TOP10 HITS OF LAST CENTURY
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 現在UKチャートファンの間で話題になっているのが“UKチャート歴代1000番目のナンバー1ヒットは何か?”というもので、年末にチャートのトップを独走したバンドエイド20の「Do They Know It's Christmas?」が997番目。ということは新年早々に1000番目が生まれることは確実な訳で、それが何になるのか?を予想してみたりするという。

 で、その“1000番目”の根拠となるUKチャートのスタート点は何処なのか?を紹介するのが今回の主旨で、イギリスの音楽紙「ニュー・ミュージカル・エクスプレス(NME)」がロンドンを中心とした50箇所のレコード店のセールスを集計し報告した1952年11月14日付がその最初とされています。それ以前もイギリスにはヒットチャートらしきものがありましたが、シート・ミュージック(楽譜)の売れ行きのリストだったそうで、そこから現在と同様シングル盤(当時はSP)の売上レポートに変更したここがスタート地点と公式に認定され、UKチャート記録はこれ以降のものを集計して各種データ本が出版されています。

 ということで最初のUKナンバー1が生まれたチャートを紹介することにしましょう。1952年、今から53年前にフラッシュバック!

■ NME Singles Chart November 14, 1952

01 Here In My Heart - Al Martino (Capitol)
02 You Belong To Me - Jo Stafford (Columbia)
03 Somewhere Along The Way - Nat King Cole (Capitol)
04 The Isle Of Innisfree - Bing Crosby (Brunswick)
05 Feet Up (Pat Him On The Po-Po) - Guy Mitchell (Columbia)
06 Half As Much - Rosemary Clooney (Columbia)
07 High Noon (Do Not Forsake Me) - Frankie Laine (Columbia)
07 Forget Me Not - Vera Lynn (Decca)
08 Sugarbush - Doris Day & Frankie Laine (Columbia)
08 Blue Tango - Ray Martin and His Orchestra (Columbia)
09 The Homing Waltz - Vera Lynn (Decca)
10 Auf Wiederseh'n (Sweetheart) - Vera Lynn (Decca)
11 Because You're Mine - Mario Lanza (HMV)
11 Cowpunchers Cantata - Max Bygraves (HMV)
12 Walkin' My Baby Back Home - Johnnie Ray (Columbia)

 昭和27年11月、UKチャート最初のナンバー1はアル・マルティーノの「Here In My Heart」でした。

 今回はチャートに掲載された15曲全てを紹介してみることにしました。ランクの付け方がちょっとおかしい気もするのですが、これが記念すべき最初のUKチャート。圧倒的にアメリカのアーティストが強いこのチャートを、順番に取り上げて行きましょう。1位に輝いたアル・マルティーノはフィラデルフィア出身のイタリア系バラード・シンガー。地元のタレント・スカウトショーで勝ち抜きレコード・デビューのきっかけをつかんだ彼はインディ・レーベルからこのドラマチックなバラード「Here In My Heart」をリリース、評判は各地に広がり、キャピトル・レコードが全国配給を引き受けてレコードは全米ナンバー1を記録。その人気はイギリスにも飛び火しました。

 幸運なデビューを飾ったマルティーノはその後もキャピトルからヒットを連発しますが、翌年を境に全米チャートからパタッと姿を消します。一説によると彼が所属していたマネージメント会社がマフィアに乗っ取られ、法外なマネージメント・フィーやボディーガード代を請求されるようになったため家族とともにイギリスに逃れたのだそうで、以降暫く彼はイギリスを本拠に活動。50年代に本国とは比較にならない数のヒット曲をかの地に残しています。5年の空白期を経て本国に戻った彼は60年代に入ってイージー・リスニングの世界で「I Love You Because(63年米3位/英48位)」「Spanish Eyes(65年米15位/英5位)」といったヒットを飛ばし成功、70年代には映画「ゴッドファーザー」に歌手“ジョニー・フォンテイン”役で出演して賞賛を受け、新しいキャリアを手にしました。「ゴッドファーザー」で大変な成功を手にした彼でしたが、マフィアに関しては笑えない過去があったんですね。

 この時期のUKチャートはアメリカのアーティスト、特に男性シンガーが非常に強くて、チャート上位を独占する勢いで次々とヒット曲を送り込んでいました。アル・マルティーノ同様若手で当時アイドル的人気を誇ったであろうアーティストをまとめて紹介しておきますと、5位のガイ・ミッチェル、11位のマリオ・ランザ、そして12位のジョニー・レイ。これにエディ・フィッシャーあたりを加えるとこの時期のトップ・アイドル勢揃いといった感じでしょうか。「Feet Up(米14位)」のガイ・ミッチェルも40年代後半にマルティーノと同じタレント・スカウトショーを勝ち抜いてレコード契約を獲得したシンガーでしたが、暫くは鳴かず飛ばず。しかしカントリー・ソングの録音を拒否したフランク・シナトラの代役として吹き込んだ「My Heart Cries For You(50年米2位)」が大ヒットして人気シンガーの仲間入りを果たし、以降この路線を得意としながらR&Rの時代になっても「Singing The Blues(56年米1位/英1位)」の特大ヒットを放つなど活躍を続けました。

 マリオ・ランザはマルティーノと幼馴染だったというオペラ的歌唱を得意とするシンガーで、一足先に成功を収めていたランザが「Here In My Heart」を吹き込むというニュースを聞いたマルティーノは彼に録音を取りやめるよう懇願し、ライバル盤の発売を阻止したなんてエピソードも残されています。当時のランザは現在でいえばパバロッティ並みの知名度で、しかも若くてハンサム。その人気は大変なもので立て続けに7本も彼の歌をフィーチャーした映画が制作されたそうですから、もし無名のマルティーノが彼と張り合うことになっていたら、恐らく勝ち目はなかったでしょう。「Because You're Mine(米7位)」は彼の同名主演映画(彼の役は“オペラを歌うG.I.”だって!)のテーマで、これまたダイナミックなオペラ調。イタリアの伝説的なオペラ・シンガー、エンリコ・カルーソの再来とまで言われた彼でしたが、その後アルコールと薬物に溺れ、更にマフィアとの諍いもあって1959年に謎の死を遂げています。

 12位「Walkin' My Baby Back Home(米4位)」のジョニー・レイはこの前年に発表した「Cry」が全米ナンバー1を記録した“絶叫型”シンガーで、エルヴィスが登場する以前に最大級のセンセーションを英米で巻き起こした存在でした。なにしろ「Cry」はその余りの激しさ(今の耳で聴けばそれほどではありませんが)のためコロンビア・レコードが黒人専門レーベル「Okeh」から発売することにしたという逸話が残されているほどで、R&Bのカバーを始めとする数々のジャンプ・ナンバーはエルヴィスをはじめとするロックン・ローラーたちに多大な影響を及ぼしたそうです。但しこの「Walkin' 〜」をはじめとする彼のシングル曲は比較的おとなしめのものが多く、それが彼の活躍時期を短期間に終わらせてしまったような気もするのですが。そういえば83年にディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズが放った大ヒット「Come On Eileen(米1位/英1位)」には“Poor Old Johnnie Ray”という歌詞が登場しますが、それだけ彼がイギリスでお馴染みの存在だったということなのでしょう。

 続いてアメリカのベテラン男性シンガーたちを。3位のナット・キング・コール「Somewhere Along The Way(米8位)」はネルソン・リドル指揮のオーケストラが雰囲気を盛り上げるメロディの起伏が激しいバラード。4位のビング・クロスビーが歌っている「The Isle Of Innisfree」はジョン・フォードが監督し、ジョン・ウェインとヘレン・オハラが主演した映画「静かなる男」の主題歌。試合で対戦相手を殺してしまった元ボクサーがアイルランドに渡り、現地の娘と恋に落ちる・・という内容は当時商業的でないと制作が難航したそうですが、公開された結果は見事にヒット、フォードはアカデミー賞を獲得しています。なお“イニスフリー”というのはアイルランド北西部にある湖に浮かんだ島のことだそうで、アイルランド出身の詩人W.B.イェーツの「The Lake Isle Of Innisfree」でも知られています。

 もう一人登場しているベテランが7位に「High Noon(米5位)」を、8位にドリス・デイとのデュエット「Sugarbush(米7位)」を送り込んでいるフランキー・レイン。本国では40年代後半から60年代末まで長期間に亘ってコンスタントにヒットを放つ活躍を見せましたが、この時期のイギリスにおける彼の人気は別格的なものがあり、52〜55年のR&R前夜に20曲以上のヒットをUKチャートに残しています。「High Noon」は言わずと知れた映画「真昼の決闘」のテーマ曲で、世界的なヒット曲。「Sugarbush」はレーベルメイト、ドリス・デイと組んだ即席ヒットで、彼は同じくレーベルメイトの後述ジョー・スタッフォードとの組み合わせでも何曲かのヒットを放っています。

 男性陣が圧倒的に強い今回のチャートで、少々肩身の狭い思いをしている(?)女性アーティストも紹介。2位のジョー・スタッフォードは名門コーラス・グループ、パイド・パイパーズから独立し、40年代〜50年代にかけて膨大な数のヒットを生んだ女性シンガー。中でも彼女の代表作といえるのが今回登場している「You Belong To Me(米1位)」で、この曲は「テネシー・ワルツ」でも知られるカントリー・シンガー、ピー・ウィー・キングの作品。もう一人6位に登場している“ジョージ・クルーニーの叔母さん”ローズマリーが歌う「Half As Much(米1位)」はハンク・ウィリアムスのカバーで、この時期はカントリー・ソングのカバーがポピュラー界で大流行した時期でした。なおハンク・ウィリアムスはこの年の大晦日、新年の巡業先に向かうため夜通しで走っていたキャディラックの後部座席でアルコールと薬物の過剰摂取により死亡、それが判明したのは翌朝になってからのことでした。

 アメリカ人アーティストの紹介が終わり、ようやくイギリス勢に話題は移ります。今回のチャートに3曲を送り込み、一人気を吐いているのが“イギリス歌謡界の女王(?)”ヴェラ・リン。彼女は第2次大戦中イギリスで最も人気を博した女性シンガーと呼ばれる人で、アメリカでも何曲かのヒットを残しています。「Forget Me Not」「The Homing Waltz」ともにヴェラおばさんのバックで男臭いコーラスをつけている「ジョンソン・シンガーズ」を率いているジョニー・ジョンソンの作曲で、当時でも若干時代がかっているかな?という印象。「Auf Wiederseh'n (Sweetheart)」もやはり男声コーラスがフィーチャーされ雰囲気は変わりませんが「また逢いましょう」というドイツ語をサビに持ってきたのが新鮮だったのかこの曲はアメリカでも大好評で全米ナンバー1を記録。これはイギリス人女性アーティストとしては戦後初の快挙でした。

 あと残るは2曲。8位「Blue Tango」のレイ・マーティンはオーストリア出身のバンドリーダーで、40年代後半からヴェラ・リン他様々なアーティストのバックを務める一方自己名義のレコードも発表。「Blue Tango」はアメリカでルロイ・アンダーソンがナンバー1ヒットを記録したもののカバー。アコーディオンをフィーチャーして彼なりの独自性を出しています。

 最後11位「Cowpuncher's Cantata」のマックス・バイグレーブスはコメディ出身のシンガーで、当時ラジオ・プログラムも持つ人気者でした。「Cowpuncher 〜」はウェスタン・ソングのパロディのような楽しい曲で“アメリカを巡業してたら観客に言われたんだ。「アメリカでステージをやるなら、最後はカウボーイ・ソングでしめなきゃ。」って。だから僕も作ってみた。”という前置きの後何処かで聴いたことのある(「Cry Of The Wild Geese」「Mule Train」「(Ghost) Riders In The Sky」の歌詞とメロディをごちゃ混ぜにしたような)オリジナル曲を披露しています。彼はその後も成功を続け、70年代にはアルバム「Sing Along with Max(マックスと唄おう)」シリーズを1年強の期間に立て続けに5枚もTOP20に送り込むという離れ業をやってのけています。

(2005.1.4)

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