「聴かず嫌い」克服ノススメ

誰にでも音楽の「好き、嫌い」があり、音楽に対するこだわりがあるのは当然のこと。だけど、あなたは「聴かず嫌い」をしていませんか? 「聴かず嫌い」は時として、新たな音楽との出会いのチャンスの芽を摘み取ることがあるのです。 それって、もったいないことだなあと思うのです。ただ、最初にお断りしておきますが、この企画はみなさんを煽動したり、考えを押し付けたりする目的のものではなく、「聴かず嫌いをなくすとこんなに楽しいよ」という提案の意味をこめてお送りするものです。よって、気楽な気持ちでお付き合い頂けると幸いです。
      
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キング・クリムゾン・・・「苦手ジャンル・プログレ」、だけど・・・
THE COURT OF THE CRIMSON KING
  「最も苦手なジャンルはプログレ」。これは私があちこちで述べてきたことだ。ただ、勘違いして欲しくないのは「聴かず嫌い」ではない、というよりも「嫌い」ではない、あくまでも「苦手」だということだ。学生時代の1991年頃だったと思う。私は有名プログレ・バンドのアルバムをまとめ買いして、プログレに「挑戦」したことがあった。当時の私はラジオからのエア・チェックで、多くのロックに「挑戦」してきたわけだが、プログレの場合、アルバム単位で 聴かないと分からないアーティストも多いし、演奏時間が長い曲が多いためか、ラジオから流れることが少なかったし・・・。そんなわけで、こういう形で「挑戦」するしかなかったのである。

  で、1日に1枚ずつ順次聴いてみたが・・・。まず、EL&PのBRAIN SALAD SURGERY(恐怖の頭脳改革)。クラシックが苦手な私には、「もろクラシック」な作風に違和感があり、またキース・エマーソンのキーボードのテクニックを売りにしたスタイルは、90年代に聴くとどうしても時代を感じて・・・。次にイエスのFRAGILE(こわれもの)。想像以上にクラシック色は薄く、断片だけ取り出すと意外とメロディアスだけど、そうした断片をまとめて構築された作品は演奏、展開とも複雑すぎて頭がクラクラ・・・、「馬鹿な俺にはついていけない」(笑)。 もっと単純にやってくれれば気に入りそうなのに・・・。その次がピンク・フロイドのATOM HEART MOTHER(原子心母)。曲が長すぎて、複雑すぎて、悪くいえば「大袈裟」という印象。気がついたら居眠りしていた(笑)。結局、単純でストレートなポップやR&Rの好きな「単細胞」な私には、プログレという高尚な音楽は理解できないんだろうか。

  そんな諦めムードの中、最後の1枚、キング・クリムゾンIN THE COURT OF THE CRIMSON KING(クリムゾン・キングの宮殿)をCDプレイヤーで再生した。静寂を打ち破るようなヘビーで、狂ったようなサックスの音。1曲目21th Century Schizoid Man(21世紀の精神異常者)に大変な衝撃を受けた。何というヘビーで型破りな曲なんだろう!! この1曲目に衝撃を受けた私は、そのまま引き込まれるかのように聴き入っていた。それと相反するようなEpitaph、Moonchildは「夜中に一人で聴いたら怖くなりそう」なほどの静かさ、美しさ・・・。 それに音の方もあまりにも斬新。「プログレはクラシックやジャズの影響の強いロックである」と聞いていたけど、この概念には全く当てはまらない、ジャンル分け不能の音楽。ロックでもなければ、ジャズでも、クラシックでもないし、一聴すると似てるようで実は似ていない。確かにクラシックっぽい部分はあるけど、あからさまにクラシカルな作品を作るんじゃなく、「手法をちょっと採り入れる」ことによって、全く違う新しい音楽を生み出している。展開や演奏も他のバンド同様「大袈裟」といえなくもないけど、それを気にする隙も与えないほどの完成度。この音楽は一体何なんだろう。しかも発表が1969年? 信じられない!! 現代(1991年)のどの音楽よりも新しく、どの音楽にも似ていない。これは凄すぎる!!! ということで、このアルバムを聴き終えた私は部屋の中で一人呆然としていた。 そういえば、この日は食事もまともに喉を通らなかったのも覚えている。音楽を聴いて「好きだ」と思う、「気に入った」と思う、「感動」する、そんな体験はいっぱいしてきた私だが、ここまでの「衝撃」を受けたアルバムは他には「衝撃」の質は違うけどJOHN LENNNON/ PLASTIC ONO BAND(ジョンの魂)くらいしか思いつかない。

  その後、他のクリムゾンのアルバムを2枚ほど聴いたが、「宮殿」を越えるものは見つからなかった。というより、他のプログレ・バンドのアルバム同様、違和感を感じるものも多かった。ということで、クリムゾンで私が好きなのはどうも「宮殿」だけのようだ。それに音楽雑誌でロバート・フリップのインタビューを読むと、異様なほどの「計算高さ」や「理屈っぽさ」を感じ、「ロックとは初期衝動の音楽」という、当時の(あくまでも当時の)私の考えと相反していて共感できなかった。むしろ、「宮殿」だけで脱退した サックス、メロトロン、フルートを自由に操るマルチ・プレイヤー、イアン・マクドナルドや、キース・ムーン的な破天荒さと、全くリズムを乱さない驚異的なテクニック(私は彼を「ロック史上最も上手いドラマー」だと思っている)を兼ね備えたドラマー、マイケル・ジャイルズの方がフィリップ以上に才能のある人だと思った。ということで、クリムゾン自体は他のプログレ・バンド同様、「好きだ」とまでは言えないのかもしれない。ただ「宮殿」は、「好き、嫌い」などという次元では語れない、とてつもないアルバムだと思ったし、 認めざるを得ないところだというのが正直なところだ。後に発売になったEPITAPH(エピタフー1969年の追憶ー)という、「宮殿」期のメンバーによるレア・ライブ集も購入、この時期のクリムゾンの凄さを再認識するに至った。

  ちなみに、他のプログレ・バンドについてのその後だが・・・。一度挑戦して駄目だったとはいえ、あちこちで「ビートルズ的だ」と言われているピンク・フロイドだけは再挑戦せねばと他のアルバムを購入して聴いた。しかし、私が購入したのがよりによってフロイド・ファンの間でも「最も難解」と言われているUMMAGUMMAだったもんだから、私の頭はますます混乱してしまう結果となってしまった(笑)。次に挑戦するならTHE DARK SIDE OF THE MOON(狂気)だなと思いつつ、やはり再々挑戦するには勇気がいるようで 未だ挑戦できていない。ただし、シド・バレット在籍時のフロイドは「プログレ」といよりも「サイケ・ポップ」なので私にも親しみやすく、はっきりいって好き。また、「カンタベリー系」は最近(2000年春)ロバート・ワイアットをちょっと聴いただけだし、今後も挑戦していきたいところ。とまあ、そういうわけでまだまだプログレは「挑戦中」の身で、一度挑戦した印象だけで判断しているので、「嫌い」ではなく「苦手」なんだと最初に述べたわけです。でも、今はまだ再挑戦したい気分にはならないが・・・。また、一部のバンドに対して辛辣な言葉を吐いていますが、これは私の趣味、趣向の領域で語っているもので、 決して善し悪しを述べたものではないので、そのあたりはどうかご了承下さい。むしろ私はプログレって、複雑で難解な音楽というイメージが強いから、そうした音楽を愛好されているみなさんを見るにつけ、「凄い人たちだなあ」という印象を持っているのです!


RCサクセション・・・洋楽を通じて再発見
THE BEST OF THE RC SUCCESSION 1970-1980
  私が忌野清志郎の存在を知ったのは中1の頃だった。彼と坂本龍一による「いけないルージュ・マジック」が資生堂のCMソングになり大ヒット。当時、「日本のチャートもの一筋」だった私は、CMから流れてくるこの曲は気になっていたが、いざ「ベストテン」に2人が登場すると、思わず引いてしまった。 もちろん、坂本龍一の方はYMOで知っていたけど、清志郎の方は「チャート人間」の私にとってははじめて知る人だったわけで・・・。妙なメイク、妙な歌い方、最後にはキスを交わすという2人のパフォーマンス。「気持ち悪ぃ、何だこいつ!」。これが第一印象だった。また、この曲のヒットのおかげか、 RCのSummer Tourも「ベストテン」にチャート・イン。そこで見た彼のパフォーマンスも、私には「変な奴」としか映らず、「一部で熱狂的な人気を誇るバンド」といわれたって、「ふーん、そうなの」くらいにしか思えず・・・。以降、「日本を代表するロック・アーティスト」であることを認知しつつも、私には無縁な存在でしかなかったのである。

           で、高校時代、私と同世代(1968年生まれ)の方の多くは、「高校時代に文化祭でRCをコピーした」なんて経験をしてるよう。だけど、私の高校の文化祭で多く演奏されていたのは、地元出身のシナロケやモッズ。もっとミーハーな人はボウイとかチェッカーズ。ということで、この時期にも彼らとの接点はなし。高3の3学期にビートルズにのめり込んで洋楽一筋になると、 邦楽には一切見向きもせず・・・。そんな私がちょっとだけ清志郎に注目したのが、88年の一連の「カバーズ」発売禁止周辺の騒動。妹の読んでいた邦楽雑誌に載っていたインタビューでの「昔はみんな反発していた。ジョン・レノンは許せないものには反発していたし、俺もその気持ちを持ち続けたい」みたいな(読み流しただけにつきうろ覚えです)発言を読み、 「この人って凄い人かも」と思った。いや、単にジョンの名前を出されてちょっと嬉しかったのかも・・・。あの「いけないルージュ・マジック」以降、奇異なものを見るような目で彼を見続けたことを反省した。これ以降、私は「日本人で最も骨のあるアーティスト」として彼を評価するようになった。だけど、「洋楽のロック一筋」で凝り固まっていた当時の私、それでも「聴こう」とはしなかった。全く、若いくせに凝り固まった奴だったんだなあ(笑)

  さらに時は流れ、1994年。既に就職していた私は、ある宴会で「お偉いさん」が聴き覚えのある、しかもカッコイイR&Rを熱唱するのを聴いた。「ちょっとストーンズみたいで、洋楽っぽい曲だなあ」。席は大いに盛り上がった。私は同席者にそっと聞いた。「この曲って誰の曲ですか?」。「馬鹿! 知らないの? RCの『雨上がりの夜空に』じゃないか!」。ああ、これがRCの曲なんだ。というわけで、「カラオケで聴いて気に入る」という、 何とも不純で、熱狂的なファンに怒られそうな理由で(笑)、ようやく彼らの曲をちゃんと聴いてみたいと思ったのである。そのわりにはCD購入は約1年後。このあたりも「洋楽ロック」への私の頑ななこだわりが感じられるというものである。確かシナロケのベストを買って気に入って、その後だったと思う。1970-1980と、1981-1990という2枚のベストだった。

  まず1970-1980の方を聴いた。「初期はフォークをやっていた」ということは聞いていたから、初期のアコースティックな曲も違和感なく聴けた。 日本のフォークは好きじゃない。だけど、初期のRCはフォークじゃないと思った。清志郎のボーカルのスタイル、声質とも、フォークという枠にははまらないし・・・。「アコースティック・ソウル」とでもいった方が適当か。で、聴き進めると「雨上がりの夜空に」が登場、一連の全盛期の曲が連なって、2枚目の1981-1990の方へと繋がっていく。この辺を聴いて感じたのは、よく言われるようにストーンズっぽい曲も多いけど、むしろその「先祖」のR&Bからの直接の影響の方が強いということ。 決して「ストーンズ経由」でR&Bの影響を受けたのではなく、オーティス・レディングなどから直接影響を受けているんじゃないかと・・・。また、「硬派」「反逆児」というイメージは、清志郎の一面に過ぎないということに気がついた。「スローバラード」「多摩蘭坂」などのバラードにおける彼のボーカルには、「反逆児」の仮面の下に隠された繊細な人間性がにじみ出ている。ハードな曲では声が裏返るのも気にせずに声を張り上げる・・・。ここで気がついた。これって、ジョン・レノンの特徴では? 「日本のミック・ジャガー」なんていわれる 清志郎だけど、人間的にはジョンに近いのでは? といっても、「ジョンが好きだから真似ている」というものじゃない、自然ににじみ出ている人間的な部分が似てるんだから、きっと、もともと同じようなタイプの人なのかもしれないと思った。なんて人間臭くて魅力的な人なんだ! こうして、好感度は大きくアップ。あの「変な奴」という第一印象のことなど、すっかり忘れてしまった。「君が代」のパンク・バージョンなど、近年も相変わらず反逆児な面ばかりが語られているけど、こういう、「繊細で人間臭い人」としての彼にもっと注目して欲しいと願うところだ。

  ということで、RCに関しては邦楽一筋の頃は受け入れることができず。洋楽やロックに接して、そっちを経由してはじめてその魅力を知ったということだ。といっても、この2枚のベストの後、あまり聴いてないというのも事実。「一筋」ではなくなったけど、「洋楽優先」で音楽を聴いているというのが現状だし、日本のロックでは鮎川誠周辺のアイテムの方を優先的に購入してきたから・・・。今後、もっと多くのアルバムを聴いていきたいと思う。なお、「雨上がりの夜空に」は、現在では私のカラオケのレパートリーになっている(笑)


ジョン・レノン・・・20年目のトリビュート企画に代えて
  このコーナーにジョン・レノンが登場ということになると、「☆TAKE、お前ふざけてるんじゃないか!」という声も聞こえてきそうだけど、以下は大真面目な話。また、初めて明かす話・・・。

  私がビートルズ・ファンになったのはジョンの声に「惚れた」から。当然4人の中でいちばん好きなのはジョン。その声も、キャラクターも、すべて大好きで、 憧れ、尊敬し続けてきた人。そのことは当サイトのコンテンツだけじゃなく、あちこちで述べてきたことだ。ただ、ビートルズ・ファンになった当初の私にとって大事なのは「ビートル・ジョン」のみで、「ソロ・ジョン」には思い入れが抱けなかった。ヨーコに対する偏見や、過激な平和運動の一部や前衛的な芸術活動に対する違和感。というより、理解できなかったといった方が正確か。やたら裸になるから、「何かスケベっぽい」という先入観もあった。 ビートルズやポールに対する辛辣発言も、私を辛くさせた。ラジオで偶然聴いたImagineにも「陰気な曲だなあ。ジョンのソロって何となく陰気臭いよな」と決め付けてしまった。 それらが「ジョン・ソロ」を踏み込んで聴こうとは思えない理由だった。1988年にビートルズのすべてのアルバムを集め終わり、ポールのALL THE BESTやジョージのCLOUD NINEは、当時の新譜だったということもあってすぐに購入した。だけど、ジョンには手は出さなかった。とはいえ、「4人の中でいちばんジョンが好きな俺が ジョンのソロを避けちゃあいけないだろう」という想いもあった。なので、88年の夏頃、恐る恐るとはいえ、「ジョン・ソロ」にも手を出そうと考え、カタログを見つつどれから買うか決めようと思った。JOHN LENNON / PLASTIC ONO BANDというタイトルが私の目に飛び込んできた。「バンド」なんてタイトルがついてるんだ、きっとバンド色=ロックン・ロール色が濃い、 ジョンらしいアルバムだろうな。よし、これ買うことにしよう。こうして購入してきたアルバム、「どんなロックン・ロールを聞かせてくれるのかな」という期待を胸にCDプレイヤーを再生した。歌詞カードの和訳を読みながら・・・。

  ショックだった。音楽を聴いてこんなショックを受けたのは、生まれてはじめてだった。鈍器で頭を殴られたような、そんな感覚を味わい、食事すら喉を通らなくなった。内容がショッキングだったというのももちろんだが、それ以上に、あの大好きなジョンが、こんなショッキングな作品を発表していたということ、それもまた大きかったのだ。「ダメだ、重苦しすぎる。これは聴いてはいけない音楽だったんだ」。そんな気分になった。以降、このアルバムを封印、聴くどころか、触ることすらせず、また、正面からは見えない、CDラックの隅に置いた。 幼少の頃、「怖い話」の絵本を、触るのすら嫌がり、本棚の隅の見えないところに置いたのと同じように・・・。やはりジョンのソロは聴かない方がよいな。 そう思った私は、「ビートルズ時代はジョンがいちばん好き、ソロではポールの方が好きなんだ」と自分に言い聞かせるかのように、敢えてポールのソロばかりを買い、聴きまくっていた。

  88年暮れ、アメリカでジョンのドキュメンタリー映画IMAGINEが公開されることになり(日本公開は翌年)、テレビ、ラジオ等でジョンの特集が多く組まれるようになった。当時は晩年にさしかかっていた「ベスト・ヒットUSA」でも、このIMAGINEの特集が放送されることになった。あんまり興味ないけど、ちょっと見てみようかな。ビートルズの映像さえ見れれば俺は満足だけどね。 そんな気持ちでこの日の放送を見ていた。はじめて見る「宝石ジャラジャラ」発言、シェア・スタジアム・・・。感動! これだけでいいや。そう思った。だけど・・・。そこで登場したのが、Jealous Guyの映像。マイクに向かってこの曲をレコーディングしているジョンの映像に、少年時代やハンブルク時代の写真、ビートルズ時代の映像、ソロ時代の映像などが絡む。 素晴らしいビデオだ。そして、この曲も何という美しい曲なんだろう。ポールのバラードとはまた違った美しさ。そして、魅力的なボーカル。当時の私にとっては、ジョン・レノン=ビートル・ジョン。つまり、ジョン・レノンという人は、ビートルズの中で最も硬派で不良っぽいロックン・ローラー。タフで男っぽい人。なのに、ここで聴かれる歌声はあまりにも弱々しく、頼りない。 だけど、なぜか強烈に引き付けられるものを感じた。なぜあんなに引きつけられたのか、当時の私には分からなかった。だけど、今なら分かる。彼の歌声には、その硬派でタフな「表の顔」の下に潜む、「繊細で弱々しい」素顔というよりも、彼の人間性そのものがストレートに現れていたからだろう。そうした、本来なら「カッコ悪いから隠してしまおう」と思える部分までをも露骨に表に出してしまう、 そんな彼の人間臭い一面にはじめて気がついた、そういうことだろう。この日録画したこの番組のビデオ、繰り返し見ていた。ラジオで多く組まれていたジョンの特集で、多くの曲をエアチェック、少しずつジョンのソロを聴き進めていった。不思議なもので、彼の人間性やなんかを理解した上で接すると、全然印象が違って聞こえてきた。いい曲が多いじゃないか。先入観というのは、本当に恐ろしいものだ。そうするうちに、「もう一度ジョン・ソロを聴いてみよう」と思い立った。

  こうして、「再挑戦のために」とばかりに88年暮れに買ったのが、SHAVED FISH(ジョン・レノンの軌跡)という、75年までの曲を集めたベストだった。ベストということで、収録されているのはラジオで聴いた曲ばかり。しかし、こうしてアルバムで聴くと印象も違ってくるというものだ。収録されている曲は、69年から75年までという、実に短い期間のもの。であるにもかかわらず、作風は1年違い、いや、数ヶ月違いで全く異なる。 ボーカルも、歌詞も・・・。過激に「反抗」を掲げるPower To The Peopleと、理想論で固められた能天気な平和(私見です、念のため)を説くImagineが同じ年に発表されているというのも何ともはや・・・。見る人が見れば、「何というポリシーのない奴」ということになるのかもしれない。だけど、こういう矛盾が生じるのは、ジョンがその時その時の自分の感情を正直に吐き出しているからに他ならない。例えば、前の日まで嫌いだったものを、 次の日に見たら好きになっているといった矛盾は誰にでもあること。だけど、人間というのは、プライドや見栄、先入観のある生き物。そこで自分の気持ちを曲げてしまうことをためらう。いや、気持ちが変わったことを認めたくないと言った方がよいのか。それとも、自分でも気持ちが変わったことに気がつかないと言った方が正確か。だけど、ジョンという人にはそういうものがないのかもしれない。「前はこう言ったから、今度こう言うと矛盾するから、敢えて黙っていよう」といったことは全然考えていない。 ここまで自分に正直になれるとは、何という人なんだろう。そのことに素直に感心し、感動した。こうして、一気に「ジョン・ソロ」作品に対する好感度はアップしていった。

    ただ、まだわずかな不満があった。ベストを聴く限り、随分とおとなしい作品が多いなあ。ビートルズではジョン=ロックン・ローラーだけど、ソロではロックン・ローラーな顔を見せてくれていないんだな。もちろん、彼の作品からは、バラードからだって、ロックン・ローラーとしてのスピリットは感じたけど、スタイルとしてのロックン・ロールは忘れてしまったのかな。 そこで89年年明け、ロックン・ロールのカバー集、ROCK 'N' ROLLを購入してみようと思い立った。うん、ここではしっかりロック・・ローラーしてるんだ。ジョンはロックン・ロールを忘れてはいなかった。そのことは本当に嬉しく、感動した。この瞬間に「ジョン・ソロ」に対して抱いた違和感は、すべて拭い去ることができた。一見、「ビートル・ジョン」と「ソロ・ジョン」は、別人のように変わったように見える。 だけど、根っこの部分は何にも変わっていない。硬派なロックン・ローラーとしてのカッコよさを発散しまくる「ビートル・ジョン」、弱い部分もすべてさらけ出してしまうほどの人間臭さを発散しまくる「ソロ・ジョン」、どちらも魅力的で、最高に素晴らしい。心の底からそう思えるようになった。そして、「ビートルズではジョンがいちばん好き。ソロでいちばん好きなのももちろんジョン」。以降の私は そう公言するようになっていった・・・。

  89年の2月頃、あの封印してしまったJOHN LENNON / PLASTIC ONO BANDを、恐る恐る聴き直してみた。そこに自分の人間性を包み隠すことのない、馬鹿正直なジョンの素顔を感じた。確かにショッキングな内容だという印象は変わらなかった。だけど、その「ショック」を、肯定的に受け入れることができた・・・。「聴かず嫌い」期間は、88年初頭にラジオでImagineを聴いてから、「ベストヒットUSA」を見る同年11月頃までだから、 本当にわずかな期間だった。だけど、「ビートルズの中でいちばんジョンが好き」と思ってきた私だっただけに、ビートルズ・ファンになった当初に「ジョン・ソロ」を遠ざけてしまったという事実は、忘れられない記憶となっているのである。


ローリング・ストーンズ・・・究極の「聴かず嫌い克服」&総括
  今でこそストーンズは私の中で「ビートルズの次に好きなバンド」という不動の地位を築いているけど、そこまで来るのに紆余曲折があった。1987年初頭にビートルズに目覚めて以降の私はビートルズ一筋。 「ビートルズ以外は聴く気がしない」とばかりに他のアーティストには全く関心を示さなかった。いわば「盲信」状態。今は「盲信」を嫌っているけど、その当時は私自身が「盲目的ファン」だったというわけ。 特に嫌っていたのがストーンズ。「ビートルズのライバル」などと形容されていたから、「ライバル=敵=憎い」と安易に考えてしまったという訳だ。まして「ストーンズはビートルズと違ってワルだ」などと言われると、 「悪いのか。じゃあ聴かないよ」となったわけで・・・(笑)。

  実は私がストーンズを知ったのはもっと前、85年の「ライブ・エイド」の時だった。当時の私は洋楽音痴だったから、誰が誰だか分からずに見ていたんだけど、ミックが出ていたことは印象に残っていた。「大物がソロで登場」と司会を務めた故・逸見政孝が煽っていたこと、 下に字幕が出て「ローリング・ストーンズのボーカリスト」と書いていたこと、ティナ・ターナーと怪しげに絡み合いながら歌ってたこと・・・。そうした光景を覚えていたので、「ローリング・ストーンズ」というバンド名と、ミック・ジャガーという怪しげな男がボーカルだということは分かっていたのである。

 話を元に戻して「ビートルズ盲信」状態の87年の夏頃。FMで「ビートルズvsストーンズ」という特番を聴いていた。それぞれのバンドのファンである専門家を呼んで議論したり、両バンドを比較しつつ曲をかけたりという、今考えればあまりにもナンセンスな企画。 ビートルズ・ファン代表として登場したのは、元ミュージック・ライフ誌の星加氏。「ビートルズはセールスでも、シーンに与えた影響でもストーンズよりもはるかに上」、「ストーンズはいつもビートルズの後を追いかけていたバンド」であることを強調する星加氏。 ストーンズ・ファン代表(誰だったんだろう? マイク越谷氏あたりかな?)も反撃してビートルズを悪く言うもんだから、「ふざけんな」となってしまう。 今考えると呆れ返ってしまうほどくだらない番組だけど、何分ド初心者の私、星加氏の言葉を鵜呑みにして「何だ、ビートルズの方が全然上なんじゃないか。何がライバルだ!」と思ったし、ストーンズ・ファンの発言にも本気で腹を立てたしで、ますますストーンズに背を向けてしまった。今考えれば2人の言いたかったことは、本当はそんなことじゃなかったんだろうけど、 何分初心者だったから真っ正面から言葉通りに受け止めてしまって・・・。番組の中でビートルズの曲とストーンズの曲が交互に流れていたけど、 嫌悪感すら抱いてしまった私がストーンズの曲をまともに聴けるはずはなく、「右の耳から入って左の耳から抜けていく」状態。この番組によって、私の「アンチ・ストーンズ」な姿勢は、より頑ななものとなってしまった。

    その後、AMで「ビートルズ&ストーンズ」というマイケル富岡がDJを務める定期番組を聴きはじめた。この番組は「対決」形式じゃなく、「ロック史上の二大バンドにスポットを当てる」というもの。やはり当初の私はビートルズの曲だけを一生懸命に聴いていた状態だった。 だけどそんな私が「ストーンズを見直す」出来事が起こった。88年3月、ミックがソロで来日。「ストーンズの奴か。どうでもいいや」。大して興味も示さなかった。だけど・・・。何気なくニュースを見ていたら「ミックがギックリ腰のため公演中止」とのこと。実は前年の87年、マドンナの来日公演でも「当日公演中止」があって、 その時は怒った観客が暴れるという事件が起こっている。そのニュースを見た時、私は「マドンナってワガママな奴だな。ファンの気持ちはどうでもいいのか」と、当事者でもないのに勝手に怒っていたものだった。だからミックの公演中止のニュースにも「こいつもまたワガママか」と怒ろうと思った。だけど ニュースには続きがあり「ミックはファンへのお詫びを述べ、代わりに必ず追加公演を行うことをファンに約束した」と。私はなぜか感動してしまった。やれ「ワル」だ、「不道徳」だといわれるストーンズ、だけどファンのことは大事にしてるんだ!! 今の私であれば「エンターティナーな性格のミックらしいな」と大納得だろうけど、 何せ当時の私は先入観の塊。「不道徳バンド」と聞いて「ファンなんて知らねーよ。あんな奴ら、死んじまえ」とまで言ってしまう、そこまでの「極悪非道軍団」だと本気で思い込んでいたわけで・・・(笑)。それなだけに、このニュースでちょっとだけストーンズに対する認識が変わりはじめた。いい奴じゃないか。ただ、まだ「聴いてみたい」とは思えなかった。 やはり「ビートルズのライバル=憎い」というイメージが邪魔していたし、まだまだビートルズ盲信状態だったから・・・。

    88年の夏頃、ビートルズのアルバムをすべて揃えてしまった。そうなると「これからどうしよう」となるのは当然。ここからブートにいく人、オリジナル英盤とかのレア盤にいく人、ソロにいく人、アップル・レーベルとか、ラトルズとかの関連アーティストにいく人、その他のアーティストにいく人・・・。「一筋」からはじめたファンなら誰もが通る「分岐点」なんじゃないかな。で、私はソロに行こうとした。 だけど上の「ジョン・レノン」にある通り、ジョンのソロにショックを受けてしまった私は、積極的な気持ちでソロにいきたいとも思えなかった。そんなこんなの88年の11月頃、いつも聴いている例の「ビートルズ&ストーンズ」にダイヤルを合わせた。だけど、既に全CDを揃えてしまった私にとって、もはや「ラジオでビートルズを聴く」意義は薄らぎつつあった。 この番組のオープニングはBack In The USSRのイントロに、マイケル富岡による「ビートルズ&ストーンズ!」のタイトル・コールが絡むという、なかなかカッコイイものだった。だけど、日によってはイントロがストーンズの曲に変わることもある。実は「ストーンズなんて」と思いながらも、そのイントロが「カッコイイかも」と少しだけ思っていた。 特に「ワン、ツー」の掛け声とともに転調する瞬間は鳥肌が立ちそうで・・・。 当然何という曲かは知らなかった。ところがこの日、番組の本編でこの曲がかかったのである。いつもはイントロだけでフェイド・アウトするこの曲を、はじめてコンプリートで聴いた。何という曲なんだろう。マイケル富岡のMCをチェックする。この男、発音がよすぎて何といってるかよく分からないことが多い。 だけど、必死に理解しようと聴いていた。「ローリング・ストーンズで『ジャンピング・ギャップ・クラッシュ』」。私にはそう聞こえた(笑)。「ジャンピング・ギャップ・クラッシュ」か。こうして聴いてみると意外とカッコイイかも。頑なに「アンチ・ストーンズ」を貫いていた私の気持ちが揺らいだ瞬間だった。一度きちんとストーンズを聴いてみたいな。

    そう思っていた時、うってつけの番組が放送された。2週にわたってストーンズの歴史を振り返りつつ、時代順に曲をかけるというもの。早速エアチェックの用意をして聴き入った。この時はじめてミック以外のメンバーの名前や5人組のバンドであることを知った。エアチェックしたのはSatisfaction、The Last Time、 「19回目の神経衰弱」、「夜をぶっとばせ」、Jumpin' Jack Flash(この時点でようやく「ジャンピング・ギャップ・クラッシュ」でないことに気がついた)、そして時代は大きく跳んでMiss You。ブライアン→テイラー→ロニーというメンバーの変動も理解した。ブライアンが亡くなっていることは、例の「対決」ものの番組で知ってたけど・・・。ただ、好きな曲が60年代に偏っている。ずっと「ビートルズのライバル」として意識してきたせいなのか、 それともビートルズに通じる空気を感じたせいなのか、理由は今でも定かじゃない。でも、私が60年代を好んだのは「ビートルズ経由」でストーンズに興味を持ったからであることは間違いないだろう。その直後、今度は「60年代のストーンズ」を特集した番組を聴いてますますストーンズにひかれ、遂にCD購入を決意したのである。 だけど、いざとなると気が咎める。「ビートルズ・ファンの俺が『憎いストーンズ』を買っていいのか」。そこで私は言い聞かせた。ライバルっていっても、それは周囲が作り上げたイメージ。「当人たちは仲がよかった」ってビートルズものの本に書いてたじゃないか。それに、よく聴いてみると似てるようでやっぱりカラーが違う。別のバンドじゃないか。 ・・・そう、つまり私は「ライバル=憎い」と自分に言い聞かせつつ、実は心の底では知らず知らずのうちにちゃんと「真実」を認識していたのである。「憎い」と無理に思い込もうとしていたのかも・・・。心が激しく揺れる中、最も初期のベストBIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS) を購入した。

    購入してCDプレイヤーにセットしても、まだ気が咎めていた私。恐る恐る再生ボタンを押した。次々に登場するラジオで聴いたあの曲、この曲。拭い去れない罪悪感を抱きつつも、のめり込んで聴き入っていた。ビートルズと同時代のバンドだから、同じ「空気」を感じるのは事実。でも、このCDを聴いて以前にも増して「似てるけど、やっぱり別の個性を持ったバンドだよ」という想いを強くした。 Heart Of Stoneのようなディープなブラック感覚、Not Fade Awayのような粗暴な面、そして何といってもラストに収められたLittle Red Rooster。「これって、もしかして『ブルース』って奴だよね?」。ブルースなんて音楽には全く無縁だった私にとって、はじめてきちんと聴いた「ブルース」だったのである。これはビートルズがやるはずがないタイプの曲。 ビートルズとストーンズの決定的な違いだな。はじめてそのことに気がついたのである。ビートルズとストーンズの違いは「ワルかどうか」とか、そういう陳腐なものではなく、むしろ音楽的な部分が重要なんじゃないか。だとしたら、やはり全く違うバンド。その全く違うバンドを比較して「どっちが凄いか」なんて議論したり、ファン同士が対立して罵り合ったりするなんて あまりにもくだらない。「中華料理とフランス料理ではどっちが美味いか」とか、「アントニオ猪木と千代の富士ではどっちが強いか」といったのと同レベルの不毛な比較じゃないのか。それぞれに「よさ」がある。それなのに、その「よさ」に気がつかずに、その「よさ」を認めようともせずに、意地を張って「ライバル」なんてくだらない言葉に惑わされて「聴かず嫌い」するなんてもったいない。それはビートルズとストーンズに限ったことじゃない。どのアーティストにもそれぞれ違った魅力や個性がある。だから「ビートルズは凄い→ビートルズだけが凄い→他のアーティストはどうでもよい」なんて「一筋」を貫いて 他のアーティストから目をそむけるなんて、何というもったいないことなんだろう。そう、ストーンズに目覚めたことで私は「ビートルズ一筋」を脱したばかりか、一気に視界が広くなって「いろんな音楽を聴いて、いろんな音楽に出会いたい」という強い欲求に駆られるようになったのである。私が最初に「聴かず嫌い」することの愚かさを悟った瞬間でもあった。以降私はイーグルス、クラプトンといった 「前から名前を知っていたアーティスト」や、キンクスやザ・フーのような「ビートルズやストーンズと同じ空気を感じるアーティスト」から手始めに、多くのロックを聴きあさるようになっていくのである。

  ストーンズについてのその後だが、次に買ったのは60年代末のベストTHROUGH THE PAST, DARKLY [BIG HITS Vol.2] 。さらに翌89年には解散説を吹き飛ばして再始動したこともあって、ストーンズ周辺が騒々しくなっていった。おかげで情報も多くなったし、当初はあまり好まなかった70年代以降のストーンズも聴くようになりで、気がつけば私の中で「ビートルズに次ぐ不動の2番目に好きなバンド」と化していったのである。今ではバンドのカラーや雰囲気&曲が好きなのは60年代、一番凄いと思う&アルバム単位で好きなのはテイラー時代といった感じだ。 ただし、「ビートルズのライバルに手を出してしまった」罪悪感を完全に消し去るにはもうしばらく時間がかかった。21世紀を迎えた今でこそ、ビートルズとストーンズ両方を好む人はいるけど、あの頃はまだ好奇の目を向けられたし、何よりもマスコミ、特に「自称ビートルズ・ファン」、「自称ストーンズ・ファン」な評論家やアーティストが、テレビやラジオ、雑誌などで 「対立の図式」を強調することが多くて・・・。。意外とわだかまりを持っていたのは、あの人たちなんじゃないか。私は両バンドを過剰に比較したり、わざと対立の図式を強調したりするのを見るたびに「何で比較しなきゃいけないの? それぞれにいいところがあるんだから、比較する必要なんてないでしょ」と思ってしまう。「魅力を探る」ための楽しい比較ならいいけど、「対立のための比較」ならいらない。 今の私が例の「ビートルズvsストーンズ」のラジオの特番を聞いたとしたら「そんなことして何が楽しいんだ?」と嘲笑してしまうかもしれない。

  音楽は先入観など持たずに、もっと純粋な気持ちで楽しみたいものです。ああ、「聴いてみたけど駄目だった」という「本当のアンチ」は仕方ないでしょうけどね。聴いてみることもせずに「アンチ」を名乗ることは私はしたくないと思うし、カッコ悪いことだ思います。 それから、他のアーティストを聴き、他のアーティストの「よさ」を認識することによって、はじめて気がついたビートルズの魅力もあったということも強調しておきます。一筋だと気がつかない魅力や素顔って、どんなアーティストにもあるんじゃないでしょうか。だから私は「『いちばん好きなアーティスト』一筋になるのもいいけど、たまには寄り道してみるのも楽しいよ。そうすることではじめて、今まで気がつかなかった魅力を発見できるだろうし、 前以上に『いちばん好きなアーティスト』のことが好きになるかもしれないよ」ということもまたお伝えしたいと思うのです。やっぱり「聴かず嫌い」って楽しくないよ。

      
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