TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋;邦楽ポピュラーシングルチャート 1967.11.30

01 花のサンフランシスコ/スコット・マッケンジー(CBS Columbia)
02 北国の二人/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ(CBS Columbia)
03 オーケイ!/デイブ・ディ・グループ(Philips)
04 モンキーズのテーマ/モンキーズ(RCA Victor)
05 運命;未完成/寺内タケシとバニーズ(Seven Seas)
06 モナリザの微笑/タイガーズ(Polydor)
07 バラ色の雲/ビレッジ・シンガーズ(CBS Columbia)
08 青空のある限り/ワイルド・ワンズ(Capitol)
09 サマー・ワイン/ナンシー・シナトラとリー・ヘイゼルウッド(Reprise)
10 霧のかなたに/黛ジュン(Capitol)

 歌謡曲チャートではロス・プリモスの「ラブユー東京」が1位を記録していた昭和42年11月、ポピュラーチャートのトップはスコット・マッケンジーの「San Francisco (Be Sure To Wear Flowers In Your Hair)(米4位)」でした。

 “Summer Of Love(愛の夏)”という言葉が生まれた1967年のアメリカでは、激化するベトナム戦争に対する反戦活動が盛り上がりを見せ、またこれをきっかけにそれまで社会生活を送る上で義務とされてきた勤労や兵役への応召を拒絶し、既存の社会システムとは異なった価値観を持って生きようとする“ヒッピー”の存在が注目されました。このムーブメントには多分にファッション的な一面もあったようですが、これにあやかって作られたのが「サンフランシスコを訪ねるときは、髪に花を飾るのを忘れずに・・」と歌われるヒッピー賛歌「花のサンフランシスコ」。

 スコット・マッケンジーが歌ったこの曲を作ったのは、彼が以前所属していたフォークグループ、ジャーニーメンのメンバーで、その後ママス&パパスのリーダーとなったジョン・フィリップス。彼はプロデューサー、ルー・アドラーと共に大規模な野外コンサート「モンタレー・ポップ・フェスティヴァル」を企画し、このイベントのイメージソング的なものを・・ということでこの曲を書いたそうです。イベントの成功も相俟って、「花の〜」はこの年のテーマ曲ともいえる程の大ヒットとなりました。その後マッケンジーはこれを超えるヒットを飛ばすことはありませんでしたが、以降もフィリップスとの交流は続き、1988年のビーチボーイズのナンバー1ヒット「Kokomo」ではソングライターの一人としてフィリップスと共にクレジットされていましたし、現在は再編されたママス&パパスにも参加して各地をツアーして回っているようです。

 今回は洋楽が1位でちょっとホッとしましたが、2位には早速GSものが登場します。ブルー・コメッツはこの年の前半に最大のヒット「ブルー・シャトウ」を発表し、年末にはレコード大賞を獲得することになるのですが、勿論その後もヒットは続きます。「北国の二人」は哀愁を帯びた「ブルー〜」系統の曲で、そのコーラスは若々しい印象がありますが、作風はかなり歌謡曲っぽい感じ。この頃になると次々と若い世代のバンドがシーンに登場し始め、元々“若手”ではなかった彼らがGSブームを引っ張り続けていくのは限界があったのでしょう、翌年彼らはGS路線を卒業。ブルコメはその後暫く歌謡コーラスグループとして活動を続けました。

 続いて3位以下の洋楽ものをまとめて取り上げておきます。3位のデイブ・ディ・グループことDave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Tich(長い!)はイギリスのアイドルバンド。アメリカでは成功を収めることはありませんでしたが、本国ではナンバー1となった「キサナドゥーの伝説(Legend Of Xanadu)」を筆頭に10数曲のヒットを放ち、日本でもGS系のバンドに盛んにカバーされた人気者でした。この「Okay!(英4位)」もこの後すぐにカーナビーツに取り上げられヒットを記録しています。当時デイブ・ディとその一党が残したヒットはどれも非常にポップでいい曲が多く、現状なかなかオリジナルアルバムのCD化が進まないのが不思議でなりません。再評価はいずれ為されるでしょう。

 アイドルといえば、この時期熱狂的かつ全世界的に人気を集めたグループがありました。それが4位のモンキーズ。前年「恋の終列車( Last Train To Clarksville)」のナンバー1ヒットでアメリカのヒットチャートに登場した彼ら、日本でもこの時点までに既に何枚かシングルが出ていたようですが、人気が本格化したのはやはりテレビショーの放映が始まってから。「ザ・モンキーズ」の日本放映開始はこの年の10月で、それに合わせてのテーマ曲発売だったようです(アメリカでこの曲は当時シングルカットされませんでした)。彼らは翌年来日公演を行い“第一次(?)モンキーズ・ブーム”が到来します。

 ちょっと下って9位に入っているのはナンシー・シナトラとリー・ヘイゼルウッドの「Summer Wine(米49位)」。ナンシー・シナトラは以前から日本で人気が高く、本国で「にくい貴方(「These Boots Are Made For Walkin'」米1位)」でブレイクを果たす前にも「いちごの片思い」や「レモンのキッス」など“フルーツシリーズ”のティーンポップでヒットチャートを賑わせていました。この「サマー・ワイン」は元々「シュガータウンは恋の街(「Sugar Town」米5位)」のB面曲で、どういう経緯でこうなったのか知りませんが、プロデューサーのリー・ヘイゼルウッドとのデュエット。ヘイゼルウッドは日本で馴染みのある曲でいえば「ノッテケ、ノッテケ・・」のアストロノーツ「太陽の彼方」などを手がけた人で、とても歌手向きとはいえない濁声の持ち主なのですが、哀愁味溢れるメロディが日本人の琴線をくすぐったのかこの曲は大ヒット、翌月にはなんと1位になってしまいます。これに味をしめて(?)ヘイゼルウッドはその後もナンシーと次々とレコーディングを行い、その中の何曲かはヒットチャートにも登場しました。

 さて、再び当時の“J-POP”シーンに目を向けてみましょう。この月5位はワン&オンリー、寺内タケシ率いるバニーズ。「エレキギターは俺が発明した」と公言してはばからない“ロック界のドクター中松”である氏は今も昔も孤高の存在。とりあえずこの時期はGSの流れに組み込まれていますが、そんなこと彼には何の関係もありません。このシングルではクラシック中のクラシック2曲を題材にエレキを弾きまくり。続いて彼はこの路線の最高峰「津軽じょんがら節」を発表、その熱演は現在も全国各地で繰り広げられているブルージーンズのステージで再現されています。ご近所に彼らがやって来たら、是非会場に足を運んでみて下さい。

 6位にはいよいよタイガースが登場。R&R、歌謡ポップ、白馬の王子様的イメージ、ニューロックに呼応した試行錯誤・・彼らはあらゆる意味で“グループ・サウンズ”を体現したグループと言えるでしょう。「雨がしとしと日曜日・・」の「モナリザの微笑」は彼ら3枚目のシングル。この年から翌年にかけて彼らはGSシーン最大のグループへと成長していきます。

 一方で、この頃になると“GS風サウンド”はすっかり定義づけられた感があり、バンドとしてのアイデンティティはとりあえずおいといて“頭数さえ揃えばGS”という雰囲気も目につき始めます。7位のヴィレッジ・シンガーズはその名のとおり元はフォーク系のグループだったようですが、GS風のサウンドを取り入れてブレイク。「バラ色の雲」はGSを足掛かりに、70年代歌謡曲のメインストリームを作り上げていく筒美京平の作品。いい曲なのですが、かなりムード歌謡寄り。この曲や彼ら最大のヒット「亜麻色の髪の乙女」を聴くと、どうしても“レーザー・カラオケ”で熱唱する会社の上司の姿が目に浮かんでしまいます・・。

 “洋楽レーベルから発売すれば、歌謡曲ではない≒洋楽(!?)”という発想のもと、65年にまずコロンビア、続いてフィリップスが成功させた新しいタイプの和製ポップス路線には、当然のことながら他社も追従します。東芝はキャピトル・レーベルを立ち上げ、そこからまず成功したのがこの月8位のワイルド・ワンズ。前年暮に発売された「想い出の渚」のヒットで“夏期営業バンド”のイメージをチューブに20年先駆けて確立してしまった彼ら、その作品を今聴いてみると意外にも他のGSバンドと比較して非常に洋楽度の高いサウンドを作り上げていることに気づきます。但しこの月登場している「青空のある限り」のようにドラムの植田氏がフィーチャーされると、途端に泥臭い雰囲気になってしまうのですが。。

 で、ワンズの成功を見てキャピトルが「じゃ、この感じで女の子もやってみようか」と送り出したのが10位の黛ジュン。この年の2月に発売された第一弾「恋のハレルヤ」はブルコメ・サウンドと浜口庫之助メロディを融合させたような“美味しいとこ取りGSサウンド”でしたが、続く「霧のかなたに」はベンチャーズ歌謡を下敷きにしたような“エキゾチック・ジャパン”路線。ここまでくると洋楽に結びつけて説明すること自体キツくなってきます。個人的に歌謡曲は大好きなのでこの曲の「あーのォ人を、待・つ・の。」というフレーズには結構グッときますし、彼女の一連のヒット曲は、その後70年代〜80年代に隆盛する“アイドル歌謡”のひな形となっているのではないか?なんていう考察もしたいところなのですが、それじゃ「ミーンタイム」ではなくなってしまうのでやめときます。その筋の専門家もいっぱいいますからね・・。


(2000.11.15)

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