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| 発売日 | 1970.4.17(英) | ||
| プロデューサー | ポール・マッカートニー| レコーディング | 70.1.〜4. |
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| 参加ミュージシャン | リンダ・マッカートニー(bvo) | ||
| 手持ちのCD | TOCP-3124(東芝EMI) | ||
| 購入時期 | 1996年頃? |
| ポールによる「ビートルズ脱退宣言」からわずか1週間後に発表されたファースト・ソロ・アルバム。「脱退宣言」自体がこのアルバムのプロモーションのために行われたものだとジョンが批判したり、
このアルバムの急な発売のため、ビートルズのLET IT BEの発売が延期になったりと、様々な影響をもたらした。ここに収められている曲はスコットランドの自宅の
スタジオで一部にリンダが参加した以外は全楽器を一人で担当したワンマン・レコーディングで録られたものばかりで、その上、まだ<未完成な作品も多数含まれている。だからジョンの発言の真偽はともかく、ポールが早期にビートルズとの決別を世間に知らしめるとともに、
自らのビートルズに対する想いを断ち切りたいがために、急いで発表に踏み切ったと考えて間違いはないだろう。 このアルバムの特徴の一つはインストが多いことで、Valentine Day、Hot As A Sun、Momma Miss America、Singalong Junk、Kreen-Akroreと5曲もある。しかも一部はスタジオの器材をチェックするために録音された曲も含まれている。 アルバム全体に未完成っぽい印象を与えているのは、こうしたインストのせいでもあるが、デビュー以前に作られ、Get Backセッションでも録られた5.:Hot As A Sun、6.:Junkのインスト・バージョンで、 ポールの巧みなアコースティック・ギターの聴ける11.:Singalong Junkのような佳曲もある。ボーカル入りの曲も、器材の点検のために録られたリンダへのラブ・ソング1.:The Lovely Linda、エルヴィス風のラフな ボーカルの2.:That Would Be Something、リンダとの初のデュエット7.:Man We Was Lonely、ビートルズの幻のアルバムGET BACKに収録されるはずだった10.:Teddy Boyなども悪くはないが「完成品」とはいえず、 「もう少し時間をかけてアレンジを煮詰めて発表していれば・・・」と悔やまれる。そんな中では、アコースティックで美しく、ちょっとブルージーな4.:Every Night、アコースティック・ギターの弾き語りで、物悲しく美しいメロディの 6:Junk、後期ビートルズを思わせる荘厳なピアノ・バラード12.:Maybe I'm Amazedの3曲は、ポール本来の才能の感じられる名曲で人気も高い。ウイングス時代にもライブで演奏されていたほどで、ポール自身にとっても お気に入りの曲のようだ。 このように名曲も一部にあるが、ポールが発表を急いだせいか煮詰め方が足りない曲が多く、残念ながらアルバムの完成度は低い。「ポール・ファンの踏み絵」などと称されて、「本当のファンならこれが分かる」などといわれているが、 残念ながら完成度が高くないことは否定できない事実だ。直感を重視するジョンと違い、曲のアレンジ、展開などをじっくり煮詰めていくタイプのアーティストのポールだから、もっと時間をかけていればもっとよいものができただろう。だけど当時のポールにとっては、 そんなことよりもこのアルバムを出すことでビートルズと決別する必要があり、そのために急いで発売に踏み切ったのであろう。ということで、形こそ違うけどポールにとってはジョンにとってのJOHN LENNON/PLASTIC ONO BANDと同じように「ビートルズに対するけじめと今後の再スタート」の意味合いのある アルバムだったのではないだろうか。アルバムは全英2位、全米1位の大ヒットとなったが、未完成な内容、ビートルズ解散に当たってのポールの言動のせいもあって、バッシングを浴びる結果となってしまったのである。 |
*アルバム好感度 70
CDボーナス・トラック:13.Another Day、14.Oh Woman, Oh Why
| 発売日 | 1971.5.28.(英) |
| プロデューサー | ポール&リンダ・マッカートニー |
| レコーディング | 70.10〜71.2 |
| 参加ミュージシャン | リンダ・マッカートニー(bvo) デヴィッド・スピノザ(g)、ヒュー・マクラッケン(g)、デニー・シーウェル(d) |
| 手持ちのCD | TOCP-3125(東芝EMI) |
| 購入時期 | 1990年春頃 |
| リンダとの連名で発表されたセカンド・アルバム。自宅のスタジオでワンマン・レコーディングされた前作と打って変わって、ニューヨークで、セッション・ミュージシャンやニューヨーク・フィルを従えてのレコーディング。ということで計算された、完成度の高いサウンドを構築することに成功している。
にもかかわらず、ここにはなぜか手作りの暖かみのある空気が支配している。これはリンダとの連名とし、前作以上にリンダのボーカルを前面に打ち出し、プロデュースも連名、4,5,7〜9は二人の共作とクレジットされるなど、リンダとの関係を前面に出したことにより、
家庭的な匂いがするせいかもしれない。 収録曲も多彩で、名曲揃い。ブルージーな2.:3 Legs、ウクレレを弾きながら歌われる小作3.:Ram On、シンフォニックなサウンドとSEなどの巧みなスタジオ・ワークを駆使した計算高いメドレー形式の大作5.:Uncle Albert(アメリカのみでシングル・カット、全米1位)、アコースティックで暖かい雰囲気の7.:Heart Of The Country、 リンダとのデュエットが印象的なポップ・ロック9.:Eat At Home(日本でのみシングル・ヒット)、巧みなアレンジを聞かせる10.:Long Haired Lady、美しくドラマティックなバラードで「隠れた名曲」として一部で人気の高い12.:Back Seat Of My Car(イギリスのみでシングル・カット、全英39位)と完成度の高い名曲が並ぶ。だが、一方でジョンへあてつけた曲だといわれているToo Many People、Dear Boy、 批判にさらされ続けるポールの苦悩が垣間見えるヘビーな曲調、歌詞のSmile Away、Monkberry Moon Delightなどを聴くと、当時のポールの置かれていた立場や複雑な気持ちが手にとるように分かり、ちょっと辛い気持ちにさせられる。 しかし、これだけの完成度と素晴らしい楽曲を揃えたアルバムでありながら、相変わらず激しいバッシングにさらされた。リンダとの連名に関して「単にジョンとヨーコを意識しただけ」と見なされ、さらに元々は写真家であったリンダの音楽的才能を疑問視する声も飛んだ。さらに、このアルバムの評価が芳しくなかった原因は、70年代初頭のハード・ロック、プログレなど刺激的な音楽がもてはやされ、 ここに聴かれるような「良質で計算されたポップ」が軽視された時代背景のせいもあったのだろう。だけど、それ以上にビートルズ解散前後のポールの言動に対するバッシングが続いていたことが、その最大の原因であろう。「ラフな出来だ」として前作をバッシングしておいて、完成されたこのアルバムを聴いて今度は「ポップで計算され過ぎている」とバッシングする、 というのはあまりにも不可解すぎる。よいものを作っても先入観だけで叩かれ続けた当時のポールを思うと、本当に辛い気持ちにさせられる。批判した当時の評論家やファンは一体何を考えていたのか、胸ぐらを掴んで聞いてみたい心境だ。私はこのアルバムはポールの傑作の一つだと信じている。後のウイングスの傑作に見られる「力み」はなく、自然体のポールを感じることができるあたりに好感が持てる。アルバム自体は世間の評価とは無関係に全英2位、全米1位のヒットを記録。なお、現在のCDには、前作McCARTNEYと このアルバムの間に、ソロ・デビュー・シングルとしてシングルのみで発売された13.:Another Dayと、そのB面の14.:Oh Woman, Oh Whyがボーナス・トラックとして収録されている。13.:Another Dayはポールらしいポップ・チューンで、リンダとの共作である。この曲も全英2位、全米5位のヒットを記録しながら、叩かれたというのだから信じられない。 |
*アルバム好感度 100
CDボーナス・トラック:11.Give Ireland Back To The Irish(アイルランドに平和を)、12.Mary Had A Little Lamb(メアリーの小羊)、13.Little Woman Love、14.Mama's Little Girl
| 発売日 | 1971.12.7.(英) |
| プロデューサー | ポール&リンダ・マッカートニー |
| レコーディング | 71.8 |
| 手持ちのCD | TOCP-3126(東芝EMI) |
| 購入時期 | 1996年頃 |
| ウイングス・メンバー | ポール・マッカートニー(vo,b,p他) リンダ・マッカートニー(bvo,key) デニー・レイン(bvo,g,b) デニー・シーウェル(d) |
| ビートルズ末期から常にポールが願い続けていたライブ活動を行うために結成された新バンド、ウイングスによるファースト・アルバム。メンバーはポール、リンダに、前作に参加したセッション・ドラマーのデニー・シーウェル、ビートルズ時代以来の旧友で初期ムーディ・ブルースのリーダーだったデニー・レインの4人。
このアルバムは新バンドを結成して意気揚々のポールが、勢いで一気に作ってしまったアルバム、と言って過言ではないだろう。事実、わずか3週間で完成されたそうで、とにかくラフな雰囲気が漂っている。 特に、そのラフな空気はLP時代のA面に当たる1〜4に顕著で、荒々しい反面、ドライブ感の感じられる演奏ぶりが印象的。この4曲、「ラフすぎる」として評価が低いようだが、私はこの空気がかなり好きである。特に、1:Mumboと3:Love Is Strange(ミッキー&シルビアのカバー)の2曲にみられる ファンキーなサウンドは、ポールの全キャリアの中でこの初期ウイングスにしか見られない作風であるが、意外とはまっていると思う。ルーズな2.:Bip Bop、ヘビーで重厚な4.:Wild Lifeも個人的には好きな曲で、この流れは悪くないと思う。とはいえ、本当の意味でポールらしいのは、むしろLP時代のB面の5〜10の方であろう。 中でも8.:Tomorrowは、地味ながら名曲でタイトル、コード進行ともYesterdayを彷彿とさせる。また、ポールは否定しているが、Some People Never Know、Dear Friendはジョンに向けて歌われた曲といわれ、今までと違って「和解」を求めたような歌詞であるのが興味深いところである。7:Bip Bop Link、10:Mumbo Linkはセッション中に録られたアドリブで、 こうしたテイクを収めているあたりが、「ラフすぎる」といわれている原因かもしれない。だけど、ポールは新しいバンドの誕生の瞬間を記録したい、と願ったからこそ、こうしたテイクを収録したのであろう。 結局、こうしたラフな内容のため、またしても不評で、チャートでも全英11位、全米10位と振るわなかった。だけど、ポールにとってはそんなことはどうでもよく、バンドをまとめ上げて、一つの仕事を成し遂げることが、このアルバムの制作意図だったのではないかと思う。個人的には、このアルバムのラフな空気は嫌いではない。なお、現在発売中のCDには、ボーナス・トラックとして11〜14が 収められている。まず11:Give Ireland〜は、アイルランド紛争での「血の日曜日」に抗議したメッセージ・ソングで、シングルのみで発売(全英16位、全米21位)された曲。12:Mary Had A Little Lambもシングルのみで発売された(全英9位、全米28位)、次女・メアリーのために書いた童謡風の曲で、コーラスに長女ヒーザーとメアリーも参加したアット・ホームなものである。13:Little Woman Loveはその12:Mary〜のB面、 14:Mama's Little Girlは次作RED ROSE SPEEDWAYのセッションでレコーディングされながらボツになっていた童謡風の曲で、89年になってようやくアルバムFLOWERS IN THE DIRTからシングル・カットされたPut It Thereとカップリングで陽の目を見た曲である。 |
*アルバム好感度 70
*:1998年12月21日UP
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