TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Billboard Best-Selling Popular Retail Records May 22, 1948

01 Nature Boy - Nat King Cole (Capitol)
02 You Can't Be True, Dear - Ken Griffin (Rondo)
03 Little White Lies - Dick Haymes (Decca)
04 Now Is The Hour (Maori Farewell Song) - Bing Crosby (Decca)
05 Manana (Is Soon Enough For Me) - Peggy Lee (Capitol)
06 Toolie Woolie Doolie (The Yodel Polka) - Andrews Sisters (Decca)
07 The Dickey-Bird Song - Freddy Martin (RCA Victor)
08 Baby Face - Art Mooney (RCA Victor)
09 St. Louis Blues March - Tex Beneke (RCA Victor)
10 My Happiness - Jon & Sondra Steele (Damon)

 昭和23年5月第3週の全米チャートナンバー1は、ナット“キング”コールの「ネイチャー・ボーイ」でした。

 ナット・コールがオスカー・ムーア、ウェズリー・プリンスとともにジャズトリオを結成したのは1939年のこと。古いマザ−グ−スの歌「Old King Cole(コールの王様)」に因んで“キング・コール・トリオ”と名乗った彼らはアメリカ西海岸のジャズ・シ−ンで活躍。レコードデビューを果たしたのは1942年で、翌43年には新進レーベルのキャピトルに迎えられ、彼の長〜い成功の日々が訪れます。44〜47年にかけて10曲以上のヒットを放ったトリオは、洒脱な演奏と当初は余興的な位置付けだったコールのボーカルで人気を博しましたが、レコード会社はバラード・シンガーとしてのコールの歌声に注目し、彼をソロとして売り出すことになりました。

 ソロ名義としては最初のシングルとなったこの「ネイチャー・ボーイ」は、ブルックリン出身の風変わりなソングライター、エデン・アーベの作。放浪の後ロサンゼルスに定住を決めた彼は、ハリウッドの有名な看板(山腹に「HOLLYWOOD」と並んでいるやつ)の最初の「L」の下で暮らしていたという有名なエピソードの持ち主で、東洋思想をハリウッドの街角で唱える菜食主義者として街の有名人となっていたアーベがたまたま話しかけたのがキング・コールのマネージャーで、手渡された作品(ユダヤの古いメロディを元に作られていた)をコールが気に入ってステージで披露したところ評判を呼び、シングルのB面として発売した結果彼にソロ初のナンバー1ヒットをもたらすことになりました。

 “自然児”というアーベそのもののようなタイトルがつけられたこの曲は、遥か遠くを放浪して回り「この世で一番素晴らしいことは、人を愛し、その見返りとして人に愛されること」であることを悟るという幾分哲学的な内容。メッセージが新鮮に感じられたのか、多くのカバーが生まれましたが、コールのオリジナルが現在に至るまで最も聴かれるバージョンとなっています。なおアーベはそれ以降ソングライターとして目立った作品を残していませんが、1960年に発表したエキゾチック・サウンドにのせられた尺八アルバム(!!)「Eden's Island」が90年代に入って再評価されたりしました。

 続いて2位に入っているのはちょっと変わった曲、ケン・グリフィンの「You Can't Be True, Dear」。オルガン奏者である彼は1930年代にドイツで作られたこの曲をインストで録音、それが評判となってきたことからボーカル版を発売することを思いつき、シンガー兼俳優のジェリー・ウェインを起用。オリジナルのインスト版にボーカルをかぶせる形で作られたこのシングルは見事ナンバー1となり、ポップス市場初の“オーバー・ダビングによって録音されたナンバー1ヒット”となったそうです。結局この曲はインスト盤、ボーカル盤共にミリオン・セラーを記録するという大変なヒットになりました。

 「ネイチャー・ボーイ」「You Can't Be True, Dear」ときて気づいたのですが、この時期は古いレパートリーの焼き直しが多いようです。当時の記録を調べると実際古い音楽が見直されていた雰囲気もあったようで、この年デッカ・レコードは1917年〜43年のヒット曲を年毎にSP盤4枚組の“アルバム”として「Songs Of Our Times」のタイトルで発売、全27組のうち15組がアルバムチャートに登場するということがあったそうです。この時期著作権の管理が厳しくなったのか新曲の録音を嫌い、クラシックに歌詞をつけたり、物凄く古い歌や外国の曲を取り上げる等、各アーティスト(レコード会社?)色々と工夫を凝らしたようで、こ のチャートでは3位の「Little White Lies(1930年)」、4位の「Now Is The Hour(1913年)」、8位の「Baby Face(1926年)」、9位の「St. Louis Blues March(1914年)」、10位の「My Happiness(1933年)」と“懐メロ”ばかり。ここら辺を順に取り上げましょう。

 3位「Little White Lies」のディック・ヘイムズは、40年代を代表する甘い歌声のバラディアーの一人。この曲は1930年に競作となり、そのうちフレッド・ワーリングのペンシルヴァニアンズがナンバー1を記録しました。続く4位「Now Is The Hour」はもっと変わっていて、サブタイトルにあるように20世紀の前半にニュージーランドのマオリで作られ、現地で帰路につく観光客と別れを惜しむ際に盛んに演奏された曲だったそう。この前年に英語詞がつけられ、イギリスのグレイシー・フィールズが歌ったところ評判となってアメリカにも輸入され、“何でも歌う”ビング・クロスビーが取り上げてミリオン・セラーとなりました。当時彼が盛んに取り上げていたハワイアンのレパートリーにも通じる、南国ムードのあるメロディです。

 8位「Baby Face」もこれまた古く、1920年代の小品。当時はジョン・ガ−バ−楽団がナンバー1ヒットさせた(ボーカルはこの曲を作ったベニー・デイヴィス)この曲を蘇らせたのはデトロイトのバンド・リーダー、アート・ムーニー。彼は1920年代の曲をリバイバルさせることを得意としており、この年は「I'm Looking Over A Four-Leaf Clover(1位;オリジナルヒットは1927年)」そしてこの「Baby Face(3位;前述)」「Bluebird Of Happiness(5位;オリジナルは1934年)」と懐メロ3曲を立て続けに100万枚売りました。「Baby Face」の方はその後も様々なアーティストに取り上げられ、R&Rの時代になってもボビー・ダーリンからリトル・リチャードまでいろんな人が歌っていますが、我々にとって一番印象深いのは現在“『空耳アワー』のクロージング・テーマ”となっているブライアン・ハイランドのバージョンでしょう。

 9位「St. Louis Blues March」のテックス・ベネケは、第2次大戦中に事故死したグレン・ミラーの遺志を継いで戦後“グレン・ミラー・オーケストラ”を再編した人で、そのサウンドの継承者。この年には自己名義の楽団で録音を行っていますが、この曲も兵隊時代のグレン・ミラーが得意としていたレパートリーなのだとか。元曲である「St. Louis Blues」は“ブルースの父”と呼ばれるW.C.ハンディが1914年に出版した曲で、アメリカ音楽史上もっとも録音されている作品の一つなのだそうです。日本でも“ブルース歌謡”と言われるジャンルは、ロバート・ジョンソン的なブルースではなく、この「セント・ルイス・ブルース」の音階をヒントに生み出されたものである、という説もある影響力大な作品です。10位「My Happiness」も作られたのは1930年代ですが、ヒットしたのはこのジョン&ソンドラ・スティール盤が最初。ヒットチャート的には一発屋で、データの殆ど残っていない二人ですが、自身のTVショーを持つなど、ショ−ビズ界ではかなりの成功を収めたようです。二人の録音はそれから10年後、コニー・フランシスによってこの曲がリメイクされる(58年2位)ヒントとなりましたし、更に言うと5年後の1953年、メンフィスのある内気な青年が母親へのプレゼントを口実に腕試しのためサン・レコードに乗り込んでこの曲を録音、そのアセテ−ト盤は“エルヴィス・プレスリーの処女録音”として数十年後発見された際には大騒ぎになるなど、さり気なくロック史に影響を残しています。

 残り3曲を簡単に紹介しましょう。5位はペギー・リーの「Manana」、この時代ナンバー1の女性シンガーといっても過言でない彼女は、ソングライターとしても多くの作品を残しており、このサンバ・ビートが楽しい「マニャナ」も彼女の自作曲。6位アンドリュース・シスターズは第2次大戦のイメージと切っても切り離せないこの時代の華。他のアーティストとの共演も含めこの時代100曲以上のヒットを生みましたが、この「Toolie Woolie Doolie」は一寸変わった雰囲気。ヨーデルを歌っている少年の歌のようですが、ポルカにしてはテンポがスロー過ぎるような。アコーディオンは聴けますが。最後フレディ・マーチン楽団の「The Dickey-Bird Song」は映画「Three Daring Daughters」の主題歌。今回は時間がないのでこのくらいで。

(2004.5.25)

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