(1)特定の歌手、アーティストのファンだったことはほとんどなく(その場合は言及します)、あくまでも「曲が好きかどうか」でその曲の「好き、嫌い」を判断することが多かった
(2)なので「曲が好き=その曲を歌っている歌手が好き」とは必ずしも言い切れません
(3)レコードを買ったことはほとんどなく(特筆したもの以外は買ってない)、ほとんどがエアチェックで聴いていた
(4)今現在は手元に音源がある曲はほとんどない、「今聴いた印象」ってのは、ラジオなどで聴いた印象
(5)あくまでも「リアル・タイムで好きだった曲」のみ。後年になって聴き直して再評価した曲、後年になって出会って好きになった曲(例:ルースターズ)は一切含まれません。
(6)逆に「当時は好きだったけど今はそうでもない」ものも含まれています
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■2006/04/19 1:1972〜1974年編 というわけで今回は第1回。こちらの企画同様、4歳の時、1972年から幼稚園年長組の1974年(昭和47〜49年)までに好きだった曲を15曲、挙げてみます。テレビの歌番組自体はあまり見てませんでしたけど、バラエティ番組に歌手が登場して歌ってるのはよく見てました。特に好きだったのは、子供向けバラエティ番組をやっていた天地真理、大袈裟でエネルギッシュなアクションがどことなく「仮面ライダー」などのヒーローの姿とダブって見えた西城秀樹。一方で「歌が下手」な郷ひろみ、「日本語が下手」なアグネス・チャン、「子供のくせに生意気」なフィンガー・ファイブ(いずれも幼児の頃の私の印象:笑)が嫌いでした。後追いで聴くと、フィンガー・ファイブなんて洋楽みたいでカッコいいんですけどねえ。逆に天地真理は・・・(以下自粛:笑)。あと、父が最初のステレオを買ったのも、この頃でした。当然、テレビに出ないフォークやロックの人は、リアル・タイムではフォローできてません。
まずはこの時代のベスト3。
傷だらけのローラ(西城秀樹)
今述べた通り、この時代特に好きだった歌手のひとり。エネルギッシュなアクションと長髪が、私にはヒーローのように映ったものでした。特にこの曲、悪く言えば大袈裟、よく言えばドラマティックな展開を持った曲で、この人でなければ歌いこなせないと思われる世界を作り上げてます。特にエンディング付近での「ローラ〜」とかって絶叫、この人にしか出来ないでしょう。ある意味イメージを決定付けた曲。馬飼野康二っていう、ほとんどこの人専属のような作曲家の作品。以降も同様の作品を提供し続けるわけで、この人の貢献度も見逃せないところ。当時幼稚園児の私はよく真似しましたけど、「ローラ〜」とか絶叫してて、よく「うるさい」って怒られたもんです(笑)。
バス・ストップ(平浩二)
最初に述べた通り、この頃父がステレオを購入。その際に父は叔母(父の妹)から大量の中古レコードを貰い受けたんだけど、その中にこの曲のシングル盤が含まれていました。別に父はこの曲、好きじゃなかったみたいですけど、なぜか私がこれ、勝手にかけてよく流してました。「どこがどう気に入ったのか?」今となっては思い出せないけど、いつしか歌詞カードを見なくても歌えるようになり、そして社会人になって以降、年配の人が多く出席する宴会では必ず歌う、私にとっては重要なカラオケのレパートリーになりました。もちろん未だによく歌う、つまり30年以上も歌ってる、付き合いの長い1曲です。しかし今聴くと演歌畑の歌手ということもあって、コブシをまわしながら歌ってるんだけど、バックの演奏やリズム、メロディはソウル・バラード=スモーキー・ロビンソン風。コアな歌謡曲サイトでは「ジャパニーズ・ブルーアイド・ソウル」なんていわれて大絶賛されてる。和洋折衷ってやつですね。歌声もそんな感じかなあ。
危険なふたり(沢田研二)
私が沢田研二ファンになるのはもっと後年、昭和52年からだけど、この曲は好きだった。というより、この曲を歌う彼は西城秀樹とはまた違ったカッコよさがあった。なんといってもバックにバンドを従えてた、しかもイントロでエレキ・ギターの音が炸裂する。今聴くとベースもファンキーに唸ってる。「なんか分からないけど、カッコイイ」と思ったけど、今思えば「ロック的」と映ったということか。なんとなく「他の歌謡曲と違う」と思ったもの。当時の歌番組には専属の楽団がいたから、バンドの起用に関して、よくテレビ局と揉めたんだとか。それでも自分を貫いたこの人って、同じことばっかり言ってるけど、本当にカッコイイと思う。ソロ独立後、最初の全盛期を築いた1曲。
じゃあ、その他13曲。
恋する夏の日(天地真理)
当時は好きだったんだけど今聴くと・・・(以下自粛:笑)。というか、今は特筆することもないかも。
芽生え
私の彼は左利き(麻丘めぐみ)
この人は逆。当時は「曲は好きだけど、歌手自体はあんまり」だったけど、今見ると「メチャクチャ好きなタイプ」(笑)。お嬢様女子大のパンフレットから抜け出たようなルックス。「清楚だけど、しっかり者のお嬢様」。前者はそのイメージ通り。後者は左利きの私にとっては、思わずドキドキするような歌詞。ともに作曲は筒美京平。メロディも悪かろうはずもない。
17歳(南沙織)
この人は気が強そうでタイプじゃないけど、純粋に歌も上手いし、声もいい。筒美京平作品、悪かろうはずもない。同世代の人は「森高千里のカバーの方が馴染み深い」かもしれないけど、やっぱり私はオリジナルがいい。
また逢う日まで(尾崎紀世彦)
これも父が叔母から貰ったレコードの中の1枚。これも理由も分からずによくかけて歌ってた。純粋に曲がよかったからか(これも筒美京平作品)、それともあまりにも素晴らしい声のせいか。まあ、阿久悠&筒美京平の最強タッグの作品、レコード大賞など賞を総なめにしたほどの名曲だから、当然といえば当然。
情熱の嵐(西城秀樹)
最初にこの人が好きになったのは、この曲を歌ってるのを見た時だったような気がする。「君が望むなら」と歌ったら、親衛隊が「ヒデキー」と叫ぶのが印象的だった。
心の旅(チューリップ)
この頃からあんまりテレビには出てなかったけど、地元出身ということもあってか、平日の朝「ピンポンパン」を見終わった後に流れる「歌う天気予報」で毎日のように流れていたのが印象に残っている。しかし「汽車での旅立ち」をテーマにした歌詞、なんで福岡のグループには多いんだろう。
君が美しすぎて(野口五郎)
この人ってアイドルというより、ちょっと演歌っぽいから、あんまり好きじゃない。だけどこの曲は彼には珍しい、ドラマティックでエネルギッシュな絶叫調の曲。ひょっとして、西城秀樹を意識した? おかげで当時幼稚園児の私は、彼も長髪だし、思わず西城秀樹と見間違ってしまった。
瀬戸の花嫁(小柳ルミ子)
日曜の昼間、獅子てんや&瀬戸わんや司会の「家族そろって歌合戦」ってテレビ番組が放送されてたんだけど、それに出場する素人が、なぜかよく歌ってた曲。・・・という印象の方が強くて「小柳ルミ子の曲」って印象は実は薄い。本人が歌ってるのを聴いたのはずっと後だし、今のこの人のことを思うと・・・(以下自粛:笑)。詞も曲も「古き良き時代」を思い出させるものがあって結構いいんだけど、それが残念。
赤い風船(浅田美代子)
「郷ひろみは歌が下手だから嫌い」といいながら、何でこの曲が好きだったのか・・・(笑)。あ、でもこれも筒美京平作品、メロディがノスタルジックで、哀愁もあって、しかもそれが素人っぽい彼女のキャラに合ってるから、決して「聞き苦しい」感じがしない。90年代や2000年以降によくある「70年代を意識した曲(森高とか、松浦亜弥とか)」ってのは、ほとんどがこの曲のラインを狙ったもののような気が。
あなた(小坂明子)
「声や作風と見た目のギャップが大きいアーティスト」日本代表か(笑)。いや、声も曲も歌詞もカワイイだけに、リアル・タイムでもちょっと驚いた。ああ、でも文句なくメロディはキレイだし、声もいいし、名曲なのは間違いない。
私の青い鳥(桜田淳子)
「スター誕生」出身の「3人娘」、森昌子、桜田淳子、山口百恵って、正直キャラも歌も、あまり好きじゃなかった。この人に関しては後年よく物真似される通り、どんどん鼻声になり、中島みゆき作品を多く歌って「暗い」イメージが定着するけど、これはデビュー当初、まだ14歳で声も変わっておらず、後年と比べるとピュアな印象。実際、この頃は3人の中では彼女がいちばん好きだったかも。当時幼児の私には童話「青い鳥」のイメージとダブるものがあって、そこが気に入ってたんだと思う。
■2006/04/20 2:1975〜1977年編 昭和でいえば50〜52年、小1〜小3の頃。実は「歌」への興味は一旦薄れていた時代。歌番組は前にも増して見なくなったし、特別好きな歌手もいなかったし。せいぜい「全員集合」や「見ごろ、たべごろ、笑いごろ」などのバラエティ番組の歌のコーナーを見てたくらい。この時代の曲で「後追い」で気に入った曲は多いけど、リアル・タイムで好きだった曲は少ない。なので、今回の15曲セレクトはちょっと難しかったです。そんな中から選んだ、まずはベスト3から。
木綿のハンカチーフ(太田裕美)
とにかく流行った。だから、あちこちでかかってた。特に父に連れられて行ったパチンコ屋で。声がキレイだし、歌詞にストーリー性があるし、4番までもあるしで(短いけど)、それだけで子供心にもインパクトがあった。なにより、メロディが親しみやすくて覚えやすい。と思ったら、やっぱり筒美京平作品、なるほど。「後追い」で聴くとメロディはもちろん、松本隆の歌詞も秀逸。この人、「堪えて待つ女性」の心を綴らせたら本当に上手い。「理想の女性像」を思い浮かべて書くのがこの人の特徴らしいけど。とはいえ、「爽やか」なイメージのわりには、実は結末は悲しいストーリー。そこで怒ったり反論したりしないのも、松本隆の歌詞の世界に登場する女性らしい。とはいえ、曲のよさもさることながら、舌ったらずで美しい彼女の歌声あってこそのこの曲。ちょっと喉が弱いらしく、テレビで歌う時は好不調の波があったけど、この唯一無二の声はカレン・カーペンター並に賞賛されるべきなんじゃないか。
哀愁のシンフォニー(キャンディーズ)
小学校の同級生の女子が3人集まってよく真似してたし、「全員集合」や「見ごろ〜」のレギュラーだったこともあって、「好き嫌い」抜きに身近な存在だったキャンディーズ。ヒット曲の多いこのグループにあって、この曲は今ではそんなにメジャーじゃないかも。でも「見ごろ〜」でいつも歌ってたイメージがあって、個人的には一番記憶に残ってる。イントロのジャージーで「11 P.M.」のテーマ曲風のコーラスがオシャレっぽいし、サビ前に一旦転調、伊藤蘭のしっとりとしたソロ・ボーカル・パートがあって、そこから一転、サビで一気に盛り上がる(同時に紙テープが舞い、親衛隊が雄たけびをあげる:笑)、という展開が見事。今思えば70年代のスウィート・ソウル風、結構オシャレでカッコイイなあと思う。ピンクレディと比べると「カワイイ」イメージの彼女たちだけど、結構カッコイイ曲が多かったりする。
勝手にしやがれ(沢田研二)
私の運命を変えた曲。1977年大晦日「レコード大賞」を見ていたら、この曲が大賞に輝き、エンドロールが流れる中、涙を浮かべながらこの曲を熱唱する彼の姿がテレビに映し出された。その瞬間、思わず鳥肌。「カッコよすぎる」。つまり私が翌1978年から彼のファンになるきっかけを作った曲。「行ったきりなら幸せになるがいい」と歌いながら客席にむかって被っていた帽子を放り投げるパフォーマンスと、両手を頭の上に挙げて「あ〜あ」と歌うところ、そこにひかれて、以降、よく物真似したものでした。というか、男子はみんなやってた。今聴くと実に気障ったらしい歌詞。この後数年、こうした歌詞の曲ばかり歌う彼だけど、すべて手がけたのは阿久悠。この人が仕掛人といってもよいでしょう。その歌詞と彼のキャラが見事に溶けあい、そこに作曲の大野克夫、バックを固める井上尭之バンドが絡む、まさに鉄壁のタッグ。
じゃあ、以下残りの12曲。
およげたいやきくん(子門真人)
この曲を「ヒット曲」に入れるのは抵抗があるけど、まあ売れたし「ヒット曲」だよなあ。ちなみにこれは珍しくレコード、買いました。しかし大人までが夢中になったのは、今思えば奇妙。
時の過ぎゆくままに
憎みきれないろくでなし(沢田研二)
ともに「勝手にしやがれ」同様、阿久悠&大野克夫コンビ、井上尭之バンド演奏の楽曲。今聴くとどっちも井上尭之のギターがカッコイイ、ロックな仕上がり。後者の手をグルグル回すパフォーマンスはよく真似した。
春一番
年下の男の子(キャンディーズ)
この2曲も同級生の女子が真似してたことで思い出深い。前者は、毎年未だに春先になると思わず口ずさみたくなる曲で今やスタンダードでしょう。イントロのギターがロックっぽく、後者の曲ではベースがファンキーに唸る。
ブーメラン・ストリート(西城秀樹)
この時代になると、この人への思い入れも薄れてたけど、ブーメランといえば青レンジャーにグレート・マジンガー。やっぱり「ヒーローっぽい」って印象だった(笑)。そんな理由で好きだったってのも・・・。
愛のメモリー(松崎しげる)
今でも「松崎しげるといえばこの曲」って感じだけど、実はこれ、グリコのアーモンド・チョコレートのCMソングで、三浦友和が出演してた。そっちのCMの印象が強くって、当時私はてっきり、三浦友和が歌ってると勘違いしてた。それなだけに、「本当に歌ってる人」=松崎しげるを見た時は、ちょっとガッカリした(笑)。ああ、でもこんなドラマティックな曲(作曲は西城秀樹作品でお馴染みの馬飼野康二)、今の世の中、歌える奴はいないよなあ。
港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ(ダウンタウン・ブギウギ・バンド)
はじめて登場した「ロック」だけど、当時は「ロック」なんて意識はなく、ほとんどセリフだけからなる風変わりな曲、宇崎竜童には悪いけど、子供には「コミック・ソング」に聞こえてしまった。つなぎのファッションも、なぜかコミカルに感じたんだけど、今思えば私の当時の感性は間違ってなかったんじゃないだろうか。これを「元祖ラップ」って人もいるけど、言葉がリズムに乗ってなくって、ただしゃべってるだけだから、それは違う。
春の予感(南沙織)
作詞作曲尾崎亜美で、彼女もレコーディングしてる。でも私は資生堂のCMソングだった南沙織バージョンの方がリアル・タイムでは印象に残ってる。「春に誘われたわけじゃない」ってフレーズ、一時期は耳から離れなくなったもの。もやのかかったようなサウンドもいかにも春っぽい。
カルメン77
ウォンテッド(ピンクレディ)
ピンクレディの全盛期は1978年。だけど78年になると、沢田研二と1位争いをする機会が増えるし、子供向けっぽい曲が増えるしで、段々嫌いになっていった。実はいちばん好きなのは、この売り出し中の頃の曲。この2曲に共通するのは、コロコロ転調することと、曲調がオシャレっぽいこと。特に両方とも歌い出しは派手めなのに、サビで転調して「泣き」の入ったスウィートなメロディが登場、今聴いても思わずゾクゾクさせられる。特に後者は彼女たちの最高傑作だと思ってる。
ビューティフル・サンデー(ダニエル・ブーン)
「洋楽じゃないか」と思うかもしれないけど、当時の私にとっては「大好きな普通のヒット曲」だったので敢えて。さらに「田中星児の方じゃないのか?」って声も聞こえてきそうだけど、いや、やっぱりこっちのオリジナル・バージョン。というのも、当時朝食の時間に「おはよう700」っていう「お目覚め系ワイドショー」を見てたんだけど、その中のあるコーナーで毎日のようにかかってたのがダニエル・ブーンのバージョン。朝、登校するとみんな、なぜかこの曲を口ずさんでいたもの。しかし今思えば、なんであんなにヒットしたのやら・・・。
■2006/04/21 3:1978年編 大きな転換期になった年。年はじめ「ザ・ベストテン」がはじまる。第1回放送を偶然目撃、前年の大晦日の「レコード大賞」を見て引き込まれた沢田研二が出演していたこともあって、以降、この番組を毎週見るようになる。さらに4月頃からはピンクレディのブームもあって、同級生たちも見始めたので、学校でもこの番組の話題が絶えなくなる。ということでさらに深くはまってゆき、「この番組が好き」「沢田研二が好き」だけではなく、「歌全般が好き」に変わっていく。5月頃からはこちらで紹介したラジオ番組も聴きはじめ、さらに10月にはラジカセを購入、エアチェックもはじめる。つまりこの年は「本気で音楽が好きになった」1年になったという意味で、私にとっては大きな分岐点でした。時代的にも、ロックでもフォークでもない、「ニューミュージック」というジャンルが台頭、「アーティスト」っぽい人たちのテレビ露出も増えた時代で、彼らの存在は歌謡曲しか知らなかった当時の私にも新鮮に映ったものでした。
というわけで、この1978年(昭和53年)から80年頃のヒット曲への思い入れが一番強いので、この年からは前回までと趣向を変え、「1年単位」で、「20曲」の選曲とします。しかし本当にこの年は好きな曲が多すぎ。20曲でも全然足りません。ということで、まずはベスト3から。といっても3曲に絞れなかったので、4曲です。
サムライ(沢田研二)
この年がこの人の全盛期。「ザ・ベストテン」で「一等賞」に執拗に拘り、自ら折れ線グラフを持ち出すなど、自分自身を「スーパー・スター」と評して、自信過剰気味なキャラを確立した。故に「偉そう」「態度がデカイ」という批判もあったし、同級生の間でも「アンチ」と「信者」の真っ二つに割れていたもの。もちろん、私は「信者」だったわけだけど。今思えば、この辺は彼の「作戦勝ち」って印象も強い。で、この曲はバラードではあるけどドラマティックな曲調を持った名曲。歌詞(阿久悠作詞)の方も悪く言えば「気障ったらしい」、よく言えば「ダンディ」。しかも「ダンディズムの極致」とも言えるほどに見事な美学の貫かれたもの。後半は上半身裸になって、ドスを振り回しながら歌うパフォーマンスも。よく30センチ物差しで代用して真似したもの(笑)。でも、今ではカラオケなどではとても歌えない。このダンディな世界観は、本人以外が歌っても、全然絵にならないから。
宿無し(世良公則&ツイスト)
ニューミュージックの台頭で「ロック御三家」といわれたのがチャー、原田真二、ツイスト。今思うと全員「歌謡ロック」っぽくはあるけど、私には新ジャンルに聞こえたもの。中でも一番人気があったのはやはり世良公則率いるツイスト。ロックと歌謡曲、両方の「いいとこどり」したようなサウンドのおかげで、両方のファンに支持されたのが成功の理由。アクション的には往年ほどではなくなりつつあった西城秀樹以上にオーバーなアクションとエネルギッシュなパフォーマンス、当然私たち小学生にも支持されました。ガニマタでスタンド・マイクを振り回してのパフォーマンス、まあ分かりやすいですよね、子供にも。ホウキをマイク・スタンドに見立てて真似したもんでした。いちばん好きだったのはこのセカンド・シングル。デビュー曲がバラードだっただけに、ロック色の強いこの曲は、より鮮烈でした。
ブルースカイ・ブルー(西城秀樹)
この頃には彼への思い入れも薄れてはいたけど、この曲は文句なく好きだった。バラードだけどエネルギッシュでドラマティックな、いかにもこの人らしい曲ではある。とはいえ、初期のようなエネルギッシュ一辺倒、絶叫一辺倒じゃない。歌い出しは優しく、囁くように、その後ドラマティックに転調、ここでも熱いボーカルを聞かせるけど、絶叫はしない。その後、何度も転調を繰り返し、キーも次第に上がっていく。そしてエンディング、ここで一気に盛り上げる・・・。という風に、ボーカルにもメリハリが利いているし、曲調も(いつもの馬飼野康二作曲)クルクル転調するメドレー形式の構成で、ドラマティックに盛り上がっていく。彼本人の歌手としての実力はもちろん、曲自体の出来も完璧。西城秀樹本人も今でも「特に好きな曲のひとつ」としてるそうだけど、私もこの人の最高傑作だと思う。特に最終パートを熱唱する姿には、画面を通してであるにもかかわらず、思わず引き込まれたものだった。
白いページの中に(柴田まゆみ)
ラジオの歌番組を聞きはじめたのは同年夏頃。この辺からテレビに出ない人や、「ベストテンまでには入りきれない」人もフォローできるようになったわけだけど、当時最高位20位代までしか上昇しなかったのがこの曲。澄んだ声、美しすぎるメロディ、ピアノをバックにした物悲しくも瑞々しいバラード。ヒットはしなかったけど、妙に心に引っかかる曲だった。ところが、この曲を歌っていた柴田まゆみという人の名前、以降、一度も聞くことがなかった。それがネットをはじめた1998年、行きつけの音楽ボードで、なんと、この曲のことが話題になっていた。知識がないので遠巻きに見守っていたところ、この曲を歌っていた柴田まゆみという人は、当時新人シンガー・ソングライターの登竜門だった「ポプコン」出身で、鳴り物入りでのデビュー、この曲はチャート・アクション以上に評判になったのに、この曲を最後に引退。つまりシングル1枚だけで表舞台から消えたことを知った。「こんないい曲を作った人なのに」と寂しく思ったものだけど、21世紀になって元SPEEDの上原多香子がカバーしたらしい。「名曲は残る」ということを改めて思い知らされた。
では残る16曲。
Love [抱きしめたい]
ヤマトより愛をこめて(沢田研二)
これらも全盛期の彼のヒット曲。前者は「歌い上げ」調のバラードで、この年の賞獲りレース用の曲。涙声で、最後には目を潤ませながら熱唱してたのが印象深い。後者は映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」のテーマ曲。作曲はいつもの大野克夫ではなく、「ヤマト」の音楽監督の宮川泰。
あんたのバラード(世良公則&ツイスト)
こっちがデビュー曲。バラードだった分、個人的には「宿無し」ほど好きではなかったけど、例のアクションには驚いた。今聴くとビートルズDon't Let Me Down似?
微笑みがえし(キャンディーズ)
キャンディーズはこの年限りで解散。当時は特に何も思わなかったけど・・・。ラスト・シングルということで、かつてのヒット曲のタイトルがいくつも隠れた歌詞が秀逸。この曲といい、「春一番」といい、このグループ自体のイメージが「春」なんだよなあ。
涙の誓い
ジョニーの子守歌(アリス)
これも「ザ・ベストテン」ではじめて知った、ニューミュージックってジャンルの代表的アーティスト。今では「暗い」ってイメージの強い彼らだけど、当時は誰よりも武骨で男っぽく映ったもの。谷村新司が粗削りに歌う前者、堀内孝雄がソフトに歌う後者、それぞれに好きだった。後者に登場する「今は姿を消したシンガー、ジョニー」は、主婦生活に入って表舞台から消えていたジョン・レノンのことだという説も有力。
君の瞳は10000ボルト(堀内孝雄)
秋の資生堂のキャンペーンCMで使用された堀内孝雄のソロ。谷村新司の長期入院中に出た。同じフレーズをしつこいほどに繰り返す単調な曲ではあるけど、逆に歌いやすい曲でもあったから、子供にも親しみやすかったんだろう。イントロはジャムのThat's Entertaimentと全く同じだけど、実はこっちが先。
時間よ止まれ(矢沢永吉)
こっちは同じ資生堂、夏のキャンペーン・ソング。なのでよく耳にはしたんだけど、何しろ当時の彼は「絶対にテレビに出ない」人だったので、どんな顔なのかすら知らず、キャラクターも全く知らず。ということで、当時の私には「ミステリアスな存在」だった。低音のみでクールに歌われるボーカル同様、「秘密のベールに包まれた人、曲」ってとこだった。
タイム・トラベル(原田真二)
チャー、ツイストと並ぶ「ロック御三家」の中でも、一番アイドル人気もあった人。ストーリー仕立てで3番まであり、タイトル通りタイム・トラベルでいろんな時代、世界を回る。最後に辿り着くのは「住めなくなった未来の地球」。サウンドも歌詞も幻想的で不思議なムード、子供心には「ちょっと怖い」。「ベストテン」などの歌番組では1番しか歌ってなくって、それじゃあこの曲の魅力は分かるまいといつも思っていたものだった。
かもめが翔んだ日(渡辺真知子)
鳴り物入りでデビューした実力派新人シンガー・ソングライターのセカンド・シングル。鮮やかな青空にカモメが飛び立っていく、そんな光景が目に浮かぶようなメロディ、歌声、サウンド。確かに実力派といわれたのも納得。だけど喉が弱くてテレビでは好不調の波があったことと、顔が「新人っぽくない=老け顔」だったのが少し残念(笑)
ブーツを脱いで朝食を(西城秀樹)
彼にしてはミディアム調のおとなしい曲か。ただオープニングでライターの火をつけるパフォーマンスを見せていて、これを真似する子供が多く、確かそれで実際に火事になった、なんて事件もあった。
青葉城恋歌(さとう宗幸)
この人も新人だったか(笑)。いや、純粋に「いい歌」だと思ったんだけど、今思うとキレイな反面、「四畳半フォーク」と演歌をブレンドしたような曲調。仙台の実際の地名が多く歌い込まれた御当地ソング。
戦士の休息(町田義人)
高倉健主演、子役の薬師丸ひろ子(当時13歳)の「お父さん、怖いよう」云々の名セリフのCMでもお馴染みの角川映画「野性の証明」テーマ曲。映画同様ドラマティックな曲だし、ヒーローもののテーマ曲のような歌詞も武骨でカッコよく、好きだった。歌ってる町田義人って人は、元GSバンドの人らしく、他にヒット曲もないせいで、この曲を後追いで耳に出来る機会も少ないのが残念。
愛を止めないで(オフコース)
基本的には今では「女々しい」という印象で好きじゃない人たちだけど、実はこの曲、発表時は30位くらいまでしか上がってない。テレビには出ないし、ラジオでしか聞けない曲ということで、なんとなく謎めいた存在で、そんな理由で、当時は好きだった。
パステルラブ(金井夕子)
当時は珍しいショート・カットで、なのにヒラヒラの衣裳でボーイッシュでもない、一風変わったアイドル歌手のデビュー曲。1年ちょっとで消えてしまったから、今ではマイナーだけど、当時のバラエティ番組などによく出てた。この曲は尾崎亜美作詞作曲。「爽やかでおとなしい感じの可愛いらしい曲」を書かせると上手い人だけに、曲自体はよかった。当時の「スター誕生」などで素人がよく歌ってたし、80年代にも松本典子など多くのカバーを生んでいることを思えば、曲がよかったことは証明されてる。
ミスター・サマータイム(サーカス)
これ、オリジナルは海外の曲らしいけど、詳細は知らない。確かにラテン系っぽい。カネボウ化粧品夏のキャンペーンCMソング。男女4人のハーモニーを聞かせるグループって、この時代には珍しかったから、純粋に新鮮に映った。
■2006/04/25 4:1979年編 昭和54年、小学校5年。前年にはじまった「ザ・ベストテン好き」「エアチェック生活」もすっかり板につき、「音楽を楽しむ」ことが普通に生活の中に溶け込んだ年。ニューミュージックの全盛期で、この年の楽曲のクオリティは、私の思い入れ抜きに考えても、70、80年代では飛び抜けてるんじゃないでしょうか。なのでこの年も20曲セレクト。では最初にベスト3。
チャンピオン(アリス)
「当時は大好き、今はちょっと・・・」というアーティストの代表格がアリス。アコースティック・ギター2本とドラムだけの編成なのに、汗だくになりながら熱唱する男臭さにひかれてたんだけど、解散後の谷村&堀内の作風、活動を思うと「暗い」「重い」「暑苦しい」「オヤジ臭い」と、マイナスにしか捉えられなくて。だから今では彼らの曲を積極的に聴きたいとは思わないんだけど、そんな中での例外がこの曲。歌詞、ボーカル、全てが男臭くて熱い。ボクシングをテーマにした歌詞のストーリーも悪くない。なんでも実在の高齢ボクサーをモデルにしたものらしいけど。テレビでもいつも座ったまま歌ってたのに、全身汗だくになってた谷村&堀内の熱唱も素晴らしかったし、この曲に限っては今でも決して嫌いにはなれません。
Hero [ヒーローになる時、それは今](甲斐バンド)
実はそのアリスの曲と同時期に1位の座を争ったのがこの曲。どっちも同じくらい好きだっただけに、ちょっと複雑だった。そういえばこの曲も男臭い。ただ時計のCMソングだったはず、その分彼らの曲にしては洗練されてるし、今の耳で聴くと彼らにとっても異色作だったんじゃないでしょうか。印象深いのは「テレビに出ない」宣言を破って、たった1回だけ「ザ・ベストテン」に出演した時の甲斐の言動。「シラフじゃあテレビになんて出られない」などと言いつつ、ウイスキーの瓶を片手に登場、それを飲みながらマイク・スタンドにしがみついて熱唱。世良公則よりも数段激しく、しかも彼にはない「アウトローっぽさ」にもビックリした。今思えば「ロックっぽいキャラ」ということになるけど、まさにはじめて触れた世界。洋楽ロックを通り過ぎた今の私の耳には、彼の音楽のスタイルが「ロック」かどうかってのは微妙だけど、彼の言動は紛れもなく「ロック」に映った。
銀河鉄道999(ゴダイゴ)
この1979年に最もブレイクし、最も多くのヒットを連発して時代を象徴する存在だったのはこのゴダイゴでしょう。すべてタイアップのヒットばかりだったので、当時の私には「超軟派な存在」に映ったけど、英語詞を多用する詞作、ジャズ、フュージョン、ファンクなど、当時の日本のヒット曲レベルではあまり聴かれなかったサウンド、メンバーに外国人2名、今思えば彼らはかなり進歩的なバンドだったんだなあと実感。今ではヒット曲以外のオリジナル・アルバムを中心に再評価されてるけど、でもやっぱり、リアル・タイム派の私にとって、彼らは「ヒット・メイカー」のイメージが強いし、むしろそっちサイドで改めて再々評価して欲しいと思ってる。この曲は同名アニメ映画サントラ。その映画への思い入れはこちらに書いた通り。実はテレビで「ゴダイゴの新曲です」と紹介されてこの曲を演奏してるのをはじめて見た時は「単調な曲だなあ、今度のはヒットしないだろう」って思ってたんだけど、映画のラスト・シーンと重なると「永遠の名曲」に思えてしまうんだから不思議。それほど映像にあってたってことでしょう。
その他、17曲。
勇気があれば
遥かなる恋人へ(西城秀樹)
この年は彼にとっては「ヤングマン」の大ヒットの年。でも「ヤングマン」は単調で好きじゃなかった。まず前者は、この年の年末の「賞獲りレース」用の勝負曲。彼には珍しい、静かに優しく歌い上げるバラードだけど、前年の「ブルースカイ・ブルー」と似た路線だし、ドラマティックさではあちらに負けるしで、若干分が悪かったか。個人的には目をキラキラさせながらこの曲を歌う彼に、今までにない優しさを感じて、好感度は高かった。後者は「ブルースカイ・ブルー」と「ヤングマン」という「当たり曲」2曲の谷間のシングルということで地味だけど、「木綿のハンカチーフへのアンサーソング」的な歌詞が秀逸だった。曲調、アレンジはデイヴ・メイスン版Will You Love Me Tomorrowソックリだけど。
カサブランカ・ダンディ
Oh! ギャル(沢田研二)
この年は前年ほど彼も勢いはなかったけど、まだ同じ路線を引きずってた頃。前者は映画「カサブランカ」のハンフリー・ボガードを気取った気障な歌詞を持ったアップ・テンポなナンバーで、イントロや間奏でブランデーをラッパ飲みして、天井に吹き上げるパフォーマンスが話題。よく真似したけど、一方で全国のPTAからの苦情も絶えなかったとか。後者はグラム・ロック風の下世話なロック・ナンバーで、どぎつい衣裳や化粧が話題。この頃から彼の「グラマラス路線」がはじまるけど、曲は好きだった反面、ファッションの方にはちょっとついていけなかったかも。
性(さが)(ツイスト)
「あんたのバラード」路線のブルージーなバラード。歌い出しのWow ohの熱唱が強烈だった。
安奈(甲斐バンド)
この年の暮れにヒットしたクリスマス・ソング。今でも私にとっては「邦楽ベスト・クリスマス・ソング」。ライブで暴動が起こりかかった時、甲斐がアカペラでこの曲を歌い出してこれを静めた、というエピソードも伝説。
夢想花(円広志)
「飛んで飛んでの一発屋」「関西の芸人っぽいタレント」として語られることが多い人だけど、「ポプコン」で優勝して鳴り物入りでデビューした実力派。「飛んで飛んで」のパートだけじゃなく、曲もドラマティックだし、歌も上手いし。ただ、当時は寡黙でシャイな人だったのに・・・(笑)
ホーリー&ブライト(ゴダイゴ)
ドラマ「西遊記」パート2のテーマ曲。この年はじめの「ガンダーラ」から連続して緊張感のあるヒットを連発してきたことを思えば、年末発売のこの曲は随分穏やか。そのせいで今は地味だけど、その穏やかな曲調と、タケカワの高音中心のボーカルが、どことなくホッと出来て心地よい。「ガンダーラ」よりも好き。
いとしのエリー(サザン・オールスターズ)
サザンは実は前年デビューだけど、当初は「ベストテン」で歌いながら桑田が「ノイローゼ」「サザンが6」などと叫んだり、スーパーマンの格好で宙づりになったりで、「馬鹿バンド」扱いされてました。今では想像できないだろうけど。で、馬鹿っぽい曲が2曲続いた後、登場したのがこの曲。「意外といい曲、書けるんだ」ってんで最初に評価されたのがこれ、私も同じ気持ちでした。でもまさか、あの馬鹿バンドが21世紀までヒットを出し続けるようなバンドになるとは・・・。
C調言葉にご用心(サザン・オールスターズ)
これはその後の5枚目のシングル。ゆったりとしたテンポのポップ・ナンバーで、個人的にはこっちの方が好きだった。確か本人たち出演の「チップスター」のCMソング。
きみの朝(岸田智史)
実はこの年6月、骨折のため入院したんだけど、ちょうどその頃大ヒットしてた曲。ドラマの主題歌らしいけど、ドラマは知らない。純粋に「優しい、キレイな曲」と思ってたんだけど、ひょっとして今歌詞を見ると「横たわる君」って死んでるのか? 随分重い曲だったんだ・・・。
ハピネス(タケカワユキヒデ)
ゴダイゴのボーカリストのソロ曲で、キリンビールのCMソングだった。ゴダイゴよりはリラックス・ムードのポップな曲。
男たちのメロディ(Shogun)
こちらで紹介した沖雅也主演の探偵ものドラマ「俺たちは天使だ」の主題歌。「運が悪けりゃ死ぬだけさ」ってフレーズが印象的で、ドラマの中でもよく使われた一節。
君は薔薇より美しい(布施明)
カネボウ化粧品の春のキャンペーンCMソング。ムード歌謡も、フォークも、ロックも歌いこなす人だけど、これはゴダイゴのミッキー吉野作曲ということで、ファンキーなブラスが印象的なフュージョンっぽいポップ・ロック。エレキ・ギターを弾きながら歌ってた。
微笑の法則(柳ジョージ&レイニーウッド)
これはカネボウの秋のCMソング。「和製クラプトン」とでも言いたくなるような渋いルックス、声、ギターが売りの人。純粋に渋い大人って感じで好きだった。
道標(しるべ)ない旅(永井龍雲)
近年は演歌の作曲家として知られるけど、もともとは福岡出身のフォーク歌手。この曲はグリコのアーモンド・チョコレートCMソング。「青春讃歌」のような歌詞が秀逸で、ドラマ「金八先生」(いちばん最初のシリーズ)の中で、クラス全員で荒川土手を練り歩く「入試前日の課外授業」のシーンでフルで流れてたのも印象深い。前年の同じグリコのCMソングだった松山千春「季節の中で」よりも数段いい曲だと思うんだけど、中ヒットに終わった。
ドリーム・オブ・ユー(竹内まりや)
彼女のセカンド・シングルで「キリンオレンジ」のCMソング。この商品のCMソングって、爽やかで明るい女性シンガーの曲が多かったけど、この曲もオールディーズ・ポップ風。ただ、今では考えられないけど、この人、売り出し方はアイドル的な感じだった。
■2006/04/27 5:1980年編 昭和55年、小学校6年。4月に転居、転校で大きな環境の変化が。日本の音楽業界も同じで、山口百恵の引退、ピンクレディの解散、一方で、明らかに70年代とは違った雰囲気の新時代アイドルが出現。特に新御三家の人気が急落、たのきんトリオの人気が炸裂したあたり「女って飽きっぽいなあ」と驚いたもの(笑)。ちなみに私はたのきん人気に嫉妬、「ジャニーズ嫌い」と化して・・・(笑)。あと前年ブレイクしたYMOがきっかけで、シンセが一般化、サウンドも大きく変わったわけですけど、さすがにリアル・タイムではじめてYMOを聴いた時は、今まで聴いたこともない異質な音楽だったから、戸惑ったし敬遠したもの。この気持ちは、その出現をリアル・タイムで経験した人にしか分かり得ないかも。
ちなみに私は、沢田研二のこの年2枚目のシングル「恋のバッド・チューニング」がどうしても好きになれず、気持ちが急速に冷めてしまいました。一方でそれまで女性シンガーは、あくまでも「歌手として好きか、嫌いか」という目で見てきたはずなのに、ここに至って「女性」として意識するように。まあ多感になり始める12歳、年齢的なものでしょうけど。そして松田聖子に心奪われて・・・。当時は自分でもビックリしたものでした。では、まずはベスト3から。
大都会(クリスタルキング)
これはリアル・タイムで経験してない方も「一発屋」としてよくご存知でしょう。「ポプコン」で優勝してデビュー。カーリーヘアで超高音の田中、いつもグラサンの低音の吉崎という、全然個性の違うツイン・ボーカルを生かした、ドラマティックな曲。はじめて聴いたのはラジオだったと思うけど、イントロのピアノの旋律を聴いただけで電気が走りました。展開も、細かい楽器の使い方も、全く非の打ち所がない。作曲はこのバンドのギタリスト山下美智夫、彼の功績も見逃せません。彼らは長崎の佐世保出身で福岡に出て下積み時代を送ったそうで、実は「大都会」とは東京じゃなく、福岡のことなんだとか。当時の福岡市って、まだそんなに垢抜けてなくって、この曲のようなイメージじゃないけどなあ。あと彼ら、実は一発屋じゃなく、セカンド・シングル「蜃気楼」も「ベストテン」で1位になってます。でも、デビュー曲が最高傑作になってしまった、しかも非の打ち所がないほどに完璧だったから後が続かなかった、ってのはいつわらざる事実か。
ランナウェイ(シャネルズ)
この曲もはじめて聴いたのはラジオ。だから大多数の人のように「顔の黒塗りが第一印象」ってことはなくって、純粋にポップで変わったメロディ(ようするに洋楽っぽい、オールディーズっぽいということ)だなと。テレビで見て驚いたのも、黒塗りよりもむしろ、ボーカルが4人もいてコーラスしてること。当時の私はドゥー・ワップなんて全然知らなかったわけだから、そのスタイル自体が斬新で。ちなみに作曲は井上大輔。元ブルーコメッツなわけだけど、彼はGS全盛期、洋楽のオールディーズと歌謡曲をうまくブレンドした音楽がやりたかったらしいけど、周囲からより歌謡曲的な曲をやるように言われ、妥協して「ブルー・シャトウ」みたいな曲をやってたんだとか。なので、シャネルズの一連のヒット曲で、はじめて彼がやりたかった音楽ができたと生前、コメントしてたらしい。私にとっても「オールディーズ的なメロディ」との出会いの曲。この後、こういうメロディに弱くなって現在に至るわけで、結構重要な曲。
青い珊瑚礁(松田聖子)
最初に述べた通り、異性を見て「カワイイ」と思う、男なら当然の感情だけど、「異性」として意識してそう感じた最初のタレントが、恥ずかしながら(笑)この人でした。その時彼女が歌ってたのがこの曲。というわけで「歌は後からついてきた」ような感じだったけど、でもこの曲もすぐに好きになった。南の島の海を思わせる鮮やかなサウンドとメロディ(作曲:小田裕一郎)、ブルック・シールズ主演の同名映画を意識したといわれる歌詞(作詞:三浦徳子)、そして何よりも、伸びのある澄んだ歌声。本人出演のグリコのアイスクリームのCMソングだったけど、そこに映る彼女もピュアで、爽やかで、明らかに70年代のアイドルとは雰囲気が全く違って、キラキラ輝いて見えたし、既に独特のオーラが漂ってた。だからそのCMとセットで聴きたい曲。で、先に断っておくと、今現在のこの人は「松田聖子2号」、つまり別人と解釈してます(笑)。「1号」は神田正輝と結婚して引退、以降人前に姿を現わさなくなったと・・・。
じゃあ、その他17曲。
TOKIO(沢田研二)
「ファン」として最後に聴いた曲。サウンドはちょっとテクノっぽいし、パラシュートを背負い、電飾を体に巻きつけた衣裳は「やり過ぎ」と思えて、少し違和感を覚えた。それもそのはず、作詞の阿久悠、作曲の大野克夫、井上尭之バンドと決別、作詞は糸井重里、明らかに彼は新時代に入りかかってたみたいで、その変化についていけなかった。一応この曲は「メロディ自体はいい」って思ったから、それなりに気に入ってたけど。
恋(松山千春)
個人的には今も昔もあまり好きではない人。「ベストテン」での「テレビに出るのは最初で最後」「テレビで歌うのが怖い」発言はどこへやら、今では・・・(笑)。とはいえ、この女性言葉で女性の心を歌った切ない曲、なぜか嫌いじゃなかったし、時々カラオケでも歌う。
SACHIKO(ばんばひろふみ)
元ばんばんの人らしいけど、私はそのグループを知らない。出て行く彼女へ向けた歌詞もメロディも最高に優しい1曲。だけど歌ってるのがまさか、「スターウォーズ」のチューバッカみたいなルックスの人とは予想もしてなかった(笑)
Wake Up(財津和夫)
チューリップのリーダーのソロ・シングルで、時計のCMソングだった。最近では所ジョージ出演の缶コーヒーのCMで、歌い出しのwake up wake upのフレーズだけが流れてたっけ。同年5月、転校して間もない頃に行った修学旅行のバスの中でみんなで歌った。その時に歌詞を完璧に覚えてた私に、みんな感心して、そんなこんなで少しだけ溶け込めるきっかけになった。
いなせなロコモーション(サザン・オールスターズ)
三ツ矢サイダーのCMソングで、オールディーズっぽいメロディと「ドリス・デイ」や「コニー・フランシス」といった固有名詞も登場する歌詞を伴ったオールド・タイミーな曲。純粋にメロディにやられたんだけど、実はリアル・タイムではヒットしておらず(この年と翌年はサザンの歴史にあっては唯一の低迷期)、後に「ふぞろいの林檎たち」の中で頻繁にかかってから、一般レベルで知られるようになった。
Love Song(ツイスト)
既に人気は低迷期。アーティストであろうとする世良と、世間の認識のギャップが大きかったのかも。この曲は世良がなんと、椅子に座ってギターを弾き語るバラード。「アクションのない世良なんて」ってことなのか、ヒットしてないけど、CMソングだったし、個人的には大好きな曲。ストーンズのAngieのラインを狙ったか?
ビューティフル・エネルギー(甲斐バンド)
カネボウの春のCMソング。彼らにしては明るく、開放的な曲だなと思ったら、作曲はドラムの松藤英男。
春ららら(石野真子)
ブロマイド売上げは飛び抜けているなど人気はあるのに、肝心の歌の方で決定的なヒットの出なかった「スタ誕」出身の実力派アイドル、苦節3年で初のベストテン・ヒット。春らしい明るく、弾むようなメロディが爽やかでいいな、と思ってたんだけど、歌詞をよく見ると「私と、今の彼氏と、元彼、3人揃って春ららら」といったニュアンスの、あまりにも能天気かつ無責任な歌詞(笑)。この人ってこういう意味不明な歌詞の曲が実は多いけど、「世間知らず」っぽいイメージのキャラには意外と合ってたのかも。
南風(太田裕美)
タイトルは「サウス・ウィンド」と読む。前年の竹内まりやに続く「キリンオレンジ」のCMソングということで、これまた爽やかで弾むようなポップなナンバー。中ヒットに終わったこともあって、世間の認知度は高くないけど、私にとっては「木綿のハンカチーフ」と並ぶ代表曲。但し歌詞の「君は光のオレンジ・ギャル」ってのが、今となっては恥ずかしい(笑)
涼風(岩崎良美)
「岩崎宏美の実妹」ということで多大な注目を浴びてのデビュー。デビュー当初の評価は松田聖子を大きく上回っており、事実「ベストテン」の「スポット・ライト」のコーナーに2人揃って登場した際、メインは彼女の方で、松田聖子は「添え物」的扱いだった。そのセカンド・シングルがこれ。本人出演の「恋コロン・シャンプー」のCMでも流れてて、とても夏らしい爽やかな曲。「代表曲はタッチ」ということになってるけど、個人的にはこれが代表曲。
ありがとう(石坂智子)
露出は少ないのに、なぜか年末の賞獲りレースで必ず「新人賞候補」に挙がってたアイドル。シングル数枚で、翌年初頭にはあっけなく姿を消した。不可解に思ってたんだけど、当時東芝EMIが実施したオーディションの優勝者だったと知って納得。この曲は爽やかな青春讃歌風歌謡だったのに、次の曲でいきなり「ツッパリ路線」に転向させられたりで、路線が定まらなかったのが不運。むしろこっちの曲の方がイメージに合ってた。
風は秋色(松田聖子)
曲、展開とも「青い珊瑚礁」ソックリだけど、勢いもあって大ヒットした「エクボ」のCMソング。秋の歌ということで、少しだけメロディが物悲しいのが違いか。しかし2年目に喉を痛める前、1年目の彼女は最高にいい声してる。
ドゥ・ユー・リメンバー・ミー(岡崎友紀)
21世紀に入ってキタキマユなる人がカバーしてヒットさせてるけど、これがオリジナル。安井かずみ&加藤和彦夫妻の作品。「和製フィルス・サウンド」ともいえる、思いっきりエコーのかかったサウンドと、オールディーズ調のメロディが心地よい。当時もドラマの主題歌だったらしいけど、知らない。しかしこれ、最高位30位くらいの中ヒットだったなんて、ちょっと意外。
Ride On Time(山下達郎)
これも21世紀になって、トレンディ・ドラマのテーマ曲としてリヴァイヴァル・ヒットしてるけど、もともとは1980年当時、マクセルのカセット・テープのCMソングだった。今まで聴いたことのない都会的なサウンドにびっくりした。さらに本人の顔を見て、声とのギャップに二度ビックリ(笑)。当時は斬新だったんだけど、今聴くと普通のポップスか。でも色褪せてはいない。
ひとり咲き(チャゲ&飛鳥)
2年連続「ポプコン」に出演した、福岡出身の実力派学生デュオのデビュー曲。全国的には中ヒットだったらしいけど、地元ではトップテン・ヒットだった。ブルージーなギター、演歌調のストリングスとメロディ、四畳半フォーク風の歌詞、あまりにも独特な飛鳥のボーカル・・・。「ジャンル分け不能の音楽」なんていわれたもの。まあ、基本はフォークか。個人的にはこの頃の、福岡らしい泥臭さを持った曲をやってた頃の彼らの方が数段好き。
さよならのむこう側(山口百恵)
実は山口百恵って、あまりにも堂々とし過ぎていて人間的じゃないって印象で、あまり好きになれなかった。でも日テレの「引退スペシャル」の番組で、この曲を歌い終え、マイクのコードを切って退場した彼女を見て、思わず鳥肌が立った。あ、このパフォーマンス、実は今述べた通り、テレビのスペシャル番組でやったもののはず。「ラスト・ライブでやった」っていうのは間違いじゃないか、確か。
みかんのこころぼし(あのねのね)
当時「ヤンヤン歌うスタジオ」っていう、あのねのね司会の歌とコントが一緒になったような番組があって、その中でよく歌われていた。「歌」といっても、ほとんど原田伸郎の「語り=ネタ」と奇声からなるコミック・ソング。例えば「なすがままという言葉があるのに、なぜキュウリがパパという言葉はないのか」といった感じで、ネタをしゃべってるだけ。あと延々「ありのままに生きようとしたアリは」と絶叫し続けるパートがあって、これはよく真似をした(「アリのママだった」というしょーもないオチ:笑)。でもこういうバカバカしいのも、意外と好きなんです。
■2006/05/03 6:1981年編 昭和56年、中学1年。前年以上に「たのきん」などの「80年代型アイドル」主流のチャートになってきて「ヒット・チャートを追うのって、ひょっとしてカッコ悪い?」という疑問が少しずつ芽生えはじめました。ということもあって、1978年から続いたヒット・チャートへの熱が若干冷めはじめ、エアチェックはしてたけど、「夢中」まではいかなくなりました。学校でも「あんまり興味がない」ふりをしはじめて・・・。ということで、まずはベスト3から。
風立ちぬ(松田聖子)
私がこの人をホントに好きだったのって、前年とこの年、事実上2年間だけ。その2年間で最も好きだったのがこの曲。いや、「だった」じゃなく、この曲は今でも大好きです。作詞は松本隆、作曲は大瀧詠一の元はっぴいえんどの2人。ということでまず曲が文句なく素晴らしい。「木綿のハンカチーフ」同様、「おとなしくてつつましい女性=松本氏の理想の女性像」が主人公のいつもの詞の世界。そしてサウンドはいつもの大瀧詠一サウンド=ジャパニーズ・ウォール・オブ・サウンド。深いエコーに包まれたゴージャスなサウンド、秋の物悲しさを表現しきった珠玉のメロディ。特にカスタネットにかかった独特のエコー感が心地よい。ということで、曲の完成度は文句なし。それに初期松田聖子の定番、「甘ったれ唱法」が見事にマッチ。「帰りたい、帰れない」の「ないっ」って言う甘えたような歌い回し、これが秀逸。ということで、歌詞、曲、ボーカル、シンガーのキャラ、全てが完璧に噛み合った超名曲。本人出演のポッキーのCMソング、歌詞通り、高原のテラスで手紙をしたためる映像とも合ってました。しかしテレビではバックの演奏がレコードより貧弱で、ショボく聞こえてたのがちょっと残念でした。
ロンリーハート(クリエイション)
クリエイションといえば70年代初頭、名ギタリスト竹田和夫を中心に結成された、日本のロック創成期、本格的ブルース・ロック・バンドとして注目されたバンド。そのバンドがボーカルとドラムに元カーナビーツのアイ高野を迎え、より都会的でポップなサウンドに接近した頃のナンバー。というより、私の大好きなドラマ「プロハンター」(こちらを参照)のテーマ曲で、「ベストテン」でも上位に入るヒット曲になった。まさかそんなバンドだとは、当時は知る由もなく、単純に「大好きなドラマの主題歌」として聴いていたもの。アイ高野のハイトーンな声、都会的で洒落たサウンドが、そのドラマ同様粋でカッコよく、横浜の街を闊歩する草刈正雄と藤竜也の姿が今にも目に浮かぶかのよう。ドラマも主題歌も本当に大好きだった。高音が出なくなる以前、20代後半くらいまでは、よくカラオケで歌ってた。
長い夜(松山千春)
「歌ってる人はちょっと・・・、でも歌は好き」の典型。この曲ははじめてラジオで聴いた瞬間に気に入ってしまった。「フォークの人」のはずなのに、イントロでいきなりR&R風のエレキ・ギターが響き渡る。リズムもロックそのもの。ちょっと泥臭い、アメリカン・ロック調。しかも言うまでもなく、声はいいし歌も文句なく上手い。特に高音をやたら伸ばす、彼独特の唱法を連発。これが完璧にはまってるし。これも20代後半まではよくカラオケで歌ってたけど、歌ってて純粋に気持ちのいい曲だった。ただ、なぜこの人が唐突にこんなスタイルの歌を歌ったのか、それはちょっと不可解。「ベストテン」ではライブで熱唱するVTR映像がいつも流れてたけど、あの歌い回しより、レコードの素直な歌い回しの方が数段いい。
じゃあ、残りの17曲。
万里の河(チャゲ&飛鳥)
彼らのサード・シングルで、初のベストテン・ヒットだけど、地元ではデビュー曲の「ひとり咲き」に続く2曲目のヒット。中国の長江を思わせる歌詞、東洋的なメロディ。当時のシルクロード・ブームにも上手く乗れたか。実はサウンドが大きく変わった90年代以降の彼らの作品にも、この「東洋風のメロディ」は健在。それが中国など、アジア諸国でも受け入れられている最大の理由。
愛はかげろう(雅夢)
「万里の河」と全く同時期に競い合うようにチャートを上昇してきた、こちらは名古屋の大学生のデュオ・グループ。しかも同じ「ポプコン」出身、ライバルなんていわれてたけど、こっちは一発屋に終わってしまったわけで、その後の運命は全く好対照。こっちの方がより繊細でジメッとした感じで、女性ファンが多かった。しかしこの曲、某超人気韓流ドラマのテーマ曲に酷似してる気がする・・・(笑)。
ペガサスの朝(五十嵐浩晃)
「スプライト」のCMソングで、その商品同様、曲調、声とも爽やかだった。テレビに出てくるこの人、北海道弁丸出しで、全く垢抜けてなくって、その辺も新鮮だった。今じゃあ北海道のローカル・タレント。
街が泣いてた(伊丹哲也&Side By Side)
これも「ポプコン」出身。グラサンにドスの利いた低音ボーカル、男臭くて武骨なキャラとサウンド、甲斐バンドあたりを彷彿とさせる「ロックなキャラのフォーク・シンガー」といった佇まいで、カッコよかった。曲はいいし、話題にもなったけど、ベストテン入りは出来ず。次の曲も続かずでフェイドアウトしたのが惜しい。
スローなブギにしてくれ(南佳孝)
浅野温子主演の同名角川映画のテーマ曲。映画のことはよく知らないけど、当時ラジオで映画のCMがよく流れてて、そこで聴いて「カッコイイな」と思ってた。スローでジャージーなブギ。サックス・ソロもジャージーでいい。
おまえがパラダイス(沢田研二)
「GSアイ・ラブ・ユー」なる、ロック、GS風の作品を集めた傑作アルバムからのシングル・カット。彼には珍しくほとんどヒットしなかったけど、1950年代に日本で流行った「和製ロカビリー」を思わせるオールディーズ調バラードで、こういうメロディの好きな私にはもろツボだった。作曲はワイルドワンズの加瀬邦彦。近寄ってくるバック・バンドのギタリストの頭を撫でて熱唱する姿がカッコよかった。
チェリーブロッサム(松田聖子)
彼女のこの年1枚目のシングル。作曲は同郷の財津和夫。ポップなメロディと春らしい爽やかな歌詞が魅力的だけど、本人はお気に召さなかったそうで、レコードではかなりぶっきらぼうに歌ってる。だからこの曲はテレビで聴いた方がずっとよかった。個人的にはいい曲だと思うけど。
I Think So(岩崎良美)
本人出演のオリエント時計のCMソング。「情けない彼氏」に対し「駄目なところがカワイイ」と言い放ったり、気の強そうなこの人らしい歌詞。曲は弾むようなポップス。流行ってたのが冬のせいか、冬になると今でも思い出す曲。
まちぶせ(石川ひとみ)
清楚なキャラとルックスで好感度が高く、子供番組でも人気、歌も上手い、声もいい、なのになぜか肝心の歌が売れない・・・。そんな彼女の苦節何年目かでの初のヒット曲。というか、後で知ったけど、どこぞの大学のアイドル研究会がキャンペーンを展開、その結果売れたらしい。オリジナル・シンガーは他の人(三木聖子?)らしいけど、知らない。作者は松任谷由実。でもこの人、何でこの曲以降は売れなかったのか。既に20代だった分、当時の私には「優しくてキレイなお姉さん」という印象だったけど、逆に「非のうちどころがない」のが徒だったのか。
シンデレラサマー(石川優子)
「ポプコン」出身のシンガー・ソングライターだけど、ルックスのせいもあって、アイドル的な売り方もされてた人。これはJAL夏の沖縄キャンペーン・ソング。私にとっては「夏を連想させる日本のヒット曲」のかなり上位に位置する曲でもある。声といい、キャラといい「ポスト太田裕美」っぽかったけど、90年代に結婚→引退したのが惜しい。
キッスは目にして(ヴィーナス)
カネボウ化粧品の秋のCMキャンペーン・ソング。ベートーベンの「エリーゼのために」に歌詞をつけて、オールディーズ調にアレンジして大ヒット。ポニーテールのコニーって女性がボーカル、「もろオールディーズ」な雰囲気を完璧に作り上げてた。それにしてもこの時期、オールディーズ調の曲がすごく多かったんだなあ。ストレイ・キャッツあたりの影響?
涙のスウィート・チェリー
ハリケーン(シャネルズ)
前者は彼らには珍しいオールディーズ風バラード、後者はいつものアップ・テンポな曲で、ニール・セダカの「恋の終列車」を思わせる歌詞。前者は実はベストテン入りしてないけど、物悲しいメロディが結構好きだった。後者は最近「ゴスぺラッツ」なる、ラッツ&スター(シャネルズが後に改名したもので、同じグループ)とゴスペラーズの混成ユニットでリメイクしてるから、若い人にもお馴染みかも。
守ってあげたい(松任谷由実)
薬師丸ひろ子主演映画「ねらわれた学園」テーマ曲。それまでは実はヒット・チャートには縁がなく、テレビにも出ずで、名前くらいしか知らなかった人だけど、ここに至ってはじめてどんな人なのか認識した。まだ80年代後半のように「やり過ぎ」感もなく、荒井時代同様、ノスタルジックなポップ・メイカーしてるから、純粋に「いい曲」だと思った。
シャドー・シティ(寺尾聡)
この年いちばんのヒット曲は、この人の「ルビーの指輪」。だけど実はほぼ同時期に2曲のシングルを出していて、「ベストテンに一度に3曲ランクイン」という記録を作ったこと、知らない人も多いかも。その「ルビー〜」以外の2曲のシングルのうち1曲がこれ。イントロで長い「トゥトゥルルー」というハミングが続くんだけど、これがクールでカッコよかったのと、このパートを歌う時、タバコに火をつけて吹かしてたのも印象的でした。
サチコ(ニックニューサー)
この曲って、ジャンル的には「ムード歌謡」になるんでしょうか。私は「ニューミュージック」だと思って聴いてたけど。実は福岡市の中洲の御当地ソング。火がついたのも、実は福岡から。ということで印象に残ってたりする。
恋のぼんちシート(ザ・ぼんち)
前の年から続いた漫才ブーム、その頂点がこの曲の大ヒットと、彼らが武道館コンサートを開いたこと(大半は歌じゃなく、漫才:笑)じゃないでしょうか。この曲は単に、当時得意としてた「アフタヌーン・ショー」(当時人気のあった昼のワイドショー)のパロディ・ネタを無理矢理歌にしただけで、特に内容はない。でもなぜか、好きだった。今思えば「何で?」と思うけど、まあ、それだけ勢いがあったということか。
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