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■ Billboard HOT100 February 11, 1967 01 I'm A Believer / The Monkees (Colgems) 02 Georgy Girl / The Seekers (Capitol) 03 Kind Of A Drug / The Buckinghams (U.S.A.) 04 Ruby Tuesday / The Rolling Stones (London) 05 (We Ain't Got) Nothin' Yet / Blues Magoos (Mercury) 06 Tell It Like It Is / Aaron Neville (Par-Lo) 07 98.6 / Keith (Mercury) 08 Snoopy Vs. Red Baron / The Royal Guardsmen (Laurie) 09 Love Is Here And Now You're Gone / The Supremes (Motown) 10 The Beat Goes On / Sonny & Cher (Atco) 昭和42年2月のこの週、ヒットチャートの1位を記録していたのはモンキーズ の「アイム・ア・ビリーヴァー」でした。 1967年はビートルズを筆頭に“新しいロック”が次々とシーンに登場し、そ の盛り上がりにつられて他愛無いポップ・ミュージックまで底上げされるとい う現象が起こった年。その代表格がモンキーズ。彼らはビートルズの「A Hard Day's Night」的なTVドラマを制作するためオーディションで集められたタレン ト4人組で、勿論ルックスもよく、おまけに才能も各々にありました。TV人気に も助けられて前年夏にリリースされた最初のシングル「Last Train To Clarksville(恋の終列車)」は見事ナンバー1を記録、続くこのシングルは当 時新進気鋭のソングライター、ニール・ダイアモンドの作品で、こちらは7週連 続ナンバー1という当時では異例の大ヒットとなりました。 モンキーズの“仮想敵”ビートルズはこの時期既に次のステップに進み、も はや“4人はアイドル”という感じではなくなりつつありましたし、またシング ルもかつてのようにひっきりなしにリリースされるような状態ではありません でした。そんな“空白状態”に100%フィットする商品を市場に供給し、ヒット させ、しかもそれらは21世紀になっても多くの音楽ファンのフェイバリットと なっているのですから、これについては何の問題もないですよね。レコードで 彼らが一切演奏していない、という当時大騒ぎされた“事実”さえ、この後ビ ートルズをはじめ音楽界全体がどんどんその方向に流れていく訳ですから(当 然その反動もありましたが)。。 そういえばこの曲、数カ月前にスマッシュ・マウスがカバーして30数年ぶり にTOP40ヒットとなりました。で、そのバージョンを酷評するレビューをホーム ページに載せたのですが、先日イベント「BREAKOUT」に初参加された方に「あ れはショックでした。」と言われてしまいました。。他にもあの文章を読んで 気分を害された方がいらっしゃるかもしれないので、一応お詫びを。でもあの バージョン、なんだか許せないんですよね。「こんないい加減な商売やってん じゃねぇよ!」と問いつめたいくらい・・。なお問題のレビューはこちらに 掲載されています。
もう一点彼らで興味深いのは、メンバーのブルース・ウッドリーとポール・ サイモンの人的つながり。サイモンとガーファンクルが「The Sounds Of Silence」でブレイクする直前、サイモンは渡英しソロアルバムを制作している のですが、そこで知り合ったのがウッドリーで、2人は何曲かを共作。その中の 「Red Rubber Ball」はサークルに取り上げられてヒットを記録しました(66年 米2位)。その縁あってか彼らのアルバムには何曲かのサイモン作品が収録され ており、そのいずれもがなかなかの聴きものになっています。シーカーズはそ の後メンバーチェンジを繰り返して“ニュー・シーカーズ”に発展し、多くの ヒットを記録したことをご存じの方も多いはず。 さて、この年イギリスのチャートでシーカーズが大活躍していた頃、アメリ カはどうだったのでしょうか?勿論モンキーズがいましたが、彼らに劣らぬ勢 いでヒットチャートを荒らしまくっていたのが3位のバッキンガムズでした。
結局彼らは“ブラス・ロック”という次代へのキーワードを残してフェイド アウトしていったのですが、見る人はちゃんと見ていて、彼らのアルバムを手 がけていたジェイムズ・ウィリアム・ガルシオにアル・クーパーは「バッキン ガムズみたいなレコードを作りたいんだけど。」と彼の新プロジェクト、ブラ ッド・スウェット&ティアーズのプロデュースを依頼。この一言がなかった ら、クーパー脱退後のBS&T、そしてシカゴへとつながる70年代屈指のトッププ ロデューサーの道はなかったはずです。
6位に入っているのはニューオリンズのR&Bシンガー、アーロン・ネヴィルの
「恋はきどらず」。ご存じの方も多いと思いますが、彼はこの美しい裏声とは
裏腹に、そのルックスは“飯場の親方”然としたゴッつい感じ。彼はR&R史上最
も有名な一発ヒットといわれたこの曲を伴って70年代には“世界最強のライブ
バンド”ネヴィル・ブラザーズを結成。物凄い迫力のファンクサウンドを演奏
する一方で、一番の見せ場ではこの「〜きどらず」を小指を立てながら(?)
披露、私もライブで体験しましたが、この落差がなんとも“芸能”していてい
い。彼が90年代に入ってリンダ・ロンシュタットとのデュエット作をはじめヒ
ット曲を連発し、一発屋の汚名を返上したのは記憶に新しいところです。
7位はこの時期の雰囲気をよくあらわしたポップス、キースの「98.6」。TVシ
ョーから登場したアイドルということで、この数年前でいえばボビー・ライデ
ルにも及ばない程度のシンガーだとは思うのですが、時代は1967年、この手の
ポップスだってそれなりの質を持たされたのでした。この曲のプロデュースを
担当したのは、この頃スパンキー&ギャングやボビー・ヘブを手がけたジェリ
ー・ロスで、現在は“ソフトロックの古典”といわれる仕上がりを見せていま
す。
8位は企画物、ロイヤル・ガーズメンの「曉の空中戦」。彼らもどうというこ
とのないポップ・ロックバンドなのですが、ユニークなのはあの“スヌーピ
ー”を歌に登場させたところ。この曲が最大のヒットとなりましたが、彼らは
続いて続編「The Return Of The Red Raron(米15位)」「Snoopy's
Christmas」「Snoopy For President(68年米85位)」と、次々とスヌーピー・ソ
ングをリリースしました。
9位はシュープリームス。64年以来彼女たちの快進撃は続いていましたが、前
年の「You Can't Hurry Love(米1位)」で“究極のモータウンビート”を実現
してしまった後はロックっぽい「You Keep Me Hangin' On(米1位)」、この感
傷的な「Love Is Here 〜(米1位)」、ちょっとサイケな「The Happening(米
1位)」と、驚異的なチャートアクションを見せながらも、音楽的には試行錯誤
を繰り返すことになりました。ダイアナ・ロスの独立は、この時期から見え始
めていたのかも知れません。
最後10位はソニー&シェール。65年に「I Got You Babe(米1位)」で“ヒッ
ピーのおもろい夫婦”としてシーンに登場した二人はこの頃までヒット曲を連
発。この「The Beat 〜」も彼らのキャリアを代表する大ヒットとなりました
が、この後暫し低迷。70年代に入ってバラエティショーの司会も務める芸達者
な二人になってから、新たなる黄金期を迎えることになります。更にその後の
二人(特にシェール)の活躍は、よくご存じですよね。
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