TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Record Mirror Singles Chart October 27, 1962
01 Telstar - The Tornados (Decca)
02 Loco-Motion - Little Eva (London)
03 Sheila - Tommy Roe (HMV)
04 It Might As Well Rain Until September - Carol King (London)
05 Ramblin' Rose - Nat 'King' Cole (Capitol)
06 Venus In Blue Jeans - Mark Wynter (Pye)
07 Let's Dance - Chris Montez (London)
08 What Now My Love - Shirley Bassey (Columbia)
09 She's Not You - Elvis Presley (RCA)
10 The Swiss Maid - Del Shannon (London)
プロ野球日本シリーズでは東映フライヤーズが阪神タイガースを倒して日本一に輝いた昭和37年10月の第4週、UKチャートのナンバー1はトルナドースの「テルスター(63年米1位)」でした。
その時代々々によってトーネイドース、トルネードス・・色々と表記の変わるトルナドース(これは当時発売された日本盤シングルの表記)はプロデューサーのジョー・ミークによって集められたインスト・グループ。当初はビリー・フューリーやジョン・レイトンなどミークが手掛けるアーティストのバックを務めることが“主たる業務”でしたが、続いて独自のリリースもスタート。既に人気を確立していたギター・インストバンド、シャドウズとの差別化を図るためオルガン・サウンドを前面に押し出し、グループ2枚目のシングルとして発売したのがこの「テルスター」でした。
この年の夏に打ち上げられた中継送信機用人工衛星の名が冠されたこの曲は、ミークが生み出したスペース・サウンドが宇宙開発ブームの雰囲気にマッチし、イギリスはおろかアメリカでもナンバー1を獲得。全世界に“新世界”のサウンドを響き渡らせました。トルナドースはこれ以上のインパクトを音楽シーンに残すことなくシーンの第一線から姿を消していくこととなりましたが、「テルスター」はやがてビートルズによってアメリカにもたらされる“イギリスの時代”の前兆として、そして“イギリスの鬼才”ジョー・ミークの名を全米チャートのトップに刻み込んだことでも意義深い一曲となっています。
続いて2位と4位には60年代の“ゴールデン・ポップス”を代表するアーティストとソングライターが登場。2位リトル・エバの「ロコ・モーション(米1位)」は日本でも♪さぁさぁダンスのニューモード・・の歌詞でヒットしたダンス・ナンバー。彼女がレコード・デビューに至った有名なエピソードとして、この曲を作ったキャロル・キングとジェリー・ゴフィン夫妻のベビー・シッターとして働いていた(面倒を見ていたのは、70年代に歌手としてデビューするルイーズ・ゴフィン)というものがありますが、別にソングライター夫妻の「ノリ」で素人がレコードを吹き込んだという訳ではなく、彼女はれっきとしたセッション・シンガーで、当時のアトランティック・レコードのセッション・リストなどを見ると若き日のディオンヌ・ワーウィックやシシー・ヒューストンらの名前とともに“リトル”エバ・ボイドの名前を見つけることが出来ます。
当時ニューヨークのアトランティック・レコードにはアーティスト、スタッフともに若い才能がひしめき合っており、その中で様々な出逢いがありました。見習いプロデューサーだったフィル・スペクターはここで若きソングライターたちと巡り会って後の「ウォール・オブ・サウンド」のタネを見つけましたし、バート・バカラックとディオンヌ・ワーウィックが意気投合したのもここ。ボイド嬢の場合はゴフィン=キング夫妻のベビー・シッターというアルバイトを得ましたが話はそれだけで終わらず、当時「マッシュ・ポテト・タイム(米2位)」の大ヒットで華々しく登場したディー・ディー・シャープのために書かれながら没となったこの曲をリリースする機会を与えられ、たちまちのうちに大スターになりました。4位に入っているキャロル・キングの録音も似たような経緯で彼女自身のレコードが発売されたもので、元々はボビー・ヴィーの「Take Good Care Of My Baby(『さよならベイビー』61年米1位)」に続くシングル用に書かれたものの、やはり没となった曲。「じゃあ、自分で出すか。」とリリースしたらこれだけのヒットになってしまったという。この曲は1970年代に入って「つづれおり」で大ブレイクするまで、キャロル・キングにとって唯一のメジャー・ヒットとなりました。
飛ばしてしまった3位にはアメリカのR&Rシンガー、トミー・ロウが登場。「可愛いシェイラ(米1位)」は彼のデビュー盤で、当初「Jud」というマイナー・レーベルからリリースされていましたがメジャーの「ABC-パラマウント」が買い上げ、全国発売して大ヒットしたもの。この際曲の録り直しが行われたようで、「Jud」のバージョンでは“ガレージ”と表現してもいいような荒っぽいサウンドがなかなか魅力的でしたが「ABC〜」ではそれを洗練させ、ロウのバディ・ホリーっぽいボーカルを際立たせるためホリーの「ペギー・スゥ(57年米3位)」により近い印象にして成功を収めました。イギリスは以前紹介したアダム・フェイスのようにバディ・ホリータイプのシンガーが何故か人気の高い国なので、この曲も当然のようにヒット。この翌年には全英ツアーも行いました。
トミー・ロウはその後“ビートルズの時代”になってもヒットチャートを生き残り、60年代後半には“バブルガム・ポップ”路線の「Sweet Pea(66年米1位)」を成功させるなど、約10年にわたって活躍を続けましたが、彼と同様R&Rから洗練されたPOPに作風を移行し、60年代を生き抜いたアーティストの一人であるクリス・モンテスも7位に登場しています。彼はチカーノ(メキシコ系アメリカ人)のR&Rシンガーで、1959年にバディ・ホリーとともに飛行機事故で命を落としたリッチー・ヴァレンスに続くメキシコ系アーティストとして音楽シーンに送り出されました。この「レッツ・ダンス(米4位)」はオルガンのチープなサウンドとハイトーンなボーカルがほのかなガレージ風味を醸し出すロックナンバーで、大ヒットとなりましたがその後は続かず。彼が再びヒットチャートを上昇するのは約4年後、ハーブ・アルパートの制作のもとA&Mから発表した「Call Me(66年米22位)」をはじめとする一連の“ソフト・ロック”作品によってでした。
余談になりますが前述トミー・ロウの全英ツアーはクリス・モンテスとのダブル・ヘッドライナーだったそうで、前座のアーティストの中にはデビュー間もないビートルズの名前も。彼らはこのツアーでモンテスが着ていた襟なしジャケットが気に入り、グループのコスチュームに採用した・・なんて話もあるそうですが、真偽の程は定かでありません。
飛び飛びな曲紹介になっていますが、今度はポピュラー系の5位、6位、8位を。5位はお馴染みナット“キング”コールの「ランブリング・ローズ(米2位)」。この曲はディズニー映画に多くの作品を提供しているシャーマン兄弟の作で、カントリー・タッチのバラード。日本でも人気の高い曲だったようで、当時実現した来日公演では、客席から大合唱が起こった、という話を聞いたことがあります。6位はティーン・アイドル、マーク・ウィンターの「ブルージーン・ヴィーナス」。この曲はアメリカでジミー・クラントンがヒットさせたもの(米7位)のカバーで、クラントンのバージョンでは気がつかなかったのですが、ウィンター版(歌、演奏共に淡白ぎみ)を聴くとこの曲がフランキー・アヴァロンの「ヴィーナス(59年米1位)」をかなり参考にして作られていることがわかります。え?、今まで気づかなかった私が鈍感なだけでしょうか・・。彼のようなカバーを得意とするポップ・シンガーが活躍する時代は、そろそろ終わりを迎えることになります。
8位にはイギリスを代表する女性シンガーの一人、シャーリー・バッシーが。彼女はクラシックなタイプのポップ・シンガーで、日本では一連の「007」映画主題歌でお馴染み。「そして今は」はフランスのジルベール・ベコーがこの前年に作った「Et Maintenant」に英詞がつけられたもので、現在も繰り返しカバーされているスタンダード。彼女のバージョンはお得意の声を張り上げて歌うもので、個人的にはちょっと・・。その後のカバーではハーブ・アルパートのインスト版(66年米24位)がいい感じでしたし、ボーカルだったらやっぱりシナトラかな・・。
最後2曲は簡単に。9位はエルヴィスの「あの娘が君なら(米5位)」。先日発売された新しいベスト盤「2nd To None」はイギリスのアルバムチャートで最高4位を記録ということで、「Let It Be... Naked」のリリースでアルバムナンバー1記録の巻き返しを目論んでいるであろうビートルズ陣営はさぞかしホッと胸をなで下ろしていることと思われますがそれはさておき「新しいガールフレンドが出来ても“元カノ”のことで頭がいっぱい・・」というリーバー&ストーラーにドク・ポーマスが加わった豪華布陣によって書かれたこの曲は、ミドル・テンポでなんともいえない魅力がありイギリスでは3週連続1位の大ヒットとなりました。最後10位は“街角男”デル・シャノンの「スイス・メイド(米64位)」。日本では一時期出るシングル出るシングルどれも「〜街角」と邦題がつけられていたようですが、さすがにこの曲には「街角のスイス娘」とはつけられなかったようで・・。この曲は後にアーティストとしても大成するロジャー・ミラーが作曲したノベルティっぽい楽しい曲(スイスということでヨーデルも登場します)で、本国よりもイギリスで人気を呼びました。
(2003.10.28)
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