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前年に公開された映画「アラモ」はジョン・ウェインの初監督作品で、彼は伝説の英雄“デイビー・クロケット”として主演もしています。この映画のヒットは我が国のヒットパレードにも影響を及ぼし、サウンドトラックからはいくつものヒット曲が生まれました。まず1位の“ブラフォー”ことブラザーズ・フォアはモダン・フォークブームの中ワシントンで結成された4人組で、前年にこの月8位に入っている「Greenfields(米2位)」が大ヒットし、一躍キングストン・トリオに次ぐフォークシーンの人気グループとなります。続いてこの大作映画への主題歌提供の幸運に恵まれ、更に日本では毎年のように開催された来日公演もあって、70年代に至るまで人気アーティストの地位を保ち続けました。なお当時発売されていたこの曲のシングル盤は、やはり映画にフィーチャーされていたマーティ・ロビンスの「アラモの歌(「The Ballad Of Alamo」米34位)」とのカップリング。当然シングルの売上には、こちらの人気も貢献していたことでしょう。
「アラモ」関連の曲をもう一曲。この映画のサウンドトラックは巨匠ディミトリ・ティオムキンが手掛けたものでしたが、このチャートにはキャピトル・レコードのアレンジャー、ネルソン・リドルの演奏による「遥かなるアラモ(7位)」がチャートインしています。これにはちょっと面白い背景があるので紹介しておきましょう。この「アラモ」ですが、前年59年に公開され、日本でも大ヒットを記録した映画「リオ・ブラボー」と多くの共通点を持ちます。挙げてみると
(1)どちらもジョン・ウェインが主演している
(2)どちらも音楽をディミトリ・ティオムキンが担当している
(3)戦いのシーンで、どちらでも「皆殺しの歌(De Guello)」が流される
(4)どちらも重要キャストの一人に当時のトップアイドル(「リオ〜」ではリッキー・ネルソン、「アラモ」ではフランキー・アヴァロン)が起用され、歌を披露するシーンが用意された
・・といった感じ。当時この両者を観た人には、イメージ的にダブるところが随分多いようです。で、「リオ〜」公開時に「皆殺しの歌」がシングルカットされ、日本でヒットを記録したのがネルソン・リドル。当然「アラモ」でももう一丁、ということでこの曲は発売され見事ヒットとなりました。なお映画からはもう一曲、出演していたフランキー・アヴァロンの「テネシー・ベイブ」も日本のみヒットを記録しています。
今度は2位、除隊間もないエルヴィス・プレスリーが登場。彼の軍隊生活を基に作られた復帰第一弾映画「G.I. Blues」の主題歌であるこの曲は、アメリカではシングルカットされることはありませんでしたが、日本ではそのマーチっぽいリズムがウケたのか、この時期の彼の代表作となるほどのヒットを記録しました。この映画のサントラには他に、後にジョー・ダヴェルが取り上げて全米ナンバー1となる「Wooden Heart」や、私個人的にはこの時期に彼が残した名曲の一つと考えている「ポケットが虹でいっぱい(Pocketful Of Rainbows)」など見逃せない作品が多く収録されているのですが、当時彼は復帰後のシングルリリースラッシュの最中にあり、これら愛すべき名作群はヒットチャートで相応の評価を得ることなく即アーカイヴ行きの運命をたどるのでした。
一緒にエルヴィス“正規ルート”のヒット曲も紹介しておきましょう。このチャート10位にランクインしている「Are You Lonesome To-night?」は、エルヴィス復帰フィーバーの余勢をかって、アメリカのヒットチャートのトップを6週間に亘って独走した大ヒット。彼はこの時期兵役を終え“大人になった”エンターテイナーの路線を模索している最中で、第一弾の「本命はお前だ(「Stuck On You」米4週1位)」こそR&B調でしたが、続く「It's Now Or Never(米5週1位)」ではイタリアのポップスを取り上げ、続くこの「今夜は一人かい?」では1920年代の楽曲に挑戦、その後「サレンダー(帰れソレントへ)」ではドイツ民謡・・と、レパートリーの幅を広げていった時期でした。しかし時のトップアイドルが、40年近く前の曲を取り上げてナンバー1にするなんてちょっと凄いですよね?Kinki Kidsが「有難や節」を歌うようなものですから・・、と思ったんですが、現在我が国で「明日があるさ(オリジナルは63年)」がヒットしているのって、それに近いものがあるんですかね?日本のポップスも、ようやくそれだけの蓄積が出来てきたということなのでしょうか・・。
この当時の日本のエンターテインメントは、そのピークこそ越えたとはいえまだまだ映画が中心の時代。当然ヒットチャートも映画で紹介された曲が中心となっています。3位のジョニー・ホートン「North To Alaska(米4位)」はこちらもジョン・ウェイン主演映画の主題歌。ジョニー・ホートンは以前60年代アメリカのヒットチャートを紹介した際にも触れたとおり、この前年に自動車事故で35年の短い生涯を閉じたのですが、そのトラディショナルな音楽性は後年も高い評価を受け続け、86年にはドゥワイト・ヨーカムが彼の代表曲「Honky Tonk Man」をヒットチャートに蘇らせ(C&W3位)新時代のピュア・カントリーの復活を高らかに宣言しました。
続いて4位はこの時代の“日本のみヒット”の代表格、ジョニー・ディアフィールド「Lonely Soldier Boy」。この曲は当時アメリカではまったく相手にされなかったようですが、日本ではその哀愁を帯びたサウンドが大好評を博しました。タイトルを見ると、兵隊に行った少年の悲劇的な恋物語か?と思わされるのですが、詞を読んでみると「片思いを胸に秘めながら兵役に就いたけど、終えて帰ってきてもやっぱり片思いは片思いだった。」というなんともいえないもの。彼はこのヒットを契機に東芝レコードと直接契約を結び、日本でも積極的に活動を行ったそうなのですが、これ以上のヒットは生まれなかったようです。
5位に入っているのはプラターズの「You'll Never Never Know(56年米11位)」。本国ではこの5年前にヒットしていた曲が日本のヒットパレードに登場したのは、この時期に公開されていた映画「ヨーロッパの夜(The European Nights)」に使用されたことから。当時ヨーロッパのナイトクラブで活躍していた芸人たちを紹介した内容だというこの映画(観てみたい!)は、現在では手品の代表的な演目となっている、ハンカチやシルクハットから鳩を登場させる“鳩出し”をチャニング・ポラックというマジシャンが世界的に紹介した作品としても、ある趣味の世界の方々にとっては重要なんだそうです。ひとつ豆知識が増えましたね。なおプラターズの方はこの年に黄金期を築いたリードボーカルのトニー・ウィリアムスが独立し、ヒットチャート常連の座から遠退いていくこととなります。余談ですがこの年彼らはシングルのB面曲として1940年代のスタンダード「You'll Never Know(曲名に注目)」を録音、コンピレーションによっては同タイトルでこちらの方が入っている場合がありますのでご注意下さい。
6位も映画関連。ギリシアで制作されたロマンチック・コメディ映画「Petetin Kuriaki (Never On Sunday)」はアメリカでもヒットを記録し、タイトル曲も幾つかのバージョンがヒットチャートに登場しましたが、日本でヒットしたのはドイツのバイオリニスト、ヘルムート・ツァハリアス版。“魔法のバイオリン”と言われた彼のサウンドはヨーロッパだけでなくアメリカや日本でも人気があり、日本では「すみれのはーなー」の歌詞で知られる「When The White Lilacs Bloom Again(56年米12位)」は世界的なヒットを記録しました。この曲に関してはそれほど際立った特徴はなくて、アメリカでヒットしたドン・コスタやコーデッツのバージョンに軍配を上げたいところ。彼の名誉回復は、来週以降のコラムでチャレンジすることにしましょう。
飛び飛びに曲を紹介しながら、やっと辿り着いた最後9位は、ニール・セダカの「You Mean Everything To Me(米17位)」。アメリカを代表するクラシック音楽学校を経てR&Rシーンに飛び込んだ彼は“R&R界初のインテリアーティスト”といってもいい存在で、その作風は3コードのシンプルなR&Rをより複雑化したものが多かったのですが、この曲に関して言えばポール・アンカの「君はわが運命(You Are My Destiny)」というか、水原弘の「黒い花びら」というか・・な“直情型バラード”。はい、日本人はこういう曲、好きです。
(2001.2.27)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |