第1回からマニアックな、そして、反則(ブリティッシュ・インヴェイジョン以前)ということで申し訳ない・・・。しかし、なぜか、語られることが少ないことを常々悔しく思っていたので最初はこのアーティストでいきます。
なにしろ、「独断と偏見」なのでご了承を!
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| 「だっちゅ〜の!」ということになるのか(笑)。しかしロック・ファンの人なら「ミック・グリーン率いるパブ・ロック・バンド」と答えるだろう。確かにこの数年、ミッシェル・ガン・エレファンツの活躍もあってか、
70年代半ばのパブ・ロックに対する評価がうなぎ上り。そのブームに乗って、70年代の再結成パイレーツの人気も沸騰中で、私も大変喜ばしいことだと思っている。 だけど、ちょっと待て! 70年代以降のパイレーツは、あくまでも「再結成パイレーツ」でしかないし、「パブ・ロック・ギターのヒーロー」の名を欲しいままにしているミック・グリーンは「元祖パイレーツ」では、その歴史のほんの 1ページを飾ったメンバーに過ぎない。「パイレーツ最高!」「ミック・グリーン最高!」そう言いながら「元祖」を知らない人がいるとすれば、それは悲しいことだ。だから、パイレーツが注目されているこの時期にこそ、「元祖・パイレーツ」 及び、その中心人物ジョニー・キッドのことを多くの人に知って欲しい、そう願わずにはいられないのだ。 |
| ジョニー・キッドは1935年、ロンドン生まれで本名はフレドリック・ヒース。ビートルズなどと同じく、50年代半ばのスキッフル・ブームに影響を受けてバンドをはじめた。ある日、ギターの切れた弦が目に刺さり、眼帯をつけてステージに立たざるを得なくなった。
ところが、それが逆に観客に受けたため、目が治ってからも眼帯をつけてステージに立ち続け、ジョニー・キッド&パイレーツを名乗るようになった。やがてスカウトの目に留まり、人気音楽番組「サタディ・クラブ」のレギュラーに。同時にHMVともレコーディング契約を結んだ。
当時のパイレーツのメンバーはアラン・キャディ(lead・g)、ジョニー・ゴードン(b)、トニー・ドチャティ(g)、ドン・トイ(d)。ただしドラマーは全く固定せず、その後シングル1枚ごとに入れ替わっている。 1959年Please Don't Touchでデビュー。いきなり全英25位を記録している。「ビートルズ登場前夜」のイギリスのロック・シーンは実に原始的なものだった。ストリングスやブラス中心のイージー・リスニング風の音をバックに、アメリカ産のR&Rをカバー、 又は模倣したものばかり。確かに、クリフ・リチャード&シャドウズというオリジナリティのあるスーパースターはいたが、正直言ってロック的な感覚には欠けていた。そんな中に現れた彼らのサウンドは斬新だった。ギターにエレキ・ベース、ドラム・キットという いわゆる「コンボ編成」のバンド、今聴けばそれほどでもないが、ロック的感覚、及びブラック・フィーリングも感じられるキッドの唱法は明らかに同時代のイギリスの他のアーティストを大きくリードしていた。60年に入り、キッド、キャディにブライアン・グレッグ(b)、クレム・キャティーニ(d)にメンバーが固定、 ザ・フーがLIVE AT LEEDSでカバーしているShakin' All Overが全英1位に。当時は海賊ファッションに身を包んだジョニー・キッドが、ギターのアラン・キャディに向かってナイフを投げつけるといった演出めいたステージングも見せていたらしい。とはいえ、そうしたパフォーマンスも、ストレートなR&R感覚も当時は正当に評価されていなかったようで、 これ以降、しばらくはヒットから見放されている。そのことを思うと「早すぎたアーティスト」だったのかと、ちょっと複雑な気分にさせられる。そして、この低迷がジョニー・キッドの現在の評価の低さの原因なのかもしれない。 |
| 61年、パイレーツに危機が訪れる。オリジナル・メンバーのアラン・キャディがインスト・バンド、トーネイドーズ(Telstarの大ヒットで知られる)結成のため脱退。他のメンバーもキッドのもとを離れていったのである。が、これが不幸中の幸いだった。
62年になって新たに加入したのがミック・グリーン(g)、ジョニー・スペンス(b)、フランク・ファーレイ(d)。ここに歴代最強の「海賊」たちが揃うのである。この時代の音源を聴くと、これ以前のラインナップとは比較にならないほどバックの音が力強く、ノリも数段よくなっているのが分かる。
前以上に「ビートルズ前夜」の他のアーティストとの格差が広がっている。 しかし、マイナーヒットはいくつか放ったものの、トップテン・ヒットは生み出すことができなかった。さらに追い討ちをかけたのが・・・。63年に入ると、ビートルズが突然現れ、あっという間にイギリスのヒット・チャートの勢力分布図は塗り替えられてしまったのである。うまくその、 ブリティッシュ・ビート・ブームに乗って再ブレイクすることは出来なかったのか?という疑問もある。しかし、「ビートルズ以前=古臭い」とされてしまっていたこの時代、どんなに彼らに実力があっても「旧勢力」と見なされてしまえば最後、浮上することは出来なかったのだろう。 せっかく「最強メンバー」が揃った矢先にビートルズ登場。不幸なバンドだ。しかし、今CDなどで聴けるこの時代の演奏は文句なく素晴らしい。「再結成パイレーツ」しか知らない人にこそ聴いて欲しいと思う。 |
| 65年、ミック・グリーンがビリー・J・クレイマー&ダコタス加入のため脱退。後任のギタリストとしてジョン・ウェイダー(後にアニマルズ、ファミリーに参加)が加入。さらに、それまでサポート・メンバーだったヴィック・クーパー(key)も正式メンバーとなった。メンバーの交代はあったが
サウンド自体には大きな変化はない。ただし、ウェイダーも悪くないものの、やはりグリーンと比較すると分が悪い。さらに66年になると、「最強のリズム隊」スペンス&ファーレイをはじめ、全メンバーが脱退。ニック・シンパー(b:後に第1期ディープ・パープル)、ミック・ステュアート(g)、ロジャー・トゥルース(d)
というメンバーでパイレーツを再編成。しかし、この時代のテイクは演奏も聴くべきところはないし、キッドのボーカルもこころなしか覇気がないように思われる。バンドの活動も細々とライブハウスなどで演奏するのみになっていた。 66年10月7日、ライブを終えた帰り道キッドは交通事故に遭い、そのまま他界・・・。サイケ、フラワー・パワーの吹き荒れる67年はすぐそこに迫っていた。初期の頃から演出じみたパフォーマンスを得意としていたキッド。そんな彼のキャラクターを持ってすれば、この「フラワー・パワーの時代」に 復活することも可能だったかもしれない。そう思うと、この急死はとても残念に思われる。 その後、70年代半ばパブ・ロック・バンド、ドクター・フィールグッドのウィルコ・ジョンソンが好きなギタリストに、ミック・グリーンを挙げたことから、一躍パイレーツは再評価されるようになる。そんな中、「最強メンバー」時代の3人、グリーン、スペンス、ファーレイによりパイレーツは再結成され、新たなファンを 開拓したのである。その後、80年代に入ってからはグリーン以外のメンバーは入れ替わっているものの、現在も活動中である。 ビートルズ登場前は「早すぎた存在」、最強メンバーを揃えればビートルズ登場、浮上出来そうな時代を前にして急死・・・。ジョニー・キッドという人、本当に不幸な人だったと思う。しかし、残された作品は文句なく素晴らしいし、もっと多くの人に聴いて欲しい、知って欲しいと思う。特に再結成パイレーツしか知らない人にこそもっと知って欲しいと思う。 個人的には本で読んだことしかないパフォーマンスを見てみたい。しかし、映像なんて残ってないんだろうなあ・・・。ビートルズ登場以前のイギリスにもこんな人がいたということ、忘れてはいけないと思う。 |
| 「オリジナル・パイレーツ」活動期間中の59〜66年の間、オリジナル・アルバムは結局1枚も発表されなかった。しかし、ベスト・アルバムは多数発売されており、これらの収録曲に大差はない。そんな中、92年には「オリジナル・パイレーツ」時代の未発表テイクを含む全テイクを収録したCDも発売されている。ということで、今回はこのCDを紹介したい。 |
●THE COMPLETE JOHNNY KIDD
手持ちのCD:VECD-2504〜2505(ヴィヴィッド)
購入時期 1995年頃
92年発売の2枚組アンソロジー盤。何と「オリジナル・パイレーツ」の未発表テイクを含む全テイクを収録している。 まずDisk-1:の1〜23.がアラン・キャディがギタリストだった時代のテイク。デビュー曲の1.Please Don't Touch、No.1ヒットの9.Shakin' All Overはもちろん注目だが、同時代のイギリス人アーティストにないロック感覚の感じられるキッドのボーカルが印象的なYes Sir,That's My 、Linda Lu、So What、マイナー・ヒットのRestless あたりが聴きもの。ストリングスをバックに歌われるSteady Date、If You Were The Only Girl In The World、Hurry On Back To Love 、I Want Thatのようなガッカリさせられるテイクもあるが、逆に「ビートルズ前夜」のイギリスのロック・シーンを窺い知ることが出来るともいえる。Disk-1:の24〜33.、Disk-2の1〜15.がミック・グリーン、ジョニー・スペンス、 フランク・ファーレイの「最強メンバー」の時代のテイク。やはりこの時代のテイクがずば抜けた出来であることは明らか。マイナー・ヒットのA Shot Of Rhythm And Blues、I'll Never Get Over You、Hungry、ビートルズがBBCセッションで演奏したDisk-1:の26.Some Other Guy、スモーキー・ロビンソンのDisk-2:の12.Shop Around、ベン・E・キングのDisk-1の29.Ecstacy、 アラン・キャディ時代のナンバーの再演でバンドが大きくパワー・アップしたことが忍ばれるLet's Talk About Us-Version2、Please Don't Touch-Version2など、聴きどころが多い。「再結成パイレーツ」ファンの方にとって注目はCastin' My SpellとMy Babeだろう。この2曲、キッド抜きでレコーディングされているので、「再結成パイレーツ」による演奏の原形はここにあったといっても過言ではない。とはいえ、 ベスト・テイクはアーサー・アレキサンダーのカバーで、マイナー・ヒットを記録したDisk-1:の25.A Shot Of Rhythm And Bluesとドクター・フィールグッドのバンド名の由来となった33.Dr. Feelgoodだと断言してもよい。キッドの表現力豊かなボーカルとグリーンの力強いカッティングが素晴らしい。この時期がバンドの全盛期だったことがはっきりと感じられる。Disk-2の16〜24. はギターがジョン・ウェイダーに交代した時期のテイク。オーティス・レディングの18.Can't Turn You Loose、No.1ヒットDisk-1の9.の再演である19.Shakin' All Over('65)が目をひくが、19.は残念ながら成功しているとは言い難い。残るDisk-2の25〜29.が最終期のメンバーによるテイク。残念ながら特に聴くべきところはない。 全62曲、初心者の方にはちょっとヘビーすぎるかもしれない。しかし、熱狂的な「再結成パイレーツ」ファンの方には1枚もののベストではなく、この2枚組を聴いて欲しいと思う。初期の「時代」を感じさせるテイクも、覇気のない最終期のテイクもすべて聴いていただいて、このバンドの本当の歴史をすべて知って欲しいと願わずにはいられない。なお、国内盤は最近見かけなくなってしまったが、輸入盤なら比較的よく見かけるので入手は難しくないと思う。ただし、大手輸入盤CD店では、Pirates(再結成パイレーツ)とJohnny Kidd & The Pirates(オリジナル・パイレーツ)のコーナーは別々に分かれている ケースが多いので注意が必要。 (追記):その後、このアルバムは国内盤だけじゃなく、輸入盤も見かけなくなったので、既に廃盤と思われる。その代わり、輸入盤なら1枚もののベストが乱立されつつあるようなので、このテキストを作成した1998年7月頃よりは、彼らのアルバム自体は手に入れやすくなっているものと思われる。(2000年8月20日) *アルバム好感度 80
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*:1998年7月12日UP
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