ミュージック・ライフPart 2
(2000年6月3日〜8月1日)

ここでは、☆TAKEが音楽について感じたこと、最近買ったCD、自分の音楽の趣味・・・など、音楽についての たわいのない雑談を書いてゆきます。ここに書いてあることは、あくまでも私個人の考えや、感じたことなので、 あらかじめご了承ください。面白い話ではないかもしれませんが、よろしくお付き合い下さい。

      
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「後追い」世代のキモチ

UP:2000年8月1日
   「音楽年表」をご覧いただければお分かりの通り、私は1968年生まれであるにもかかわらず、洋楽に目覚めて以降、しばらくは60、70年代のロックばかりを聴いてきました。そんなわけで、リアル・タイムの洋楽に接する機会は極端に少なく、関心も持てない時期が長く続きました。

  私が洋楽に目覚めた時代というのは、1987年頃。この時代の洋楽のシーンといえば、アメリカはLAメタルなどのハードロック系が中心、イギリスの方はスミス解散後の「ロック暗黒時代」といわれていた時期。チャートはヘビメタかユーロビートばかり。私は洋楽に目覚める以前から、シンセの分厚いサウンド、打ち込みを多用した音楽、ギターやドラムに過剰なエコーをかけた機械的な音、テクノロジーを駆使した無機質な音などに対してアレルギー気味でした。 つまりは、「典型的な80年代サウンド」を受け付けない体質なのです。なので、リアル・タイムの洋楽には違和感しかなく、聴く気はおきませんでした。で、「聴く気がおきなくなる」と、そんなシーンの中で時々趣味に合うアーティストを発見しても、結局は「確かにいいけど、これなら60、70年代のアーティストの方がまだ好きだな」ということになって、深くはのめり込めなくって・・・。80年代末のシーンがもう少し違っていたら、私は今とは全然違う「ミュージック・ライフ」を歩んでいたでしょう。 もうひとつ、ビートルズに目覚め、その数年後にストーンズに目覚めた時に、60年代半ば頃までのクリーム登場以前のイギリス(いわゆるスウィンギング・ロンドンの時代)の独特な雰囲気に強くひかれて、この時代の音楽を深く追求したくなったこともまた、リアル・タイムの洋楽を遠ざける大きな理由でした。

  つまり、「好きなタイプの音楽だけを追求して聴いていたら、結果的に60、70年代のロックばかりを追いかけていた」というわけです。でも反面、「昔の音楽ばっかり聴いてていいのかなあ」とか、「リアル・タイムの音楽ももっと聴かないといけないんじゃないか」と、迷うことも多かったものです。ラジオで某評論家が、「若いくせに昔のロックばかり聴いてる年寄りぶりっ子どもが・・・」などという揶揄発言をしているのを聞いて、 激怒した私(注:「評論家が論じる対象は音楽それ自体で、音楽ファンの姿勢ではないはずだし、趣味趣向の部分に他人が介入するのは不自然」というのは当時感じた気持ち。その想いは今も同じ。「百人いれば、百通りの音楽への接し方があっていいんだし、正しいとか、間違っているという次元で語ることではない」と思う)。 反面、「こういう輩は、現代(つまり当時の)の音楽を21世紀になって後追いで体験するのか」の言葉にはちょっとだけ「そうなってしまうのか?」と考え込んだりもしたものでした。 とはいえ、考えてみれば、音楽をはかる基準なんて「好きか、嫌いか」のふたつにひとつ。「いつの時代か」とか、「質が高いか、低いか」なんていう基準で「聴きたい音楽」を選んでる一般音楽ファンなんて多くないはず。また、「こういう音楽を聴かなければいけない」などという、使命感や義務感を持って音楽を聴いている人などどこにいるというのか? そんなことは評論家に任せておけばいいこと。ならば、「自分が聴きたい音楽=好きな音楽」を聴けばそれでいいだけのことじゃないか。難しく考えることなんてない。音楽の聴き方に正しいとか、間違ってるとかないんだし・・・。そう思った時、「後追いロック・ファン」であることに対して ちょっとだけ感じていた「負い目」は一切なくなりました。第一、私は誰にも迷惑などかけていない。だから、他人に文句を言われる筋合いだってないんだ!! ちなみに、その時あの評論家が「後追い」世代を非難しつつ絶賛していたアーティストは、「あの人は今」状態になっています。少なくとも、21世紀を目前に控えた今現在の私は「後追い」で、あのアーティストを聴きたいとは思いません。聴きたくない理由は「自分の好きな音じゃないから」です。 つまり、「昔の音楽だから」などという短絡的な理由で「後追い」ロック・ファンをやってるんじゃない、ということです。昔の音楽でも好きじゃないものは好きじゃないし、リアル・タイムの音楽でも、好きなものは好きです。でも、あの程度の発言(あの人のキャラからすれば珍しい発言でもない)で激怒したのは、まだ私が若かったせいか、それともやっぱり負い目があったのか・・・。負い目があったんだろうな。当時は一応、「若者」だったし・・・。

  とはいえ、「時代遅れ」にならないよう、90年代半ばまでは(この2、3年は分からなくなってきた)リアル・タイムのシーンにもちゃんと目は向けてきました。また、社会人になった頃(1992年)から、音楽に対するこだわりが薄れ、「よいものは何でも聴いてやる」という柔軟な姿勢に変わってきました。「聴かず嫌い」をしなくなったのもこの頃です。以降、ジャンルにこだわらず、何でも聴いてみたいと思ってるんですが、時間的にも、経済的にも、「未開のジャンル」に踏み込む余裕がないのが苦しいところです。 姿勢は変わっても、やはり基本は「60、70年代ロック」がいちばん好きだし、また、もともと守備範囲もかなり広い(あるスタイルにのみこだわって聴いていれば、もう少しゆとりができるんだろうけど)ので、そうした、思い入れの特に強いアーティストのCDを買えば、自然と「未開のジャンル」やリアル・タイムのアーティストのCDを買う余裕がなくなる。1月に何百万、いや、せめて5万くらいCDを買うのに使えたらどんなにいいだろうとは思うんだけど、万が一、それだけ買えたとしても、聴く時間がない・・・(笑)。それに、「知らないアーティスト」に手を出すのは勇気のいるもの。もしも気に入らなかった場合、単なる「金の無駄遣い」にしかならないというリスクを背負ってるわけだし・・・。 そんなこんなでリアル・タイムものに限らず、「聴きたいけど聴けない」というアーティストが多いのが現状です。「無節操」ゆえの悲しさか(笑)。ということで、結局最後は「聴かず嫌いネタ」っぽい結論になってしまいました。


ブルースと☆TAKE

UP:2000年8月1日
   ロック・ファンでブルースを愛好されてる方って、凄く多いようです。もちろん、ひとくちにロックといってもいろんなタイプの音楽があるから一概には言えないけど、R&B寄りのロックや、ストレートなR&Rを好む方の大半は、ブルースに多少の関心は持つ傾向にありますよね。 例えば、ストーンズやクラプトンあたりを経由して、ロバート・ジョンソンやマディ・ウォーターズにのめり込む、「のめり込む」というほどではないにしろ、多少の興味を持つ。よくあることでしょう。事実、「すべてのロック・ファンの根底にはブルースがある」とか、「ロック・ファンがブルースにはまるのは常識」なんてフレーズを、雑誌などで見かけることも多いです。

  だけど私は、「俺って、根っこにブルースのないロック・ファンなのかも」と思うことが多いのです。確かに、ストーンズはもちろん、ジョン・メイオール、クラプトン、初期フルートウッド・マックのようなブリティッシュ・ブルースも、アメリカのスワンプ・ロックやサザン・ロックのような、ブルースに影響を受けたロックも大好きですし、ゲイリー・ムーアのブルース路線アルバムも、リアル・タイムで聴いて結構気に入っていました。でも、結局はそこまで。 ホンモノのブルースの前では、思わず「足踏み」してしまう、そんな傾向にあるようです。以前、ロバート・ジョンソンの2枚組を(買ったわけじゃないけど)聴く機会がありましたが、「凄い」とは思いつつ、なんとなく近寄り難い印象を受けてのめり込めず、ラジオから流れてきたBBキングを聴いた時は、「バックはジャズ、ボーカルは演歌っぽい」という印象で受け入れられず・・・。 じゃあ、ロック系のアーティストとの共演ならいけるだろうと、ヤードバーズとソニー・ボーイ・ウィリアムソンの共演盤を聴いた時も、「濃厚過ぎてついていけん」という印象で・・・。「若いブルースマンならいけるかも」と、ラジオから流れてきたロバート・クレイを聴いた時も、「これだったらクラプトンの方が数段好きだな」止まり。ロック系のアーティストのやるブルースはいけるのに、 なぜかホンモノの前ではこうなってしまう、不思議な体質です。

  でも、よく考えてみれば、私がブルースに入り込めない理由のひとつは、ロック・ファンになるまでの私の音楽遍歴のせいかも、という気もします。邦楽一筋だった小、中、高校時代、その後ビートルズ・ファンになる直前にあった、ごく短期間のオールディーズの「マイブーム」期。特にこのオールディーズ・ブーム期が、ブルースを遠ざけてしまう要因かな、 と思えるのです。オールディーズといえば、エルヴィスにポール・アンカ、ニール・セダカ。もちろん、チャック・ベリーやリトル・リチャード、サム・クックなんかも好きだったけど、ブラック系アーティストの曲もR&B止まり。そのR&Bも、「ブラック・ミュージック」としてじゃなく、「アメリカン・ポップス」としてメロディ重視で親しんできた。 これらが私にとっての「洋楽体験のルーツ」になり、そこからビートルズに入り、さらに多くのロックへと繋がっていった。ストーンズもクラプトンも、「ビートルズを聴く延長線上」で聴きはじめたいうことになるわけで、最初の頃はブルース云々を意識したことはあまりなかった。ストーンズもR&Rな曲の方が好きだし、R&B寄りのR&Rバンドは大好きだけど、やっぱりあくまでR&Rとして親しんでる。つまり、「邦楽ヒット・チャート→オールディーズ」という遍歴から、 私はメロディ重視で音楽に接する音楽ファンになった、ということなのでしょう。別の見方をすれば、「グルーヴ」という言葉の意味が実は漠然としか分かっていない、「リズム音痴」な、典型的な日本の音楽ファンともいえるでしょう。これが2番目の理由。もちろん、「リズム」を意識することはあるけど、その場合、「グルーヴ」といったネットリしたものじゃなく、ハード・エッジで小気味よい、R&Rなリズム・ギターの音に身を委ねるのが気持ちいい、 といった、珍しいタイプのもの。事実私は、音楽、特にロックを聴く時、ドラムでもベースでもなく、リズム・ギターに身を委ねていることが多いのです。私がストレートなR&Rを好む最大の理由は、実は「小気味よさ」にあるわけで、その「小気味よさ」がないのも、ブルースを遠ざける理由かも、と推測できます。

  そうした私自身の「グルーヴ感の欠如」=「小気味よいリズムを求める傾向」とか、「メロディ重視な姿勢」が、私を「ブルース音痴」に導いているのかな、という気がします。ただ、考えてみれば、CDを買うなどしてブルースを聴こうとしたことはないわけで、ひょっとすると私自身が嫌っているはずの「聴かず嫌い」をしてるのかも、 という気はしないでもないです(笑)。ああ、でも、ちゃんと聴いてないものを「嫌い」というのは変だから、「分からない」と言った方が適当か。クラプトンや初期フリートウッド・マックが好きなのに、ホンモノは駄目というあたりをみると、「ひょっとすると、先入観のせいで聴けないのでは?」という気もします。まあ、そういうアーティストを「ロック」だと思って聴いてるから受け入れられるのかもしれないけど・・・。いずれにしても、今すぐ聴く気はしないけど、「いつかは通るべき道」だと思っている、これだけは間違いありません。 なお、一部のアーティストに対して否定的な表現もありますが、これらはあくまでも私の趣味の問題であって、音楽の善し悪しについて論じているのではないということを付け加えておきます。


      
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