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| ザ・バッヂとは:1974年にデビューした福岡出身のマージー・ビート風ポップ・バンドがリンドン(後にARB初代ギタリストになる田中信一も在籍)。数枚のシングルを発表するものの商業的成功を収めることなく解散、地元に帰ったリーダーの田中信昭は、若きリンドン・ファンの中村昭二&川崎哲と出会い、1978年によりロック色の濃いバンド、ザ・レインを結成した。上京後、バンド名をザ・バッヂと改めて活動。 1982年6月、ジャムの来日公演の前座を務めた際、観客や音楽関係者のみならず、ポール・ウェラーからも大絶賛されて一躍注目を浴びる。ジャムのマネージャー(ウェラーの父)よりイギリスでのデビューの話も持ち掛けられたが、既にテイチクとの契約を済ませていたこともあって実現せず。同年7月にテイチクよりシングル「ふたりのフォトグラフ」でデビュー。その後、レーベルを転々としながらアルバム1枚とシングル7枚(マキシ・シングル含む)を発表、 渋谷Egg-Manを拠点とした精力的なライブ活動でも人気を博したが、「ロックはセールス的成功に結びつかない」当時の風潮もあって商業的な成功を得ることなく、1986年9月に解散。21世紀になった頃から「ジャパニーズ・パワー・ポップの元祖」「ジャパニーズ・ネオ・モッズの名バンド」としてバッヂ再評価の声が高まり、さらに欧米のパワー・ポップもの、ネオ・モッズもののコンピ盤に彼らの楽曲が収録されるなど、その人気は日本だけに留まらなくなった。 残念ながらリーダーの田中信昭は1999年5月、その再評価を知ることなく若くして他界。しかしフロントマンの中村昭二は2003年、バッヂ再評価の声が高まる中、ソロ・アーティストとして音楽活動を再開、今後の活動が期待される。音源に関してはレーベル移籍が多い故に権利関係が複雑でCD化が遅れていたが、MM Recordsなど自主制作レーベルの働きかけ、ネット上でのファンによる「再発署名運動」(私も署名済)の甲斐もあって、ようやくCD化が進行しはじめた。 |
やはり公式録音曲のシングル4曲1〜4.の出来が素晴らしい。1.ふたりのフォトグラフ、は田中がリンドン時代に書いた曲。ということもあって、もろマージー・ビートな甘酸っぱいメロディが印象的。しかし演奏はアグレッシブで、リズム・パターンはビートルズのAll My Loving風。当然「リンドン時代に田中が書いた作品」ということで、 もともと田中がボーカルをとっていたが、「若い中村をメインに売り出したい」というマネージメントの意向で急遽中村がボーカルをとったというエピソードも残っている。2.うかれ気分でDancing、はラズベリーズ風のポップ・ロックで、初期ザ・フーのような弦をこすり付けるようなギターの音が響いたり、エンディング付近ではポール・マッカートニーのEat At Homeのような転調も現れたりと、中村の趣味全開。前書きにある「海外のコンピに収録された」のは実はこの曲。 ビートルズなど60年代マージー・ビート好きの田中に対し、そのフォローワーのラズベリーズやバッドフィンガー、更には初期ザ・フーなどのモッズをも通過している中村らしい作品である。しかしより中村の色が強いのがセカンド・シングル3.ウインクはお手のもの。I Saw Her Standing Thereを連想させる力強いカウントに導かれてはじまるアグレッシブなナンバーで、単なるポップ・ロックに終わらず、パンクや初期ザ・フーを思わせる荒々しさも併せ持っているあたりが素晴らしい。ギターの弦を叩き付けるような中村のギターはジャム時代のウェラーを思わせるし、 3コーラス目のみに現れる転調はポール・マッカートニー的アイデア。私にとっては永遠のザ・バッヂのベスト・ソング。そのB面の4.Just One Kiss、も同様にポップなメロディとアグレッシブな演奏が融合したパワー・ポップ。もともとザ・バッヂは「リンドン=田中に憧れた中村&川崎が、田中をサポートすべく結成したバンド」ではあったけど、この時点で「フロントマン(メイン・ライター&メイン・ボーカル)は中村」という地位が確立されたようだ。とはいえ、年長で、中村&川崎にとって「永遠の憧れの先輩」であった田中は、以降も「精神的支柱としてのリーダー」であり続けた。なお、この2枚のシングルのプロデューサーは ザ・フー関連のライナーや記事でお馴染みのライター、保科好宏(ザ・フー・ファン・クラブ初代会長)である。 残るボーナス・トラックのうち5〜7.はデビュー・シングルと同時期、1982年4月にレコーディングされて未発表に終わっていた音源。5.甘い夜と7.One More Timeは中村&田中の共作。うち5.甘い夜、はまるでビートルズのレノン=マッカートニーのように、田中の作った前半と中村の作ったサビをドッキングさせて作られたナンバーで、しかもボーカルもそれぞれ自分が作ったパートでリードをとっており、 興味深いところ。歌詞も曲調もI Saw Her Standing Thereを思わせるオールドR&R風の仕上がりだが、後に再レコーディングされてアルバムTOUCHにも収録されている。残る8〜11.はレイン時代、つまりまだ博多で活動していた1979年にレコーディングされた「デビュー以前音源」。やはりまだ田中色が強く、ブギー調の中村作品9.Cry Baby以外はすべて田中の作&ボーカル。特にデビュー・シングル・ナンバーの田中ボーカル・バージョン、11.ふたりのフォトグラフを、中村が歌っている1.と聴き比べるとよく分かるんだけど、この時期の彼らは デビュー後と比較するとマージー・ビート色が濃く、ロック色が薄い。「ロック化したチューリップ」という趣すらある。これもこれで悪くないし、田中の魅力の感じられる好テイクではあるけど、やはりよりロック色を強く打ち出した1.の方に軍配が上がるというのも正直な感想。それを思えば「ボーカルの交代を告げられても、特に揉めることもなくスムーズに対処した」という(保科談)、田中の対応には賛辞を贈りたい(実はこのことに不満を抱いたのは中村の方だったよう)ところだし、彼の人柄も偲ばれるところである。ラブ・バラード10.心から愛する君に、の繊細な歌声にも彼の人柄が滲み出ている。 とにかく、1〜4.のシングル曲はジャム、ザ・フー、ラズベリーズ、バッドフィンガー、ビートルズなどのファンは必聴。このすべてが好きな人は、絶対にはまるはずだと断言する。私にとっては「バッヂ初体験」の編集盤。思い入れは強い。 *アルバム好感度 90
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とにかく捨て曲は全くない。初期ザ・フー風のシャープなサウンド+パンキッシュな1.Lady On The Radio、Hippy Hippy Shake、Sha-La-La-La-Leeの歌詞も歌い込まれたマージー・ビート讃歌2.Going Back To My 60's、シュープリームスの「恋はあせらず」風のベースとタンバリンが小気味よいR&B風の3.Down Town Sensation、ストーンズのThe Last Time風のリフを持った 5.いかれた調子で、「テイチク・シングル・コレクション」にも収録されていた(ニュー・バージョンの方がボーカルも演奏もパワー・アップ)田中と中村の共作9.甘い夜、女性ファンに圧倒的人気を誇ったというジャム風サウンドと甘い歌詞を持った10.内気なサンディ、唯一の田中の単独作&ボーカル曲でマージー・ビート調のフォーク・ロック11.くちびるかみしめて、オルガンもフューチャーしたモッドな12.Lazy Action、 田中&中村の共作(ボーカルもふたりで分け合うがメインは田中)で哀愁漂うバラード14.Last Chanceと、本当に名曲ばかり。モッズ、パワー・ポップ、マージー・ビート、どのファンにも受けること間違いなし。しかしなんといっても最高に素晴らしいのは、ザ・フーのThe Kids Are Alrightのような、「Kidsアンセム」的な歌詞を持った7.傷だらけのTeddy Boy、13.Union Jackに魅せられての2曲。 前者はミドル・テンポで哀愁のメロを持つ一方、中村のボーカルと田中&川崎のバック・コーラスが絶妙な掛け合いを聞かせる、メロディ、展開とも申し分ない傑作。後者はザ・バッヂの代名詞ともいえるストレートなビート・ロックの名曲で、とにかく歌詞が素晴らしい。 捨て曲なし、代表曲も多く収録されているので、「これからバッヂを聴いてみたい」という方には真っ先に推したいアルバム。日本人好みの「まずメロディありき」なロック。音楽業界やロック通から高い評価を受けながら、リアル・タイムで売れなかったという事実は、全くもって不可解。中村はバッヂ時代&解散後に「大阪版おニャン子」ICHIGOちゃん、吉川晃司、台湾で売り出したアイドル千葉美加などに楽曲提供、それなりの成功を収めていることからも分かる通り、彼の作品は決して「一般受け」しない類のものではない。「90年代に活躍したL-Rをパンキッシュに、クールにしたバンド」という印象なので、「早すぎたバンドか?」「登場があと7、8年遅ければ」という気もしないでもない。 結局ザ・バッヂは2社目のリバティにも、このアルバム1枚を残しただけで翌1984年にはキングに移籍。キングにもシングル2枚とマキシ・シングル3枚を残しただけで1986年には解散している。つまり結果的にこのアルバムが彼らにとって唯一のオリジナル・アルバムになってしまった。裏にはいろいろな事情があったんだろうけど、腰を据えて1社に在籍し続け、ビートルズにとってのジョージ・マーティンのような強力かつ有能な裏方と出会えていればどうなっていたんだろう・・・、という気もしないでもない。本当に彼らがリアル・タイムでの成功を手に入れられなかったこと、そして当時、私自身も彼らの存在に気がつかなかったこと、そのふたつは悔やまれるところである。 *アルバム好感度 100
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1曲目の1.Ready Steady Goは「いかにも」なタイトルが嬉しい初期ザ・フーとパンクをブレンドしたようなアグレッシブなナンバー。もう、この1曲で「完全復活」を強く印象づけさせられる。さらに叩き付けるようなリズムが印象的な2.Special Eyes、モータウン風のリズムと思わずニヤリとさせられるタイトルを持った3.All Or Nothing、 メロディアスでありながらパンキッシュな4.Dancing In The Rain、ナックのMy Sharonaをパンキッシュにしたような5.お前が欲しい、とアグレッシブなナンバーが続く。確かに作風はザ・バッヂ時代と変わらない、パワー・ポップとモッズが融合したビート・ロックなんだけど、ザ・バッジと比較するとよりパンキッシュで攻撃的なサウンドに仕上がっているのが分かる。もちろん、3ピースのバッヂと比べると、バックの音が分厚くなっているのも理由のひとつだろうけど、 むしろ中村自身の気持ちが「前のめり」になっていること、それがより大きく影響しているものと思われる。「久々の作品だから」「40代のアーティストの作品だから」ということになると、往年よりおとなしくなるのが普通なのに、明らかに「暴走度」が上がっているのが凄い。一方で「ニューヨークの自爆テロと、その後の世界情勢にショックを受けた」という中村の心情が反映されたような歌詞が印象的な6.No War Yes Music、そして彼にとって兄貴的存在だった故・田中信昭に捧げた7.Mr. Tの2曲は メロディアスなフォーク・ロックに仕上がっていて味わい深い。特に後者の「ねえ、ジョンとジョージには会えたんだね?」の歌詞は胸に迫るものがある。一方でラズベリーズの名曲を思わせるタイトルと作風の10.Ecstasyのようなメロディアス・ナンバーも健在、さらにロカビリー調のベース・ラインを持った11.Good Vibrationのような作品もあり、多彩なところを見せてくれる。ラストはザ・バッヂのデビュー・シングルのリメイク14.ふたりのフォトグラフ2003。 バッヂのバージョンと比べるとボーカルが粗削りで、さらにロック色を増した仕上がり。デビュー・シングルのレコーディング時の田中から中村自身へのボーカル交代は彼にとっては未だ不満の残る出来事のようで、彼はオリジナル・バージョンに満足してないようだけど、個人的にはやはりオリジナル・バージョンに分がある、という気はする。しかし「活動再開に当たっての原点回帰」という意味では、意気込みが感じられて好感の持てるセルフ・カバーである。 ということで、とてもブランクを感じさせない内容で「往年のベテラン・アーティストの復活作」だとは思えない。立て続けにセカンドのレコーディングに入った、という情報も流れており、今後の彼の動向に注目したい。 *アルバム好感度 80
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*:2004年4月30日UP
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