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続く2位は4人組の女性ボーカルグループ、コーデッツの「ミスター・サンドマン」。この“砂男”というのは眠りの精のようなものだそうで、この歌も眠気を誘うような低音のコーラスを導入部に「ねぇサンドマン、いい夢見させてよ・・」で始まります。コーデッツは1940年代のアンドリュース・シスターズらの伝統を受け継ぎつつも、積極的にR&Rをレパートリーに取り入れ続けたグループで、古き佳きポピュラー音楽と1950年代末から60年代前半にかけて盛り上がった“ガール・サウンド”の橋渡し的役割を果たしました。
さて、コーデッツは友人が集まったグループでしたが、今回のチャートには“血縁つながり”で結成された姉妹グループが多く登場しています(3、5、8、10位)。同時にこれだけの姉妹グループがTOP10に入るのは珍しいのではないかと思われますので、まとめて紹介しておきましょう。
以前も取り上げたことがありましたが、1954年〜55年にかけて、白人アーティストが盛んにR&Bをカバーし、それらがことごとく大ヒットを記録した時期がありました。その中でも代表的なのが3位の「ハート・オブ・ストーン(チャームズのカバー)」と5位の「シンシアリー(こちらはムーングロウズ)」。どちらもナンバー1を記録し“ガールズ・シーン”を盛り上げました。フォンテイン・シスターズの方はニュージャージー出身の3人組。40年代後半にRCAと契約し、ペリー・コモの多くのヒット曲でバックを務めた後ドット・レコードに移籍。後述するビリー・ヴォーンの指揮のもとヒットを生み出しました。一方マクガイア・シスターズはオハイオ州出身のやはり3人組。1952年にコーデッツもブレイクのきっかけをつかんだオーディション番組「Arthur Godfrey Talent Scouts」ショーを勝ち抜いてデビュー。3人の美貌はコカコーラのCMや「Life」誌の表紙などあらゆるメディアを飾り、この時期のナンバー1女性グループにのし上がりました。
1940年代に活躍したアンドリュース・シスターズは、第2次世界大戦期を象徴する存在とよく言われますが、マクガイア姉妹は1950年代前半の“豊かなアメリカ”のイメージにもっとも相応しいグループであったといえるのではないでしょうか。で、残りの2組(8位、10位)は、フォンテイン家、マクガイア家の娘さんたちと比べたら短命なチャートキャリアに終わった女の子たち。デジョーン(本名はジョヴァンニ)姉妹の2人はペンシルバニア州出身。彼女たちのレコーディングを集めたCDが現在発売されていますが、そこで見ることのできる2人の姿はギンガム・チェックのドレスにカンカン帽という非常にトラディショナルなエンターテインメントのスタイル。そしてデカストロ姉妹は、その名で察せられるとおりキューバのさとうきび農場出身3人組。メンバーの一人は従妹だったようですが、彼女たちが姉妹グループとして売り出されたのは、このチャートを見ればなんとなく理由がわかりますよね。この「今夜教えて」はこの年大変な競作合戦となり、82年にはアル・ジャロウのバージョンもヒットしていますが(70位)キャリア一貫してテーマとして使い続けたのは彼女たち。59年にはこの曲をラテン・リズムで再演した「Teach Me Tonight Cha Cha」をヒットさせました(76位)。
話を上位に戻して、4位はこれまた血縁つながり、エームス兄弟の「裏町のお転婆レディ」。「ボンボロボンボン、ボンボン」というユニークなコーラスにのって「お転婆淑女」が登場するというこの“How Manyいい顔”な曲を作ったテッパー&ベネットの二人は、その後エルヴィスに「ロンサム・カウボーイ」「G.I.ブルース」といった日本人好みの曲を提供するスタッフ・ライターとなります。6位はビリー・ヴォーン初の“ソロヒット”「メロディー・オブ・ラブ」。ボーカルグループ、ヒルトッパーズの一員として50年代前半からいくつかのヒットを放っていた彼でしたが、所属するドット・レコードの音楽ディレクターへの就任に伴いグループ活動から自己名義のオーケストラを率いての活動に方針変更。先ほどのフォンテイン・シスターズやパット・ブーンらのヒット曲を多数制作する傍ら、日本でも人気の高いインストヒットの数々を長きに亘って発表し続けました。
残る2曲は手短に。7位のジェイ・P.モーガンは当時RCA期待の新人女性歌手。彼女へのRCAの入れ込みぶりは大変なもので、レーベルのトップスター、ペリー・コモとの共演を含む何曲かのヒットを生むことに成功しましたが、それは2年ほどしか続かず。以降彼女は活躍の場をTVに移し、コメディエンヌ/タレントとして様々なシットコムや有名なゲームショー「ゴング・ショー」のレギュラー出演等、1980年代まで活躍を続けました。そういえば数年前、彼女が70年代に吹き込んだアルバムが日本でCD化され“AORの隠れた名盤”としてごく一部で話題になったことがありましたね。最後9位はベテラン、サラ・ヴォーン。この「まぁ楽にして。」という曲は、この時代物凄い数のヒットを生んだソングライター、ボブ・メリルの作品。非常に多くのアーティストに提供してきたからでしょうかこれはあまりサラの作風に合った感じではなく、パティ・ペイジとかドリス・デイあたりを思わせるムードになっています。
(2003.1.28)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |