TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Cash Box Top 100 Singles: Week ending June 29, 1968
01 This Guy's In Love With You - Herb Alpert (A&M)
02 MacArthur Park - Richard Harris (Dunhill)
03 Mrs. Robinson - Simon & Garfunkel (Columbia)
04 Angel Of The Morning - Merrilee Rush & Turnabouts (Bell)
05 Yummy Yummy Yummy - Ohio Express (Buddah)
06 Jumpin' Jack Flash - Rolling Stones (London)
07 The Look Of Love - Sergio Mendes & Brasil '66 (A&M)
08 Reach Out Of The Darkness - Friend & Lover (Verve Forecast)
09 The Horse - Cliff Nobles & Co. (Phil-L.A. Of Soul)
10 Here Comes The Judge - Shorty Long (Soul)
昭和43年6月最終週、キャッシュ・ボックスチャートのナンバー1はハーブ・アルパートの「ディス・ガイ」でした。
ハーブ・アルパートは1935年ロサンゼル生まれ。高校の同窓にフィル・スペクターやジャン&ディーンがいたという環境に育ったこともあり音楽界を志し、50年代後半にはサム・クックの「Wonderful World(60年米12位)」の作者の一人としてヒットチャート名を残すことに成功します。続いて彼はジェリー・モスをパートナーにレコード・レーベル「A&M(アルパート&モス)」を立ち上げ、架空のブラス・バンド「ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス」名義で「The Lonely Bull (El Solo Torr)(『悲しき闘牛』62年米6位)」が大ヒット。50年代後半から60年代前半にかけては、アップルジャックスの「Mexican Hat Rock(58年米16位)」、マーティ・ロビンスの「El Paso(59年米1位)」、ボブ・ムーアの「Mexico(61年米7位)」などメキシコ風味のヒット曲が年に1曲は大ヒットしていた時期で、ここら辺の眼のつけどころはさすが商売人でしたが、彼はこれを一発で終わらせず、ツアーバンドを組んでメキシコ音楽“マリアッチ”のアメリカ的解釈“アメリアッチ”を全米に流布、その精力的な活動は65年になって本格的に火がつき、彼はビルボード誌のアルバムチャートに君臨することとなります。65年以降この年までにリリースされたアルバムの成績を見てみますと
South Og The Border ('65 #6)
Whipped Cream & Other Delights ('65 #1×8週)
Going Places ('65 #1×6週)
What Now May Love ('66 #1×9週)
S.R.O. ('66 #2×6週)
Sounds Like ('67 #1)
Herb Alpert's Ninth ('67 #4)
The Beat Of The Brass ('68 #1×2週)
という物凄さ。この人気をメディアが見逃すはずはなく、この年には彼をフィーチャーしたTV特番が放映され、その中で披露されたのが彼が妻に捧げるこの「ディス・ガイ(は君を愛してる)」でした。バート・バカラックとハル・デヴィッドの黄金コンビによって書き下ろされ、普段はトランペットを吹いているアルパートがソフトに歌ったこのドラマチックなバラードはたちまちヒットチャートを駆け上がり、アルパ−トは勿論バカラック&デヴィッドにとっても初めての全米ナンバー1ヒットをもたらすことになりました。
バカラック&デヴィッド、ハーブ・アルパート、そしてその後のカーペンターズと、「A&M」はソフトなポップスの代名詞的存在となり、それは“A&Mサウンド”なんて呼ばれることもありますが(日本だけか?)このチャートにはもう一組重要な“A&Mサウンド”の立役者が登場しています。この週7位「恋の面影」の“セルメン”セルジオ・メンデスは50年代後半にブラジルでグループを結成し、60年代に入ってボサ・ノヴァブームに沸くアメリカに乗り込んで数々のラテン・ジャズアルバムをリリース、66年にはよりポップな音楽性を持ったユニット“ブラジル'66”を結成し、A&Mから「Mas Que Nada(米47位)」をリリースして注目を集めます。今回登場している「恋の面影」は、やはりバカラック&デヴィッドによるバラードで、映画「カジノ・ロワイヤル」のために書き下ろされたもの。ボーカルには数年後ハーブ・アルパートの妻となる(あれ?「ディス・ガイ」の心温まるエピソードは?!)ラニ・ホールがフィーチャーされていました。
1968年は前年の“フラワー・パワー”や“サージェント・ペパー”の余勢をかってより高度で複雑なポップスが作り上げられた時期でしたが、その中でも恐らく最高峰であろうと思われるのがこの週2位のリチャード・ハリス「マッカーサー・パーク」。イギリスのシェイクスピア俳優から映画界に進出した彼は、近年では“ハリー・ポッターの先代の校長”として主に知られているかも知れませんが、その彼がどういう訳か歌手としてデビュー。制作を手がけたのはこの時期フィフス・ディメンションやグレン・キャンベルのヒットで冴えに冴えていたジミー・ウェッブで、彼が好き放題に作った「マッカーサー・パーク」は、難解な歌詞と壮大なサウンドに彩られた7分21秒の組曲となりました。これが凄い。なにしろハリスの歌よりオーケストラの間奏の方が長い(笑)。以前このコーナーでこの時代の音楽界を表現する際“ホームラン競争”という言葉を使ったことがありましたが、どのクリエーターもビートルズを横目に睨みつつ、音楽的に何処まで高みに達することができるのか?と様々意欲的なポップ・ミュージックが生み出された時期だったのです。殆ど実験台のように使われてしまったハリスと、首謀者のウェッブは結局2枚のアルバムを残し、それらはすべてのポップスファン(ただしこ難しいポップスを許容できる方限定)にとっての宝物となっています。
で、その“ホームラン競争”に参加し、場外ホームランを立て続けにかっ飛ばしていたのが60年代後半のサイモンとガーファンクル。シンプルなフォーク・ロックと美しいハーモニーを武器にしていた彼らも67年になると時代の空気にどっぷりとつかり「Fakin' It(米23位)」のような珍品を作ったりもしましたが、翌68年には作品をより高度化、複雑なハーモニーとラテン・リズムを融合させたこの「ミセス・ロビンソン」やアルバム「ブックエンド」そして「明日へ架ける橋」へと続くコンビ解散への道は、神憑かり的なものさえ感じさせます。この時期ポール・サイモンは、一体どんな精神状態で音楽制作を続けていたんでしょう?“トラヴェリン・ボーイ”アート・ガーファンクルを相方に持ちながら。
上位に大物がギッシリと並びましたが、ここから先は小物ばかりです(そんなことないか)。4位「朝の天使」のメリリー・ラッシュとターナバウツは、ワシントン周辺で活躍していたガレージ・バンド。「朝の天使」はニューヨークの女性シンガー、イーヴィ・サンズが前年にリリースし、ローカルヒットの兆しを見せていましたがその最中に発売元のキャメオ・レコードが不渡りを出し、レコードは出荷停止に。代わりとして他社で吹込まれたのがメリリー・ラッシュのバージョンで、これが全米TOP10ヒットとなりました。この曲が収録されている彼女たちのアルバムが今年に入って日本盤でCD化されたので、是非とも聴いてみていただきたいですが、恐らくアルバムにバンドのメンバーの参加はなし、南部のスタジオ・ミュージシャンによる一級の“南部ポップス”になっていて、その手のマニアには堪りません。
続いて5位はオハイオ・エクスプレスの「ヤミー・ヤミー」。複雑高度化したこの時代のポップスですが、勿論そんなこ難しい音楽など見向きもせず単純明快なポップスを追い求めた層も確実に存在した訳で、それをターゲットに大成功を収めたのが“バブルガム・ポップ”。ジェリー・カセネッツとジェフリー・カッツという2人のプロデューサーが生み出した多くの架空バンドの中でも代表的な存在のオハイオ・エクスプレスは、この時期は“バブルガム王”ジョーイ・レヴィンがボーカルをとっており、ローリング・ストーンズの「今夜やろうぜ!」というきわどい内容の「Let's Spend The Night Together(『夜をぶっとばせ』67年55位)」を子供向けに改作した(??)この曲が大ヒットとなりました。続く6位には“パクり元(?)”ローリング・ストーンズが登場、彼らはクスリやらなんやらでヘロヘロな67年を通り抜け、この年には確実に“一皮むけた”ロックを披露するようになっており、以降恐らくキャリア最高の充実期といっていい名曲連発の数年間を過ごすこととなります。
あとの3曲は簡単に。8位「闇を逃れて」はジム&キャシーという夫婦デュオ、でもグループ名は“友人と恋人”という二人による一発ヒット。この曲の裏テーマはLSDにあったそうで、歌詞の「Reach Out」の部分に「Freak Out(ブッとぶ)」というコーラスをかぶせるなんて如何にもこの時期っぽい仕掛けもあったようです。この曲はその後変則リズムが“レア・グルーヴ”として評価され、ヒップホップの時代に入って多くのサンプル曲が生まれることとなります。9位はクリフ・ノーブルとその一党によるR&Bインスト。元々この曲はシングルのB面で、A面に入っていたのは「ホース」のボーカル版「Love Is All Right」。そのボーカルこそがクリフ・ノーブルで、「ホース」にノーブルはまったく参加していなかったそうです。この大ヒットを受けて“クリフ・ノーブル”は数々のインスト・レコードを発表。そこで彼が何をやっていたのかは知りませんが、あと2曲のHOT100ヒットを生み出すことに成功しました。
最後10位は“ちびっ子のっぽ”の「ヒア・カムズ・ザ・ジャッジ」。この曲はTVのコメディ番組「ラフ・イン」でコメディアンのピグミート・マーカムが得意としていたギャグを元にしたノヴェルティ曲なのだそうで、マーカム自身による録音も最高19位を記録しています。
(2004.6.29)
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