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アメリカにおける同映画からのシングルは、この月9位の「ロカ・フラ・ベイ
ビー(米23位)」。というよりも、カップリング収録されていた「好きにならず
にいられない(「Can't Help Fall In Love With You」米2位)」で、あちらで
はこれ以上シングルは出なかったようです。映画とは別にナッシュビル録音のこ
の月4位「グッド・ラック・チャーム(米1位)」が大ヒットしたので、必要が
なかったのでしょう。全く関係ない話ですが数年前、私が友人と渋谷のとある飲
み屋で飲んでいたら、店に流しのハワイアンバンド(!)というのがやって来
て、客のリクエストに応えて「ブルー・ハワイ」と「好きにならずにいられな
い」を演奏していました。そのときは「これってハワイアンじゃないだろ。」な
んてことを思いながら聞いていたのですが、日本人にとって「好きにならずに
〜」は、映画「ブルー・ハワイ」と、その10年後のライブ中継「アロハ・フロ
ム・ハワイ」で、当地とは切っても切れないイメージが出来あがっているんだ
な・・などと、今更ながら考えたりします。
続いて「ウエスト・サイド 〜」関連。この映画は、それまでのミュージカル
映画には見られない斬新なダンスや、人種問題やギャング抗争を絡めた今でいう
“ストリート感覚”の導入が、後に登場する新感覚の音楽映画の礎的役割を果たす
ことになった、という評価が出来ますが、それだけでなく音楽面でもバーンスタ
イン作曲の有名なテーマ曲をはじめ、この「Tonight」や「Somewhere」
「America」「Maria」など数々のスタンダードを生み、それらは現在でも愛され
続けています。“現代版「ロミオとジュリエット」”を演じたナタリー・ウッドとリチャード・ベイマーが歌うこの「Tonight」は、この映画のハイライトの一つを
彩るバラード。私個人的には「Maria」が一番好き。まったくの余談。
ヒットチャートに戻りましょう。2位は“可愛いベイビー、ハイハイ。”中尾ミ
エ一世一代の一発ヒットしても知られる(?)この曲、アメリカでは単なるアル
バム収録曲扱いでしたが、日本での爆発的なヒットを受けて、1996年にアメリカ
で編集された彼女の4枚組アンソロジーには見事“日本のみヒット”として収録が
認められました。この4枚組と日本で出ている「日本語バージョン集」、この二
組があれば余程のマニアでない限りコニー・フランシスに関してはOK。彼女の
長く、多岐にわたる活躍を一気に聴いてみて下さい。
3位と10位は当時のトップアイドル。3位「Young World(米5位)」のリッ
キー・ネルソンは、アメリカではこの前年子供っぽい“リッキー”から“リック”に
改名、大人のアーティストへの道を模索し始め、この年には「もうティーンアイ
ドルじゃない!」という「Teen Age Idol(米5位)」も発表しますが、日本で
は相変わらず「陽気なネルソン」の“リッキー”。一方10位「Rubber Ball(米6
位)」のボビー・ヴィーは当時売り出し中の19歳。ちょうどこの頃アメリカでは
「さよならベイビー(Take Good Care Of My Baby)」がナンバー1ヒットとな
ってその地位を確立しています。彼はとにかく作家に恵まれており、キャロル・
キングやバート・バカラックなど当時一流のソングライターの作品を次々と取り
上げ、あの時代のポップス最高のサンプルといえる作品群を生み出しています。
5位と8位はイギリスから。5位の「Midnight In Moscow(米2位、英2
位)」は、その名のとおりロシア産の曲を、オールドスタイルなジャズに仕上げ
たもの。50年代のイギリスはディキシーランド・スタイルの“トラッド・ジャズ”
と、ジャグ・バンド風の“スキッフル”が大流行し、その人脈から後の“ブリティ
ッシュ・ビート”を支えていく人材が輩出されていきます。考え方によってはこ
れがパンク以前にイギリスで起こった最初の“D.I.Y.(Do It Yourself)”運動で
はないかということもできますが、アメリカでは(日本でも)そういうことは全
く関係なし、風変わりなイージーリスニングくらいにしか思われなかったのでし
ょう。なおトラッド・ジャズムーブメントからはもう一曲、59年にクリス・バー
バーの「小さな花(「Petit Fleur」米5位)」の全米ヒットも生まれました。
ケニー・ボールの方は翌年、坂本九の「上を向いて歩こう」に「Sukiyaki」のタ
イトルをつけてカバー(英10位)、同曲の世界的なヒットのきっかけを作るとい
う形で再び日本の洋楽史に登場します。
8位「Johnny Remember Me(英1位)」のジョン・レイトンは、当時のイギリ
スを代表するアイドルの一人。本国イギリスではこの曲を皮切りに約2年間で都
合10曲のヒットを生みましたが、現在では彼自身よりも制作を担当した奇才プロ
デューサー、ジョー・ミークの初期の成功作という見方が強いようです。日本で
も「霧の中のジョニー」「霧の中のロンリー・シティ」などのヒット曲が活字に
登場するときは、必ずといっていいほどカバーした克美しげるの名前が併記され
るみたいですし、レイトン自身も歌手よりは翌年公開された映画「大脱走」の“
トンネル王”としてスクリーンに登場した姿の方が一般的には印象深い様子。あ
まり評価に恵まれないシンガーといえるかもしれません。
最後9位は、出ましたニニ・ロッソ。「トラムペット」という表記が非常に時
代を感じさせます。この後彼は日本のポピュラーチャートの常連的存在となり、
65年には「夜空のトラムペット(Il Silenzio)」を世界的に大ヒットさせま
す。彼については今後も度々触れる機会がありそうなので、詳細は来週以降のこ
のコーナーで紹介することにしましょう。
(2000.9.19)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |