ミュージック・ライフPart 7
(2001年10月28日)

ここでは、☆TAKEが音楽について感じたこと、最近買ったCD、自分の音楽の趣味・・・など、音楽についての たわいのない雑談を書いてゆきます。ここに書いてあることは、あくまでも私個人の考えや、感じたことなので、 あらかじめご了承ください。面白い話ではないかもしれませんが、よろしくお付き合い下さい。

      
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手放してしまったアルバムたち(1)

UP:2001年9月15日
   MY CD COLLECTIONの前書きにある通り、私は1997年から1998年にかけて多くの手持ちのCDを売却してしまいました。売った枚数は300枚以上。「聴いたけど気に入らなかった」アルバム、 「ほとんど聴かなかった」アルバムもあるけど、「もう少し聴き込みたかったけど、経済的な理由で泣く泣く手放した」アルバムというのも結構ありました。ということで、ここではそうした「手放してしまったアルバム」について述べていきたいと思います。
OASIS
「ビートルズ・フォローワー」というよりも、「現代を代表するロック」として意識して買った。曲はよいし、キャラもいい。でも「大物」って感じはあまりしなかった。 目新しいこともやってない分、「もの凄いインパクト」は感じないし、私個人は若い方が指摘するような「カリスマ性」も感じず。「大物」なんて先入観を持たずに聴いたら、もっとはまってたかもしれない。 もちろん悪くはないんだけど、むしろ「小粒でさりげないよさ」を感じさせる。 「売ってしまった」のは嫌いだったからではなく、単に「買ったけど聴く機会が少ない」というだけのこと。売った後に何度も聴き直したくなったから、機会があれば買い直そうという想いは強い。 あと、世間でいわれるような「ビートルズっぽさ」もそれほど感じない。ブリティッシュ・ポップの伝統を受け継ぎつつ、その中に乾いたサウンドや引きつったボーカルという、「スミス以降」のイギリス的な感覚を無理なくブレンドしたバンドという印象。 ブラック色が薄い点も、いかにも近年のバンドだなと。やはり「カリスマ」というより、「さりげなさ」の方を強く感じる。(後日談)2002年、セカンド・アルバム購入こっちは気に入った

FOR HOW MUCH LONGER / THE POP GROUP
「パンク後のロック史上、最も重要なアルバム」とまで形容される一枚。「ポスト・パンク」の70年代末から80年代初頭にかけて活躍した、ジャンル分け不能なイギリスのバンドによる名盤。 音を言葉で説明できないんだけど、敢えて例えればピストルズ解散後、ジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)の結成したPILからクールな部分を一切排除して、もっと暴力的でアバンギャルドにしたようなバンドといったところか。メロディも歌詞もはっきりせず、ダブやレゲエの手法を駆使した音を、聞き手にダイレクトに投げつけてくるような暴力的なサウンド、 「歌」というよりも、言葉を「がなり立てる」と形容した方がよさそうなボーカル。 「ロックとは感情をストレートにぶつける音楽」という観点からいえば、これほどストレートで感情むき出しのアルバムはない。聴いていて息をつく暇すらない凄さ。だけど「凄い」と「好き」は必ずしもイコールじゃない。 メロディのない音楽というのは、私的には馴染めなかった。だけど、ロック史上絶対に無視できない一枚であるということ、それは素直に認めている。経済的にゆとりのある方なら、必ず一度は聴いておいた方がよいアルバムだと断言したい。

STONE ROSES
80年代末、「ロック不毛の時代」のイギリスに現れた「大物」ロック・バンドのデビュー作。買ったのは90年代半ば。打ち込みを使ったリズムにシャープなギターが絡むサウンドは確かに斬新だし、オリジナリティも感じるしで、「新時代の大物」といわれたのも頷ける。 個人的にはオアシスよりも革新性、衝撃度、カリスマ性では上かなという印象。「ロック不毛の時代」に現れたがために過剰な期待をかけられ、簡単に失速したのが残念。ただし、じゃあ「好きか?」と聞かれると、素直には頷けない。やはり打ち込みの音は苦手だし、メロディアスなわりには陰がありすぎるし・・・。 これも「凄い」と「好き」はイコールじゃないという典型的な例かも。でも、一度は誰もが聴くべき一枚。凄いというのは素直に認める。
(後記)その後、D♂kaさん、つっちゃんさんより、「このバンドは打ち込みは使っておらず、驚異的なテクニックを持つドラマーがいた」という指摘を受けました。あの正確で狂いのないドラミングが人間の手によるものだったとは驚き。とはいえ、やっぱりダンス・ビートっぽいリズムが苦手かも。 とはいえ、「ドラマーが叩いている」ということを念頭に聴けば、きっとイメージが違ってくるかも。

GOO / SONIC YOUTH
90年代初頭、「グランジのゴッド・ファーザー」と称されたアメリカのバンド。直前に聴いたニルヴァーナを気に入っていたこともあって、大きな期待を持って聴いてみた。だけど「ノイジーな爆音ギターにポップなメロディ」が売りのニルヴァーナと比較すると、 メロディーのキャッチーさという点で及ばない印象。つまり、私的にはもっとポップなのを期待してたんだけど、むしろ「やかましいヴェルベット・アンダーグランド」と形容した方がよいような、暗く、陰鬱な曲を爆音ギターに乗せて演奏するバンドといった趣。決して嫌いなタイプの音楽じゃないし、キャラもいいんだけど、私の求めていたイメージと違い過ぎて 受け入れることができなかった。意外とヴェルヴッツ経由で入っていたらはまっていたかも・・・。「スピリット」は思いっきり感じるし、違う出会い方をしていれば・・・。

BEST / RASCALS
60年代のアメリカン・ブルー・アイド・ソウル・バンドのベスト盤。フェリックス・キャヴァリエのソウルフルなボーカルと、グルーヴィーなオルガンを生かした白人離れしたサウンドが売りだった。最近でもCMで使われているGood Lovin'が気に入って購入したのが90年代初頭。 実はこのバンド、デビュー当初は「ヤング・ラスカルズ」と名乗っていて、後年「ヤング」を外して「ラスカルズ」と名乗るようになっている。で、「ヤング」がついていた頃は、若さと勢いの感じられるストレートなサウンドだったのに対し、「ヤング」が外れてからはディープなR&Bを追求するバンドへと変化している。 Good Lovin'をはじめとした「ヤング」時代の曲は気に入ったんだけど、「ヤング」が外れて以降の曲は馴染めず。「前半だけ聴いて後半はスキップ」しながら聴いてたんだけど、いつしか煩わしくなって聴く機会も減って・・・。そんなこんなで売ってしまった。今後、「ヤング」時代のベストかオリジナル・アルバムがあれば 、それでも買おうかなと思っている。

BEST / GRATEFUL DEAD
いうまでもない、シスコの大物サイケ・バンド。日本では意外なほど評価が低いせいか、ラジオでかかる機会すらなかったので「ベストでも買って体験してみよう」とばかりに購入した2枚組ベスト。1枚目がスタジオ録音、2枚目がライブからの選曲で、ワーナー在籍時の70年代初頭までのテイクが収められていた。 ただしこのバンドって、アルバムによってやってる音楽のスタイルが全く違ってるし、「ドラッグをやってない人には理解しづらい」といわれていることもあってか、カントリーあり、サイケあり、ブルースありのサウンドでイメージが全く掴めずじまい。「ドラッグをやりながらユルい演奏に身を委ねてるのが気持ちいい」んだそうだけど、この辺もやはり理解できず。 熱狂的ファンである「デッド・ヘッズ」にいわせれば、 「アルバムによってイメージが違うんだからアルバム単位で聴かなければ」、「まずはライブ盤だろう」とのこと。もう一度、ライブ盤でも買って再挑戦するしかなさそう。

JAPANESE TEARS / DENNY LANE
初期ムーディ・ブルースのリーダー、後にポールのウイングスで参謀役を務めた人の80年のソロ。個人的にはこの人の才能を高く買っているし、好きなこともあって、大きな期待を持って聴いたんだけど・・・、 1曲目からズッコケた。日本をテーマにしながら中国風の旋律が登場するタイトル曲・・・寒い。以降も「アク抜きしたXTC」とでも形容したくなるような中途半端な印象のポップ・ナンバーや、「それしかないのか」といいたくなるムーディーズ時代のヒット曲Go Nowの再演。もういい(笑)。一回聴いただけで挫折。 「脇役に廻ってこそ光る人」なんだと改めて実感した。本当に大好きなアーティストなだけに残念。

PLAY DON'T WORRY / MICK RONSON
ご存知、グラム・ロック時代のデヴィッド・ボウイのパートナーだった人のセカンド・ソロ。「ボウイはミック・ロンソンの才能を吸い取った」なんて言われてるから、グラム時代のボウイ風の作品に仕上がってるんだろうと期待していたら・・・。 確かにボウイ風の曲もあるんだけど、やっぱりボウイとのカリスマ性の差は如何ともし難く。まあ、ボウイと比較すること自体が酷といえるけど・・・。しかもグラム風一本に統一すればいいものを、いきなりフォーク風の曲をやったりと、いろんなことに挑戦し過ぎていて散らかった印象しか持てず。一部のマニアの間で彼のソロって 「幻の名盤」なんていわれてたそうだけど、正直いって「名盤」とは思えなかった。というより、彼って才能のすべてをボウイやイアン・ハンターに捧げてしまって、本来の才能をソロで発揮できないまま逝ってしまった不幸なアーティストなんだと実感した。

BEST / PETE TOWNSHEND
ビートルズ、ストーンズの次に好きなザ・フー。そのリーダーだったピートのソロを聴きたいと思うのはごく自然なこと。ましてザ・フーは、ソング・ライティングという点からいえばピートのほぼワンマン体制なわけだから、 当然ザ・フーの延長線上にある作風を期待して聴いた。だけどピートの作風って、結構頼りなくって繊細なものが多い。ザ・フー時代は、その繊細な作品を ザ・フーの面々の破天荒な演奏と、ロジャー・ダルトリーのタフで男っぽいボーカルで聞かせていたから「軟弱」な印象は全くなかったわけだけど、ソロでは当然ピートの弱々しいボーカルで歌われているわけで、これだと「弱々しさ」が全開。「ピートの作品はロジャーの声で歌われてこそ光る」ということを 再認識してしまった。ソロとザ・フーを比べてしまった私もいけないんだろうけど・・・。シンセに覆われたバックにも違和感。ジャケット同様「年をとったなあ」と悲しくなった。大好きな人なだけに、理解できなかった自分が辛い。

WE'ER ONLY IN IT THE MONEY / FRANK ZAPPA
目眩がしそうなほどオリジナル・アルバムの数の多いフランク・ザッパ。どれから聴くべきか迷った挙げ句買ったのが、ビートルズのSGT. PEPPERSをパロったジャケットでお馴染みのこのアルバム。しかしザッパ・ファンによると、ただですら難解なザッパの作品の中でも「難解さではトップ・クラス」のアルバムなんだとか。 朗読があったり、テープの逆回転や変則回転を多用したアバンギャルドな「騒音」が続いたりと、ほとんどビートルズのRevolution 9の世界。いや、あれよりもっと難解。国内盤だったから分厚い解説冊子もついてたけど、何度読んでも意味が分からなかった。私にとってザッパはプログレ同様「難しい音楽」なのかも。ただ、「最低でも10枚聴かなければザッパを理解できない」といわれてるし、 機会があれば挑戦してみたい気もしないでもない。でも、「歌もの」のアルバムがどれなのかすら分からない・・・。

BEST / RAINBOW
2枚組ベスト。ディープ・パープルは好きだから、当然次はレインボー、と思って買ったんだけど・・・。確かに、やってる音楽は第2期パープルの延長線上にあるもの。 だけど、ロニー・ジェイムス・ディオのボーカルと、コージー・パウエルのドラムのせいか、よりヘビメタっぽい音になっていて馴染めず。特にディオのボーカルは私の体質には全く合わなかった。むしろ、グラハム・ボネット、 ジョー・リン・ターナー期の方が好きなくらいだけど、これらは「80年代産業ロック」的な要素もあって、「大好き」といえる音楽でもない。結局、私はリッチーが好きなのではなく、あくまでもパープルが好きなんだと気がついた。

SPILT MILK/ JELLYFISH
ビートルズや10CCフォローワーとして、ポップ系な人の間で人気が高く、奥田民生との交流、リンゴのアルバムTIME TAKES TIMEでの好サポートでも知られるポップ・バンドのアルバム。 だけど、「ビートルズ的」というより、10CCの理屈っぽい部分、よくいえばドラマティック、悪くいえば大袈裟な部分だけを取り出して拡大解釈してフォローしたようなサウンドは私には馴染めず。もっとロック色が濃かったり、ギター・サウンド、バンド・サウンドが前面に出てると思ったのに。 リンゴのアルバムのような、あんなサウンドを想像していたから。

FOOTLOOSE / O.S.T.
高校1年の1984年に大ヒットした「MTVタイアップ型青春映画」のサントラ。当時「洋楽音痴」だった私といえども、ケニー・ロギンスによるタイトル曲、ボニー・タイラーによるHeroはよく聴いた。特に印象に残ってるのは、 高1の文化祭の時、「準備のため」と称してみんなで夜の8時頃まで学校に残ったことがあった。でも、「準備」とは表向き、実際はお菓子やジュース、他(笑)を持ち込んで遊んでた。その時、誰かが持ってきたラジカセから流れていたのがこのサントラのカセット・・・。 まさに私にとって「青春」を感じるアルバムというわけ。とまあ、そういう思い入れもあるから、「あの頃の気持ちにかえりたい」と思って買ったわけだけど・・・。確かに、「あの頃の気持ち」には浸れるけど、音は分厚いシンセ、加工されたドラムやギター、 打ち込みを使ったダンス・ビートの炸裂する、私が最も苦手な「典型的80年代サウンド」。結局、繰り返し聴くことはなく、しかもケニー・ロギンスのタイトル曲とボニー・タイラーのHeroの入った80年代もののコンピを買った時点で売却。つまり、この2曲さえ聴ければよかったってことなのかな・・・。

  なお、本文中で一部のアーティストに対して辛辣な言葉を吐いていますが、これは私の「好き、嫌い」というレベルに過ぎず、音楽の質や善し悪しについて述べているものではないということはご了承下さい。私はいかなる音楽もけなすつもりはないですし、どれも一度は関心を持って聴こうとした、好きになろうとした音楽であるということは間違いないのですから。正直、「嫌い」とまでいえるものはひとつもないです。 また、間違ってもこれを「レビュー」としては活用しないで下さい(笑)。「☆TAKEは売ってしまったらしいけど、本当によくないのか?」と疑問に思ったら、御自身でお聴きになって、御自身の感覚で「好き、嫌い」を判断していただきたいなと思います。また、「これが分からないとはお前は鈍い奴だ」といった批判もご遠慮下さい。「これを聴けばきっと鈍い☆TAKEでも分かるよ」といったアドバイスは大歓迎ですけどね。


「パクリ」はそんなに悪いことなのか?

UP:2001年10月28日
   「倉木麻衣は宇多田ヒカルのパクリ」「オアシスはビートルズのパクリ」「Bzはパクリばっかりだから大嫌い」・・・。ここ10年ほど、日本の音楽ファン、マスコミはやたらと「パクリ」を探し、吊し上げ、非難することに夢中のようです。でも、そもそも「パクリ」って何なんでしょうか? というか「パクリ」って、当事者ばかりでなく、我々一般ファンまでもが大騒ぎしなければならないほどの大事件なのでしょうか?  ということで私は、近年の「パクリ騒動」に関して感じたことなどを述べていきたいと思います。ただし、私自身は音楽産業とは何の関係もない人間なので権利関係とかを無視した無責任なことも言うし、 単なる素人なので専門知識は全くないということをあらかじめご了承ください。それと、「俺は正しい」と主張する意図もなく、単に「俺はこう思う」と述べているに過ぎないので、そのあたりもご理解いただいた上で気楽にお付き合いいただけると幸いに思います。

  ・「フォローワー」と「パクリ」の区別もつかないの??
  近年「パクリ」が話題になる時に気になること。例えば「オアシスはビートルズに似ている、だからパクリだ」とよく言われます。でも、「パクリ」という言葉を使い間違ってはいないでしょうか? オアシスには詳しくないのでディープには語れませんが、「オアシスのメンバー(ひとりも名前を知りません、ボーカルとギターが兄弟なのは知ってるけど:笑)はビートルズが好きだった→憧れた→作風が似ている」、それが「パクリ」? これが「パクリ」だとすれば、「ビートルズ・フォローワー」といわれるELO、10cc、ビリー・ジョエル、エリック・カルメン、トッド・ラングレンなどもみんな「パクリ」? いや、それどころか「カントリーに黒人のR&Bのエッセンスを採り入れてR&R誕生のきっかけを作った」エルヴィスはカントリーやR&Bの「パクリ」、そのエルヴィスなどの初期R&Rの影響で登場したビートルズは50年代R&Rの「パクリ」、ストーンズはブルースの「パクリ」、ディランのナンバーをビートルズ風にカバーしたバーズはディランやビートルズの「パクリ」・・・。ということになりますよね。でも、そんなわけないだろう!

  音楽の歴史を振り返れば分かる通り、「突然変異」的に登場した音楽は皆無。後から登場するアーティストは、必ずいずれかの先輩アーティストに何らかの影響を受けているもの。それは、どんなに独創的に見えるアーティストでも同じはずです。例えばパンクを「突然現れた」と評する評論家もいるけど、溯ればピストルズ→ニューヨーク・ドールズ→ヴェルベッド・アンダーグランド→ビートルズ、ストーンズ、ディラン・・・といった具合に、前のアーティストの後継者なのは明らか。 つまり「いかなるアーティストも、先輩アーティストの影響を受けている」。だから「他の音楽に全く似ていない音楽など存在しない」はず。だとすれば、他のアーティストに「雰囲気が似ている」「スタイルが似ている」のは当たり前であり、それを「パクリ」と呼ぶのは、あまりにナンセンスというもの。事実、オアシスとビートルズ、両方に詳しい人に言わせれば、 「あの曲とあの曲が似ているという具体的な事例は全くない」とのこと。だとすれば「オアシスはビートルズのパクリ」というのは大間違いで、「オアシスはビートルズのフォローワー」といった方が正しいのではないでしょうか。ただし、私個人はオアシスって楽曲は好きな反面、ビートルズに似ているとは全く思えないので、「フォローワー」とも思ってないんですが、この辺を突っ込み出すと話が脱線するので、また別の機会にでも。

  ・似たような環境で育てば、スタイルが似てくるのは当然
  アメリカ帰りで年も近く、ともにR&Bを聴いて育った。これは前に述べた宇多田ヒカルと倉木麻衣の共通点。といっても、この2人には全く思い入れも知識もないので、例として使うには無理が(笑)。でもひとつだけいえること。 共通点が多い2人が同じような音楽を作る、それはごく自然なことじゃないか。もちろん、その中に事務所やレコード会社によるプロモーション戦略とか、ややこしい話も絡んでくるから断言はできないけど・・・。 いや、よく知らない2人を例に使ったのは失敗、仕切り直し(笑)。

  では、得意分野を事例に。ビートルズ登場と共に巻き起こったブリティッシュ・インヴェイジョン。多くのバンドが登場していますが、やはり出身地によって「カラー」がはっきり分かれています。例えばリバプールから登場したバンドは、ロンドン出身のバンドのようなブルース色は皆無、 R&Bの影響はあるけど、モータウンなどのポップ寄りのR&Bの影響が強く、アトランティック・ソウルのような「暑苦しさ」や「いかがわしさ」は全くありません。R&Rナンバーもスマートに、シャープに演奏する、テンポは速い反面、チャック・ベリーのようなねちっこさがない。ギターの音も乾いている。 オリジナル曲はポップで、メロディ重視、ただし「ポップ」といっても突き抜けたような明るさはなく、哀愁の漂うメロディが特徴・・・。まあ、これは初期ビートルズの特徴でしょうけど、不思議なことに同時代のリバプールのバンドのほとんどすべてがこれに当てはまります。「ジョージ・マーティンとエプスタインの戦略なんでしょ?」という人もいるだろうけど、 2人が絡んでいないスウィンギング・ブルージーンズやマージービーツだってこれに当てはまるから、そうとも言い切れない。つまり、これらのバンドのサウンドが似ているのは他でもない、「同じリバプール出身で、同じような音楽を好んでいたから」、つまり「同じような環境で育ったから」ではないでしょうか。 「真似したから」ではないはずです。事実、マンチェスター出身のホリーズ、路線的には似てるバンドなのに、どことなく「カラー」や「空気」が違う。「ポップでありながら明るさよりも哀愁」のリバプール勢に対し、ホリーズは「ポップだけど突き抜けた明るさはない、だけど哀愁もない、無感情でドライな音」。そう、確かに違う。これは他でもない、「育った環境が違うと、似ているようでも実は違う空気を放つ」ということの証明ではないでしょうか。

  ということでオアシスとビートルズの事例のように、「後輩と先輩」が似るのはよくあること。一方で同時代のアーティスト同士であっても、同じような環境で育ち、同じような音楽に影響を受けた場合、スタイルが似てしまうことはあるんじゃないでしょうか。これも「パクリ」とはいえないはずです。 というか、このケースもまた「スタイルが似ている」に過ぎないし、「具体的にこの曲とこの曲が似ている」という事例がないわけだから、「パクリ」とまではいえないはずです。これまた言葉を使い間違ってるケースでしょう。この2つのケースは「パクリ」云々の話からは切り離して考えるべき。 それなのに、こうしたケースを「パクリ」と呼ぶ人が多いのには呆れます。まさか「パロディ」や「オマージュ」、果ては「カバー」までもを、「パクリ」だなんて言い出す人はいないだろうな。そんなことになったら、もう「つける薬がない」といわざるを得ない。

・「故意」か、「無意識」か
  みなさんは自作曲を作曲した経験がありますか?「作曲」とはいわないまでも、何かの作業をしながら適当にオリジナル曲を口ずさむ、適当に口笛でメロディを奏でる。そんな時にこんな体験をした人は多いんじゃないでしょうか。「自作曲を作ってたつもりが、気がつけば途中から自分の好きなアーティストの曲に似てしまっていた」、または「全く同じになってしまっていた」。よくある話ですよね。 これは私たち素人に限った話じゃない。64年頃のインタビューでリンゴが「作曲はしないのですか?」と聞かれて、 「やってはいるけど、みんなに自作曲を聞かせたら、『あの曲に似てるよ』とか言われるから発表できないんだよ」と答えています。作曲していたら、知らないうちに自分の好きなアーティストの曲に似てしまう、以前聴いたあの曲に似てしまう、ごく自然なことだし、避けられないことではないでしょうか。 この場合、作者は「故意に似せた=パクッた」のではないはずです。そこに「悪意」はない。だとしたら、世間で「この曲はあの曲に似てる、パクリだ」といわれている曲のうち、「故意にパクッたんじゃないのに、気がついたら似ていた」曲もあるんじゃないでしょうか。つまり、「無意識のパクリ」。

  だだし、一方で「故意のパクリ」ももちろんあるでしょう。「どれが故意で、どれが無意識か」を見分けるのも難しい。「明らかに故意だ」と思われるケースももちろんあります。最も分かりやすいのはレッド・ツェッペリン、というか、ジミー・ペイジ。古いブルース・ナンバーを改作して、自作とクレジットして発表する。これはストーンズもよくやる手です。あとは鮎川誠作曲とクレジットされたサンハウス→シーナ&ザ・ロケッツのレパートリーLemon Tea(ヤードバーズなどでお馴染みのTrain Kept A Rollin'が元ネタ)。いや、この曲は「パクリ」というより「オマージュ」なんじゃないかな。 私はそう解釈してるんですが・・・。以上は私の守備範囲ですが、守備範囲外ではBzが有名で、よくあちこちで叩かれているようです。主にエアロやガンズをパクッてるそうで、その辺のファンに毛嫌いされているようです。私も何曲か聴いて「なるほど」と思ったものです。「故意」だとすれば問題なのかもしれない、でも、私はもしもそれが「故意のパクリ」だとしても、守備範囲内、範囲外を問わず、責める気は一切ないんです。なぜかというと・・・。

・音楽の歴史はパクリの歴史
  「『故意のパクリ』はいけないに決まってるだろう! 人のものを盗む行為だぞ、お前、何言ってるんだよ!」。そんな罵声も聞こえてきそうですね。確かにその通り。人様の作品を盗む、誉められた行為じゃない。「道義的」にはその通り。法的にもその通りでしょう。 だけど、「100%『故意のパクリ』に間違いない」という証拠はない。先に「明らかに故意」として挙げたアーティストだって、ひょっとすると「気がついたら似ていた」という「無意識のパクリ」かもしれないんだから。可能性は低いけど(笑)、それは絶対に本人じゃないと分からないこと。

 それに仮に「故意」だったとしても、私たちファンやマスコミにそれを責める権利はないと私は思うんです。責める権利のある人、それはパクられたアーティスト、ライター、著作権管理者のみ。パクられた被害者が実際に「パクッた作品」を聴いて 「不愉快だ」「訴えてやる」と思えば大いに問題です。だけど、パクられた側が「面白いじゃないか」「うん、なかなか上手いな」と、パクられたことを喜んだり、嬉しいと思う可能性だってある。腹は立つけど、怒る気がないという人もいるでしょう。または全く何も感じない人もいるかもしれない。その場合、パクッた側を責めることは誰にもできない、そう思うんです。 ようするに「パクッたことを責められるか、責められないかは、パクられた当事者がそれを聴いてどう思うか次第」ではないでしょうか。当事者が怒ってもいない、むしろ喜んでいる、怒る気はない、または全く気にしていないのに、ファンやマスコミのような「外野」が騒ぐのは「余計なお世話」。

  ただ、これは音楽ファンとしての私の希望ですが、いくら当事者が嫌がっていなくっても、やはりパクる時には「元ネタへの愛情」が前提にあって欲しいと思います。先に述べたZEPやストーンズには当然ブルースなどの「元ネタ」への愛情はありそうだし、Bzもガンズやエアロへの愛情はあるはず。 だからこそ私は責める気はないのです。まあ、好きじゃないアーティストの作品をパクる人なんていないだろうから、「元ネタへの愛情のないパクリ」があるとは考えにくいけど。万が一、スティーヴン・タイラーやアクセル・ローズがBzの曲を聴いて「不愉快だ」と言ったりすれば問題でしょうが、あの人たちがそこまで目くじらをたてる可能性は低い。 第一、そのエアロだって、ガンズだって、実はブルースやR&Bをパクッてるんだから・・・。そのことは「Bzバッシング派」のエアロ・ファン、ガンズ・ファンも認識すべきだと思います。で、そのエアロやガンズにパクられたブルースやR&Bのアーティストだって、戦前のジャズなどをパクッてるだろうし、戦前のジャズの人たちも、19世紀の伝承歌やクラシックをパクッてるはず。そのクラシックやなんかも、さらに古いバロックとかをパクッてるはず。 おそらく、一切パクった経験のないライターなど音楽の歴史上、皆無じゃないでしょうか。そう、前に述べた通り「音楽の歴史は、後輩が先輩の影響を受けて登場することで続いている」のと同様、パクリもまた、音楽の歴史の中で延々と受け継がれてきたものなのではないでしょうか。つまり、乱暴な言い方をすれば「音楽の歴史はパクリの歴史」。「いけないこと」だけど、「絶対に避けれらないこと」。 当事者でもない者が目くじらをたてて吊し上げたり、騒いだりするのはやっぱり変。まして特定の人だけを吊し上げるのは、私から見れば「そっちの方がよっぽど醜い」とすら思えるんです。

・単なる「パクリ」では支持は得られない
  それともうひとつ、音楽ファンとしての私からの希望。例え「パクリ」から生まれた作品であっても、その作品の中に作者自身の個性、主張といった、「その人でないと出せない空気」があって欲しい。例えば、先に述べたストーンズやZEPの場合、確かによく人の作品をパクる。でも、そうしたパクリによって生まれた作品からも、「ストーンズでないと出せない雰囲気」、「ZEPでないと出せない雰囲気」が確かに感じられる。 つまり、ちゃんと「ストーンズ・サウンド」、「ZEPサウンド」になっているということ。だからこそ彼らの作品は、例えパクリであろうとも、多くの人の支持を得たんだろうし、長く多くの世代に聴き継がれてきたんじゃないでしょうか。もしも彼らの作品が、単なる「パクリ」でしかなく、個性や主張のない音楽だったとしたら、それは「パクリ」というより「クローン」に過ぎないはずだし、多くの人の支持を得られようはずもない。 もしも支持を得られたとしても、数年で忘れられたり、飽きられたりしているに決まってる、私はそう思うのです。Bzはどうなのかは、私はちゃんと聴いてないから判断できません。でも、彼らだって単なる「クローン」ではないはず。そうでないと、1、2年ならともかく、10年以上も安定したセールスを保てようはずがないんじゃないでしょうか。別の言い方をすれば、いくらパクリといえども、自分の個性、主張を持たない作品はクローンでしかなく、支持されることはない。

・パクられたら訴える? そんなことするくらいなら・・・
  「パクられたら訴える」。まあ当然の行動、当然の権利、気持ちは分かる。でも、アーティストやライターもパクられたからって騒ぐんじゃなく、クールに対処して欲しいなと思います。

  「ビートルズを笑おう」でご紹介したラトルズのニール・イニスに関するエピソード。あっちのコンテンツでもちょっと触れた話ですが。ラトルズの再結成アルバムARCHAEOLOGY収録のShangri-laという曲のイントロ、いきなりオアシスのWhateverのフレーズをストリングスが奏でる。しかも、エンディングでは今度はイニスがアドリブでWhateverの歌い出しのフレーズを歌う。しかも皮肉っぽい歌い回しで。 どういうことなんだろうと思っていたら、これはニール・イニスからオアシスへの「お返し」だったようです。実はオアシスのWhateverは、ニール・イニスのソロ・アルバムのナンバーをパクッた作品なんだそうです。 私はニール・イニスのソロは聴いてないので知らないんですが、両方聴いたという人の情報によると、本当に全く同じメロが登場するそうです。で、「パクられた」ことに気がついたニール・イニスは、ラトルズのこの曲にさり気なくWhateverのフレーズを入れて「お返し」しているというわけ。 さすが元ボンゾズの中心メンバー、ラトルズの仕掛人で、モンティ・パイソンとも交流のある人だけあって、素晴らしいセンス。「パクるな」とヒステリックに騒ぐよりも、こうやってユーモアも感じられる「皮肉」でやり返す方がどんなにカッコよくって楽しいことか。 きっと、Shangri-laを聴いたオアシスのメンバーも「やられた」とばかりに、苦笑いしたんじゃないでしょうか。「パクリ」なんてものは、こうやって軽く受け流せばいいんじゃないか、私はそんな風に思ってしまいます。「偉いのは元ネタの俺の方だ」くらい思って、パクられてもドッシリと構えていればいいんだよ。

  まして「外野」である我々ファンが、面白半分に騒いだり、「吊るし上げのためのパクリ探し」をしたりなんてのは論外。 「あの曲はあの曲に似てるよ」って感じで、もっと楽しく「パクリ探し」をしたいもんです。私はそういう「楽しいパクリ探し」は大好きですもん。


手放してしまったアルバムたち(2)

UP:2001年10月28日
   MY CD COLLECTIONの前書きにある通り、私は1997年から1998年にかけて多くの手持ちのCDを売却してしまいました。売った枚数は300枚以上。「聴いたけど気に入らなかった」アルバム、 「ほとんど聴かなかった」アルバムもあるけど、「もう少し聴き込みたかったけど、経済的な理由で泣く泣く手放した」アルバムというのも結構ありました。ということで、ここではそうした「手放してしまったアルバム」について述べていきたいと思います。
PRIMITIVE COOL / MICK JAGGER
ミックのセカンド・ソロ。このアルバムの発売時は「ビートルズ一筋」だったのでリアル・タイムではなく、後追いで買った。「ジェフ・ベックが全面バック・アップ」と聞いて大きな期待を持って聴いたんだけど・・・。 ファースト・ソロSHE'S THE BOSSと比べると若干ロック色が濃いものの、やはりダンス・ミュージック風の作品、ポップすぎる作品が多く、派手すぎ、下世話すぎの観は否めず。ロック色の濃いThrough Awayなどは「もろストーンズ」な曲だけど、 「こういう曲をやるならストーンズでやった方がいい」と言いたくなってしまう。「もろストーンズなロック・ナンバー」や、「下世話なサウンド」の前では、あのジェフ・ベックといえども個性を発揮しきれておらず、「ベックはどこ?」、「ベックの参加した意義はあるのか?」との突っ込みも入れたくなってしまう。 ベックはアルバム発表後のツアーに同行することを断固拒否したそうだけど納得。サード・ソロWANDERING SPIRITが「エンターテイメント」でありながら、ダイナミックなロックを聴かせてくれる傑作なだけに、最初の2枚にはどうしても否定的な目をむけてしまう。

AT FILLMORE EAST / THE ALLMAN BROTHERS BAND
サザン・ロックの代名詞ともいえるオールマンズの2枚組ライブにして出世作。デレク&ザ・ドミノズ経由でデュアン・オールマンを知って買ってみたという、ありがちな購買理由で手を出したんだけど・・・。 1曲目のStatesboro Bluesのイントロは最高にカッコイイし、この曲自体もカッコイイ。デュアンとディッキー・ベッツの2本のギター、グレッグ・オールマンとディッキーのツイン・ボーカルは魅力的だし、バンド自体は気に入った。 でも、「エリザベス・リードへの追憶」のような、演奏時間の長いインスト曲が多いのもこのバンドの特徴。「長い演奏」にも、「インスト」にもアレルギー体質な私にはついていけず、途中で寝てしまった(笑)。どことなくプログレっぽいとすら思えて・・・。バンド自体は好きだし、 コンパクトにまとまった楽曲も好き、ベスト盤は気に入ったし愛聴してる。でもこのライブ盤は私には理解できずに結局売却。よって、オールマンズ・ネタの盛り上げっているボードでは、その後ろめたさから話題に絡めないのです(笑)

THE BEST OF / VAN HALEN
同世代の人にとっては「ギター・ヒーローの代名詞」であり、「面白いビデオ・クリップを作るヒット・メイカー」でもある彼ら。 でも、80年代に「洋楽音痴」だった私にとってはむしろ「キンクスのYou Really Got Meやロイ・オービソンのOh Pretty Womanをカバーした人たち」というイメージが強かった。で、「入門編」として購入したのが96年発売のベスト。 ところが、選曲はほとんどがサミー・ヘイガーのボーカル曲、「全盛期」であるはずのデヴィッド・リー・ロス期の曲は少ないし、ご丁寧にもサミー・ヘイガーのボーカルでリメイクしてる曲まである。「カバーの選曲が上手い」のも彼らの長所なのに、その特徴を殺したオリジナル曲のみの選曲もおかしい。 普通You Really Got Meのない彼らのベストなんて信じられないでしょ! 私は、このバンドの最大の特徴は 「ギター・ヒーロー」云々とか、「ハードロック」云々ということじゃなく、「明るく、陽気なアメリカン」的なところにあると思っている。つまり、ヘビメタっぽさが全開して、「突き抜けた明るさ」の欠如したサミー・ヘイガー時代の曲はこのバンドらしくないと思うし、私の趣味でもない。 これは「入門編」とはいえない、そう思って売却した次第。今後、デヴィッド・リー・ロス時代のオリジナル・アルバムでも買って再挑戦するしかなさそう。

SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND / O.S.T.
ピーター・フランプトンとビージーズ主演、78年の同名映画サントラ。映画はいうまでなく、ビートルズの同名アルバムを映像化したもので、サントラ盤もフランプトン、ビージーズの他、エアロスミス、アース・ウィンド&ファイア、 ビリー・プレストンなど豪華メンバーがビートルズをカバーしているという、何とも贅沢な内容。CD化が随分遅れてたんだけど、1997年になってようやくCDが登場、発売と同時に購入した。お馴染みのエアロのCome Together、EW&FのGot To Get You Into My Lifeはもちろん素晴らしいし、 ビージーズのNowhere Manもいい。だけど、情けないテイクも。よく知らないアーティスト名がクレジットされているShe's Leaving Homeのように、シンセだか、トーキング・モジュレイターだかを使用した、機械的なボーカルをフューチャーしたテイクや、安っぽいディスコ風のアレンジ施されたテイクが多く収められているのが悲しい。 当時の最新技術なんだろうけど、今聴くと時代を感じて逆に滑稽でしかないし、私自身もこういう音が嫌いなので、心底ガッカリ。素晴らしいテイクはあっても、こういうのがあるとそれも帳消し、むしろマイナス、繰り返し聴きたいとは全く思えなかった。エアロのCome Togetherもエアロのベストで聴けばいいし。

BEST / SHAKIN' STEVENS
ストレイ・キャッツなどとともに「ネオ・ロカビリーの旗手」として登場したイギリス人シンガー。期待して聴いたんだけど・・・。「ロカビリー」といっても、「ロックン・ローラー」という感じじゃない。ストレイ・キャッツのような「若さ」はないし、だからといってロバート・ゴードンのような「渋味」もない。一応、ネオロカのブーム以前からロカビリーを歌っていた人のようだけど、ひとつのスタイルを貫き過ぎて、逆に保守的になってしまったんだろうか? ネオロカの人には、元パンク・バンドにいたという人が多いから みんな自然にロックン・ローラーしてるんだけど、この人の場合「ロカビリーを歌うポップ・シンガー」といった雰囲気。「アーティスト」というより、「芸能人」っぽい人なのかも。楽曲はロカビリーでも、歌ってる人にロックン・ローラーとしての資質があんまり感じられないんだから辛い。「ポップス」としてよくできている曲は結構あるけど。

JAMMING WITH EDWARDS / MICK JAGGER他
ストーンズのLET IT BLEEDのセッション中、ミック、ビル、チャーリー、ニッキー・ホプキンス、ライ・クーダーの5人で行ったジャム・セッションの模様を収録したアルバム。このセッション・テープのライのプレイ・スタイルやアイデアをキースが盗んだというエピソードでも有名だ。 とはいえ、あくまでもお遊び半分のジャム・セッションだから、あまり期待せずに聴いた。そして、その私の想像は見事的中、聴いている最中に寝てしまった(笑)。曲として成り立っているテイクも少ないし、よっぽどのマニア以外にはお勧めできないかな。 唯一の聴きどころはニッキーのピアノくらいかも。

FAITH / GEORGE MICHAEL
「典型的80年代サウンド・アレルギー」の私だけど、なぜかワム!は例外。確かにシンセや打ち込みなど、典型的80年代っぽい音ではある反面、メロディは60年代のアメリカン・ポップスだったり、モータウンだったりする。私はそういうメロディに弱いから・・・。で、そうなれば彼のソロを聴きたいと思うのはごく自然なこと。 90年代以降の作品はラジオで聴いたけど、意外と暗いトーンの支配した作品が多くてガッカリした覚えがある。きっとファースト・ソロならいけるだろうと思って購入。タイトル曲は打ち込みこそ使ってるけど、「ボ・ディドリーの80年代的解釈」という試みは面白いと思ったし、ジャージーなバラードKissing A Foolも文句なしの名曲。 でも、あとはどうかなあ。セカンド・ソロほどの暗さはないけど、メロディアスな曲は少なく、最新のテクノロジーばかりが前面に出てきているという印象。実験的なことをいろいろやっていて、「野心作」といえそうだしクオリティも高い。でも、私の好みではなかった。

BEST OF / RY COODER
「常によい作品を作っていて評価も高いのに、セールスに結びつかないアーティスト」のひとりが彼。アメリカのルーツ・ミュージックからはじまって、ジャズ、ハワイアンや沖縄音楽までと幅広い音楽性を持つ人。ファン層もロック・ファンだけじゃなく、多くのジャンルのファンを引き付けている。 当然「こりゃ聴かねば」と思った。で、買ったのがこのベストだったんだけど・・・。それだけ幅広く、いろんな音楽に挑戦している人の活動を1枚のアルバムにまとめてしまうということ自体が無謀なんでしょう、わずか1時間ほどの間に、 ブルースあり、ルーツ・ロックあり、ジャズあり、沖縄音楽あり、映画のBGMありとくれば、いくらベスト盤といえどもとっ散らかった印象で落ち着かない。やはりオリジナル・アルバムから入るとか、編集盤なら2枚組から入るとかした方がいいのか。 それと彼って、当時20代前半だった私には「大人過ぎる」と映った。「もっと大人になって聴いた方がいいのかな」と。30代の今聴き直すのもまだ早すぎる、そんな想い。もっと大人になってから・・・。

FROM THE CRADLE / ERIC CLAPTON
「復活祈願!こんなクラプトン」で述べた通り、私はUNPLUGGEDには馴染めなかったクチ。「オシャレなポップ&バラード・シンガーになってしまった」。 で、そのUNPLUGGEDの後に発表されたのが、このブルース・カバー集。「イメージ・チェンジ後に必ず原点に戻る」のがクラプトンの特徴だから私の予想通りだったし、聴く前は「こういうのを出しているうちはクラプトンも大丈夫」と思っていたけど・・・。 確かに「ブルースに還った」内容ではあるけど、全編力みまくり。肩の力の抜けた「レイドバック」状態の70年代型クラプトン支持者の私から見ると違和感だらけ。「好きな音楽をやってる時くらいリラックスしようよ」。 結局、「ルーツに還っても力を抜くことができなかった=自然体に戻れなかった」彼は、この後も「背伸びしたポップ路線=自然体でない」状態のまま走り続けているわけで、私の「好き、嫌い」云々抜きに、クラプトンにとって「悪しき分岐点」になってしまった1枚なんじゃないかと思っている。 辛辣過ぎると思うかもしれないけど、大好きな人なだけに、このアルバムや最近の作品の「力みまくりボーカル&ギター」は聴いていて辛いし、辛口にもなる。

MAMA SAID / LENNY KRAVITS
「世紀末のジョン・レノン」のセカンド・アルバム。60、70年代リアル・タイム世代の人たちの「今のロックは分からんけど、彼だけは別」という声はよく聞いていたし、90年の「ジョン・レノン生誕50周年ライブ」での Cold Turkeyも素晴らしかったし、「これは買わねば」と発売当初に買った。声はジョンっぽいし、ジミヘン風ギターあり、ZEP風のリフもあり、レゲエもあり、70年代スウィート・ソウル風バラードありと、「あの時代」を連想させる作品がいっぱい、純粋にいい曲ばかり、とてもセカンドとは思えない完成度の高さ。 全く隙がない。でも、逆にそこが「完璧すぎ」「そつがなさすぎ」で、ロック的な破天荒さに欠けているという印象。「すべては計算づくなんだよ!」そんな本人の声も聞こえてきそうな印象。もちろん悪くはないんだけど、「完成度が高すぎるがゆえの違和感」があって、 繰り返し聴くことはなかった。事実サード・アルバムARE YOU GONNA GO MY WAY以降、さらに「70年代アーティスト・クローン度」がアップ、「ロック・イタコ状態」に陥って、そこから抜け出せなくなってるような気がする。だから、これから聴こうという人には、 サード・アルバム以降はお勧めできない。買うならこのセカンド。手放したとはいえ、「いい作品」であることには一切の異論はないから。

SINGLE COLLECTION / ORANGE JUECE
アズテック・カメラと並ぶ「ネオアコの旗手」のベスト盤、といっても、後でライナーを読むと「ブレイク前のシングル集」だった。買った時点では純粋なベストと思ったんだけど・・・。 「ネオアコ」って定義はよく分からないし、音を聴いても「ようするに80年代ポップじゃないの?」としか思えない程度の認識の私。純粋に「ポップなロック」として買った。確かにちょっと陰のあるポップ、 決して嫌いではない。ただ、「もう少しロック的=骨太」な方が好みかなあというのも正直な感想。青白い顔で、病弱で、潔癖症で、無表情、無関心・・・そんな印象。デブだった頃の私って、こういう人には無条件に嫌われたよなあ(笑)。 メロディ自体は気に入ったし、ラジオなどで聴いたアズテック・カメラ(この人たちも「嫌い」でもない)のような理屈っぽい要素も少ないからより親しみやすいけど、 ちょっと私の趣味からすると「線が細すぎ」「ギターの音が軽すぎ」という印象。決して嫌いではないんだけど、「体質」的に合わなかったのが辛かった。

ANTHOLOGY / MICHAEL SCHENKER
私と同世代、または少し上の世代がエドワード・ヴァン・ヘイレンと並んで「ギター・ヒーロー」として名を挙げる機会が多いのが彼。ディープ・パープルにはまった頃、「リッチー・ブラックモアっぽい」と聞いて買った2枚組ベストで、 UFO、MSG時代のテイクまで網羅した究極のヒストリーもの。でも、うーん、どうなんだろう。私がリッチーに抱いているイメージはあくまでも「覚えやすいキャッチーなソロを弾く人」というものであって、多くの「ギター・ヒーロー信者」の方のように、 ギタリストに「哀愁のクラシカル・ソロ」も「様式美」も全く求めない。リッチーのそっち方面の部分に似ている人という印象で、「覚えやすいソロ」云々という要素はない。「好きじゃない」とかっていうより、「よく分からない」世界かも。楽曲も「もろヘビメタ」なものが多い。 UFOだけはDoctor DoctorのようなブギーっぽいR&Rがあったりして、私でも馴染めそうだったけど、少し泥臭い曲調とシェンカーのクラシカルなソロはアンバランスに思えた。もともとジャーマン・ロックに肌が合わないから、私には理解できないのかも。

SCREAMADELICA / PRIMAL SCREAM
90年代半ば、ラジオやBGMでよく流れていたのが彼らのRocksという曲。ストーンズのBrown SugerとJumpin' Jack Flashを足して2で割ったようなアメリカ南部臭のするR&R。ロッド・スチュワートのカバーもよかったけど、やっぱ「本家」の方が数段いい。 「おお、いいバンドだな」と思い、同曲の入ったアルバムGIVE OUT BUT DON'T GIVE UPも購入、全編スワンプ風R&Rなアルバムで、これも気に入った。で、「このバンドはこういうサウンドのバンドなんだ」と信じ込んだ私が次に買ったのが1枚前のこのアルバム。数曲聴いたところで挫折。 なんと、Rocksとは似ても似つかない、全曲ハウス、テクノ風の楽曲。私が最も苦手とする音(笑)。「ハウスとロックの融合」を目指したサウンドは斬新だし、面白い試みだし、その野心的な姿勢は買うけど、「趣味に合わない」ものはどうしようもない。後で分かったんだけど実はこのバンド、 「アルバム1枚ごとにイメージ・チェンジをはかっていろんなことに挑戦するカメレオンのようなバンド」なんだとか。自ら築いたイメージを直後に自分でぶっ壊す、その姿勢はカッコイイとは思うし、最高に「ロック的」だとも思う。

  なお、本文中で一部のアーティストに対して辛辣な言葉を吐いていますが、これは私の「好き、嫌い」というレベルに過ぎず、音楽の質や善し悪しについて述べているものではないということはご了承下さい。私はいかなる音楽もけなすつもりはないですし、どれも一度は関心を持って聴こうとした、好きになろうとした音楽であるということは間違いないのですから。 また、間違ってもこれを「レビュー」としては活用しないで下さい(笑)。「☆TAKEは売ってしまったらしいけど、本当によくないのか?」と疑問に思ったら、御自身でお聴きになって、御自身の感覚で「好き、嫌い」を判断していただきたいなと思います。また、「これが分からないとはお前は鈍い奴だ」といった批判もご遠慮下さい。「これを聴けばきっと鈍い☆TAKEでも分かるよ」といったアドバイスは大歓迎ですけどね。


      
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