TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 東京で一番売れているレコード1965年10月

01 Poupee de Cire, Poudee de Son / France Gall (Philips)
02 La Playa / Claude Ciari (Odeon)
03 Help! / The Beatles (Odeon)
04 Cruel Sea / The Ventures (Liberty)
05 Il Silenzio / Nini Rosso (Globe)
06 Caravan / The Ventures (Liberty)
07 Kickstand / The Ventures (Liberty)
08 Goodbye Mr. Tears / Johnny Tillotson (MGM)
09 Do Re Mi / Soundtrack (Victor)
10 Don't Let Me Be Misunderstood / The Animals (Odeon)

 邦楽チャートでは越路“アァウィッ!!”吹雪の「サン・トワ・マミー」が大ロングセラーを記録していた昭和40年10月、洋楽チャートのナンバー1はフランス・ギャルの「夢みるシャンソン人形」でした。

 レギュラーコラムの期間がちょっとあいてしまったので、前年のチャートを覚えている方はあまりいらっしゃらないかもしれませんが、64年はイタリア産のポップス「カンツォーネ」が大流行した年でありました。続いて同年後半にブレイクしたのが「フレンチ・ポップ」。シルヴィ・バルタンの「アイドルを探せ」が大ヒットしてヨーロピアン・ポップスの新しい潮流を作ります。

 しかし彼女は65年に入ると早々にジョニー・アリデイと結婚。新しいアイドルが求められている時期にヒットチャートに登場したのがこのフランス・ギャルでした。

 18才の彼女が歌った「夢見るシャンソン人形」は「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」でグランプリを獲得。改めて聴いてみると非常にR&Rしているサウンドにのって、彼女のか細い喉と鼻孔から発せられる拙いながらもなんだか勝ち気でなんとも魅力的なその歌声(&可憐なルックス)は、30数年後のトーキョーでも多くの新しいファンを生み続けています。なおこの曲を作ったのは当時新進気鋭のアーティスト、セルジュ・ゲーンズブール。彼女のキャリアはその後も続くので“フランス・ギャルの影にはゲーンズブール”というイメージがあまりにも強すぎるのは彼女にとって愉快なものではないのかも知れませんが、それが当時の彼女に一種神秘的なイメージを授けているのも否定しようのない事実。

 余談ですがこのヒットを受けて彼女は当時お約束の日本語版をレコーディング。フランス語では“にんぎょう”という発音がないのでしょうか「ワタシハ、ユメミル、シャンソンニンギオ」と歌い、そのぎこちない感じが今聴くとなんともいえない味わいになっています。

 続いて2位もフランスから登場、クロード・チアリの「夜霧のしのび逢い」。同名のギリシャ映画のテーマ曲として日本に紹介されたこの曲でしたが、実は映画の日本公開の際に、独自に追加されたものであることが現在では判明しています。元々フランスのレ・シャンピオンズ(最近このバンドのCDを輸入屋でよく見かけます)というインストバンドのギタリストとしてキャリアをスタートした彼はこの曲の大ヒットをきっかけに日本の仕事を増やし、その後外人タレントとして各メディアで活躍。80年代には帰化を果たし、現在も関西を中心に活躍中。先日結成された“イブニング親父。”のメンバーにも名を連ねています。

 3位にはようやくビートルズが登場、主演第二作目の映画「4人はアイドル(シルヴィ・バルタン以降日本では“アイドル”が流行語になっていたようですね)」主題歌がランクイン。この月彼らの作品は他に「Dizzy Miss Lizzy」が11位に、「You've Got To Hide Your Love Away(悲しみはぶっとばせ)」が22位に登場し、映画のタイトルに反して徐々に変わりつつある彼らの音楽性が窺えるチャートになっています。

 さて、フレンチポップ、映画音楽、ビートルズと様々な種類のポップスが混在しているこの月のチャート。しかし1965年夏の日本の洋楽界を支配していたのは、他ならぬエレキ≒ベンチャーズでした。この数ヶ月前に列島縦断の来日公演を敢行し、各地で熱狂的に迎えられた彼らはこの月3曲をTOP10に送りこんでいます。まず4位の「クルーエル・シー」は彼らの重要なライブレパートリーの一つ。オリジナルはイギリスのダコタズ(63年英18位)ですが、日本における知名度は圧倒的にベンチャーズ版が上。ダコタズにはこの曲のヒット後ハンサムなクルーナー、ビリー・クレイマーが加わり“ビリーJクレイマーとダコタズ”としてブリティッシュ・ビートシーンの一角を担いました。

 続いて6位は彼らのステージのハイライトの一つ「キャラバン」。スタンダードをエレキ化したこの曲ではノーキー・エドワーズ(現在はジェリー・マギーのギターが高い評価を得ていますが、当時はなんといってもノーキーの時代でした)のテクニックが冴えわたります。ステージではその後、メル・テイラーのやたらと長いドラムソロに突入。現在彼の後任を務めているご子息は、やはり同じことをやっているんでしょうか?7位は日本独自のシングルカット、アルバム「The Ventures A Go-Go」収録の「A Go-Go Dancer (Kickstand)」。

 5位はお馴染みニニ・ロッソ最大のヒット「夜空のトラムペット」。この曲はヨーロッパ各国で軒並みナンバー1を獲得、英米のヒットチャートにも登場する大ヒットとなりました(英8位/米101位)。日本では夕方河原に出かけると、何処からともなく誰かが吹いているのが聞こえる・・という印象の強い一曲ですね。8位に入っているのは、このコーナーではレギュラー的存在のジョニー・ティロットソン「涙くんさよなら」。浜口庫之助が作曲し坂本九がヒットさせたこの曲を、ティロットソンは日本語でカバー。和製ポップスシーンに華を添えました。

 和製ポップスといえば、この年の夏洋楽チャートを大いに賑わせたヒット曲がありました。それがエミー・ジャクソンの「涙の太陽(この月15位)」。ホットリバー(=湯川れい子)が英詞を書き、彼女のラジオ番組のアシスタントを務めていたハーフの女の子、エミー・イートンが歌ったこの曲は、当時レコード会社の専属歌手/専属作曲家による既存の歌謡曲のシステムから逸脱した生まれ方をしたためにシングルが洋楽レーベルから発売され、それが思わぬ成果を上げました。この「涙の太陽」にまつわるちょっとした出来事が、実は翌年以降の“GSブーム”に繋がる大きなうねりとなっていくのですが、それは来週改めて。

 9位はオールタイム・ベスト・ミュージカル映画の一つとして現在も挙げられることの多い「サウンド・オブ・ミュージック」から「ドレミの歌」。ジュリー・アンドリュースが歌ったこの歌は、この年以降に生まれた人なら、誰だって学校で歌ったことがあるでしょう。ド(Doe=雌鹿)レ(Ray=光線)ミ(Me=私)・・と言葉遊びっぽく続けられるオリジナルの歌詞は、ポップスの常套手段ともいえる楽しいものですが、それに「ドはドーナッツのド〜」と果敢に挑んだ日本語版(三浦康照訳)も、その語感の良さを評価すべき。勿論注文をつけたいところは多々あるんですが、何しろオリジナルにだって「ラはソの次の音〜」なんて苦労の跡が偲ばれる歌詞があるんですから。。

 最後10位はアニマルズの「悲しき願い」。イギリスから続々と登場したロックバンドが65年に入って日本でもようやく認知度が上がってきた感があり、中でもこの年来日公演を行ったアニマルズは、作品やエリック・バードンの声が持つウェットさが日本人の感性に合ったのか、他のグループから一つ抜け出た人気を獲得していたようです。この曲のヒットには勿論尾藤イサオの「だーれのせいでもありゃしないー」という日本語カバー(この月邦楽チャート3位)の評判も寄与しているのでしょう。


(2000.10.24)

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