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この「ダンス天国」はその際たるもので、英米ともにシングルカットされな
かった“日本のみ”ヒット(資料によるとスペインではヒットしたようです
が)。ニューオリンズのR&Bシンガー、クリス・ケナー盤がオリジナル(63年
米77位)ですが、これに東ロサンゼルスのチカーノ(メキシコ系アメリカ人)
バンドによって有名な“Naaa, Na Na Na, Naaa”というフレーズが付け加えら
れ(「The Na Na Na Song」のタイトルで吹き込まれたこともあったようで
す)それがウィルソン・ピケットに取り上げられて決定的なバージョン(66年
米6位/英22位)になったという経緯を持つ曲。
ウォーカー兄弟盤ではボーカルのスコットがこのフレーズを“Laaa, La La
La, Laaa”と歌っていて、またちょうど同じ頃日本のスパイダースが「バラ・
バラ(レインボーズのカバー)」のカップリングとして発表したバージョンで
も“La La La...”と歌われていたので、当時日本ではこの曲は「The La La
La Song」として多くの人に記憶されていたのかも知れません。とにかくこの
時期から暫く彼ら、特にスコットの人気は凄まじく、洋楽誌グラビアのトップ
はスコット・ウォーカーの指定席、という状態が数年続きます。もう一曲この
チャート9位に入っている「Everything Under The Sun」はガールグループの
ロネッツが録音したことで知られる曲で、彼らの当時最新シングル
「Experience」のB面として発表されていたこれまた“日本のみ”ヒット。た
だ、この曲は彼らの大ヒット「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore(“太陽
はもう輝かない”66年米13位/英1位)」と同じくボブ・クリューの作で、こ
れを“太陽シリーズ”の続編としてシングルカットしたかった気持ちはよく解
ります。
続いて2位はクリフ・リチャードの「Finders Keepers」。彼の主演映画主題
歌として録音されたものですが、イギリスではどういう訳かシングルカットさ
れなかったこれまた“日本のみ”ヒット。この手のヒットはなかなかCDで聴く
ことが出来ず(この曲に限っていえばイギリスで“クリフの主演映画挿入歌
集”というCDが出ているので心配無用ですけど)、結構歯がゆい思いをするこ
とが多いのですが、近々このような日本のみ洋楽ヒットを大々的にCD化する企
画がレコード各社で進行中のようです。その正式インフォメーションを待つこ
とにしましょう。
3位はアンディ・ウィリアムスの「Music To Watch Girls By(米34位/英33
位)」。「ふたりの太陽」を書いたボブ・クリューがダイエット・ペプシのCM
用に書き下ろしたメロディを“ボブ・クリュー・ジェネレーション”名義でシ
ングル発売したところヒットを記録した(66年米15位)インストに歌詞がつけ
られたこのバージョンは、現在では“ラウンジ・クラシック”として多くのコ
ンピレーションCDに収録されていますが、発表された当時も日本で大人気を博
しました。そう、当時の洋楽ファンも現在と同じくらい“ナウかった(←念の
ために書いておくと、この言い回しが使われるのは昭和50年代に入ってからで
す)”のです。アンディはTVショーの人気もあって、この頃から70年代前半に
かけて、日本でもっとも人気のある洋楽アーティストの一角を占め続けること
となります。
ところで、アンディ・ウィリアムスはアルバム・アーティストとしてその
時々のヒット曲のカバー集を次々と録音し、アルバムチャートに作品を送り込
んだ一方、独自でも数多くのシングルヒットを記録した人でもありました。そ
れらシングル作品は当時アルバムには収録されず、これまでベスト盤にも主要
な大ヒット以外は入りませんでしたが、この夏ヒットチャートファン長年の悩
みを一気に解決してくれる「The Complete Columbia Chart Singles
Collection」という2枚組CDが発売になるようです。値段はちょっと高くなり
そうですが、気合いの入ったチャートコレクターには見逃せないアイテムであ
ること間違いないでしょう。詳しくはこちらをご覧下さい。
4位は全米ナンバー1ヒット、タートルズの「Happy Together」。フォークロ
ック時代を代表する大ヒットであるこの曲を作ったのは、ゲイリー・ボナーと
アラン・ゴードンの2人。ゲイリー・ボナーは現在ニューヨークのボーカルグ
ループ、プラノトーンズのメンバーとして活動中ですが、彼らが覆面シンガー
として参加した映画「奇跡の歌(Looking For An Echo)」が先日日本で公開
され、私も有楽町まで観てきました。60年代にアイドル的人気を誇りながら
早々に引退し、普通の生活に戻ってしまったシンガーが、50歳を超えて人生第
二の黄金期を迎える・・といった感じの心暖まる内容で、大変感激したもので
した。この映画、現在は大阪で上映されているはずなので良質な音楽と映画を
愛する方々(このコーナーをご愛読下さっている貴方!)は是非とも映画館に
足を運んでいただきたいところです。大阪地方以外の方はビデオ化を待って下
さい。もしかしたらプラノトーンズの来日公演もあるかもしれないし(画策し
ている人がいるはず!)と、淡い期待まで抱いている今日この頃。。
5位は「森とんかつ、泉にんにく・・」のブルコメ「ブルー・シャトー」。
この時期はポピュラーに洋邦の区別がなかった、というより「歌謡曲」のカテ
ゴリーから外れるものは日本人がやっていても“洋楽扱い”という変な時代だ
ったので、このレコ大受賞曲が「ティーンビート」に登場するという事態にな
っています。とはいえ、この頃ポピュラーチャートを発表していた「ミュージ
ック・ライフ」誌も「ミュージック・マンスリー」誌も、上位曲の半分以上は
日本人アーティストという状態でしたから、これでも“あくまで洋楽メイン”
の同誌のスタンスは保たれていたと言えるのですが。
6位はイギリスのハーマンズ・ハーミッツ「There's A Kind Of Hush(米4位
/英7位)」。カーペンターズのカバーでも知られる(76年米12位/英22位)
この曲は、トム・ジョーンズやエンゲルベルト・フンパーディンクのヒット曲
を数多く手がけたレス・リード作曲。そういえばこの翌年、彼らの主演映画
「ミセス・ブラウンのお嬢さん」が制作され、そこでは夜の公園でハーマンが
この曲を歌うシーンもあったのでした。7位はデトロイトのロックバンド、ミ
ッチ・ライダーとデトロイト・ホイールズの「Suck It To Me-Baby!(米
6位)」。今回やたらと名前が登場するボブ・クリューが設立したレーベル、
ダイノヴォイスからデビューした彼らはエリック・バードンとアニマルズをモ
デルにしたと思われる強烈なR&Bロックでチャートを席巻。考え方によっては
非常にキワドイ言い回しであるこの“サケツミ”は当時の流行語で「そうそう
その調子!」といったニュアンスで多用されたようです。
ここで話題が暫し英米のヒットチャートから離れます。昭和40年代はイタリ
アその他で盛んに(アメリカ)西部劇映画が制作され、日本でも大変な人気を
博した時代でありました。アメリカではスパゲッティ・ウェスタン、日本では
マカロニ・ウェスタンと、何故か名称は違えどもその短絡的な発想のネーミン
グは変わらないこのジャンル(“マカロニ〜”は淀川長治さん命名だそうで
す)から生まれた最大のスターは、なんといってもクリント・イーストウッド
でしたが、彼に劣らず主演作が公開され、人気者となったのがイタリアの二枚
目ジュリアーノ・ジェンマ。彼の主演作「Arizona Colt」の主題歌としてラオ
ールが歌ったこの月8位の「南から来た用心棒(「寒い国から来たスパイ」と
いう映画もあったような気がするのですが・・。この二人が対決する映画を観
てみたいものです)」は、非常にクドく哀愁漂う曲調が当時のリスナーの印象
に強く残ったのでしょう、思い出深いヒットになっているようです。
映画の方も当時のポスターに書かれたコピーを見ると「コルトだけが知って
いる/赤い夕陽に染まる荒野をひとり/さすらい続ける俺の行くてを・・」な
んてまるで赤木圭一郎と小林旭が並んで歩いているような感じだし(因みにこ
の世界観は、日活映画の方が先です)。そのマカロニ・ウェスタン的センスは
さらにその後、70年代の香港映画に引き継がれているような印象もあり・・。
そこら辺の話はいずれそちら方面に詳しい人と友達になって、聞いてみたいと
思います。
最後10位はフランクとナンシーのシナトラ親子「Somethin' Stupid(米1位
/英1位)」。親子共演がヒットチャートのナンバー1になることは非常に珍し
いのではないかと思いますが、当時の二人はどちらもトップスター、両者が共
演すれば1位は当然という印象。この曲は先日元テイク・ザットのロビー・ウ
ィリアムスが大ヒットアルバム「Swing When You're Winning」で女優ニコー
ル・キッドマンとのデュエットという形で取り上げ、若い世代の音楽ファンに
紹介されました。アルバム自体も一級のボーカルアルバムというにはちょっと
躊躇われるところがありますが、好感の持てる仕上がりになっていましたね。
(2002.7.24)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |