TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ラジオ・チャート1958年間(その1)

01 真夜中のブルース/ベルト・ケンプフェルト楽団
02 河は呼んでる/サウンド・トラック(ギー・ベアール)
03 ユー・アー・マイ・ディスティニ(君は我が運命)/ポール・アンカ
04 ダイアナ/ポール・アンカ
05 月影の渚/トニー・パーキンスとフランク・デ・ヴォル楽団
06 クワイ河マーチ/ミッチ・ミラー楽団
07 浪路はるかに/ビリー・ヴォーン楽団
08 思い出の指環/エルヴィス・プレスリー
09 鉄道員/フェランコ・フェラーラ楽団
10 パトリシア/ペレス・プラード楽団

1位 Midnight Blues - Bert Kaempfert and His Orchestra
 ベルト・ケンプフェルトが「Wonderland By Night(星空のブルース)」で全米チャートのトップに立つのは1960年のこと、それに先駆け2年前に彼は日本でブレイクを果たしていた。ケンプフェルトはドイツのポリドール・レコードのプロデューサー/バンドリーダーで、作曲家としても数々のスタンダードを生んだ才人。「真夜中のブルース(この曲は彼の作曲ではない)」は映画「朝な夕なに」のテーマで、同級生を亡くした高校生のジャズバンドによって故人を偲び劇中演奏されるが、イントロ部分の艶かしいトランペットによる“ブルース”部分は、高校生が演奏するにはちょっと・・という印象がある。なお彼が手がけたフレディ・クインの「家路はるかに」も地味ながらこの年日本でヒットを記録しており(このチャート60位)、世界をまたにかけた彼の活躍がスタートした年でもあった。
2位 L'eau Vive - Original Soundtrack
 南仏プロヴァンス地方を舞台に突然起こったダム(実在するセール・ポンソン湖)建設騒動、湖底に沈むこととなった山村の地主の相続人となったことから、補償金をめぐる親族たちの諍いに巻き込まれていく少女オルタンスの成長の様子を描いたフランス映画「河は呼んでる」主題歌。オルタンスを演じたパスカル・オードレは日本で長くタレントとして活躍し、その後2003年にクエンティン・タランティーノ監督の「キル・ビル」に登場して我々を驚かせたジュリー・ドレフュスの母親、後に学校音楽の教科書にも採用されることになる“フォーク調シャンソン”なこの曲を作曲し歌ったギー・ベアールは20世紀末まで息長く活躍した(現在も健在)シャンソン歌手で、「美しき諍い女」や「ミッション・インポッシブル」等への出演で知られる女優、エマニュエル・ベアールは彼の娘である。
3位 You Are My Destiny - Paul Anka('58米7位/米6位)
 カナダはオタワ出身(1941年生まれ)で芸人一家に育ち、R&Rよりもボードヴィル芸に造詣が深い・・という「ロカビリー」とは縁遠いポール・アンカが、我が国の“ロカビリー・ブーム”の中心的存在となったのはなんとも興味深いが、その彼が他の洋楽アーティスト(エルヴィスさえも!)を差し置いてこの時期日本で好まれることになったのは、恐らくこのドラマチックなバラード「君は我が運命」があったからなのだろう。「ロッカバラード」の代名詞的な存在であるこの曲は“ロカビリー・シンガー”だけでなくジャンルを超え様々なアーティストにカバーされたばかりでなく、我が国のポップスそのものにも大きな影響を与え、この曲をヒントに中村八大が作曲した「黒い花びら(歌:水原弘)」は大ヒットを記録。この翌年の第1回レコード大賞を獲得している。
4位 Diana - Paul Anka('57米1位/英1位)
 【若い頃から私は、モダン・ジャズが大好きで、中でもポール・アンカの「ダイアナ」は忘れられない。明るくて、切なくて−。】これは古今亭志ん朝生前の言葉だが、当時の大らかな音楽ジャンル認識がよく現れていると思う。♪君は僕より年上と・・の日本語詞で知られるこの曲は、本国の発売元ABCパラマウントとの契約の関係でオリジナル・ヒットから約1年を経ての日本発売となったが、リリースされた(レコード盤号は同レーベルの第1号「P-1」)シングルは折しも盛り上がりを見せていた“ロカビリー・ブーム”で人気を呼んで大ヒットを記録、この時代を代表する一曲となった。ポール・アンカが15歳の時に書いたこの曲は、彼の家で働いていたベビーシッター(彼より3つ年上)をモデルに作られたそうで、ドゥワップ調の音楽を得意とした彼らしい軽快なR&Rに仕上がっている。
5位 Moon-Light Swim - Tony Perkins('57米24位)
 1932年ニューヨークに生まれたアンソニー(トニー)パーキンスは、この時代を代表する青春スター。56年の「友情ある説得」を皮切りに数多くの映画に出演したが、その合間にレコード吹き込みも開始。当初のエピックからRCAに移籍して発表したのが「月影の渚」で、スティール・ギターの音色にのせて彼が照れたように歌うムードたっぷりなこの曲が“歌手トニパキ”にとって日米ともに唯一の成功作となった(アレンジは1940年代に成功を収めたスティール・ギター奏者アルヴィノ・レイ楽団出身のフランク・デヴォル)。1960年に出演したヒッチコック映画「サイコ」におけるノーマン・ベイツ役の怪演によりその後の人生が大きく変貌を遂げる(その結末は幸福なものではなかった)彼が、まだバリバリのアイドルだった時代、幸福な時代の思い出の結晶のようなヒット曲である。
6位 The March From The River Kwai - Mitch Miller with His Orchestra & Chorus('58米20位)
 戦時中CBSラジオのオーケストラでオーボエを吹いていたミッチ・ミラーは、その後コロンビア・レコードのディレクターとなりトニー・ベネットやガイ・ミッチェルらを売り出す。一方で自ら率いるオーケストラとコーラスのアルバムも多数制作し、それらはやがて「Sing Along with Mitch(ミッチと唄おう)」という人気TVショーにまで発展することとなった。「クワイ河マーチ」は映画「戦場にかける橋」のテーマで、勇ましいマーチのリズムにのって陽気な口笛が鳴り響くこの曲はたちまちスタンダード化。特に我が国の運動会におけるこの曲の使用率は高く、この曲に合わせて♪サル、ゴリラ、チンパンジ〜!と唄いながら(このフレーズ誰が考えたんだ!?)行進したことのない日本人は、ある世代以下であれば恐らく一人もいないのではないか?と思われるほどの浸透ぶりである。
7位 Sail Along Silvery Moon - Billy Vaughn and His Orchestra('57米5位)
 パット・ブーンはじめ多くのドット・レコード所属アーティストの作品で音楽ディレクターを務めたビリー・ヴォーンは、言ってみれば“ドットにおけるミッチ・ミラー”的存在。彼は52年に結成されたボーカル・グループ、ヒルトッパーズのメンバーとして数多くのヒットを放ったがディレクター業に専念するため55年にグループを脱退。以降はレコード制作とオーケストラ・リーダーの両面で活躍している。「浪路はるかに」は1937年にビング・クロスビーがハワイアン調でヒットさせたもののリメイクで、この曲をきっかけにヴォーンは本国をも凌ぐ人気を日本で獲得、91年の彼の死後も含めると(??)40回以上来日を繰り返している。現在もスーパーマーケットやビアガーデンなどのBGMとして、年に何度も耳にするイージー・リスニングのスタンダード・ナンバーである。
8位 Wear My Ring Around Your Neck - Elvis Presley('58米2位/英3位)
 エルヴィスが陸軍入隊直前に駆け込みで録音した作品の一つ。暫く聴くことの出来ない(と当時は思われた)新曲ということでアメリカでは記録的な予約が入り、TOP100に当時では異例の初登場7位という高位でランクインした。タイトルに「〜 Around Your Neck」とあるのでたまに“「思い出の首環」だろっ!”とツッコミが入ることがあるが、これは「指環(Ring)に鎖を通して首に架けて欲しい」という内容なので間違いではない。入隊するエルヴィスがファンに忠誠を求めている歌詞と解釈できなくもないか・・?なおこの曲が録音された(58年2月1日)一週間後に日本では第1回目の「日劇ウエスタン・カーニバル」が開催され“ロカビリー・ブーム”が巻き起こるが、考えてみるとこのブームはエルヴィスのシーン不在中に盛り上がり、やがて沈静化した出来事であったともいえる。
9位 Il Ferroviere - Franco Ferrara Orchestra
 ピエトロ・ジェルミが監督と主演両方を務めたイタリア映画「鉄道員」は、初老の鉄道機関士の家庭に立て続けに振りかかる不幸や、それを機に起こる諍いなどを通じて、家族同士の絆や友情の素晴らしさを見つめ直すという、現在なお語り継がれる名作。一家の末っ子であるサンドロ少年の無垢な目を通して人間模様が映し出されるという演出が、人々の感動と涙を誘った。シングル・カットされたサントラ盤は映画のシーンを抜粋したもので、もの悲しげなオーケストラ・サウンドをバックに工場のサイレンやサンドロ少年の叫び声が入るという印象的な構成にしたことがヒットの要因だろう。オーケストラを指揮したフランコ・フェラーラはこの時代のイタリア映画界を代表する音楽家で、この他にも「道」「戦争と平和」「白夜」「武器よさらば」など数々の名作でディレクターを務めている。
10位 Patricia - Perez Prado & His Orchestra('58米1位/英8位)
 1950年代初頭にペレス・プラードがメキシコで考案したニューリズム「マンボ」は1954年に世界を席巻し、アメリカではR&Bチャートでルース・ブラウンの「Mambo Baby」が、カントリー・チャートではハンク・スノウの「That Crazy Mambo Thing」が大ヒットを記録するなど、ジャンルを超えた盛り上がりを見せた。日本でも大変な人気を博した彼がこの年発表した「パトリシア」はロックのビートを取り入れたマンボで、日本で「ロカンボ」と名づけられプラード本人もこのネーミングを大変気に入ったという。彼はその後アルバム・アーティストとして数々の大作を発表していく一方で時代のニューリズムも積極的に取り入れていき、62年には当時大流行のツイスト・ビートで「パトリシア」をリメイクした「Patricia - Twist(米65位)」をヒットさせている。


(2005.7.19)

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