TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ SP盤 1954年9月のベスト・セラーズ
1.ウシュカダラ/アーサ・キット(Victor)
2.帰らざる河/マリリン・モンロウ(Victor)
3.ブレーヴ・マン/ローズマリー・クルーニー(Columbia)
4.ジャニー・ギター/ペギー・リー(Decca)
5.アンナ/シルヴァーナ・マンガーノ(MGM)
6.青いカナリヤ/ダイナ・ショア(Victor)
7.オー・マイ・パパ/エディ・フィッシャー(Victor)
8.パ・パヤ・ママ/ペリー・コモ(Victor)
9.ウォンテッド/ペリー・コモ(Victor)
10.帰らざる河/テネシー・アーニー(Capitol)
昭和29年9月の洋楽シングル・セールスチャート1位は、アーサ・キットの「Uska Dara (A Turkish Tale)(53年米23位)」でした。
1927年にサウス・キャロライナ州に生まれたアーサ・キットはニューヨークで育ち、アート・スクールを卒業後ダンス・カンパニーに入団。その才能が認められてパリのナイトクラブでメイン・アクトを務めた後ニューヨークに戻り数々のミュージカルに出演、1952年にブロードウェイで上演された「New Faces of 1952」で注目を集めます。ここで披露されたフランスのシャンソン「C'est Si Bon」は舞台のハイライトとなり、彼女はRCAレコードと契約。翌53年に発売されたシングルは全米8位の大ヒットを記録しました。
日本でもこの曲は同年の暮れに発売され、その妖艶な歌が評判となってヒット。ビクター「S盤」の人気アーティストとなります。今回の「ウシュカダラ」は外国語曲を売り物としていた彼女が本国で「セ・シ・ボン」に先駆けてリリースしていたシングルで、ここではトルコ語による歌が披露されています。ヒット・シンガーとしての彼女の活躍は、本国ではこの53〜54年で終わり、その後は主に女優としてスポット・ライトを浴びていくこととなります。中でも多くのアメリカ人に強い印象を残したのが60年代のTVシリーズ「バットマン」に登場したキャット・ウ−マン役で、現在も年一作のペースで映画に出演中。日本では“外国語曲”シリーズがもう暫く人気を博し、翌55年にはあの「証城寺の狸囃子」の英語版が大ヒット、60年にはヘブライ語の「ショーレム」が人気となるなど、ヒット・パレードを賑わし続けました。
続く2位はマリリン・モンロー主演映画のテーマ曲「River Of No Return(米30位)」。“戦後最も伝説的な女優”といわれる彼女は我が国でも公開される映画が人気を呼んでいましたが、この年の2月には当時夫だったニューヨーク・ヤンキースのジョ−・ディマジオとともに訪日し、日本人に強い印象を残していた時期に映画の公開と、主題歌として映画の中で彼女がギターを抱えて歌ったカントリー調のこの曲のリリースが重なったことが大ヒットにつながった要因ではないかと思われます。なおこの月のチャート10位にはカントリー・シンガー、“テネシー”アーニー・フォードによるこのバージョンもランクインしていますが、低音で朗々と歌い上げるこちらは随分雰囲気が違いますね。このシングルは本国でもリリースされていますが、ポップ、カントリー・チャートいずれでもヒットは記録していません。
映画関連の曲4位、5位を併せてご紹介。4位ペギー・リーの「Johnny Guitar」は映画「大砂塵」のためにペギーが作詞し、ビクター・ヤングが作曲した主題歌。1940年代後半、キャピトル・レコードのトップ・スターとして多くのヒットを放っていた彼女は、1952年に自信作「Lover」のシングル・リリースを、同社所属のレス・ポール盤とのバッティングを理由に会社から却下されたことを不服としてデッカに移籍(結局同社からリリースされた「Lover」は最高3位を記録)。その後50年代後半にキャピトルと再契約するまでの数年間、彼女はデッカから数々の作品をリリースしました。彼女のキャリアはキャピトル在籍時代が圧倒的に長く、その時期をメインに語られることが多いのですが、どういう訳か日本ではこのデッカ在籍時に発表した「Lover」「Johnny Guitar」「Black Cofee」といった作品の人気が高いようです。5位はイタリアの女優シルヴァーナ・マンガーノが歌う「Anna(53年米5位)」。この曲は同名映画の主題歌(作曲はニーノ・ロータ)で、世界中でヒットを記録しました。彼女は「にがい米(1948年)」「ユリシーズ(1954年)」といったイタリアの古典とされる映画に主演し、1970年代まで多くの作品に出演。彼女の遺作となったのは、亡くなる2年前の87年にマルチェロ・マストロヤンニと共演した「黒い瞳」でした。
今回のチャートはどういう訳か女性アーティストが上位を占める形となっていますね。残り3位、6位を紹介しておくと、まず3位はローズマリー・クルーニーの「Brave Man」。1950年代前半はカントリー・ミュージックが盛んにポップ・シンガーに取り上げられ、その中からパティ・ペイジの「テネシー・ワルツ」のような特大ヒットも生まれましたが、そんな状況下クルーニーも精力的にその手の曲をレパートリーに取り入れ、52年にはハンク・ウィリアムスの「ハーフ・アズ・マッチ」でナンバー1を記録。「Brave Man」は力強いカントリー・バラードでしたが、残念ながら本国におけるヒットの記録は残っていません。6位はダイナ・ショアの日本における代表曲の一つ「Blue Canary(53年米11位)」。アコーデオン(?)の甲高いメロディと、曲中登場するカナリアのさえずりらしき音がなんともいえない哀愁を醸し出しています。この曲は雪村いずみのカバー盤もかなりのヒットとなったようです。
残るは男性陣。7位エディ・フィッシャーの「Oh! My Pa-Pa(米1位)」は1948年にスイスでミュージカル・ナンバーとして書かれた「O Mein Papa」が原曲。1953年にミュージカルがドイツで再演されたことをきっかけにヨーロッパ中でこの曲の人気が高まり英詞が付けられることに。英語圏でこの曲を最初にヒットさせたのはイギリスのトランペッター、エディ・カルヴァート(英1位/米6位)でしたがそれはインストで、フィッシャーのボーカル盤が決定的なヒットとなりました。彼は現在もこの曲を彼のテーマとしてステージで歌っているはず。最後8位、9位は人気シンガー、ペリー・コモ。まず8位の「Pa-Paya Mama(53年米11位)」はラテン・テイストが楽しいノヴェルティっぽいナンバー。実は、彼はこのような意味のないタイトルの曲をヒットさせることを得意としており(?)いい機会なのでリストアップしてみますと
Dig You Later (A Hubba-Hubba-Hubba) ('45 #3)
Chi-Ba, Chi-Ba (My Bambino Go To Sleep) ('47 #1)
Laroo, Laroo, Lilli Bolero ('48 #20)
N'yot N'yow (The Pussycat Song) ('49 #20)
Bibbidi-Bobbidi-Boo ('50 #14)
Hoop-Dee-Doo ('50 #1)
Zing Zing-Zoom Zoom ('51 #12)
Pa-Paya Mama ('53 #11)
Chee Chee-oo Chee (Sang The Little Bird) ('55 #12)
Hot Diggity (Dog Ziggity Boom) ('56 #1)
Chincherinchee ('56 #59)
・・といった塩梅。ある意味アメリカン・ポップスの楽しさを体現していた存在と言えなくもないですけれど。9位の「Wanted(米1位)」の方は、これらに比べれば全然“正調”なバラードでした。
(2003.9.9)
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