TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

 今週は“現在の”HOT100でヒットしているデブラ・モーガンの「Dance With Me」に因んで、どういう訳か1954年の全米チャートを取り上げます。

■ Billboard Singles Chart Sept. 4, 1954

01 Sh-Boom / Crew Cuts (Mercury)
02 Hey There / Rosemary Cloony (Columbia)
03 The Little Shoemaker / Gaylords (Mercury)
04 The High And The Mighty / Les Baxter (Capitol)
05 Little Things Mean A Lot / Kitty Kallen (Decca)
06 In The Chapel In The Moonlight / Kitty Kallen (Decca)
07 Three Coins In The Fountain / Four Aces (Decca)
08 Goodnight, Sweetheart, Goodnight / McGuire Sisters (Coral)
09 Hernando's Hideaway / Archie Bleyer (Cadence)
10 Skokiaan / Ralph Marterie & His Orchestra (Mercury)

 たびたび時代が飛んで、すみませんね。このコーナーは私の興味の赴くままにどんどんスタイルが変わっていきます。さて「Dance With Me」と1954年のヒットチャートに一体何の関係があるのか??言ってみれば大したことはない、この曲のサビの部分でこの年にヒットした「Hernando's Hideaway」という曲のメロディが大々的にフィーチャーされているのです。少々強引ですが、これに乗じてこの「Hernando's 〜」が流行った当時の音楽状況を紹介してみたいと思います。

 まずは件の曲からいきましょう。タンゴ調のリズムを持つこの「Hernando's 〜」は、ブロードウェイ・ミュージカル「Pajama Game」のためにリチャード・アドラーとジェリー・ロスの二人が書き下ろしたナンバー、つまり“米国産タンゴ”という非常にユニークなもの。

 第二次大戦後の10数年間、アメリカには盛んに中南米の音楽が紹介されたようで(その背景には東西冷戦時代に突入した世界情勢を睨んだアメリカ政府の、対中南米諸国友好政策がある、なんて見方もあるようですが、それは置いといて)ヒットチャートにもサンバ調、ルンバ調、そしてこの54年から翌年にかけて大流行するマンボ調の曲などが多数登場しています。タンゴ調の曲では52年にリロイ・アンダーソンの「Blue Tango」と、タンゴの有名曲「El Choclo」に英語詞がつけられ、日本でも大ヒットしたというジョージア・ギブスの「Kiss Of Fire」がナンバー1を記録しており、ちょっとした“ラテン・ブーム”の様相を呈していたようです。

 そういった状況を考えると、ミュージカルナンバーの一つとしてアメリカでタンゴ調の曲が作られるのも意外と自然なことかも知れない、と思われてきます。ともあれ、ブロードウェイで生まれたこの曲は好評を博し、多くのアーティストがレパートリーに取り入れることになりました。その中でヒットチャートで一番の成績を残したのがこの週9位にランクインしているアーチー・ブレイヤー盤。カスタネットをフィーチャーし、とぼけた感じのボーカルが楽しいこの曲は最高2位を記録し、ブレイヤーが前年に設立したケイデンス・レコード初期の大ヒットの一つとなりました。ケイデンスは同年暮れにはコーデッツの「Mr. Sandman」でナンバー1を獲得し、その後アンディ・ウィリアムス、エヴァリー・ブラザーズ、ジョニー・ティロットソンなどアメリカンポップス黄金期を彩るスターたちを次々と生み出していくこととなります。

 「パジャマ工場に起こった労働争議を背景に展開されるロマンチック・コメディ」という内容(??)の「Pajama Game」からは「Hernando 〜」の他にもアドラー=ロスのペンによるヒットが生まれました。パティ・ペイジが歌った「Steam Heat(米2位)」と、この週2位にランクインしている「Hey There」がそれ。ドラマ「ER」の人気俳優ジョージ・クルーニーの叔母にあたるシンガー、ローズマリー・クルーニーは、この時代を代表する人気歌手の一人。「Hernando's 〜」とはうってかわったロマンチックなバラード「Hey There」は、この年を代表する名曲です。この曲はその後1位を獲得、更にカップリングの「This Ole House」も「Come On-A My House」風の軽快なハープシコードのサウンドがウケて1位を記録するという大ヒットとなりました。

 続いてその他の曲の紹介に移ります。“R&R前夜”1954年のこの週のヒットチャートは、来たる新時代の足音が感じ取られる内容になっています。まず1位はカナダ出身のボーカルグループ、クルー・カッツの「Sh-Boom」。この曲はR&Bグループ、コーズ(こちらは最高5位/R&B2位)のカバーで、ポップス史的には“ポップチャートで初めてナンバー1を記録したR&Rナンバー”とされています。クルー・カッツ版はオリジナルの持つ泥臭い躍動感を極度に洗練させた感じで、今聴くと「これはR&Rじゃないでしょ」という作風になっていますが、ポップスとしてみれば非常にユニークで魅力溢れる仕上がり。この曲の成功もあって、その後R&B作品のポップ版は続々と制作され、ヒットチャートの上位を賑わせていきます。

 同系統の作品をもう一曲紹介しましょう。8位のマクガイア・シスターズ「Goodnight, Sweetheart, Goodnight」はやはりR&Bグループ、スパニエルズ(当時R&B界で流行していたミス・スペル「Goodnite, 〜」でリリースされた彼らのバージョンは最高24位/R&B5位)のカバー。マクガイア三姉妹にとって本格的なデビュー盤といえるこの曲でR&B曲を取り上げたのは、おそらく彼女たちの“今どき感”を演出するという制作側の意図もあったのでしょう。彼女たちは翌年やはりR&Bグループのムーングロウズが歌った「Sincerely」をカバーしてナンバー1ヒットとし、その後も堅実なサウンドプロダクションと、恐らく歴代ガールグループのルックス番付上位三傑に入るであろう美貌で、60年代まで人気を保ち続けます。

 3位はボーカルグループ、ゲイローズの「小さな靴屋さん」。日本ではエディ・フィッシャーやエームス・ブラザーズが参加したヒューゴ・ウィンターハルター盤(同年9位)が人気を集めたようですが、本国のチャート成績ではこちらの方に軍配が上がりました(最高2位)。彼らはイタリア系白人である点を生かして愛嬌ある作品を多数残しており、この曲でも歌い出し部分はイタリア語。当時多くいたボーカルグループの中でもユニークな存在でした。

 で、50年代のヒットチャートに登場した数多くのボーカルグループの中でも、最大の成功を収めたのが7位のフォー・エイセス。映画「愛の泉」の主題歌である「Three Coins 〜」はナンバー1ヒットとなりましたし、翌年も「Love Is A Many-Splendored Thing(慕情)」が大ヒットと、50年代を通じて人気を保ち続けました。関係ない話ですが、私は小さい頃「公園やデパートの噴水は、どうしてどこも小銭が投げ込まれているんだろう?」と不思議に思った時期がありました。この映画って、それと何か関係があるんですかね?それとも何か他の意味があるんでしょうかね?

 1950年代は、40年代に隆盛したビッグバンド・シーンから登場した様々な人材が、新しい可能性を求めて様々な活動を展開していった時期でもありました。例えばこの週3位「紅の翼」のレス・バクスターは、元々メル・トーメ率いるボーカルグループ、メルトーンズのメンバーとしてビッグバンドにコーラスをつけていた人。その彼がオーケストラを率いるようになった頃にはビッグバンドは衰退、彼はキャピトルレコードのプロデューサー/アレンジャーとしてスタジオを中心に活躍していくことになります。後の世代の音楽ファンには、60年代に盛んに制作された“エキゾチック・サウンズ”の生みの親として人気があったりもします。ジョン・ウェイン主演映画のテーマ曲(ディミトリ・ティオムキン作)であるこの「紅の翼」は、壮大なオーケストラサウンドが響き渡る如何にも「映画音楽」な一曲。この曲のメロディを聴くたびに私は後にヴァイデルズがヒットさせた「Mister Lonely(60年73位)」という曲の主旋律が思い浮かぶのですが、恐らく「Mister 〜」を作った誰かの耳に「紅の翼」のフレーズが残っていて、それが無意識のうちに曲に表れたのでしょう。

 続いてこの週5位、6位と2曲をランクインさせているキティ・カレンは、ビッグバンド時代に華を添えた可憐な歌姫の一人。彼女は44年にジミー・ドーシー楽団で「Besame Mucho」を、45年にはハリー・ジェイムス楽団で「I'm Beginning To See The Light」と「It's Been A Long, Long Time」をそれぞれナンバー1ヒットさせているベテランで、独立後も着実にヒットを重ねてきました。5位の「Little Things 〜」は彼女にとって久々のナンバー1ヒット、「月に照らされた教会で、オルガンの音色やクワイアの歌声を聴くのが好き。」という「In The Chapel 〜」も雰囲気のあるバラードです。その後彼女のヒットチャート上の活躍は、変わらぬ若々しい歌声で「My Coloring Book(18位)」をヒットさせる1962年まで続きます。

 最後10位はこれまたイタリア系のラルフ・マーテリー「Skokiaan」。ビッグバンド時代が終結しても相変わらずダンスバンドというものは存在し続けましたが、その音楽性はいわゆるジャズから徐々に逸脱したものになっていきました。その中でもマーテリー楽団は非常に雑食性の強いバンドで、ビル・ヘイリー初期のR&Rヒット「Crazy, Man, Crazy(53年12位)」なんてものまで取り上げてヒットチャートに登場させました(同年13位)。「Skokiaan」は南アフリカで生まれた曲に、アフリカの飲み物の名前がつけられて(「スキヤキ」と同じ発想ですね。そういえば彼には「シシカバブ」というヒットもあります)吹き込まれたもの。この曲は結構人気を呼んだようで多くのバージョンが存在しますが、マーテリー版はちょっとエキゾチックなリゾート・ミュージックといった趣。

 と、いった訳で、過去の流れから生まれたヒット曲、そして今後大爆発するR&R時代の胎動を感じさせるヒット曲と、1954年のヒットチャートは非常に興味深い様子になっています。しかしR&R時代の本格的なスタートにはまだあとちょっとの時間を要しました。この年の春に発売されたビル・ヘイリーの「Rock Around The Clock」はヒットチャートに一週だけ顔を出す程度の成績に留まりましたし(翌年映画「暴力教室」に使用されて大ヒットとなります)、メンフィスでプロのシンガーとして活動を開始したエルヴィス・プレスリーも、デビュー曲「That's Alright」をこの一ヶ月前にようやくリリースしたばかりでしたから。。


(2000.10.18)

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