。実際、最近でもお茶のCMに使われたほどのスタンダードに。
Someday(佐野元春)
大瀧詠一の「ナイアガラ」にも携わり、当時は「新時代のヒーロー」として注目された人。この曲はラジオで聴いたけど、はじめて聴いた時は沢田研二が歌ってると勘違いした。これも当時は中ヒットだけど、今やスタンダード化。余談だけど、ブルース・スプリングスティーンのHungry Heart似。
浮気なパレットキャット(ハウンドドッグ)
資生堂の春のキャンペーンCMソング。当時は元ツイストのベーシスト、鮫島秀樹がメンバーということが取り沙汰されていたはず。後の彼らの作風と比較すると軽いタッチのR&R、大友康平のボーカルも軽い。というか、ストレイ・キャッツのRock This Townソックリ(笑)。どうも「やらされた曲」らしいけど、逆に春らしくて、好感度は高かった。
センチメンタル・ジャーニー(松本伊代)
デビューが前年末ギリギリだったせいで「1982年組」に入れられた人のデビュー曲。当時のアイドルとしては「痩せ過ぎ」だったから好みじゃなかったけど、アメリカン・ガール・ポップのようなメロディと弾むようなリズムが心地よくって、曲自体は好きだった。筒美京平作品だから当然か。鼻声のボーカルは馴染めなかったけど。自己紹介のような歌詞だけど、NHKでは「私まだ」と歌わされていた。「伊代」は商品じゃないけど、「宣伝文句」とみなされたようで・・・意味不明(笑)。
素敵なラブリーボーイ(小泉今日子)
この人も1982年組。デビュー当初はまだキャラを確立できておらず「ブリブリ」だったし、作り笑顔が不自然な奴だなあ、という印象だった。この曲は当時ですら「ちょっと懐かしい感じだなあ」と思ったら、70年代末に林寛子が歌った曲のカバーだったとか。納得。
けんかをやめて(河合奈保子)
松田聖子や田原俊彦と同期の80年組だけど、どことなく「決定力不足」だった人。「西城秀樹妹コンクール」優勝者だったらしい。竹内まりや作ということで、文句なくメロディはいいんだけど、歌詞は「二股女のワガママ」(笑)。まじめそうなこの人のキャラとはちょっと違ってたけど、本人出演の日立の電子レンジのCMソングということで、あちこちでよくかかってた。
野バラのエチュード
赤いスイートピー(松田聖子)
この年「82年組」のデビューと、本人のイメージ・チェンジもあって、気持ちは冷めてしまった。でもこの2曲は好感度が高かった。ともに松本隆作詞だから、例によって「可愛らしい女性」が登場する。特に後者は彼がこの人に提供した歌詞としては最高傑作。この頃の松本隆は最高に冴え渡ってた。前者は本人出演のポッキーのCMソングで財津和夫作曲、後者は松任谷由実作曲。声がちょっとハスキーに変化。シンガーとしての実力もアップ、作品のクオリティも上がって「別格」的な立ち位置を確立した。
哀愁のカサブランカ(郷ひろみ)
幼稚園児の頃から声が苦手なのと、初期の「歌が下手」というイメージが邪魔して、どうしても好きになれなかった人。でもこの頃から急激に歌が上手くなって、キャラクターも大人っぽくなり、好感度は若干上がった。この曲はサントリーのワインのCMソングで、バーティ・ヒギンスのナンバーの日本語カバー。CMを見た時から一発で気に入った。
聖少女(西城秀樹)
彼は「たのきん人気」に押されはじめた1980年以降、バックにバンドを従えて自称「ポップン・ロール」なる路線に方向転換したけど、その完成形ともいえるのがこの曲。昔の湘南サウンドを思わせる夏っぽい爽やかなサウンドが心地よくって、久々にヒットを記録した。
約束(渡辺徹)
「太陽にほえろ」のラガー刑事役で、アイドル的な人気を獲得した俳優の歌手デビュー曲。小泉今日子と共演したグリコのアーモンド・チョコレートCMソング。純粋に好きなドラマの出演者が歌ってるってだけで、当時は支持してたもの。まさかその数年後、この人があんなことになろうとは・・・(笑)
男の勲章(嶋大輔)
いわゆる「銀蝿一家」のひとり。横浜銀蝿はコミカルに思えて馴染めなかったけど、当時10代だったこともあって、この人の場合はなんとなく身近に思えた。なぜか「天まであがれ」という、石立鉄男主演のドラマのテーマ曲だった。
ジェームス・ディーンのように(Johnny)
横浜銀蝿のリード・ギタリストのソロ曲で、これは八千草薫主演のホームドラマの主題歌。銀蝿本体よりもずっとポップなR&R、キャラもクールで無口で、カッコよく映った。ということもあってか、実は銀蝿本体の曲よりもずっと売れた。
涙をふいて(三好鉄生)
「グロンサン」のCMで汗臭い、泥臭い雰囲気をプンプン漂わせてこの曲を熱唱していて注目された人。「がんばりますっ」ってキメ台詞も流行ったもの。今の耳で聴くとちょっと演歌風の歌謡曲か。当時はニューミュージックの人だと思ったけど。
おまえにチェックイン(沢田研二)
この前の年あたりから、売り出し中のアーティストに曲を提供してもらったり、流行りの音をとり入れたりと、アーティスト指向に走りはじめた沢田研二。この曲は翌年ブレイクする大沢誉志幸作曲。軽快でポップなナンバーだけど、一時期のようにギラギラしてなくって、楽しそうに歌う姿が印象的だった。イントロの下世話でコミカルなコーラス「チュルルル、チュチュチュチュ、イェー」ってフレーズはよく真似した。
Ya Ya [あの頃を忘れない]
虹色Theナイトクラブ(サザン・オールスターズ)
この年はサザン復活の年。きっかけが桑田と原由子の結婚というんだから、今考えるとちょっと、という気もするけど、純粋に桑田がソングライターとしてステップ・アップしたことも大きいと思う。前者はノスタルジックなバラード、後者はファンク調のアップ・テンポ・ナンバー。どっちも今では彼らの定番曲に。
■2006/04/20 8:1983年編 昭和58年、中3。前年以上にアイドルだらけのチャートへの興味が冷めはじめ、一時的にエアチェックをやめ、それまで親しんできたラジオ番組もほとんど聴かなくなりました。高校受験のために秋頃から「それどころじゃない」状態だったせいもあるけど。そんなこんなで、この年以降は20曲もセレクトするのは到底無理。ここからは15曲です。じゃあベスト3から。
春なのに(柏原芳恵)
松田聖子らと同じ80年組だけど、デビュー時14歳だったこともあって遅咲きで、ブレイクはこの前年。気が強そうであまり好きじゃなかったけど、この曲は今や卒業シーズンの大スタンダード。私にとっても「卒業」と聞いて真っ先に連想する曲。作者は中島みゆき、この人らしい物悲しいメロディと歌詞が印象的だけど、決して「暗い」わけではなく、春らしい淡い音に仕上がっているあたりが効果的。しかしさすが「スタ誕」出身、歌も上手いし、表現力もある。人気低迷後、一時期「セクシー・タレント」みたいな方向に進みかけて挫折、卒業シーズン以外は姿をほとんど見掛けなくなった。むしろずっと歌で勝負した方がよかったんじゃないか。
初恋(村下孝蔵)
70年代末のフォークを思わせるような感傷的なメロディと歌詞を持った繊細なフォーク・ナンバー。シンセの音が支配する曲が主流の時代だけに、当時ですら「時代錯誤だなあ」と思ったもの。だけど当時15歳、片想いの同級生がいたこともあって、歌詞の世界に妙に共感できたし、聴くと切ない気持ちになったもの。しかも当時中学校で実施した「クラス対抗音楽コンクール」で、私のクラスはこの曲を合唱することに。つまり毎日歌ってたわけだけど、歌うたびに切なくなったもの。今でも聴くとその頃のことや、その頃の気持ちを思い出し、思わず感傷的になってしまう。反面、ちょっと気恥ずかしかったりもするけど。ちなみに村下孝蔵は既に故人。亡くなったというニュースを聞いた時、ちょっと寂しくなったことも記憶に新しい。
想い出がいっぱい(H2O)
これも同じ頃にヒットした曲で、あだち充原作の人気アニメ「みゆき」のエンディング・テーマ。そのアニメも好きだったけど、もっと好きだったのがこの曲の方。これまた前の曲同様、時代が後返ったかのような、感傷的なアコースティック・ナンバー。H2Oはチャゲアスを思わせるようなデュオ・グループで、よくテレビ番組絡みの曲を歌ってたけど、ヒットしたのはこれだけだったはず。しかし当時15歳の私、今までは男臭い歌や世界への憧れが強かったはずなのに、なぜかこの年はこんな感傷的で繊細な曲ばかりに心を奪われた。まあ、そんな年頃だったということか・・・(笑)。しかし古いアルバムをめくって、昔を振り返っているかのようなノスタルジックな歌詞(阿木燿子作詞)、当時もそうだったけど、むしろ年をとってしまった今の方が、胸に迫るものがある。あと、前述した「音楽コンクール」で、よそのクラスが歌ってた。
じゃあ、残りの12曲。
恋人も濡れる街角(中村雅俊)
桑田佳祐作。本人主演のドラマの主題歌らしいけど、ドラマは見たことない。曲も歌詞も、そしてなぜかボーカルのスタイルまでが「いかにも桑田だなあ」な仕上がり。
冬のリヴィエラ(森進一)
「演歌かよ」と思うなかれ。松本隆&大瀧詠一の作品だから、例によってのジャパニーズ・ウォール・オブ・サウンドに仕上がってて、本人のボーカル以外、全く演歌色はない、良質なポップ・ソング。本人出演のサントリーのCMソング。
INVITATION(河合奈保子)
前年の「けんかをやめて」に続く竹内まりや作品。これまたメロディのキレイなバラードだけど、こっちの歌詞は「はじめて彼氏の部屋に招き入れられた時のドキドキ感」を歌ったもので、こっちの方がまじめそうな彼女のキャラには合ってる。
夏色のナンシー(早見優)
「82年組」の中でも「ハワイ育ち」という際立った特徴を持ちながら、パッとしなかった人だったわけだけど、ようやくブレイク。本人出演のコカ・コーラのCMソング。この開放的で明るい世界は、まさに南国育ちの彼女ならでは。それまでなぜか哀愁歌謡路線の曲ばかりだったから、やっとキャラに合った楽曲に恵まれたというわけ。筒美京平作品、納得。
Sweet Memories(松田聖子)
この年のこの人は全体に地味な曲が多かったけど、そのパッとしなかったシングルのひとつが「ガラスの林檎」。ところがそのB面曲(後に両A面扱いに)のこれが、サントリー缶ビールのCM(ペンギンのアニメ、ナレーションは所ジョージ)で使用されて評判に。CM自体もこの年の好感度No1CMとなった。そしてこの曲、今や彼女の代表曲になってるんだから分からないもの。英語詞といい、スタンダード・ナンバーのような曲調といい、ちょっとハスキーに変化した声といい、デビュー時を思えば、随分大人っぽくなったんだ。
ボヘミアン(葛城ユキ)
思わず男かと思ってしまうハスキーでエネルギッシュな声を持った女性ロック・シンガーの大ヒット。本当にはじめて聴いた時は男かと思ったくらいカッコよかった。作詞は飛鳥涼。
メリーアン(アルフィー)
デビューから苦節10年、泣かず飛ばずだった人たちの初のベストテン・ヒット。しかし最初に聴いたのはラジオ、ボーカリスト(桜井)の低音の美声に「どんなカッコイイ人が歌ってるんだろう?」と思ってたら、グラサンの変質者みたいなオッサンだったのでビックリした(笑)。私にとっては「歌声とルックスのギャップの大きなアーティスト」の代表格です。
シーズン(甲斐バンド)
後期甲斐バンドの名曲で、サントリーのカクテルのCMソング。初期からは想像できない、リゾートを思わせる洗練されたサウンド。はじめて聴いた時は彼らの曲だとは思いもしなかった。
エスケイプ(稲垣潤一)
セッション・ドラマーからシンガーに転向して成功した人。歌謡曲風の曲も多いけど、基本的にはアメリカン・ポップスやポール・マッカートニーを支持するポップな音楽性の持ち主。この曲は筒美京平作曲、だけど決して歌謡曲っぽくはならず、洒落たポップに仕上がってるあたりは彼自身の資質のおかげか。
僕笑っちゃいます(風見慎吾)
「欽ちゃんの週刊欽曜日」から生まれたアイドルのデビュー曲。実は人気コーナー「欽ちゃんバンド」の中でメンバーがふざけて作った歌詞に、その日、ゲストとして出演していた吉田拓郎が曲をつけるという形で誕生したのは、確か放送で目にした。横で小西博之が歌舞伎風の大袈裟な動きで踊ってたのも印象深い。
きめてやる今夜
晴れのちブルーボーイ(沢田研二)
この年もアーティスティックな活動を続けた沢田研二、前者は本人作詞、作曲は井上大輔、サックス・ソロが印象的なAOR風の曲、後者はBow Wow Wowを思わせるジャングル・ビートが強烈な大沢誉志幸作品で、思いっきりニューウェイヴ。今聴いてもメチャクチャ斬新。
■2006/05/06 9:1984年編 昭和59年、高校進学。日本のヒット・チャートへの興味は前年に薄れたまま。一方で「チャートと無関係にいい曲だけ聴いていこう」という姿勢に変化、「ベストテン」よりも「夜のヒットスタジオ」の方が好きになり、エアチェックも再開。だけど当時は空前のMTVブームで「洋楽しか聴かない」人、しかも「邦楽を馬鹿にする」奴が急増、思わず「洋楽も邦楽も全く興味がない」フリをしてました。「チェッカーズって誰?」とか、とぼけたりして(笑)。ということで、この年も15曲、まずはベスト3。
涙のリクエスト(チェッカーズ)
実は私がエアチェックを再開したきっかけは、この曲をラジオで聴いたこと。シャネルズがデビューした1980年以来、オールディーズっぽい曲には例外なく心動かされていた私、はじめて聴いた瞬間電気が走ったような気分になって。そして歌っているグループが福岡県久留米市出身のバンドだと知る。で、テレビで初めて見て、またしても衝撃。ファッション云々はともかく、本当に単なる「街の悪ガキ」がそのままテレビに出てるような、あまりにも無防備で身近に思えるキャラ。「俺たちと同じ」というイメージ。曲はいい、グループも親しみやすい、一気にはまりました。とはいえ、やっぱり「曲のよさ」が一番の魅力。ゴフィン=キング作品といわれても信じてしまいそうなドリーミーなオールディーズ・ポップ。ちなみにこの時代の曲はすべて売野雅刀作詞、芹澤廣明作曲。つまりこの2人が「仕掛人」といってもよいかも。特に芹澤は同時代、アニメ「タッチ」他、テレビのサントラでもオールディーズ調の曲を多く提供してて、まさに時の人でした。本人たちは自作自演に拘りがあったらしく、この時代は我慢して、後年自作自演に移行するけど、私はこの時代の彼らが一番輝いていたと思う。
ふたりの愛ランド(石川優子&チャゲ)
チャゲ&飛鳥のチャゲが、同じ「ポプコン」出身の石川優子とデュエットして大ヒットさせた曲。チャゲがJALの沖縄キャンペーン・ソングを依頼されて書いたものだったとか。石川優子は以前紹介した「シンデレラ・サマー」が同じキャンペーンのCMソングになってるから、私はてっきり石川優子主導で出された曲だと思ってた。「夏」と「ココナツ」、「愛」と「アイランド」をかけた歌詞も秀逸で、本当に夏らしい。ついでに、2人ともキーがとても高い人だから、その辺もまた夏らしい「突き抜けた」感じに仕上がってるし。それまで「デュエット曲」というと、ムード演歌ばっかりだったから、「ようやく俺たちの世代のデュエット曲が出た」ってんで、同世代の人に親しまれた。個人的には2年後の修学旅行の際、バスの中でバスガイドの人とデュエットしたことが思い出深い。あと、当時の3年生が体育祭の「創作ダンス」で、この曲を使ってた。しかし今や石川優子は引退、しかも「チャゲアスの活動に差し支える」ってんで、チャゲが一時期、この曲を封印しようとしていたので、ほとんどCDになってないのが悲しい。
恋人たちのペイブメント(アルフィー)
当時としては珍しかった、高見沢がボーカルをとったバラードで、グリコのアーモンド・チョコレートのCMソング。静かに歌い出し、超高音で盛り上げ、ハード・ロック調のギター・ソロの後、ドラマティックに転調して得意の三声のコーラスと高見沢のエモーショナルなボーカルで盛り上げてエンディング、というあまりにもドラマティックな展開。はじめて聴いた時は感動したし、今でも彼らのファンの間で高い支持を集めているらしい。個人的にはあまりにも優しい歌詞と冬の寒空が浮かんでくるようなメロディにもひかれるものがあり、「寒くなりはじめると思い出す曲」の筆頭だったりする。実は当時通っていた高校の近所にガソリン・スタンドがあり、私はいつもその前を通って帰宅していた。で、寒い日の夕方、その前を通りかかった時に、スタンドの有線からこの曲が流れ出した。その時の冬の景色や冷たい風とこの曲が、あまりにもピッタリで。実は今でも通勤時にそのスタンドの前をよく通るけど、冬場にそこの前を通りかかると今でも、頭の中でこの曲が流れ出し、ちょっとノスタルジックな気分になる。
じゃあ、残る12曲。
星屑のステージ(チェッカーズ)
彼らにとって初のバラード。「うちの子にかぎって」という田村正和主演のドラマの主題歌だったけど、ドラマはマセた小学生のガキどもが憎たらしくって、大嫌いだった(笑)。しかし「亡くなった友人に捧げた悲しい曲」だと気がついたのは、大分後になってから。
ワインレッドの心(安全地帯)
チェッカーズと全く同時期にブレイクしたんだけど、こっちは全く違う、クールでオトナの雰囲気を漂わせた北海道出身のグループで、その対比も面白かった。玉置浩二、そういえばよくチェッカーズのメンバーにいじられてた(笑)。井上陽水のバック・バンドだったという実力派。サントリーのワインのCMソングだったけど、CMをはじめて見た時からはまった。
モニカ(吉川晃司)
この頃から「ロックっぽいアイドル」が多くなるけど、チェッカーズと並ぶその代表格。高く足を上げたり、歌いながら高いところから飛び降りたりと、「ええカッコしー」という印象でキャラは嫌いだったけど、この曲は意外と好きだった。これはデビュー曲、自身が主演した映画のテーマ曲でもあった。
星空のディスタンス(アルフィー)
こっちは「メリーアン」に続く2曲目のヒット。ドラマの主題歌らしいけど、「必殺」の裏だったから見てない。「メリーアン」をもう少しヘビーにしたような曲、桜井の顔に似合わぬ(笑)美声の低音ボーカルがいい。
バージン・ブルー(サリー)
「チェッカーズの亜流」みたいなバンドは当時いっぱいいたけど、その代表格。杉本哲太&南野陽子出演の「キリンレモン2101」のCMソングということで大ヒット。オールディーズというより、GSとロカビリーを掛け合わせたような曲で、個人的にはツボだった。ただ、いつもふてくされたような態度で、「態度がデカい」と称されることが多く、そのためかチェッカーズのようなキャラの親しみやすさに欠け、すぐに消えたのが惜しい。
前略、道の上より(一世風靡セピア)
本人たち出演のミニバイクのCMソング。「ソイヤ、ソイヤ」などといいながら歌い、踊ってる集団で、CMを見た時から「何者?」と思ってら、ストリートで活躍するパフォーマンス集団だとかで、「へえ」と。しかもメンバーに、当時「欽ドン」で人気者だった柳葉敏郎と武野功雄がいたことで2度ビックリ。今歌詞を読むと、何ともたわいのないことを歌ってるだけの世界だけど、踊ってる姿があってはじめて「カッコイイ」という印象が持てる。
泣かないで(舘ひろし)
「西部警察」で人気のあった俳優。元クールスなんて知らなかったから「へえ、歌も歌うんだ」レベルだったけど、キャラクター同様、今聴くと気障ったらしい歌詞。でもまあ、キャラのおかげで不自然には聞こえない。
雨音はショパンの調べ(小林麻美)
MTVブームで洋楽の人気が高くなってたせいか、日本語カバーも多くなった時代。これはガゼボの曲の日本語カバー。当時「洋楽音痴」の私でもよく知ってた曲、でもやっぱり私には「邦楽」のこっちの方が合ってた。本来は女優の人。でもキャラにも合ってるし、声もキレイで曲にピッタリだった。
Hero(麻倉未稀)
これは大ヒット映画「フットルース」のサントラでお馴染みのボニー・タイラーの曲の日本語カバー。でもこの曲は「日本語カバー」云々よりもむしろ、人気ドラマ「スクールウォーズ」のテーマとして使われたことの方が数段思い出深い。今でもイントロを聴くと、花園ラグビー場に入場して整列するラグビー選手を思い浮かべて熱くなる。いや、ラグビー中継を見ていると思わず歌い出したくなる。
ミス・ブランニューデイ(サザン・オールスターズ)
いつものファンキーなサザンの魅力が十分に発揮された曲。歌い出しの早口のフレーズが、とても日本語には聞こえなかった。
Chance(白井貴子)
当時シチズン時計のCMは、ホープとして期待されるアーティストの曲に乗せて、青春ドラマの1シーンを思わせるような映像を流す、同じようなパターンで作られてた。そんなCMで使用された曲のひとつがこれ。その映像にピッタリで、弾むようなリズムが心地よかった。
恋はじめまして [Dreaming Girl](岡田有希子)
今年で急逝(1986年4月)からちょうど20年、だけど未だにこの人に関して語る時、なんともいえない「心の痛み」を伴う・・・。私と同世代の管理人の方による歌謡曲サイトで「彼女の思い出は、私たち世代の永遠の心のかさぶた」と称されてたけど、まさにそんな感じ。私は特別ファンだったわけじゃないけど、クラスでは同じくこの年デビューした菊池桃子と人気を2分してて、私はどちらかというと彼女の方を支持してた。普通っぽさが売りの菊池桃子に対し、彼女は「おとなしそうなのに芯が強そうで、歌も上手く、独特のオーラを放ってる人」と映った。今思えば、彼女と同い年(私より1歳上)で、昨年亡くなった本田美奈子と並んで「最後のプロフェッショナルな女性アイドル歌手」だった。この曲はサード・シングルで本人出演のグリコ・チョコレート「セシル」のCMソング。作者は竹内まりや。哀愁のメロディと控えめでおとなしそうな彼女のキャラにピッタリの歌詞もよかった。「素敵なレディになれる日を夢見てる」の一節が、今思えば胸に痛い。
■2006/05/09 10:1985年編 昭和60年、高校2年。ますますヒット・チャートには冷めはじめるけど、意外とニューミュージック系にいい曲が多くて、エアチェックには忙しかった。相変わらず学校では「音楽音痴」のフリをしてたけど。ということで、まずはベスト3。
Bye Bye My Love(サザン・オールスターズ)
高校に入って以降、何人もの女子を好きになったけど、なぜかいつも彼氏のいる人ばっかり(ただし「略奪」に走る勇気もない)。ということで、いつも切ない思いを抱えて登校してた高校時代の私。それを隠すかのように、おどけた奴を演じていた当時の自分を思うと、今でも虚しくなる・・・。この曲は「自分が思いを寄せる女性が他の男のもとに去っていく」悲哀を歌った曲。いわば自分自身のテーマ曲のように思ってた。特にこの翌年は、よく帰宅後にこの曲を聴いて沈んでいたもの。まあ、勝手にそんな自分に酔ってた部分もあるだろうけど(笑)。今でも聴くと切ない。サウンドは彼らに珍しく、ブリティッシュ・ポップ風で軽快なんだけど、メロディ・ラインは哀しい。曲も歌詞も文句なし、私の中ではサザンのオール・タイム・ベスト・ナンバーだったりする。
翼の折れたエンジェル(中村あゆみ)
当時のカップヌードルのCMソングは大ヒットこそ少ないけど、良質な曲が多かったもの。この曲の場合はヒットも記録した。数年前に「ボヘミアン」をヒットさせた葛城ユキ似の、男性を思わせる潰れきったハスキーな声で、「もし俺がヒーローだったら」と熱唱する、熱い青春ソング。バックの音はブルース・スプリングスティーンあたりを思わせる、当時のアメリカン・ロック風。カッコイイと思ったし、歌詞は当時17歳の私の心に突き刺さるものがあったし、CMでほんのちょっと聴いただけで好きになった。しかしその貫禄ある歌声、存在感に反し、実は当時19歳(だったと思う)、ポニー・テールに大きなリボンの意外と女性らしいルックスの人だったのでビックリした。ちなみにこの人も福岡県出身。しかしこの後、よりポップ色の濃い曲ばかり歌ってて、イメージに合わず、いつしか地味な存在になったのが惜しい。若くしてこの存在感、その後の進み方次第では大物の予感はあったんだけど。
悲しみにさよなら(安全地帯)
安全地帯最大のヒット曲。玉置浩二のちょっとジメッとした妖し気なボーカルと、キーボードを主体とした湿り気のあるサウンド、そしてキャッチーなメロディが見事に溶け合った名曲。ボーカルにかかった深いエコーも効果的。だけど、個人的にはイントロのほんの数秒のキーボードのフレーズ、あれだけで参った。はっきりいって、別段どうということない短いフレーズなんだけど、なぜかこの音の美しさに引き込まれたし、それを聴いただけで「いい曲に違いない」と思えた。なんでそう思ったのか今思えば不思議だけど、波長が合ったとか、そんなのが理由なんだろうか。曲が、歌詞がじゃなく、曲全体の雰囲気が好きという、自分でもよく説明できない理由で好きなナンバーでもある。もちろん、曲自体も好きだけど。
じゃあ、残る12曲。
あの娘とスキャンダル
ジュリアに傷心(チェッカーズ)
この年も同様の路線で快進撃を続けたチェッカーズ、これらも売野&芹澤コンビの作品で、オールディーズ色の濃いポップス。前者は本人たち出演の映画「たんたんタヌキ」のテーマ曲、後者は「傷心」を「ハートブレイク」と読む。ともにサビで徐々にテンポ・アップするのが効果的。
スターダストメモリー(小泉今日子)
「82年組」のこの人、デビューからキャラ確立までしばらく時間がかかってしまったけど、この頃にはもうお馴染みの唯一無二のキャラを確立してた。本人主演の映画のテーマ曲で、作者はアルフィーの高見沢。弾むようなメロディとリズムがキャッチーで、この人のキャラにもピッタリだった。
天使のウインク(松田聖子)
どこかの軽自動車(スズキ?)のCMソング。実はこの曲発表時には既に神田正樹との婚約を発表していて、独身時代=活動休止前の最後のシングルになった。作者は尾崎亜美、尾崎作品らしい可愛らしくてポップで明るい曲で、最後を飾るにはふさわしかった。ここで「松田聖子1号」は「引退」、以降の彼女は別人の「2号」だと私は解釈してる(笑)
卒業(菊池桃子)
なぜか「卒業」という曲が同時期に4曲もヒット、これがそのひとつ。おとなしくてまじめそうな女子高校生が主人公、しかも地方都市の。歌唱力は微妙だけど(笑)、穏やかな曲、歌詞が彼女のキャラに合ってた。ちなみに初の同い年のトップ・アイドル(ブレイクしきれなかった人は前にもいたけど)だった。
卒業(斉藤由貴)
これがもうひとつの「卒業」、参考までに残りは尾崎豊、倉沢淳美(わらべの「かなえ」)でした。この曲は松本隆&筒美京平の「木綿のハンカチーフ」コンビ。地方のまじめそうな女子高生が主人公というのは上の曲と同じだけど、こっちはアップテンポ、ただし斉藤由貴のキャラ同様、ほんわかした空気に包まれていて、そこが魅力。当時の耳で聞いても「70年代風で懐かしい」曲調だったけど、ストリングスなどの音はほとんどシンセで、時代にも無理なく対応してるのがすごい。
あなたを・もっと・知りたくて(薬師丸ひろ子)
本人出演の日本電電公社(現NTT)の「もっと電話で話そうよ」って趣旨のキャンペーンCMソング。この人の場合、自身の主演映画のテーマ曲の方が有名だけど、彼女の全シングルの中で最高の名曲はこれだと思う。松本隆&筒美京平の2人、駄曲になるわけもない。弾むような明るいリズムとメロディに、この人ならではの舌ったらずなボーカルが絡む。途中で電話での語りまで入る。この人のファンなら嬉しいはず。私はファンじゃないけど、やっぱり思わず口元が緩む。
大将(近藤真彦)
ずっと嫌いで仕方なかったジャニーズのアイドル。うるさい、態度デカイ、ガキっぽいってんで一時期は心の底から嫌ってたんだけど(笑)、この曲で見直した。「男の美学」みたいなのを語った歌詞、それを熱唱する姿が「大人の男」って感じで、「成長したな」と。バックの音はギター中心、ストーンズっぽいリフがロック的で、これまた悪くない。
六本木心中(アン・ルイス)
本人出演の宝缶チューハイのCMソング。典型的な「歌謡ロック」で、ロック的カッコよさと、歌謡曲的下世話さがいい感じで同居する。本人もそれを承知でやってたわけで潔い。実は体育祭の創作ダンスで、3年生の女子を相手にこの曲で踊った。「年下のくせしてさ」の歌詞にちょっとドキッとしたもの(笑)。「夜ヒット」で吉川晃司といやらしく絡みながら歌ってたのも強烈だった。
恋におちて(小林明子)
不倫をテーマにしたドラマ「金曜日の妻たちへ」の主題歌として大ヒット。「不倫」への嫌悪感が今も昔も強いので、歌詞は好きになれないけど、メロディも声も美しく、純粋にキレイな曲だと思った。
そして僕は途方にくれる(大沢誉志幸)
これもカップヌードルのCMソング。数年前から沢田研二や吉川晃司に楽曲を提供して注目を集めていたシンガー・ソングライター。ポリスの「見つめていたい」そっくりのリフに乗せて、あの曲同様淡々としたクールな展開を見せる。ドラマのような情景が広がる歌詞は、後に詩人になる当時は無名の銀色夏生が手がけたもの。
ff [フォルテシモ](ハウンドドック)
当時、ライブでの観客動員数では敵なしだったにもかかわらず、チャート上のヒットがほとんどなかったバンド。カップヌードルのCMソングで、暑苦しい歌詞、ボーカル、力強いサウンドなど、全てがカッコイイと思ったし、この曲でようやく一般レベルでも認知されはじめた。「愛がすべてさ」って、あまりにもクサいし、最初は大友も拒否反応を示したそうだけど、こんなメッセージ、彼らにしか歌えないでしょう。
■2006/05/10 11:1986年編 昭和61年、高校3年。夏頃から大学受験の準備に入った年だったけど、一方で音楽リスナーとして大きな変化が。この年の秋、文化祭の劇で使用するBGMとして、同級生のひとりが「アメリカン・グラフィティ」のサントラのカセットを持参する。洋楽ではあるけど、全曲好きなタイプのメロディ=チェッカーズ風で、今まで見たこともない新しい世界。ということで受験勉強もそっちのけで、オールディーズ(主に50、60年代のアメリカン・ポップス)にのめり込み、オールディーズの番組を聴き漁って、エアチェックをはじめる。もちろんまだ邦楽もエアチェックしてたけど、関心は大きくオールディーズの方に傾いた。この流れで翌87年初頭に一気にビートルズに目覚めていくわけで・・・。いわば洋楽やロックに関心が移るきっかけになった出来事でした。しかも邦楽のシーンに関しては、おニャン子の全盛期。この人たちの歌はさすがに他のアイドルの歌のように「音楽」としては受け入れることが出来ず(むしろ「商品」かなと)、リアル・タイム邦楽への露骨な不満が噴出。その伏線もあって、翌年ビートルズに目覚めた後、邦楽を一切受け付けなくなってしまったわけで・・・。というわけですので、このシリーズは今日を最終回とします。ではまずはベスト3から。
フレンズ(レベッカ)
バンド・ブームはもう少し後になるけど、その伏線はこの年、レベッカとボウイがブレイクしたことでしょう。これは彼ら初のヒット曲だけど、「ハーフポテトな俺たち」なる、中山秀征や河合美智子主演の、ファーストフード店を舞台にした青春ドラマのテーマ曲。ドラマも好きじゃなかったし、この曲もそんなに好みじゃない。ただ、実はこれ、体育祭で3年生全員でやった創作ダンスの課題曲。だから曲の好き嫌い云々抜きに、この曲を聴くとその時のいろんな気持ちが蘇ってくる。片想いだった人(この人も彼氏がいた・・・)の直前で曲が終わったとか、手を繋いだだけでドキドキしたりとか・・・。そういう形での思い入れが。
Merry Chistamas In Summmer(KUWATA BAND)
この年は原由子が産休に入った関係上、桑田はサザンじゃなく、KUWATA BANDってバンドで活動、活動期間中に4曲ものヒットを連発しました。これはクリスマス・ソングだけど、リズムはレゲエ、つまり「サマー・ソング」というわけ。ヒットしたのも夏でした。高3の夏休みといえばこの曲というイメージ。当時のクラスは異様にまとまってて、仲もよかったので「みんなで夏休みに沖縄に行こう」とか言ってた奴がいて、その計画を練ってた時に誰かが歌ってたな、とか(その計画自体は中止)。それと、秋の文化祭の時、放課後にみんなで残って準備してたんだけど、BGMを流すために誰かがラジカセを持ち込んだら、みんな勝手に自分の好きな曲のカセットを持ってきて流しはじめて、そんな中でこの曲が流れて、一部の奴が踊り出したこととか、その時に片想いだった人と談笑してたこととか・・・。そんな「高校3年生」の思い出が、いっぱい蘇る曲でもある。逆に考えれば、この年は何をする時もいつも、身近にこの曲があったということ。
Super Star(長渕剛)
もともとは繊細なフォークを歌ってた人で、松山千春と比較されたりもしてた。それが80年代半ばからドラマに出始め、そんな中でキャラクターも作風も変わってきた。この曲は「親子ゲーム」という、元暴走族のラーメン屋とその彼女(後に夫人になる志穂美悦子)、さらにそこに転がり込んできた自閉症の家出少年の触れ合いを描いた、本人主演のドラマ主題歌。当時の彼はよくドラマで「がさつで軽薄で不器用な三枚目の元不良」を演じていて、後のように「硬派一辺倒」ではなかった。その分、コミカルな要素もあって、個人的にはこの頃の彼への好感度は高い。ということで、そのドラマとセットで親しんだ曲。都会に対して「馬鹿野郎」と言って背を向け、唾を吐きかけてるような歌詞が、いかにも九州人らしくて共感できる。彼は鹿児島出身で、甲斐バンドに憧れて福岡に出て、そこで下積み生活を送った人だから、福岡の人に感覚は近い。地元では未だにその頃歌ったローカル企業(=墓地)のCMソングまで流れてるし。思い入れは強くないけど、「この頃までは」身近に思える存在だった。
では残りの12曲。
スキップビート
BAN BAN BAN(KUWATA BAND)
前者は「スキップ・ビート」が「スケベエ」に聞こえるという、いかにも桑田らしい歌詞を持ったファンキーなナンバー、後者は化粧品の夏のCMソングで、ギターの音が今思うとリンゴ・スターのIt Don't Come Easy風。
It's Bad(田原俊彦)
基本的にジャニーズが嫌いで、この人もデビュー以来好きじゃなかったけど・・・。作曲はまだブレイク前の久保田利伸。しかもなんと、長いラップが入る! 日本の一般のヒット曲レベルでははじめてのラップじゃないかと思う。当時は「ラップ」を知らなかった私だけど、「なんか、カッコイイ」と思ったもの。とはいえ、歌ってるのが久保田本人だったら、もっとカッコよく仕上がってたろうに。もともと歌は上手くない人だけど、本人のボーカルが弱いのが残念。
色・ホワイトブレンド(中山美穂)
資生堂春のキャンペーンCMソング。作者は竹内まりや。ドラマ「毎度おさわがせします」でツッパリ役でデビュー、そのせいでデビュー以降、彼女本来のキャラに似合わない背伸びしたような男勝りな歌ばかり歌ってたんだけど、はじめて本人にピッタリな、爽やかで可愛らしい曲に恵まれて、やっとブレイクした。後の竹内まりやのセルフ・カバーも悪くないけど、年齢的にちょっと無理が(笑)
悲しみよこんにちは(斉藤由貴)
アニメ「めぞん一刻」のテーマ曲で、同アニメのファンに支持されたみたいだけど、むしろホンワカした、今でいう「天然系」キャラの彼女にピッタリの、ちょっと無表情なボーカルとはつらつとしたポップなメロディとリズムが溶け合った曲で、曲自体のよさがヒットの理由でしょう。しかし作者が安全地帯ではジメッとした曲ばかり書いてる玉置浩二というのは意外。
接近 [アプローチ](南野陽子)
「スケバン刑事」ではスケバン、「時にはいっしょに」というホーム・ドラマでは可愛くてしっかり者の姉を演じるなど、ドラマにやたら出ててブレイクした人。フジカラーのCMでも人気で、よくポスターが盗まれたとか。もろお嬢様なルックスで一発で気に入ったんだけど、素顔は天然でワガママな人っぽいなと思い、すぐに気持ちは冷めた(笑)。でもキャラはカワイイし、この曲も抑揚がなさ過ぎる気はするけど、その「ちょっと投げやりなお嬢様」的なキャラには合ってたから悪くなかった。
Baby Rose(近藤真彦)
前年の「大将」でいい感じの男っぽい、大人の男になったな、と感心してたんだけど、織田哲郎作品のこれは、典型的な織田のメロディ。ちょっとオシャレな感じで、また違った意味の「大人の男の歌」という感じ。カッコイイと思った。この後レースの世界に進出して、歌はあまり出さなくなるけど、この路線を走っていれば「ポスト沢田研二」にもなれたのでは?
最後のHoly Night(杉山清貴)
杉山清貴がオメガトライブと別れて、ソロ名義で出したクリスマス・ソング。夏の歌が多いこの人には珍しい。「高校3年の夏の歌」がKUWATA BANDの曲なら、これは「高校3年の冬の歌」。84年のところで書いたガソリン・スタンドからよく流れていたのをはっきり覚えてる。
1ダースの言い訳(稲垣潤一)
三洋電機のヒット商品だった横長のラジカセ「テレコ」のCMソング。明るく突き抜けた、50年代のアメリカン・ポップス調のナンバーで、まるでゴフィン=キング作品のよう。
ガラス越しに消えた夏(鈴木雅之)
カップヌードルのCMソングで、鈴木雅之にとっては初のソロ・シングル。当時田代&桑野がバラエティに出はじめて、ラッツ&スターの姿にめったにお目にかかれなくなった頃ということで「仕方なしのソロ?」などといろいろ言われたもの(笑)。ただ、曲はいかにもカップヌードルのCMらしい青春ソングで、切ない歌詞がよかった。大沢誉志幸の作品。
Song For USA
OH! POPSTAR(チェッカーズ)
彼らは翌年から自作自演バンドになるわけで、売野&芹澤による、オールディーズ風作品を演奏したのは、この年が最後。前者は彼らの同名主演映画の主題歌で、藤井郁弥が歌い上げるバラード。後者はGSとロカビリーを合わせたような曲で、藤井尚之がサックスではなく、ギターでソロを弾く。彼のギターの響きがもろロカビリー。
■2006/05/13 最終回、まとめ 今現在ロック・ファンをやっている人であっても、ロックに辿り着くまでの音楽遍歴は人によって様々。「最初に好きになった音楽がロックだった、それ以外に興味を持ったことはない」という人もいるだろうけど、一方で「もともとはジャズ・ファンだった」「もともとはクラシック・ファンだった」って人もいるでしょう。つまり「ロック・ファンになる前に、他の音楽が好きだった」というパターン。で、私の場合はたまたま、ロック・ファンになる前に好きだったのが、邦楽チャートもののヒット曲だったということ。ジャズやクラシックからロックに入った人だってそうだと思うけど、前に聴いてた音楽の「遍歴」と、ロックを聴きはじめて以降の「音楽遍歴」ってのは、別個に存在してるんじゃなく、繋がってるもの。私の場合も「邦楽ヒットチャートものを聴き漁っているうちに、オールディーズ風のメロディに特にひかれ、そこからオールディーズへ、さらにビートルズへ、それがロックへの入り口だった」わけで。つまり私が邦楽チャートものに夢中になっていなかったら、ビートルズやロックに行き着くことはなかったわけだから、私自身の音楽遍歴を考える時、邦楽チャートに夢中になった頃のことを「恥ずかしい」とか、「間違いだった」なんて今は思ってません。でも以前は「一生の不覚」くらいに思ってた時期もありました。
ロック・ファン、特に洋楽ロック・ファンは、今回のシリーズで私が取り上げたような「ヒット・チャートもの邦楽」を蔑む傾向にあります。1984年編の前書きでも書いたけど、当時はMTVブームで洋楽を聴く人が多く、一方で邦楽チャートものが好きというと、なにかと馬鹿にされたもの。曰く「邦楽なんて質が低い」「ミーハーのガキのための音楽」だと。だから私は「音楽自体に興味がない」ふりをして高校生活を送ったわけだし、一方で洋楽好きな人たちに対してはコンプレックスを感じていたわけで。今回のシリーズは1986年編で終わってるけど、1987年にビートルズに目覚めて以降の私は、その反動で邦楽を遠ざけ、蔑み、邦楽が好きな人をちょっと小馬鹿にするような発言をすることが増えていきます。同時に「かつては邦楽ヒット・チャートものの音楽が好きだった」事実を恥ずかしいことだと思い込み、そのことを隠そうとしていたものでした。「こんな質が低い音楽が好きだったなんていうのは、ロック・ファンとしてあるまじき行為だ」みたいな。だから1978年以来、エアチェックし続けて集まったテープ、当時1本残らず処分してしまいました。
だけど、その考え方が間違ってるということに気がついたのは1990年代半ばのこと。ちょっとわけあって、ロック以外の音楽や、ロック以外の音楽の好きな人と接する機会が増えて、そんな中で「どんなジャンルにも、いい音楽=自分にフィットする音楽ってものは存在する」ことを悟りました。で、そのことによって「洋楽ロック以外にもいろいろ聴いていきたい」気分になって、ジャンルに拘らなくなります。だから、CDこそそんなにいっぱいは買わなかったし、以前ほど強い関心ではなかったけど、邦楽チャートものへの興味も1993年頃に一旦復活します。ミスチル、スピッツ、イエロー・モンキーとか、意外と好きですしCDも持ってます。それは1998年頃までで終わるけど、今だって決して以前のように「遠ざける、蔑む」ような気持ちは一切なく。
そしてどんな音楽にも「その音楽を愛する(ちょっと大袈裟な表現ですが)人がいる」ことを悟ります。それは私自身が大嫌いなジャンル、大嫌いなアーティストにも同じく、それらを愛する人がいる。その想いの強さは、私のロックに対する思い入れと全く違わない。だとすれば、「俺は嫌い」って個人的趣味を言及するのはともかく、それだけ深く支持される音楽を「質(しつ)が悪い」とか、「なくなってしまえばいい」なんて批判するのは間違ってるんじゃないか。だから「音楽の質が高い、低い」なんてことを論じること自体がナンセンス。私たちが感じるのは「好き、嫌い」だけである、という結論に至ったというわけ。確かに専門知識のある人や評論家が質云々を論じるのはともかく、私たちリスナー・レベルが云々できるものではない。具体例は挙げないけど(笑)、「俺にとっては聴くのが耳障りに思えるほど嫌いな音楽=質が悪い」という公式が本当に成り立つんだとすれば、世の中の評価と、私の判定との隔たりが、あまりにも大きすぎるアーティストやジャンルもいっぱいあるわけで。だからこそ、私は「音楽の質」を論じる必要はないと思うし、そんなことにも興味がないのです。「嫌いな音楽」や「嫌いなアーティスト」を語るのに消極的なのも、そうした考えに近いかも。
だからロック・ファンになった当初は、今回挙げたような音楽が好きだったということを恥ずかしく思ったり、なんとなく公言出来なかったりした私。もちろん今でも「ロック・サイトをやってる俺が、この辺の音楽への思い入れを語ったら、見てる人はどう思うだろう? 特に洋楽オンリーな人は蔑むのかな」って危惧はある。少しだけ「恥ずかしい」という気持ちもあった。でもやっぱり、いちばん最初に述べた通り、こうした音楽に夢中になった時代があったからこそ、私はロックに目覚め、今も好きでいるわけで、双方の「遍歴」は別個に存在するんじゃなく、繋がってるもの。だとしたら、これらの「遍歴」を抜きに、私自身の音楽遍歴は語れない。それを人がどう思おうが、私がそれらの音楽に魅了されたというのは動かし難い事実。そこに質云々なんて議論が入り込む余地はどこにもない。確かに最近、この辺の音楽が静かなブームで、耳にする機会も増えているからってのもあるけど、それ以上に「かつて自分がこうした音楽にはまった」という事実を、ちょっと肯定的に振り返ってみたいと思ったことが、この企画をやってみた本当の理由。ようやく「ロック・ファンとして恥ずかしい」なんて妙な気持ちから解放された、といってもよいのかもしれません。それにジャズなど、今まで聴かなかったジャンルにも手を出しはじめた今の私にとって、「原点を思い出す」いい機会になったような気もします。
といっても前から述べている通り、今回のシリーズで挙げた曲のうち、手元に今音源がある曲は5分の1程度。今現在は「CDを買うほどまでには・・・」って想いもあるものも多いのも、いつわらざる事実。だけど何らかの形で聴いてみたいなあ、と思う曲も多い。そうか、こんな時こそダウンロードで聴けばいいんだな、と改めて気がついたりして・・・。とはいえ、この辺のアーティストのCDも少し揃えてみたくなった。確かに俺はロック・ファンだけど、決してロック一辺倒じゃなく、音楽そのものが好きなんだ、それはずっと昔からそうだったんだと改めて気がついた。ロックに限らず、まだまだいい音楽=自分にフィットする音楽をいっぱい聴いていきたい、今はそんな想いでいっぱいです。
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