ここでは、☆TAKEが音楽について感じたこと、最近買ったCD、自分の音楽の趣味・・・など、音楽についての たわいのない雑談を書いてゆきます。ここに書いてあることは、あくまでも私個人の考えや、感じたことなので、 あらかじめご了承ください。面白い話ではないかもしれませんが、よろしくお付き合い下さい。
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| アーティストの逝去ネタというのは、思い入れの強い、弱いに関わらず、なんとなく感傷的で辛い気持ちにさせられるもの。それが思い入れの強い人になれば尚更だ。ロックの歴史も随分と長くなったし、もともと好きなアーティストが60、70年代に極端に偏ってるしで、アーティストの逝去のニュースを耳にする機会がこの数年、驚くほど多くなっている。
そのたびに何ともいえない寂しさ、辛さを味わってきた。 ところが、2002年の暮れに不意に流れたジョー・ストラマー急死のニュースに接した時の私の想いは、なぜか今までとは全く違っていた。確かに最初に新聞記事を読んだ時はショックだった。だけど、なぜか次に私の胸を過ぎったのは「この人らしいな」。 こんなことを書くと「お前はクラッシュやジョーを好きじゃなかったんだろう?」と思う人もいるだろう。だけど、こちらで述べた通り、私がパンク・バンドの中でダントツで好きなのはクラッシュ。思想的な部分で影響されることはほとんどなかったけど、 バンドのカラー、キャラクター、ルックスも含めて大好きなバンドだ。同じ「反抗的」といっても、どこか道化っぽい要素もあるピストルズと違って、どこまでもまっすぐで武骨。それ故に不器用。そんなクラッシュが好きだった。つまり、彼らへの思い入れは、きっとここを見てる多くの人よりも強かったはずだ。 にもかかわらず、なぜこんな気持ちになるんだろう。 クラッシュはかつて、イギリスの若者のカリスマだった。にもかかわらず、クラッシュ解散後のジョーは実に地味な活動に終始した。まるで「クラッシュでやりたいことはやり尽した」といわんばかりに。クラッシュ解散が、一般サラリーマンにとっての「定年」だったといわんばかりに。 以降の彼の活動は「隠居生活」的ですらあった。THE DIGのクラッシュ特集でのインタビューでも「最早表舞台になど出るつもりはない」といわんばかりの言葉で埋め尽くされていた。つまり彼の中で「ロッカーとしてのジョー・ストラマー」は、クラッシュと共に終わっていたのかもしれない。2002年の秋、彼は福岡公演を行っているが、 私には「行こう」という気持ちは起こらなかった。今思えば後悔もあるが。なぜ行く気が起きなかったのか、自分でも分からないけど、やはり私が彼の言動の中にそれを感じていたからかもしれない。 そんな2002年、クラッシュは「ロックの殿堂」に入ることになった。私はそのニュースに大変な違和感を覚えた。クラッシュがリアル・タイムのイギリスの若者に支持された理由は他でもない、彼らが街の悪ガキにとって身近な存在だったからだ。彼らはいつも「ロック・スター」としてではなく、街の悪ガキと同じレベル、同じ目線で世の中を見て、感じたことを歌い込んだから。 街の悪ガキであり続け、ストリート感覚を失わなかったバンド、それがクラッシュだったはずだ。もちろん、パンク・バンドのほとんどがそうだろうけど、そのメッセージを最もストレートに、率直に投げつけてきたのが彼らだったはずだ。そんなストリートに最も近いはずのクラッシュが、ストリートとは全く対極に位置する「殿堂」なるものに入るというのは、この上なく似合わない。 また殿堂入り後、ジョーとミック・ジョーンズの久々の共演が実現、「クラッシュ再結成」の噂も噴出した。これまた似合わない。ピストルズの再結成の時も方々から大バッシングだった。でも、ピストルズにはもともと、世の中やファンだけではなく、自分たちをも嘲笑し、唾を吐きかけ、罵声を浴びせて挑発するような、自虐的&道化的な要素を持ち合わせたバンドだから、私個人は再結成を決して不思議には思わなかった。 自分たちでかつての自分たちのパロディを演じ、かつての彼ら自身に唾を吐き、貶めて嘲笑する。その行為はピストルズらしいと思えた。だけどクラッシュは違う。どこまでもまっすぐなキャラクター。その彼らが再結成というのは、どうしようもない違和感がある。もちろん「再結成したら絶対に見たい」想いもあった反面、やはりクラッシュに再結成なんてあまり似も似合わなさすぎる。 そんなことを考えていた矢先、突然ジョーは逝ってしまった。まるで「殿堂入り」「再結成の噂」という、彼らに似つかわしくない「伝説化」がはじまった矢先に、それを拒むかのようにあっけなく。「タイミングのよすぎる最期」に思えるのは気のせいか。ましてTHE DIGでのインタビューを読む限り、彼は「最早俺のやりたいことはやり尽した、思い残すことはない」という境地に達しているかのようだった。 思想とか、政治活動とかのことは分からないけど、「音楽的」にはやり尽してたんじゃないか。 だから余計に「タイミングのよすぎる最期」と思えてしまう。もちろん、「ひとりの人間としてのジョー・ストラマー」が亡くなったことは、この上なく悲しく痛ましい。だけど、クラッシュ時代に「やりたいことはやり尽した」風だったジョー、「伝説」になる寸前だったジョー、完全燃焼の人生だったんじゃないだろうか。きっと、思い残すことのない人生だったんじゃないだろうか。そのことはせめてもの救いだと思えるし、 同時に、だからこそ彼の死のニュースを聞いて、「ジョーらしい最期」という気がしたんだろう。 しかし、ジョーは逝ってしまったというのに、今日も何事もなかったかのように、テレビのCMからいつものようにジョーの歌うI Fought The Lawが流れてくる。当然、生前に同じCMを見た時とは違う気持ちが胸を過ぎる。ああ、本当に伝説になってしまったんだな・・・。 |
| ストーンズの「ロックン・ロール・サーカス」、ビートルズのハリウッド・ボウル・ライブ、BBC、SESSIONS(ANTHOLOGYとして登場)、ジョン・レノンのPEACE IN TRONTO、LOST LENNON TAPES(ANTHOLOGYとして登場)、ジョージ・ハリスンのALL THINGS MUST PASSとCLOUD NINE以外の全アルバム(後にダーク・ホースものは廃盤)、スモール・フェイセズとフェイセズの全オリジナル・アルバム、
バッドフィンガーのアルバム(後に一部廃盤)、それから、ザ・フーのMY GENERATION・・・。これは80年代末、あるラジオ番組の「CD化希望アルバム」という企画に私が投稿した内容。あれから10年以上が経ち、「一生聴けないかも」と思われたこれらのアルバムの大半が、形態やタイトルが変わったもの、一度再発された後に結局姿を消したものもあるとはいえ、
奇跡的に公式発売されてきました。 とはいえ、実現しなかったものも。当サイトのオープン後、1998年から2000年にかけて毎年、年末になると「今年の収穫と来年への期待」というテーマで、「今年買った新譜」を振り返ると共に、 「来年はこれを出して欲しい」などという勝手な希望を書いてアップしていたものです。また、去年暮れには「CD化、再発希望アルバム」もアップしました。これらのテキストは今は削除してしまいましたが。 その中で私が必ず「いい加減出してくれ!」と言い続けたのが、90年代初頭から毎年のように「完成間近」というニュースばかりが伝えられていたジョージ・ハリスンの新譜であり、権利関係の問題でいつまでも再発されずにいたザ・フーのファースト・アルバムMY GENERATIONであり、アラン・クラインの一存で「すべてアメリカ盤」ということになって姿を消した 60年代ストーンズのイギリス盤アルバムであり、一度もCD化されてなかったストーンズの未発表テイク集METAMORPHSIS。ところが、これらの発売、再発が突然、ほぼ同時期、2002年の下半期にまとまって実現。 これが驚かずにはいられるでしょうか、喜ばずにいられるでしょうか! これらのうち、ジョージの新譜に関しては、はからずも「遺作」という形になってしまったわけだから、手放しで喜ぶことができないのが辛いけど・・・。 ただ、サイト開設時から「早く出してくれ」と言い続けてきた、いや、このサイト立ち上げよりもずっと前から、私が待ち望んでいたアルバムが出る、まさに「念願が叶った」というわけ。 というわけで、本来ならリンクして語るのはおかしいのかもしれないけど、私の中では「長く待ち望んだ」という点でリンクするザ・フーのMY GENERATION、ストーンズのデッカ時代の再発もの、そしてジョージの遺作、ここでまとめて語ってみたいと思います。
ということで、80年代末からずっと待ち続けたMY GENERATIONとMETAMORPHSISが遂に再発、90年代半ばから待ち続けたジョージのアルバムも登場、こうなれば、あとは・・・。この続きはまた「来年への期待」と題して、近日アップすることにしましょう。 |
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