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| 私事ですが、2001年9月、個人的事情により故郷・福岡県に戻ってまいりました。本当に突然のことで、未だ気持ちの整理もつきません。地元を離れて9年、しかもその間、ほとんど帰郷する機会もなかった、まして定住するとなると慣れないことばかりで、ただただ戸惑いながら生活している、
そんな毎日です。それに、わずか9年で全く別の場所のように変わってしまった街を見ると、一抹の寂しさも感じるし、自分がこれから先どうなるのかという不安もありで・・・。 ということで、地元に帰って最初の更新ネタとして、地元・福岡県出身のバンドを特集してみました。ご存知の通り、福岡県は多くのアーティストを生んだ音楽の盛んな土地柄ですし、 私自身も感覚的に共感できるアーティストはとても多いのです。共感できない人も結構いるけど、それはもちろん無視、名前も伏せておきます(笑)。 |
で、最初に買ったのがこのベスト盤。デビューはマイナー・レーベル、70年代末にアルファに移籍してブレイク、80年代にビクターへとレコード会社を渡り歩いてる彼ら、このベストはビクターから発売されたものだからフォローされている時代は1984年〜1988年。その分、アルファ時代ほどの若さ、福岡のバンドらしい野暮ったさは若干薄いけど、オリジナル曲が多く、クオリティの高さも感じられる。 彼らのサウンドの特徴は、鮎川が伝説のバンド、サンハウス時代に培ったブルース、R&B寄りのブリティッシュ・ビート的な感覚、つまり初期ストーンズやヤードバーズ風のサウンドの中に、パンク的なストレートなノリ、 アメリカン・ポップス的なドリーミーなメロディ、さらにはグラム・ロック的なきらびやかさなどをも無理なくブレンドしたものである。特に「ロニー・スペクター(ロネッツ)が最高のアイドル」というSheenaの(イメージとは違うけど実は)甘い、舌っ足らずっぽいボーカルが、サンハウスにはなかったポップさ、きらびやかさをもたらすことに成功している。 それは超ポップで、「シングルとして大ヒットしていてもおかしくないのでは?」とすら思わされる1.Big Beat、60年代モータウン風のリズム、メロディの3.Sweet Inspirationに感じられる。シナロケというと、「硬派なR&Rバンド」というイメージが強いけど、 意外とポップで甘酸っぱい側面もあって、それがサンハウスとの決定的な違いだといえよう。 だけど、ルーツを持たない薄っぺらなアーティストがこういう楽曲を作曲、演奏すると、甘っちょろい「軟弱ポップス」になってしまうんだろうけど、そこはブルース、R&Bに造詣の深い鮎川がいるから、 「甘口」な印象は全くない。ブルースに根差しつつも、パンクなどの新しい感覚を無理なくブレンドした鮎川のソング・ライティング、ギターがあるからこそ、彼らは「日本を代表するR&Rバンド」として君臨していられるのだろう。でも、出しゃばってソロを弾きまくることもない、あくまでも「曲をひきたてるギター」に徹するところも彼の良さ。 それから、YMOとのYou May Dreamに代表される「新しもの好き」なところも彼の特徴だから、イメージと違って「頑固一徹」でないところも彼の長所。このように見てくると、彼は「音楽のツボを心得たアーティスト」ともいえる。「福岡の人は音楽にうるさく、造詣が深い」 というイメージは、財津和夫でも、井上陽水でもなく、彼が築いたイメージなのかもと思ってしまう。 楽曲について触れるスペースがなくなったけど、アルファ時代の代表曲15.Lemon Tea、16.You May Dreamは、ここでは山口冨士夫(元村八分)参加のライブ・バージョン、前者でヤードバーズのOver Under Sideway Downのリフをアドリブで弾く鮎川には思わずニヤリとさせられる。 13.Dynamite、14.Virus Cupsuleは鮎川が上手くはないけど、キャラクターそのままの無骨なボーカルを聞かせる。個人的には先に述べたデパートのCMで流れていた2.Happy Houseが思い出深い。この曲の流れる中、派手な衣装で料理、洗濯をするSheena、子供を背負ったままギターを弾く鮎川。 硬派に振る舞うほど、野暮ったいのか、カッコイイのか分からなくなってしまうところも、いかにも福岡県人らしいと思う。 *アルバム好感度 90
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Disk-2:1.Breakin' My Heart、2.Ready Steady Go、3.Ready Steady Go [Extended Club Mix]、 4.Farewell、5.ジャマをするな、6.Boys Go Crazy、 7.涙のLast Night、8.Black Blitz Boy、9.Everybody Loves Somebody、10.Ace Boon、11.気をつけな、12.Blue Song
これはタイトル通り、デビューの1981年から1991年までのベスト。一般的に知られるようになったのは先に述べた「激しい雨が」からだけど、実はデビューの81年頃から一部の熱狂的ファン、ロックに詳しい人たちの高い支持を受けていたバンドだった。さらに、始動は70年代半ば、鮎川のサンハウスに刺激を受けたというのだから歴史は長い。 つまり、「激しい雨が」がヒットした時点で既にしっかりとしたキャリアを築いていて、ルーツもしっかりと持ったバンドだったよう。実は詳しくないので、これ以上はあんまりディープに語れないけど(笑)。ただ、福岡の同時代のバンドと比べると、 それほど「ルーツ」は前面に出さず、あくまでもパンキッシュでストレートなサウンドに徹し、また、サウンドよりも硬派な歌詞、キャラで支持を得てきたバンドといった方がよい。つまり、サンハウス→シナロケ、ルースターズよりも、ARBに近い存在といえるかもしれない。 彼らを敢えてジャンル分けすれば、やっぱり「パンク」になるんだろうけど、純粋なパンクにもなりきれないのもまた、福岡のバンドらしい。森山達也の「クラッシュに影響を受けた」という言葉通り、余計な飾りを一切取り除いた2.「ゴキゲンRADIO」のようなサウンドがいちばんこのバンドらしい。 また、尾崎豊登場までは「現代の若者の代弁者」といわれた(らしい)彼らだけあって、硬派な詞作も特徴。彼らの代名詞ともいえる1.「崩れ落ちる前に」、塀の中の男の気持ちを歌った7.「バラッドをお前に」(ストーンズのWaiting On My Friendにそっくり)も彼ららしいけど、やはり印象的なのは代表曲6.Two Punks(ここでは観客の大合唱入りのライブ・バージョン)。70年代の日本の若者は「体制」に反発、反抗を掲げていて、 頭脳警察などのロック・バンドも、そうした詞作で「若者の代弁者」といわれていた。だけど、80年代の若者は、不満はあっても、「破壊したい」欲求よりも、「ここから抜け出したい」気持ちが先に立ちがちだった。この曲でも、「何に不満をぶつければよいのか、自分がどうすればいいのか、これからどうなるのか分からず、戸惑い、現状から抜け出せずにもがいている」、そんな閉塞感を歌った曲である。 70年代世代には「甘ったれ」と映るだろうけど、私には「破壊」すらも肯定的に歌った70年代の日本のロックの歌詞よりも数段リアルだし、何よりも親近感が持てる。もちろん、全面的に支持するということもないけど、「どっちの気持ちにより共感できるか?」といわれれば、断然Two Punksの方であることは間違いない。 特に今の私(既に「若者」ではないが:笑)の心には、この曲の歌詞はどうしようもないほどリアルだ・・・。 とにかく「反抗」でも「破壊」でもなく「閉塞感」。尾崎豊もまた、タイプは違うけど「反抗」よりも「閉塞感」を歌ったシンガーだったと私は思ってるし、これが80年代の空気だったんじゃないだろうか、と「80年代世代」の私は思う。 ただ私はメッセージ色の濃い邦楽は苦手。日本語だと歌詞がダイレクトに心に突き刺さってくるので息が詰まることもある。だから私は彼らを聴く時、歌詞よりもむしろ、硬派でストレートなキャラクターや楽曲を「楽しむ」ことに重点を置いている。Disk-2以降、次第に初期ほどシンプルではなくなっていくけど、そんな中でもちゃんとサンハウス経由のビート・バンド的な感覚や パンキッシュな一面が見え隠れしている。やはり彼らは単なるパンク・バンドじゃなく、紛れもない福岡のバンドなんだと痛感させられる。 *アルバム好感度 70
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とはいえ、洋楽のロックを聴き込んできた者からすると、甲斐バンドはやはり「ロック」というより、ニューミュージックのアーティストに近いことは否定できない。彼の作品は、フォークを骨太にしたようなものが多いし、歌詞の世界も(チューリップのところで述べたが)チューリップ同様、当時の「四畳半フォーク」的なものを感じる。 つまり、ロックよりも、日本のフォークの影響の方がより強いことは誰の目にも明らかだ。なので、一部の洋楽偏重の評論家による「甲斐バンドをロックとは思えない」という(屁)理屈も、実は分からなくもない。 だけど、甲斐本人が「ロックだ」といえばロックなんだと私は思うし、「ロックだ」「フォークだ」などというジャンル分け自体がナンセンス極まりない。甲斐の作風には財津よりも数倍ロック的感覚があると思うし、それよりもなによりも、ロックであろうが、フォークであろうが、彼の作品が魅力的であること、それは動かし難い事実なんだからゴチゴチャ言うなってとこ。 2.「裏切りの街角」で連発される「オイラ」という一人称など、言葉選びのセンスも「裏通りの野良犬」的なイメージをより強くする。こうした感覚は、この後甲斐に憧れて鹿児島から福岡に出てきて腕を磨く長渕剛、その長渕に憧れて活動をはじめるチャゲ&飛鳥(ローマ字表記になってからの彼らからはこの感覚が消える)へと受け継がれる感覚。 こうした「ハングリー感」「薄汚れたイメージ」も、この頃の福岡のみの持つ空気だったし、今の私の気分だと「東京生まれで温室育ち、青白い顔したオシャレ系の軟弱兄ちゃんらには絶対にこの感覚は分からんやろ!」と叫びたくなる。 で、このアルバムはデビューから1980年のヒット曲18.「ビューティフル・エネルギー」までの時期をフォローしたベスト盤で、もう1枚、1981年から解散の1986年までをフォローした「マイナス・セレクション」も同時発売された。私も2枚を同時に入手したが、今回はよりポップな作風に変化、シンセも駆使した作品を発表するようになる80年代のナンバーが中心の「マイナス・セレクション」よりも、 「ハングリー感」溢れる初期の作品中心の「プラス・セレクション」の方をご紹介した次第。特にその辺の感覚があるのは12.Ladyまで。多くのチャートで1位になった大ヒット13.Heroを境に、より飾り気の多い作風に変化していく。クリスマス・ソングの定番16.「安奈」、化粧品のCMソングだった18.「ビューティフル・エネルギー」などにそれが顕著。 確かにこの辺の作品以降、次第に初期の青臭さ、ハングリーさが若干薄らいでいく印象がある。ただ、どんなに飾り気が多くなろうとも、スマートにもオシャレにもなれず、どこか無愛想で野暮ったく、薄汚れたまま。この辺が売れるにつれてオシャレ(=軟弱)になっていった同時代の他の「ニューミュージックの大物」とは一線を画するものがあるし、「ロック的」でもある。ただ、私と甲斐バンドの出会いは、小4の時にヒットした13.Heroだったので、 その前後の曲に一番思い入れがあるというのも偽らざる事実。「テレビに出ない」宣言を破って「ザ・ベストテン」に酔っ払って登場、Heroを熱唱した甲斐の姿は、ガキだった私にとって「ものすごくロック」で、ダーティで、でもカッコよく映ったし、当時から好きだった。 それなだけに90年代、甲斐が小室哲哉に急接近して安室らと笑顔で小室作品を歌う姿を見た時は、何かが崩れていくような気がして、心底ガッカリしたものだった。 *アルバム好感度 80
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*:2001年10月10日、MY CD COLLECTION内にUP
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