TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Record Mirror Singles Chart December 4, 1965
01 The Carnival Is Over - The Seekers (Columbia)
02 My Generation - The Who (Brunswick)
03 1-2-3 - Len Barry (Brunswick)
04 Get Off Of My Cloud - The Rolling Stones (Decca)
05 A Lover's Concerto - The Toys (Stateside)
06 Tears - Ken Dodd (Columbia)
07 Wind Me Up - Cliff Richard (Columbia)
08 Positively 4th Street - Bob Dylan (CBS)
09 Princess In Rags - Gene Pitney (Stateside)
10 Yesterday Man - Chris Andrews (Decca)
昭和40年12月第1週、UKチャートのナンバー1はシーカーズの「涙のカーニバ
ル」でした。
このコーナーで何度も紹介していますがシーカーズは60年代イギリスで最も成
功したポップ・フォークグループ。女性ボーカルのジュディス・ダーハム(“デ
ィヴィッド・ベッカム”等現在の表記ルールに従えば、ジュディス・ダーム?)
を中心にしたハーモニーとポップな音楽性がうけ、1965〜67年にかけて国民的な
人気を得ました(因みにグループはオーストラリア出身)。この曲はロシアの民
族的英雄を歌った民謡「ステンカ・ラージン」にグループのブレーン的存在であ
るトム・スプリングフィールド(ダスティの兄)が恋人たちの別れを題材とした
歌詞を付けたもので、今聴くと“臭み”が相当気になる感じですが「国民的グル
ープ」なので仕方がないところなのでしょうか。。
続く2位にはフーの「マイ・ジェネレーション(66年米74位)」が。この時期
になるとビートバンドにも色々なタイプが出てくるようになり、ザ・フー(この
ネーミングからして相当狙っている感じがありますが)は当時ロンドンで流行し
ていた“モッズ・ルック”に身を固め「世代の断絶」を歌い、「歳をとる前に死
んでしまいたい」という有名なメッセージを残しました。この時期の彼らは多分
に“作られたグループ”という印象がありましたが(彼らは暫くして“作った”
側のプロデューサーと揉め、この曲が収録されているアルバムのマスターテープ
は長いこと使用の許可がおりず、ようやくオリジナル音源のCD化が叶ったのはな
んと21世紀に入った昨年のことでした)それだけで終わるグループではなく、そ
の後70年代までロック史に残る名作アルバムを作り続けたのはご存じの通り。4
位にはそれに先駆けて“反抗”を売り物にし、この時期最初の人気ピーク期を迎
えていたローリング・ストーンズが登場。「ひとりぼっちの世界(米1位)」で
歌われている内容は、一言でいうと「うぜぇ。」とにかく“不愉快”“不機嫌”
を歌にし続けた初期の彼らでした。
3位と5位にはアメリカの活きのいい“ノーザン・ビート”が登場。この当時モ
ータウン・レコードが次々とヒットチャートに送り込むダンスナンバーは、どれ
も「ズッタン、ズッタン」という一小節の2拍、4拍目にアクセントがおかれたビ
ートがつけられていましたが、これが他社の作品にも影響を及ぼし、特にモータ
ウンの本拠地デトロイトやシカゴ、フィラデルフィアといったアメリカ北部のレ
コード・レーベルが盛んにこの手のダンスものをリリースしたことからいつしか
“ノーザン・ビート”が通称となり、現在に至っています。
まず3位のレン・バリーは60年代前半フィラデルフィアのボーカルグループ、
ダヴェルズのリードシンガーとして「Bristol Stomp(61年米2位)」や「You
Can't Sit Down(63年米3位)」など数多くのダンスヒットを放った人でこの年
にグループから独立。2枚目のシングルにあたるこの「1-2-3(米2位)」が英米
で大ヒットを記録しました。順風満帆に見えた彼のソロキャリアでしたが、残念
ながら成功は長くは続かず。翌66年には彼のヒットはストップ、以降彼がヒット
チャートに返り咲くことがありませんでした。人気を失い、フィラデルフィアの
街角をうろつくバリーの姿を見ていたのが後のホール&オーツの2人だそうで、
ショービジネスの恐ろしさを思い知らされた光景だったと、後年のインタビュー
で語っています。
5位のトーイズはニューヨーク出身のガールグループ。タレント・ショーに出
場したところをフォ−・シ−ズンズなどに曲を提供していた作曲家/アレンジャ
ーのサンディ・リンザーとデニス・ランデルに見い出され、やはりフォー・シー
ズンズのプロデューサーを務めていたボブ・クルーの経営していた「ダイノヴォ
イス」からデビュー。デビュー曲である「ラヴァーズ・コンチェルト(米
2位)」はメロディをバッハの「メヌエット」から、サウンドとリズムをシュー
プリームスの「Back In My Arms Again(『涙のお願い』米1位)」あたりからそ
れぞれ拝借したダンスナンバー。彼女たちは殆どこれ一曲で記憶されるグループ
に終わりましたが「ラヴァーズ〜」の方は翌年サラ・ヴォーンがカバーして再ヒ
ット(66年米63位)、シュープリームスも“逆カバー版”をアルバムに収録する
など、人気曲となりました。
6位と7位はイギリスの比較的伝統的なポップ。6位のケン・ドッドはリバプー
ル出身のスタンダップ・コメディアン。しかし売れたのは甘いバラードの方で、
60年代から70年代初頭にかけてかなりの数のヒットを記録しました。この
「Tears」はルディ・ヴァリーが1931年にヒットさせた(米12位)という非常に
古い曲のリメイクで、ポップカントリー調に料理。彼にとって唯一の全英ナンバ
ー1ヒットになったばかりでなく、この年最も売れたシングルの一枚にもなりま
した。7位は“UKポップの貴公子”クリフ・リチャード。この「Wind Me Up」は
前年「It's All In The Game(64年米25位/英2位)」で成功を掴みかけたアメ
リカ市場を意識してのことでしょうかナッシュビル録音によるもので、トランペ
ットによる軍隊の鎮魂歌のようなメロディがフィーチャーされる感傷的なバラー
ド。彼の持ち味が活かされた曲、とはちょっと言い難いですね。
そして8位にはボブ・ディランが登場。「淋しき街角(米7位)」という「デ
ル・シャノンかよっ!」と突っ込みを入れたくなるような日本題がつけられたこ
の曲は、大ヒットとなった「ライク・ア・ローリング・ストーン(米2位/英4
位)」の成功に続こうと明らかに狙って発売されたシングル。「〜ローリング・
ストーン」同様オルガンがフィーチャーされ、歌詞はより一層辛らつに。これだ
けあからさまな嫌悪感や悪意が歌われた曲がTOP40ラジオから流れてくるのは、
当時のリスナーにとって衝撃的だったのではないでしょうか。彼はある意味“40
年早いエミネム”だったのかもしれません。この年彼はイギリス公演を行い、そ
の模様は有名なドキュメント映画「ドント・ルック・バック」となったばかりで
なく、その後のイギリスのロックに様々な方向に発展していく種をまいていった
のでした。
最後2曲は簡単に。9位はまた登場、ジーン・ピットニーの「プリンセス・イ
ン・ラッグズ(米37位)」。シングルを出す毎にバラードの壮大さが増していっ
たこの時期にリリースされたこのシングルは、その“谷間”的な小品。10位「イ
ェスタデイ・マン(66年米94位)」のクリス・アンドリュースは、ソングライタ
ーとしてアダム・フェイスやサンディ・ショウなどにヒット曲を提供してました
が、シンガーとしてもこの曲が成功。しかしその後殆どヒットを出すことが出来
ず、一般にはブラス・サウンドの賑やかなスカ調のこの曲“一発屋”という認
識で終わったようです。
(2003.12.2)
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