TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Cash Box Top 60 Best-Selling Singles: Week ending June 1, 1957

 1 All Shook Up - Elvis Presley (RCA Victor)
 2 Love Letters In The Sand - Pat Boone (Dot)
 3 Little Darlin' - Diamonds (Mercury)
 4 So Rare - Jimmy Dorsey & Orchestra (Fraternity)
 5 A White Sport Coat (And A Pink Carnation) - Marty Robbins (Columbia)
 6 Dark Moon - Bonnie Guitar (Dot)
             - Gale Storm (Dot)
 7 School Day - Chuck Berry (Chess)
 8 Come Go With Me - Dell-Vikings (Dot)
 9 Round And Round - Perry Como (RCA Victor)
10 Gone - Ferlin Husky (Capitol)
 昭和32年6月第1週、キャッシュ・ボックス誌のナンバー1はエルヴィスの 「恋にしびれて」でした。

 前年メジャーデビューを果たし、いきなり「ハートブレイク・ホテル」をヒ ットチャートのトップに送り込んだ彼は、その後も物凄い勢いでヒットを連発 していきます。前回取り上げた時期以降、この週までにキャッシュ・ボックス 誌で1位になった曲を列記してみますと(日付は最初にチャートのトップにた った週)

1956/4/21  Heartbreak Hotel(6週)
1956/8/18  Hound Dog(4週)
1956/9/15  Don't Be Cruel(6週)
1956/10/27 Love Me Tender(5週)
1957/2/16  Too Much(3週)
1957/4/13  All Shook Up(8週)
 と、一年の半分以上を彼が1位を独占する状態にありました。特に「Houd Dog」から「Love Me Tender」までの15週間は連続したもので、またこの他に もシングルやEPが続々とチャート上位に送り込まれていましたから、まさに “エルヴィスだらけ”なTOP10だった訳です。

 この「All Shook Up」は、前年大ヒットした「Don't Be Cruel(冷たくしな いで)」同様、先日亡くなった黒人ソングライター、オーティス・ブラックウ ェルの作品。共作者としてエルヴィスの名もクレジットされていますが、これ は彼のメジャーデビュー契約がマネジメントとレコード会社、音楽出版会社の 3者によって結ばれたことに起因しています。

 音楽出版社としては、自社が管理している曲がレコーディングされないと、 レコードがどれほど売れても一銭にもなりませんから、エルヴィスが録音する 曲、特にシングル曲についてはその選曲にかなりの干渉があったようです。外 部のソングライターが作品を持ち込む場合は、共作者としてエルヴィスをクレ ジットし、その版権を自社の傘下に設立した「エルヴィス・プレスリー・ミュ ージック」で管理することを条件としたほど、それは徹底していました。前 回、当時の彼にとって非常に異色(レコード会社内にはそのリリースを不安視 する声もあったようです)な「ハートブレイク・ホテル」が何故メジャーデビ ュー曲に選ばれたのか?という話を書きましたが、その理由はどうもこの“自 社作品に異常に拘わる”ところにあったようです。

 そういった周囲のビジネスマンたちの欲や思惑により、彼の活動はどんどん 制限を加えられていくのですが、そんなことは何の問題でもないかのような勢 いが当時の彼にはありました。で、お話は次回に続く・・。

 続いて2位は当時エルヴィスの最大のライバルだったパット・ブーン。日本 でも大変有名な「砂に書いたラブレター」は1930年代のヒット曲のリメイク で、彼も出演した映画「バーナディーン」挿入歌(主題歌もヒットしまし た)。“田舎の不良”エルヴィスに対し、ブーンは大学出のクリーンな好青 年、という感じですね。

 前回も書きましたが、この時期は黒人アーティストによるR&Rソングがヒッ トすると、それを白人アーティストが挙ってカバーするという風潮がありまし た。パット・ブーンもそれを得意としていましたが、3位に登場しているダイ アモンズもその要領で数多くのヒットを飛ばしたグループ。彼らはR&Rをちょ っと茶化したようなカバーの仕方をする人たちで、その出来はまちまちなので すが、これは非常に上手くいった例。黒人グループ、グラジオラスのオリジナ ル版「リトル・ダーリン」は非常に泥臭い感じで、闇雲な“熱さ”が印象に残 る録音だった一方、ダイアモンズ版はそれに幾ばくかの洗練とユーモア感覚を 加え、カバーがR&Rクラシック化するという非常に稀な成功例を作り上げまし た。彼らはその後も「The Stroll(57年にキャッシュ・ボックス誌では 1位)」などまずまずのR&Rヒットを出しましたが、相変わらず作品によって出 来不出来があるグループであり続けました。

 4位にはこの時期としては非常に珍しいアーティスト、ジミー・ドーシーが 登場。彼が弟のトミーとともに“ドーシー兄弟楽団”としてヒットチャートに 初登場したのは1928年のことですから、この時点でチャート歴実に30年。この 曲はジミーのサックスが鳴り響き、若干R&R仕様に化粧を施されたビッグ・バ ンドサウンドのインストヒットでした。残念ながら彼はちょうどこの時期に、 前年暮に亡くなった弟とそれほど間をおくことなく咽頭癌でこの世を去りま す。続いてシングルカットされ、ヒットチャート入りした「Jay-Dee's Boogie Woogie(ビルボード誌77位)」は、トミー・ドーシーの代表曲のアップデイ ト・バージョンで、そのリリースには偉大なるドーシー兄弟への追悼の念があ ったように思われてなりません。

 さて、パット・ブーンのトレードマークは白いスウェード靴でしたが(ロカ ビリー・キャットたちの勲章は“Blue Suede Shoes”でしたね)「白いスポー ツ・コートに、ピンクのカーネーション」と口づさみながらヒットチャートに 登場したのは、小坂一也ならぬ5位のマーティ・ロビンス。彼は“新世代”の カントリーシンガーで、南部で話題になっていたエルヴィスの「That's Alright」を取り上げてカントリーチャートに登場させたり(55年7位)する一 方、この曲や「El Paso(59年2位)」など哀愁味溢れるヒット曲で一時代を築 きました。あとポップスファンとしては、彼がこの年に取り上げた「The Story Of My Love(32位)」がイギリスに渡って競作ブームを巻き起こし、キ ャリアのごく初期にあったバート・バカラックのブレイクのきっかけとなった 点も見逃せません。次の6位もちょっとカントリー風味のヒット曲。「ダー ク・ムーン」は時の“カバー女王”ゲイル・ストームとボニー・ギターの競作 ヒットとなりました。ボニー・ギターはその後30年以上に亘ってカントリーチ ャートで息長く活躍を続けましたが、一般には60年代に彼女が設立したレーベ ル、ドルトンから生まれたフリートウッズやベンチャーズのヒット曲の数々の 方が印象は強いでしょう。

 7位と8位にはR&Rの古典的ヒットがランクイン。「School Days」のチャッ ク・ベリーは、先日来日しましたね。御年75歳ということで非常に心配なとこ ろがありましたが、ステージに現れた彼は意外にも非常に元気。声もよく出て たし。ただ、ギターの演奏は見事に“省エネルギー”ぶりを披露してくれまし たが。例えは変かもしれませんが、つい先日亡くなった元あきれたぼういずの 坊屋三郎さん、あの方の晩年の舞台を何度か観に行ったことがあるのですが、 あの洗濯板演奏の危なっかしい感じ、そして「生で観れたんだからいいか」 感。通じるものがあるなぁ。勿論チャック御大の方が肉食人種的パワフルさに 満ち溢れていましたが。

 どうでもいい話になってしまいました。8位のデル・ヴァイキングスはこの 時代珍しい黒人白人混成グループ。今聴くと非常にのんびりした曲調なんです が、間奏では非常に威勢のいいかけ声とサックスが入って、実はダンスナンバ ーであることがそこで初めて判ったりします。この曲はその後ビーチボーイズ がリバイバルヒットさせますが、彼らは今度の来日公演でこの曲をやるんでし ょうかね?80年代に観た時は、やったような記憶があるのですが。。

 9位はこのシリーズほぼ皆勤賞、ペリー・コモの「ラウンド・アンド・ラウ ンド」。彼が所属していたRCAレコードは、名門でありながら、今一つレーベ ルカラーが見えにくいところなんですよね。この当時の売れっ子といえば、ペ リー・コモに、エルヴィスに、ハリー・ベラフォンテに、サム・クック。非常 に豪華だけども、戦略が見えない。でもベラフォンテとサム・クックのサウン ドには共通したエコー感があったりして、スタッフや設備は凄くいいんです。 不思議な会社で、掘れば掘るほど妙な発見があるという。

 最後10位はファーリン・ハスキーの「ゴーン」。この数年R&Rに押され気味 だったカントリー界でしたが、そろそろ新しい動きが見え始めます。それが60 年代前半にヒットチャートを席巻する“ナッシュビル・サウンド”で、流麗な ストリングスとコーラスがフィーチャーされたこの曲はそのサウンドのはしり と位置付けられています。ただこのレコードを発売したキャピトルはロサンゼ ルスの会社で、あっという間にこのサウンドの“本家”はRCAレコード(また 出た!)に奪われてしまうのですが。


(2002.6.5)

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