ミュージック・ライフPart 3
(2000年9月14日〜2001年1月10日)

ここでは、☆TAKEが音楽について感じたこと、最近買ったCD、自分の音楽の趣味・・・など、音楽についての たわいのない雑談を書いてゆきます。ここに書いてあることは、あくまでも私個人の考えや、感じたことなので、 あらかじめご了承ください。面白い話ではないかもしれませんが、よろしくお付き合い下さい。

      
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はじめて買ったレコード

UP:2001年1月10日
   音楽ネタのボードに登場する話題の定番のひとつ、「あなたが初めて買ったレコードは何ですか?」。大半の方はこの質問に即答できるんでしょうね。ところが私には即答できないんです。 それは「音楽年表」他、あちこちで述べている通り、小4から高校生までの実に長い間、ラジオからの「エアチェック派」で、レコードを買うという行動に無関心だったせいでもあるんです。でも、この質問をぶつけられた場合、 私はいつも段階に分けて、以下のように答えるようにしています。なお、以下は音楽年表と照らし合わせながらお読みいただけると分かりやすいと思います。

 初めて買ってもらったレコード  幼稚園児の頃、父がステレオを購入したわけですが、その直後に買ってもらった「ピンポンパン」の2枚組ベストと「仮面ライダー」のドラマ・レコード。ドラマものレコードって アニメ・ファンには今でもお馴染みでしょうけど、登場人物のセリフでストーリーが展開されているレコードです。話は「海蛇男」、セリフを丸暗記するほど繰り返し聴いていたものでした。

  初めて自腹で買ったレコード  同世代の方はみなさん買ったであろう「およげ、たいやきくん」。1977年だったと思う。いつも「ポンキッキ」で流れているのを聴いていたので、 「何でこんなに流行ってるの? しかも大人の人も好きなんて」と驚いたものでした。だけど自腹を切って買った「レコード」は、これが最初で最後になりました。小4の時、父がラジカセを購入。 以降、好きな曲はエアチェックで十分とばかりに、エアチェックで音楽を聴く習慣がついてしまったのです。中学、高校時代に1枚もレコードを買わなかった奴って、かなり珍しいんじゃないでしょうか。 そのために周囲から「音楽音痴」だと思われてしまったわけですが・・・。

  ブランクから脱出、レコード店で買い物  ということで、レコードを買う習慣がなくなっていた私の人生を変えたもの。それはやはり1987年初頭、高3の3学期の「ビートルズとの出会い」でした。6月に見た「11P.M.」のビートルズ特集をきっかけに、 一気に「ファン」にまでなった私。はじめて「レコードを買ってでも聴きたい」アーティストに出会った瞬間でもあったのです。そして7月、私は福岡市内の「ショッパーズ・ダイエー」内にあった新星堂(既に閉店)に行き、レコードを物色。ところが、時代は「レコードからCDへ」の移行期間。 レコードは店頭から姿を消しつつあり、在庫はあまりない。その一方でCDの在庫もまだまだ少なかった、そんな中途半端な時期だったのです。それに、うちにはまだCDプレイヤーはなかったし・・・。で、この「移行期間」にレコード業界の主力商品になっていたのは、 実はカセット・テープでした。店の中心に置かれ、最も在庫の多かったのもカセット。こんな時期のあったこと、今のお若い方はご存知ないでしょうね。ただし、CDの普及のスピードはものすごい速さだったので、「移行期間」はわずか半年弱。カセット全盛期も半年弱だったのです。

  この日私が購入したカセットは、ビートルズのHELP!、LET IT BE、そして「オールディーズ」というベスト盤の3本でした。ファンの間では評価の高くないHELP!とLET IT BEだけど、今でも思い入れが強いですね。あの初めて買った時の嬉しい気持ち、今でも聴いていると蘇ってきます。 しかもHELP!はCD化の際、リミックスされているから、CDとは雰囲気が違って聞こえます(Dizzy Miss Lizzyはこっちの方が数段よい)。それから「オールディーズ」。「1」よりもよっぽどよいベストだと思います。それにPAST MASTERSが発売になるまでは、 これがないと聴けない曲も多かったしでずっと愛聴していました。本当の意味での「初めて買ったレコード」は、むしろこの3本かなという気もします。でも、この時代にはまだ「ハリウッド・ボウル・ライブ」のカセット、店頭に並んでたんですよね。あの時買っとけばよかったと、それだけが悔やまれてなりません。

  初めて買ったCD  同じく87年の秋、ようやくCDプレイヤーを購入。レンタルでPLEASE PLEASE MEから順に2枚ずつビートルズのCDを借りていきました。当時は確かまだSGT. PEPPERSまでしかCD化されてなかったから、順にといってもそこまでしか聴けなかったけど・・・。 初めてレンタルでCDを借りた日、満員のバスに乗ったんですが、CDってレコードみたいに割れやすいものだと思っていたから、「ヒビが入ってはいけない」とばかりに、必死で頭の上に掲げて持っていたのを覚えています。それにPlease Please Meが終わった後、「さて、B面に裏返すか」と思っていたら、いきなりLove Me Doが流れ出してビックリしたのも覚えています(笑)。今思うと笑えますけど、CDに対する認識ってそんなもんでした。 だけどそうやって順にCDを借りていけばいくほど、「自分のものにしたい」気持ちが強くなっていきました。ああ、もちろんちゃんと返却しましたよ、念のため(笑)。

  で、11月末か12月初頭のある日、「よし買おう」と決めた私は予備校が終わった後、北九州・小倉の魚町商店街の中にある店に向かい、 WITH THE BEATLES、RUBBER SOUL、MAGICAL MYSTERY TOUR、ABBEY ROADの4枚を購入しました。当時予備校生、消費税導入前でCDは3200円だった時代。4枚も購入というのは大変な「冒険」でした。北九州にしては早すぎる初雪の舞う寒い日の夕方でした。この店の店主は親切な老夫婦。いきなりの大きな買い物に喜んでくれて 「ポスターあげましょう」と、壁に貼ってあったABBEY ROADのジャケットのポスターをその場で外してくれました。ポスターを貼る習慣がないから、持って帰ったっきり放置、今じゃ行方不明です。でも外資系大型店ばかりの今の時代に、あの老夫婦の親切な対応を思うと、 あの時代が懐かしくもあります。この店、老夫婦以外の若いスタッフはなかなか商品知識があり、洋楽の在庫が充実、その上親切で丁寧だったから小さな店にしては侮れず、私はしばらく通い続けていました。今じゃあ北九州市内にも大型店が増えてきたと聞いていたので、「もう閉店しただろうな」と思っていたんですが、2000年10月に帰郷した時に前を通ったらまだ営業していたので ホッとしました。時間がなくって前を通り過ぎただけだったので、あの老夫婦が健在かどうかは分からないけど、あの丁寧で親切な対応はきっと変わらないだろうな。今でもあの4枚のアルバムを聴くと、あの日のことが鮮明に思い出されます。大型外資系やネット通販も結構だけど、 「レコードを買う」ってことは単なる買い物なんかじゃない、本当はそういうものなんじゃないかなあ。最近買ったCDを聴いていて、「買った時の思い出が蘇る」ことなんてなくなってしまったけど、それって寂しいことだよね。


1980年代、ラジオで聴いたビートルズ

UP:2001年1月10日
   音楽年表にある通り、私は小4の1978年から、ビートルズに目覚める1987年までの実に長い間、音楽はエアチェックで楽しみ、レコードを買う習慣がありませんでした。それに、ビートルズに目覚めた1987年1月から、はじめてCDを購入する同年11月までは、 そのビートルズを聴くのももっぱらエアチェックが中心でした。1987年はビートルズのアルバムのCD化がはじまった年だったということもあり、ビートルズを特集した番組は本当に多かったものです。まして当時の私は初心者だから、ビートルズを聴くことに多感な状態。 それなだけに、あの頃聴いた番組はどれも印象に残っているし、思い出深いのです。ということで、今回は1987年頃、ビートルズの全CDをまだ買い揃える前に聴いたビートルズを特集した番組の思い出を語ってみたいと思います。とはいえ、よく考えると、番組名って意外と覚えていないもの。 よって、「番組名不明」のものが多いということは、あらかじめご了承ください。

1987年初頭に放送された、祝日の特番(番組名不明)
私にとっては「運命の番組」なのに、内容を覚えていないのが歯がゆい。高3の3学期といえば、1月いっぱいで授業は終わり、いわゆる「自宅学習」期間になるのはご存知の通り。私は受験勉強をしつつ、昼の2時頃、ラジオを聴いていました。 その時流れてきたのが、「ビートルズのアルバムCD化」を記念した2時間にも及ぶビートルズ特番。当時はオールディーズのマイ・ブーム期にあった私。オールディーズ関連の番組でも時々、ビートルズが流れていたので少しだけ興味はあり、なんとなく聴き流していました。その時、私は不意にある曲に再会したのです。 印象的なハーモニカのイントロ、ドスの利いたリード・ボーカリストと甲高い声の「カモン」という掛け合いコーラス・・・。そうか、昔「ポンキッキ」で流れていた曲だ。あの頃、誰の何という曲だかも分からなかったのに、あの「カモン」 の声に一瞬食事をとる手が止まるような、そんな衝撃を受けたっけ。そうか、これってビートルズの曲だったんだ! その曲はいうまでもなくPlease Please Me。「運命的な再会」により、ビートルズというグループに対する興味が湧き、受験勉強などそっちのけで、ただただ番組に聴き入ってしまいました。 とにかく興奮状態のまま一気に2時間が過ぎてしまった、番組の内容を覚えていないのはそのためです。他にもLet It Beは「悪霊島」の曲だとか、A Hard Day's Nightは「突然ガバチョ」のテーマだとか、 I Feel Fineは三菱のテレビのCMソングだとか、Hey Judeは高校の運動会の時の行進曲(強引にマーチにアレンジされていた:笑)だとか、Yellow SubmarineはNHKの人形劇「プリンプリン物語」でかかっていたとか、結構聴き覚えのある曲ばかりでビックリ。とにかく興奮して聴いていたから、この番組からエアチェックは一切できずじまいでした。

オールディーズ・ステーション
福岡のAM局、KBCラジオで土曜日の夕方に放送されていた定期番組。隔週でケントス福岡店とキャバーン福岡店(今は閉店)が担当。つまりケントス担当の週はオールディーズを、キャバーン担当の週はビートルズをかけまくっていたという訳です。で、ビートルズの週のパーソナリティは、当時のキャバーン福岡店のレギュラー・バンド、「ブートレッグス」でジョン役をやっていたチャッピー吉井氏(今や六本木アビー・ロードのレギュラー・バンド、バロッツのリーダーとして超有名人に!)とヨーコ役をやっていた女性。 で、この番組、最初は普通にテーマやアルバムに沿ってビートルズの曲をかける番組だったんですが、翌1988年頃になるとソロの貴重音源とか、他のアーティストによるカバー・バージョンとか、 遂には「デッカ・オーディション」のLike Dreamers Doだとかのブート音源もかけるという、現在では実現不可能と思えるほどマニアックになっていきました。これは私が「全CDを買い揃え中の初心者から、全CDを揃えて、さて次はどうしよう状態へ」という、ステップ・アップと同時進行だったこともあって、とてもためになる番組でした。

朝の30分番組(番組名不明)
これは「11P.M.」で動くビートルズをはじめて見て(詳しくはこちら)、本格的にファンになった頃の番組。放送されていたのはFM福岡、日曜の早朝の5時半か6時半からの30分番組でした。当然生で聴いてはいなくって、タイマー録音でしたが・・・。 毎週PLEASE PLEASE MEから順にアルバムを一枚ずつ紹介しつつ曲をかけるというもの(「ホワイト・アルバム」は2週に分けて)。当然30分番組だから全曲はかけられないけど、最初に簡単なアルバム解説がある以外、しゃべりもCMも入らないので、初期のアルバムは半分以上が流れるという何とも有り難い番組でした。それまではビートルズを曲単位で聴いてきたけど、 ここではじめて「アルバム」というものを意識し、またアルバムを出す毎にビートルズがどんどん変わっていくことを意識したのもこの番組でした。「11P.M.」ではルックスが変わっていく様を、この番組ではサウンドの変わっていく様を意識したわけで、うまくこの2つの番組が私の中でシンクロしたわけで・・・。 また、エアチェック派だった私が「アルバムが欲しい」「買わないまでもレンタルで借りたい」と思ったのも、この番組がきっかけでした。日曜の早朝、聴いている人も少なく、局にとって「時間潰し」の番組だったんだろうけど、私にとっては「この番組がなかったら」の重要な番組なのです。とにかく、アルバム一枚ごとに変わっていく様は私にとってはショックでした。 特にRUBBER SOUL以降。Tomorrow Never Knowsを聴いて「これって本当に60年代の曲か!! YMOよりもテクノじゃないか」という強いショックを受けたこと、Helter Skelterが流れてきた時「おいおい、早朝の番組だからって間違ってヘビメタ・バンドのレコード流すなよ」と本気で思ったことなど、今でも鮮明に思い出せます。ただし当時は「ホワイト・アルバム」までしか CD化されていなかったので、YELLOW SUBMARINE、LET IT BE、ABBEY ROAD特集はなく、MAGICAL MYSTERY TOURとPAST MASTERSも出ていなかったのでシングル・ヒット曲も流れていません。

高橋幸宏氏の特番(番組名不明)
NHK−FMで放送された特番。2時間もので3回に分けて放送。1回目は初期、2回目は中期、3回目は後期と年代順にビートルズの曲をかけまくる番組でした。で、この番組の個性的なところ。それは・・・。高橋幸宏氏は「ポールが嫌い」で「ジョージ派」だということで、ポールの曲は一切かけないというとんでもない「独断と偏見」番組だったこと。 おかで当時初心者だった私は、Only A Northen SongやPiggiesのようなマニアックな曲は聴いたことがあるのに、Penny LaneやLady Madnnaは聴いたことがないという「偏った初心者」になってしまいました(笑)。つまり、当時の私にとってはPiggiesよりもPenny Laneの方がマニアックな存在となってしまったという訳で・・・。でも「ジョン派」でありながら、私が「アンチ・ポール」にならなかったのは、 この高橋氏の「偏見」に腹を立てたせいであり、また、その選曲のせいで「ポールの曲=王道」という一般的な図式が私の中では成立し得なかったせいというのも偽らざる事実。まあ、その点では高橋氏には感謝してるけど、やっぱりまずいでしょう(笑)。事実、度重なるポールへの辛辣発言に放送中、抗議の電話が鳴りっぱなしだったと後に聞きました。今の私だったら怒るだろうね。あと印象に残ったのはStrawberry Fields ForeverやI Am The Walrusを 「YMOのやりたかったことを先取りしていた曲」と評していたことです。でも「ホワイト・アルバム」期以降は、ポールの作品も何曲かかかりました。メージャーどころは避けていたようですが・・・。

  うーん、他にも福岡ではDJ&ローカル・タレントとして有名な元ミュージシャン(一応、世界歌謡祭シンガーらしい)の西田恭平がパーソナリティを務めた長時間ビートルズかけ続けの番組もあったけど、今述べた番組と比べると私に与えた影響や感動は弱いか。あと「ビートルズ・オンリー」じゃない番組なら、マイケル富岡がDJを務める「ビートルズ&ストーンズ」とか、 ビートルズとストーンズを比較しつつ「対決」させるという特番もありました。でも後者の特番のせいで、ストーンズを「ビートルズの天敵」と決め付けて「聴かず嫌い」になってしまったわけで、弊害になった番組といえるかも・・・。ただ、全アルバムを揃えて1年以上経った1989年頃からは、ラジオでビートルズ特集を聴いても以前ほど感動しなくなりました。 私が「初心者」を脱した証拠なんだろうけど、ちょっと寂しかった。それ以降で印象に残っているのは1990年12月8日、NHK-FMで渋谷陽一氏がDJを務めた12時間ぶっ続けでビートルズをかける番組くらいですね。当時は既に少しだけ渋谷氏に「アンチ」な気持ちは持っていたけど、彼がどうビートルズを斬っていくのか興味あったし、敢えて「ジョンの命日」ということに言及しない、 悲観的な発言を一切排除した進行には好感を持ち、感動すらしたものでした。貴重だった番組としては、LIVE AT THE BBC発売よりもずっと前の1989年頃、BBC音源をかけまくる特番もありました。一応、アップルの許可は得てたみたいですけどね。

  だけど、今思うとこの頃の番組ってビートルズのアルバムのCD化がはじまっていたにもかかわらず、番組でかけているのは必ずしもCDじゃないってことも結構あったんですよね。もう捨ててしまったけど、エアチェック・テープに入っていたPlease Please Meはジョンの歌い損ねのあるステレオ・バージョン、Mr.Moonlightはフェイド・アウトが遅いために ポールのアドリブ・ボーカル(一瞬だけど、これがカッコいいんだけどなあ)が聴けるステレオ・バージョン、And I Love Herは歌い出しのポールのボーカルがシングル・トラックのバージョンでした。今思うと「捨てなきゃよかった」と思ってしまいます。特にMr.MoonlightとAnd I Love Herは、あの頃流れていたのがほとんどそっちのバージョンだったから、 未だにCDを聴いていても違和感があるのです。



1987年6月17日、運命の日(「音楽年表」連動シリーズ第2弾)

UP:2000年9月14日
   まずは「音楽年表」の1987年のところをご覧下さい。この年の初め、まだ高校在学中の1月か2月頃、偶然ラジオのビートルズ特集を聴いて、一気にビートルズにはまった私。この年はデビュー25周年の年で、また、ビートルズのアルバムのCD化がはじまったばかりだったこともあり、世間では何度目かのビートルズ・ブームが巻き起こっていました。そのため、ラジオでも連日ビートルズが流れており、 私はそんな番組からエア・チェックしつつ、ビートルズを聴き進めていました。とはいえ、当時はまだ、どの曲を歌ってるのが誰なのか、完璧には理解できてなかったし、まして4人の顔も、担当楽器も知らない、そんなウブな状態でした。そんな私が「ビートルズ・マイ・ブーム」状態から真のビートルズ・ファンへと大きくステップ・アップしたのは他でもない、1987年6月17日放送の11P.M.の「ビートルズ特集」を見た時でした。

  11P.M.といえばいうまでもない、「深夜の大人向けバラエティ」の元祖で全盛期は70年代から80年代初頭。80年代末には既に大橋巨泉や愛川欽也は降板、番組も大きくパワー・ダウンしていました。この日の司会は故・由利徹、松金よね子、浅田美代子というメンバー(本当は斎藤晴彦もレギュラーだけど、舞台に忙しいとかで、この日はVTR出演のみ)。ゲストに加藤和彦、故・安井かずみ夫妻を迎え、「コンプリート・ビートルズ」他の当時入手可能だったビデオからのシーンを挟んで「デビュー25周年」という名目で放送されていたものです。 とにかく、はじめて見る動くビートルズ。衝撃的でした。一番最初に流れたのは映画Help!のオープニングの同曲のシーン。「リード・ボーカルをとってるのがおそらくジョン・レノン、ポール・マッカートニーって左利きらしいから一番左にいるのがポールか。リンゴ・スターってドラマーだったよな。じゃあ、真ん中に立ってるギタリストがジョージ・ベンソンだっけ?:笑」などと想像してみる。この時点で簡単にメンバーの見分けがつくようになった。 次に登場したのがYou're Going To Lose That Girlのシーン。何か凄くカッコイイぞ。その後も、If I Fellのシーンに微笑ましく思いつつも、「たのきん映画に似たようなシーンがあったな」と思ったり、来日のシーンに「これじゃあ、どこかの大統領の来日よりも物々しい警備ぶりだな」と驚いたり、64年のワシントンDCライブのI Want To Hold Your Handの演奏シーンに「物凄い黄色い声援だなあ、光ゲンジみたい」と思ったり・・・。 だけど、その後登場したMagical Mystery TourとAll You Need Is Loveのシーンにちょっとビックリ。「え? ジョージとリンゴ、髭生やしてる!」。実は当時の私はビートルズのルックスといえば、初期の姿しか印象になかったんです。それなだけに、「髭面のビートル」というのは結構ショックで・・・。リアル・タイムの少女ファンのうち、Penny Laneのプロモを見てショックのあまり泣き出した人も少なくなかったそうだけど、何となく気持ちが分かるような・・・。 さらにGet Backのシーンで大ショック。ポールも髭面、ジョンはまるで別人みたいに変わっていたので、すぐにジョンだとは気がつかなかったほど。だけどじゃあ、そういう映像を見て嫌になったかといえばむしろ逆。「なんで時期によってまるで別人のように変わるんだ。何か凄いし、奥の深いバンドなんだなあ」。ルックスを見たからこそはじめて気がついたビートルズの魅力。私が単なる「マイ・ブーム」状態から「ファンだ」と公言できるまでにステップ・アップした大きな要因の一つであることは間違いありません。

  でも、番組の方は大したことないかも・・・。当時ははじめて聞くエピソードばっかりだったけど、松金よね子(実はストーンズ・ファン)の冷めた進行ぶりのせいか、異様に淡々と、無感情に番組が進んでるし、由利徹は「ヘイ・柔道一代」と何度もギャグをかましたものの、相手にされずに退屈そうだし・・・。浅田美代子はまだ吉田拓郎と離婚して芸能界復帰したばかりだからアイドル時代の面影もあり、今よりもずっと若いけどやっぱり関心なさそうだし、加藤&安井夫妻も、ちょっとムッとしてるし、加藤氏のコメントも、時々間違ってたり(Magical Mystery TourがAbbey Roadよりも後だと口走ったり)・・・。最も気に入らないのは、「ジョンの死」の話、ダコタ・アパートの話から、加藤&安井夫妻が出版した「ニューヨークのレストラン・ガイド」に話が飛ぶ、という点。何度見ても胡散臭すぎ。 しかもそれが「ビートルズ特集」の締めというのも何とも・・・。でも、面白い話もありました。来日時にビートルズが泊まったホテルの従業員2名のインタビュー、これは今見ても貴重。「いつも陽気だったのがリンゴ、ポールはしっかり者、ジョージも比較的明るかったけど、ジョンは異様に無口だった」とか。ジョンとジョージ、なんとなく逆のような気もするけど、合ってるとすればイメージと違ってて面白いです。 それと、スタジオにビートルズのファン・クラブ(BCCかな)のメンバーが登場、ほとんどが20代前半の人たちだし、結構熱く語ってるし・・・。特にHappiness Is A Warm Gunが好きだという人の「この曲はジョンのすべてです」の言葉は重みがある。私は当時19歳の予備校生だったから、私より少し上の世代の人たち。凄く共感できたものでしたし、「俺ってこの年でビートルズにはまっていいのかな」という不安を持っていた私としては、「俺だけじゃない」という気持ちにさせられて安心しました。今もまだみなさん、ビートルズ・ファンなのかな。あの「ジョンのすべて」と言ってた人が、ここを見てたりしたら面白いんだけど・・・。

  ということで、番組自体は放送時も、またビデオで今見ても(永久保存するつもり)、番組自体は「あんまり面白くない」という印象だし、ラトルズの映像が流れる以外は、マニアックな映像や話が登場するわけじゃない。今だったら無理してまで見ないかもしれない。だけど、「ラジオでビートルズをエア・チェックしてなんとなく聴いてる」だけだった私を、「本気でファンになる」ほどビートルズに夢中にさせるには十分な内容でした。動く姿を見て、メンバーの顔が分かったことで、より思い入れも強くなったし・・・。本当に大した番組でもないんだけど、 あの番組がなければ、ビートルズは単なる「マイ・ブーム」に終わってた可能性だってあるし、その後、他のロックや洋楽を聴くこともまずなかったでしょう。そういう意味ではまさに「私の運命を変えた番組」だったことだけは間違いないところです。ちなみに、ジョージ・ベンソンではなく、ジョージ・ハリスンだということに気がつくまでは、もう少し時間がかかりました(笑)。Sorry George !!


      
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