TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Record Mirror Singles Chart December 23, 1967
01 Hello, Goodbye – The Beatles (Parlophone)
02 I'm Coming Home – Tom Jones (Decca)
03 Magical Mystery Tour – The Beatles (Parlophone)
04 If The Whole World Stopped Loving – Val Doonican (Pye)
05 Something's Gotten Hold My Heart – Gene Pitney (Stateside)
06 Let The Heartaches Begin – Long John Baldry (Pye)
07 All My Love – Cliff Richard (Columbia)
08 Daydream Believer – The Monkees (RCA)
09 Thank U Very Much – The Scaffold (Columbia)
10 Here We Go Round The Mulberry Bush – Traffic (Island)
昭和42年12月第4週、UKチャートのナンバー1はビートルズの「ハロー・グッドバイ」でした。
1967年といえば“サマー・オブ・ラヴ”と呼ばれたヒッピー・ムーブメント最高潮の時期。ビートルズはこの年の夏現在も「ロック史上最高のアルバム」と呼ばれることの多い「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」を発表し、時代の最先端を突っ走っていました。
同アルバムは作品のトータル性を重視し、シングルをカットしない“コンセプト・アルバム”という概念を一般化させます。コンセプト・アルバム自体はロック史上これが最初という訳ではありませんでしたし、またシングルカットがあったところでアルバムのトータル性が損なわれることもないと思うのですが、それをセールス・ポイントとして前面に押し出した彼らの戦略が成功し、アルバムはアメリカのヒットチャートで3ヶ月以上トップを独走する大ヒットとなりました。
まったく話は変わりますが、このチャートの頃アメリカではジョニー・リヴァースが早くもこの夏の恋を思い返す「Summer Rain(米14位)」という曲をヒットさせておりまして、歌詞には「ジュークボックスからは『サージェント・ペパーズ』が繰り返し流れていた。」というフレーズが登場。で、私は思ったのですが、シングルカットのなかった「サージェント〜」が何故ジュークボックスからかかってきたのでしょうか?ジュークボックス用にはプロモ・シングルが作られていたのか?それともLPがかけられるジュークボックスが当時アメリカではポピュラーだったのか?それとも単に時代の気分を根拠なく歌っただけなのか・・?「俺は(アタシは)こう思う。」という説がありましたら、是非とも私までメールください。
で、アルバムとは別にシングルも数ヶ月おきに発表していたビートルズ、この年は「Penny Lane(米1位/英2位)」と「Strawberry Fields Forever(米8位)」という超強力カップリングに始まり、レコーディング風景を衛星中継で全世界に放映した「All You Need Is Love(『愛こそはすべて』米1位/英1位)」そして今回登場している「Hello, Goodbye(アメリカでも1位)」と、彼らにとっても最高水準の曲を次々と市場に送り出していました。考えてみるとこの年の彼らは本当にノン・ストップ状態ですね。「サージェント〜」の大ヒット中に「愛こそは〜」をリリース、インドにも行って・・と現在彼らについて我々が思い浮かぶ幾つかの重要なエピソードが、ほんの数ヶ月の間に立て続けに起こっていた訳ですから。
世の中すべてを味方につけたような勢いだったビートルズ、しかしそういう時はやがて大きな「負」の揺り戻しが起こる訳で、その最初の出来事がデビュー時以来グループに大きな貢献を果たしてきたマネージャーのブライアン・エプスタインの死。インド滞在中に知らせを聞いた彼らは急遽帰国し、今後のプロジェクト一切を彼ら自身の裁量でマネジメントしていくことを決心。その最初の企画がこの週3位に登場している「マジカル・ミステリー・ツアー」でした。クリスマスシーズンのTV特番として企画されたこのサントラは、イギリスではEP2枚組という変則的な形でリリースされ、そのためここではシングルチャートに登場しています。一方アメリカではこの年発売されたシングル曲が追加されて(現在CDで出ている形)アルバムとしてリリース、アルバムチャートの1位を記録しましたが、こちらの方が「サージェント〜」前後のビートルズ作品集という体裁になっていてかなりお得感があります。
TV番組の方はビートルズの面々の思いつきで進行されたためか、かなり散漫な内容だったそうで、12月26日の放送後は各方面から非難ごうごう。日本で放映されたときは制作側が「これは使えない」と判断したのか、彼らの音楽性を延々と解説するパート(日本制作)をメインにした番組構成にしてこれまた非難ごうごう、後日オリジナル版を改めて放送するという騒ぎになったのだとか。その後2年かけて解散へと至るビートルズにとって、ケチのつき始めとなった一件でした。
続いて2位に入っているのがトム・ジョーンズの「家路(米57位)」。前回紹介したとおりポップ・カントリーナンバーを立て続けにヒットチャートに送り込んだ66〜67年の彼でしたが、この曲はそれらの路線を継承しながら、再び彼の初期のヒットを数多く提供したレス・リードとバリー・メイソンの2人と組んだもの。感動的に歌い上げるバラードで、ジョーンズのセクシーなイメージのせいか“I'm Coming(イクゥ〜って感じ?)”という部分がやたらと気になる、のは私だけかも知れません。4位はこのシリーズに既に何度か登場しているシンガー兼TVタレントのヴァル・ドゥーニカン。この「If The Whole World Stopped Loving」は彼の音楽性を最もよくあらわしたポップ・カントリーで、ポップス・ファンには「Three Hearts In A Tangle(61年米35位)」の一発ヒットで知られるカントリーシンガー、ロイ・ドラスキーがヒットさせたもの(66年米カントリーチャート12位)のカバーです。
5位には今月このシリーズ皆勤賞のジーン・ピットニーが。この頃には英米に於ける彼の人気は完全に逆転しておりこの「Something's Gotten 〜」などは本国でのチャート成績は最高130位(そんな順位があるんだ!)。「デヴィッド&ジョナサン」としても知られるソングライターチーム、ロジャー・クックとロジャー・グリーナウェイが提供したこの作品は、ピットニーの壮大なバラード路線の最高峰といってもいいもので、イギリスでこの曲は特に人気があるのか1989年には元ソフト・セルのマーク・アーモンドがピットニーをゲストに迎えてリメイク盤を発表。ピットニーにとって(アーモンドにとっても)唯一の全英ナンバー1を記録しました。本国でピットニーはあと一曲、サイケな「She's A Heartbreaker(68年米16位/イギリスではシングルカットされず)」をヒットさせ、暫しTOP40に返り咲いています。
ポップス系の曲を先にご紹介、7位はクリフ・リチャードの「オール・マイ・ラヴ」。アコースティックなバラードであるこの曲はフェデリコ・モンティ・アルデュイニというイタリアのソングライターと、ヒットチャートファンにはボ・ドナルドソンとヘイウッズ1974年のナンバー1ヒット「悲しみのヒーロー」で知られるイギリスのピーター・カランダーが共作した「C'est L'amour」が原曲で、この時期イタリアの「サンレモ音楽祭」では現地と他国の2アーティストが同じ出品作を歌うようなことをやっていたようなので、その関係のリリースではないかと思われます(調べきれてなくてすみません)。8位はイギリスでも人気があったモンキーズの「デイドリーム(米1位)」。この曲は当時キングストン・トリオを脱退したばかりのジョン・スチュアートの作品で、この成功も後押しとなったのか69年には最初のソロアルバムを発表。本格的なシングルヒットが生まれるまでには約10年を要することになりますがアルバムはコンスタントにヒットを記録、71年に発表した「The Lonesome Picker Rides Again」では彼自身の「デイドリーム」を聴くことができます。
最後はロック系のアーティスト3組をまとめて紹介。6位「レット・ザ・ハートエイクス・ビギン(米88位)」のロング・ジョン・バルドリーはイギリスのブルース・ロックシーンで活躍したアーティストで、結成した様々なグループのメンバーの中にはロッド・スチュアート、ブライアン・オーガー、エルトン・ジョンといった名前を見ることもできます。この曲はそれまでの彼のキャリアとはちょっと違った印象の感傷的なポップスで、この時期大量のヒット曲を生んでいたソングライター、トニー・マコウレイの作品。9位のスキャッフォルドはポール・マッカートニーの弟マイク・マクギアが在籍していたことで知られるグループ。音楽と寸劇やコメディを融合させたようなステージを展開していたのだそうで、考え方によっては兄貴たちのグループが設立した「アップル」にも通じるセンスのグループだったのかもしれません。「Thank U Very Much(68年米69位)」は彼らの最初のヒットで、翌年妙に陽気な「Lily The Pink」が全英ナンバー1を記録します。
最後10位はトラフィックの「茂みの中の欲望」。すみません、前回スティーヴ・ウィンウッドがブラインド・フェイス結成のためにスペンサー・デイヴィス・グループを抜けたようなことを書いてしまいましたが、その前にトラフィックがありましたよね。この年初頭にスペンサー〜の一員として「I'm A Man(英9位/米10位)」をヒットさせた後、ウィンウッドはデイヴ・メイソンやジム・キャパルディらとこのトラフィックを結成、サイケな世界にまい進していくことになります。この曲は早くも3枚目のシングルで、同名映画のサントラということで結構その手のお仕事もこなしていた彼らの一面を知ることができます。
(2003.12.24)
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