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6位に入っているのがイギリス最大のヒットメーカー、クリフ・リチャードがシャドウズを従えた「バチェラー・ボーイ」。6/8拍子でいい感じにスイングするこの曲は、カップリングのこれまたグルーヴィーな「The Next Time」とともにチャートのトップを飾り、クリフの主演映画「Summer Holiday」を彩りました。そしてシャドウズの方もこの週9位の「Dance On」でチャートのトップを獲得。ブライアン・ベネットらを新メンバーに迎え、より充実した布陣でさらなる黄金時代を築き上げることとなります。
ところでクリフさん、なんと3月に来日してしまいますね。いったい何年ぶりのことなんでしょう?日本全国オールディーズ好きの方は“イギリスの要人”に失礼なことがないよう、3月10日は万難を排して有楽町に馳せ参じることと致しましょう。
順位を元に戻して今度は2位のフランク・アイフィールド「風来坊」。オーストラリアからやってきた彼はヨーデル唱法を得意とし、ポップカントリー調のヒット曲を次々と生み出しました。特にこの時期の彼は絶好調で、前年のデビュー曲「I Remember You(1位)」から12ヶ月の間に全英チャートのトップに4曲を送り込むという、当時の新記録を打ち立てることになります。またイギリスからアメリカへのヒット曲の輸出が非常に困難とされていたあの時期に「I Remember You」を全米チャート上位に送り込むことに成功し(最高5位)アメリカ音楽市場がイギリスのアーティストに関心を持つきっかけの一つともなりました。で、アイフィールドの成功に気をよくしたアメリカの発売元ヴィー・ジェイ・レコードが“ついで”に権利を獲得し、1963年に発売したのがビートルズのいくつかの作品。当時殆ど見向きもされなかったそれらが、現在では大変なコレクターズ・アイテムになっているのは皆さんご存知のとおり。
続いて3位には、アイフィールド同様ビートルズに先駆けアメリカで成功を収めたインスト・グループ、トルナドース(当時の表記)の「Globetrotter」が。前年発表した「テルスター」が年末から正月にかけてアメリカでナンバー1を記録するという快挙を成し遂げた彼らの、これは第2弾シングル。現在“イギリスのフィル・スペクター”と称され再評価の進むプロデューサー、ジョー・ミークはさぞかし鼻高々なこの頃だったと思いますが、こちらの方はロケットが飛んでいく効果音を巧く作り上げた「テルスター」と比べると、インパクトはかなり弱め。どことなく北欧風味。アメリカではリスナーの関心を呼ぶことはありませんでした。もう一曲ジョー・ミーク制作曲をランクインさせているのが8位のマイク・ベリー。彼は「Tribute To Buddy Holly(61年英24位)」でデビューした、アメリカでいえばボビー・ヴィータイプの男性シンガー。デビュー曲のタイトルが示すとおりバディ・ホリーの影響を強く受けており、この曲もグループ名こそブリティッシュ・ビート風ですが、曲調は60年代前半にありがちなティーン・ポップ。余談ですがアウトローズには、後にディープ・パープルを結成するリッチー・ブラックモアが在籍していたそうです。
4位は今回唯一のアメリカ人、デル・シャノンの「街角のプレイガール」。1961年にアメリカでナンバー1ヒットとなった「Runaway(悲しき街角)」の大ヒットにより日本では“街角男”としてお馴染みとなった彼はその後も「花咲く街角」「さらば街角」など原題とまったく関係なく「街角」シリーズが続き、この曲も見事“街角ヒット”となりました。イギリス人アーティストたちのアメリカ侵攻前夜、イギリスで人気を確立していたシャノンは当地の音楽シーンともうまく折り合いをつけ、この年にはビートルズの「From Me To You」をいち早くカバー。アメリカで小ヒット(77位)させて“一番最初にレノン=マッカートニー作品をアメリカのチャートに送り込んだ男”としても歴史に名を残すことになります。
5位はお待ちどうさま、ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」が。そう、この週は彼らが初めてイギリスのTOP10に顔を出した記念すべき週でもあるのです。この曲のリリースに際し彼らは相当な自信があったようで、ツアー先で出会ったクリフ・リチャードに「新曲を出すのをちょっとだけ待ってくれれば、今度の僕らの曲が1位になれるのに。」なんてことも言ってのけたのだとか。実際この曲はクリフの次のシングル「サマー・ホリデイ」に阻まれ、NME誌では最高2位止まり。予言は的中したのでした。
残るは2曲。7位はイギリスを代表するエンターテイナー、フランキー・ヴォーン。彼が得意としたのは伝統的なスタイルのポップソングで、1950年代から60年代にかけて多くのヒットを記録しました。そういえば80年代に活躍したグループに「フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド」というのがありまして、このバンド名の由来は、フランク・シナトラが1940年代にハリウッド映画に初出演するという新聞見出しからとったものだというのが一般に知られていますが、実はそうではなく、フランキー〜の面々と同じくリバプール出身で、ハリウッドに進出し1960年に映画「恋をしましょう」でマリリン・モンローと共演したヴォーンのことを言っているのだという記述を見たことがあります。イギリス人が書いたものでしたから、恐らくこちらの方が正しいのでしょう。
最後10位「Like I Do」は、日本では「レモンのキッス」のタイトルで知られる曲。ナンシー・シナトラがデビュー2枚目のシングルのB面(A面はテディ・ベアーズのカバー「会ったとたんに一目ぼれ」)として発表したバージョンは、日本では大変流行りましたが英米ではまったくの不発。19世紀イタリアでポンキエルリが歌劇「ジョコンダ」のために作曲した「時の踊り」を下敷きにしたこのメロディは、イギリスではモーリーン・エヴァンスのカバー盤がヒット。アメリカではコメディ・レコードに姿を変え、アラン・シャーマンの「Hello Muddah, Hello Fadduh! (A Letter from Camp)(63年2位)」として大ヒットしました。そういえば先日の「紅白歌合戦」では、小柳ゆきがこのメロディを歌っていましたね。
(2003.2.4)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |