1位 Theme Musique de "Jeux Interdits" (Romance De Amor) - Nalcisso Yepes/Vicente Gomez
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1957年の年間チャートにもランクインしていた「禁じられた遊び」が、映画のリバイバル上映によりこの年は年間1位に。以前はナルシソ・イェペス盤を紹介したので、今回は競作となっているヴィセンテ・ゴメス盤の方を。この録音の出自は、1941年に制作されたタイロン・パワーとリタ・ヘイワース主演の闘牛士の物語「血と砂(日本公開は1952年)」サウンドトラックで、イェペス版に数年先んじて世界に紹介されている。「愛のロマンス」が生まれたのはスペイン20世紀初頭説が有力で、現地では「Romance Anomino(詠み人知らずのラブ・ソング)」と呼ばれ実際に作者不詳となっているそうだが、これが語感で誤訳され、この「若さでヤング・ボーイ」的な“カブり感”のあるタイトルが世界中に流布されたのではないか?というのが筆者の勝手な推測である。
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2位 Tonight - Richard Beymer & Natalie Wood
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アメリカのミュージカル映画史に、ストリート感覚を取り入れ新風を吹込んだばかりでなく、このジャンルの「歴史的名作」との評価も得たのがこの年公開された「ウェスト・サイド物語」。クラシック畑のレナード・バーンスタインが全面的に手がけたサントラには「Maria」「America」「Somewhere」などその後スタンダード化した作品が数多く収録されていたが、中でも悲恋を演じる二人、リチャード・ベイマーとナタリー・ウッドが劇中歌うこのバラードが高い人気を集めた。サントラで実際歌っているのは当人ではなく、ベイマー役はその後作曲家に転じ東京ディズニーランドのテーマも作ったというジミー・ブライアントが、ウッドの声は「王様と私」や「マイ・フェア・レディ」でも主役に代わって歌声を披露していたマーニ・ニクソンが担当している。
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3位 Young World - Rick Nelson('62米5位/英19位)
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洋楽アイドル百花繚乱のこの時期に、TVシリーズ「陽気なネルソン」で人気者となったのがネルソン一家の末っ子リッキー。1957年に歌手デビューを果たした彼はこの前年に21歳となり、子供っぽい“リッキー”から“リック・ネルソン”に改名したが、日本ではこれを無視。相変わらずの“リッキー”名義でのレコード・リリースとなっている。「ヤング・ワールド」を作曲したのは後にプロデューサーとしても成功するジェリー・フラーで、この時期ネルソンには「Travelin' Man('61米1位/英2位)」「A Wonder Like You(同11位)」「It's Up To You('62米6位/英22位)」などのヒット曲を提供。この二人は親交が深かったようで、フラーの所属するチャレンジ・レコードで覆面ユニットとして作品を残すなど、様々な“課外活動”が現在発掘されている。
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4位 Johnny Remember Me - John Leyton('61英1位)
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日本では映画「大脱走('63)」における“トンネル王”としての知名度の方が高いかも知れないジョン・レイトンの、歌手としては最大のヒット。そのマッドなサウンド作りで“イギリスのフィル・スペクター”と称され近年再評価の進むジョー・ミーク初期の代表作であるこの曲は、1953年にフランキー・レインがイギリスのみでヒットさせた「Girl In The Wood(英11位)」を下敷きに作られた気配濃厚な作風で、通称“シベリア(ツンドラ?)サウンド”が印象的。この曲で“霧男”の称号を得たレイトンは、続く「霧の中のロンリー・シティ」も「〜ジョニー」同様克美しげるにカバーされヒット。もの悲しげなファルセットのコーラスは、80年代にエレクトロ・ポップグループ、ブロンスキ・ビートが「I Feel Love」とのメドレーで甦らせている('85英3位)。
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5位 Blue Hawaii - Elvis Presley
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「ウェスト・サイド物語」と競うようにこの年映画界で大ヒットを記録し、サントラ盤がアルバムチャートで数ヶ月間トップの座を争ったのが「ブルー・ハワイ」。エルヴィス映画最高傑作との呼び声も高いこの作品の主題歌は、ビング・クロスビーが初めてハワイアンに挑戦し、1937年にミリオン・セラーを記録した「Sweet Leilani(勿論米1位)」のB面に収録されていたものがオリジナル(こちらは最高5位を記録)。同サントラからは「Can't Help Falling In Love(『好きにならずにいられない』米2位/英1位)」と「Rock-A-Hula Baby ("Twist" Special)(米23位/英1位)」もヒットしたが、特に「Can't Help 〜」の人気が高く、曲調はハワイアンではないものの、ハワイアン・バンドの必須レパートリーにせざるを得ないほどのリクエスト頻度を誇っている。
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5位 You Don't Know - Helen Shapiro('61英1位)
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ビートルズ登場直前のUKポップ・シーンに登場し、一大センセーションを巻き起した天才少女がヘレン・シャピロ。1946年生まれの彼女はデビュー2作目のこの曲で初の全英ナンバー1を獲得、これは現在もイギリスにおける女性アーティスト最年少記録だという。切ない想いを歌い上げた「悲しきかた想い」の、当時日本コロムビアから発売されたシングルには背伸びをしたいティーンの心情を陽気に歌った本国デビュー曲「Don't Treat Me Like A Child(『子供じゃないの』英3位、洋楽年間チャート28位)」がカップリングされており、“ゴールデン・ポップス”時代最強のシングルの一つとなっている。時代の激しい移り変わりにより、約2年間とチャート活躍期間は短かったが、UKポップ史上確実に十指に入る才能を持った女性歌手であった。
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7位 Pretty Little Baby - Connie Francis
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コニー・フランシスの日本における最大のヒットがこの曲。本国では「Connie Francis Sings Second Hand Love And Other Hits('62米アルバムチャート111位)」に収録されたのみにとどまったこの曲は、漣健児による日本語詞で吹込まれたバージョンが我が国でシングル発売され大ヒット。しかし“日本のみヒット”ではなく、イタリア、フランス、スペインでも各々の言語でヒットを記録しているのだという。♪可愛いベイビー、ハイハイ!の「ハイ」はオリジナルにはないが("Mew Mew"に近い発声のコーラスがつけられている)、これは日本人の挨拶が印象に残っていたコニーのアイディアで、日本向けに独自につけ加えられたものなのだそうだ。当時のアイドル、中尾ミエのカバー盤も人気を呼び、この年を代表するヒット曲の一つとなっている。
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8位 L'Eclisse - Colletto Tempia and His Orchestra
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60年代に入って「情事('60)」「夜('61)」と精力的に作品を発表し続けていたミケランジェロ・アントニオーニが監督し、「太陽がいっぱい」で日本でも国民的な大スターとなったアラン・ドロンが主演と、話題性には事欠かなかったイタリア/フランス合作映画「太陽はひとりぼっち」だが、その内容の難解さ(訳のわからなさ?)から当初不入りが危惧され、ひねり出された対策案が「わかりやすいテーマ曲を日本で作ってしまおう」というもの。流行りのツイスト・ビートにのって軽快なサックス・ソロが流れるこの録音を制作したのは、当時ビクター・レコードで数多くのポップス作品のアレンジャーを務めていた寺岡真三。グループ名は彼の名、寺(テンピア)岡(コレット)から取られたのだという。この好評のお陰か映画も大ヒットを記録、見事タイアップ作戦は成功した。
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9位 Louisiana Mama - Gene Pitney
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1941年コネチカット州生まれのシンガーソングライター、ジーン・ピットニーは、作詞作曲ばかりでなくすべての楽器とコーラスを自分でこなした「(I Wanna) Love My Life Away('61米39位/英26位)」をヒットさせたごく初期の“宅録派”。続いて彼が発表したのが同系統の「ルイジアナ・ママ」だったが、こちらは本国では不発(キャッシュボックス誌で最高88位を記録)。どういう訳かこれが日本では注目され、漣健児がユニークな言語センスで“ホニオリン”な日本語詞をつけたバージョンが飯田久彦によって大ヒット。これに引っ張られる形でオリジナル盤もヒットパレードの上位に登場した。その後気鋭のソングライター作品を取り上げるボーカリストとして60年代を通じ英米のヒットチャートで活躍した彼の、世界的に珍しいヒット記録である。
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10位 Vacation - Connie Francis('62米9位/英10位)
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1960年代前半の“ゴールデン・ポップス”の時代に生まれた幾多の名曲の中でも、一際「楽しいなっ!」といえる作品が「V-A-C-A-T-I-O-N」。スティーヴ・ローレンスの「悲しき足音」やニール・セダカの「恋の片道切符」など日本でも馴染み深いヒットを生んだハンク・ハンターが作曲したこの曲には、コニー自身がアイディアを出した、十代の若者が夏休みに楽しむレジャーの数々が歌詞に盛り込まれているため、彼女の名も共作者にクレジットされている(漣健児の日本語詞では、夏だけではネタが足りなかったのか冬のスキーにまで言及がされている)。関係ないが曲のフレーズを口ずさみながら英単語を覚えた中高生の数の多さにかけては、恐らく後年のベイ・シティ・ローラーズ「サタデイ・ナイト」に匹敵する一曲であろう。
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