◎○◎鬱の僕と仮面性鬱の君◎○◎
僕は君のことなんか微塵も思っちゃいない。
―それに気付かない愚かな君へ語ろう―
月曜日の朝=鬱が最も激しい時間。
意識はとうに起きているが体がどうしても動かない。
―精神安定剤―
腕を伸ばし床をまさぐる。雑誌やらごみやら散らかった床からそう簡単に薬は見つからない。
鬱はだんだんと「死にたい」という気分に形態を変えはじめた。
・・・・・・こんなに苦しいのならいっそ・・・・・・。
剃刀を探そうと再び床をまさぐる。まったく床は見ないで。
―あった・・・・・・―
さっきとは違い容易にそれは見つかった。
―嗚呼・・・神は僕に死と言う名の永遠の安らぎを与えてくださるのだ。
自然にそう思えてパジャマの袖を捲る。
薄らと残っている無数の自殺の痕が朝日にさらされ不気味に浮かび上がる。
剃刀をそっと手首に当て一呼吸ついて力を込め、剃刀を滑らせる。
通り道から血がじわっと滲み出た。
なかなか綺麗に切れた。
血が一定に溢れ出す。布団にぽたぽたとたれ不思議な模様が浮かび上がる。
・・・自然に微笑があらわれる。
ふいに玄関からバタンという音がして来訪者の存在を気付かせる。
僕は亀でもそんなにとろくないというぐらいゆっくり顔をあげる。
見慣れた化粧の濃い君の顔があった。
君は無言でハンカチを取り出して血を拭い取り手首に巻きつける。
―マタ死ネナイ。マダ生キテル―
茫然と処置の施された手首を見詰める。
溜め息を吐いて「また死ねなかったとか今考えたでしょう?」
君が僕の顔を覗きこみ言う。
何もかもがフィルター越しに見ているようでぼんやりしていた。
鬱でしかいられない僕は鬱を隠した君に鬱を吐き出し鬱を取り除いた。
取り除いた鬱は君が無意識に飲み込み君の鬱を倍増させた。
全て捨てたと思った僕はこっそりと社会に適応しこっそり再発してこっそり社会から排除された。
排除された僕は倍の重さになった鬱を背負って日陰でこっそりと歌を歌ってこっそり収入を得てこっそりと暮らした。
鬱の僕に仮面性鬱の君。
得るものはないが、失うものは沢山だ。
僕の理性、君の日常、僕の感情、君の異常、僕の血液、君の笑顔。
僕は君のことなんか好きでもなんともないのに。
君が僕を構うからこんなことになるんだ。
・・・・・・いつだってそうさ。
トラウマがちらほら見え隠れする君なんかといるから。
僕はいつまでたっても鬱から逃げられないんだ。
時折君を殺したくなるよ。でも、僕には他人は傷付けられない。
自分の体を傷つけるのならなんてことないのに。
或処に仲の良い一組の男女が居りました。
二人は常に一緒にいて片時も離れませんでした。
ある時男のほうが旅に出てしまい女のことをちっとも構いませんでした。
男は帰ってきた時に女よりも大事なものを見つけていたので女を酷い言葉でもって捨てました。
男はそれ以来人を愛すると「過去に自分が捨てたように捨てられたら・・・・・・」
と考えるようになり人を心から愛せなくなってしまいましたとさ。
奇妙な疎外感。何処からくるのか解らない。
トラウマは膨れ上がり世界すらも僕を捨てるような錯覚に陥る。
足元から生暖かい風が吹いてくる。
それはやがて僕の全てを飲み込み僕を地獄の迷宮へと誘う。
悪の根元は僕だったらしく地獄の神は僕を褒め称える。
褒美は・・・・・・僕の・・・・・・僕の血液・・・・・・。
帰れるならあの頃に帰りたい。
トラウマは容易に取り除けるものだから。
僕の心の正常を。僕の頭の正常を。僕の思考の正常を。僕の行動の正常を。
帰れないなら帰れなくていい。
でも取り戻したい。
僕の心の正常を。僕の頭の正常を。僕の思考の正常を。僕の行動の正常を。
そして・・・・・・逝ってしまった彼女を・・・・・・。
愛していたんだ。
幼すぎて僕はそれが見えなかっただけだったんだ。
愛したかったんだ。
今になって気付くなんて遅すぎるって解っているけれど。
生まれ変わったら君を探すよ。待っていて。
その時までには僕の心の正常を僕の頭の正常を僕の思考の正常を僕の行動の正常を取り戻すから。
二度と忘れないように。
・・・・・・手首に十字の傷を付けよう。
そこから零れ落ちた血は君の墓に注ごう。
待っていて。
・・・・・・だから僕は君のことなんか何とも思っていないんだってば・・・・・・
「ねえ、これ、きっと似合うわよ」
ここは都内にあるゴルチェのショップだ。
ゴシックというに相応しい宗教画じみたプリントのされたカットソーを君は僕に合わせる。
「ああ。似合うわ。・・・・・・すいません。これを」
君は店員を呼びとめてそのカットソーを購入する。
僕は無言で君を見詰める。
君は僕の視線に気付き
「誕生日プレゼント。本当は欲しい物をあげたらいいのだろうけど。死にたいっていうだけだろうし」
僕を見ずに穏やかな口調で言う。
「・・・・・・今日着てるスーツのインナーにぴったりね。今、着ていくといいかも。・・・・・・ミュージシャンっぽくていいわ」
僕は君のプレゼントのカットソーに着替え彼女の墓参りに行った。
彼女を裏切っているようだが僕は君に何も言えない。
僕の言葉で誰かが傷つくのはもう嫌だ。僕も傷つきたくないし。
墓石に血がかかるように手首に十字の永遠に消してはならない刻印を刻んだ。
君は何も言わずにその光景をぼんやりと見詰めていた。
彼女の遺書
「愛しい人、私が見えなくなったのね。辛いのは私よりあなただって。私にはちゃんと解っているから。
私は先に逝くけれど、あなたは生きて。私の傷をあなたにも解ってもらわないとフェアじゃないわ。
感じなさい、私の苦しみを。私の痛みを。私の罪を。あなたへの罰を・・・・・・だから生きて」
再び鬱。
・・・・・・たまにはVivienneの服でも着て通りでギターを抱えて歌おうか。
昨夜の少しあがりかけたテンションは朝になったら見る影も無くなっていた。
貧血気味で立つとふらりとする。
目の前が真っ白になり頭の中も空白で埋め尽くされる。
過去の記憶はただ音を立ててからからと再生される。
逃げたい。逃げられない。
彼女が笑う。僕の意識の奥・・・・・・。
頭痛頭痛頭痛割れる割れる割れる割れる・・・・・・。
アタマガワレル。
白い薔薇が真紅に染まる。僕の血液全て使って。
彼女の唇の色にとてもよく似ている。・・・・・・。
そういえば君は彼女の年子の妹だ。
僕の一時期所属していたバンドの常連で君と彼女を知ったんだ。
君は化粧の濃い人形の様なロリイタ。
彼女は真っ黒な服に身を包んでいた。
僕は君を彼女と比べていつも馬鹿にしていた。
でも君は微笑むばかりで何も言わなかった。
彼女は彼女で「この子は病気なの」それしか言わなかった。
僕は彼女と付き合った。
僕と彼女は毒々しい戯れを好んだ。
僕はそれにあきはじめ一人で旅に出た。
僕は旅先で音楽が一番愛しい事に気付いた。
僕は彼女を捨てた。
僕は縋る彼女に罵声を浴びせまくった。
僕と彼女はそれ以来口をきかなくなった。
僕はバンドを辞めた。
僕はその一週間と3日後に彼女が死んだ事を知った。
僕は線香あげに行った。
僕はそこで君が真っ黒な服に身を包み微笑んでいるのを見た。
僕は急に背筋に冷たいものを流し込まれた気分になった。
僕は次ぐ日から気分が滅入った。
不安感が募るばかりで治る気配はない。
・・・・・・ハツビョウシタ。
それから毎日のように君は僕の元を尋ねるようになった。
・・・・・・時折彼女の服を着て。
真っ白な夢を見た。何処まで行っても白い。
雪ではない。雲でもない。ただの白だ。
気付くとそこに独りの少年が立っている。
ぼんやり見詰めていると少年が壊れそうな人形を抱いている事に気付く。
その人形の顔は僕の顔だ。
同じ目同じ髪の色。
僕の顔が壊れそうになっている。
人形の体は僕の洋服を着ている。
同じ洋服同じ靴。
全部同じだ。壊れかけなところ以外は。
待てよ。
僕は壊れていなかったっけ?
僕はl壊れているんじゃなかったか?
・・・・・・そもそも僕は誰だ?
僕って誰だ?
スベテガシンジツトハカギラナイ・・・・・・。
火曜の午後4時28分。久方ぶりに外に出る。
と同時に雨が降り出す。
僕は無感動で再び玄関の鍵をあけ無色透明のビニール傘を取り出す。
なんだか少しだけ虚しい気持ちになった。
取り敢えず駅に向かい原宿までの切符を買った。
原宿に着くまでの間ずっと江戸川乱歩を読んでいた。
気分が沈んでなんだか思い切り泣きたい気持ちになった。
原宿はいつもと変わらなかった。
ただ人で溢れかえっていた。
後ろから誰かに肩を叩かれた。
雑誌のストリートスナップだった。
僕は気分が妙に落ち込んでいたので低調に丁重に断った。
・・・・・・ここに来る人間は何を考え何を求めてこの地に赴き何を手にして帰るのだろう。
僕はここに依存を求めて来、そして鬱を手にして帰る。
1−1=−1だ。
ここにいる人に僕が感じるのは刹那の安らぎ永遠の畏怖。
僕は他人が恐い。
もっと恐いのは血族。
更に恐いのは君。
そのまた更に恐いのは彼女。
なにものにも代え難いくらい恐いのは・・・・・・僕自信だ。
なにが出て来て何が入っていくか解らないBlack
box・・・・・・。
眠れない。
最近ずっとそうだ。夢は見ない。
目覚めた時の記憶がぶつぶつと途切れ途切れに繋がっているかんじだ。
キモチワルイ・・・・・・。
僕の存在自体が。君の存在自体が。
消えてしまえ。全部消えてしまえ。
君と僕よ。彼女のように消えてしまえ。
・・・・・・病院へ行ったら案の定睡眠薬を処方された。
強力な睡眠薬。ハルシオン。
口に含んだ瞬間、意識がとんだような気がした。
コノママシンデシマエバイイノニ。
久し振りの深い睡眠は深い深い海の底で膝を抱えそんなことを考えている夢を僕にくれた。
煌く夕日に吸い込まれた。
分裂症の悪魔が「酒池肉林」と叫びながら怯え逃げ惑う天使達を襲った事後の様な赤さだ。
奇妙な陶酔を覚え再びベッドへ潜り込む。
・・・・・・キモチイイ。
不気味なぐらいに珍しい感覚。
・・・・・・ココチヨイ。
不思議なぐらいに妙な感覚。
愛とか夢とかいったとうの昔に棄てたコトバが記憶の深層から溢れ出てきた。
血の色が僕の愛?
悪夢が僕の望んだ夢?
そうなのだろうか?
・・・・・・そうなのだろう。
悪魔達が教えてくれた。
・・・・・・僕は僕ではないと。
図書館へ行く。
自分の病気の事を調べるため。
・・・・・・けれども、図書館へ入った瞬間に止めた。
僕は異常ではないから。
誰にも解らない僕の正常。
僕は僕は狂ってなんかいない。
僕は僕はただ君を愛していてあげたいだけだから。
僕は僕はただ彼女を忘れたくないだけだから。
なにが偏った感情に溺れているだ。
僕はマボロシに憑依されてなんかいない。
正常なのは僕だけだ。
狂っているのは・・・・・・この世界だ。
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