TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ラジオ・チャート1959年間(その2)

11.アイ・ニード・ユア・ラヴ・トゥナイト/エルヴィス・プレスリー
11.皆殺しの歌/ネルソン・リドル楽団
13.煙が目にしみる/プラターズ
14.ボンジュール・パリ/ミシェリーヌ・ダクス
15.黒い稲妻/トニー・ザイラー
16.アイル・リメンバー・トゥナイト/パット・ブーン
17.黒い瞳/イリナ・ボンディレワ
18.真夜中のブルース/ベルト・ケンプフェルト楽団
19.ピンク・シュー・レイセス/ドディー・スティーヴンス
20.カラーに口紅/コニー・フランシス

11位 I Need Your Love Tonight - Elvis Presley('59米4位/英1位)
 ドイツ駐留前のエルヴィスが録り貯めした曲の一つ(58年6月録音)。ハンク・スノーのカントリー・クラシック「(Now And Then There's) A Fool Such As I(米2位/英1位)」とのカップリングで発売され、英米のチャート・アクションは「A Fool 〜」に軍配が上がったが、日本ではこちらに人気が集中。エルヴィス初の8ビート・ナンバーで、ここら辺にも時代の移り変りが窺えるかも。なおこのセッションで録音された“ストック”は次に発売されたシングル「A Big Hunk O' Love(『恋の大穴』米1位/英4位)」で底をつき以降彼は除隊し活動を再開するまでの半年間以上ヒットチャートから姿を消すこととなるが、その反省からか60年代のエルヴィス陣営は常に膨大なストックを持ち、一体何年前に録音されたか判らない“新曲”を定期的にシングル発売するという「切り売り方式」をとった。
11位 De Guello - Nelson Riddle and His Orchestra
 ジョン・ウェインにディーン・マーチン、リッキー・ネルソンという人気者3人が共演し、各々の持ち味を如何なく発揮した娯楽大作西部劇「リオ・ブラボー」の決闘シーン前に流され緊張感を不気味に盛り上げた、トランペットをフィーチャーしたインスト・ナンバー。これはメキシコの古い曲をオーケストラ仕様にアレンジ(ディミトリ・ティオムキンによる)したもので、この翌年のやはりジョン・ウェイン主演映画「アラモ」でもこの曲が効果的に使用されたことから、当時の映画ファンに強い印象と若干の記憶の混乱を招いている。当時の音楽ファンによる高い人気の反面、この曲はタイトルが物騒だという理由で現在は放送禁止に指定されているそうで(実際にそんな規定があるかどうかは不明)、なかなかラジオ等では聴くことが出来ないという不運なヒットである。
13位 Smoke Gets In Your Eyes - The Platters('59米1位/英1位)
 1955年の「Only You」の大ヒット以降R&Rブームの渦中を得意のバラードで乗り切っていったプラターズだが、人気は2年で息切れ状態に。その窮地を救ったのが58年のナンバー1ヒット「Twilight Time(米1位/英3位)」で、これは彼らのプロデューサーであるバック・ラムがスリー・サンズのマネージャー時代に書き上げたものだった。これに気をよくした彼らはその半年後には1930年代に書かれたバラード「煙が目にしみる」のカバーを発表、こちらも大ヒットを記録した。この曲はツアー先のパリで録音されたそうだが、彼らの欧州における人気は相当なもので、61年に公開されたヨーロッパ各国の夜の世界を紹介する映画「ヨーロッパの夜」にもナイトクラブの目玉として彼らが登場するシーンがあり、そこで歌われた「You'll Never, Never Know」は我が国でヒットを記録している。
14位 Bonjour Paris - Micheline Dax
 1924年パリに生まれたミシュリーヌ・ダクスは若くしてキャバレーの舞台で演ずるようになり、大戦後の49年に銀幕デビューを果たした。フランス映画界ではお馴染みの存在のようでその出演作リストは近年まで及ぶ膨大なものとなっており、中でも1965年に当時のヌーヴェルバーグを代表する6人の監督によって撮られたオムニバス映画「パリところどころ」への出演が日本では知られている。ポピュラーなシャンソン「ボンジュール・パリ」を吹込んだこのシングルは非常に珍しいもので、ここで彼女はなんと得意とする口笛を披露、シングルの解説文でも彼女は“世界でも珍しい女性口笛奏者”と紹介されている。彼女の「口笛活動」は現在も盛んなようで、フランスで活躍するスイス人アーティスト、ステファン・エシェール2003年のアルバム「Taxi Europe」にもゲスト参加している。
15位 Du Bringst Mir Gluck - Toni Sailer
 1935年オーストリア生まれのトニー・ザイラーは、1956年のコルティナ・ダンペッツォ冬季オリンピックで、史上初のアルペンスキー回転、大回転、滑降の3種目制覇を成し遂げたカリスマ・スキーヤー。その後間もなく引退しショービジネス界入りした彼は“スポーツ・タレントのはしり”的存在として数々の映画に出演。「黒い稲妻」はその主演第一作目としてこの年我が国で公開されたもので、スキー大会をめぐる陰謀やスキー場で生まれるロマンスなどを、彼の見事な滑降シーンを交えて展開する・・という、ちょっと聞いただけでどの程度の出来か想像がつきそうな内容。主題歌の方もまったくの素人芸である彼の歌をベルト・ケンプフェルトが好サポートし、彼のスポーツ選手としての絶大な人気に見合ったヒット曲に仕上げた。
16位 I'll Remember Tonight - Pat Boone('58米34位/英18位)
 “映画スター”パット・ブーンの人気が日本でも相当高かったことを証明する一曲。この曲はニューオリンズを舞台に、陸軍士官候補生に扮した彼が恋愛劇を繰り広げる・・という他愛のない映画「Mardi Gras(恋愛候補生)」の主題歌で、共演にはビング・クロスビーの息子ゲイリー・クロスビーやナンシー・シナトラの夫となるトミー・サンズなど“ハリウッド的有名人”が続々登場。美しいメロディも評価されたのか日本では英米における成績を遥かに上回る好評を博した。一方ヒット歌手としての彼はこの年あたりでそろそろ一段落といった感じで、かつての出せば大ヒットの状態から60年代に入ると基本はミドル・ヒット〜年に1曲くらいTOP10入り?くらいに。そろそろ後続世代にチャートの主役を譲らねばならない時期に差しかかりつつあった。
17位 Schwarze Augen (Dark Eyes) - Irina Bondireva
 この年に公開されたドイツ映画「Petersburger Nachte(黒い瞳)」主題歌。戦前にフランスで制作されたロシアを舞台にした映画のリメイク、とのことだが、残念ながら詳細を調べあげるには至らなかった。レコードの音源は映画のサウンドトラックからとられたもので、もの悲しげな歌に被さって映画の台詞が聞こえてくるというお馴染みのスタイル。アーティストとしてクレジットされているイリナ・ボンディレワ(映画のキャストリストにその名は登場しない)は経歴不明だが、ネットで確認したところ戦前はロシアのモンテカルロ・バレエ団の一員として世界各地を巡業した記録が残されていた。「黒い瞳」は有名なロシア民謡で、この当時堀内敬三による日本語詞がつけられて歌声喫茶で盛んに歌われていたというから、そのこともこのヒットに無関係ではないと思われる。
18位 Midnight Blues - Bert Kaempfert and His Orchestra
 前年に続いてのランクイン。この曲にはキング・レコードから発売された「アンコール盤」オリジナル・サントラバージョンも存在し、チャートによってはそちらがヒットした記録もあるが、現在はそのバージョンを聴ける機会はない。ドイツはハンブルグ出身のケンプフェルトはフランク・シナトラからビートルズまで幅広いアーティストを手がけた大プロデューサーで、ソングライターとしても「夜のストレンジャー」や「スパニッシュ・アイズ」などの作者として知られるが、日本における彼は何といっても「ブルースもの」。この曲をきっかけに数多くの「ブルース」がタイトルに冠されたシングルが発売され、有名な「星空のブルース」の他にも「欲望のブルース」「夕映えのブルース」「純愛のブルース」などなど、曲調にお構いなしの“ブルース・ナンバー”が次々と市場に送り出された。
19位 Pink Shoe Laces - Dodie Stevens('59米3位)
 “なめし革の靴にピンクの靴ひも、水玉模様のベストとパナマ帽”これはドディ・スティーヴンスが彼女唯一の大ヒット曲の中で「そのクレイジーな服装センスがサイコーなのっ!」と讃えているボーイフレンドの姿。シカゴ出身のスティーヴンスはこの曲を吹込んだ時まだ12歳という若さで、初期“ガール・ポップ”シーンの新星として注目されたが人気は続かず16歳で結婚し引退。その後60年代末に音楽界に復帰しており、セルジオ・メンデスとブラジル'77が1972年に発表したアルバム「Primal Roots」に参加しているボーカリスト“ジェリ・スティーヴンス”とは彼女のことなのだそうだ。80年代のいつだったか、彼女がオールディーズ・ショーに出演しているのをTVで観てその若々しさに驚いたことがあったが、それもそのはず当時彼女はまだ30代だったのだ。
20位 Lipstick On Your Collar - Connie Francis('59米5位/英3位)
 “オールディーズの女王”が我が国の洋楽チャートに登場。ニュージャージーのイタリア系の家庭に育った彼女は1955年にデビュー、物凄い数の不発シングルを発表した後にようやくチャート・インを果たしたのが58年の「My Happiness(米4位/英1位)」で、ここから約5年間に亘って名作オールディーズを量産していくこととなる。「カラーに口紅」は彼女が初めてTOP10に送り込むことに成功したR&Rソングで、軽快な8ビート、印象的なギター・フレーズ、気のふれたようなコーラス等々100点満点の出来で、この時代の五指に入る名作オールディーズと言っていいだろう。なおこのセッションを仕切ったのは新旧数々の名作ボーカル盤を制作したレイ・エリス、ギターはジャズ畑のジョージ・バーンズ、ピアノをディック・ハイマンが担当という豪華メンバーであった。


(2005.8.2)

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