Presented by meantime
1.キャラバン/ヴェンチャーズ
2.真珠貝の唄/ビリー・ヴォーン
3.涙の乗車券/ビートルズ
4.涙の太陽/エミー・ジャクソン
5.青い渚をぶっ飛ばせ/ヴェンチャーズ
6.スイムで行こう/エルビス・プレスリー
7.ワン・レイニー・ナイト・イン東京/ブレンダ・リー
8.ダイアモンド・ヘッド/ヴェンチャーズ
9.ドレミの唄/サウンド・トラック
10.ある晴れた朝突然に/ミッシェル・マーニ
TB誌の方がロック色が強いかな?という印象。ここで注目したいのはTB誌チ
ャートの1、5、9位。雑誌の9月号というのは通常8月に発売されるので、レコ
ードの売上を集計するとしたら7月分が妥当なはず。実際ML誌は各地のレコー
ド店の7月売上を集計した形でチャートを発表しているのですが、TB誌に登場
している上記3曲は、資料をあたってみたところその発売は65年8月。この時期
にチャート1位というのはおかしいんですが、TB誌的には出来るだけ独自色を
出した“本誌のオススメ”的なチャートにしたかったのでしょう。特に同誌は
「何より英米のヒットチャートデータにこだわる」という我々ミーンタイムの
祖先のような音楽誌だったようですから、ちょうどこの雑誌が発売された頃に
アメリカで大ヒットしていたこれらの曲が、日本でも発売されるということで
力の入った取り上げ方となったのでしょう。
という訳で、まずはこれらの“全米ヒット”から紹介。1位ビートルズの
「Help!(米1位)」は改めて説明の必要はなさそう。この時期彼らのシングル
は毎月何枚も発売されている状態だったようなので、洋楽ファンはキャッチア
ップに必死だったことでしょう。更にローリング・ストーンズの「(I Can't
Get No) Satisfaction(米1位)」やバーズの「Mr. Tambourine Man(米
1位)」といった、今となっては歴史的なヒット曲が同じ月に発売されていた
訳ですから、洋楽少年は小遣いの使い道に頭を悩ませたはず。
続く2位、3位にはこの年来日公演を行い、日本中に“エレキ・ブーム”を引
き起こしたベンチャーズの「Caravan」と「Kickstand」がランクイン。
「Caravan」はデューク・エリントンからナット・キング・コールまで様々な
アーティストが取り上げてスタンダード化したナンバーですが、ベンチャーズ
のバージョンは以前このコーナーで紹介したことのあるラルフ・マーテリー盤
(53年米6位)」をかなり参考にした雰囲気。売り物である「タラララ、タラ
ララ・・」というギターの早弾きも、マーテリー楽団の演奏に既にフィーチャ
ーされていました。
4位はブリティッシュ・ポップの王子様、クリフ・リチャード。今となって
はビートルズの影で目立ちませんが、日本独自のヒット曲もいくつもあり、ま
た熱心なファンも多く存在するアーティストです。そういえば何年か前に、ク
リフのおっかけを数十年やっている日本人女性の本が出版されたこともありま
したっけ。「On The Beach(64年英7位)」は彼が主演する映画「ワンダフ
ル・ライフ」の主題歌で、随分前に私はこの作品を偶然TVで観たことがあるの
ですが(テレビ東京お昼の洋画劇場でした)、彼とシャドウズの面々が海辺の
岸壁の上(?)でこの曲を歌っているシーンがあったことを覚えています。映
画自体も意外に面白かったような印象が。。
6位も全米ナンバー1ヒット、ビーチボーイズの「Help Me Rhonda」。この曲
には簡潔な構成のシングルバージョンと若干尺の長いアルバムバージョンとが
あり、一般にはシングルバージョンのほうが評判がいいようなのですが(日本
で出たシングルはアルバムバージョンだったそうです)、私はどちらかという
と沖縄音階っぽいフレーズが延々と鳴り続けるアルバムバージョンが好きだっ
たりします。変わり者かもしれませんが。
そういえばこの夏、ボーカルのマイク・ラブとベースのブルース・ジョンス
トンの2名が在籍している現“ビーチボーイズ”の来日公演が予定されていま
したが、マイクの腰痛悪化により残念ながら公演中止となってしまいました。
チケットの売れ行きはよかったようなのに(私は買えなかった・・)本当に残
念。一部には「ブライアン・ウィルソン抜きのビーチボーイズなんて・・。」
という声もあるそうなのですが、それはグループの歴史をよく知らない人の意
見で、彼らの長いキャリアのうちブライアンがツアーに同行していたのはほん
の数年だけの話。このチャートの翌年の初来日時もブライアンは「Pet
Sounds」制作に没頭しており不参加、他のメンバーたちは京都でチョンマゲ姿
(アルバムの裏ジャケで見ることが出来ます)・・という状態だった訳ですか
ら。マイクさんには早くよくなってもらって、いずれ我々に“ゴールデン・オ
ールディーズ”の数々を披露して欲しいものです。
7位はベルギー出身のシンガーソングライター、サルヴァトーレ・アダモの
「Dolce Paola」。70年代以降に育った者にとって彼は「雪は降〜る〜」と日
本語で歌っている変なフランス人、という印象が強いのですが、実はとんでも
ない才人。特に60年代半ばの作品はどれも優れていて、アメリカのR&Rに強い
影響を受けた作風という意味ではミッシェル・ポルナレフより先、ベルギー出
身という意味ではジャック・ブレルより先に成功を収めたアーティスト、とい
うことが出来ると思います。
彼の音楽は日本の歌謡界にも無視できない影響を与えており、前述の「雪は
降る」を別にしても、この頃越路吹雪のカバーが大ヒットしていた「サン・ト
ワ・マミー」や「不良少年(ろくでなし)」は現在もどこかのクラブ(この場
合のクラブは“ママさんのいる”クラブ)で毎晩熱唱されていることでしょう
し、日本でのデビュー曲「ブルージーンに皮ジャンパー」は浜口庫之助の手に
より青江美奈の「伊勢崎町ブルース」として生まれ変わり、我が国のヒットチ
ャートを席巻しました。
「いとしのパオラ」はベルギーの王妃、パオラ姫をモデルに書かれた曲だそ
うで、ロッカ・バラードとカンツォーネ(彼はイタリア系なんだそうです)の
中間のようなテイスト。先入観に囚われず、彼の作品群はもっと深く聞き込ん
でみる必要がありそう。
8位はイージー・リスニング、ビリー・ヴォーン楽団の「Pearly Shells」。
ドット・レコードのミュージカル・ディレクターとしてパット・ブーンやフォンテイン・シスターズ等の作品のコンダクターを務める一方、物凄い数のインス
トヒットを50年代〜60年代前半に発表した彼は、この頃から近年まで毎年のよ
うに(死後も!)来日公演を行いました。アメリカのヒットチャート資料ばか
りに頼っていると、この時期の彼など“既に終わった”アーティストと考えて
しまいがちなのですが、とんでもない。日本における彼の全盛期はこれからだ
ったのです。。
最後10位はエミー・ジャクソンの「Crying In A Storm」。以前紹介したこ
とがありましたが、この曲のヒットは単なる“国産洋楽ヒット”の域を超え、
その後の日本のポップスに重要な影響を与えていくことになったのでした。
(2002.7.10)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |