![]() トップ・ページに戻る |
![]() 前のページに戻る |
| 発売 | 2002(英) |
| 088 112 926-2(輸入盤) | |
| 購入時期 | 2002年9月 |
| 発売 | 1966(米) |
| MCAD-31330(米MCA・アメリカ編集盤) | |
| 購入時期 | 1998年 |
| プロデューサー | シェル・タルミー |
| メンバー | ピート・タウンゼンド(g,vo) ロジャー・ダルトリー(vo) ジョン・エントウィッスル(b) キース・ムーン(d) |
| 参加ミュージシャン | ニッキー・ホプキンス(key)、ジミー・ペイジ(g:Disk-1:15.)、アイヴィー・リーグ(bvo:Disk-1:14.)、ペリー・フォード(p:Disk-1:14.) |
| 1964年にハイナンバーズとしてデビューするも失敗。ザ・フーと改名してDisk-1:14.I Can't Explainで再デビュー。そして1965年11月に発表されたファースト・アルバム。結成からデビューまで時間がかかったこと、
そして既にブリティッシュ・インヴェイジョンが勃発してしばらく経ってのデビューだったこともあってか、同時代のビート・バンドのデビュー作としては抜きん出た完成度を誇る。また、いわゆる「モッズ・ムーヴメント」の熱気をそのままスタジオに持ち込み、それを記録してしまったかのようなアルバムともいえ、
1965年のイギリスを代表する、象徴するような一枚ともいえよう。そしてザ・フーにとっては、モッズ・バンド、ビート・バンドとしての姿を捉えた唯一のアルバムとなった。ちなみに、以下2002年に発表されたDELUXE EDITION(こちらも参照)に沿って解説していく。 当時発表されたアルバムの本編に当たるのがDisk-1:1〜13.。ピートの単独作品がDisk-1:1,3〜7,9,11,13の9曲、そしてDisk-1:12.The Oxはピート、ジョン、キースとセッション参加したニッキー・ホプキンスの共作とクレジットされたインスト。 ということで全13曲中、10曲がオリジナル作品ということになる。当時のビート・バンドのデビュー作の大半がカバー・ソングの比重が高かったことを思えば、これは驚異的なこと。さらに「オリジナル曲の比重が高い驚異的なデビュー作」と称えられるビートルズのPLEASE PLEASE MEですら、オリジナル曲は14曲中8曲だったことを思えば、デビュー時の彼らは既にビート・バンドとして完成の域に達していたことを思い知らされるし、 同時にピートのソング・ライターとしての才能の高さも驚異的と言わざるを得ない。しかもピートはレノン=マッカートニーのように「デビュー前からオリジナル曲を書き溜めていた」わけでもなく、当時のザ・フーはまだ「カバー中心からオリジナル中心へ」と方向転換をはかって間もなかったたことを思えば尚更驚きを禁じ得ない。その上、これら作品は「オリジナル曲を書きはじめたばかり」のライターにありがちな、 「影響を受けたR&BやR&Rのオマージュ、模倣」といったレベルをはるかに超えたものである。 とにかく、オリジナル作品にこんなにも「捨て曲」のないデビュー・アルバムはなかなか見当たらない。大ヒットした永遠の「若者の怒りのテーマ」(本当はそんな単純な曲ではないけど)Disk-1:6.My Generation、マージー・ビート風の哀愁のメロディにシャープでアグレッシブな演奏が絡む名曲Disk-1:7.The Kids Are Alrightはもちろん、 R&Bを彼ららしく、モッズらしくシャープに料理したDisk-1:1.Out In The Street以下、すべてが素晴らしい。そう、ここでのピートは既にR&BやR&Rからの影響を自分なりに消化して、そこから全く新しいものを生み出すことに成功している。つまり普通のバンドがサード・アルバムあたりで到達するレベルにまで達しているともいえる。もちろん、そのレベルに達しているのは、ピートのソング・ライティングだけではなく、バンド全体のレベルにもいえること。 後にお馴染みになるキースの大暴走ドラム、ジョンのリード・ベースはまだ後のように完全にははっきりとは現れていないものの、既にところどころで聴くことが出来る。そして何よりもコーラス・ワークが素晴らしい。特にDisk-1:4.La La La Lies、Disk-1:5.Much Too Much、Disk-1:9.It's Not Trueのロジャー、ピート、ジョンのハモリは本当に素晴らしいし、 Disk-1:7.The Kids Are Alrightのエンディング付近に至っては美しくすらある。個人的には特にピートの繊細な高音が効いていると思う。見落とされがちだけど、この時代のザ・フーの重要な魅力ではないだろうか。 残る3曲Disk-1:2.I Dont MindとDisk-1:8.Please Please Pleaseがジェームズ・ブラウン、Disk-1:10.I'm A Manがボ・ディドリーのカバー。ピートがソング・ライターとして成長する以前、つまりレパートリーがカバー中心だった頃のザ・フーのリーダーはロジャーだったわけで、この辺の選曲はロジャーによるものだろう。 しかし正直、ロジャーの声は同時代のR&B系ビート・バンドのボーカリストと比べれば濃厚さに欠け、お世辞にもソウルフルと呼べるものではない。よって皮肉なことに、これら3曲のような濃厚な歌を上手く歌いこなせているとは私には思えない。カバーに拘り、ピートのオリジナル指向を封じようとしていたロジャーだけど、皮肉にも彼の声質にはピートのオリジナル曲の方が似合っていると思う。といってもけなしてるのではなく、無理にJBを気取ったようなスタイルで歌わない方が、むしろ彼のボーカルは魅力的だということである。なお、DELUXE EDITIONの残るDisk-1:14〜16、そしてDisk-2は、アルバムMY GENERATIONと同時期に録音、発表されたテイク。 この辺をまとめて聴けるのは嬉しく、便利ではあるし、デビュー・シングルのDisk-1:14.I Can't Explainのような重要なテイクも聴ける。全体にカバー曲が多いが、先に述べたアルバム収録のカバー曲のような濃厚なナンバーよりも、コーラス・グループやモータウンなどの、よりポップなR&Bが多いので、どのテイクも彼らにピッタリはまっているし、ロジャーのボーカルにも無理は感じられない。特に巧みなコーラス・ワークには引き付けられるものがある。ついでにいえば彼らのレパートリーで最も「モッズらしさ」を感じるのも、実はこれらのテイクである。 アルバムは大ヒット、モッズ・シーンや65年のイギリスの文化自体を語る上でも欠かせない名盤。しかし直後にプロデューサー、シェル・タルミーの間に勃発した確執が原因で早くも決別。同時にアルバム発売元のブランズヴィック・レーベルとの関係も決裂、版権はザ・フーの手元を離れてしまう。しかも1967年にそのブランズヴィック・レーベルが閉鎖。そのため、長らく廃盤状態が続いたり、CD時代になってもなかなかCD化されなかったりで、収録曲に若干の違いのあるアメリカ編集盤THE WHO SINGS MY GENERATIONしか入手できないという事態が発生。 このため「モッズ・シーンの金字塔」「ロック史に残る名盤」「ザ・フーのビート・バンド時代唯一のアルバム」であるにもかかわらず、長らく入手困難な「幻の名盤」と化していたわけで、これはロック史にとっても、ザ・フーにとっても悲劇的なことだった。2002年になってようやく出されたのがDELUXE EDITIONで、出た当初は手放しで喜んだ私だけど(こちら参照)、冷静に分析すればこれは純粋な「復刻盤」ではなく、「リマスター盤」であり、Disk-1:6.My Generationのギター・ソロが入っていない(Disk-2:14.がギターの入った従来のバージョン)とか、せっかく同時収録されているセカンド・シングルDisk-2:7.Anyhow, Anywhere, Anywayが別テイクだったりと、純粋なオリジナル盤として楽しめない部分があるのも事実。 ここで私がDELUXE EDITIONだけじゃなく、SINGS MY GENERATIONも合わせてご紹介しているのは他でもない、「両方買って聴くのがベスト」と判断したから。なので、できればイギリス・オリジナル盤をそのまま復刻して欲しかったというのがホンネだけど、残っているマスター・テープの関係上叶わなかったらしいので、不満を述べても仕方ない。なので、こうしてちゃんと聴けるようになったということ、それだけでも喜ばなければならないだろう。事実、DELUXE EDITIONを聴けば、この時代のザ・フーがいかに凄かったか、それだけは間違いなく伝わるはずなんだから。 |
*アルバム好感度 100
| 発売 | 1966(英) |
| プロデューサー | キット・ランバート |
| メンバー | ピート・タウンゼンド(g,vo,key) ロジャー・ダルトリー(vo) ジョン・エントウィッスル(b,vo,horn,key) キース・ムーン(d,vo) |
| P25P-25091(ポリドール) | |
| 購入時期 | 1994年初頭 |
| デビュー作から1年後に発売されたセカンド・アルバム。途中にシングル・ヒットを連発していたものの、プロデューサー、シェル・タルミーやブランズヴィック・レーベルとの決別もあって、デビュー当初のビート・バンドとしては異例なほど、アルバムのインターバルが開いてしまった。しかも「オリジナル中心でいきたい」ピートと、
あくまでもカバーに拘る初期リーダー、ロジャーの激しい対立と主導権争い、さらにドラッグの使用の有無を巡って他の3人に「総スカン」を食らったロジャーが孤立、脱退(正確にはクビ)の噂も流れるなど、MY GENERATIONで順風満帆なデビューを飾ってシングル・ヒット連発中のバンドとは思えない、崩壊寸前の状態にあった。そうした契約面やメンバー間のゴタゴタを反映するかのように、このセカンド・アルバムも「行き詰まり」を感じさせる内容となっている。 「ザ・フーのソング・ライターといえばピート」というイメージに反し、ここではロジャーが8.、キースが3,6.、ジョンが2,4.と、各自がオリジナル曲を提供している。多くの資料には「キット・ランバートの勧め」だとか、「出版社の意向に沿った」とか書かれているけど、私には バンド内の不和と無関係ではないんじゃないか?という疑念が拭えない。しかも正直にいえば、ロジャーとキースの作品のクオリティはピートには遠く及ばない。キース作の鼓笛隊のような演奏(笛やホーンはピート、ロジャー、ジョンが担当)と、キースによる破天荒なドラムが何ともアンバランスで、「マヌケなのか壮絶なのか分からない」というキースのキャラクターそのもののインスト6.Cobwebs And Strangeは確かにファンとしては愛すべきナンバーだけど・・・。 残るジョン作の2曲のうち、2.Boris The Spiderは、解散ツアー、再結成ツアーなど、ジョンが亡くなるまでずっとライブのレパートリーだった曲で、不気味なメロディと歌詞を持った風変わりなナンバー。ジョンのイメージは生涯この1曲で決定付けられたわけだし、「ザ・フー第2のソング・ライター」の地位が確立されたわけだしで、そのことを思えば特筆すべき作品。残るピートの作品1,7,9,10を見ると、 前作と比べると若干分が悪いという印象は拭えない。1.Run Run Runは「アルバムのスタートを告げるナンバー」としてふさわしい、キャッチーなナンバーではあるんだけど、「もうひとひねり」欲しいかなという感じ、「ピートにしては」というレベルではあるが。そして7.Don't Look Awayに至っては、ピートにしては凡作。とはいえ、残る2曲があるおかげで、なんとか平均点をクリアしている。 9.So Sad About UsはThe Kids Are Alrightに続く、マージー・ビート調の哀愁のメロディを持った超名曲。個人的には「A QUICK ONEはこの曲を聴くためにあるアルバム」と思っているほど。そしてラストは9分以上に及ぶ「初のミニ・ロック・オペラ」10.A Quick One, While He's Away。「これが後のTOMMYなどの一連のロック・オペラ作品に繋がっていく」という論調に異論はないが、やはり完成度は決して高くなく、 「未完成な曲を繋ぎ合わせた」風に聞こえなくもない。当時は斬新だったということは理解できるが・・・。しかも後追いで聴くと、演奏が平板で、この曲のベスト・テイク、完成テイクは1968年の「ロックン・ロール・サーカス」のライブ・バージョンであり、それと比べるべくもない、という印象しか残らないこと、それも残念である。 ということで、既に「モッズ・バンド」「R&B系ビート・バンド」としての彼らは、ここでは見ることが出来ないが、その余韻を唯一残しているのがマーサ&ザ・ヴァンデラズの5.Heatwaveのカバー。あくまでもクールに、シャープにR&Bを演奏する、彼ららしい最高のカバーといえよう。というわけで、一般的には「R&B、モッズ色の後退」「初のミニ・オペラ収録」という側面から、「過渡期のアルバム」とされている。 しかし私には「過渡期」というよりは、「迷っている」風に映る。バンド内のゴタゴタを沈静化させるために(これは私の独断だけど)全員がオリジナル曲を書いていたりするし、迷った末の産物、私にはそう受け取れる。残念ながらMY GENERATIONのような名盤を作ったバンドのアルバムとは思えず、私の中で評価も低く、思い入れも強くない。唯一9.So Sad About Usが聴ける、それによって辛うじて救われている、その感は拭えないところだ。また、「迷った末の偶然の産物」10.Quick One, While He's Awayが思わぬ突破口になった、 それもまた実は偶然でしかないのではないか。とはいえ、オリジナル作品への拘り、そして当時連発されたシングル・ヒット曲を敢えて1曲も収めないという姿勢は、多いに評価できるところだ。 |
*アルバム好感度 80
*:2004年1月3日UP
![]() トップ・ページに戻る |
![]() 前のページに戻る |