ミュージック・ライフPart 15
(2002年11月26日〜2003年1月1日)

ここでは、☆TAKEが音楽について感じたこと、最近買ったCD、自分の音楽の趣味・・・など、音楽についての たわいのない雑談を書いてゆきます。ここに書いてあることは、あくまでも私個人の考えや、感じたことなので、 あらかじめご了承ください。面白い話ではないかもしれませんが、よろしくお付き合い下さい。

      
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今日もCMからI Fought The Lawー追悼ジョー・ストラマー

UP:2003年1月1日
  アーティストの逝去ネタというのは、思い入れの強い、弱いに関わらず、なんとなく感傷的で辛い気持ちにさせられるもの。それが思い入れの強い人になれば尚更だ。ロックの歴史も随分と長くなったし、もともと好きなアーティストが60、70年代に極端に偏ってるしで、アーティストの逝去のニュースを耳にする機会がこの数年、驚くほど多くなっている。 そのたびに何ともいえない寂しさ、辛さを味わってきた。

  ところが、2002年の暮れに不意に流れたジョー・ストラマー急死のニュースに接した時の私の想いは、なぜか今までとは全く違っていた。確かに最初に新聞記事を読んだ時はショックだった。だけど、なぜか次に私の胸を過ぎったのは「この人らしいな」。 こんなことを書くと「お前はクラッシュやジョーを好きじゃなかったんだろう?」と思う人もいるだろう。だけど、こちらで述べた通り、私がパンク・バンドの中でダントツで好きなのはクラッシュ。思想的な部分で影響されることはほとんどなかったけど、 バンドのカラー、キャラクター、ルックスも含めて大好きなバンドだ。同じ「反抗的」といっても、どこか道化っぽい要素もあるピストルズと違って、どこまでもまっすぐで武骨。それ故に不器用。そんなクラッシュが好きだった。つまり、彼らへの思い入れは、きっとここを見てる多くの人よりも強かったはずだ。 にもかかわらず、なぜこんな気持ちになるんだろう。

  クラッシュはかつて、イギリスの若者のカリスマだった。にもかかわらず、クラッシュ解散後のジョーは実に地味な活動に終始した。まるで「クラッシュでやりたいことはやり尽した」といわんばかりに。クラッシュ解散が、一般サラリーマンにとっての「定年」だったといわんばかりに。 以降の彼の活動は「隠居生活」的ですらあった。THE DIGのクラッシュ特集でのインタビューでも「最早表舞台になど出るつもりはない」といわんばかりの言葉で埋め尽くされていた。つまり彼の中で「ロッカーとしてのジョー・ストラマー」は、クラッシュと共に終わっていたのかもしれない。2002年の秋、彼は福岡公演を行っているが、 私には「行こう」という気持ちは起こらなかった。今思えば後悔もあるが。なぜ行く気が起きなかったのか、自分でも分からないけど、やはり私が彼の言動の中にそれを感じていたからかもしれない。

  そんな2002年、クラッシュは「ロックの殿堂」に入ることになった。私はそのニュースに大変な違和感を覚えた。クラッシュがリアル・タイムのイギリスの若者に支持された理由は他でもない、彼らが街の悪ガキにとって身近な存在だったからだ。彼らはいつも「ロック・スター」としてではなく、街の悪ガキと同じレベル、同じ目線で世の中を見て、感じたことを歌い込んだから。 街の悪ガキであり続け、ストリート感覚を失わなかったバンド、それがクラッシュだったはずだ。もちろん、パンク・バンドのほとんどがそうだろうけど、そのメッセージを最もストレートに、率直に投げつけてきたのが彼らだったはずだ。そんなストリートに最も近いはずのクラッシュが、ストリートとは全く対極に位置する「殿堂」なるものに入るというのは、この上なく似合わない。 また殿堂入り後、ジョーとミック・ジョーンズの久々の共演が実現、「クラッシュ再結成」の噂も噴出した。これまた似合わない。ピストルズの再結成の時も方々から大バッシングだった。でも、ピストルズにはもともと、世の中やファンだけではなく、自分たちをも嘲笑し、唾を吐きかけ、罵声を浴びせて挑発するような、自虐的&道化的な要素を持ち合わせたバンドだから、私個人は再結成を決して不思議には思わなかった。 自分たちでかつての自分たちのパロディを演じ、かつての彼ら自身に唾を吐き、貶めて嘲笑する。その行為はピストルズらしいと思えた。だけどクラッシュは違う。どこまでもまっすぐなキャラクター。その彼らが再結成というのは、どうしようもない違和感がある。もちろん「再結成したら絶対に見たい」想いもあった反面、やはりクラッシュに再結成なんてあまり似も似合わなさすぎる。

  そんなことを考えていた矢先、突然ジョーは逝ってしまった。まるで「殿堂入り」「再結成の噂」という、彼らに似つかわしくない「伝説化」がはじまった矢先に、それを拒むかのようにあっけなく。「タイミングのよすぎる最期」に思えるのは気のせいか。ましてTHE DIGでのインタビューを読む限り、彼は「最早俺のやりたいことはやり尽した、思い残すことはない」という境地に達しているかのようだった。 思想とか、政治活動とかのことは分からないけど、「音楽的」にはやり尽してたんじゃないか。 だから余計に「タイミングのよすぎる最期」と思えてしまう。もちろん、「ひとりの人間としてのジョー・ストラマー」が亡くなったことは、この上なく悲しく痛ましい。だけど、クラッシュ時代に「やりたいことはやり尽した」風だったジョー、「伝説」になる寸前だったジョー、完全燃焼の人生だったんじゃないだろうか。きっと、思い残すことのない人生だったんじゃないだろうか。そのことはせめてもの救いだと思えるし、 同時に、だからこそ彼の死のニュースを聞いて、「ジョーらしい最期」という気がしたんだろう。

  しかし、ジョーは逝ってしまったというのに、今日も何事もなかったかのように、テレビのCMからいつものようにジョーの歌うI Fought The Lawが流れてくる。当然、生前に同じCMを見た時とは違う気持ちが胸を過ぎる。ああ、本当に伝説になってしまったんだな・・・。


「遂に出た!」3連発

UP:2002年11月26日
   ストーンズの「ロックン・ロール・サーカス」、ビートルズのハリウッド・ボウル・ライブ、BBC、SESSIONS(ANTHOLOGYとして登場)、ジョン・レノンのPEACE IN TRONTO、LOST LENNON TAPES(ANTHOLOGYとして登場)、ジョージ・ハリスンのALL THINGS MUST PASSとCLOUD NINE以外の全アルバム(後にダーク・ホースものは廃盤)、スモール・フェイセズとフェイセズの全オリジナル・アルバム、 バッドフィンガーのアルバム(後に一部廃盤)、それから、ザ・フーのMY GENERATION・・・。これは80年代末、あるラジオ番組の「CD化希望アルバム」という企画に私が投稿した内容。あれから10年以上が経ち、「一生聴けないかも」と思われたこれらのアルバムの大半が、形態やタイトルが変わったもの、一度再発された後に結局姿を消したものもあるとはいえ、 奇跡的に公式発売されてきました。

  とはいえ、実現しなかったものも。当サイトのオープン後、1998年から2000年にかけて毎年、年末になると「今年の収穫と来年への期待」というテーマで、「今年買った新譜」を振り返ると共に、 「来年はこれを出して欲しい」などという勝手な希望を書いてアップしていたものです。また、去年暮れには「CD化、再発希望アルバム」もアップしました。これらのテキストは今は削除してしまいましたが。 その中で私が必ず「いい加減出してくれ!」と言い続けたのが、90年代初頭から毎年のように「完成間近」というニュースばかりが伝えられていたジョージ・ハリスンの新譜であり、権利関係の問題でいつまでも再発されずにいたザ・フーのファースト・アルバムMY GENERATIONであり、アラン・クラインの一存で「すべてアメリカ盤」ということになって姿を消した 60年代ストーンズのイギリス盤アルバムであり、一度もCD化されてなかったストーンズの未発表テイク集METAMORPHSIS。ところが、これらの発売、再発が突然、ほぼ同時期、2002年の下半期にまとまって実現。 これが驚かずにはいられるでしょうか、喜ばずにいられるでしょうか! これらのうち、ジョージの新譜に関しては、はからずも「遺作」という形になってしまったわけだから、手放しで喜ぶことができないのが辛いけど・・・。 ただ、サイト開設時から「早く出してくれ」と言い続けてきた、いや、このサイト立ち上げよりもずっと前から、私が待ち望んでいたアルバムが出る、まさに「念願が叶った」というわけ。

  というわけで、本来ならリンクして語るのはおかしいのかもしれないけど、私の中では「長く待ち望んだ」という点でリンクするザ・フーのMY GENERATION、ストーンズのデッカ時代の再発もの、そしてジョージの遺作、ここでまとめて語ってみたいと思います。

MY GENERATION [DELUXE EDITION] / THE WHO
購入時期:2002年9月 088 112 926-2(輸入盤)

収録曲
Disk-1: 1.Out In The Street、2.I Don't Mind、3.The Good's Gone、4.La-La-La Lies、5.Much Too Much、 6.My Generation、7.The Kids Are Alright、8.Please, Please, Please、9.It's Not True、10.I'm A Man、11.A Legal Matter、 12.The Ox、13.Circles、14.I Can't Explain、 15.Bald Headed Woman、16.Daddy Rolling Stone
Disk-2: 1.Leaving Here、2.Lubie [Come Back Home]、3.Shout And Shimmy、4.[Love Is Like A] Heat Wave、5.Motoring、 6.Anytime You Want Me、7.Anyhow, Anywhere, Anyway [Alternate]、8.Instant Party Mixture、9.I Don't Mind [Full Length Version]、10.The Good's Gone [Full Length Version]、11.My Generation [Instrumental Version]、 12.Anytime You Want Me [A Cappella Version]、13.A Legal Matter [Monaural Version with Guitar Overdubs]、14.My Generation [Monaural Versions with Guitar Overdubs]

  何度となく公式発売が噂されながら、そのたびにお流れ、発売日と品番まで発表(1995年のこと)されながら事前になって発売中止になるなど、本気で「永遠に幻」と思ってたのが、このMY GENERATION。 しかし歴史的名盤でありながら、いくら裏事情があるとはいえ、CD化が実現してなかったということ、そっちの方が「遂にCD化された」こと以上に「奇跡」かも。関東在住時「某中古盤店の壁に飾ってある」との噂をネット上で聞きつけて、ジャケットを眺めに遠出したこともあった。 壁を見上げた私は、こっちを見上げている4人のメンバーと目が合った瞬間、心は1965年のロンドンへ、数十秒間固まって呆然。「CD化されるまでは」と、アメリカ盤SINGS MY GENERATIONは 買わずにいたんだけど、その直後、遂に我慢できずにアメリカ盤を買ってしまった。そんな紆余曲折を経て、このたび遂にDELUXE EDITIONが登場。当然購入した。聴きまくった。なのにまだ、「手に入れた」という実感が湧かない。 あまりにも紆余曲折があり過ぎた、待たされ続けたゆえなのかもしれないが。

  だけど、SINGS MY GENERATIONよりも数百倍はいい。このジャケット、この曲順じゃなきゃ駄目なんだよ。 実はSINGS MY GENERATIONを聴いた時は意外に冷めていた。My Generationは既に聴き慣れた曲、The Kids Are Alrightは大好きな曲、だけど、それ以外の曲はそれほどよいとは思わなかったし、「のめり込んで聴いた」ということはなかった。大好きなバンドなのに。 だけど、このDELUXE EDITIONで聴くと、この曲も、あの曲も、全部魅力的に聞こえる。Out In The Streetのシャープなカッコよさ、A Legal Matterの、ちょっと間抜けな、それでいてポップな感じとか、 JBカバーでの、ちょっと無理があるけど頑張ってるロジャーのボーカルとか、すべてが魅力的。人はきっと「アメリカ編集盤はよくない、オリジナル盤で聴かなきゃっていう、 お前の思い込みが強すぎたせいじゃないか」って呆れるだろう。 でも、それだけじゃないと思う。やっぱり、イギリス・オリジナル盤と同じ曲順で聴いてこそ魅力的なんだ、意味があるんだということ、 この曲順で聴いてこそ「リアル」なんだということ。その証拠じゃないかと思う。

  とはいえ、このアルバムは「オリジナル盤の復刻」ではなく、「リミックス盤=ニュー・エディション」であることも忘れちゃいけない。それゆえに、音のよさばかりを強調して絶賛する人、逆に「音がよすぎる」と違和感を訴える人、 「一部の楽器やコーラスがカットになってる」ことを指摘する人と、ネット上でもメディアでも「音の分析」を中心に語られがち。私も確かにMy Generationにギター・ソロがなかったりと、何百回と聴いてきたモノ・バージョンと全く印象が違う点は 気にならないわけじゃない。だけど、そんな分析抜きに純粋に「遂に待ち焦がれた、『憧れのアルバム』が出たんだ」という感慨に浸っていたい。 というか、「音の分析」に走るあまり、アルバム自体の魅力を語る人があまりにも少ないことが寂しい。今回は私も思い入れを述べるだけにして、踏み込んだレビューは書かないつもり。とても冷静に分析できるような心理状態じゃないからね。

デッカ時代のストーンズのアルバム、リマスター盤
 ストーンズのデッカ時代(60年代)のアルバムは、CD化が進んだ1980年代末から90年代半ばにかけては、英盤、米盤、様々な形態が公式発売されていた。ところが1997年、音源管理者アラン・クラインの暴挙で、とんでもない事態発生。あろうことか、英盤CDを廃盤にし「公式CDはすべて米盤」に統一したのである。 ビートルズに例えれば、RUBBER SOULやREVOLVERなどが廃盤、代わって本人たちの意向を無視したアメリカ編集盤MEET THE BEATLESやYESTERDAY AND TODAYが「公式盤」としてデカい面をする、ようなもの。こんな暴挙が許されようはずもない。おかげで「初期の総決算」ともいえる名盤AFTERMATHが、タイトルだけ同じだけど全くの別物な「駄盤=米盤」が公式盤になるなど、 初期ストーンズの真の魅力、実力が伝わらない形になってしまったんだから。

  しかし、そのアラン・クラインが心変わり。「デッカ時代のアルバムがリマスター盤、SACDとして登場」のニュース。これでは私の心は動かない。もともとリマスター、リミックス、紙ジャケなどにほとんど興味がない。SACD?なんじゃそりゃ! いくら音がよくなろうと、紙ジャケになろうと、収録されている曲は同じ。つまり、内容は一緒。 「内容が一緒のアルバムを何度も買い直す」コレクター気質とは全く無縁で、「買い直す金があれば、まだ聴いたことのないアルバムを買う」というタイプだから。「音がよくなる」くらいでは興味は示さない。だけど、ラインナップを見て驚愕。すべて米盤に統一された時に姿を消した英盤AFTERMATHが復活。 それだけではない、一度もCD化されていなかった英盤OUT OF OUR HEADS、BETWEEN THE BUTTONSまでもが登場、さらに幻の未発表テイク集METAMORPHSISまで!! 奇跡だ!

  とはいえ、私は既に英盤AFTERMATHは持ってるから買う必要はない。こちらで紹介しているアルバムに関しては、既に持ってるから必要なし。ただ、気になるのはOUT OF OUR HEADSとBETWEEN THE BUTTONS。前者は、アメリカ盤OUT OF OUR HEADSとDECEMBER'S CHILDRENの2枚があれば、後者はアメリカ盤BETWEEN THE BUTTONSと編集盤FLOWERSがあれば、全曲フォローできる。 だから「コレクター気質とは無縁」な私だし、この2枚だって必要ないのかもしれない。ただ、この2枚の米盤の不満点は、それぞれのレビューの中でも書いてる通り、「イギリスではアルバム未収録のシングル・ヒット曲を強引に収録しているため、シングル曲だけが浮き上がってしまい、他の曲が霞んで、アルバムとしてのまとまりに欠ける」ことにある。その不満を解消するためにも、やはりこの2枚は持っておいた方がよいのかな。 当然「これから買う」人は、すべてイギリス盤の方を買いましょう。特に駄盤=米盤AFTERMATHなんて聴いちゃ駄目!(笑) で、残るMETAMORPHSISに関しては・・・↓

METAMORPHSIS / THE ROLLING STONES
購入時期:2002年10月   90062(輸入盤)

収録曲:
1.Out Of Time、2.Don't Lie To Me、3.Somethings Just Stick In Your Mind、4.Each And Every Day Of The Year、5.Heart Of Stone、 6.I'd Much Rather Be With The Boys、7.[Walkin' Thru The] Sleepy City、8.We're Wastin' Time、9.Try A Little Harder、10.I Don't Know Why、11.If You Let Me、 12.Jiving Sister Fanny、13.Downtown Suzie、14.Family、 15.Memo From Turner、16.I'm Going Down

 1980年代末だったと思う、深夜ラジオ番組で、1日1枚ずつストーンズのアルバムの全曲をかけていき、約2ヶ月かけて、すべての曲をフォローするという、もの凄い番組が放送された。「全曲」というのは、アルバム未収録曲や未CD化曲も含めて。 おかげでシングルIt's Only Rock'n RollのB面のみで発表された幻の名曲Through The Lonely Nightなども聴けた! このMETAMORPHSISなる未CD化の未発表テイク集の存在を知ったのは、その番組だった。

  このアルバムもまた、実は「アラン・クラインの暴挙」によって登場したものである。発売は1975年、ストーンズに何の断りもなく、「ツアー開始」のニュースに便乗して、「墓荒らし」的に未発表曲を集めて勝手に編集、発売されたものなわけだから。発表当初、当然ストーンズ・サイドは激怒。その関係かCD時代になってもCD化されることはなかったというわけ。 確かに、アラン・クラインの行為はアーティストにとっては迷惑。ただし、ファンとしてはやっぱり聴きたい。まして、どんな事情があるにせよ、一度は「公式盤」として発売された以上、「CDとして再発して欲しい」と願うのは当然。それなだけに私は、そのラジオ番組でこのアルバムの存在を知って以降、ずっと再発を願っていた。 それがこの「リマスター・シリーズ」登場に伴って、遂にCD化! 喜ばしいことだ。

  とはいえ、そのラジオ番組のエアチェックテープはずっと所持していたから、実はこれらの曲自体は既に聴き慣れてる。内容的には、ジャガー=リチャーズが他のアーティストに贈った曲のデモや、アンドリュー・ルーグ・オールダムのオーケストラ・セッションものが中心。なので、 フィル・スペクター風の「音の壁」に覆われたテイク、ストーンズにしてはポップな作品などが中心、世間一般のストーンズのイメージ通りの曲は少ない。ミック・テイラー加入直後のテイクなどは、比較的ストーンズらしいけど。ただ「実はストーンズもポップなんだよ」ということが、これらを聴けばよく分かる。 彼らにしては軽い曲が多いけど、私はこの雰囲気が結構好き。「硬派一辺倒」のストーンズ・ファンには理解してもらえないだろうけど、彼らってメロディ・メイカーの側面もあるわけで、これを聴けばそれがよく分かる。あとビル・ワイマンの作品もあるなど、公式テイクでは味わえない「ストーンズのアザー・サイド」の分かる、ファンにとっては嬉しい内容だと思う。 でも、ファンじゃない人にとっては、どの程度面白いのかな? という気もしなくはない。しかし、この「幻のアルバム」まで登場してるというのに、これまた「リマスター」という点ばかりが注目されて、内容が語られていないのが非常に悲しい。   

BRAINWASHED / GEORGE HARRISON
購入時期:2002年11月  (輸入盤)

収録曲: 1.Any Road、2.P2 Vatican Blues [Last Saturday Night]、3.Pisces Fish、4.Looking For My Life、5.Rising Sun、 6.Marwa Blues、7.Stuck Inside A Cloud、8.Run So Far、9.Never Get Over You、10.Between The Devil And The Deep Blue Sea、11.Rocking Chair In Hawaii、 12.Brainwashed

ジョージの新譜が最後に出たのは、私がビートルズ・ファンになったばかりの1987年(CLOUD NINE)。以降もウィルベリーズ、来日公演など、90年代初頭にかけて珍しく精力的な音楽活動を続けていた。それなだけに「新譜はまだか」という気持ち、80年代末からいつも持ち続けていた。しかも、ビートルズの「アンソロジー・プロジェクト」が終了した90年代半ば以降、毎年のように「新譜レコーディング中」のニュースが伝えられた。 ネットをはじめた97年以降も「ラジオで新曲をかけた」「レコーディングにポールとリンゴ参加か?」「完成間近」「今年中に発売」などの情報が。にもかかわらず、一向に発売されないことに、私は苛立ちすら覚えた。いくらなんでも待たせ過ぎじゃないか! だけど、「発売したくても、発売できない」深刻な事情があったことを私は、いや、誰も知らなかった。そう、暴漢に襲われた事件だけではなく、癌治療→療養のため、作業を何度も中断せざるを得なかった、 そんなことを知る由もなく「早く出せ」と主張していた自分が、今になってみれば大変無責任に思える。

  とはいえ、ジョージは新譜をほぼ完成させていた。ジョージの死後約1年後の今年11月、遂にこうやって「新譜」は発売された。しかし、これを「遺作」と呼ぶには抵抗がある。「遺作」というのは、普通なら「涙なしには聴けない」悲壮感&神聖な雰囲気が漂っていたり、中途半端で未完成、全盛期と比べるべくもない程度の出来だったりするのが一般的。だけど、このアルバムは違う。プロデュースを担当したジェフ・リンが「生前にほぼ完成させていた」と語っている通り、 完成度は異常なほど高いし、作品のクオリティも、ジョージのソロ・キャリアの中でも間違いなく上位にランクされるほど高水準。「悲壮感」どころか、「現役感覚」に満ち溢れていて、とても「既に亡くなっているアーティスト」のアルバムとは思えない。とにかく、文句なしの傑作である。作風も繊細で暖かみのある「王道ジョージ作品」といった感じで、GEORGE HARRISON(慈愛の輝き)を彷彿とさせる。その中に、もやのかかったような音、エコーのかかったコーラスなど、いかにもジェフ・リンらしいアレンジが。 つまりCLOUD NINEは「ジョージがジェフのカラーを採り入れて作り上げた傑作」だったのに対し、このアルバムは「王道ジョージ・サウンドをジェフがさり気なくサポートして生み出した傑作」。そう、GEORGE HARRISONをジェフがプロデュースしたらこんな感じになるのかな。

  しかも、90年代以降ジョージが愛好していたウクレレの音が随所で隠し味的に使われるなどの「新ネタ」を披露しているのも注目。ベテラン・アーティストの作品にありがちな、守りの姿勢のないところも素晴らしい。そう、現役感覚もあるし、ベテラン・アーティストにありがちな「往年の傑作の焼き直し」にもなってない。まだまだ新たな可能性を感じさせる。素晴らしい、そして、こうやって聴けること、素直に嬉しい。反面、だから尚更「これが遺作でなければ」の想いも強い。「たら、れば」は禁物、 それは百も承知だけど、「ジョージが生きていれば」と思わずにはいられない。またツアーもやったかな、プロモーションもやったろうな、次の作品にも期待できたろうなと考えてしまって・・・。だけど反面、これだけ生き生きとした作品を聴かされれば、「もう亡くなってるんだ」と悲観的になることもない。そう、やっぱり私の中ではジョージは生きてるんだ。きっと、これを読んでるみなさん、このアルバムを聴いているみなさんも同じ想いのはずだよね。「遺作」を語るのは難しい。「特別な感情」抜きに評価することが困難だから。 私は「盲目的ファン」とは対極に位置するタイプのファンだから、気に入らなければ容赦なく辛辣なことを書く心の準備もしてた。だけど、このアルバムに対する私の「絶賛」は、決して過大評価じゃないと思う。こんな素晴らしい「遺作」を発表したアーティストを私は知らない。

 ということで、80年代末からずっと待ち続けたMY GENERATIONとMETAMORPHSISが遂に再発、90年代半ばから待ち続けたジョージのアルバムも登場、こうなれば、あとは・・・。この続きはまた「来年への期待」と題して、近日アップすることにしましょう。

 


      
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