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これらの作品が物議をかもしたり、ラジオでエアプレイされなかったりと、
色々とバッシングを受けたことに対する彼らの返答がこの月3位の「We Love
You(67年米50位/英8位)」。非常に皮肉なタイトルですが、この曲もラジオ
では思うようにエアプレイはされず。ただ、彼らが非常に商売上手なのはそれ
ら問題作のカップリングに非常に耳障りのいいナンバーを収録している点で、
「Mothers 〜」には「Lady Jane(66年米24位)」が、「Let's Spend 〜」に
は「Ruby Tuesday(67年米1位)」が、そしてこの「We Love You」には
「Dandelion(67年米14位)」が、と抜け目なくラジオで点を稼ぎそうな曲を
発表し続けました。
このロック界“ホームラン競争状態”はやがてビーチ・ボーイズのブライア
ン・ウィルソン
やストーンズのブライアン・ジョーンズなど“返って来れなくなる”人が続出
し、68年に入るとようやく落ち着きが見られるようになります。ビートルズは
「Lady Madonna(米4位)」で、ストーンズは「Jumpin' Jack Flash(米
3位)」で、それぞれのロック感覚を取り戻し、次のステップへ移行していっ
たのでした。
シーンのトップグループたちが迷走気味だったこの頃、アイドルたちの活躍
にも目を向けてみましょう。前年日本で大ブレイクしたウォーカー・ブラザー
ズ、彼らはどうしているのでしょう?1965年の夏にイギリスで人気が爆発した
彼ら、日本にもその人気がようやく波及した時期(ちょうど前回紹介した頃)
になんと、解散を発表してしまったのです。これはグループ結成前から行動を
共にしていたスコットとジョンの不仲が原因と言われていますが、ともかく彼
らは各々ウォーカー姓を名乗りながらソロ活動に入ります。スコットはソロア
ルバムを発表してアイドルの枠に収まり切らない才気と意欲を見せつけました
し、ジョンは仲が悪いはずのスコットに作品を提供してもらい「Annabella
(67年英24位)」をヒットさせました。
そんな訳で、この時点でアクションのない“第三の男”ゲイリーは出遅れて
しまった感ありありでしたが、そこで日本のレコード会社が用意したソロ作品
が、1966年にグループの人気に便乗してイギリスでリリースされていたこの月
9位の「Twinkee Lee(66年英26位)」。レコード会社も違うし、もしかしたら
ゲイリーがグループ加入する前の録音ではないか?とも思われるこの曲、正直
いってどうってことない。しかし人気絶聴期に突然解散され、飢餓感最高潮の
日本では有り難い“新曲”だった訳です。
日本における“飢餓感”はこれだけでは収まらず、この「ティーンビート」
誌が発売された頃にはファンの熱望(&商業的目論み)によりなんと分裂した
てのウォーカー・ブラザーズの「同窓会コンサート」が実現(!)。仲違い
し、顔も見たくないはずの3人を集めステージをこなさせるにあたって、彼ら
が断わりようのないくらいの金額が提示されたんだとか。日本人は恐ろし
い。。
なおゲイリーはこの年に入ってようやく独自の活動を本格化、「レイン」と
いうバンドの一員として再スタートを切りましたが、作品は日本以外では殆ど
受け入れられることがなかったようです。結局80年代に入るまでついたり離れ
たりを繰り返したウォーカー兄弟たちの、ソロ活動も含めた紆余曲折がたどれ
るシングル作品集がヨーロッパで発売されています。見つかればかなり安価に
入手できるはずなので、是非探してみて下さい。
さて、去るアイドルあれば来るアイドルあり。1968年に人気を博していたの
は、このチャートに登場しているモンキーズとビージーズ。このチャート2位
に「Daydream Believer(67年米1位/英5位)」を、6位に「Words(67年米11
位)」を送り込んでいるモンキーズは、この年に来日公演が実現し、我が国に
おける人気が頂点に達しました。しかし「アイドルはもってせいぜい3年」と
よく言われるとおり、1966年に華々しくデビューした彼らもこの年の後半には
シングルのTOP40入りを逃すようになり、メンバーが徐々に減りながら1970年
にひとまずの解散となったのでした。
一方当時5人組だったビージーズの方はこの頃売出し中。英米におけるデビ
ュー曲、この月5位の「New York Mining Disaster 1941 (Have You Seen My
Wife, Mr. Jones)(67年英12位/米14位)」もヒットしていますが、日本で彼
らの人気を決定づけたのが4位の「(The Lights Went Out In) Massachusetts
(67年英1位/米11位)」。ロビン・ギブがボーカルをとるこの曲は創刊間も
ない「オリコン」誌で1位を記録するほどのヒットとなりました。彼らは当時
日本で大変な盛り上がりを見せていたグループサウンズシーンにもインパクト
を与え、特にタイガースの作風にその影響は色濃く見られます。
そんな彼らでしたが、こちらはブレイクから約2年の翌1969年初頭にロビン
がソロ活動のため独立、その後もメンバーの脱退が続き、グループは一時解散
状態に陥って第一期アイドル時代を終えます。その後70年代に入って兄弟3人
が再結集し、黄金時代を築くのは皆さんよくご存知のとおり。
ついでといってはなんですが、このチャートにはロビンの双子の片割れ、モ
ーリスとこの翌年結婚するイギリスの女性シンガー、ルルも登場しています。
この月8位の「To Sir With Love」は巧みに時代のサウンドを取り入れたバラ
ードで、とてもこの時18歳は思えない円熟したボーカルを聞かせています。ア
メリカではヒット曲の数は限られていますが、本国イギリスではビージーズに
負けないくらい長期間ヒットチャートで活躍を続けているアーティストです。
残り2曲を駆け足気味に。7位クリフ・リチャードの「The Day I Met Marie
(67年英10位)」は如何にもこの時代らしい大仰なサウンドつきのバラード。
「マリーは恋人」というと、私などはエルヴィスの「(Marie's The Name) His
Latest Flame(61年米4位/英1位)」を思い浮かべてしまうのですが・・など
という無駄話は、今回はやめておきましょう。40年以上に亘ってイギリスでヒ
ットを飛ばし続ける彼は1枚や2枚のベスト盤では到底ヒット曲を網羅すること
が出来ませんが、今月ようやく決定版となるシングルコレクション、なんと6
枚組(127曲入り!)というのがイギリスで発売になるようです。値段もお手
ごろなようなので(私が見た通販サイトでは\5,000強)オールディーズファン
はチェックしておいた方がいいでしょう。
最後10位はメンフィスの熱血ロック野郎、アレックス・チルトン率いるボッ
クス・トップスの「The Letter(67年米1位/英5位)」。日本では人気がブレ
イクすることはなかったようですが、アメリカでは名曲を連発し、短期間なが
らトップクラスの人気を誇ったバンドでした。
(2002.8.7)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |