1位 Strangers In The Night - Frank Sinatra('66米1位/英1位) |
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新世代のアーティストが台頭する一方で、イージー・リスニング系のアーティストも新時代のサウンドに挑戦し次々と意欲作を発表していった1960年代、大ベテランのフランク・シナトラもこの流れに同調した“ポピュラー路線”で60年代後半の数年間をトップクラスのヒットメーカーとして活躍した。この路線の第一弾となった「夜のストレンジャー」を作曲したのは我が国の洋楽チャートではお馴染みのベルト・ケンプフェルトで、元々はアクション映画「A Man Could Get Killed(ダイアモンド作戦)」用に作られたインスト曲だった。この曲は世界中の“オヤジ心”をくすぐるのか現在も洋楽カラオケ・クラシックの一つであり、今夜も世界の何処かで誰かが♪ドゥビドゥビドゥ〜とゴキゲンな歌を聞かせてくれているはず。
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2位 Kungsleden - Original Soundtrack
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50年代から60年代にかけての我が国のサントラ・ヒットをたどると、人気を呼んだ映画のジャンルや映画音楽、またその手を得意としたレコード会社の推移を知ることができて興味深い。レーベルでナンバー1といえばなんといってもビクターで、この会社は自前で架空のサントラ・バージョンまででっち上げてヒットパレードに送り込むという荒技を見せた。この年好調だったのはキング・レコードの「セヴン・シーズ」、そもそもはカンツォーネなどの音源を扱っていたレーベルだがこの年は年間チャートの2、12、14、16位が同社という活躍ぶり。「太陽のかけら」は不思議なストーリーのスウェーデン映画のテーマだが、現在同社にはこの手の音源の権利が殆ど残っていないようで、入手が困難なのが残念でならない。
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3位 Girl - The Beatles
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前年の暮れに英米で発売されたアルバム「Rubber Soul」はそのトータル性の高さからなのか、それともアメリカのレコード会社がイギリスのリリース形態に倣うようになったからなのか、ここからはシングルヒットが生まれなかった(故に他のアーティストによるカバーヒットが幾つか生まれた)。「ガール」はジョン・レノンが物憂げにシャウトするナンバーで、日本ではこの曲を含む4曲入りのコンパクト盤が発売されたことからラジオのエアプレイ人気が集まり、大ヒットとなっている。ワン・コーラス内のブレス(息継ぎ)回数の非常に少ない曲で、レノンもワァッと歌いきった後に「スーッ」と大きく深呼吸の音を入れるという茶目っ気(マリファナを吸う音と解釈した人もいるようだが)を見せている。
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4位 Michelle - The Beatles
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この時期のビートルズはレノンとマッカートニーの2人で同じような題材をそれぞれに発展させ(時折相互に協力もして)生まれた2曲をシングルA面B面に収録する“コンペ”を楽しんでいたのではないか?と思われる作品が幾つかあるのだが、この「ミッシェル」と上記「ガール」も“表裏一体感”のある作品。こちらも前述の4曲入りコンパクト盤に収録されており(残る収録曲は「ひとりぼっちのあいつ(このチャート45位)」と「消えた恋」)歌詞にフランス語を織り込むなどマッカートニーの“スノッブな”一面が窺える作風になっている。英米でこの曲はソングライターコンビ、ロジャー・グリーナウェイとロジャー・クックが「デヴィッド&ジョナサン」名義でカバー、好成績(米18位/英11位)を残している。
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5位 You Don't Have To Say You Love Me - Dusty Springfield('66米4位/英1位)
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「サン・レモ音楽祭」から生まれたヒットの中で、恐らく最も英語圏で親しまれた曲。60年代最高の白人女性シンガーの1人に挙げられるダスティ・スプリングフィールドは英米で数十曲のヒットを残しているが、日本で人気を呼んだのはドラマチックなこの1曲のみ。65年の音楽祭で賞を獲得した原題「Io Che Non Vivo (Senzate)」をダスティが歌うため英語詞の作成を依頼されたのはサイモン・ネピア・ベル(後にマーク・ボランからジャパン、ワム!までを手がけることになる敏腕マネージャー)で、オファーを受けてからその夜ディスコに出かけるまでの数時間で、タイトルを含めまったくのオリジナル詞を書き上げたのだという。数年後にはエルヴィスがカバーし、我が国でも好評を得ている(’71年間チャート67位)。
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6位 Kimi-To-Itsumademo - The Ventures
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日本で人気となった洋楽アーティストに日本語バージョンを吹き込ませるばかりでなく、日本のヒットをカバーさせるという“逆カバー”を得意としたのがビクター・レコードで、ポールとポーラに田辺靖雄の「二人の星を探そうよ」を歌わせて好評を博すなどしたが、サーフィン・ブーム時にはアストロノウツが橋幸夫の「チェ、チェ、チェ」をカバー。これに倣ったのか東芝レコードではベンチャーズが同社の加山雄三作品をカバーすることになり「しあわせだなぁ〜」なこのナンバーが選ばれた(インスト・バージョンにこのフレーズはない)。従来の“テケテケ感”を抑えたムーディな仕上がりで、その後オリジナルの歌謡曲制作に乗り出し「ベンチャーズ歌謡」を成功させる彼らが第一歩を踏み出した作品。
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7位 Titoli - Ennio Morricone E La Sua Orchestra
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TV映画「ローハイド」などにレギュラー出演していた(最近この時期のレコーディングが「カメオ/パークウェイ・ボックス」の一曲としてCD化された)ものの、それほど知名度の高くなかったアメリカ人俳優クリント・イーストウッドがイタリアに渡って出演したのが西部劇「荒野の用心棒」。当地の映画音楽第一人者であるエンニオ・モリコーネが手がけたテーマ曲は口笛をフィーチャーしたもの悲しげなメロディで、映画/テーマともに大ヒット。イーストウッドの存在を全世界に知らしめた。その後無数に制作され映画の1ジャンルとして確固たる位置を占める「マカロニ・ウェスタン(アメリカでは“スパゲッティ・ウェスタン”)」そして今や米映画界の頂点に立つ男、イーストウッドのブレイク・ポイントであった。
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8位 Le Soldatesse - Maurice Leclerc
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第2次世界大戦中、ドイツとイタリアの占領下にあったギリシャで慰安婦の前線への輸送の任務を請け負った中尉と12人の慰安婦たちの戦場に於けるドラマを描いた映画「国境は燃えている」テーマ。設定は重いが、慰安婦役として「太陽の誘惑」のトマス・ミリアン、「太陽がいっぱい」のマリー・ラフォレ、「女と男のいる舗道」のアンナ・カリーナらが出演している。オリジナルのサウンドトラックを手がけたのはマリオ・ナシンベーネで、古代歴史ものサントラを得意とする彼としてはやや異色か。日本でヒットを記録したのは前年の「ある晴れた朝突然に」同様モーリス・ルクレール楽団によるカバー・バージョンで、活動歴のはっきりしない彼は、この時期日本でのみヒットアーティストとして認識されていたようだ。
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9位 Yellow Submarine - The Beatles('66米2位/英1位)
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1966年という時代を考えれば最高に前衛的なアルバム「Revolver」の中で、異色な存在なのがユーモラスで非常に親しみやすい「イエロー・サブマリン」。アイルランドにルーツをもつポール・マッカートニーの“アイリッシュ魂”がよく現れた船乗りの歌で、いにしえのアイルランド生まれのヒット曲を例にすれば、ビング・クロスビーの「McNamara’s Band(’46米10位)」あたりを連想させる勇ましい曲調になっている。この曲の人気は高く後年同タイトルの彼ら主演アニメ映画のテーマに使用されたり、幸運にもボーカルを担当することになったリンゴ・スター生涯のテーマ曲の一つとして、披露するどの先でも熱狂的な喝采を浴びる“キラー・チューン”と化すなど、時代を超えたスタンダード・ナンバーになっている。
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10位 Eleanor Rigby - The Beatles('66米11位/英1位)
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ロックに弦楽四重奏を取り入れたことが話題となった「イエスタデイ」をマッカートニーが録音したのは1965年の6月頃、それから僅か1年後にはそのアイディアがこのような曲にまで発展しているのだから、この時期のポップス・ファンはさぞかし耳の訓練が必要だっただろう(?)。ビートルズ最高傑作の一つとされるこの曲では8つの弦楽器(「イエスタデイ」の2倍!)が使用されており、着想の点からいえば翌年の「サージェント・ペパーズ」はこの曲を水増ししたものでしかない、と評する人もいるほど。マッカートニーの創造性がピーク期に差し掛かった時期の傑作ではあるが、あきらかにやりすぎな面もあり、このあたりから彼らに興味を失っていった音楽ファンがいたとしても不思議ではない。
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